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1201 間もなく5月というのにまだ雨期が明けていないようです。午前中のゴルフ、ずっと雨の中だった。小雨なので、続行したが、球が転がらなくて参った。ゴルフ場の様子の一部です。黄色い大きな花が散り始めていた。上と下のコントラストが気に入った。ムンクの叫びがありました。どこにあるのか、気が付いている人はいないと思う。 NHKを見ない私でも、いち早く、インドネシアTVのニュースでも伝えられました、また、日本で悲惨なバス事故があったようですね。ひどい状態ですね。天災ではなく、人が原因での事故で、被害を受けたか方々は、なお、やり切れない思いでしょう。居眠り運転だったとか。一人で、ずっと運転していたのでしょうか、交代の運転手や助手のような人は同乗していなかったのでしょうか。運転勤務状況を見ると、とんでもない状態を会社は強要していたというか、許していたというか、それだけ、日本の状況は厳しいのでしょうね。がっかりである。 インドネシアのバスやトラックは当たり前のように、会社の人は二人体制です。それだけ、交通状況がもう一人を必要としているのでしょう。人やバイクがうろうろしている、渋滞での競り合いは日常的。荷物の積み下ろしはマンパワーですから、人は多い方がいい。バスが、人を乗りおりさせる時も、低速で走りながらのときには人の手助けが必要。道の反対側の人を呼んで乗せる時にはその人が横断できるように、案内が必要。ふた知体制にはいろいろな理由があって、当たり前のシステムです。ロジスティック以外の日系企業でもトラックには二人乗るのが普通です。 どう考えても、日本の運転手のおかれた現状は気の毒というしかない。お客さんのサービスばかり考える経営者は従業員へのサービスは削るばかり。経営者自身が運転手に強いていることを自分がやることになったら、どう思うでしょうか。とっても、耐えられないでしょう。率先してやるというわけにはいかないでしょう。同じような事故は繰り返される。 この種の事故は無くならないでしょう。それに乗り合わせた客こそ大きな迷惑どころか、取り返しのつかないことになる。居眠り 過労 ストレス
2012.04.30
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1200 エンジ ソーダという女性議員が収監された。今のトップニュースです。元ミスインドネシアで亡くなった俳優でスポーツ省の幹部をしていたご主人と国会議員同士の結婚をし、前妻のレーザーという有名歌手を追い出した女性です。シーゲームという東南アジアのスポーツ大会の施設を巡って彼女に賄賂が6千万円ほど渡されたという、疑いです。KPKの声明では証拠も十分整っているといっていた。とりあえず、20日間の収監です。 日本とインドネシアでは交通事故の種類が違う。車の車検制度はないので、整備不良車が多い。ブレーキランプやウインカーが点灯しない車も普通に走っている。車の運転ライセンスは買うだけです。テストも講習もない。交通法規の本など見たことがない。民間の運転指導業者で練習する人は1%以下だと思う。たま~~に、練習中という看板が屋根の上に着いている車に会うことがある。日本のように教習所は私がする限りではインドネシアに一か所だけ、東ジャカルタのプルガドンにあるだけです。それがいいかどうかは判断できないが、三千円出せば一時間以内にライセンスが買える社会と、高校生が30万円くらい払って、何十時間も練習し、法規の勉強もし、テストを受け、路上訓練もしてやっと免許が取れる。どちらが、いいのでしょうか。私は、インドネシアの方が良いと思う。それでも、インドネシアの方がはるかにライセンスを持っていない人が運転している確率は多い。 インドネシアで起きる事故の原因は車の整備不良と道の悪さです。朝の高速道路の居眠り運転も原因でしょう。 酔っ払い(飲酒)運転の取り締まりがない。速度出し過ぎの取り締まりがない。どちらも、チェック機能を交通警察は持っていない。一般道路に最高速度の標識はない。一時停止の標識はない。そして、それが原因での事故はほとんど無い、聞いたことがない。渋滞場所での物売り、Uターン場所や交差点で交通整理をして小遣いを稼ぐひと、おかまや子供や身体障害者の物乞い、これらは、いたるところでみられるが、こういう人が交通事故に遭ったという話も聞かない。 渋滞の競り合いは日本の比ではない。車線など有ったものではない。路肩走行は違反だが、渋滞のときにはみんなでやれば怖くない、路肩走行の方が進行が早い。私も渋滞の後ろに着いた時には中央線から次第に路肩側に依ることにしている。右折,左折車線もあるがそんなことはお構いなし、空いていればどんどん入っていく、そして、割り込む、割り込む方が強いので、真っすぐ、前の車についていてはどんどん、遅れるばかりです。 車の整備はいい、無免許の運転はわずか、道はいい、車線は守る、信号は守る、物売りは出てこない、最低と最高速度の差が少ない。休憩所はいくらでもある。運転や法規の勉強は十分している。子供が運転をしていない。信号の数はこれでもかというくらいたくさんある。その他にも至れり尽せりの日本の交通事故は多いのでしょうか。原因は至れり尽くせりだからです。緊張感が足りない。インドネシア人の運転はあらゆる方角からの危険に常に対処の姿勢を持っています。歩行者も同じです。横断歩道などほとんどないし、信号で横断などということは全くない。 日本人の若者は温室育ち、病気のも弱いが、環境にも弱い、車の運転では緊張感が欠如している。 もうひとつ、前にも書いたが、車道を横断する突起物、インドネシアではポリシ ティドゥール(寝ている警官)の効果は大きいと思うし、踏切の手前やバス停の付近に、突起の線がある。そこへ、さしかかると、車が凸凹と走る。どうしたって、速度を落とす。前の車はブレーキをかけている。 緊張不足 過保護 至れり尽くせり
2012.04.29
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1199 車がまた児童を撥ねてしまったようですね。インドネシアの交通事故は日常茶飯事で、バスの事故が一番多くて目立つ。高速道路の路肩へ突っ込んでいる情景はほぼ、毎日、見ることができる。しかし、車の整備状態や道の悪さを考えれば、よく、これだけで済んでいるなと思う。私に関しては自分で起こした事故はない。ただし、車に追突されたり、坂道で前のトラックが後退してきて車の前にぶっつけられたりしたことがある。バイクに関しては、車の横にぶっつけれあれたり、追突されたことは何度もある。傷をつけられた程度で、危険を感じたことはない。唯一つだけ、危機を感じたことがある。10年以上前に、真っ暗な高速道路を100Km以上で走っていた時にフロントガラスに何かが飛んできて、木端微塵になった事でした。 児童の列に車が突っ込んで死傷者を出したという事故は聞いたことがない。こんなにむちゃくちゃな運転をするインドネシアで、また、免許証はテストなしで買うだけのインドネシアで、道の脇に立っている人をはねたという話は聞いたことがない。高速道路を横断したり、路肩を歩いていたりする人を見ることは珍しくない。しかし、そういう人をはねたという話は15年以上インドネシアにいて一回だけです。 インドネシアのバスは例外なく、どこでも停める、どこでも下ろすし、どこでも乗せる。高速道路も例外ではない。ということはバス停でないところで、おろすし、手を挙げればバス停でなくても止まって乗せてくれる。その時に低速で走りながら、それをする。それでも、その状態で事故が起きたという話も聞いていない。当り前の風景です。バス停は勿論ある。そして、日本のように一般の道の脇に印の看板が立っているだけというのはない。バス停の位置は車道より10cm以上は高くなっているか、道から1m以上は左側に入ったところにあるか、もっと高い位置にあって、ハルテと書いてある。そこに待っている人に車が突っ込んだという話も聞いていない。 小学生の時から無免許でバイクを乗り回す。それも、友達を乗せてである。物心が一日気には親のバイクにハンドルの前に立って乗る、そして、長距離でも親子四人くらいならバイク一台に乗って移動する。日本では絶対あり得ない光景です。しかし、それで、大事故につながったという話も聞いていない。 あくまでも、平均の話です。反射神経、視野の広さと視力の違いでしょうか。私たち日本人ではイメージできないくらいに彼らの視力は優れている。遠くのものがはっきり見えているらしい。ドライバーを使っている日本人は感じることができると思う。目的の建物の看板や文字をいち早く見つける。知った人がずっと向こうにいるのを見つける。車の競り合いには慣れている。横からの飛び出しにも除ける反応は早い。私の運転はそういうインドネシア人がよけてくれると信じているところがある。 ジャカルタ、クニンガン付近交通事故 悲惨 幼稚
2012.04.28
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1198 インドネシアにいます。ガルーダは成田第一に変わっているが、チェックインカウンターは北ウイングの一番奥の端です。成田空港で支払う、インドネシアの短期滞在ビザの金額は25US$です。チェックインの後、一番、右隅のカウンターで支払います。US$ノミの支払いで、そのほかの通貨は受け付けない。US$の現金なら、おつりをくれます。トラベラーチェックではおつりはもらえません。US$を持っていなければ、そこら辺りに両替所が沢山あります。しかし、本当にガルーダは、助かる。バゲジを開けさせられた前回と同じものを同じ量と、酒を4リットル(2リットルパック2)、バゲジに入れた。それと、老衰したラップトップを入れた。これらの比重が大きいので、それだけで10Kgある。バゲジの底へ並べて入れておいた。その他は、カップ麺やポテトチップスなど軽いものでバゲジの隙間がなくなるようにしてある。今回は成田で何人かの日本人が呼び出されていたが、私は呼ばれなかった。 インドネシアではどうか、バゲジの四方に前回より多くのチョークのチェックが書かれていた。以前のチェックも薄くなっているが、消えずに残っている。それを見たポーターが、自分が手伝えば、大丈夫と言ってきた。私は、別に開けられても前回のように説明すればいいし、今回はMSDSを持っているから、もっと、大丈夫だと思っているので、断った。カスタムは混雑していた。三列あって、一番好いている場所の係員が手招きしていたのでそちらへ行ったら、私のバゲジに全く目がいかないまま、日本語で、手に持つだけ、と言ってくれた。X線チェック後、呼び止められることもなく、開けさせられることはなく、通り過ぎた。車の宿泊費は5泊6日で24万Rpでした。やはり、安い。往復タクシーを使えば65万Rpは掛かる。ところで、17:30ジャカルタ着、18:30車の宿泊場から出発、21:35チカランの家に到着、3時間かかった。ギラである。大渋滞、原因は車が多いです。流石、ジャカルタである。ほとんど動かなかったタマンアングレック辺りで写真を撮った。普通に走っていれば、夜にジャラントールの横の景色は撮影できない。税関 チョーク 問題
2012.04.27
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1197 春うらら、庭の藤の花も開き始めた。間もなくGW、一週間以上の休みで、旅に出かける人も回復しているようで、何よりだと思う。ツアーの費用が安くなっていることを感じる。第一次、第二次産業が下降線をたどっていて、底がまだ見えないのだから、第三次産業で日本は元気な振りをするしかない。元気に動ける老人は、金をため込むばかりが、よいとは思わないので、ぜひ、お金を使ってほしいと思う。財産で残そうと思うなら、何とか詐欺に引っ掛かるくらいなら、自分でどんどん使った方がいい。私は、持っているお金のほとんどを生きていれば80歳までに、ゼロにしてしまいたいと思っている。15年くらい前から、受け取る金額より使う金額の方が多くなっていて、預金は少なくなる一方です。計画どおりです。自分のために支出していて、多分、平均より多く使っているのは旅費用だけです。生活費とその費用の合計は、私の全支出の五分の一くらいでしょう。五分の四は、他人や組織のために使っている。そして、それは自己満足のためである。また、残高は15年前ピークの三分の一になっている。目的の品物がぎりぎりで届けられた。これで、今回、日本へ来た目的を果たしたことになる。今回は英文和文でMSDSを準備した。これらの費用は、もちろん、自己負担です。そして、大部分は他人に技術を指導するためです。インドネシアの田園風景の一こまですが、広大な平野の田んぼと山に駆け上る田圃の二種類に分かれる。どちらにも共通しているのは、ヤシの木とバナナの木がその風景の中に必ずあることです。自己満足 手伝い 春爛漫
2012.04.26
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1196 痛ましい事故ですね。有ってはならない事件ですね。本人は勿論、車の持ち主、同乗者全員を許すことができない。本人に対しては、はねられた小学生のように、はね殺しの死刑にしてやりたいくらいの思いの人は多いでしょう。京都祇園の事件やバスの運転手を刺した事件、狂った事件が多いね、日本は。と、小学生を撥ねた事件が、この道路がこの時間一方通行では無かったら、いつものように両方向通行可能だったら、この事故は起きなかったと思う。そして、もし起きたとしても、こんなひどいことにはなっていなかったと思う。私が思うに、この道路が7~9時まで一方通行にした理由は、この近くに並行した広いメイン道路があって、朝のこの時間に渋滞するので、知っている人はこの道を迂回路として使うので車の通行が増えて、危ないからという理由で、この時間だけ一方通行にしたのでしょう。こういう道は全国に数限りなくある。ご近所の人にとって車が増えること、騒音が増すことに我慢が出来ず、一方通行にさせるのです。それは、そこの人にとってのメリットです。しかし、本当に総合的にみて、よいことでしょうか。両方向通行止めにしなければ片手落ちどころか、危険は増すのです。警察もそのくらいのことは分かっているはずだと思う。スピードを出し過ぎるに決まっている。外国の住宅地のいたるところにポリシ ティドゥール(道路を横切る小さな山)は有効だと思う。現在の若者の無謀運転を防ぐために日本もポリシ ティドゥールを作った方がいい。 両方向通行のままで、尚且つ、道に低い出っ張りを作ってあったら、この事故は起きなかった。一方通行にしてしまったのが行政の大失敗でした。ペーテーオーナンバは高速道路のカラワンティムールを出てスルヤチプタの工業団地の反対側、一般国道方面に出て、すぐ、右側の高速道路沿いの、ローカル工場地帯の一角になるワイヤーハーネスの会社です。進出は早く1965年にはそこにあった。高速道路のカラワンティムールの東北側に高速道路から見える。今回の社長拘束は労使紛争が裁判沙汰になり、裁判官に賄賂を贈ったという容疑が理由でしょう。運が悪いというか、よくある話というか、日系企業経営者が労使紛争や解雇に関しての裁判沙汰に巻き込まれる例は多い。そのたびに、日系企業は裁判官や弁護士に多額を渡す。そういう話は、何十社からも聞いている。そして常に、係争中の事件はある。今もEJIP,JABABEKA,MM2100の中の会社のいくつかが係争中であることを知っている。そして、それらの会社は、アンダーテーブルの交渉もしているはずである。日本人が、裁判官に賄賂を贈る理由はほかの理由の方が多い。それは言わずと知れた、離婚裁判です。慰謝料や親権がらみの裁判です。先日の殺人事件に巻き込まれるような話はほとんどないが、二重結婚で第一妻から離婚の訴えをされ留置所に一週間ほど収監され、慰謝料を一千万円要求され、親権は妻側に取られ、月一日の面会時に養育費として15万円、要求され、その係争中は、国外に出られない措置が取られ、インドネシアの中でも所在を明らかにしておかなければならない。そう人を二人知っているが、二人とも、最終的にどうなったかは確認していないが、本人から裁判官や弁護士に払った金額は500万円以上だったと聞いている。日本人は質が良い鴨である。その上に、前妻に慰謝料や養育費をいくら渡したか知らないが、異常に多額の出費だと思う。それのほとんどを会社からの報酬増額にして受け取るようにしているのだから、その会社の従業員や日本人の同僚や本社の経営者にとっては、たまったものではない。日本人社会は異質だ。パンガンダランで買った孫たちへの土産、麦わら帽子。裁判 贈賄 捲いた種
2012.04.25
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1195 パンガンダラン付近の地図です。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage010.htmlhttp://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage008.html半島を中心に東西40kmくらい、合計80kmくらいの海岸沿いと山側(北側)20kmのエリアー内に見どころが沢山あるし、広大な稲作地帯やココナツヤシやゴムの木のプランテーションの様にインドネシアらしい風景を見ることもできる。滝の形態も様々です。海岸は幅広く、遠浅です。すべてがサーフィンスポットですし、観光スポットです。 ジャボタベック(JABOTABEK)ジャカルタ、ボゴール、タンゲラン、ブカシやバンドゥン辺りに住んでいる日本人の方々へ、車で6~7時間(青の道)で行けます。ゴルフばかりやっていないで、また、プラウスリブ辺りに行っていないで、パンガンダランへ三泊四日くらいでぜひ行ってみていただき、インドネシアらしい雰囲気を楽しんで頂きたいと思います。ドライバーには一日10万Rp渡しておけば宿泊や食事代を含めて十分です。本人たちの費用はピンキリです。 カリマンタン ティムールへ行って、パンガンダランへ行って、日本へ行って、と、こんな感じで移動している。どこへ行くのも、すでに、ちょっと出かけるという感覚です。26日にインドネシアへ戻れば、すぐにまた、どこかへ出かける。おそらく、エアーチケットの予約は5月1日にはするでしょう。今回作った水槽と自動スパイラルカッター付き引取機、自動ナイフカッター付き引取機、巻取り機。スパイラルカッターはメイドインインドネシアの1号機です。二号機を発注済みである。バキュームボックス付き水槽に至っては15台以上作っている。今回、自動ナイフカッター付き引取機も作ったが、こちらは、10号機である。そして、もう二台、発注済みです。それぞれの価格は日本の有名押出成形ラインの装置屋さんの価格の三分の一です。インドネシアでは私が指導したKI社(撤退)AF社、NA社で合計、水槽は15台、自動ナイフカッター付く引取機は12台、自動丸鋸カッターは7台、プロファイル成形溶融金型、冷却金型セットは20セット以上、PAやPC,POMなどのエンプラチューブ成形用の溶融金型、冷却金型セットは15組以上、PPやPEのどのオレフィンチューブ成形用の金型も10セット以上、それらの会社のために私のデザインで作ってある。それらの会社は、日本で押し出し成型をしているのですが、インドネシアで作っている製品は日本ではできない。日本のベテラン成形社員がインドネシアへ学びに来ている。私はベテランでなくて若者を勉強によこした方がいいじゃないかと提案していたのですが、いうことを聞かない。インドネシア人に教えてもらうには、素直に聞ける若者の方がよいに決まっているのに、それに、人件費も少なくて済むから、押し出し部門の経費が少なくて済む、利益を出しやすい。教えてもらう人の給料が教える人の給料の10倍以上取るのではインドネシア人はたまったものではない。せめて5倍ぐらいの給料の人をよこさないと、まずいんじゃないの?と、思う。だいたい、いずれの会社の時も、指導している私の給料が日本からくるできない日本人の五分の一以下なのだから、変でしょ?それに、日本の装置は一ライン千五百万円もするのでは、海外企業に負けるに決まっている。私のような人が、海外で装置製造の指導もしているのですから。 安価 インドネシア製 人件費
2012.04.24
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1194 静岡は丸子の家にいる。たったの4泊5日の日本です。なぜ、そんなことをしなければならないの?それには、理由があるのです。27日の夜にはインドネシアにいなければならないが、27日のティケットが取れなかった。 今日は曇天ということもあって、成田エクスプレスの沿線が殺風景である。いきなり、インドネシアの雰囲気と日本の雰囲気の違いを感じさせられた。外に出ている人を一人も見ない。沈んだ中間色というのでしょうか、明るいとか鮮やかとか目立つ色の家は一軒もない。家々の色は老人の服装の色のようだ。もっと、原色がほしい。 家に着いて一時間も過ぎないうちに、スイス人の母親と男の子が客としてきた。家に着いて上がったらすぐに、彼女に息子が自分の指に、説明は難しいが、キーホルダーのようなものの輪っかに指を通し、それが抜けなくなったばかりでなく、飾りのトナカイの角の間にその指を挟めれてしまって、二重に指から抜けなくなってしまった。母親が石鹸水を塗って引き抜こうとしていたが。抜けない、私はペンチやプライヤーで広げようとしたができない。その子の指を傷つけたくなったので、無理やり引っ張ることはできない。そこで、娘が消防署に救急医を紹介してもらおうと電話した。消防署の職員からそれは医者でなくて私たちに任せろということになった。早速、消防署へ連れて行ったら、金属カッターの小さいやつで、輪っかを切断した。角も開いてすぐ指がから外れた。超小規模なレスキューでした。それよりも内の孫二人とスイス人の母、息子が突然、妙な騒ぎで現れたのには、消防署の職員がキョトンとしていた。ダンケシェンとお礼を言われて、なお、キョトンとしていた。私たちが出て行ったあと、しばらく、彼らの間で、その出来事について話が続いたと思う。 そんな騒ぎはすぐに忘れたように、チューリッヒが出身地だそうで、私もスイスには4回、行ったことがあるし、チューリッヒへ行ったこともあるし、スイスのことで話が弾んだ。男の子は孫たちとエキサイティングしていた。家中をどたばたと走り回っていた。挙句に彼女たちの家まで送らされた。久能山近くの高級住宅地光洋台の一角まで。スイス人ご主人は静大の教授をしている。ドイツ文学とドイツ語を一般教養として教えているという。 家の庭の春 ビックリ スイス レスキュー
2012.04.23
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1192 チカランの家にいる。日本への土産物にとタシクマラヤの道端でウビ(サツマイモ)を2kg買った。1kg1万Rp(百円弱)です。空港で没収されないと思うが、ちょっと心配。日本の夏に備えて、パンガンダランの土産物屋で、つばの広い麦わら帽子を孫のために買った。安い、3万Rp(3百円弱)二つ買ったので、5万5千Rpにしてもらった。 私が到着した日の、一人の日本人が来ていたよ、サーフィンが上手だった。また、来るといっていたよ。と報告が、イワン君の弟のアウェン君からだった。私がウェブサイトで紹介しているラシッド君は今オーストラリアへ語学留学をしている。今年、6月に終了してパンガンダランへ戻るそうです。彼は長男、弟が6人いて、二番目がイワン君、彼が今、サーファーの面倒を見ている。そのことでここ一年の間に変わったことは、それまで、西海岸の一般海水浴場とおなじ海岸で混じってサーフィンをしていたが、私は危険だと思っていた。そこで、今は西海岸でもほとんど水遊びの海水浴をしていなかった、人間でいえば肩に近い方へサーフィンスポットを移動した。そこにはサーファーがいるだけだから、圧倒的に寂しく感じるが、この方が圧倒的に環境はいいと思う。それに伴って、西海岸道路と海岸の間にサーファーの溜まり場というか、情報交換の場所というか、竹の骨組みにヤシの葉の屋根や壁を付けて、欧米人が好みそうな掘立小屋が増えてきた。そこには今まで何もなかった。土産物屋もなかった。観光客がうろつく場所ではないし、今も一般観光客はそこまでいかない。それぞれに、インドネシアらしい名前が付けられている。その一つにイワン君や弟たちも暇があれば言っているようです。先の日本人もその場所のどこかにいてサーフィンをしたのでしょう。日本人のファーストネームを言っていたが、覚えていない。 パンガンダランのゲートから入って真っすぐ西海岸に突き当たる。左(南)へ曲がって、道なり(西海岸の海を右に見ながら)に500mほど行くと右側にその掘立小屋がある。 私が泊まるホテルはホテルです、ロスメンではありません。一応、スタンダードとかデラックスとかスウィートとかシングルとかダブルとかの区別があり部屋代の一覧表があります。ピンからキリですが、テレビ、クーラー、冷蔵庫、ヲーターデュイスペンサー付き、シャワーでお湯が出る。ツインベッドで平均50万Rpでしょう、(35万Rp~100万Rpの幅がある)ホテルにプールがあったりバスタブがあったりすれば100万Rpに近い側になります。 私は、お湯が出ない部屋で30万Rpの部屋を借ります。朝食は二人分仕出し弁当が届けられます。お決まりのナシゴレンやミーゴレン、バナナが仕込まれたパンや辛いからいケチャップがかかっている直径10cmくらいのピザが来ることもあります。一般的に一人部屋というのはありません。最低二人です。インドネシア人は一人でパンガンダランへ来る人はいないでしょう。家族、親せき、友達の形です。ホテルの二人部屋に四人以上入るし、ロスメンな雑魚寝ですから、畳一畳に一人くらいの割合で押し込めます。トイレやマンディは外です。流石に、私もパンガンダランのロスメンに泊まったことはありません。一人当たりにすると千円以下になります。 東海岸の人間でたとえれば顎の部分に残った漁船の係留所だがその向こうに見える東海岸のほとんどは竹の桟橋で占領されている。出前の海老0.5kgアッサムマニスとチャーカンクン、ナシ。6万Rp。美味しい、バンガッサーファー 水遊び ロスメン
2012.04.21
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1191 平日にもかかわらず若者も中年も大勢の人が観光に訪れている。ホテルやロスメンなどプンギナパンがどんどう増えて新しくなっている。インドネシアの経済成長と同調しているように感じる。東海岸の様子が本当に俗っぽくなって、興ざめさせられている。バリ島に例えるなら、クタと西海岸、サヌール辺りと東海岸が似てきた。15年前には東海岸にも2~30m幅の海岸があった。少しずつ狭くなっていたが、2006年の地震と津波を機会に、海岸が一遍に無くなってしまった。以前は西海岸にあるような観光用の小舟も小型の漁船も陸揚げされていて、必要のとき、ここから出港していた。毎朝、毎夕の地引網漁も風物詩だった。ヌサカンバンガンへは東海岸から出港すれば、かかる時間が30分くらい短くて済んだし、半島の先端付近の大波を切りぬけなくてよかったから、ずいぶん、安心度が違っていた。 ところが今は海岸がなくなって、防波堤が築かれ、50m間隔ぐらいに防波堤が築かれている。漁船や観光小舟も姿を消した。どこへ行ったかというと。観光船は西海岸に、漁船の大部分は、半島の東肩の漁港に行ってしまった。朝、日の出に時間に一斉に出漁する姿はそちらに移ってしまった。地引網もそちらになってしまった。 それではサヌール風になってしまったというのは、バナナボートの乗り場になってしまったということです。竹製の桟橋が数年前から一つ二つと増え、今では東海岸首の部分全体にできてしまい、15以上の桟橋がある。遠くから見ると竹のガラクタ造形物が乱雑に並べられているように見える。 それにしたがって、道と防波堤の一部を占領して、竹とヤシ製で覆いは濃紺のシートのワルン(簡易食堂)とババナボート乗船勧誘場所が東海岸沿いのほとんどにできてしまった。これを地方行政は見て見ぬふりをしているようです。上納金が入るからです。 パラセーリングやマリンジェットが登場していないのでまだ救われるが、それらが登場したら、騒音もひどくなるでしょう。チャガールアラムがほとんど完全に自然が残されているようにパンガンダランの首の部分もできるだけ自然を保ってほしいものです。一ファンとして思う。 俗 自然破壊 東海岸
2012.04.20
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1190 お決まりのチャガールアラム(自然保護地区、ジャングル半島)入りをしてきた。まだ、雨季なので、道がぬかるんでいて非常に滑りやすく歩きにくかった。何度も滑って転ぶはめになった。結局,ラフレシアに一個あっただけでした。それも五つの花ベンのうち一枚が閉じたままになったできそこないでした。 先端近くの滝壺で泳いだ。泳ぎながら滝を背にすると前に広がる景色です。今が一番水量が多い。冷たくない。 ここのチャガールアラムには野生の割合大型の動物がいる。牛、多分家畜の牛が逃げ出して住み着いたようだ。鹿、キギャンです。これは逃げたのではなく、もともとどこかから渡ってきたのでしょう。大型でざっと見て1.5mくらい、立派な角を持ったオスが多い。ビヤワック、オオトカゲです。平均50cmくらいだが、頭から尻尾の先までは1mくらいのものもいる。これらは人が近づけば、一定距離まで逃げてしまう。しかし、完全に見えなくなるまで逃げて消えてしまうことはほとんどないので、写真を撮ることは容易である。 サル、これは、始末が悪い。ジャングルの中というより入口から100m以内の半径にたむろしている。人間様の持ち物を狙っている。観光客が多いので、いろんなものを上げる。それに味をしめて、奪うようになっている。お菓子の袋や飲み物の瓶や缶、ぺットボトルは彼らの目標である。しかし、手当たりしだい、奪えそうなものは何でも奪い取る。メガネ、ハンドホーン、カメラなどなど、ガイドが注意をするが、土曜日曜には被害者が多く出るという。 最初の上りがきつい、入口をはいって300mほど、一般観光客が散策する場所を通り抜け、自然保護地区に入るが、急に登りになる。100mで40mほど登る。すると、視界が広がる。ジャングルではなくなるのです。昔は無断侵入者を入れないようにする見張り矢倉がって、監視員がいた。木を切ってしまって、ジャングルへはいる人が見えるようにしたのです。今は矢倉も見張りの人もいないが、名残として残っていて、そこには雑木は育たない。100mくらい広場を通ると、また急な登りになり150mほどで50mは登る。上り詰めたところにちょっとした空間があって一回目の休憩場所になる。ここまで500mで100mは登る。多くの連れは、ここまで来て、とんでもない所に連れてこられたと思うらしい。 後は10m程度の登たり下りをするが、私のとっては平らな道を歩いているようです。2km先の滝の上まではその調子だが、滝つぼへ下りるとなると30mで30m下る感じで、胸突き坂になる。上りも大変です。知っていれば、滝つぼまで下りなかったという人が多い。 私はここを数え切れないほど入っている。本当はガイドはいらない。庭 ガイド 快適
2012.04.19
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1189 今朝 4:30に家を出て、パンガンダランへ向かった。タシクの入り口で08:00過ぎから、車の検問が始まる。その前に通過したいからでした。実際には2時間で通過するので、今日は06:30には通過した。チアミスまで4時間、バンジャールまで5時間、そこから南下しバンジャールサリを通過、途中、今まで行ったことがなかった脇道に入ってみたのでパンガンダランに到着したのが12:00でした。寄り道をしなければ、11:00には確実に到着している。 今の時期、この辺りは間もなく田植えの季節、乾季に一歩手前が田植えの時期らしい。雨季には田んぼが水没しまうからだそうだ。田圃のあちこちに日本では全くと言っていいほど見られなくなった、苗代が見られる。一部田植えが始まっていた。 寄り道をしたおかげで、ゴムのプランテーションを見つけた。今まで同じ道しか通らないのでちょっと山の中の道にはい居てみると発見があるものです。 新しいゼニアの調子はいい。新車はいい。キジャンに長い間、乗っていて、それはそれで運転心地は悪くなかったが、ダイハツゼニア(トヨタアバンザとおなじ)に乗ってみて、燃費は格段によしし、運転でも小回りは利くし、加速もいいし、チプラランの高速道路の極端な上り下りも難なくこなせる。タシクの町の手前のジャットコースターどうも大型トラックがやっと上っているので、急な坂道発進することが多い、それも、難なくこなせる。 いいと思う。運転中、運転のことはほとんど考えていない。運転に集中していないのです。何かほかのことを思ったり、考えたりしている。そして、はっと、運転中にすることもない。何となく、今日は6時間が過ぎてしまって目的地へ到着していたという感じでした。全く、運転で、緊張していないのです。景色を見ながら、ちょっといいなと思うところで止めて写真を撮ったり、運転しながら撮ったりしている。 夕方になると地元の漁師の奥さんがポリバケツにエビや魚を持ってホテルの部屋を回って売る。一人がロブスターを持ってきた。1kg四匹で25万Rpだという。少しずつ高くなっているが、まだまだ安い。久しぶりなので買ってしまった。その女性が家に戻って30分後位に料理(といってもバカールだから焼くだけ)をして戻ってきた。一挙にたいらげた。ほかに人と一緒だと、どうしても、遠慮してほかの人に多く食べてもらうことになって、なんとなく、損をしたような感じがするが、一人だから、そういう心配はない。身は700gくらいだと思う。喉までロブスターが出てきそうだ。旨い。パンガンダランでもレストラン(パサールイカンなど)で食べたら40万Rpはするし、ジャカルタのホテルやレストランで食べれば100万Rp以上である。得した感じ。ヌサカンバンガン(監獄島)へ行って漁民から買って食べれば15万Rpだ。 ゴムのプランテーション。西から見たチャガールアラムのジャングル、明日,このなかへはいる。 美味い 安い 自然
2012.04.18
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1188 使い慣れたラップトップがいよいよ老衰状態になってきた。7年くらいお世話になってきたが、いろいろな機能が衰えてきた。ウェブサイトも追加ができなくなってしまった。インターネットのローディングも遅くなってしまった。操作途中ですべてに機能がストップしてしまい、せっかく、ローディングしたデータを保存できず、リスタートによって消えてしまうこともしばしばである。もう、私の現在のウェブサイトはそのままにしておき、別のウェブサイトを作らなければならなくなった。 ラップトップはバックアップ用にもう一台持っている。機会あるごとにデータはバックアップしているので、もう一台のラップトップをメインに使うことにした。二台持っていてよかったと思う。 仕事をしようと思えば出来るが、仕事をしてはいけない状態が、長く続くなら、仕事ができる環境に移るが、そう遠くない時期に仕事が大っぴらにできるようになることは分かっているわけで、何も、環境を変える必要はない。かなり忙しくなることも分かっている。遊んでなんかいられなくなることも分かっている。だから、むしろ、この際、仕事ができないことを大いに利用しようと思う。仕事をすること以外の行動に制限がないし、何をするにも不安はないわけだから、どこへでも、ちょっとでも、気になるところがあったら、行くことにした。手始めに東カリマンタンへ行ったが、次はどこでしょう。日本へ21日に帰って、受け取るものを受けとって26日にはまた、インドネシアへ移動する。日本はゴールデンウイークで、9日間、休む会社があるらしくて、フライトはそのころフルらしい。そんなことも知らずに今日になって日本からガルーダの出国便を27日に取ろうとしたら、フルだった。28日や29日というわけにはいかないので、26日にした。1,000US$とまあまあの値段だった。28日からは1,200US$になっているとか、26日にしてよかったと思う。それと、日本で買うよりインドネシアで買った方が安いような気がする。気のせいでしょうか。景気は良くないが、円高だから、海外旅行志向は衰えていないようだ。 来月前半は、まったくのフリーである。今から楽しみである。 最近、私にしてみれば、好調で、飛距離も何となく伸びてきたような気がする。ゴルフをしているときだけではないが、ゴルフをしている時も気持ちが浮き浮きしている。 昨日日曜6:00スタートの雰囲気、10番と11番からのサンライズ。 自由 リラックス バックアップ
2012.04.17
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1187 ヤシの木の樹液から砂糖を作る行程で中国からの化学薬品を混ぜる、それが、発がん物質だとか、糖尿病を促進させるなどというニュースというか解説がされていた。例の茶色の5cmくらいの直径で売られていることが多い砂糖です。製造者も販売業者も認めている。市場に出ているほぼ50%に使われているという。パンガンダランで私が実際に見た現場では純粋に樹液だけを煮詰めて水分を飛ばしていたが、そういうニュースを見ると、やはり、インドネシアは何でもアリなんだなと思う。学校の前の屋台で売っている飴にも大量のサッカリンやシクラメート、ニトロサミンなどが混ぜられている。そのもの自体は悪影響について意見が分かれているようだが、中国からの輸入品に有害な不純物が含まれているという。人工甘味料が安く手に入るが、怪しいというのである。 インドネシアには高校を卒業できない人がいる。入学はしたが学費を払えず中途退学してしまった人、卒業試験に受からなかった人、もともと中学も高校も行けなかった人、小学校にさえ行かなかった人です。 インドネシアの一端的な会社の入社資格が、高卒以上であることが原則です。そういう人は入社願書も出せない。それでは、どうしたらいいでしょうか。高校の卒業証書を買えばいいのです。多くの高校はそういう人のために、卒業証書を販売する営業担当者がいます。担当者は、町を歩いて、そこら辺りでうろうろしてる若者に声をかけるのです。あなたは高卒ですか、もし、そうでなければ、卒業証書を売りますよと。 卒業証書をほしい人は、そんなことを身の回りの人に話しておけば、誰か、経験者が近くにいて、斡旋業者を紹介してくれます。私が知る限りでは、5ジュタ(5万円弱)で買うことができます。そうすれば、就職資格ができるのですから、弱者救済になるし、学校も一種の福祉事業をしているのです。 ただし、KTPといって、身分証明書の場所の近くの高校でなければなりません。いわゆる、出身地の近くの高校でなければならない。遠くの田舎から出てきて、ブカシあたりのKTPを持っていない人は、出身地をブカシの今住んでいる場所の役場のようなものに行けば、出身地がその地であるように作ってくれます。そうすれば、ブカシやジャカルタの高校の卒業証書を買うこといができます。 カラワンなどは、地元出身者優先で採用する義務を会社に与えています。70%以上だったと思います。地方出身者はカラワンの高校出身者の資格を買うことができるのです。 こういうことを知っても何の得もないかもしれない。何も知らないほうがいいかもしれない。 キニもナウも今という意味です。 知りすぎ 裏の裏 何?
2012.04.16
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1186 カリマンタン チムール(東カリマンタン)はジャングルの中のどこを掘っても石炭が出てくるという感じがする。上空から見るとあちこちに露天掘りの現場がる。マハカムをはじめブラウ沿いの大河にも石炭を積んだ超大型の箱舟をタグボートが引っ張っている姿が多くみられる。石炭を燃料として使うだけではなく、プラスチックの原料や価格製品の原料にしたらいいと思うのだが、それをできる研究が遅れているのでしょう。もったいない話です。天然ガスも埋蔵量を確認できないくらい豊富にでる。陸にも海にもガス田がる。ガソリンの不足は、買占めと汚職の元になっている。インドネシア政府は家庭や屋台の燃料を灯油からLPGに変えたように、車もLPG車の生産と利用を奨励したらいいと思うのだが、そんな話は全然ない。日本の車メーカーも試作車を作ってプロモーシャンをしたら、インドネシアのためになると思うのだが、その気配がない。プルタミナは天然ガスのステーションを増やしている。それを有効利用したら天然ガススタンドも容易に増やすことができると思う。スカルノハッタ空港の車のお泊り費用は安いと思う。以前より安くなったような感じがする。チカランの自宅からタクシーで往復すると、ブルーバードで約60万Rpかかる。それに高速代はこちらが出す。今回4泊5日で20万Rpだった。ガソリン代が20Lは使わないので9万Rp以下である。費用は半分以下で済む。10日くらい泊めれば、同じくらいになりそうだ。11日に2004年12月に大地震と津波に襲われ10何万人犠牲になったスマトラの最北端、アチェで地震があった。津波はあったが、一部の場所で2メートルと、たいしたことはなかった。地震と津波による犠牲者はなかった。しかし、このとき10人亡くなった。原因はショック死3人、パニックで逃げるときの交通事故で7人亡くなったのでした。この人たちは、地震による犠牲者なのでしょうか。刑務所の3mの高さの壁が200mにわたって外側に倒れていた。収容されていた人はどうしたか、ニュースでは聞き洩らした。東カリマンタンのBerauから南東6時間ジャングルを抜けるとBiduk-Bidukの海岸に出た。翌日の朝のそこら辺り、たまたま、牛が一頭サンライズを眺めるために海岸を散歩していた。朝日はスラウェジ島の方角から上る。 天然ガス 石炭 原油
2012.04.15
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11853 5:30にプンギナパンを出発、7:30発の予定が8:30弐なってしまった。スリウイジャヤでバリクパパン、ジョクジャ経由でジャカルタ到着が12:30でした。ブラウ、バリクパパンの東カリマンタンはバリとおなじで、ジャカルタタイムより1時間早い、日本より1時間遅い。チカランの家に戻ったのは15:00、順調でした。グラウからバリクパパンまでがSJ233でした。バリクパパンからジョクカルタ、ジャカルタはSJ231でした。しかし、同じ期待でクアビンアテンダントもそのまま、結局、ずっと、乗っていたのは私一人でした。おかげで、ケータリングを彼らから3食、受け取って、顔も覚えられ、別れる時には、私だけに、向こうから笑顔でお礼を言われた。と、私はそう思っている。ネットに接続できずにストレスが溜まっていたが、開放された。ローディングが速いのは、気持ちがいい。今回行った場所は、とにかく、インドネシアの中で行くところがなくなってしまっているので、無理やり見つけた感じでしたので、かなり難しいところでした。移動に時間がかかったし、その移動の光景が、何もない海の上か、ジャングルの中によくぞ作ったという感じの道でした。事前に一応サテライトからの写真でチェックしておいたが、近ずくとぼけてしまう写真しかなく、それには町や道はほとんど見えず、見えるのはジャングルだけでした。地名もその地図にはなかった。Berauの空港もどこにあるのか衛星写真で確認できなかった。Tanjung Batuタンジュン バトゥという岬の港も確認できていなかった。ビドゥクービドゥクのラブアン チュルミンもネットで名前を知っただけで場所がどのあたりか分かっていなかった。本当に行き当たりばったりとはこの事でした。それに、島へ行くのに港の地元の人に聞いても、Derawanデラワンという島がどこか知らない。MaratuaマラトゥアKakabanカカバンSanglakiサンラキなどといっても分らない。かの老人と海の爺さんにDerawanで会ったのがラッキーでした。15:00に出発して18:00過ぎにはその辺りの島を全部回ったのでした。だから、次の日に一日かけてジャングルの中を南下してBiduk-Bidukまで行けたのでした。行き当たりばったりにしては、目的は十分果たした、訪れようと思っていた場所に全部ゆくことができた。こういう場所へ行ってみると、その辺りの人達も地元のことをほとんど知らないことを思い知らされる。ブラウのプンギナパンの従業員にブラウの空港まで何分で行けるか聞いても、知らないという。知らないといわない人は1時間ぐらいだという。実際は15分である。時間とか距離に関して無関心のようだ。何キロメートルくらいあるかと聞いて答えられる人は一人もいない。ATMのブルサマがあるところならどこでもいいから、教えてと聞くと?マークが頭の上に現われてしまう。ブラウは大河に沿った町だ。川の名前を聞いたが誰も知らない。結局、私も知ることができなかった。そんな中で日本人の爺さんが一人であっちこっちへ行くのだから、どうなってしまうかわからないところが面白いですよ。真っ暗なジャングルの中を車で進んでいても、不安は全くありません。あるのは、この先がどうなっているのか知りたい気持ちだけです。写真は、ウラウからバリクパパンへ飛んだ時上空を通過したスンガイマハカム(マハカム川)です。ちょっと醜いが、中央に、去年落ちた橋がまだそのままの状態になっているのが見えますか。下流(上の方)がサマリンダです。大河でしょ。もう一枚はスカルノハッタ空港で遭った、日本のバス、止めてほしい時に押すボタンがあったので、押してみたが、何も鳴らなかった。 快感 自己満足 気楽
2012.04.14
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1184 Berau(ブラウ)のホテルにいるが、ネットに接続できない。どうしようもない。明日、ジャカルタへ着いてから送信するしかない。今日はあきらめた。今回の最大の目的地、Danau labuan curmin(ラブアン チュルミン)鏡のような港、とでも訳すのでしょうか、水は石灰岩を通って湧き出ているので澄み切っている上に、高い木々に囲まれているので風が水面を波立たせないようで、鏡のように平らである。インドネシアには、特にジャワ島では、湧いて出る水自体がすでに茶色み掛っていて、海にそそぐ頃には完全なチョコレート色になっている。代表的なブンガワンソロも清き流れ、と、日本語の歌詞が付けられているが、真っ赤なウソ。清き流れなどどこにもない。途中でも川の中を見ることはできない。しかし、スンガイ マハカムの上流もそうだったが、この辺りは島が石灰で形成されているので、綺麗な水がどこでも湧き出ている。直接飲める水である。上流に人が住むことを禁止していると聞いた。余りのも澄んでいるので、誘惑に駆られて泳いでしまった。それほど冷たくなかった。多分20℃以上はあったでしょう。石鹸で体を洗いたい、と、冗談を言ったら、禁止されている、と、真面目な顔でそこの人に言われてしまった。泳ぐのは良いが、マンディは駄目だという。パンガンダランのグリーンキャニオンも石灰岩層からの湧水で、綺麗ではあるが、上流まで生活に依る汚染水が流れているので、ここには敵わない。もっとも、このことが言えるのは、インドネシアだからであって、日本なら、普通にある川の方がよほど澄んでいて綺麗だ。日本なら、観光地になりようがない。観光で訪れる人は非常に少ない。オランダ、オーストラリア人が偶に来るらしいが、日本人が来たという話は聞いていないと、地元のポリスが言っていた。日本にサムライや忍者は今でもいるのか、などと、下らない話しかけ方をしてくるので、今でも、刀を持った人が町を歩いているし、忍者は探偵の仕事をしていると、説明しておいた。返りはまた6時間きっちりかかった。途中、雨が降ったり晴れあがったり、車中の温度調整が難しい上に昨日より明らかに凸凹が増えて深くなっている、難行は昨日以上だった。しかい、一応今回の目的は達成した。プンギナパンへ入ったトタンに停電になった。その上ネットにコネクト出来ない。 澄んだ水 貴重 水泳
2012.04.13
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1183 三日目、9時にデラワン島を出発し、9時半にタンジュン バトゥに上陸、直ちにグラウへ向かう。グラウからビドゥックビドゥックのダナウ ラブハン チュルミンへ出発、到着したのが夕方6時を回っていた。スピ-ドボートが30分、車が8時間以上の旅でした。其の厳しさは、きのうのボートのとび跳ね方以上で、尾てい骨の皮膚が完全に一皮剥けてしまってヒリヒリしている。それというのも、目的地へ向かう道の悪い事、半端じゃない。アスファルト舗装は行程の三分の一程度、それも、ジェットコースター並みの急な登りと急な下り、エレベーターの上り下りを繰り返しているような、浮き上がりと抑え込みの繰り返し、それも、上りの頂点の先が見えないので、ハラハラする。三分の二はホそうが無い凸凹道、洗濯板のような飛びはね道は続く、ヒドイのは雨水が溜まってしまった低い場所、ジュルジュルの上に深さがわからない。それも、左右の深さが当然違う。車はダッチロールの繰り返し、シートベルトをしていても座席から浮き上がるし、左右に体が大きく揺れる。そんな道が延々と続く、時速は20km以下である。四時間ほどそんな山道を進んで、下りにさしかかると、再びアスファルトの道になる。海岸まで近い、それまで、パームヤシのプランテーションだったのが、普通の椰子の実がなる、背の高い椰子の木のプランテーション地帯になった。東の海岸に出れば、今迄の辛さを吹き飛ばす、風光明媚な海岸にであう。海岸道路を南下すると綺麗な透明な川に何度も出会う。インドネシアの平地の川でこんな透明のはここだけかもしれない。明日のダナウ チュルミン(鏡のような湖という意味)が楽しみになって来た。良くこんな道を作ったものだというくらいに、只、ひたすらジャングルの中を通る。道が悪い上に、景色など何もない。見えるのは、これでもかこれでもかというくらいのうっそうとした木々だけです。途中に小さな集落が在るが、電線が見当たらない。道路の脇にも電柱は立っていない。普通、道の沿って電線が張られているが、この道にはそれが無い、だから、その道の両側に僅かにある家々には電気が通っていない。何をして生計を立てているのでしょうか、時々、どこから湧き出てきたのでしょうか、子供が道で遊んでいる。不思議な情景だ。とにかく試練の一日が終わり、プンギナパンに落ち着いている。ガソリンがかなり不足している。どのガソリンスタンドも長蛇の列、バイクは一列では無く5列ぐらいの面で並んでいる。車の最高後尾は3時間待つという。面白いというか、ひどいというか、其のガソリンスタンドの真向かいでポリタンク20リットル、20万Rpで、堂々と当り前に売っている。ガソリンは4500Rpだから20リットルでは9万Rpが正規価格だ。警察が元締めをしていると言っていた。私が、写真を取っていたら、運転手が、制止しながら、そういっていた。ヒドイ きつい 試練
2012.04.12
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1182 面白いですね。3月の終わりまで日本の大井川のちょっと西、高速道路のちょっと北の会社に往復三時間かけて通勤し、仕事みたいなことをしていた私が、今日は、インドネシアのカリマンタン島の東側のちょっと島から離れた島デラワン(Derawan)に来ている。島より遥かに拾いサンゴ礁に囲まれた美しい島です。前々、次元が違う場所にいます。気持ちが良い。今朝、09:00頃、頼んだ車で、2時間、東の端の岬の港、タンジュン トゥという処に着いた。そこから、モーターボートをチャーターし、30分でこの島に着いた。近くに二つしまが見えたが、人が住んでいるのはこの島だけだとか、リゾート地で欧米の若者がダイビングを楽しみに来ている。日本人を見掛けなかった。しかし、日本人もダイビングツアーで偶に来るそうだ。まだ、ムシンウジャン(雨季)だそうだが、今日は、どう見てもムシンクマラウ(乾季)の雰囲気だった。天候は快晴、遠くの雲も良く見えたが、頭の上には雲ひとつなかった。積乱雲とその下に落ちているスコールが遠くに見える。日本には全くない風景である。海岸にそって小さい島を一周(約、1.5Km)しようと歩いていたら、“老人と海”の老人のような人から、呼びとめられた。一人か?どこから来たのか?一寸ここへ座って話していったらどう?などと言っている。一寸話し始めたら、何のことはない、モーターボートを持っているから、もっと沖の遠くのサンゴ礁の島へ行かないかと誘ってきた。私は、明日行きたいと思っていた島だ。今から行けば夕方までに戻って来られるという。それなら、明日はまた別のところへ行けるので、その誘いに乗った。その老人、62歳だという。私より6歳以上若い。その人も元気、海が引いていて、桟橋までボートを係留場所から100mほど歩いて引っ張ってきて、私を乗せ、また、100mほど沖まで引っ張って行き、そこから船外機を降ろして、スタートした。私は運転席の横に座らされた。後ろに坐ると船尾が砂についてしまって引っ張れないからである。スタートして、あなたは、酔いは大丈夫か、泳ぎは得意か、と、聞いてきた。おいおい、誘う前に聞くことでしょ、と思いながら、どちらも大丈夫と答えた。それならと、いきなりボートのスピードを上げた。長さ3~4m、幅2m弱の小型ボート、四人乗りだと思う。バンバンすっ飛ばし始めた。ジャンプと落下の繰り返し、酔いはしないが、尾てい骨が痛くなりそう、実際、数時間後には痛くなったしまった。お陰さまで、各島に着くのが早い、予定では3時に出発で、7時、暗くなってから戻る予定だったが、6時まだ明るいうちに戻った。いずれも、島より遥かに拾いサンゴ礁に囲まれていて、周囲何百mの間は波が全くない、穏やかな湖のような状態、勿論、カラフルな熱帯魚ボートの上からも良く見える。自然が十分に残っている島々で、一番印象に残ったのは、島に囲まれた湖のような海でした。200m幅の陸地上陸し、100mほど登りの階段が在って、100m程の下りの階段の向こうには内海が在る。静か、一人で、飛びこんで泳いでみたい気持ちになった。時間が無いので泳ぎはしなかった。ウミガメの島、海亀と陸ガメでは、インドネシア語が違う。Punyo,Kura-kura(プニョとクラクラ)である。プラウ プニョというのがあって、一周1km位の島。全部が砂浜になっていて、毎夜、カメが10匹平均産卵に来るそうです。その島は管理人がいて勝手に上陸してはいけないことになっている。私たちは特別に了解を得て上陸させてもらったが、昼間なので、産卵を見ることはできなかったが、その場所の埋まっているという目印は何箇所も見ることが出来た。途中、イルカ数匹が魚の群れをとび跳ねながら追っている風景にも出会った。この歳になって、色々な体験をさせてもらった。その操縦の荒っぽい爺さんに感謝である。つい十日前までの私は、抑圧された世界に居たが、今は、十分に解放感を味わっている。しかし、他人に勧めることは出来ない、今回も以前、ロンボックのリンジャニへ登った時の様に、一人で良かったと思う。連れがいたのでは、決してしないことが、出来るのだから。別人 別世界 南国
2012.04.11
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1181 今、どこにいるかというと、私にもよくわかっていないところにいる。今朝、08:30頃、家を出て、空港へ向かい、ジョクジャ、ダリクパパン経由でグラウ(Gurau)というところです。東カリマンタンでもサマリンダよりもっと北でもう少し北へ行けがマレーシアになってしまうところです。空港へ着いたのが現地時間19:30過ぎだったので、回りが全然見えない、どんなところにいるのか分からない。ホテルへ案内してくれとミニバスの運ちゃんに頼んだら、プンギナパンかという。ホテルとは云わないらしい。灯りが異常に少ない、かなり田舎の町に来た感じだが、案内されたところが、そういう場所なのか、もっと、賑やかな町が在るのか、今のところ、明日になってみなければわからない。 何故ここにいるのかというと、仕事をしてはいけないわけで、その証拠作りの一環として、旅に出たわけだが、この近くに大変美しい、海と島と湖があると大分前にテレビで紹介されていたことを思い出したからである。透明度がずば抜けていいらしい。それだけである。 電波の状態が非常に悪い、ネットにアクセスが難しい。ローディングが出来たりできなかったり、出来ても時間がかかるので、写真のアップが出来ない。その点でも、かなり田舎に来た証拠になる。明日、ホテルの外を見れば、どんな場所か想像が付く、どう過ごそうか、それから考える。 とにかく、今は、何もわからない。 気まま どこ カリマンタン
2012.04.10
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1180 キャディの間では、邦人アパート殺人事件より、トムキャットの話題の方が主だった。というのも、キャディの一人がトムキャットに触ったかどうか、手がミミズ腫れになって仕事を休んでいるという。Tomcat戦闘機F1トムキャットではない。アリのように小さい動物だという。私がインドネシアへ来ていない3月の終わりのテレビや新聞でジャカルタとブカシ、タンゲランでトムキャットによる被害が出ていると報道されたらしい。バンドンでも発見されたという。写真を見せてもらった。なるほど、私が子供の頃に、良くいた火傷虫でした。今の日本では殆ど話題にならないが、多分、絶滅してはいないだろうから、たまには蚯蚓腫れを起こして、原因が分からないという、こともあるでしょう。インドネシアでは多分外来動物になるのではないでしょうか、もともと、熱帯に居た動物では無く、日本では一年中いたが、どちらかというと、寒い時期の方が被害が多かったようでした。姿についてはネットで調べればいくらでも出ている。ちょっと大きめな蟻といったところでしょうか、気持ちのいい、愛される様な姿では無い。見たことがない動物なので、インドネシアでは、話題になったのだと思う。トムキャットの何故命名したのでしょうか、それは分からないが、その名前だけでも、昔からいた動物では無いことが分かる。「アオバアリガタハネカクシ」が日本名です。青羽蟻形羽隠なら、姿がちょっと想像できる。有りがたいからではありません。 体液がペデリンという猛毒で、虫が歩いた後をさわるだけでミミズ腫れになるとか、一か所なら丸く湿疹や腫れが広がります。見つけても、決して触ったり、潰したりしてはいけない。もし虫の体液がついたら、すぐに水と石鹸で洗い落とし、冷やすのがいいらしい。日本人が持ち込んだのかもしれませんね、とにかく、蟻のように小さい動物です。色は赤と黒ですが、真っ黒や黒っぽい茶色もいます。私にとっては驚く動物ではありません、インドネシアはもっとほかのことで話題にし、対策を取った方が良いことは沢山あります。例えば、デングフィーバーです。化粧パックの偽物を作る工程をテレビで紹介していた。格安の製品については、簡単に信用しないこと。買わないこと。買っても、先ず、手の甲に塗ってみて確認することを勧めていた。毒虫 触らない トムキャット
2012.04.09
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1179 インドネシアのどこもかしこも、分別収集ができないのは何故でしょうか。ゴミ関係、廃棄物関係は、政府、行政は口出ししないのです。口出しできないのです。ユドヨノさんも、知らんふりをしています。それでは、どんな組織が牛耳っているのか、廃品回収業、廃棄物マフィアです。私たち、外国人では全く知ることができない闇の組織だと思う。もし、彼らが気に入らないことを、企業がすれば、どこかから、多くの人間が湧き出てきて、工場の出入り口の封鎖をされてしまいます。マフィアどうしも縄張り争いが在るし、既得権が在るのです。今までと違う業者に廃品を渡せば、たちまち、デモ隊がやってきて、工場の生産をストップさせられます。新しく進出した工場は、そこのところを十分、慎重に業者を選ばなければなりません。トップで挨拶に来たところに直ぐに任してしまってはいけません。日系企業は例外なく、ISOの認定を直ぐに受けます。廃品の分別廃棄は常識です。マフィアはそこがおいしいのです。カートンケースや缶やボトルをしっかり分けてくれて、姿が痛んでいないのです。それらを粉砕して原料して別の製品を作ることはしない。其のまま横流しして使うのです。大変、合理的です。余分な手間を掛けずに偽物を詰め込んで市場に提供するのです。多くの日系企業はそういうことに協力しているのですから、一度掴んだ、日系企業を横取りされては、デモをするのも当り前です。家庭ごみは、ゴミ拾いの末端の人が、ゴミ袋をあさって、そのまま使える物、粉砕すれば再生できるものだけを持って行ってしまいます。生ゴミや汚れた紙やプラスチックは散らかしたまま、残します。彼らは、まだ、夜が開けないうちに住宅地を巡回します。早い者勝ちだからです。スーパー、コンビニ、町内、サービスエリアなど、どこにも分別ごみ捨て場は有りません。空港などの自動販売機の脇にもボトルの捨て場は有りません。私が思うに、そういうシッステムにすると、必ず、盗まれるからでしょう。マフィアに手を貸すようなものだからでしょう。それほど、マフィアの力は大きいのです。日系企業のゴミ処理についてはマフィアが牛耳っているのは当然として、再生企業も彼らが握っているのです。日系企業が再生事業に進出しようとしても出来ないでしょう。BKPMから、定款内容に許可を得られないでしょう。エプテもプラスチックや紙の再生原料を作って売ろうなどという会社には許可が出るはずがない。 洪水の最大の原因はゴミの詰まりです。インドネシアの大問題は交通アクセスとゴミです。大統領もどうしようもない。 廃品回収 マフィア リサイクル
2012.04.08
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1178 やはり、インドネシアのゴルフは良い。一ヶ月ぶりである。ちょっと、留守をした、暫くのご無沙汰でしたという感じ。心地よい暑さの中、木陰に入れば涼しい風が清々しい。今日は皆さんから、例の事件についての話が出ていた。それぞれが持っている情報を出しきったようだ。私にとっての新事実はなかったが、ローカルテレビしか見ていない私の情報が一番、詳しいようだったし、広かったようだ。ただ、その日本人と一緒に先週ゴルフを一緒にやったとか、昨日、電話で話をしたとか、同じ棟だから、何回か挨拶したことがあるとか、彼女の顔を見たことがある、などと、そういう事を云う人もいた。ジャバベカゴルフのメンバーだから、私も、あったことがあるはずだ、といった人もいたが、私は、その人の事を全く知らない。その人は、どうするのでしょか、これから。私には関係ないが、グッドゥフライデーで休日、昨日の夜から各キリスト教会では催しがあり、今日はそのピークになる。この時期、毎年、イスラム過激派による嫌がらせ、時には爆弾テロも起きる可能性が大きいため、その周辺の警備やチェックが厳しくなる。インドネシアのためのも、何も起きなければいいと思う。そして、大きな事件は無かったようです。 最近盛んに流され始めたコマーシャルがある。アクア(AQUA)とアデス(Ades,コカコーラの水)である。どんな内容かというと、もっと飲んでください。というのではなく、飲み終わって捨てる時に両手で握って搾るようにつぶしてから捨てましょう。と、いうものである。要するに完全に潰してから捨てましょうというものです。リサイクル利用するにはそうした方が良いという。もし、それが趣旨なら、別にアクアに限らず、全てのペットボトルや缶類について、そうしましょうと、公共が流すべき、物である。ところが、政府も行政もそういう指導はしていないし、分別廃棄というか、種類に分けてゴミ捨てをしましょうなどとは全く言っていない。 アクアが何故、そんなコマーシャルを流すのでしょうか。偽物を作らせないためです。家の前に出した、ゴミ袋を破って中味をあさるのは、ヤギや猫ばかりではありません。袋を担いだ人間さまが、紙やペットボトルを探すのです。ペットボトルと紙は粉砕して溶かしてそれぞれの製品の原料になる流れに売ることができます。というのは、日本。インドネシアは違います。ペットボトルは、アクアの偽物を作る闇のルートに売ります。偽物を作る工場は水道の水を入れて、全く、同じ封をして売り出します。インドネシア中の道端の掘立小屋販売所のどこへ持って行っても、それらは、売り出すことができます。ゴミあさりの人や子供は、ペットボトルだけでは無く、香水や化粧品のプラスチックボトルやガラス瓶も偽物作りルートに流れます。蓋やラベルや密封シールはどうするの?そんなものは簡単に作ります。 アクアは偽物を作らせないためにそんなコマーシャルを流し始めたのです。すごいですね、インドネシアはイミテーションはどんなものでも作られていて売られているのです。先日もバリでアラック(地酒)の偽物を飲んでしまって亡くなった邦人がいました。 これも、イミテーションかもしれません。日本語表示があるセンベイ、高いですね。300円近い。その他にも日本語表示のビスケットなど沢山ありますが、明らかに日本からの輸入製品では無い。その他の表示が日本語では無いし、有っても、日本語が間違えている。もう一つは偽物では無い。シンコンチップスです。ポテトチップスではありません。インドネシアではクルプックと並んで、大変人気が在るスナックです。私も好きです。一袋50円くらいです。これはバーベキュー味と書いてありますが、ノリ塩味もあります。その他色いとナ味が在ります。たくましい 何でも 偽物
2012.04.07
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1177 このことは、たびたび書いているが、1か月のショートステイビザで、入国した人は、会議に参加することくらいは、許されるが、仕事をしなくても作業服を着て、工場内に入ることもいけない。何人も何社もイムグレ職員に抜き打ちチェックをされ、なん百万円も払わされたケースを知っている。一つの会社で一遍に20人も検挙された例もある。知らなかったやちょっとの間だけという油断が落とし穴です。ついていなかったと片づけるには大きい支払いが生じます。会社のセキュリティやホテルやアパートの従業員とイミグレ役人と連絡を密にしているのです。摘発すれば、何らかの報償が入るからです。仕事をしてはいけないので、来週は旅に出ることにした。カリマンタン ティムールへの旅をするためのエアーチケットを入手した。往復、三万円くらいでした。目的地やそこでの過ごし方は大体、決まっているが、泊る場所やガイドなどは全く白紙、行き当たりばったりです。サマリンダやスンガイ マハカムは何年か前に行っているので、その辺りではありません。今から、もうすぐ遠足へ出かける、子供の様に、楽しみにしている。インドネシアの新しいメールアドレスを手に入れ、使えるようになっているが、暫くは使わないようにする。多分5月中旬以降から使うことになるでしょう。 装置を置く場所のレイアウトについて打合せをした。新しい仕事を受け入れてくれる日本人もインドネシア人も、なんだか、私より期待をしていてくれるので、話しに入りやすいし、彼らは、電気や機械の専門家揃いなので、多くを語らなくても、自分たちで何とかしましょうという感じで楽である。場所の準備は律速ではなく、日本からの装置が律速になりそうだ。 ここへ来て、あわてても焦っても仕方がない。のんびりしようと思う。 値上げが話題になっているプツタミナのガソリン価格は4500Rpですが、シャルの価格は倍します。ガソリン、ハイオク、ジーゼルの価格です。ジーゼルが安くないのも日本と違うところです。 左がホテルサヒッドリッポです。右の奥がクラウンコートです。事件は右のA棟でした。明日早朝、ゴルフ仲間を迎えに行く。チェック 密告 違反
2012.04.06
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1176 2日 ジャカルタへ着陸するときの機体のローリングは今まで体験したことが無いほどひどかった。夕方6時過ぎだったが、真夜中のような暗さ、大雨と強風が吹き荒れていた。タクシーで空港を出る時も収まっていなかった。もう、雨季が開けるころである。しかし、名残雨季が続いているようです。3日の夕方も大雨だった。南ジャカルタの洪水は広範囲で腰辺りまで達している。河川の氾濫の上に排水機能がマヒしている。今日も南ジャカルタと空港への高速道路の南側のタンゲランの洪水が伝えられていた。タンゲランでは一次、高速道路をバイクが使っていいという措置が取られた。南ジャカルタの洪水の原因はボゴール方面の大雨で川がジャカルタを通って南シナ海にそそぎこんでいるが、途中で横に流れ出しているためである。ゴミが流れを塞いでいるし、排水もゴミが邪魔をしている。空港方面の洪水は、高速道路が嵩上げされる前には、高速道路を洪水にしながら、南シナ海に流れ込んでいたが、流れを塞がれて、タンゲランに溜まってしまったためである。あちらの洪水を防ぐようにすればこちらが洪水になる。渋滞と同じで、今迄、渋滞になりやすいところを広くして流れやすくしても、渋滞はその先へ移動するだけである。雨水が溜まるところもそんなものです。もう四日も水が引いていないどころか、水かさが徐々に増している。住人に深刻さを感じないのも、政府や行政が直ぐに対策や解消案を検討しないのも、学者がコメントを出さないのも、インドネシアらしい。タイのように、日系企業が多く入っている工業団地が洪水になることはない。洪水地帯のタンゲランや北ジャカルタにあった日系企業のほとんどが、チカンペック方面の工業団地に移転した。昨日の現地妻の殺人事件について、テレビで詳細に報道されていた。殺された女性の夫や両親や警備員へのインタビューが流されていた。契約妻の実態について、顔隠しの声変えの女性の何人かにインタビューをしていた。盛んに、日本人、日本人という声が聞こえていた。600US$位が相場らしい。リッポチカラン ブカシが、外国人が、特に日本人が多く住む新興都市として全国的に有名になってしまったようです。実際には韓国人の方が多いようですが。16年以上インドネシアに住んでいて、日本人がカラオケの女性を殺してしまった事件は有ったが、こんな例は今迄になかった。たった3カ月前からの同居で、運が悪かったというしかない。色白のかなりの美人である。その日本人がほれ込んだのも仕方がない。現地妻や住み込みのお手伝いさんなど外国人と同じ部屋や家に住む女性が無くなることはない。自然に生ずるシステムである。私も一人住まいは心配です。自分の身に何が起こるか分からない。そのためには同居してくれる女性もいればいいと思うし、一週間の内、何日か通ってもらえる人がいてほしいとも思う。ほとんどに人はカラオケで知り合った女性と合意のもとに同居するようになる。殺人の事件より、Istri kontorakの実態についても報道になってしまっている。 装置の注文をするための、見積もりを依頼した。日本から入れる押出機や引取機だけでは押出成形ラインは完成しない。水槽などが必要である。 ジャカルタのど真ん中のロータリーで小規模のデモに遭遇、右がホテルニッコー、左はハイアットです。もう一枚は旧市街の玄関、コタ駅である。ヨーロッパの駅の作りです。 洪水 年中行事 契約妻
2012.04.05
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1175 私が使う装置や設備の費用として必要な金額を投資することにしたので、そのことについて打合せをした。私のビザは一か月以内の滞在のいわば観光ビザです。この期間中は仕事をしてはいけません。作業服を着て工場内を歩いているだけでもペナルティの対象になります。だから、私は通常の服装で会議というか、打合せをするだけです。勿論、報酬を受け取ってはいけません。私のポジションがまだ決まっていないので、ビザの申請もまだできません、おそらく、20日過ぎまで掛るでしょう。それまで、ゆっくりしようと思う。というか、それが、今のビザでの本当の過ごし方です。誰にも迷惑を掛けない過ごし方です。2月末まで手伝っていた会社に客として訪問をした。ビジターの名札を貰って、中へ入って行った。皆さん、元気にやっている。仕事も徐々に増えているようでなによりです。インドネシア人スタッフは私の動向が気になるようで、しつこく、かまを掛けてくる。止めてしまっても私は引きとらないよと釘を刺してある。クラウンコート(リッポチカランのサヒッドリッポとシロアム病院の間の道の奥のアパート)で、殺人事件がった。日本人と一緒に住んでいる女性が日本人が会社へ出勤している間に何者かにナイフでめった刺しにされたという。日本人が犯人ではないが、同居していたという事なので、きまりが悪い。新聞にその人の名前も乗ってしまっている。クラウンコートは1996年私がインドネシアへ始めて来た時に半年ほど利用したアパートでした。その年に、ノイローゼになってしまったと聞いているが、日本人が8階から投身自殺をしたという事件もあった。前の会社の人も数人このアパートに入っている。そう広くはないが、設備は全部整っていて、平均で1000US$くらいでしょうか。この価格は十数年前からずっと同じです。時々、ゴルフをする朝、日本人を迎えに、今でも行く。空き部屋がないほど人気が在るアパートです。韓国人の方が多いと聞いている。日本人はアパートではなく、一戸建ての高級住宅に入るようです。平均で1500US$以上が普通です。とにかく、インドネシア人女性と一緒に住むにはその方が良いのでしょう。しかし、今回の殺人事件、皆さん、現地妻のような状態を、ちょっと、考えさせられたことでしょう。もっとも、一か月もすれば、何事も無かったような心理に戻るでしょうが。ガソリンの値上げは引っ込めたが、6月からとか半年後にとか、必ず、近いうちに上がるだろうと噂されている。桜の浅間神社二十日祭、満開でした。 殺人事件 同居 現地妻
2012.04.04
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1174 また、自由を求めてインドネシアに来ている。いつもの通り、06:20に家から出発し、08:30の成田エクスプレスを使い、ガルーダでは、T-1は初めてでした。約一ヶ月ぶりのインドネシアですが、何も変わっていない。空港からタクシーで新しい会社に20:30に到着、新しい車を受取ってタマンセントサの家に入ったのが21:30でした。日本時間では23:30です。疲れた。ガルーダのターミナルが1に変わっても戸惑いは何もなかった。北ウイングの一番奥がカウンターになっていた。私は始めて、チェックインの後直ぐにショートステイのビザの代金、25US$を払った。円やRpはだめ、US$でしか受け付けないので、近くの両替でUS$を手に入れた。14番ゲート、私を呼びだしている。何事かと思って搭乗口へ行ってみたら、バゲジの中身があやしいから開けてほしい、という。例の蓄光顔料である。今まで、他人が呼び出されているのを聞きながら、なんで呼び出されているのだろうと思っていた。今日始めてその理由がわかった。今日も私の他に二人、呼び出されていた。私のは、液体か粉体かはっきりしなかったが、金属の様に写ったという。MSDS(Material Safety Data Sheet)を持っていれば問題なかったが、持っていなかったので、購入会社のウェブサイトでチェックしてもらった。その結果OKになった。もし、OK出ない時には、一時預かりで、帰国時に返す、らしい。それで終わらず、ジャカルタ空港でもバゲジに案の定、チョークで印が何箇所に鮮明に着けられていた。隠しきれずにカスタムでバゲジを開けされられた。これも、内容物を説明して分かってもらった。それぞれ、5分程度のチェックと確認で終わったが、ジャカルタではもし説明出来なければ没収されているところだった。成田のチェックでOKになっているのだから、問題ないでしょう、という、一言が、一番効いたようだった。それにしても、日本語と英語のMSDSを持っていれば問題なかったし、説明はいらなかった。可燃物は必ずといっていいほど取り上げられるので、缶に入れないで、ペットボトルに移し換えて持ち込むことが多いが、粉末の場合は金属やプラスチックのボトルに入れない方が良いようだ、ポリ袋が一番いい。なにはともあれ、安全シートMSDSを持っていることが重要です。元々、顔料などハンドキャリーすることが間違っている。費用節約のためにやっていますが、他人には絶対、勧めません。商社を通して輸入するのが当り前のやり方です。私の様にしたら、タダでは済まない、引っ掛かるようなことをしているのだから、必ず、何かある。引っ掛かります。テルコムフラッシュ用のプルサを空港でバゲジが出てくるのを待っている間に買った。10万Rp二枚を入れたが、ここは高い、24万Rp払った。チカランの街中で買えば、21万Rpである。しかし、家に入ってから直ぐ使うには、途中で買うには店が閉まってしまっているので、空港で買うしかなかった。 成田エックスプレスから何とかタワー、と、成田T-1の14番搭乗口付近MSDS 安全シート プルサ
2012.04.04
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1173 多分、十年も過ぎないうちにこの種の話は消えてしまうでしょうが、今は流行っている。東の本大震災後、福島原発大事故後、地震とそれに伴う津波の大きさ、被害の甚大さの予測を見直すのが流行っている。それ以前は、全く、流行っていなかった。それも、1.5倍から2倍くらいの規模にしている。震度7とかM9以上とか、津波の高さが35Mとか、素人の私でも、適当に言えそうな数字を出してくる。相変わらず場所については東京直下型の脅かしと東海、南海を強調している。その場所が、一番、日本にとって被害が甚大になる地域だからです。悪いが、田舎の地帯にはそんなに張りきった警告を出す必要がないと思い込んでいるだろうし、脅かしが効きやすい場所について強調しているのです。面白いですね。 どこに、何年以内に大地震が襲う可能性が何十%という予想と同じようなもので、来ないからといって何の責任を置くことはなので、とにかく、以前に比べれば、大きめにそして、確率を高めにしておけば良いのです。多くの日本人はそれで満足するのです。原発廃止論者にとっても後押しになる見解なのです。そして、彼らは、この予測さえ、もっと、規模は大きく、確率は高く、出して欲しいと思っているのです。満足していないのです。 結局、この種のものは、気分的なものです。何の根拠も無いのです。根拠を示したところで、疑問を持って、理屈を着ければ、幾らでも着けられるシロモノです。 私なら、全国どこでも震度8、M10、津波の高さ50Mとして起き、10年以内に起きる確率は90%以上にしておきます。全ての施設はそれに対応できるようにすることを提案しておきます。町作りも原発の立地も避難場所も皆、対応できるようにすることを提起します。 何度も書いているが、地震学者の方々、口から出まかせのような数字出しは、みっともないと思いますよ。マスコミは仕方なく報道していると同情しますが、何も一面トップにすることはないでしょう。先ほども福島沖が震源の地震がった。この地方の予測はどうなっていますか、東京のような直下型の警告はしないのですか、今のは全てが余震でしょうか、それとも、新しい地震でしょうか、3,11より以上の地震が数年以内に何%の確率で来るという予想はしなくていいのですか、ここ30年以内にどの程度の地震がどのくらいの確率であるか予想をしないのですか。とにかく疑問だらけです。 日本最終日です。孫にせがまれて、ちょっとした祭り気分の町へ出かけて見た。50年ぶりに桜の時期の浅間さんの展望台まで行ってみた。中学の時には西から、高校の時には東側から、駆け足で浅間さんへ登り、百段は6年間で何百回上り下りしたことでしょうか。今でも百段へ行くと駆けあがり駆け下りてしまう。百段を見上げた処と、孫の後ろに懐かしの母校がある。予知 担保 保険予測
2012.04.02
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1172 インドネシアのガソリン価格の値上げは延期された。国際原油価格が何%以上、上がったら、ガソリン価格を上げるという決議はされたが、その何%が決定されなかった。とにかく、これで、全国的な騒ぎは収まるでしょう。インドネシアのメールアドレス(okta-okta@nanbu.net.id)は4月1日から使えなくなります。新しいアドレスは4月4日にはお知らせできます。個人で持っているメールアドレス(kota02@y6.ne.ne.jp)なら、いつでも、どこでも受けることができます。同じく、HP(ハンドホーン)番号は、今迄通り08111007012です。花粉症は治ってしまったのでしょうか、それらしき症状は現れなかった。自然に治ってしまうこともあるのですね。それが、いつごろから治ったのか確認できていない。最期の投資になると思う。押出成形の工場を作る、ただ、場所は借りる。技術指導では無くて、少し、利益を上げる仕事をする。インドネシアでは、今迄、客先からの依頼をうけて物を作っていたが、今回は、私の製品を作る。そしてそれを売る行動をする。販売店への営業をするので、そのことは全くの初体験になる。営業という仕事を意識してやったことが無い。サラリーマンの時には営業ができるかと、聞いてきた話を、出来るといって、やっていた。社長の時には、口コミで話が飛び込んできた物を作っていた。インドネシアではやはり日系企業から、こんなものはできますかと聞かれて、出来ると言って、やって来た。ようするに、物を売るのではなく、技術を売る仕事をしていたので、営業に回るという行為は馴染まないと思っていた。こんな技術を持っていますが、そういう技術を使って作る部品はありませんかと、回る気はしなかった。それでも、どこで、どんな形で仕事をしていても、依頼は必ずあった。そして、インドネシアへ戻れば、必ず、仕事はくるでしょう。ということだが、今回は、商品に名前を自分で付けて、カタログを作って、置いてもらえそうな店を回っておいてもらう事から始める。また、通信販売というか、ネット販売もする。若いころから一度はセールスという仕事をやってみたいと思っていた。物を作る仕事が私には向いているというのは承知しているが、営業をやったって、並みの人より、売る自信はあった。一番やってみたかったのは車のセールスでした。自分が売って歩いて客先の反応を聞くことをしてみたかった。70歳近くになって、やっと、それが実現しそうである。自分にとっては、初体験になりそうなので楽しみである。多分、はりきってやると思う。技術指導はそれに伴って誰かにしていることになる。 家の近所の桜、三分咲き セールス マーケティング ネット販売
2012.04.01
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