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1293 30日、ここまで、日本人の金メダルが無かったが柔道でとった。こんなことを書くと、憤慨する人がいるかもしれないが、取ると予想された人が、取れないという例の方が多い。メダルの予想は直近の成績、記録を参考にしているのだろうが、ひいき目と言うか、期待度と言うか、第三者の冷静な目で客観的に判断をしていない面がある。オリンピックというのは独特な雰囲気の中で、思いがけない記録や力が出るし、逆に力が出せない人もいる。柔道の選手はほとんど全員がメダルをとってもいい実績を引っ提げて参加しているが、期待通りの成績は上げていない。水泳も今のところ、期待はずれ。だいたい、期待するなと言っても無理だろうが、期待しない方が、結果が良くなる可能性が高いように思う。体操もかなり、気分を変えないと惨憺たる状態になる可能性もある。過去の例から、思いがけない人が取ってしまうことは少ないが印象に残る。メダルの数の予想すること自体に疑問がある。意味が無いと思う。日本でトップの選手たちのメダルを予想すること自体、失礼だ。なぜ、誰もかれも、予想したがるのでしょうか、選手を送る側も予測する、何のためでしょうか。国別で何位などと言うのは本当にナンセンス。マスコミも賭け率の発表をして、倍率が少ないなどと喜んでいるが、全く、意味が無い。 ここまでくれば、勝負は時の運、日本代表の選手は悔いのない戦いをしてほしい、メダルなんかどうでもいい。自分が満足できればそれでいい。用宗(モチムネ)海岸の様子、インドネシアの海岸とは別の世界だ。コンディション 時の運 自分
2012.07.31
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1292 掃除をしなかったプールのようだ。水を入れ替えていないプールのようだ。用宗海水浴場、孫が海で泳ぎたいと言うので、連れて行った。家から一番近い海水浴場で、10分くらいで着く、知られていないし、海岸が砂浜ではなく、玉砂利状態で、急に深くなっているので、海水浴場には向かない、当然、空いている。50mほど沖にテトラポットが積み重ねられている、その又沖の50mほどにもテトラポットが並んでいる。幅300m沖のテトラポットまで50m、その範囲が海水浴場になっていて遊泳OKになっている。インドネシアではないので、海岸のゴミは無い、それはいいが、海水が濁っている、また、透明な浮遊物が漂っている。お世辞にもきれいな水とはいえない。二重のテトラポットで海水の交換が出来ていないから、浮遊物が溜まる一方なのでしょう。テトラポットの役割は海岸が消えてしまうのを防ぐためでしょう。無ければ、砂や砂利が沖に持っていかれて海岸が消えてしまうでしょう。だから、仕方が無いと思うが、何か、海水を入れ替える好い方法は無いものでしょうか。私が子供ころ、8月中旬過ぎの海水浴場にはクラゲが現れ始め、チクチクさす、人によっては刺された場所がはれ上がる、と、言われていたから、夏休み後半には海水浴には行かなかった。ところが、今日の用宗海岸海水にはクラゲが充分繁殖していた。遊泳中、チクチクと刺されて、気になった。孫たちもチクチクすると言っていたし、他の人達も、何かに指されたという話をし合っていた。これも、海水の代謝がされていない、海水が温まっているのが原因だということははっきりしている。今、この状態だから、8月中旬近くにはもっと、ひどい状態になっているはずだ。海水浴場としては、水質検査をしていると思うが、大腸菌やその他プランクトン、クラゲなど、海水浴場いとしては不適というデータになっているに違いない。 日本で、今まで、こんな汚れた海水浴場に出会ったことは無い。孫たちを再び連れて行く気になれない。ちょっと遠いが焼津か静浜、方向は逆だが、三保辺りまで行った方がいいかなと思う。 昨日の花火大会、無風に近い状態になってしまっていた。火薬からでた煙が留まってしまっていて、次々と打ち上げられる花火の大輪が掛けてしまったり、ほとんど見えなくなってしまったり、台無しになってしまった。 私は始めてこういう状態を見たが、せっかく、何十万、何百万掛けても、煙が邪魔して台無し、何ていうことは、全ての花火師が何度も経験しているはずである。無煙火薬を安価で何故作らないのでしょうか、理論的にできないと、証明されているのでしょうか、当然、研究はしていると思う。煙がほとんど出ない花火を開発したら、大儲けできるはずだが、ノーベルさんが大喜びして、ノーベル賞を幾つもくれると思うのだが、ぜひ、その道の専門家に作ってほしいものだと思う。 クラゲ 大腸菌 不合格
2012.07.30
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1291 一日、いい運動になった。良く歩いた。おかげで、家に戻って、バタンキュウ状態だった。心地よい疲れである。“十団子も小粒になりぬ秋の風”許六、と言う俳句を知っていますか。私の家から4kmくらい西に宇津の谷峠。「駿河なるうつの山べのうつつにも夢にも人に逢わぬなりけり」伊勢物語や百人一首の在原業平が友人に送った和歌、手紙で。その手前に東海道中膝栗毛、十返舎一九の弥次郎兵衛と北八や“梅若菜 丸子の宿の とろろ汁 芭蕉翁””葛飾北斎の浮世絵にも書かれている丁子屋、そんな場所の中の一角に大鈩不動尊があって、縁日 丸子朝市 毎月28日に開かれる。蝉の声がけたたましい中、何年振りかに行ってみた。日本の故郷の原風景を見ているようで、何となく懐かしく思いながら、3Kmほど山の中へ歩いた。狭い山間部にお茶畑、山葵田などこの地方らしい風景も見られる。山葵を買った。十団子は美味しくない、普通のコメを10cm弱の直径のボールにして、1mm以下の直径の木の蔓に10個ほど通してそれの蔓の片方だけ縛る、小さい団子の食べである。それを軒先などにつるして、魔よけとする。だから、普通の団子のように、土産物にはならない。その小さい米のボールがもっと小さくなっているというのです。芭蕉の弟子の許六は、何を言いたかったのでしょうか。夕方は安倍川の花火大会、家から東、静岡市街に入り前に安倍川がある、7月最終土曜日にこの地方最大の花火大会がある。これには何十年ぶりだろうか、孫二人と三人で行ってみた。行きはバスで、帰りは歩きでした。4kmほどである。孫二人には途中にあるマックに寄ることを約束したからか、機嫌良く家まで歩いた。家に着いたのが22:00を回っていた。花火の人出はざっと見て、5万人かな?安倍川橋のちょっと北側の中州に仕掛け花火が次々と打ち上げられる。私たちはそのすぐそばの河川敷の草むらに寝そべって見上げていた。真上に打ち上げられたようで、火の粉が降ってくるような場所にした。孫たちは大喜び、しかし、2時間以上なので、ドンドンと心臓に響くような音にも慣れてしまい、二人とも私に腿を枕にして見上げていたのが、いつの間にやら、眠ってしまった。次第に重みを感じながら、直ぐ隣に座っていた一人で来ていた、私と同じくらいの年の女性に、シートを端を借りて、私も、うとうとしてしまった。その女性に“もうすぐ終わりますよ”と、言われて、我に帰った時には最後の仕掛け花火が始まる前だった。花火は、バブルの時代を知っている私にとっては、ちょっと、寂しい、仕掛け花火が少なくなっているし、内容も落ちている。一発花火が増えている。それでも、スターマインや仕掛けが終わるたびに拍手が起こっていた。これも、日本の原風景か。半分は寝てしまっていた孫たちも満足そう、ドイツにはこういう花火大会は無いから、楽しかったと言っていた。マックのオマケが気に入ったようだ。私も子供のころに戻ったような錯覚を覚えた。オリンピックの開会式を通りすぎ競技が本格的に始まった。柔道の福見選手は残念。縁日 花火 マック
2012.07.29
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1290 サッカー、スペインとの試合、見ていました。海外のNHKでは、絶対に味わえない世界です。80分過ぎくらいからアディッショナル タイムが過ぎて終了のホイッスルが鳴るまで、残り時間があと何分と、画面の左上だけ見ていた。勝って良かったと思う。私のWeb Siteはこちらじから。http://otaenplaext.net/newpage0.htmlこのままでは、デジカメのバッテリーのチャージができない。どうしよう、もうバッテリーが切れそう。先ず考えたのが、チャージャーを単体で買うことだった。デジカメを買った、量販店へ行って、バッテリーやチャージャーの予備品のコーナーへ行って、聞いた。以前、ラップトップのバッテリーが充電できない状態になってしまっていたので、同じバッテリーを探した店でした。その時には在庫が無かった上に取り寄せが最大二週間かかる、そして値段が何と4万円と言われた。そして、あきらめた。今回も似たようなことを言われた。在庫なし、取り寄せに1週間以上、値段が一万五千円という。冗談じゃない、今時、機能は今私が持っているものと同じで、新品のデジカメは安いものなら一万五千円で買える。そこで、仕方が無いから、新品を買うことにした。同じバッテリーを使っているカメラを探し、店員にも聞いたが、モデルが変われば、バッテリーの形も変わるので、同じもなは無いと言われた。本当かと同じメーカーのカタログを見せてもらった。やはり、バッテリーの品番が同じものは無かった。どうにもならない。そこで、そこの店で、操作のボタンが似ている同じメーカーで一番安いデジカメを買うことにした。店員にこれを買いたいと言ったら、在庫を探してくると言って探しに行った。戻ってきて、“在庫が切れている、取り寄せに一週間かかる“と言ってきた。もう、それより、ちょっと高いカメラを買う気になれなかった。”それじゃ、このカメラの在庫があるか“と聞く気になれなかった。この店は駄目だとあきらめた。次に行ったのが、セカンド電気製品販売店でした。デジカメがショーウンドーの中に50個ぐらい並んでいた。価格は使っていないもので一番高いのが一万三千円程度、使ったというか、封を開けたものの一番安いものは四千円程度でした。私が求めるメーカーの物が見つからない。店員に、このメーカーの物は無いかと確認したら、一つだけ、まだ、陳列していない在庫品から、見つけてきてくれた。同じ品番ではないが、バッテリーの品番を見たら、同じだった。同じころに新モデルだったのでしょう。しかも、それを売って来た人はバッテリーの予備も買ってあった。価格は五千円でした。この人、どういう事情だったのでしょうか、開封はしたが、使った形跡が無い。メモリーカードは無かった。量販店に、在庫が無くてよかったと思う。ラッキーだったと思う。忘れ物の巧妙という気分だった。結局、安い価格で新品同様のカメラを手に入れた上に、今使っているカメラと共通のバッテリーなので、予備品としてこれ以上の物は無い。中古品 新品 安価
2012.07.28
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1289 注意をしているつもりだが、間が抜けている。ボケ、と言ってはいけないらしいが、そりゃ、若い時に比べれば、明らかにボケていると思わざるを得ない。そんなことは誰にでもあることでしょう、貴方にも。前の晩から、エアーティケットをリックサックに入っていることのチェックを繰り返した末に、最後のチェックの時にバッグに戻さなかった。いつもは、最後のチェックをタクシーの中と決めているのに、その時に限って、駅へ向かうタクシーの中でチェックしなかった。成田空港へ着いて、エアーティケットが無いことに気がついた。エアーティケットを持っていなくても、搭乗手続きができるかどうか、確認する気にもなれずに、すごすごと、静岡まで戻って、一日、出発を延ばす手続きをした。幾らかの追加金を払った。チカランの家を出る時に、それほど、慌てて出てきたわけでもないが、空港へ着いて、荷物を車からだす時にラップトップのバッグが無いことに気がついた。持たないで日本へ帰っても仕方が無い。そのまま、ガルーダのカウンターへ行って翌日に変更した。この時は追加料金を払わなかった。仕事で失敗することは今のところないが、確認したり注意したりしたことで失敗することが多くなってきている。時間の思い込みは何度もある。19:00と午後9:00と間違えたこと、出発時間の変更を言われているのに、上の空で聞いていて、12;00発が11;00発に代わっていることを意識していなかったこともある。私が一番最初時間の思い込みで大間違いして迷惑をかけたことは、53歳の時でした。ある団体が主催し、半額招待のようなスキーのツアーに参加した時でした。その前の年にも参加していた。一年前は集合時間が22:00だった。今年もそのつもりでいた。ところが20:00出発に代わっていたのを確認しなかった。私の会社からは私一人の参加だったので、なお、思い込みはそのままになってしまった。会社の若者に集合場所まで送ってもらったが、すでに、誰もいない、その場で、出発時間を確かめて間違えが分かった。二時間前に出発してしまっていたのでした。その後、普通の人だったら、何もしないで、参加しなかったでしょうが、私は、家に戻って自分の車にスキーを乗せて一人でバスを追いかけた。そのことで、また、色々あって、多くの人に心配をかけた。その迷惑内容は省略。それほど、急いでいたわけでもない。今回帰国する時にも何やかや、忘れ物が無いようにチェックした。しかし、忘れ物があった。デジカメのバッテリーチャージャーでした。家を出る前に、チャージをした。そして、バッテリーだけ外してカメラにセットして、カメラは持ってきた。しかし、チャージャーをコンセントから外して持ってくることを忘れていた。旅に出る時には必ず、チェックする項目の一つだったが、この時は思い込みでバッグに入れたとばっかり思っていた。ぼけ 思い込み 度忘れ
2012.07.27
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1288 このことは、一種の災難です。体に良くない、ストレスがたまる。それが、真夜中から始まった。オリンピックと言えば、海外に住む日本人が一番いらいらする期間です。何故だか分りますか、海外赴任してから、サッカーのワールドカップやオリンピックといった世界のスポーツ祭典を経験したことが無い人にはまだ分からないでしょう。日本でしか、この関連放送を見たことが無い人も分かりません。 今、私はインドネシアでNHKワールドもプレミアムも受信していないので、過去の経験から書きますが、一か月前ほどから、その期間中の番組編成が大幅に変わるという予告が現れる。そして、実際、その期間は変わる。そうでなくても、普段から、あまり、興味のある番組が少ないのに、この期間は、なお、つまらない番組、特に再放送の番組が多く流される。手抜きもいいところである。他の外国放送局は無料だが、NHKだけ有料で、インドネシアでは50US$/月、払わなければならないのにもかかわらずで、ある。 定時のニュースは流されるが、オリンピック関連になると、静止画になってしまう、そして、放映権の都合で流せないと、いちいち、テロップが出る。たまには、間違えて、少しでも動画が流せれる事を期待している人も多いと思うが、確実に静止画になってしまう。 一日の内の何回はオリンピックニュースという特番がある。しかし、成績表とその人物のオリンピック以外の写真が出るだけで、そして、日本や現地で喜んでいる関係者へのインタビューや現地の様子は、動画で流される。どうでもいいものだけが動画で、ぜひ見たいものは、写真、それも、期間中、同じ写真である。 外国に住んでいて飛び抜けてトップのガッカリ現象です。料金を払って見ているのに、ひどい裏切りだと思う。NHKさん、どうにもならないのでしょうね。 つまらない番組が多いし、再放送が多いし、見たい番組があっても、放送時間が家でくつろぐ時間と一致しない。オリンピックの時の裏切り行為を許せない。ということで、私はNHKと契約はしない。当たり前のことだが、通常番組はインドネシアのテレビを見ている方が面白いし、インドネシアの事情もよくわかる。日本人選手の活躍は、オリンピックやその他の日本以外のスポーツでもネットでチェックすれば十分である。何より、NHKに頼らなければ、がっかりすることもないし、余計な支出をすることもない。それにしても、初めて、経験した人は、NHKには落胆することでしょう。あらかじめ、そういうものだと、悟っておいた方がいいですよ。 落胆 憤慨 ガッカリ
2012.07.26
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1287 前提は、1997年当時との比較で考えている。Bulan suci Ramadan 神聖なラマダン月です。日が昇っている間は、一切の欲望を絶たなければなりません。唾も飲みこんではいけません。ということになっているらしいが、やはり、宗教以前に人間です、雰囲気次第で、宗教色は薄れてきます。回りの人が食事をすれば自分も付き合おうと思います。日本にいるインドネシア人がいい例です。それは、守っている人もいますが、レストランに誘われれば、自分だけ付き合わないわけにはいかないでしょう。事実、私と一緒に食事を時、ラマダンだから、時間まで待つか?と聞いたときに、そうしましょうという人はいない。全員が、今で構わないと言います。私に気を使ってというより、普段の生活がそうなのです。イスアラムにもかかわらず、それが悪いというわけではない。それでいいと思う。お祈りも、決まった時間に、きちっとやっている人は、少なくなっている。田舎に暮らす人は、周りの目があるから、きちっとお祈りする人の割合は多いが、都会へ近づけば近づくほど、周りの目を気にする必要は無くなるし、いい加減イスラムが増えているので、自分も適当にやればいいという気持ちになる。自然の姿です。だからと言って、いい加減イスラムの人が、仕事もいい加減と言うことは無い、どちらかと言うと、いい加減イスラムの人の方が、仕事ができるし、真面目である。いい加減でないイスラムの人が仕事は、いい加減と言っているわけでもない。お祈りをする、断食をするということと、お祈りをしない、断食をしない、ということと、仕事ができる、できないとは、全く関連が無い。年中行事の一つになっているが、一種のイスラムの祭りの様なもの、神聖と言う感じはしない、終わった後の連休を楽しみにしている。それは、イスラムの人に限らない、日本人もクリスチャンも長期で休めるし、故郷へ帰ることができるという意味で、この意識は共通です。日系企業とは限らないが日本人はインドネシア従業員との付き合いにおいて、ラマダン、レバランを尊重しつつも、特別意識する必要は無いし、気を使う必要はないのです。普段通りに付き合えばいいのです。その普段の付き合いが肝心でしょう。溶け込むことです。 間もなく、オリンピックが開催される。イスラムの国から来た選手は、迷っている人も多いと思うが、多分、その国のイスラム聖職者も国としても、実力を発揮してもらうことを期待して、本人の自由にしているでしょう。不規則な食事の状態ではベストコンディションとは言えない。相手に対しても失礼である。もともと、断食をしなくてもいい状態の人は認められているのですから、それでいいのです。 断食 例外 いい加減
2012.07.25
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1286 勿論、この状態を、苦々しく思っているのはイスラムの急進派である。“いまどきの若者は!!“と言う感じでしょう。これも昔からそうだが、毎年必ず、どこかのカラオケやマッサージ店が犠牲になる。一種の恒例行事のようだ。急進派も何もしないというわけにはいかない、という感じでしょう。私が住むチカラン一帯は、カラオケ、マッサージはラマダン明けまで、休業です。例外はありません。暗黙の合意でしょう。自分のところだけ営業することはできません。レストランは別です。ただし、アルコールについては、ビールはOK、ただし、その他については、店によって様々です。全く出さないという店は無いようです。仕入れのルートは、狭くなるので、品切れになる傾向はある。 スーパーマケットの品ぞろえの様子が変わる。習慣として、プアサ明けに食べたり飲んだりする果物や飲み物のコーナーは大量に並ぶ、たとえば、クルマ(ナツメの実)やヤクルトです。アルコール類はビールくらいでしょうか、その他のウイスキーやワインなどは棚から消えます(例外はある)。黄色い真桑瓜のそっくりさん、ブレワッ(Blewah)とティムンスリ(timun suri)なぜか、プアサの時だけ、栽培される。一年中、いつでも、種をまけば、二ヶ月くらいで、大きくなるので、プアサに合わせて種をまく、見事にプアサ中だけ売れて、それ以外の11カ月は全然売れない。道端に臨時売店ができる。最近は少なくなったが、今でも、高速道路の路肩でも売っている。味は無いので、輪切りにして砂糖と一緒に煮る。ちなみに、クルマは中近東のイスラム国からの輸入品が大部分です。いずれも、甘ったるくて、私は、苦手である。大がかりなセールが始まる。年々、品揃えが豪華になる。 大きなかごに色々な食料品や飲み物をまとめて入れたお中元やお歳暮のような贈り物のセットが大量に並ぶ。 Sembilan barang pokok (スンビラン バラン ポコッ)“九種類の基礎的品物”の意味です。 ミニヤクウゴレンminiyak goreng(揚げ物油、マルガリン)ブラスberas(お米)グラgula(砂糖)dagingダキン(各種肉)telorトロール(卵)susuスス(ミルク)ジャグンjagung(トーモロコシ)ミニヤクタナーminyak tanah(灯油)ガラムgaram(塩)”を略してSembako(スンバコ)という。なぜか、口に入らない灯油が含まれている。そういえば、灯油は町の食料品の店で売っている。と言うのは四年前まで、今は灯油ではなく調理用バハン バカールbahan bakar(燃料)としてLPGです。 この中に、肝心なアイル ミニュムair minum(飲み水)が入っていないのは変だと思うが。これらのセットも売られている。贈り物です。会社からボーナスとともに現物支給として贈る習慣もあるが、この頃は、それをしないで、ボーナスの金額を増やす会社も増えてきた。 物価はグ~~ンと上がる。特にコメや油、それに調理に欠かせないトウガラシやニンニク類、実に普段の倍以上の値段になる。それでも、売れる。 お祭り 準備 物価
2012.07.24
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1285 20日からプアサに入ったインドネシア、来月の17~8日に開けるはずである。と言うのも、入りも開けもその日の前日にならないとはっきりしない。何故なのか良く分からないが、そういうものらしい。勿論、時間は地方によって違う。発表は、どこと、其のあたりが今開けた、という言い方をする。Jakarta dan sekitarnya(ジャカルタとその辺り)という。静岡はどうか、間違えているかもしれないが、浜松にこの辺りのモスレムの牧師長がいて、彼が、時刻表を発表しているらしい。それに従って、プアサを実行している。今は12時間を遥かに超えている。南極近くや北極近くはどうするのかと、くだらないことを聞くなと言うことを有名な朴氏が質問会で答えていたのがおかしかった。 私が経験したのは16年前、一年に10日ずつ前へ来るので、160日、5カ月と10日前に来たことにある。今年のレバランが8月19日ごろだから、2月の初めごろだった。当時は、まじめにプアサをする人が多いうえに、栄養が足りていなかった。プアサでなくても、プアサをしているような若者が多く、この時期には、腹ペコで、疲れてしまっていて、仕事の能率が明らかに落ちた。10時のパンや牛乳代と昼食代は現金で毎日支給していた。 これは今も同じだが、通常勤務の人は昼休みを半分にし、その分、早く終業にしていた。そして、十年数も経て、今の様子はどうかと言うと、断食にあまり気を使っていない。食事や飲み物に対してはかなり自由に取っている。要するに、かなり、いい加減になっているということだ。会社としては昼食は支給せずにいるが、自分たちでかなり自由に食べている。外へ出てワルンやカキリマで食べたり飲んだりしている。断食の時に昼間のワルンやカキリマが忙しくなる。変な現象です。二週間過ぎたころには、男の50%、女はほぼ100%昼食を食べるようになり、プアサが終わるころにはほぼ100%の人がプアサを解禁してしまっている。だから、日本人もそれほど彼らに気を使う必要は無い。一緒にプアサに参加するもよし、普段通りに自由に食べたり飲んだりするのもよし、彼らは日本人の行動や気使いを気にしないというか、眼中にない。期間中私は何回か従業員とともにブカプアサ(ブカブルサマ)に参加した。それも、別に、参加しようがしまいが、気を使うことは無い。サフールというのは、早朝、もうすぐプアサの時間になるから、起きて、今の内の食事をしましょう、ということです。夜回りならぬ、朝廻りをして、町内に呼び掛けるのです。”サフール、サフール“と言いながら。http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0101.html昔と違って、プアサの時期だから、腹が減っていて力が入らず、仕事の量も減るし、能率が上がらない、ということは無い。逆に、生活のペースが乱れ、寝る前に大量に食事をするので、体重が増える人の方が多いし、睡眠不足の人が多くなるということで、動きが悪くなることはある。これからも、この状態は変わらないでしょう。人は生活に余裕ができれば、宗教心は薄らぐ。 ブカプアサ サフール ブカブルサマ
2012.07.23
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1284 昨日今日と夏とは思えない寒さ。 10何年か前に七十万円で買った、BSデジタル対応モニターTVでした。そのTVが地デジは受像できるが、BS放送を受像できなくなってしまっていた。近くの電器屋を呼んで、様子を見てもらった。修理はできない、新しく買った方がいいという。当然だろうと思う。早速、新しいものと交換した。余計なものがほとんどなくなり、見えるのは三センチ幅のフレームとモニターだけ、それでいろいろなアプリがあって、価格は十分の一に近い。インドネシアなら、五万円以下である。スカパーの16日間無料体験というのにネットで申し込んで楽しんでいる。17日後には私は見ないのでそれでいい。NHKの衛星受信料の支払いをしているという証明をしないと、かなり大きめな黒枠の中の、“この来る枠を消すための申請をしてください“と書いてある、その枠を消すことができない。かなり、目障りなものである。それと、WOWOWの方も契約済というのを申請しなければならなかった。今回初めて知ったが、B-CASカード番号という、この受像機の固有ナンバーが重要らしい。PCなどのシリアルナンバーと同じようなものだと思う。申請の全てにこの数字が必要で、ネットでも0120からの電話でも必ず問われる。そこで、どこにそれがあるか探さなければならない。説明書にリモコンのボタンの説明はある、何を押して次ぐ何を選んで、その次は何と、しかし、私のやり方ではない。説明書は読まないし、いちいち、調べない。片っぱしから押してみて、何がどこにあるのかやってみる。大体、何かを設定したければ、ツールを押す。そこには設定が出てこない。結局、もっとさかのぼって、ホーム 設定 お知らせ、から、辿り着いた。取りあえず、なんだかんだとセッティングを済ませた。孫たちとアニマックスを楽しんでいる。御年寄の家庭では大変難しい作業だと思う。セッティングを自分ではできない人が多いと思う。面倒 なんとか セッティング
2012.07.22
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1283 今日からラマダン(断食月、プアサ)になりましたね。インドネシアの公務員はこの期間、個人的に、できる方法で、お金の収集をします。帰省をするときの手土産費用です。人間にとって、重要なのは学歴や肩書ではない。苛めないで、手本を示して導くことができる人柄です。驚いたことに二時間駐車料金が1000円。ギラだよ。幸い、車のエアコンが故障して修理屋へ預けたため、多分10年振り以上だと思う、バスに乗って町へ行くことにした。始発ターミナルから、乗って帰りはそのターミナルへ戻ってくるというコースだった。12:00ころ妻から貰ったプリペードカード(なんという名前か知らない)を乗るときに装置に差し込んで降りる時にもう一度差し込む。これでOKでした。差し込んだカードがどこから出てくるのか知らなくて、一瞬、戸惑っただけだった。行きはそれでよかった。戸惑ったのは帰りでした。バスは後ろの方に座っていたので降りるのは一番最後だった、それも、終点なので、何待慌てることは無い。運転席の横のバックスのカード差し込み口にカードを入れたら、戻ってきてしまう、入っていかない、もう一度試した。同じことだった。一瞬、戸惑っていると、運転手が、そのカードは16;00までしか使えない、という。現金で払ってという、どこからのりましたかと聞く、乗った場所によって慮金が違うからだ、静岡駅から、と答えたら280円だと言う、小銭が無い、千円札しかないが、おつりはあるかと聞いたら、ここへ、千円札を入れればいいと、指さす。そこへ、千円札を入れた。十円と五十円と百円のコインが混じって出てきた。私は、それを全部取って、降りようとしたら、この箱の280円入れてから、降りてくれと言う。私は、先ほどの捜査で支払いが終わって、おつりが出てきたとばかり思っていた。そうではなく、千円を小銭に崩しただけだったのです。先ほど手づかみにした小銭の中から280円払って、ようやく、バスから、降りることができた。もし、私がこの様子を一部始終見ていたとしたら、このおっさん、何をもたもたしてるんだ、ボケてんじゃないの?と、思うかもしれない。それほど、そこら辺りの流れに関して無知だった。私が妻から渡されたカードは、老眼では読めない小さい字で、乗車時間限定9:00から16:00まで有効で割引が30%になっているらしい、24時間使えるカードは何%引きか知らないが、別にあるらしい、ことが分かった。終点の最後の客でよかった。後ろに待っていた人がいたなら、慌てふためいたかもしれない。http://otaenplaext.net/newpage0.html孫を幼稚園へ送って行ったときに道端の梅雨時の花、名前は知らない。浦島太郎 知らない 高い
2012.07.21
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1282 インドネシアでの新しい仕事を依頼された。金型のデザインが複雑な仕事で、やはり、誰もが簡単に引き受けると言うことができない製品です。私が指導したインドネシアの三社の日本人ではできません。その本社でもできません。インドネシア人に作らせることもできません。前に書いたが、それらの会社ができないものだけを手掛ける、その対象製品ですから、私が引き受けるしかありません。 それでは、今どこで作っているのでしょうか、日本のある小企業で作っているのです。その会社は、特殊なものとしてはそれしか作っていないのです。しかし、日本ではその用途として、似たような他のデザインの物でもいいし、ほかのデザインなら、多くの押出成型の会社で作っているのです。私に依頼してきた会社が、インドネシアで、日本で一社しか作っていないデザインの製品をどうしても必要と拘っているのです。その一社はインドネシアへ進出は全く考えていない、その仕事のためだけで進出するわけにいかないこともわかる。9月から金型の製作にかかる。面白くなってきたぞ。インドネシアではこれから伸びる分野の仕事です。パサール パンガンダランの様子。インドネシアには全ての街にこういうパサールがある。こういう場所で売られて、人気が出れば、企業は成功したと言える。今 日本で学校のいじめが問題になっている。裁判も開かれているようだ。何十年も前から繰り返されている問題でしょ。何故、同じような、苛められによる自殺が絶えないのでしょうか。 今も同じようないじめは全国あちこちの学校で行われていることは充分想定される。今回の大津の事件(あえて事件と言う)は表面に出た、ほんの一部に過ぎない。自殺でなくても、登校拒否や転校などは明らかに家庭に問題があるのではなく、学校で問題があるのです。先生(今や先生と言う言い方は頼りない人の代名詞に感じる)は、苛めの実態を明るみに出さなければならない。必ずいじめはある、無いなどと思う人は自己防衛に走るろくでなしの人物で、そんな人が、先生になっている資格は無い。先生と言うのは正義感に燃えていなければならない。教頭も校長も教育委員会のメンバーもより以上に正義感に燃えた人間でなければならないはずだ。 しかし、そういう人たちが正義感は貧弱で、責任転嫁のことばかり考えているのだから。世も末である。そういう人種が教育界を牛耳っているのだから、今回の例は“氷山の一角”で、アンケートを実施すればかなりの数のいじめや疑わしいもが出てくるはずである。“他山の石“”人の振り見て我が振りなおせ“”火の無いところに煙は立たない“”同じ穴のむじな“同じようなことがごろごろ出てくるはずである。じゃれ合っていただけ?ふざけんな!!親はどんな顔をしてるんだ!彼らは一生、まともな生活ができないでしょう。高校では苛めの対象になる可能性もある。多分、高校へはまともに行けないでしょうが、まともな仕事にも就けないでしょう。そして、こういう子どもは、同級会や同窓会に出てこない。出て来れないのです。顔向けできないのです。当然です。 日本には苛めの世界が子供から大人まであらゆる世代、学校はもちろん、職場、ご近所とか、あらゆる単位集団で存在する。そして、自殺も多い。私は子供のころ、苛める人間との戦いでした。私がいじめられたわけではないが、苛められている子の味方をしていた。苛める奴と戦っていた。高校、大学、初めての就職場所では、苛めが発生するような一般的な場所ではなかったので、まったく、かかわることは無かった、自分で会社を経営している時にも、苛めが発生する一般的なレベルではなかった。 50歳も半ばから、インドネシアへ来て、一般的レベルの会社に御世話になることになって、なんと、私が苛めの対象にされてしまった。自分では、私より総合的に相当レベルが低いと思っている、私より10歳以上年下の現地の責任者から、全く、見当違いな言いがかりで、ガンガンやられた。その年になって初めて、苛められるということはこういうことかと実感させていた。我慢をしてとうとう、パニック障害になってしまった。この人たち数人は今どういう状態でいるのでしょうか、知りたいとも思わないが、多分、その当時のそれぞれのでたらめ状態を気にしていることでしょう。気の毒な人達でした。 貴方達が邪魔者扱いにし、散々いじめた人物は元気に動き回っていますよ。当然です。子供のころからの知識の蓄積、経験、実績、衰えない行動力、自分で言うのもなんですが、私を苛めたって、自分がみじめになるだけだと思う。どうでしたか、苛めて何か、利益がありましたか、気分が良かったですか、自分のためになりましたか、他の人や社会に何か貢献できたと思いますか。現在いじめをしている人、二三年後の貴方の状況を想定してみてください。 子供のころ、苛められた人は、自殺なんかしてはだめです。苛めた人を見返してやりましょう。それは、そんなに難しいことではありません。何事もなかったように、普通に自分のペースで生活していればいいのです。自然に、必ず、苛めた人たちより、社会的に認められた生活をするはずです。それが、できるはずです。 見返す 嫉妬 顔向け
2012.07.20
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1281 とにかく、今頃になって進出ということは、積極的ではなく、売り先が出て行ってしまうのでとか、切羽詰まってとか生き残りをかけてという状態に近いと思う。それは、自分のため、自社のためであって、十何年以上前に進出した会社の進出目的、その国に広い意味で社会貢献をする、技術の向上の手伝いをする。という目的はほとんどゼロである。気持ち的にも資金的にも余裕が無い企業ばかりだと思う。そして、それを迎えるインドネシアの状況も甘くない。工場が出来て、仕事を始める、その前に、インドネシア人のリーダー的役割を果たせる人材を獲得しておかなければならない。依頼をする日系エージャエントは本当に頼りない、と、言われていることを知らない、知っても、日系エージェントに頼るしかない。だから、難しい。先ほど、ヤント君に会ってきた。静岡のこれからインドネシアへ進出しようと計画している会社から就職の内定をもらったとか。9月に入ったら、会社は調査に向かうそうだ。彼は、日本採用で、いつになるかわからないが、インドネシアへ日本から派遣するという条件だそうだが、来年四月からの就職だから、インドネシアへ出向は早くても一年近く先でしょう。どういうことを期待して彼を雇ったか知らないが、何をさせるにしても、大きな期待を彼にしたら、期待はずれになるでしょう。彼は優秀な人間だから、専門の国際関係法には詳しいかもしれないが、10年近くインドネシアに済んだことが無いのだから、現在のインドネシア事情を全く知らない。インドネシア人の知人は少ないのだから、人材集めのようなこともできない。できるのは通訳だけである。会社も慌てて内定を出してしまったものだと思う。後悔すると思う。スタート時や近未来に役に立つ人材だとは思えない。とにかく、適正人材獲得は非常に難しい時です。その上、もう一つ、進出をする会社にとって人材集めにネックがある。工場の立地がジャカルタから。ブカシ辺りからも遠いことです。リッポチカラン、ジャバベカまではそう遠くないがデルタマス以遠、カラワン、スルヤチプタ、もっと遠い、インドタイセイ、チカンペックになれば、通勤時間のことや渋滞のことを考えてインドネシア人は敬遠をする。以前には勤務地などは問題にならなかったが、人材不足の今、遠い勤務地は敬遠される。よっぽど、魅力ある待遇、たとえば、車の至急、住宅の至急、それらが無ければ、それに見合う高額給料をちらつかせなければ、見むきをされないでしょう。暮らしに溶け込むことに成功した例としてヤクルトがある。イスラム教徒は、間もなく断食(ラマダン)に入る。日の出から日没まで、飲まず食わずの試練月間になるのです。日没と同時に一斉に食べ始める、飲み始める。“その空っぽの胃の中に先ず、ヤクルトを入れて、胃や腸のコンディションを整えましょう”というキャッチコピーを大々的にコマーシャルで流した。その時期の前から、スーパーにはヤクルトの山を築いた。そのコピーがインドネシア人にしみ込んだ、がっつく前にヤクルトを飲むことはインドネシア人の常識になった。今やヤクルトはポカリスエットとともに国民的飲み物である・宣伝の必要は無い。 今頃、何のため? と、話はそれて、スマトラ島の西の島、ニアス島の何百年以上前からの常識は、山の中の高い場所に頑丈な家を建て住む、地震が起きたら、自分の家へ直ぐに戻れ。というのが、言い伝えられている。海の傍に住むなと言っている。例の跳び箱のような石積みの上を飛び越す行事がある部落である。その家の頑丈なこと、見事に山の中に部落が点在している、途中の道も石畳になっていて崩れそうにない。とにかく、大木や大石がふんだんに使われている。2005年の大震災、大津波の時に、何事もなかったようにびくともしなかった。 http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage01.htmlhttp://nanbuindonesia.web.fc2.com/page006.html移住をしてきた人達、移住を進めた人たちや政府は大昔から原住民が守って来た常識を無視して、住みやすい海岸地帯に住みついたのです。2004年、アチェを襲った大震災、大津波の直後に発生した余震と言ってもいい大震災で大被害を出したのです。住むなと言われていた場所に住みついたからです。その人たちに地震が来たら直ぐ高いところに逃げろというのは、変な話だと思う。静岡駅ビルの中のインドネシア料理レストランのメニュー。南口の様子の一部。インタビュー ミーティング ブリーフィング
2012.07.19
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1280 39.6℃今朝の私の体温でした。びっくり仰天、高くて頭がふらふら、これは分かっていたが、まさかこれほどとは、約69年生きていて最高体温更新と言う感じ。びっくりして、近所の医者へ行ってお尻に注射を一発打ってもらった。現在は熱も下がって、頭のふらふらも治っている。まったく単純な体質だと思う。当然、これから進出する企業は仕事に関して、親会社からの裏付けを取っておくが、それが、100%保障されなかった(多くの場合は、期待していたほどの仕事を貰えないことの方が多い)からと言って、泣言を言っていても仕方が無いわけで、何とか、競合相手(すでに安定して似たような仕事をしている日系企業)に勝たなければならない。日本の三分の一位のアワーチャージは決まっているので、それは、飲むしかない。原材料価格はギリギリ安い。流通費も安いので、どの業界も、製品価格は既に、ぎりぎりまで安い。地元企業や台湾系、コリアン系はもっと安い。それに対抗できなければ、食い込むことはできない。日本の親会社頼りでは成功する確率は少ない。まだ他にもあるの?と思うくらい、身の回りで使うものはすべてそろっている。それのほとんども、日系企業が絡んでいる。医薬品、石鹸、洗剤、化粧品、男性化粧品、匂い消し、芳香剤、生理用品、おむつ(老人用も)、料理用のだし、清涼飲料、スポーツドリンクなどなど、もうほかにないと思うくらいである。それらのすべては歴史がある。20年以上の歴史がある。そして、何代目かの社長が積極的に宣伝に打って出ている。金も、今なら、躊躇するであろう、方面に注ぎ込んでいるし、代理店に任せきりにせず、自ら、地方へ赴いていって売り込んでいる。インドネシア国内に商品を売る目的で進出して来る場合は、宣伝、プロモーションが最重要です。競争相手はいない、しかし、インドネシア人に知られていない、全く、使われていない、そういう商品を売るには先ず、製品と効能を知ってもらうところから始めなければなりません。ボランティアも大きな役割を果たします。インドネシアは津波や地震が有名ですが、国内的には洪水が最大で掛け崩れが」二番目、そういう災害が発生した時は、いち早くお応援を派遣したり、自ら現地へ入って働いたりする。自社製品を寄付する。また、環境問題、私が、常に書いている、ゴミに関して、一般に開放されている場所のゴミを社員をn総動員して拾う、ついでに、インドネシア人が好きな幟をたてて、自社製品を宣伝する。それを、コマーシャルで流す。 先進は長期にわたって、インドネシア社会へ、仕事に関係なく奉仕をしている。 夏の庭、柿の木努力 社長 奉仕
2012.07.18
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1279 インドネシアは今、日系企業が進出ラッシュと言っていいでしょう。視察ツアーの団体さんが、増えている。だから、これからでしょう、今頃になって、出てこなければならなくなった、ということは、積極的ではなく、どうしようもなくなって、仕方が無くインドネシアで生き残りを図ろうという、計画性のない集団だと思う。私の印象では、今頃、出てきて、大変だなと思う。売り先の企業が海外へ出て行ってしまって、受注が減り続き、いよいよ、その売り先が進出していった国のどこかの傍に拠点を移さなければ、生きてゆけなくなるという、危機感が、躊躇の心理を上回って来たのでしょう。やっと、そう思う企業が、仕方なく動き出したという感じ、遅い。 早い企業は30年以上前からだ。15年以上前には、既に、私が考えられる、あらゆる業界から、インドネシアに日系企業は進出して、出そろっている。その後は、日本企業の競争相手が、続々と寝室してきた。 最初はタンゲランと北ジャカルタ、次いで東ジャカルタノプルガドン、続いて、東西に延びる高速道路の沿線、インターチェンジの近くの工業団地や国道沿いに立地していった。 今はジャカルタ近郊、20km以内は住宅も密集しているし、拡張はできないし、進出する面積もないし、価格も高いし、それに伴って渋滞も激しいし、洪水などの頻度も増えているので、ここに、進出することは考えられない。ここにある企業は、ここから離れて、高速道路沿いのジャカルタカラ30km以上離れた場所に移る会社が多い。既に、進出している企業は、そういう段階には行っている。それは、生産能力を上げ、新しい性能を持った生産ラインや装置に更新し、国内の日系競争相手に対抗する手段の一つでもある。ほとんどの業界で、地元企業、韓国、台湾、マレーシア系の企業を含めて、ピラミッド型の組織は出来上がっているのです。 全ての業界は、日系企業で組織が出来上がっているのです。親会社が増産するなら、それに合わせて、下部も増産の準備をするのです。だから、今から進出する企業はその中に割り込むしかない、既に進出している会社に勝つしかない。 その出来上がった環境で製造工場を立ち上げて、どういう、売り上げ計画、利益計画が立てられるのでしょうか。先ず、進出する前に、現地に進出している幾つかの日系企業の本社と、進出したら、どんな仕事を出すという、確約や補償を取り付けることです。そして、共同で、どういう設備を入れるかなどいった準備を始めることです。 砂浜が貧弱になった大浜海岸と左の向こうは久能海岸。ショッピングセンターの駐車場から西の空。 進出 視察 手探り
2012.07.17
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1278 ッタク、どうしてこうなるの?40℃前後の高熱に見舞われている。朝から、孫をつれて、大浜プールへ泳ぎに行った。大変楽しく、孫たちより、私の方が泳ぎまくった。天気ははっきりしない。若干寒い感じだったし、流れるプールに入っていたことが多かったが、水も、ちょっとだけ冷たく感じていた。何周も泳ぎながら、もぐりながら、仰向けに浮きながら、孫たちについて回っていた。結構体力を使う。歩いているだけでも足や下半身に抵抗感がった。最後12:00過ぎにヲーターブームを滑り降りでプールに入った時に、しこたま、鼻の中へ水が入っていしまった。着替えているころから、頭がふらふらしてきて、悪寒を感じるようになった。明らかに高熱の兆候でした。マックへ寄ってから家に帰ったのが14:00過ぎ、その時は完全に立っているのがつらくなっていた。それにしても、進行が早い。夜はやっと22:00まで起きていたが、横になったら、直ぐに眠ってしまった。根が覚めたのが04:00、大分、楽になったとはいえ、今日、一日、動かに方がいいと思っている。 何故、こうも簡単に体調が悪くなってしまうのでしょうか。心当たりは何もない。ただ、日本のバクテリアやウィルスに対する免疫が無いことは確かである。四日日本にいて何とか体調が良かったのは一日だけである。 こういうことを書くと憤慨する日知がいるかもしれないが、日本の気象の動きは西から東、南から北へ移動することは常識中の常識で、小学生でも知っている。福島原発の事故の時、北側にいた人たちの何%かは、北に逃げた。そして、放射能被曝量を増加させたと言っている。変でしょう。何故、西へ逃げなかったのでしょうか。いくらパニック状態だからと言って、何もデータが無い時には、常識に従えば、間違いの確率は少ない。 ところで、今になってSPEEDIを隠したのかとか、発表が遅かったと、批判している。これも変でしょ。分析結果は、見事に、日本の常識どおりなのだから。勝手に常識外れの行動をして、他人を批判しているのだから。やはり、変だ。 原発事故のすぐ後、原発の北側の人は西へ逃げるし、南の人はより南へ、東の人は南へ、西の人はより西へ、こんなことは常識だ。放射能の流れの分析に頼るという考えが、やはり変。常識で動いていればこれほど迅速に行動できる環境は無い。 駿河湾の少女、ヲーターブームが後ろに見える。天気が今一だったが、それにしても空いている。インドネシアと雰囲気が全く違う。常識外れ 批判 高熱
2012.07.16
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1277 また、ぎっくり腰になった。近くの整形外科へ行って注射を打ってもらった。以前に行ったのは去年の三月だそうでした。何年か置きにぎっくり腰になる。習慣になっている。しかし、我慢をしているのは損、注射一髪で治ってしまうからです。薬や膏薬やコルセットなどは断る。注射の場所は一番痛む背骨から1cmくらい離れたところで、両側二か所ずつ計四か所、一本の注射を四回に分けてする。どこの整形外科医行っても、注射を頼むと、方法は同じです。インドネシアの日本人医師も同じでした。医者曰く、胃を切った人はカルシュームの吸収ができなくなって、骨粗鬆症になりやすい、切ってから二十年以上過ぎているのだから、当然、貴方の骨もX線写真では白が薄くなっているでしょう。と言われてしまった。その治療法はカルシュームの吸収を助ける薬を飲むこと、効き目はいいいという。血液と尿を分析と、手のひらの骨のX線写真から進行具合を確認するそうで、10日にその結果が出るらしい。日本へ帰ってきてそうそう、体に変調をきたしたのはなぜでしょうか。つい、4日前にはジャングルに分け入って、ラフレシアを探しまくっていたのに。急に現実的な話になってしまった。その5時間後には東京から私を訪ねてくる人とミーティングをすることになっていた。で、結果、腰の痛みは注射を打って二時間後に消えてしまった。良かった、やはり我慢をするより、注射を打ってもらって、直ぐ治したのは正解だったと確信した。変な話だが、腰の痛さは緊急で治したが、体のぐったり感はまだ引きずっていた。そのまま、静岡駅へミーティングの相手を迎えに行った。休日と言うのに仕事熱心な40歳くらいの若者と言う印象だった。駅の近くで、インドネシアの企業進出の事情、状況などに関するインタビューを受ける形だった。二時間ばかり、話をしている内に、体のぐったり感、だるさが、消えていった。分かれるころには、インドネシアにいた時のように普通に戻っていた。若者の役に立てたかどうかは、わからないが、私の体調を回復させてもらうには、若者は私にとって有意義だった。ぎっくり腰 ぐったり体 回復
2012.07.15
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1276 腐るほど、ゆっくり、のんびり、ぐったり。体の調子がまだ、戻っていない。インドネシアにいる時と日本にいる時では書く内容が違う。以前は。会すアへ出勤せざるを得なかったが、今回は、朝いつ起きてもいいし、出かける必要は無い。例外はあるが。また、以前、日本にいる時は24時過ぎまで起きていたが、22:00で、寝ることにした。インドネシアの時と同じにした。今盛りなりアジサイと芙蓉、芙蓉は隣の老人看護の施設の敷地内に散ってしまうので、きれいだが、迷惑をかけるといけないから、間もなく、切ってしまうことにした。隣の敷地近くには花梨が二本、次郎柿が日二本、紅葉も二本、その他にも、名前は知らないが、きれいな花が咲く木が数本植えてある。老人たちの間で、窓の外を眺めて、花や実や紅葉が、季節ごとに話題になっているらしい。介護師、看護師たちも花や葉が敷地内に落ちてくることは構わないと言ってくれているが、大きくなりすぎた木は切ることにした。植えて一番失敗したのは、サクランボの木だ。全然きれいではない。葉が先に出てしまう。その後ちいさい花がぽつぽつと咲き始める。その花が隠せてしまうほど葉の成長が早い。その上、サクランボなどなったことがない。20年ぐらい前に植えたが、5m以上に高さになっている。受粉をさせないと実はならない。そんなことは一度したことが無い。根こそぎ引っこ抜いてしまうことにした。孫たちは、私がいるようになって、かなり、やりたいことができるようになっているようだ。私に聞けば、いいよと言ってやることが多いからでしょう。彼女たちが家に変えてくれば私の部屋に入ってきて、それも、纏わりついてくる。妻や娘は今まで駄目だと言っていたことを、私が、いいよと言うことに面白くないようだ。孫 庭 隣
2012.07.14
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1275 スカルノハッタでPCを操作しながら搭乗時刻を待っている状態は、ルンルン気分である。2006年に飛行機に乗ることを禁じられて、今にも死ぬのではないかという恐怖をもって、逃げ出すようにしてジャカルタから飛び立つのを待っていた時とは、気分は雲泥の差である。スカルノハッタ空港にいる時、必ず、2006年のことを思い出す。本当に酷かった。順調に静岡の家に到着した。13;00頃である。三カ月と10日ぶりである。戻ってくれば、しばらくは、心地がいいに決まっている。私がいた場所は、多分、いなくなると、たちどころに、他の目的に使うような状態にするのだと思う。私が使っていたものは、全部、ほかの部屋の隅に放り出される。一か所に纏めておいてくれればいいが、戻す時のことを全く考えてくれていないので、孫たちも一緒になって、あちこちの適当な場所に置く、何をどこに置いたかなどと言うことを、誰も記憶も記録もしていない。戻る場所は一か所しかない。私が戻ると先ずすることは、私が出発した日の状態に戻すことである。それでも、今日は妻が家にいたからいい。出かけるところだった。いつもは誰もいない家に帰る。鍵は自分で開ける。いつかは、インドネシアへ鍵を持っていっていなかったことがある。家について鍵を持っていないことに気がついた。昼過ぎにいつも家に着くのだが、それから、妻が帰ってくるまで5時間待ったことがある。今回も鍵は持っていかなかったので、そのことを電話しておいた。家にはいるなり、妻は、どこかへ出かけて行ってしまった。孫の上の子が、15:00過ぎに帰ってきた。私が来ていることを知っていて急いで帰って来たようだった。妻が帰って来た。引き続いて、下の子を迎えに16:00過ぎに近所の幼稚園へ行ってきた。その足で、スーパーへ買い物に着き漁れた。完全に使い走りが始まった。便利に使おうと思っている。こちらは寝不足なのに、通常の睡眠時間まで眠らせてくれなかった。寒かったことと、研修生が周りに30人以上座ってうるさかったことで眠れなかった。それに、なにより、この10日ほどの無茶な行動が体にブレーキをかけたのかもしれない。飛行機の中で、頭がふらふら、測ってはいないが、熱も高そうだ。静岡へ着いたころはもっとひどくなっていて、夢遊病者になっているなと自分で思う。その状態で、先ほどの行動である。家に戻った17:00頃には、どうしようもなくなって、夕食も取らずにごろ寝で、眠ってしまった。完全にグロッキー。こんなことは今までになかった。いつも電源を使うレストランでのソッ ブントゥトゥ。トイレの飛び散り防止プラスチック板。原因は物のところにあり、効果は無いことを知るべきである。帰宅 孫たち グロッキー
2012.07.13
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1274 間もなく、機内にはいります。ジャカルタ州知事の投票日でジャカルタ州は休日だそうだ。ジャカルタの渋滞を心配して19:00には会社から出発した。車を空港に泊めるわけにはいかないので、会社から運転手を貸してもらった。どたばたと動き回ってこの一週間ほどは、行き当たりばったり、気の赴くまま、無我夢中でしたが、今日は、予定通りの行動でした。全てが、しばらく、インドネシアから離れるためのものでした。パスポート、KITAS,ブクビル等も受け取った。注文してある装置は戻った時までに完成しておいてもらうことになった。車の5000Km点検も頼んだ。実際は三カ月ちょっとで、6500km走った。それにしても、この10日間ほどのパンガンダランのラフレシアは大きさといい、数といい、異常発生と言っていいほどの当たり期間でした。本当は、もう二三日、留まっていたかった。まだまだ。辺りは続きそうです。今までに無かった場所にも蕾が膨らみ始めているし、咲いている場所には勿論、大小の蕾が沢山、発生している。チャガール アラムのチュルッグ パナンジュン(パナンジュン滝)を目指します。その方向の道沿い、といっても、岩がごろごろした沢を下ります。その途中に必ず幾つかあります。滝へ着く前に途中で、見つけることができない,または、匂いを感じないガイドだったら、偽物です。最後まで、期待できません。滝へ着く寸前にも必ず在ります。滝壺へ降りるか降りないかは、自分の体力と相談してください、急斜面を弦を掴んで降ります、返りはその反対ですから、弦を掴んで登ります。その途中にラフレシアがある可能性もありませ。降りなくても、滝の上で休憩をします。インド洋を眺める風景は気持ちを洗われます。そこから、来た道と違うジャングルから出る方向になります。来た道を戻るガイドなら、何をかいわんやです。また、途中に、二か所、スポットがあります。沢を登る道の左右です。匂いが、必ず在ります。匂いを感じたら、左右の斜面のジャングルをかき分けながら登り、探します。匂いがすれば必ずそこから半径20m以内に在ります。返り道の途中、分かれ道のようなものが幾つも出てきます、その内の幾つかにガイドだけが行って、匂いがあるかどうか確認して在れば、一緒に其方へ行く、見つけて、会って、また、もとの道に戻る。そういうことができる、そういうサービスができるガイドは本物です。注意事項ですが、私は、それらの道(感覚として、若干、枯れ葉がUの字になっている、道と言えるほど分かりやすくは無いが)を、ほとんど知っていますから、道から逸れて、道なき道へ入って行って探します。戻ることができるからです。しかし、一般の人は絶対にガイドの後ろへついていってください。それも、離れてはいけません。また、足元に注意、滑ります、道端の小枝にも注意、棘が生えています。頭上にも注意、枝が上から垂れていますし、倒木が横になって遮っています。服装は帽子を被りますが、ツバは、後ろにした方が前が見えます。どうしても下を向いて歩く時が多いので、目の前の注意をしにくい。長袖シャツで長ズボンがいい。暑いですが、風通しがいいものを選んでください。履物は登山靴の必要はありませんが、運動靴ですね。手袋も軍手が在ればいいと思う。そういう、私は半ズボンにTシャツ、ここで、切り傷が絶えません。こんな道?ばかりではありませんが、こういうところへ行くガイドは本物です。頭を打ったり、口のあたりを横木にぶっつけたり、転んだりしたことは数え切れません。片手にカメラ、片手にペットボトル、その状態で歩くときには。特に転ばないように注意が必要です。ラフレシアを見つけても、かなりの急斜面にある場合が多い、上り下りには細心注意が必要です。枯れ草が斜面を覆っていますから、なお一層滑りやすい。最後に、水の補給と途中の適度な休憩を必ずしてください。特に、最初の登りは一般の人にはきつい。登りきったところに手ごろな休憩場所があります。そこでは、必ず、休んでください。人によっては、そこへ着く前に休憩が必要になるかもしれません。とにかく、無理をしないでください。http://otaenplaext.net/newpage32.html 旅の記録http://otaenplaext.net/newpage33.html 写真集注意 元気 休憩
2012.07.12
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1273 パストゥールというバンドゥン郊外のパダラランから一番近いインターにある町の修理屋へ頼んだのだが、レッカー車が非常に持ち込みやすい場所である。イプララン高速道路のバンドゥン方面へ向かう車で事故に遭ったものは、全部ここへ持ち込まれるらしい、私がいた時に10台以上の修理をしていたが、全部高速道路に事故車だと言っていた。だから、24時間オープン、車修理屋のコンビニスタイルである。毎日平均10台は持ち込まれるとか、他にもこの近くにあるのか聞いたら、ここが、一番近いので先ずここへ電話が入って、一杯で断れば、少し離れた場所へ持って行くと言っていた。近いし、分かりやすい、良い場所にある。06:30にチャガールアラムへ入った。こんなに早い時間にはいったのは初めてである。まだ、入口の係官が来ていなかった。15年前から数え切れないほど、自分でも呆れるくらい、しつこくチャガールアラムへ入っているが、今回は、ちょっと異常なくらいにラフレシアに拘った。ギラ(Gila)である。絶好のチャンスだと判断したからです。見ず知らずの何人かの方々も反応を示していただきました。この関係もあって、ちょっと責任を感じたことも確かでした。今日のようなことは空前絶後だと思う。小学校の時からあこがれていた。南の国の世界で一番大きな花(実際には一番大きいということはない)と紹介せれていた植物図鑑を見て以来、60年後のことです。ミラクル。大感激である。ついにやったという気持ちです。先日の事故のことなど一瞬忘れてしまっていた。 しつこさも、レンジャーが呆れるほどで、入場料七千Rpも払わなくてもいいと言われてしまった。仕事で、誰にも作れない製品を作り上げて、ひそかにやったねと、ガッツポーズをするときと同じ心境。どちらも、他の人はどうでもいい、自分の世界です。 ところで、開いたばかりの花に幾つ会ったのでしょうか、いちいち、記憶を出来ないほど多くの花に会った、それも、開きかけか、開いて間もない、純真無垢な乙女に出会った感じである。 しばらく、お別れです。また、インドネシアへ戻る来月末辺りには行ってみたいと思う。今、大きな蕾があちこちで生まれています。今から二ヶ月間は間断なく大小のラフレシアに会うことができるでしょう。それも、生まれたばかりから、黒くなり始めるまでの花なら最低5個には会えると思う。会えなければ、ガイドが怠け者に当たってしまったといことになります。私は違いますが、一般の人は、本当にガイド次第です。 10/7/2012 私はパンガンダランのチャガールアラムで10のラフレシア パトゥマに会いました。15年まえに初めてそこへ入って以来、50回以上ですが、普通とは難しいことです。どうぞ、写真をご覧ください。I met 10 or more rafflesia Patma to pangandaran Cagar alam. Since first entered there 15 years ago, contained more than 50 times. I'm has seen so many flowers for the first time, please see the photo. Saya ketemu 10 lebih Raffresia Patma di Cagar Alam Pangandaran. 15 tahun yang lalu pertama kali masuk situ. Sujak itu 50kali lebih masuk.. Saya ketemu bunga bangkai bigini banyak adalah pertama kali. Silahkan lihat photo saya. URL; http://otaenplaext.net/newpage33.html 車の修理は一日余裕を与えることになったので、完璧に元通りに戻っていた。事故に会ったのが、うそのよう。そこから、再び自分で運転してチカランへ帰って来た。今日チカランに一泊です。明日は機内泊になります。ところで、チカランバラットの500m手前で車がびくとも動かなくなってしまった。17:30から19:00までである。家に着いたのが、19:30、呆れてしまった。CTCの前の道がバイクで塞がれていた。そこのすぐ裏の会社で従業員のデモ発生したのが原因とのこと。とにかく、インドネシアのデモによる損失は膨大だと思う。 満足 堪能 極楽
2012.07.11
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1272 ご心配をかけましたが、私自身は、いつもと変わりません。ただ、面倒な事になったという意味で、とんでもないと書きました。ジャングルへ毎日入っています。今日、チカランへ戻るつもりで、レンタカーの手配をしておいたが、車の都合がつかなくなってしまって、10日朝の内にパンガンダランから出発することになった。一日、日程をずらすしかなくなり、帰国の日も一日、遅らせることにした。 今朝、出発する前にと思って、8時からチャガールアラムへ入った。目的の花を目指して入り、その花を確認したら、入った道をそのまま引き返してきた。普通は往復の道を無駄にしないよう、ラフレシアを探す場所を多くするために、違う道を使う。休憩を含めると4時間かかるが、今日は二時間かからずに出てきてしまった。 ラフレシアの状況はどうだったか、一層、開いてきてはいるが昨日の写真の一つが半開きまできていた。半開きでも、普通の大きさの花が全開した時と同じくらいの大きさである。もう一つは昨日閉じたままだったが、今朝は、少し、開き始めていた。明日の早朝には両方とも満開になっていることでしょう。どちらもラフレシア パトゥマとしては最大級の大きさになるでしょう。また、水平の地面に在るのではなく。前者は小枝のなっていて、真横を向いているのが特徴。もう一つも、小枝ではないが、垂直に近い岩に根付いているので、ほぼ、真横を向いている。写真としては魅力のあるものになるに違いないと今から楽しみにしている。 同じ花の正面と横からです。 ところで、車で乗り入れることができなかったのは今回が初めてで、エリアで移動するのにもっぱら徒歩にした。せっかくの機会をベタヤやオジェックで速く移動し他のでは、面白くないと思った。パサールへ散髪に行った帰りに、入口近くのヤシの木のプランテーションの中の農道のような道にはいった。車から横目で見るだけでは、ヤシの木の下がどうなっているのか全く分からない。歩いては行ってみると、色々な野菜類を栽培していて、時にシンコンやカンクンは、ちょこっと、庭先や道端に植えるというのではなく、ちゃんとした畑になっていた。ウビ(さつま芋)も同じこと、ヤシを植えてヤシの実や砂糖を採っているだけでは、脳が無い、当然、こうだと思っていたが、その通りだった。ヤシヤバナナの葉と竹を利用した家がその中に点在していた。海岸の喧騒とは別のインドネシアらしい世界がここにあった。 パンガンダランで時間が出来てしまったし、チカランでの時間が少なくなってしまったので、散髪にパサール パンガンダランのヘアーサロンへ行ってきた。安い。散髪して髪を黒く染めて8万Rp(約7百円)でした。チカランのモールでは25万Rp(2千円以上)する。近所のお釜エアーサロンでも15万Rpする。 シンコンが植えつけられた畑とウビ、シンコン、クラパの風景。余裕 くつろぎ 楽しみ
2012.07.10
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1271 こんなことがあっていいのだろうか。バンドン郊外でゴルフをするために夜中の1時過ぎにチプラランの高速道路をバンドンに向かっていた。97Km地点だった。急な登りが終わって、速度が上がった時でした。一瞬何が起きたのか分からなかった。目の前に大きなコンクリートの塊のようなものが現れた。避ける間もなく、激突した。ガガガッと音がして、右前輪が一瞬の内にぺしゃんこになったのが、わかった。多分、トラックが落としたものだと思うが、急坂を登りきったところだったので、全然見えなかった。車を路肩に寄せて、降りてみたら、タイヤは思った通りにぺしゃんこだった。しかし、それは大したことではなかった。右ライトの付近のプラスチックがまくれ上がってしまっていた。これも大したことはない。問題は、前方から、急激に力がかかったために、バンパーに覆われている部分全部が縮まってしまっているように見えた。バンパーが開けず、途方に暮れていたところへ、公団の車が後ろへ止まって、様子を伺いに来た、そのすぐ後、レッカー車もよって来た。タイヤの交換をして、エンジンを掛けて見たら、ラジエーターから水漏れが始まった。蒸気を吹き上げ出してしまったので、エンジンを切った。どこからか、水が大量に出てしまう、傷が出来てしまったのです。もう、いけない。この場ではどうしようもない。ゴルフに間に合うはずがない。覚悟を決めて、バンドゥンの車修理屋へ運んでもらうことにした。レッカー車の後ろに持ち上げられ、私はレッカーの運転席に座って修理屋へ向かった。日曜の夜明け前と言うのに、修理屋で人が待っていてくれて、対応してくれた。部品の関係などで、月曜日の夕方までに、エンジンを掛けられるようにすることを保証してもらった。じたばたしても、仕方がない。走れるようになるまで、どこかで過ごさなければならない。それでは、それまで、どうするか。今更ゴルフと言うわけにもいかない。パンガンダランへ行ってしまおうと思った。タクシーでパンガンダランへ向かった。今、パンガンダランにまたいる。着いてすぐ、チャガールアラムへ入った。一番期待していた蕾は先ほど開き始めたばかりという姿になっていた。まだ、開いていない。一通り、チェックして回ったところでは、新たに一つ咲いていた。花弁が通常5枚だが、この花は6枚ある。始めて見た変種だ。ところで、日本の女性が昨日ジャクジャから来て、ラフレシアに会って、感激していたという話を、アウェン君から聞いた。携帯の写真も見せてもらいました。Awen Katanya Cantik聞いた名前は違うがコメントを寄せてくださった方だと思う。幾つかに会えたと思う。多分、6枚の花弁のラフレシアは開いて間もなくのものに会えたと思います。車は9日の夕方、バンドゥンへ寄って受け取りチカランへ帰る。ただ、走ることができるだけなので、外観は悲惨な状態のままのはずである。私が帰国中に治してもらえるでしょう。9日中にどうしても、チカランへ戻らなければならい。災難 事故 危機一髪
2012.07.09
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1270 二時間しか寝ていなくて、目醒ましで4時に起き、5時にゴルフ場へ向かった。6時前スタートで始まった。まだ、日の出前、霧も立ちこめてボールが見えない。欠伸の連続、とにかく、自分や予約したし、三人しかいないので、私がキャンセルしてしまうわけにはいかない。ゴルフをするために無茶をして戻ってきた。昼食でリッポトカランへ向かったが、完全に居眠り運転をしていた。しかし、ラフレシアのことが頭から離れない。このまま、観察を終わってしまっては、この一週間ほど、何のために行動したのか分からなくなる。夜中の12時過ぎにまた、出かけようと思う。明日の早朝、ジャングルへ入ることにし、向こうの子供たちにも伝えた。もう、とことん、納得するまでやるしかない。 帰国する日を関係者の方々にお知らせした。今回は一カ月ほど日本にいる。その間に、私が使う装置の船積みの確認ができればいいと思うが、どうでしょうか。日本の夏に帰国するなんて、と、多くの人に言われます。私もそう思う。インドネシアの方が涼しいし、湿気は無いし、遥かに過ごしやすい。それなのに、なぜ帰るかと言うと、最大の目的は孫たちの休みに付き合うことです。じいちゃんとしては、インドネシアで仕事もいいし、旅もまた格別、自分が活動しているという実感があるが、贅沢だと思うが、それだけでは、まだ、物足りない。今回はプールで一緒に遊びながら、水泳を指導しようと目論んでいる。彼女たちが嫌がらなければいいがと思う。先ほど、電話をして、そのことを確認したら、もう、泳げるからいいよ、と言われてしまった。とにかく、今から、楽しみです。もっとも、いつものことだが、一カ月がリミットです。二週間も彼女たちと付き合っていると、うるさいのが、先に来て、そろそろ、遠ざかりたいと思いだす。 今回は日本で何人かの方とお会いすることになる。仕事の依頼や人材の紹介、そして、以前にも、何回かあったが、調査会社の方からインドネシアのそれぞれに業界事情を教えてほしいという依頼もある。塩ビのパイプの生産と需要についてとか、廃品回収の事情など、一般生活に近いところに話を聞きたいというのが多い。調査会社には、色々な調査の依頼が入るものだなと思う。調査員は現地のも入るが三日四日、何をどこで調査するのか、やはり、ある程度、現地の事情に詳しい人に聞くのが一番だと思う。ということで、時々、私に面会依頼が入るのです。すべて、グラティスです。 間もなく、出発です。帰国 楽しみ 面会
2012.07.08
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1269 家に戻ったのは12;30を回っていた。 05:00にはまたゴルフ場へ出かける。 昨日、開いていなかった蕾が今日は開いていると読んで、昼過ぎからジャングルへ入った。見事に読みが外れた。咲いている予定の五つとも蕾のままだった。残念。しかし、その代わりと言うわけではないが、今まで匂っていなかった場所で匂いに気付き、探してみたら、一つ新しい花を見つけた。また、一週間にないくらいに開花しそうな蕾を五つ見つけた。少しだけ、ほっとした。さてそれでは、今日咲くはずだった蕾はいつ咲くのでしょうか。当然、明日、遅くても日曜の朝までには100%咲くはずだ。ぜひとも、咲いているところを見たいものだ。 ところで、今回、気が付いたことがある。パンガンダランのラフレシア パトゥマと言われている花は、大きく分けて二種類ある。色が明らかの違う二種類です。一種類は、ピンクとオレンジの中間くらいだが、かなり、白みがかっている。もう一種類は、オレンジに茶色が混ざっている濃い目の色をしている。花弁のぶつぶつが比較的小さいので目立たない。カールの速さも前者の方が早い。今回で会った中では後者の方が多かった。 今日は残念ながら。新たに発見したのは一つだけですが、きっと、明日は新たに五つ以上に会うことができることでしょう。やはり素晴らしいことです。蕾はあちこちのごろごろ在ります。目にはいるのは直径が5cmくらいからです。黒みがかったこげ茶色をしている。その皮は0,1mmくらいか、艶があって、きらきらしている。一個見つけると、その傍に沢山の蕾を見つけることができる。だから咲く場所はほぼ決まっているのです。以前咲いた場所に近くには蕾が必ずあります。直径が10cm以上になったころから、こげ茶色の皮がはがれ始め、その後も肌色、ピンク、オレンジが混じったような色をした花弁の下側になる部分が表面だが、段々大きくなる。皮がほとんど取れたころ、15cmくらいになったころ、五つの花弁が剥がれて、立ち上がり、挙句はそっくりかえって、花弁になります。5cmくらいになった時から咲くまでおそらく、三カ月くらいかかると思う。 プラスマイナスは一カ月でしょう。だから、蕾を見てからでの開花予想は難しい。おそらく、パンガンダランのチャガール アラムの中に常時、平均100個以上在るでしょうが、開く前に何らかの原因で枯れてしまうのが50%、だから、50個はいつか次々に咲くはずです。蕾の期間が長く、咲いている時はたったの一週間程度、きれいとかかわいいとかに見えるのは三日程度。どこの蕾がいつ咲くか、予想できないことと、観賞期間がみじかいこと、発見しにくいことなどで、なかなか、見ごろの花に会える確率は非常に少ない。三回、ジャングルへ入って、一つ、二つに会うことができれば、運が良いと言えるでしょう。 咲く寸前の蕾は二つ、咲いて二日目の花が一つ、この中に在ります。分かりますか。 開花予想 はずれ 運次第
2012.07.07
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1268 ちょっと無茶かと思ったが、ラフレシアが、もし、昨日の内に咲いてしまっていたら、金曜日にチャガールアラムへ入ったのでは、咲き始めの清々しい姿をしたラフレシアに会えない。そこで、まだ咲いていなくてもいいから、今日の午後にはジャングルへ入って確認したかった。今朝、3時起き3時半出発で家をでて、10;30にパンガンダランへ到着した。この時間に走るのが、一番渋滞が無いので、時間を読めることも確か。 見事に私の予想が的中した。一日早く来てよかったと胸を撫で下ろした。先日7個の今にも咲きそうな蕾があると、確認したが、その内の四つが開いていた。一つ目は、三つ纏まって来た蕾の一つが多分、半日前に開いたと思われる。残りの二つは24時間以内に開き始めるだろうと見た。二つ目は道の両側に一つずつ、二つあった内の一つだった。既にカールをしていたので、一日半以上前に開いたと思う。三つ目と四つ目は、二日前に蕾をアップしていました。大きな二つが双子のように見事に並んで開花していました。これは、ほとんど同時に一日前くらいに開いたと思われる。これで、この前の蕾の7個の内4個が開花して、三つは24時間以内に咲きそうだ。 ということだが、今回は、新たに、先日、確認していなかった蕾が新たに開花していて、全部で、8個のラフレシアに会うことができた。開いて半日後から三日ギリギリ位と咲いた時期には幅があるが、まだ、黒くなっていない状態で、見事な咲きぶりのラフレシアを一日に8個も見つけたのは、今回始めてなのは勿論だが、今まで何十回とチャガールアラムにはいっているが、最大で、3個だった。会えなかった時もあるので、平均では一個、だから、一年中、会うチャンスは在るが、会えれば、運がいいと思うのが普通です。それが、予想していたとはいえ、飛びぬけて沢山のラフレシアに会うことができた。ギネスに記録の申請をしたいくらいだ。 24時間以内に咲きそうな蕾をもう二つ見つけてあるので、明日は新たに五つ咲くかもしれない。そうなると、今日の花と合わせて13個になる。そうなれば、もう、常識外れの珍事になってしまう。パンガンダランにとって、空前絶後の事態になるでしょう。だから、明日、昼過ぎに再び、チャガールアラムへ入る。 明日 はっきりするが、土曜日、日曜日に新たに咲きそうな蕾もあるが、枯れて黒くなってしまうものの方が多いだろうから、多分、五つくらいしか会えないと思う。それでも、普通より遥かに運が良いことです。 ただし、探すのは大変です。とにかく、ジャングルの中ですから、匂いが頼り、匂いを感じたら、必ず20m以内くらいには在ります。匂いは独特ですが、私はおしっこをして乾いた後の匂いに似ていると思う。しかし、見えません。枯れ葉はほとんど同じ色をしているものが沢山あります。1m以内に近づいても、気が付かない場合があります。木の根元なら、木の向こう側に在るかもしれません。急斜面の上に在るかもしれません。沢を下って向こう岸へ登ったところかもしれません。私は傷だらけになりながら、匂いがあるなら、必ず咲いた花があると信じて、見つかるまで探しまくります。思わぬところに必ずあります。ガイドの子供たちも夢中で探してくれます。今日、新たに見つけた内の一つは私が見つけました。手分けして探した方向にたまたま、在ったのでした。 ガイドがいい加減なら、直ぐ側にあっても、さっさと通りすぎて、あきらめて、会えないまま、ジャングルから出てしまって、今日は、着いていませんね、と言うでしょう。実際に、いくら、鼻がきいて、目が良くても、無いものはないのですから、会えないまま出てくることも珍しくないので、ガイドは見つけなくても、それが当たり前と思っている。 ラッキー 特異日 無茶
2012.07.06
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1267 今週末ラフレシアが見ごろと言ったって、近所の桜の満開予想ではないから、直ぐ行ってごらんと言うわけにはいかないよね。バリにいる人でも無理ですよね。ジャカルタからジョクジャカルタの間にいる人は運転手を使えば金曜日仕事が終わってからでも、行くことはできるでしょう。ゴルフの予定をキャンセルしなければなりませんが。こういう話は初めての例ではないが、そう多くある話でもない。私が良く出入りをしていたインドネシアの日系企業で、技術者で営業を主にやっていて、今の社長を支えていた人が、突然、日本の会社を辞めてしまった。当然、インドネシアからも居なくなってしまった。まだ、55歳くらいで海外の経験も豊富、しばらく日本の本社にいて、つい一年ほど前からインドネシアの子会社へ赴任してきて、当然、現社長に代わって社長になると見ていた。本人もそのつもりだったようだ。行く行くは本社の社長になるのではないかとも囁かれていた。従業員にはかなり信頼されていた。彼とはほんの半年前くらいから、たまに、挨拶するくらいだったが。印象は良く、周りの日本人からも、彼は次期社長だというような紹介をされていた。これから親しくなるかなと期待をしていた人物だったが、姿を消してしまった。だから、詳しい事情を知る由もないが、見かけも若い、行動にもまだまだ余裕があるようだ。どこかで活躍の場を見つけてあるのでしょう。それと天秤を掛けて、その会社にいることがつらくなったのでしょう。活躍の場と言うのは、与えられることはまれだから、一般的には我慢するが、一部の仕事を出来る人は、自分で、切り開く方が自分らしいと考える。会社で必要な人と考えるなら、そういう時を与えてはいけないのですが、その会社は考える時を与えてしまったのでしょう。多くの会社の上司や経営者(特に雇われ)は、自分が批判されることを過剰に嫌う。批判でなくても、自分の考えを主張する部下を嫌う。改善提案を奨励しるのはお決まりだが、自分にかかわることは嫌う。そして、そういう人を本能的に排除しようと画策する。第三者的に見ても、私の体験からしても、そういうところから、パワーハラスメントが発生する。そして、自分より有能な部下を排除して、自分の立場を守った人は多いと思う。思い当たる人は多いと思う。そうです。あなたです。本当は、自分が、身を引いたり、組織から逸れたりした方が、会社全体のために、良かったのですよ。私も、サラリーマンになった時には、この会社で社長になってやるくらいの気持ちだった。入社して4年目、26歳の時には、サラリーマンは無理だと悟った。ほとんどの上司が、総合的にレベルが低いと思ってしまった。自分が大部分を稼いでいるのに、配分の大部分は彼らに渡ってしまうし、自分がやって出来ないのに、何故出来ないんだと、ガンガン言われるし、出来れば、できたと客先へ持って行くのはその人たちだし、納期遅れや品質でクレームが付けられれば、彼らでは言い訳できないので、私が、言い訳に行くことになるし。納期がひっ迫すれば残業、休日出勤、彼らは知らん顔。的の外れたことを言うだけ言うが、自分は先頭に立って出来ない。そうです。あなたのことですよ。心当たりがあるでしょう。多くのサラリーマンは同じようになるか、我慢をするかのどちらかです。しかし、能力がある人は、別の方効、方法に走るのです。私のように、速い人もいる。50過ぎてからの人もいる。事情は様々です。会社を興すのは難しくないですよ。簡単ですよ。思い出として、部下が出来ないのは、私はその人の指導の仕方が問題だと思うのだが、ご本人“スキルの問題だよ”という上司がいた。高卒の連中、”スキル“って、なんだ?という顔をしている。”スキル、スキルだよ“と重ねていう。能力と言えばいいのにと思う。その人、多分、過去に、上司からしつこく言われた経験があるのでしょうね。だから、覚えたので、使いたいのでしょうね。ところで、そう言っているその人の”スキル“はどんな仕事をさせれば高いのでしょうか、思い当たらない。滑稽ですね。あなたのスキルはどこにあるのでしょうか。そうです、あなたのことです。飲み水の新しいデザインのボトルです。3Lと5Lがあるそうです。15Lボトルから移して使います。コックが着いていて、持ち運びが出来るようになっています。ヲーターディスペンサーといい、日本ではあまり必要ないものですから、インドネシアの方が進んでいますね。NOZOMI自動車です。バイクの後ろに荷台を付けた三輪車です。サンプルが展示してありますね。30万円くらいです。名前が良い。退職 独立 遅くない
2012.07.05
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1266今年、最大のチャンスです。先週月曜日にパンガンダランへ行った時確認した蕾の状態と昨日現地の子供たちからの情報を合わせると、今週の金曜から日曜に掛けて、少なくとも7つの花が開きます。写真のようなラフレシア パトゥマRafflesia Patmaです。ブンガバンカイBunga bangkaiの一種です。蕾の大きさも平均より大きいので、花の直径は50cm平均以上になるでしょう。全部が一斉に開くのではありません。そして、開き始めれば半日で開ききってしまいます。開ききると直ぐに花弁?の先端がカールし始め、形が崩れ始めます。カール仕切ると直径が10cmくらい小さくなります。三日ほどそのままですが三日目から、どこと言わず、花のあちこちから真っ黒になりだします。咲き始めてから一週間後には真っ黒になり、ポロポロの感じになります。残念ながら、みじめな姿になってしまいます。そのまま、ポロポロ欠けていって、小さくなり、一ヶ月後くらいには何もなかった状態になります。蕾は黒茶色の薄い皮で覆われていて、生まれたばかりのものからもうすぐ皮がかがれ出しそう物まで、いつ行っても何十個と見ることはできますが、それを見ても仕方がないと思っている。咲き始めから三日以内の花にタ無傷でタイミング良く和える確率は非常に少ない。しかも、ビアワック(中トカゲ)のような肉試食動物の好物なので、匂いがすれば、直ぐ噛み切られてしまう。もう一つの障害は、蕾の場所のすぐ脇に木が生えていたり、折れた枝が圧し掛かっていたりすれば、開いても邪魔になって開ききれないので、丸い形にならない。子供たちに、その二つの障害を無くすために、枝を取り払ったり、囲いをつくったりして動物が近付けないようにしてほしいと頼んでおいた。私は、時期にこだわりません。今年は遅かったが、やっと雨季が明けたようです。雨期明けの時期は若干チャンスが増えるが、今週末は今年最大のチャンスです。多分、三つぐらい咲いて三日以内の花に会えることでしょう。運が悪くても一花、運が良ければ五花以上に会えるでしょう。二日続けてジャングルに入るつもりなら、確実の三つ以上会えるでしょう。ガイドは、正式ガイドに頼みましょう。制服を着ているのではっきり分かります。西海岸のチャガールアラムの入口で七千Rp入場料を払います。そこで、ガイドを頼みましょう。全員私の知り合いです。聞く必要もないが、太田と言うのを知っているかと聞けば、知っている、友達か?と言われるでしょう。決して、ホテルの人間やトカンベチャ(ベチャの運転手)が俺が安くガイドしてやるよと言っても、正式ガイド以外に頼んではいけません。ガイドたちは私からの情報や一緒に入った子供たち(ガイドの一員)から、情報を得ているし、確実のラフレシアの圧場所まで連れて行ってくれます。ついでと言っては何ですが、滝壺まで降りて行ってジャングル体験を堪能したらいいと思います。私は五日の夕方か、6日の朝、ジャングルへ入ります。パンガンダラン ガイド ページです。http://otaenplaext.net/newpage21.html ジョクジャからなら、直行バスで6時間でしょう。南道路を使うのが早い、ヲノソボを回っては3時間ほど遠くなる。バンドンから4.5時間 ジャカルタから、出発地は沢山あります。7時間、ブカシ、チカラン、カラワン、どこからでも直行バスが出ています。私はチカランから6時間半、時間帯によっては渋滞をプラスしなければなりません・先日の隠し写真の正体はBiawak(ビアワック)でした。インドネシア中、小さな島も含めて、どこにでも生息しています。チカラン辺りのジャバベカ、カラワン、スガナのゴルフ場でコースを横切る姿を見た人は多いと思う。ハラム(イスラムで禁止事項)の筈だが、食べた、おいしかった、というインドネシア人は案外多い。ラフレシア チャンス パンガンダラン
2012.07.04
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1265 インドネシア人の大部分は睡眠不足。とにかく、サッカー ヨーロッパ選手権が大人気、インドネシア人の誰一人としてヨーロッパのチームでプレーしているわけでもないし、インドネシア系の人がかかわっているわけでもない。それにもかかわらず、大盛り上がり、政治家もタレントも小学生もとにかく大騒ぎ、話になれが、私はどこに勝ってほしいと思うが太田さんはどっちか、と聞かれる。どっちでもいいよ、と、答えるわけにはいかないので、こっちだと答えておく。昨日もスペインかイタリアか賭けごとをしている。スペイン派が多かった。今朝、4時過ぎまでテレビ観戦、家の中で、見ていた人も多いことは確かだが。大勢が集まって皆で観戦しながら、一喜一憂、その度に大歓声を上げながら観戦した人も多かったでしょう。 なぜ、こんなに盛り上がるのでしょうか。サッカーが国技のようなものだということは確かだが、その他に、盛り上がる材料が無いからでしょうね。それなら、もっと、自国のサッカーが国際的に通用するように強化したらいいと思うのだが、これも、コルプシ(KORUPSI)が障害でしょうね。結局そこへ落ち着く。盛り上がりの材料が終わった。明日から皆さん、テレビ番組は何を見るのでしょうか。今は、学年変わりで学校はもう二週間ほど休み。平日でも行楽地は賑やかだが、インドネシア祭日ではないがハリ クルアルガ(Hari Keluarga)の土日は特におおいにぎわい、近くのヲーターブームも駐車場が足りなくて、路上駐車で道を塞いでいる。昨日は特に行楽地からの帰りが大渋滞、そこへ、故障車や事故が道を狭くしている。何時間も渋滞の中で耐えて、家に戻ったのが夜中を回って1時、2時になった家族も多かったと思う。家に着いたら、サッカー観戦。疲労と睡眠不足で月曜日仕事をした人が大部分だったでしょう。ブロックMムラワイでは日本の縁日祭りが二日間行われたそうですね。主催者発表?述べ、20万人の来場とか、そういえば、予想も20万人だった。私はそういう込み合うジャカルタには興味が無いので聞いた話だが。友人、カタニャ あんな狭いところに、ごちゃごちゃ詰め込んで、ごったがえしたって、どう数えたか知らないが、多く見たってせいぜい一時間平均、5千人も来ない、延べ20時間としても10万人?行っていないので御免なさい。 無数にあるジャムーの一種とスープ、家庭でそれぞれの味で作る。巷にはジャムーを背中にしょって歩いている女性もインドネシアに一つの風景です。漢方薬のように思って飲む人が多い。 帰路の夕焼けです。 私も睡眠不足と疲れでよく眠った。祭り 大騒ぎ チャペッ(capek)
2012.07.03
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1264 前にも書いているが、私のゴルフ、ドライバーで150m以下しか飛ばせない。その他のクラブも勿論人波の三分の二ほどしか飛ばせない。三番ウッドだ130mほどです。そして、アイアンは8番以下しか使えない。7番以上のアイアンはバッグに入れてない。その代わり、ユーティリティの22度と18度を入れてある。それらが100mと120m位です。この間、終わって食事をしながら、一人が太田さんは何故飛距離が出ないのか不思議ですよね、何故でしょうね、という話を持ち出した。私は即座に筋力が小さいからだと返事をした。彼は不満と言うか、その理由は納得できないという顔をしていた。私の友人たちの多くは、体の大きさ、フォームそれらに関係なく、大体、ドライバーで180M±20Mです。大体300M位のミドルなら、パーオンできる飛距離です。私の場合は、どんなにナイスショットを二回続けても、50Mくらいは残ってしまう。160Mのショートホールでワンオンはできない。消防隊に徹するしかない。私はゴルフがうまくないと思われている。それはそうです。皆さんより平均で10回以上は多く打つのですから。筋力が足りないなら、鍛えればいい、それは、本人も、そう思う。しかし、鍛えても、できない、酒も一滴も飲めない、鍛えればいい、鍛え方が足りない、と、簡単に言う人が多いが、これも、それも、鍛えても改善できないこともある。逆に、衰える方は速いと感じる。飛距離は2006年ごろには160mくらいはあった。しかし、今は150mがどうかといところまで落ちている。パニック障害以降、明らかに、もっと、飛ばなくなっている。筋委縮症とは違う。私のボールが飛ばないのはやはり筋力不足です。自慢ではないが、生活や仕事をして言う分には筋力が足りなくても、三分の二程度あれば、困ることは一つもないし、普段、筋力不足を意識することは無いし、気にすることもない。押出しの金型を組む時に大小、幾つかのボルトを、何か所かに使う、パーツをボルトで縞ながらセットするのです。その時に、私は他人より上手に速く組み立てることが出来ます。作業手順や組み方の壺について多くの人を指導してきました。仕事の基本です。肝心なことは均等の力で締めることです。そして、ある程度以上である程度以下の力で締めることです。L型レンチやスパナ、などを使いますが、私に力では幾ら均一に閉めても力不足です。必ずパイプを使っててこの原理で力不足を補います。人によってはパイプを使わなくても私がパイプを使って締めたと同じくらい強く締めることが出来ます。新入社員として組み方を教えてもらっていた時、先輩が、誰だ、このボルトを締めたのは、と言った。私です、と言ったら、全然しまっていないじゃないか、と言いながら、その人、L型レンチで強く締めていた。そうです。私はパイプを使わないで思いっきり締めたのだが、他の人には締不足と思われるのです。逆に、他の人が組んだ金型を解体する時に、ボルトを簡単には緩めることが出来ない。パイプを使っても緩められない。ぶら下がったり、もっと長い頑丈なパイプを使ったりして緩めるしかない。力が無いことは道具を使えば補えるし、調整もできる。他人より樹脂漏れがしないように組むことが出来るし、解体もしやすいようにもできる。 しかし、ゴルフで飛距離が短いことを道具で補うことが出来ない。長い大きいクラブを持っても飛距離は伸びない。ボールに与えるポテンシャルを増やすことはできないからでしょう。だから、スコアを良くする可能性は少ないのです。ただし、オリンピックは飛距離とは全く関係がありません。オリンピックの勝負は負ける確率は少ないと思っている。 旅の途中 飛距離 非力 限界
2012.07.02
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1263 自由を謳歌し、エンジョイを続けているが、そろそろ、仕事の準備を本格化したいと思っている。と言えども、まだ、使いたい装置が無いので、製造は先になる。装置が入ったら直ぐ試作が出来るように、原料のこと、デザインのこと、後加工のこと、包装のこと、何より、店頭への置き方について、工夫をしなければならない。売れる、売れないはプロモーションというかデモンストレーションにかかっている。いくら、製品に自分が惚れても、他の誰もが出来ない製品であっても、売り方が重要なのは、今まで、色々な商社的仕事で成功してきた会社を見てきて、分かっている。その製品の好い特徴を知ってもらうにはどういう方法が良いのか、それぞれの商品の特徴による。先ず使ってもらわなければ、良いところを知ってもらうことはできない。以前にも触れたことがあるが、私は営業の仕事をしたことが無い。根っからの技術者と思い込んでいる。人が出来ないことを出来るようになる、あちこち、出来るところを探しまくって、出来るところが見つからないお客さんが、私のところへ来て、できますか、と、聞いたときに、できます、と、答えるのが、私の趣味でした、快感でした。そして、実際作って、喜んでもらえるのが、なお一層の喜びでした。それが、営業をしないでも充分原料メーカーや原料商社から話が持ち込まれる理由でした。技術の信頼を得ることが利益の拡大に繋がったのです。ということですが、商品を売りたいのではなく、技術を売りたいのですから、営業のしようが無かったのです。インドネシアでは、技術を伝えることが目的で来たのですから、お客さんが現れて、その製品を作ることによって、手本を見せて、技術を伝えてきたのです。当然、場所を借りている会社にはほどほどの利益を上げてもらっていました。その為の営業は一応しました。押出しの仕事をします。日本から輸入している押出し製品を使っていそうな会社へ伺って、私にやらせてくださいと。沢山あるわけではないが、どの会社も、私が現れる以前に、インドネシアで出来るところを探していたのです。だから、できるならぜひやってほしいという状態でした。それらを、ことごとく、作り上げて、インドネシア国内調達の比率を上げるお手伝いをしたのです。客先になりそうな会社を訪問したのは最初の一年だけでした。後は、日本での状態と同じで、こちらから仕事を求めることはしませんでした。今でも、ぼちぼち、進出したばかりの会社から、作ってほしいという話はあります。商品を売ることをいつかはやって思っていました。自分が、これはこの世の中の状態に合っていると思う商品です。その作戦を一人で練っているところです、インドネシアにはまだない商品ですから、売り方によっては爆発的にインドネシアに広がる可能性はあると思うが、さて、どうなることでしょうか。その準備をはじめ出したというところです。今朝6時ころ日が昇ったばかり、土曜日だというのに、既に、ラッシュになりつつあった。隠し写真です。何がどこに、いるかわかりますか。一番うれしい人から、コメントが入った。商売 商品 技術
2012.07.01
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