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1262 06:00前には出発して12:00前にチカランへ戻った。ジャバベカにある会社でのミーティングに間にあった。漁夫の利を得たのは当然、自公民である。原発のことも、財政赤字の膨大さも自公民に責任がある。しかし、民主党が貧乏くじを引いてくれた。かなり、がちがちの話になるが、国や地方の収入は幾つかあるが、その主な一つが税金です。日本の税制は公平か、不公平か。所得税の累進課税がどうか、所得の捕捉は確実にどの仕事、業種、地域などで100%出来ているのか、滞納の追及はできているのか、特殊法人や宗教法人などはどうなっているのでしょうか、それだけをとっても、公平か不公平かと言えば、ごくごく一部の人を除いて、得していると思う人、公平だと思っている人はいないのではないでしょうか、私も公平ではないと思う。 これに、配分や使い方が絡んでくれば、なお不公平感は増すはずです。税金を払っていない人まで、不公平を感じるでしょう。納めているが、その税金より、多くの補助を受けている人達も不公平を感じているでしょう。 そこへ、消費税という均等税?が絡んでくれば、話はどんどん複雑になってきます。直間比率がどうだとか、何%が妥当か、課税の例外の範囲はどうか、納税の免除の範囲はどうか、還付制度は、どれ一つとっても、なるほどとは、誰もが納得しないでしょう。消費税の使い方、配分も問題になる。複雑怪奇の世界ですね。その上、健康保険や年金、失業保険の制度もどうなっているかわからない人の方が多いはずだし、妥当だと思っている人は一人もいないと思う。私などは、全てが不満です。不公平だと思います。それでも、何十年間で私にしてみれば膨大な金額を公共に収めました。今も納めています。社会保険も健康保険も最高限度の金額を払い続けました。しかし、年金は妻の方が多く受け取っています。50年くらい前に奨学金でお世話になりました。医療保険は使っていますが、年平均すれば胃がんの手術を入れても10万円に至っていないと思う。失業保険を受け取ったことはありません。仕事で色々な補助を受けたこともありません。私が納めた税金はどこでどう使われているのは知りません。どこかで、お世話になっているのでしょうか、思い当たる節がありません。何秒間の出入国のスタンプを押してもらうことくらいでしょうか。だから、日本の制度はどうでもいいのです。何十年も。選挙で投票したこともありません。自立しているから、どうでもいいのです。 結局、納める人も、納めない人も、配分を受ける人も、受けない人も、公平だと思う人はほとんどいないでしょう。 そんな中で、政治家という人達は、自分の考えが正しい、公平だと主張するのでしょうね。だから、政治家の数だけ、国民の数だけ、公平感の違いがあるのです。そして、誰もが、不満なのです。 専門家でもない、日本にほとんどいない私が思うことでした。パンガンダランのセントラル ストリート、エスドリアンのカキリマが商売状況を話している、両側は、土産物の衣料品の店、と私の前を横切った栗毛のアンドン(馬車) 収入 支出 公平
2012.06.30
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1261 恒例のラフレシア探し、三日後くらいに咲くだろうと思われる蕾には沢山会ったが、残念ながら、きれいに開いた花に会えなかった。それでも、ジャングルの中を歩き回るのは楽しい。様々な植物、日本では多分、ほとんど見ることが出来ないものばかりだと思う。鳥は、声だけ、何種類も聞こえてくるが、姿を見ることはできない。今日は、大学生の集団が教授と一緒に鳥の観察に来ていた。望遠カメラを三脚で固定し、その方向の木に鳥がやってくるのを待っているそうだ。ジャカルタから来たそうで、大学の名前を聞いたが忘れた。朝、8時ころに会って、ジャングルから出て来た時が11時、その時もいて、夕方、5時ころまでいるそうだ、ご苦労さん、好い写真が取れるといいですね。こんなことをしている私にとって、日本の政治には全く興味がないが、今回の消費税増税の法案?が衆議院を、自民、公明の賛成を得て、通過した。良かったと思う。いつになるか知らないが、衆議院の解散総選挙になれば、自民、公明グループが圧勝するでしょう。そして、消費税は、上げるでしょう。自民、公明は野田さん様々でしょう。消費税については、もともと自公民が上げようと画策し、その度に、大批判を受けて選挙に負け、リーダーが失格していた。苦い思いをしていた。欧米では何十年も前から20以上の消費財がある。国民はそれを下げろとは言わない。社会福祉の充実という意味で、国民全員が相応の負担をしなければならないと思っているからでしょう。自民公明は同じようにしたいと思っていたが、民主党の反対によってそれが出来なかった。前回の参議院選挙で自公民は民主党のだらしなさの助けを借りて大勝した。その流れはもっと強くなっている。ここで、消費税増税に反対する理由は無いどころか、手を汚してくれるのは野田さんだからありがたい話である。何年も前から、税収を確保するための手段としては、確保したかったのでした。野田さんも硬直を打開したという意味で大満足でしょう。マニフェストに拘った、小沢さんは、政界からほとんど消えてしまうでしょう。気の毒なのは彼と彼にくっ付いた人達でしょう。選挙の後は、多分、ほとんどの人は政治家ではなくなるでしょう。仕方がないことです。主流から逸れて支流に流れ込み、やがて、地面の下に消えてしまうことを選んでいるのだから。小沢さんは自民党から飛び出したころはまだ若かったし、地道に政治をしていれば、多くの人が着いてきただろうし、田舎のことだけにこだわらないで、都会の人達の考えを取り込み、日本全体のこと考えていてれば、日本の政治を担う人になっていたでしょうが、とにかく、狭い範囲のことにこだわり過ぎている。それと、金の流れの問題だ。胡散臭い。田舎の政治家と言えば田中角栄さんを連想するが、どうも、金の使い方が垢ぬけしないというか、親分肌のばらまき主義というか、洗練されていないのが、政治家として認められない、不振を抱かれる原因でしょう。消費税はヨーロッパ並みに上げた方がいいと思う。福利厚生にその収入は限定して使えばいいと思う。消費税 福利厚生 流れに乗る
2012.06.29
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1260 汚職の風土を無くすことはできない。イスラム社会だからではありません。ゴミが増える一方なのもイスラム社会だからではありません。インドネシア人社会だからです。アッラーは汚職を奨励していますか。ゴミをどこでも捨てていいと言っていますか。言っていないでしょう。宗教以前にインドネシア人だからチャンスがあれば汚職をしたいと思うのです。手に持っている不要なものは、手から放したくなったときにどこであろうと手から離すのです。それらのことで、罪悪感が乏しいのです。悪いことだという意識がほとんどないのです。オランダ領の時代にも同じことだったでしょう。ということで、人が変わらなければ、状態も変わりません。ということは、永久にゴミは無くならないし、汚職も無くならないのです。そう思って対処する人が大統領にならなければ、どうにもならないということです。“浜の真砂は尽きるとも、世にコルプシ(汚職)の種は尽きまじ“石川五右衛門そこで、というか、今週はどこにいてもできる仕事ばかりなので、03:00に家を出て、また、パンガンダランにいる。金曜日、昼からチカランでミーティングがあるので、それに、間に合うように帰る。学校が、まだ、休みだとかで、平日にもかかわらず、人出が多い。久しぶりにカランニニへ寄ってみた。何も変化は無い。この並びから見る、ヌサカンバンガンとチャガールアラムはそれぞれに若干の変化があって、魅力的だ。ラマダン レバランに向けて、急ピッチで道路の修復をしている。特にパサールパンガンガランから西へ向かう道、グリーンキャニオンやバトカラスがある方向だ。やっと、雨季が終わったようで、砂埃が立ち上がる中、舗装が進行している。グリーンキャニオンまで、25kmあるがそのうちの10kmは済んでいる。インドネシアの舗装の仕方が気に入らない。道幅一杯に舗装すれば大型バスが余裕も持ってすれ違うことが出来る。だから、全く舗装してなければ、やはり、充分すれ違いの余裕がある。ところが、インドネシアの舗装に仕方は、全幅ににはしない。両側に1mほど舗装しないでおく。どういう理由があるのか分からない。だから、舗装した部分では大型車のすれ違いはできない。どちらかが、譲って、舗装から片側の車輪を落とさなければならない。また、普通車と大型車がすれ違い場合も多くはどちらかが譲る、一般的には普通車が避けることになる。そこまでは、良いとして、困るのは、その舗装の幅はそのままに、毎年のように舗装を積み重ねて修復する。舗装していない部分と舗装との段差が年々大きくなる。左に大きく傾くことになる。何センチまで段差が許されているのか知らないが、20cm位はざらである。ということだが、ムディックやハリラヤには舗装が間に合うことを期待するしかない。舗装 レバラン 汚職
2012.06.28
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1259 何度目かのキタス申請のために、本当に久しぶりにブカシバラットへ行ってきた。ここ10年以上、行く用事は無かったし、ゴミゴミしていて、渋滞も激しくなっているから、行ってみたいと思うこともなかった。今回は新しくできたカントール イムグラシでKITAS(住民登録証)申請のためにサインや写真撮影に行かなければならなかったからです。今までのカラワン イミグラシはカラワン以東だけになって、チカランはブカシの中だから、当然、ブカシの事務所へ行かなければならなくなった。先日シンガポールから戻った時に入国係官が知らなかったことでした。 10年以上前には、ホテルホリゾンやフィラドゥアラトゥスVila200に日本人の友達が住んでいたり、従業員のコスが集中してしたりして、何かと、メトロポリタンモールと向かい側のヘロー辺りで食事をする機会も多かった。インドネシアで初めて“ホカベン”へ入ったのもここでした。当時でも、ごみごみしていて、あまり行きたいとは思っていなかったが、仕方がなく行っていた記憶がある。 総合病院もミトラクルアルガしかなかった。今のようにミトラクルアルガもブカシティムールにできているし、チカランの旧市街にもジャバベカにもリッポチカランにも立派な総合病院ができているのでブカシバラットへ行く必要が無くなっている。 とこれで、イムグレの場所、これが分かりにくいし、行きにくい。ブカシバラットのインターを出て左折し、ミトラクルアルがを過ぎた角で左折する。それが、病院の前の側道を入っていないと左に曲がれない、通りすぎてしまって、突きあたりまで行ってUターンし病院の前を通り過ぎてマタ、Uターンし病院の前を通りすぎ終わったところに確かに左へ曲がれそうな狭い道がある。車がやっと通れるくらいだが、二輪車が何台も駐車していて、危なそうだったし、その曲がった先200mくらい見通せたが、それらしき建物が見えなかった。そこを曲がらず、次の曲がれそうな場所を探したが。結局、また。突き辺りまで行って。同じように、また病院の前を通ったところで、そのあたりにいる人に聞いた。その、やっと通れそうな道の先だという。200mほど行くと道なりに直角に右へ進んだ、在りそうな雰囲気がない。300mほど行くと対向車線側に屋台と人だかりが見えた。看板にIMIGRASIと書かれていた。ところが、右折できないので、そこを通りすぎて100mくらいいたところでUターンして、先ほどの看板の前に着いた。そこから入れるのかなと思ったら、それも違った。駐車場へはそん手前30mくらいのところで左折しなければならなかったらしい。また、そこを通りすぎて、Uターンを二回して駐車場と小さく書いた看板のところを左折してやっと駐車場に着いた。 古い建物を改造して開業したのでしょう。全体が汚いし、臭いし、レイアウトというか人の控え場所も整理されていなくて、どこで待っていればいいか分かりにくい。外国人にとっては、戸惑うことが多いのではないかと思う。カラワンの方が全ての点で、使い勝手が上だと思う。 ブカシ県の住民は全てブカシバラットのイミグレへ行かなければならなくなっている。一年くらい前からだそうです。私の前回は1年半ほど前だったので、カラワンでした。 ブカシバラット イムグレ 分かりにくい
2012.06.27
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1258 ワーキングビザのステッカーがパスポートに貼られているので、今日から、胸を張っても張らなくてもいいが、作業服を着て、どこの会社へも工場へも出入りすることが出来るようになった。挨拶をかねて、世間の様子を探りに三社を訪問した。いずれも、旧知のインドネシアの仲間達です。それぞれが、10年以上の企業戦士です。インドネシアでの生活は総じて快適である。危険や不安を感じることが全くない。物価が安い。ということですが、気に入らないことも幾つかあり、馴染めないことも沢山ある。ゴミだらけの環境を作るし、渋滞も作るし、洪水が起きやすい街を作っている。11日のジャカルタ市長選挙に向けての選挙運動が開始されたが、その立候補者が、口をそろえて現状だけを言っていることである。しかし、原因については誰もが言及していない。解消すると言っているが、原因を言わないのだから、方法も言えない。原因は何か、インドネシア人だからです。それをわかっていない。だから、この三悪は悪化する一方です。笑ってしまうのは、バスレーンを作った時もそうだったが、その効果がないのに、バスレーンを増やしたことです。死亡事故は増やしたし、渋滞の解消どころか、渋滞を増している。そして、モノレールは遺跡のように足だけ残して邪魔だけをしている。また。モノレール作りを始めたのかと思ったら、今道の上に道を作っている。カサブランカとパサラヤブロックMの付近である。現在工事中は勿論、渋滞を増やしている。そして、完成して使えるようになっても、下道の渋滞は以前よりひどくなるでしょう。そして、下道に用事は無い、上道を走った車は上道から降りる手前から大渋滞になってしまうでしょう。要するに、渋滞の場所を移動する効果しかないことは明白です。何かもこの調子、根本的解決なならないことは、明白なのに、工事をする。面白いですね。原因は、インドネシア人がすることだからです。 外国人に知恵を借りて、予算の使用も任せなければ、解決することは多いと思うが、それでは、インドネシア人ならではのコルプシが出来なくなるので、外国人に任せることはしない。 話は、変わって、私が生活していて一番危険を感じていて、一番注意していることがある。それは、タイルです。たいへん危険です。日本人が住む高級住宅もインドネシア人が住む中の下クラスの家屋でも、床と壁は総タイル張りです。カマールマンディー(トイレ、風呂)もダプール(台所)も例外ではない。滑りやすい。濡れているのが見えない。固いから、ひっくり返ったら一大事になる。風呂場が最も危険、酔ってシャワーを使って、ひっくり返ったという話は、何十人から聞いたかわからない。蛇口やバスタブや洗顔シンクにどこかをぶっつけたり、つま先を、いやといほど何かにぶっつけたりした話もよく聞く。ゴルフのドタキャンの理由では一番多い。私も何度も転びそうになったことがある。絶対、急いで歩かない、足を上げないですり足で歩くようにしている。万が一、ひっくり返って、後頭部も打ってしまっては、シャレにならないからである。 何故、森林大国が、田舎や貧乏な人は竹やバナナの葉などで家を作っているのに、都市部や中流階級になると。自分の家に材木を使わないでしょうか。明らかに、モスレムの影響です。中近東のマスレムのタイル建築文化に影響されているのです。住みご心地がいいはずがない。木造建築の方が遥かに住み心地はいいはずだし、暑さ凌ぎにも植物材料を使った方が効果的なことは明らかです。しかし、危険で汚れが付着しやすくて、割れやすいいし、落としたものが壊れやすい床にするのです。宗教の影響を考えなければ、理解が出来ない。ハンドホーンを落としてばらばらになったことは何度もある。輪ゴムで縛って落ちた時のクッションになるようにと、蓋やバッテリーが飛び散らないための対策です。直接、タイルに寝転べば冷たくていいなどという話はとんでもない。汗が床にくっついて気持ちが悪いし、そこが滑りやすくなるし、固いから、寝心地が良いはずがない。日本の私の家の住み心地より良いことは一つもないのに、何故、当たり前のようにタイルばかりの家に住むのでしょうか。 この花、どこの?何の花?タイル 危険 インドネシア人
2012.06.26
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1257 私から見れば、皆さん、パプア人イリアン人の顔や体つきをしていて、どこの県の出身か、どこの部落の人か、などとは、全く分からないが、メラウケの人達は、その区別がつくと言う。彼らはアジア人の顔や体つきでどこの国の人かを区別できないと言っていた。しかし、私は、人る一人では区別できないかもしれないが、多分、5人以上の集団なら、日本人、韓国人、中国人、タイヤやインドネシアも含めて、100%近く、区別できる。ゴルフをしていて、会う国の人は、インドネシア、韓国、台湾、オーストラリア、シンガポール、そして、日本人です。服装や態度、などなどで、どこの国の人か大体分かる。台湾、シンガポール、オーストラリア人は、少ないし、顔見知りなので、見分ける必要はない。勿論彼らなりの特徴はある。日本、韓国、インドネシア人は各四人ずつ見ただけで、区別は100%つく。顔かたち、色、服装が違う。青から打つのは韓国、インドネシア、日本は白からです。態度が大きいのはインドネシア人、韓国人、最後が日本人。キャディの体に触りたがるのは韓国人、インドネシア人、日本人の順です。日本人でも結構、あからさまな人もいて、そういう人はキャディの間で、評判になる。ショートホールでコールオンをするのは日本人。インドネシア人、韓国人の順、韓国人は後ろのグループが韓国人ならするが、日本人だったらしない。インドネシア人はキャディに促されなければしない。私たちは、前の組のプレーの速さによって、前の前が空いてしまっている場合は、コールオンせれても拒否をする。前もって、前の組のキャディに伝えておく。私たちの全員がグリーンの乗せた時に、後ろのグループの様子を見る。サタンバイしていれば、コールオンをするが、準備をしていなければ、準備を促し、準備しなければコールオンしないでプレーを続ける。私たちのグループは前を空けてしまうことはない、むしろ、前のグループがティーショットをするのを、直ぐ後ろで待っている場合が多い。韓国人の特徴は、比較として、パワフル、フォームもきれいで似ている。午後からプレーする人の大部分は韓国人。一日36ホール回るのも韓国人だけ。会話の声が大きい。怒っているように聞こえるとき結構ある。日焼け止めクリームを塗りたくって白きなっている。また、長袖の下着を着けている。インドネシア人の特徴は、キャディとの階級差の意識をしている節がある。私には想像できない世界である。自分はボールを打つだけで、その他のことはしないという感じ。一番の特徴はホールに入ったボールを絶対自分では拾わない。キャディに何か要求する時には自分がキャディに寄ることは無い、キャディに来させる。自分は待つだけである。日本人の特徴は?人数も多いこともあって、色々なタイプの人がいる。年齢差も、実力差も大きい、プレーの速度が遅い人に合わされるので、遅い感じがする。どうせ遥かに届かないのに、グリーンが空くまで待っている。打つ前に何らかの儀式をする、打つときになってから、素振りを何回もする。自分の番になる前に素振りはしておけよ。そういう人に限って、チョロっている。打ってもなかなか動かない。真っすぐ歩いてゆけばいいのに、横へゆっくり歩いてカートへ戻る。ボールを探す時間が長い。次に使うクラブを持たないでボールの傍へ行って、キャディ待ってくるのを待っている。使うクラブに迷いそうな所なら、二三本持って行けよ。そういう人に限って、キャディの責任にする。キャディもピン切りだから、すべて自己責任ですよ。全てのことで例外はある。三枚の写真、どの辺りかわかりますか。ソプ ブントゥットゥは量が少なかったが、味は普通においしかった。パサラヤブロックMの地下のフードコートでした。4万5千Rpは高い。エンジョイ 特徴 ゴルフ
2012.06.25
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1256 八十何回目だそうだ。アンチョールでは連夜のコンサート、無料開放が行われ、クマヨランの見本市会場では一ヶ月間の物産展や催しが行われている。ところで、多くのマスコミは、その際ということで、ゴミの放置の解消、交通渋滞の解消、洪水の解消のキャンペーンをしている。その他に沢山あるが、とりあえず、この三つだそうだ。しかし、何十年も前から、問題だったが、現状維持どころか、どんどん状況は悪化している。これからも、悪化の一途をたどるでしょう。ゴミのことは、誕生日と関係ないし、ジャカルタに限ったことでもない。インドネシア全土です。例外は無い。コモドが生息するコモド島でも、先日行ったばかりのパプアの南東の端っこ、メラウケも日本人なら、誰もが。顔をそむけてしまいたくなるほどの惨状です。人が住んでいる場所だけではない。山の中もジャングルの中も、人っ子ひとりいない海岸でも、必ずゴミはある。ゴミはもちろんだが、渋滞も洪水も原因は人間です。その大きな一が汚職です。いくら予算を付けて対策しようとしても、施設の改良や堤防や水門や道を作ることやモラルの向上のための教育などなど、お金がかかることばかり、必要だから予算を配分される。しかし、実際に趣旨通りに使われるお金が一部分に過ぎない。道を作る、拡張する。ゴミ焼却所を作る、排水の機能をマヒさせないようにするための工事、それが、遅れ遅れになっている。車や二輪車の増加に追いついていっていない。ゴミ処理能力はゴミが増える量より能力が増える量の方が小さい。また、洪水とゴミは大いに関係がある。ゴミが溝に流れる水量を少なくしてしまっているのです。少なくするどころか、塞いでしまって、水が流れないようにしてしまっているのです。今日もブカシバラットからポンドック グデ辺りまで渋滞、原因は、穴が開いた道路の穴埋め工事でした。 ジャカルタの誕生日のテーマに沿って考えるなら。”風が吹けば、桶屋がもうかる“式に考えれば、”汚職がはびこれば、渋滞も激しくなるし、洪水も頻発する“ということになる。 教育をしなければならないが、その前に教師や大人の教育をしなければならない。汚職は必要悪と思っているし、ばれたら、運が悪いと思うだけ。どう考えても汚職が撲滅されるとは考えられないし、ゴミの量が少なくなる日は来ないでしょう。アッラーも呆れてしまって、自分には関係ないと言っているのでしょう。 土曜日もジャカルタの渋滞は酷いことは分かっているが、先ほど、思いついたことがあって、今日中に、手に入れたいものが生じた、そして、それは、ジャカルタの店へ行かないと売っていないと思われる。入手したものは二種類。日曜日と月曜日から使うものである。いったい何なのか、公開はしない。寄ったのは、グラメディアという書店とパサラヤブロックMの5回でした。 スマトラ島アチェ州の最南部、トバ湖の西辺りの内陸部でM6,6の地震が11時半ごろ発生したらしい、というのも、私の場所は多分千km以上離れている。先日のスカブミの地震があったばかりでした。人的被害は報告されていないとか。洪水 渋滞 ゴミ
2012.06.24
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1255 スカルノハッタでの出入国時、イミグレで問題は無かった。しかし、私だから問題なかったと思うが、慣れない人、言葉が出来ない人、事情についての知識がない人、結局、普通の日本人が今回の私のような状態だったら、問題あり、だったと思う。幾らか払わなければ通してもらえない状態になるでしょう。一カ月ぎりぎりでシンガポールへ行った人がイミグレで1万円払ったという話は時々耳にします。 出国時、先ず、二カ月、それもギリギリまで出国しないのだから、当然、“どこの会社にいたか”と、鎌を掛けられた。“仕事はしていない、どこの会社にも属していない、旅行だけだった“と答えた。彼は一枚目のステッカーだけをみて、”期限から、一か月もすぎている”と言ってきた。私はパスポートをめくって、もう一枚のステッカーを見せた、私は承知していたが、そのステッカーには期限の欄に何も書いてなかった。私もそれを見たときに、エージェントに指摘したら、なお、二ページ先にステッカーではなく、スタンプになっていて、そこには大きく手書きで期限が書いてあったのを確認してあった。だからそれも見せて、この通りだと説明した。彼は、納得した。”シンガポールでビザを取ってくるのか“と尋ねられたので、”仕事を頼まれたので、仕方がないから、引き受けて仕事をすることにした“と答えた。もうその時には、世間話調子になっていた。 今度は、入国する時、イミグレの兄ちゃん、私のパスポートをペラペラ捲りながら、新しいビザがないと、つぶやいた。私は期限切れのショートステイビザより前に空いていたページに新しく貼られたステッカーを見せて、“今日、シンガポールで、取って来たばかりだ”と言ってやった。“なるほど、そうか”と言っていたが、どうも様子が変、彼、そういう人間に接したことがないか、経験が浅いらしい。本当は、”どこに住むのか”と聞くべきなのに、”どこの会社で仕事をするのか”聞いてきた、それにだけ答えても意味がないので、”チカランで仕事をして、入国カードに書いてあるようにチカランへ住む”と言ってやった。”KITASはジャカルタか”と聞かれた。”チカランに住むのだから。ちょっと前ならカラワンだったが、ブカシバラットにイミグレが開設されたばかりだから。ブカシじゃないか”と、答えたというより、説明してやった。彼は、間違えて、ジャカルタ用のスタンプを押してしまっていた。慌てて、手持ちの自分の小さなバックから、イミグレの場所が空欄になっているスタンプを探し出して、別の場所に押した。私が言うことを信じていいのか心配だったのでしょう、当然です。他の列の先輩係員に“チカランはカラワンかブカシか、ブカシでいいのか”と聞いた、先輩係員はブカシにBaru buka(できたばかり)だから、ブカシでいいと答えていた。本人納得、空欄にBEKASIと、書いて、前のスタンプにキャンセルと書きながら、“間違いだったから、ブカシへ行ってください”と、説明してくれた。私は、そんなことは、こっちの方が知っているよ、と言いたかった。何も知らない人なら、ジャカルタのイミグレ行きのスタンプを押されたままになってしまうところでした。 ショートステイビザ以外のビザの大きなステッカーが貼られた状態で初めて入国した時には、住む場所によって、どこのイミグレーションへ行って、その後の必要申請をしなさいと言うスタンプが押されることになっている。話は変わって、ネット接続の環境、今回シンガポールで使ったターミナル3のフロアーのあちこちに、充電用のコンセントがある。個人ラップトップ用にテーブルや椅子まで用意してある。そして、差し込みの状態が、以前は三又のシンガポールだけの姿になっていたので、アダプターを使わなければならなかったが。今はそのアダプターを付けた状態になっているので、インドネシアのスタイルにも、日本のスタイルにも対応できるようになった。アダプターは必要なくなった。その上、ケーブルラン、ワイアレスランどちらも接続できるようになっていた。それに引き換え、スカルノハッタノターミナルは、どうにもならない。ネットの接続、バッテリーチャージのことに限らないが、二十年以上の時代遅れである。新しい地方の空港の方が、シンガポールと同じというわけにはいかないが、使い勝手はいい。国の玄関口として、恥ずかしく思わないのが変。ターミナル3へは行ったことがないが、シンガポールのチャンギよりサービス充実のターミナルを作ってほしいと、誰もが思っているはずだ。昨日の写真 http://otaenplaext.net/newpage30.html2010年 旅記 http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage108.html2010年 写真 ニュートン サーカス http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage111.html2011年 旅行記 http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0403.htmlタワーホテル未完成 建設中2011年 写真集 http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00089.html出国 入国 イミグレーション
2012.06.23
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1254 何度目になるでしょうか、VISAの収得、仕事、観光またそれらがミックスなどの目的で15回ほど行っているかもしれない。今回はビザの収得のためで、当然ながら、日帰りである。 今朝のジャカルタ空港と22:00頃のウエルカム ジャカルタの象徴。03:00に家を出て06:20発のガルーダでシンガポールへ、09:10到着、待ち合わせのホテルに10:00前に着いた。パスポートと入国した時に半券と写真を二枚渡して、それから、17:00まで、何をしようかなということになる。17:00過ぎに戻ったが受け取ったのは17:15でした。タクシーを捕まえて空港へ向かった。ターミナル3である。タクシードライバーからはターミナルいくつか必ず聞かれる。当然です。チャンギ空港は、着いた時のターミナルが幾つだったのか、覚えておく必要がある。同じ虚空会社でも一か所とは決まっていないので、タクシードライバーに便名を言っても意味がない。18:10に空港に着いた。20.55SIN$でした。朝、ホテルへ行った時には、24,33でした。同じ場所から同じ場所へ反対に走っただけです。使った道は覚えていない。20:20出発の筈が、20:50を回っていた。結局、家に着いたのが、23:30頃でした。駐車はお泊りの場所ではなく、一般の場所でした。17時間以上で4万4千Rpでした。たったの一日、過ぎただけですが、家へ戻った日は、出発した日と違うような気がする。シンガポールは、ほとんど、くまなく,回ってしまっているので、どこと言って、行くところがない。港にできた三つのタワーホテルの上に舟型の屋上が置かれている、スカイ何とかというところへ行ってみようと思って、先ず、マーライオンを目指した。オーチャードストリートを港の近くまで南下すれば、迷うことなく、マーライオンの対岸へ出る。そこからはマーライオンは勿論、タワーホテルの全貌も見える。マーライオンは口から水を出していない上に、周りを木の板で囲われていて、なにかの修理中なのでしょう。大勢の観光客が周りをうろうろしているが、気の毒に、本来の姿を見ることが出来ない。港の方から遊覧船が登ってくる、かなりの数の船が行き来している。その行け手が川の上流なので、どこから、乗れるのか確認するために川沿いの散歩道を歩いてみた。すると、あったあった、船着き場に何艘かが係留されていた。そこの売店のおばちゃんが、私と顔が会うなり、一時間で川の上流とタワーホテルを往復するから、乗らないかと言ってきた。22SIN$だという。そのつもりだったので、直ぐチケットを買って、間もなく、何人かの客を乗せた船が遡ってきた。それに私一人だけが乗り込んだ。今まで、まったく知らなかったシンガポールの景色を見ることが出来たと思う。川にかかっている端のデザインが同じものは無い。Uターンして。下流に向かい。先ほど乗った船着き場を通りすぎ、マーライオンへ向かった。その足元の船着き場に着いたとき。船客でそこからのった人たちでしょう、その人たちだけが降りて行った。なお、港の出口の方へ向かい、タワーホテルの足元の船着き場に着いた。そこでも、何人か降りた。私も、もと、乗った場所まで乗っている権利はあるが、放棄して、そこで降りた。そして、蓮の花のような、博物館でしょうか、その近くへ上陸し、歩き回った。人出はすごい。水陸、地下からも人がやってくる。広大な施設である、ショッピングモールではあるが、シアターやカジノやミュージアムも入っていて、全ての人種、世代に対応している。三つのホテルのビルへも行ってみたが、屋上へ行き方が分からなかったし、時間だ足りなかったので行かなかったが、この辺り、ベーエリアの賑わいはアジアの経済力を象徴していることを感じた。横浜ベイアリアと雰囲気が似ていると言えば似ている。ランドマークもそれぞれすばらしいと思う。ところで、遊覧船は、1,500円くらいだが、そのコースから眺める風景は、乗ってみて良かったと思う。高層ビルや中華系の古い家屋や店、そして橋、ベイエリアまでの開放的な場所、魅力的な環境をゆったりと眺めることが出来た。観光バスで回る観光客は乗らないと思うが、自由行動なら、ぜひ、ミーハーになったつもりで、乗ってみたらいいと思う、私は、夜、利用したらもっと雰囲気がいいと思う。 実に困ったこと、シンガポールの出入国カードの文字が大変小さい。つい、最近、シンガポールへ行ってきた人が言っていた。文字が小さくて読めなくて困ったと。私はそれを聞いて、私はまだ大丈夫だと思った。そして、老眼鏡を持って行かなかった。これが失敗、着実に老眼の度が増していた。こんなはずではなかったと思っても、仕方がない。本当に読めない、勘で理解しながら書くしかなかった。各内容はどこの国もほとんど同じはずである。とにかく、時間は掛ったが。何とかなったが。だいぶ焦った。老眼鏡の最大の目的は、製品を作るときに、寸法をチャックしたり、外観に何か問題は無いかと調べたりするためで、日常の生活に使うのが目的ではなかった。今後は必要かどうかを考えないで、いつも持っていようと思った。 写真だけアップしました。http://otaenplaext.net/newpage30.html2011年 写真集 http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00089.html シンガポール 遊覧船 老眼
2012.06.22
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1253 この1カ月の間、人と会うためにリッポチカランのホテル サヒッドジャヤのロビーへ行く機会が多い。なぜかと言うと、私がリッポチカランから出たくないからです。話に内容は、私が頼まれごとを聞いたり、頼まれたことの返事をしたりすることなので、私から出掛けることは返って相手を恐縮させてしまう可能性がある。もう一つの理由は相手が、ジャカルタの拠点を置いていることです。自分が運転するので、渋滞がひどく疲れるし、時間の約束が出来ないからです。来ていただくことにしている。渋滞がひどいから、約束時間の二時間以上前に出発してほしいと言っておく。約束時間より早く着いてしまったら、連絡してもらえば、10分以内に行きます、と、言っておく。しかし、早く到着してしまった人はいない。平均二時間半かかっていた。ま、それでも、私がジャカルタへ行くよりは楽である。昼間高速道路の陥没を埋める工事をして、渋滞を作っている。チカランとMMの間で二か所である。いつごろ完成、オープンしたのでしょうか、私が1996年8月に来た時にはチトラインとともに既に今の状態で会った。私はこの裏のクラウンコートに半年だけ、住んでいたことがる。そして、今でも、何かにつけて、この辺りに出没する機会が多い。10数年のインドネシア滞在はこの町周辺にいたし、これからも、この辺りが生活の本拠地になるでしょう。馴染みの街なので、他へ移る理由がない。シンガポール行きのチケットを入手した。関係書類は既に送ってあるので、持って行って渡すにはパスポートと写真だけである。その写真が面白い、シンガポールでは背景が白でなければならないという。しかし、インドネシアのイムグレ関係は赤でなければならないという。そこで、背景白の写真を撮って写真用紙に印刷した。赤の方はPCで背景を赤に変えて印刷した。準備万端、写真に関しては全て自分で用意した。スンチンさんに見せたら、“私がやったのに”と、言われてしまった。とにかく、準備が間に合ってよかったと思う。突然ですが、K-POPやJ-POPではない、彼女スタイルのPutri Ayu(プトゥリ アユ)とい歌手です。まだ、高校生で歌番組に出演する回数は少ないが、2年前、Mencari Bakat(才能発掘)という、オーディション番組で優勝した、声に透明感がって、若手の歌手の中では飛び抜けて歌唱力がある実力派だと思う。将来有望だと思う。今、インドネシア アイドルという、アメリカのオーディション番組のコピー番組をやっているが、残っている連中はアイドルと言えない。 インドネシアの若者なら彼女を知らない人はいないはずです。 渋滞 工事 故障
2012.06.20
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1252 残っていた障害が間もなく消えるようだ。しかし、時期が良くない、一年で一番、仕事を進めにくい時期に一ヶ月後から突入する。ご存知、ラマダン、プアサです。平均速度が半分になる。 バイクの売り上げの落ち込みは深刻度を増している。インドネシアの事情を知らない日本人は、三ヶ月後には、頭金を準備できるから、急回復すると、楽観視している向きがある。インドネシア人の若者が、頭金が三倍になったからといって、三カ月で頭金を準備できるというのは、どういう裏付けなのでしょうか。頭金のサトジュタを一カ月でためることが出来ていて、三倍のティガジュタなら、三カ月でためることが出来るとでも、思っているのでしょうか。とんでもない、半年でも、難しい。それに、この問題は、頭金の問題ではない。 先週行っていた、東に端、国境のジャングルを切り開いた街、メラクケにもバイクは充分あふれていて、彼らの運転は乱暴、バイクとアンクタン コタが絡む事故を目の前で見た。バイクの二人乗りの二人ともびくともしていなかった。そして、たちどころにバイクに乗った野次馬や警察官がやってきた。人口が少ないが、道は広い、そして、凸凹も少ない(道が壊れていない)ので、渋滞は無い。スピードを出せる。郊外のスーパーにはバイクで買い物に来る。以外に信号が多いが、無視も多い。何度も、危険を感じた。人口の割には、バイクは十分普及していると感じた。こんな田舎の街の危険度を増やさないでほしいし、いくら規制をクリアーしているからと言っても、排気ガスは排気ガスです。まさか水蒸気だけということは、在りないし、実際排気ガスは臭い。ポリューションを増やさないでほしい。こんな端っこの貧困層が多い町にもバイクは、危険なほど、普及をしている。日系企業はそれでも、増産を目指しているのです。過去10年平均、年率5%以上の生産台数の増加をさせてきた。複利での話だから、その増加台数は今や毎年50万台近くに達する。そして、過去10年の平均売り台数を500万台とすれば、それだけで5千万台が現在、走っていることになる。車を持っていないで、バイクを運転できる人口を1億人とみても、4人に一台は普及していることになる。これでも、普及率が低いというのでしょうか。そして今後も毎年、800万台以上増やし、廃車を300万台と見ても、毎年500万台ずつ増えることになれば、10年後には、1億台の二輪車がインドネシアの中を走り回ることになる。そんなバカな話があるでしょうか。車も含めて、道の面積が10年後に今の倍になるはずがない。中国が2300万台インドが1300万台それに比べれば、700~800万台のインドネシアは世界3位といえども、まだまだ少ない、という人もいる。もし、低いとしても、それが、購買増加につながるとは限らない。日本の二輪車の普及率はめちゃくちゃ低いはずです。挙げている数字は、私の感覚で言っていますから、当たっているかどうかの責任は取りませんが、当たらずとも遠からずだと思う。そんなバカな話は無いでしょう。そろそろ、目を覚ましたらいかがでしょうか。今の落ち込みは、インドネシア政府の狙い通りになっていると思う。今までの生産量から、30%ダウンの台数に落ち着いて、その生産量が続くくらいが調度よいと思う。しかし、メーカーの大勢として、トヨタが100万円を切る車を間もなく売りだすという話もあるように、人口からみると普及率がまだ低いから、車も二輪車もまだまだ売れるという説である。インドのメーカーが低価格で乗り込んできているので、それを、過去の中国や台湾企業のように、追い返すためにも、生産台数を自主規制のような甘いことはできない。とことん、売り続けるしかないとの見方が大勢を占めているようだ。人口からの普及率ではなく、人口と道路面積、道路面積と普及率の比較をしてほしいと思う。良識のあるインドネシア人は、それを心配しているのです。だから、普及の増加にブレーキを掛けなければならないと思うのです。限界 頭金 危険
2012.06.20
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1251 ワーキングビザを期限までにシンガポールへ行って受け取ることができるかどうか心配で、確認をした。行けることが確実になって安心である。インドネシアで作っている装置のでき具合も確認した。来週中には試運転が出来そうである。何を作る装置かわからないはずです。この装置から、オリジナル商品が生まれる予定です。 ただし、もう一つ、解決しなければならないことがあって、ビザが取れても、本格的に仕事を始める時期は先になりそうだ。準備が出来ないのです。 ところで、私のインドネシアでの仕事への取り組み原則姿勢は、下請けをしないということです。自社製品を作って売りだします。日本やその他の外国から輸入している製品のインドネシア国内調達に切り替えたいというお客さんから、仕事は受けないといことです。いわんや、今まで、私がそういう仕事を引き受けて、インドネシア国内のどこかの会社が生産している製品の横取りなど、あり得ない話です。今の価格がほとんど、適正なのに、安い見積もりを出して、横取りなどということはばかばかしい話です。私が指導してきた会社同士が、取り合うこともばかばかしいから、やめてほしいと思っている。 インドネシア人技術者も私が指導して現在の会社の中枢を担っている人を引き抜いたり、止めてしまっても、採用したりする事は無い。彼らは現在上司であるそれぞれの会社の日本人より技術水準は上だということは間違いない。彼らは既にその現場では、それなりの高額給料を受け取っている。最高の人は10万円くらいもらっている。年齢も30歳半ばを超えている。私は、その人たちを、その給料の半分でも雇う気は無い。雇うなら、最低初任給でそれも高卒から二三年以内の若い人を契約待遇で使う。その方が技術の底上げが出来るし、若い人に雇用の機会を与えることができる。 ただし、当然ながら、インドネシア人が生活のこと、技術のことについて、私に頼んだり、尋ねたりする機会は多い。付き合いは長いし、彼らが若い時から、技術の指導をしているし、生活や学校などの援助もしてきた。それぞれの会社の日本人がいくら私に接触するなと言っても無理な話です。深い絆が存在しているのです。言葉の進歩は遅い、技術的にも、インドネシア人に劣る、その上、何かを疑うとか、疑心暗鬼になるのは、ぞれぞれの能力不足を他人に転嫁しているにすぎない。その他人にとってはいい迷惑で、在りもしないことで、評価を悪くされたり、立場を悪くされたりすれば、その日本人は、ますます、インのネシア人からいやな奴と思われるだけである。撤退したK社もそうでしたが、それぞれの会社の日本人は、本当はいなくてもいいのです。インドネシア人だけでやって行けるのです。高給取りの日本人はいない方がうまく行くし、いなければ、その日本人のために使っている金額がそのまま、その部門の利益改善になるのです。現在、赤黒、トントンなら、日本人がいなくなれば、いきなり、年間一千万円の利益が生まれるのです。あらゆる日系企業に言えることです。それを、自覚して、インドネシア人に接してほしいと思う。それが、それぞれの会社が、あるいは、押出し部門が安泰になるコツです。 私は、それぞれの会社の日本人の足をすくうようなことはしない。争う相手ではない。今までの教え子を部下として雇うことはしないし、教え子がインドネシアのために一生懸命作っている製品を私がやってしまうわけがない。それぞれの会社が作っている製品を横取りすることは無い。 それに、私自身が、まだ、物を作れる状態になっていない。誰でも、ちょっと考えればわかる。そんな非合理的で、非経済的で、非生産性で、非人情で、無責任で、無駄なことは無い。新しい仕事の引き合いがあれば、それぞれの会社に客先を紹介する。現に、既に、紹介をしている。“内では、できません”と言って、断らないでほしいと思う。断ってしまうなら、私が準備でき次第、作ってやることになるでしょう。当たり前なことです。 ちなみに、私の教え子と技術と装置とインドネシアでは初めて作り始めた製品は3社に分散している。そして、それぞれの製品は、車やバイクや家電製品やその他あらゆる製品を組み立てている日系企業の製品の部品として組み込まれている。全ての客先は、最初、私を頼って来たのです。未経験の製品、製法でも、断ることはしないで、それに、お答えしたのです。その当時の担当者は交代していなくなっても、いきさつは、引き継がれているのです。勿論、ゴルフなどで接触もしています。 パンガンダランPangandaranの最新の状況の紹介がほぼ完成しました。沢山のリンク先がセットになっています。http://otaenplaext.net/newpage21.html疑惑 転嫁 気の毒
2012.06.19
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1250 “サバンからメラウケまで”、という歌の歌詞です。内容は、これがインドネシアの国土です、という意味です。たわいにない歌だと思うが、子供のころから歌わされているインドネシア人にとっては、心の歌です。日本の“故郷“とは、意味が違いますね。日本にはこういうたぐいの歌は無いですね。Dari sabang sampai merauke Berjajar pulau-pulauSambung menyambung menjadi satu Itulah IndonesiaIndonesia tanah airku Aku berjanji padamuMenjunjung tanah airku Tanah airku Indonesia 国歌と共によく歌われます。 余計なことだが、地図を見ると、ある程度の街としては、ジャヤプラの方が東で国境に近い。何故、メラウケまででしょうか、多分、サバンから直線で繋げば、対角に近いので挑戦が長くなる。それで、メラウケまでと、したのでしょう・ だから、どうなんだということは無いが、取りあえず、両端を訪問しました。その雰囲気は相当違う。サバンはスマトラのバンダアチェの西に浮かぶ島、ウェーという島にある街だが、バリバリのイスラム地帯、女性は外出する時には必ずジルバブを使わなければならないし、肌を見せてはならない。そんなところですが、欧米人のためのリゾートでもある。ここからは、ビキニ姿で、出てはいけないという看板があるように、華やかな雰囲気もあった。しかし、メラウケは欧米人のリゾートの雰囲気はまったくない。広い海岸には、パプアの人々が訪れているが、ぶらぶらしているだけだ。また、パプアニューギニアとの国境がどこなのか分からないほど、ジャングルの中なので、ここが、端っこ、という雰囲気もない。ソタの部落の人々も、自由に行き来している、というより、国境という意識がない。一応、警備兵が詰め所にいるが、運転手がKTPを見せただけで、私がパスポートを求められることは無かったし、記念に帽子やTシャツはどうかと、言われた。そこから、国境へ100m進んで行った。そこには、住民がたむろしていて、世間話をした。燃料の枯れ木を集めに毎日、向こうへ行くし、水も向こうから運んでくると言っていた。私は目印の場所で写真を撮ってもらって、10mほど向こうへ入って見たが、部落へは4km以上あると聞かされて、それ以上は進まなかった。 最後に、本当に、未開の場所に興味がある方か、向こう見ずの人が思いつきで、来るか、とにかく、一般の平凡人では、こんなところへ来てしまったら、後悔するでしょう。インドネシアでは私が行くところ、どこでもそうだが、メラウケは特にそう思うが、日本人を誘って連れてくることはできない。もし、連れてきたら、食べ物や街の匂いや人々が持つ雰囲気や泊まる場所の状態などで、参ってしまうでしょう。 日本人が来ることはほとんどないし、学校の傍を歩いて通れば、私が近付く前に、子供たちが寄ってくる、女学生も集団で寄ってきる。日本語で“こんにちは“と言ってやれば、全員から、”こんにちは”と返ってくる。そのあと、大笑いになる。その子たちにとっては、日本人の顔を見る機会は無いだろうし、話をすることなどは、一生のうちにあるかどうかというくらいの奇跡のようなもの。それは、はしゃぐわけである。はっきり言って、生活は最貧に見える。ジャカルタとは別の世界である。それでも、こんな時、来てよかったなと思う。彼らは、決して不幸ではないと思う。 旅行記 アチェ ウェー サバン http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page231.html 写真集 ウェー島 http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page230.html バンダアチェ http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page229.html写真集 ジャヤプラ http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00090.html今回の旅の写真集 スンタニからジャカルタ http://otaenplaext.net/newpage28.html両端 貧困 ご気楽
2012.06.18
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1249 メラオケが正しいそうです。インドネシア語読みでは、ムラオケです。そして、パプア以外のインドネシア人のほとんどは、ムラオケと言いますが、地元のパプア人はメラウケというそうです。 大河の名前はSungai Maro(スンガイ マロ)です。一つしかない貴重な橋の名前は、Jembatan Tuju-Wali-Wali(トゥジュ ワリワリ)と言います。地元の人々がそう言っているし、看板に書いてもある。空港の名前はMopah(モパー)です。ちなみに、今、世相が不安になっているジャヤプラの空港はスンタニ湖にあるので、Suntani(スンタニ)と言います。空港の名前はその町の名前ではないのがほとんどです。地図を見て調べたのではありません。 メラクケの港のサンライズ。 09;30出発の筈のバタビアエアが到着したのが、09;50でした。到着が一時間おこれ、案内のアナウンスは全くなし。ホテルからの出発を08:00で予約してあった。しかし、時間を過ぎても迎えの車は来ない、それどころか、運転手に電話しても、なっているのに出ない。15分過ぎて、ホテルの人に、タクシーを頼んでもらった。ホテル人曰く、飛行機はまだ、眠っているから、あわてることは無い、サバールヤ、だった。タクシーが来たのが08:30を回っていた。空港へ着いたのが、08;45出発口の前に車が近付いて、そこにまだ大勢の人が立っていたので、車をいったん止めた。降りようとしたら、運転手が、もう少し前で止めるから、待ってと言った後、サバールヤと言われた。08;55に出発ロビーへ入った。チケットには09:00搭乗と書いてあるし、渡されながら、ゲートと搭乗時間をチケットにかいてある通りのことを言われた。慌てて、中に入ると、バタビアの飛行機がまだ目の前に見えない。どこか離れているところに止められているのかなと、思っていた。その内、09;50に私が乗る飛行機が着陸したのでした。それから40分後に出発した。途中、時間に余裕がないので、ジャヤプラでもマッカセールでも、外に出られなかった。ということで、そのまま乗っている人たちが機内のトイレで行列になる。後ろに二か所、どちらも、汚物が詰まってしまって使えないと、おっしゃる。メンテナンスが乗ってきて治したが、一か所だけでした。そして、給油が始まった。ところで、トイレは使用禁止なった。何故だか、釈然としないが、理由があるのでしょう。給油の間は席を立たないで座っていてほしいと言われて、トイレに行けない。給油が終わって、トイレで用を足して席へ戻ろうとしたら、そこからのる人たちがどっと入ってきた。ほとんど全員が座るまで、トイレの前で待っていた。 それとは別に、メラウケからのった時に私に席21Fには二三歳の子供座っていて、21Eに母親が座っていて、21D10歳くらいの子供が座っていた。私に席にいる子は、当然、ただで乗っているはずである。母親にそこは私に席でと言ったら、21Cの席が開いていたので、そこを、指さして、そこへ座ったらいいでしょ、と言っている。キャビンアテンダントが通りかかったので、話したら、やはり、21Cに座ってくださいと言われた。窓から写真を撮りたいので、Fにしてもらったのにいい。ドアが閉じられてすぐに、後ろの方の27Aに移動した。後ろは空き席が沢山あることはチュック済みだった。 ジャヤプラでわかったのだが、その親子、父が21A娘の一人が21Bもう一人が21D母親が21E、小さい子が21Fに座っていたが、引き続きマッカサールまで行くときに、乗ってきた座席チェックの若者がその子が座っているのを見て、搭乗券を見せてほしいと言って、見ていた。四枚に搭乗券で21AからDの席だったその通りに座らされた。母親が子供を膝の上に座らされてる。当然である。Fに私がいないのだから、マッカサールからEとFの人が乗ってくると考えられるからです。ところで、私はといえば、後ろの席に座っているわけにいかない。CAに私の席は空けてくれたかと聞いたら、開けたという、21Fにやっと落ち着けた。21Eに若い男性が座った。ところが、その男性、男のCAが、母親が子供を抱いているのを見て気の毒に思ったのでしょう。20Cが開いているからといって移動させられた。母親は子供を21Eに座らせることが出来た。今度は、私にまた、災難?が来た。その子供、母親の膝を枕にして、寝ている、母親もそうさせている。子供の靴を履いている足が私の席まで伸びてきて、頻繁に私を蹴る。子供はほとんどの間眠っていた。まったくどうしようもない。マッカサールで降りて行った。替って、マッカサールからのってきた青年がまた、問題あり、足を大きく開いて座る、膝が私に膝を押す、押しながら、貧乏ゆすりをする。肘は肘掛を乗り越えて私の横っ腹に触れる。そんなに、私に触りたいのでしょうか、気になって仕方がない。 メラウケからジャカルタまで乗っていたのは、私の他に4,5人しかいなかったようだ、私は、機内であっちへ行ったり、こっちへ来たり、トイレでも困らされた。CAと話をする機会が多かった。そのうちの一人に、チャンティックがいたので、それだけが、救いだった。 ジャカルタタイム16:30にスカルノハッタへ到着、例によって渋滞、家に着いたのが19:00を回っていた。サバール、サバールの一日だった。 モラル 常識 気使い
2012.06.17
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1248 ジャヤプラ、スンタニもそうだったが、第一印象はタクシーの料金が高い。空港から街までの料金は,今の円高でも800円くらいする。たったの5Km弱である。10分も乗らない。その他の物価全部が高い、ジャカルタやバリの観光地より高いかもしれない。土産物のTシャツは500円以上だ。パンガンダランなら150円くらいなのに。レストランの価格も高い、高い値段のタクシー運転手と一緒に食事をすれば、三千円くらいにはすぐになってしまう。だから、私は、カップ麺を主食にしていた。一人でよかったと思う。 トラディッショナル ビレッジを訪ねてみた。Gatsiという部落でムラウケの中にある。行きたいから、手段をコーディネートしてほしいと、ホテルのレセプショニストに頼んだら、行く車のことだけでなく、その部落で、あなたのために民族衣装を着てダンスを模様しますから、そのショーを見せることができるのは、夕方の6時ころになります、と、案内があった。費用はと聞いたら、5ジュタ(約4万円)だという。私一人のためかと聞いたら、そうだという。観光客の団体さんに見せるのではないのかと聞いたら、団体さんは来ない、あなた一人のためだという。丁重にお断りをした。夕方でなくて、昼間、その部落を訪問して、どんな様子か見るだけでいいから、車の手配をしてくれるだけでいいと、改めて、頼んだ。 どうも、そういう見世物のための準備をする担当者がその部落にいるらしい。部落に人々の収入源としては大きいらしい。バリにケチャやバロンのように毎晩、その地方の集会所みたいなところでショーを催して、観光客が訪れるという場所は無いようだ。それほど、観光客が来る場所ではないから、それも、当然だ。 昼間、その戦闘ダンスをやるといところを、通ってもらったら、役場の前だった。役場の人達が、イリアン独特の戦闘衣装(裸に腰みの)をまとってダンスをするのだそうだ。そんなのは、見たくもないと思った。 海岸近くのヴィレッジが多く、メラウケの郊外でもある。マリンズ(Marinds)という種族のところへ行ったが、背が高い、体が大きい、干してある服が超LLである。運転手がここの部落の人で、最後に彼の家の前を通ったので、家族に挨拶したいと頼んで、訪問し、一緒に写真に収まった。一族の一部だそうだが、彼の家族はどうなっているのかは訊かなかった。みんな明るい。そこら辺りで遊んでいた皆が集まってきてしまった。 海岸の遠浅は想像を超える。沖を見てもどこまでも干潟になっていて、海はどこまで引いてしまっているのだろう。メラウケ側の深さも3m位浅くなっていた。昨日、船の持ち主が、海へ出ることができないと言ったわけが分かった。これでは河口から舟が海へ出られないわけだと、納得した。出たとしても、帰ってこられなくなるのだそうだ。 パプアの人達の体形、顔、髪の毛の状態などなど、各地で違うそうだ、ジャヤプラかワメナかメラウケの人の見分けがつくそうだ。メラウケの中でも、何族というのがあって、それも、わかるそうだ。私には皆さん同じに見える。 サンセットを港で見ようと思って行ったら、カメラを持っているのを見て、写真はだめだから、ここからは入れないと、ゲートの前で止められてしまった。昨日何も言われなかったのに。そこで、別の場所から川に面した所へ出たが、時遅し、太陽は沈んで仕舞っていた。先ほど、マリンズの部落へ行ったときに、オランダ人が多分、案内人だと思うが、二人のパプア人と一緒にそこの人をモデルにして写真を撮っていた。私が、その連中に30mくらい離れた所から、カメラを向けたら、そのうちの一人が、駄目だと言いながら、私のところへ来て、今撮影した写真を消せと言ってきた。まだ撮っていないと言ったら、チェックさせろという。仕方がないから、モニターを見せた。納得したが、彼は、オランダ人は許可をとっているからいいが、許可をとっていないものは撮影禁止だという。どこからどこまでだめなのか、何M離れていればいいのか、聞いてみようかと思ったが、やめた。その部落でも、彼らがいない場所では、皆さん、大歓迎で、写真を撮ってほしいと集まってくるので、自由に撮影できるのに、変だ。 もう一つ確実なことは、パプア人の伝統的部落へ近づくには、案内人がパプア人に限ることです。パプア以外から移住してきた人種では、ちょっと、近づきにくいという印象だった。 パサールでピナンに挑戦してみた。そこの人と運転手が二人して食べ方を指導してくれた。ピナンの実を出して。かじって口に入れる。そのあと、石灰の粉を何とかいう長細い植物の先に付けて口に入れ、一緒に噛み砕く、段々、赤くなってくる。という、しかし、私は、ピナンの実をかじったところまでで、その先には進まなかった。というのは、渋い、渋柿より渋い、舌先がしびれ出した。もう、そこで、吐き出してしまった。しばらく、渋さとしびれが残った。買ったピナンは運転手に渡した。インドネシア語で渋いという言葉が見つからない。彼らはパヒッド(Pahid)と言っているが、“苦い”、ではない。 自由行動 恐れ知らず 向こう見ず
2012.06.16
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1247 インドネシア語でムラムンmeramunあるいはトゥルムヌングtermenungと言います。ムラウケの大河をさかのぼってみた。河口まで数キロM上流に街はある。港は川に面している。川といっても多分、幅は、1km以上はあるでしょう。コンテナ船、恐らく5000トンクラスだろうが、接岸してコンテナを積み込んでいた。中身は何でしょうか。コンテナで運び出すほどの産業があるとは思えない。多分、何かを、他の島から輸入したのでしょう。空のコンテナを積んでいるのだと思う。 一時間半以上広い川を上って行ったが、景色の変化はほとんどない。両岸はジャングルである。マハカムやムシは、この川以上に幅がなら、両岸には民家があり、小舟がひっきりなしに行き来しているが、ここは、行き来する船も民家もまったく見えない。本当に偶に漁をしている丸木船に会うだけ、それも、岸に近いところで、ひっそりとしているので、真ん中を走っている私の船からは、気がつきにくいほど遠くにある。 決してきれいではないが、風がなければ、波がほとんどない水面と両岸の緑と青い空と白い雲、それしかない。船に寝転んで上空を眺めていると、様々なことが頭を過る。 今まで、予定を立てて、計画を練って、行動を決めて、その通りにやってきたのが三分の一、なる行きで、その場から遠ざかったり、近づいたりして行動したのが、三分の一、思いつきや勘や衝動で行動したのが三分の一。振り返って一番印象深いというか、良くやったと思うことややってよかったと思うことは、最後の思いつきや衝動で動いたり、やったりしたことでした。今回のここにいることも、予定の行動ではないし、何かの成り行きでもない。まったくの衝動的行動です。何故ここにいるのだろうと思う。インドネシアの東の端の街へ何のために来たのでしょう。何もないところです。パプアの人々とすれ違えば挨拶をする、子供たちが賑やかに遊んでいれば、何をして遊んでいるのか中へ入って聞く、老人が道端で座っていれば、この先に何があるのか聞いてみる。だからどうということは無い。 家族のことや友人のこと仕事のことインドネシア人や日本人の私の教え子たちのことを考える。考えたからと言って、何かあるはずのものでもない。ただ、思っただけのことである。 昨日、渡った橋の下をくぐった。この大河を横切っている橋はこれ一つだけ、それほど、人が少ないのだと思う。移住者のことは書いたが、その人たちによって人口が倍くらいになったと思うが、それでも、ここのジャングルの広大さや川の広さでは、人口密度がどうのこうのという必要はない。街へ入ればパプアの人たちは賑やかなので人がいるなと感じるが、多分、4km×6km位の範囲内だけでしょう。信号が多い、渋滞は無い、こんな町もあるのだなと思う。 ムラウケの港と街。 サギの一種でしょうか、親子でしょうか。物思い 国境 秘境
2012.06.15
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1246 Meraukeが充分田舎だが、もっと田舎へ行ってみた。どうも、郊外へ行く方がイスラムが多いようだ、そして、ジャワ島からの移民がほとんどのようだ。昨日もそうだったが、ジャングルへ向けて一般道を何本も作ったのでしょう。湿地帯が多かったと思う。昨日もそうだったが、一直線の道の両側は湿地帯というより、水溜りの連続でそれがつながってしまっているという姿だ。昨日の道は両側に蟻塚があったが、今日の道の両側は民家それも農家だと思う。道がパレンバンと同じで、湿地帯より1mほど高くなっている。民家から道までは多分平均で15mくらいある。その間が水溜りになっているので、手作りの橋がかかっている。パレンバンのムシからの両岸の家とまったく同じだ。yyその家の裏側は広大な田園や畑になっている。イリアンの人々はどちらかというと、槍や弓をもっている狩猟民族でジャングルの中で生活していたが、その人たちは、政府の援助を受けて、一直線の道をジャングルの中に引いて、その両側のジャングルの木も切ってしまって、広大な土地を作りだして、移民に農業を奨励した。インドネシアでは有名な、スハルト政権の移民政策でした。ジャワ島からの人口分散と未開の島の開拓とイスラム教の土地の拡張を狙った巧妙な手段でした。いま、パプア、ジャパプラやマルク、アンボンなどで頻繁に原住民と移民(クリスチャンとモスレム)との争いが起きているのです。カリマンタン、スワウェジでも同じことです。モスレムが後からはいいてきてモシジッドを作って、スピーカーでお祈りの大声をジャングルに響かせられては、今までいた人たちにとっては大迷惑だったし、その後も移民がどんどんやってきて、クリスチャンが住める場所が狭まってきて当然不満が爆発し、パプアやチムールのように独立運動が盛んになることは当然の気持ちの表現だと思う。この国境近くのジャングルまでも移民が送り込まれたと思うと、コモド島にコモドしかいなかったのに、ジャワ島からイスラム教徒が移住してきて、モスレムを作ってスピーカーからお祈りをながして、コモドをびっくりされたのと、イリアン原住民がびっくりしたのと似たような気がする。といことで、その土地に無かった農場を移民が担うようになり。原住民にも米やとうもろこしを売るようになり、次第にイリアン人も森から出てきて街に住むようになり、街で商売をする人は移民と原住民が半々に見える。ムラウケやその周辺に限っては、争うは表面に出ていないが、ムスレムの増築や改修、新築現場を多く見るがカソリックの教会のそういう姿が見えないのは、何かあるなと、思わされる。私が使った28歳の運転所はスラバヤからの移民の三世だとか、祖父母や両親は郊外で農業をしていると言っていた。今日もジャヤプラヤスンタニでイリアンジャヤ原住民が槍や弓矢をもって、部落同士の争う姿がテレビで流されていた。何世代にも繋がる争うだと思う。スハルトさんの政策が原因です。インドネシアでは珍しい橋の作り。博多―対馬定期便と書いてありますが、わかるでしょうか。移民 スハルト 狩猟民族
2012.06.14
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1245 この地もいつもの旅と同じで、何がるのか、まずどうしたらいいのか分からない。ジャカルタからの機内の人の様子が、はっきりいつもと違う、勿論、日本人は、私一人、欧米人や東洋人の顔をした人は他にいない。イリアンの顔をした人が7~80%、その他雑多なインドネシア人でした。途中、マッカサールへ寄った時にかなりの人数が乗ってきて、ほぼ満席になった。その時のってきた人たちはイリアンの顔をした人は見なかった。そのころはもう完全に、夢の中にいた私は、その後、どこかに着陸したらしいが、覚えていない。3:30(ジャカルタタイム)目が覚めたときにはマッカサールからのってきた人たちのほとんどがいなくなっていて、ジャカルタからの人たちだけが残っているような気がした。キツネにつままれたよう。そして、今、どこから飛び立って、どこへ向かっているのか、わかっていない。というのも、08:55(これからはパプアタイムで書く、二時間、ジャカルタタイムより進んでいて、日本と同じ)にメラウケに着くのだが、それまで、3時間以上、飛び続けることになる。ということは、今はメラウケに向かっていないで、ジャヤプラへ向かっているのかもしれない。それにしても、何か所経由で、いったいどこへ下りたのでしょうか、16日の帰りの便ではっきりすると思う。空いている機内は、両側3列の座席があるが、どこもその三席を使って寝ている。ダナウ スンタニの夜明け。やはり、ジャヤプラへ降りた。30分ほどで掃除をするから、外へ出ていろと言われて、出発ロビーでまった、その時に懐かしい張り紙を見つけた。ピナンを食べるなというものでした。禁煙のステッカーと並んで貼られていた。07:00ニジャヤプラ発、ムラウケへ着いたのが09:00でした。直ぐに観光案内所らしいところへ行って、地図をもらった。それに従って、タクシー運ちゃんのイワン君に頼んだら、先ずホテルを探しましょうという。何故だと聞いたら、空港からホテルへ送るのが10万Rp、だという。それなら、タクシー1時間使ったら、いくらだと聞いたら、6万Rpだという。ホテルまで、何分掛るのか聞いたら、10分だという。それじゃ変だろ、といったか、決まっているという。他のタクシーに乗っても同じだという。それじゃ、ホテルへ行かなくていいから、1時間市内見物をしている間にホテルを探すならどういだ、ときいたら。6万Rpは最低3時間だという。それなら、3時間18万Rp行けるだけの観光地を回っているうちにホテルを見つけるなら、いいだろうと言ったら、3時間は市内だけで観光地のほとんどはしないからでなければならないから、また別料金になるという。市内だけ3時間をどうして使うのか聞いたら、土産物屋やレストランやマッサージへ案内して、タクシーは待っているのだという。それなら、市内から出て観光地へ行くなら、時間いくらだと聞いたら、10万Rpだという。そうか、それならと言って、先ほどもらった観光案内パンフレットを見せて、ここに乗っている写真のところを全部回るには何時間掛るかと聞いたら、5時間だという。そうか、それなら、50万Rpで5時間回ってくれ、その途中でホテルを予約しよう。といったら、それなら、やはり、60万Rpだという。どうしても、空港からホテルへ送るのは10万Rp取らなければならないらしい。じゃ、観光の後、街で下してくれたらいい。自分でホテルは探すから、といってやったら、それもだめだ、一旦ホテルへ行くと頼んだのだから、それを、取り消すなら、ほかのタクシー後変えてくれという。そして、ホテルへ送らなくても、キャンセル料を5万Rp払ってくださいという。もう、ああ言えばこういうで、仕方がないので、60万Rpで5時間コースの観光をすることにした。そして、最終的に到着したのがパプアニューギニアとパプアの国境でした。SOTAという部落でした。どんどん、西に向かって100kmほど走った先にあった。途中が蟻塚街道と私が道の名前を着けました。道はほとんど一直線、たま~~に、曲がるだけ、その道の両側は、湿地帯になっていて、ハスの葉が広がっていた。その向こう側はジャングル、その湿地帯と道の間の狭いところに蟻塚が立っている。不思議である。なぜ、この道の両側だけなのでしょうか、道から離れた場所にも数少ないが、あることはある、しかし、小さいし、本当に目立たない。目立って大きく、高いのは路のわきである。3m以上あるでしょう。壊れたら新しい小さいものがあったりで、不思議ですね。でも、一番不思議なのは、何故、道の両側にだけなのでしょうか。蟻がその他の場所に移動できない理由があるのでしょうね。バンダアテェの西に島WEHのSabangでインドネシアの西の端に立った。今日は、インドネシアの東の端へ行って、国境を跨いで、パプアニューギニアへ!mほど入った。このSOTAという部落へ入る前に、サバンからムラウケ、という端から端までのここが、ムラウケという碑があった。どうでもいいことだが、インドネシアの旅の一つの目的を達成した満足感があった。蟻塚 境界線 サバン
2012.06.13
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1244 好い日かどうかは知りませんが、旅立ちです。ジャカルタの交通渋滞は、ますます、ひどいと聞いているので、早めに家を出て、間もなく、22:45、スカルノハッタ空港のドメスティックから出発である。どこへ向かうかというと、ムラウケ(メラウケではない)だ。ムラウケってどこ?インドネシアの東の端です。ジャヤプラは、北にあるがムラウケは南にある。今回は、そこからもっと東の端、パプアニューギニアとの国境線に一番近い村へも行ってみようと思う。現地の時間は日本と同じです。約、8時間かかります。朝、現地時間8:50に到着予定、日本へ行くのと同じですね。ただし、二回着陸、離陸をするので、眠っていれば、到着するというわけにないかないでしょう。航空費は4万円、日本への半額以下ですね。 今後の予定の打ち合わせをさせてもらった。ビザは来週末に取れるとして、問題は定款の改定です。今までは販売の仲介業で、製造会社ではなかった。それを、製造会社に変えたいのです。申請を始めてから、約3カ月過ぎている。一説によれば、もう、全ての書類が整っていて、受理をしてくれたが、承認のサインがいつになるかは。サインする人の動向にもよるので、いつと、確約はできない。インドネシアですから、偉い人がどこかへ出張で行ってしまっているかもしれないし。間もなくラマダン(プアサ)突入なので、その前の家族へのプレゼントや帰省資金の捻出を狙って、何らかのアンダーテーブルをあからさまに要求してくるかもしれないので、なお、承認が延ばされるかもしれない。何を申請するにも、難しい時期になってきた。 ということで、はっきりしないことがまだ多いので、結局、レバラン明けからの仕事始めになってしまう確率が高い。それまで、まだまだ、自由を謳歌できる。 退勤時間にちょうど重なったので、予想通り、ブカシバラットを過ぎた辺りから渋滞の中へ入ってしまった。いつも、一番いやなのは、ハリムでジャカルタへ入る七千RP払ってから、タンジュウプリオクとグロゴール方面の分かれ道を過ぎるまでの区間、約1Kmでしょうか、とにかく、競り合い連続である、一瞬の油断もできない。緊張が三十分くらい続く。というのが、いつもですが、今日は、拍子抜け、順調過ぎて、タンゲランへ向かう車の渋滞もなし、空港へは19:30前に着いてしまった。速く着くに越したことは無い。バタビアの!Cの出発ロビーへ入る前のフロアーが見違えるほど新しくなった。トイレは完成して一カ月だという。デザインもインドネシアで初めてお目にかかるものだ。ぜひ、いつまでも、汚さないようにしてほしい。例の充電用にコンセントも充分、目の津行くところに会って、その傍にはソファーがあった。完成はしていないが、全体が完成したら、1A(ライオン)や1B(スリウイジャヤ)も追随するのでと思う。 旅立ち 安心 順調
2012.06.12
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1243 人から話は何度も聞いていたが、実際に言ったことがなかったゴルフ場が近くにあった。昨日、一人で、午後から行っていた。皆さんが、チカンペックと言っているゴルフ場です。場所も知らなかったので、ネットで航空写真から確認した。チカンペックまで行かないでブキットインダーで降りて、右折して、曲がりくねった道を道なりに行くと、左側に、何やら工業団地の入口のようなゲートを見つけた、確かこの辺りから入るらしかったが、ゴルフ場の看板がない。セキュッリティーに確認したら、ここだ、真っすぐ行って、左に曲がったとことだと、教えてくれた。ゴルフ場へ向かいというより、工業団地の中へ入ってしまったという印象だ。日系の化学会社が目に付いたし、今工事中のケイヒンなどという看板も見えた。左折してもゴルフ場へは入りそうまない四差路が三か所会った次にT字路につきあったった、ここは、左折するしかない。すると、先方に、広い緑の芝生地が)目に入った。そこが、ゴルフ場でした。 小さい看板に、ラパンガンゴルフ ププク クジャン チカンペックと書かれていた。導入道路は急に狭くなり、直ぐにバッグを私場所になって、車を駐車してから、クラブハウスに入った。 いちいち確認しなければ、色々な場所が、目立たなくて、わかりにくい。レスプションで20万Rp払った。予約をしてないし、一人だけれどいいかと、聞いたら、問題ない、直ぐスタートできると言っていた。ロッカーがまたせまい、扉をあけると、その前を人が通ることができないくらいだ。 1番ホールへ向かうと、私のバックを乗せたひっぱり車と男のキャディが待機していた。一人でやるかジョインするか聞くので、一人でやると返事、二組待っていて、そのあとのようだ。その二組も、二人ずつだった。待つのが嫌だから、途中のホールからスタートできないかと聞いたら、それなら、10番殻やろいと言われて、直ぐ10番へ移動した。誰もいない。直ぐスタートした。 インからのスタートは長い距離とは感じなかったが、変わったコースが多く、面白かった。登りが多いと聞いていたが、その通りだと思った。グリーンが終わって、次のコースへ行くときに急に下るのです。そしてコースが登りになるのです。また、ティグランドが砲台になっていて、打ち終わった後も。急に下るのです。歩き出し、上りが多いので、前半だけで、かなり疲れた。 インもそんな感じがしたが、アウトに入ると、広い野原を並木で仕切ってあって、行ったり来たりするコース、横のコースが何列も見通せる。行ったり来たりなら、登りの次は下りだろう、下りの次は登りだろうと思うのが普通だが、そうはいかないのがこのコース。登って行った先で横の次のティグランドに移動するときに、やはり急に下るのでまた昇りになる、その繰り返しなので、全コースが登りになっている。なんだか、だまし絵の中へ入ったようだ。その上、全コースが長い。疲れがどんどん増す。足がつってきた。ナンブの前社長が8ホールでリタイヤしてしまったという、その気持ちがわかった。登りばかりだよ、と言われた時、そんなわけがないだろう、と、思ったが、納得した。ティグランドが荒れている以外は、状態は聞いているほどは、ひどくなかった。グリーンの状態も特に悪いとは思わなかった。登りが多いし、初めてのコースだし、ウォーターハザードが多かった割には、スコアには満足した。安いし、いつ行っても、一人でできるし、暇が出来たら,また、行ってみてもいいかなと思う。平日なら5万Rpらしい。 狭い道の左は全部池、右側は並木になってり手、その右も池、向こうにグリーンがある。このゴルフ場は、PT,PUPUK KUJANG ププク クギャンという会社が経営している。クジャンの意味がわからなくて、キャディに聞いたら、動物の糞や植物が腐ったものだという。ププクは肥料だから、堆肥の会社だと思う。そういえば、日系の化学肥料の会社がこの工業団地敷地内にあった。多分、関連会社だと思う。 堆肥 だまし絵 チカンペック
2012.06.11
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1242 頼まれごとのもう一つは、押出しの製品がインドネシアで調達できないか、ということです。当たり前だが、この話が来ると、うれしい。 これから、立ち上げる会社で、押出し成型の部品を現地調達の目処が立っていないので、何とかしてほしい。外注でもいいが、できれば、その会社の中に設備をして作れるようにしてほしい。製品に空間が多くが嵩張るし、工場がちょっと遠い場所にあるので、外注では運賃や梱包費用が大きくなりそうで、理解できる。 また一つは、何年か前にインドネシアで調達を検討し、できるところを探したが見つけることが出来なかった。そして、インドネシアでは調達できないとあきらめていた。しかし、日本からの調達方法が日本の本社が円で購入して、そのままの価格で売ってくるので、このところの円高で、ドル建て販売の原価が上がってしまって、どうにも、客先の値下げ要求に答えられなくなってしまった。私をもっと早く知ればよかったと、言っていた。 直ぐに、私が対応することはできないが、二つとも、年内には、期待にこたえたいと思っている。 私にインドネシアで依頼された製品の価格は日本価格の0,6掛けを狙う。だから、運賃を考えれば半値以下で客先は手に入れることができるようにする。それには、エンプラやウルトラエンプラの上に、混ぜ物が特殊だったり、特徴を追加したりした原料ばかりです。写真の製品も、簡単なPVCとかオレフィンではありません。用途は何だと思いますか。世の中でプラスチックの専門家と言われる人が見てもほとんど、分からないと思います。いずれも、特殊な原料を使っています。同等品をインドネシアで手に入れるか、アセアン地区から入れる。金型は三分の一程度で作る。勿論、販売管理費はインドネシアですから、格安で提供する。 日本はWカップの予選で盛り上がっているが、インドネシアはEURO2012カップで盛り上がっている。100%完全な片思いで勝手に盛り上がりである。ヨーロッパのどこの国もインドネシアのことなど意識をしていない。しかし、インドネシアでは国中が盛り上がっている。開幕前夜祭と称して、大劇場でショーが模様されたり、開会式は多くのカフェで大画面を提供していた。マスコット人形や各国の名産品やユニフォームの販売は絶好調。テレビ各局も特集を組んで解説付きで各国の紹介をしていた。夜中には実況放送も流され始めた。 実力は程遠い自国の選手は番組のゲストとして出ていて、各選手の力の分析をしていた。気の毒なくらい、空虚に感じた。こんなに盛り上げるなら、自国の選手の強化をもっとしたらいいと思うが、強化費用の半分以上は、どなたか、選手ではない人の懐に消えてしまう国では、無理な話ですね。寂しいですね。 盛り上がるものに乏しい国民の欲求や不満をEURO2012に逸らせている巧妙さを感じる。 手伝い 空虚 お祭り騒ぎ
2012.06.10
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1241 そろそろ日本へ帰ってもいいかなと思っていたが、取りあえず問題が消えたようで、何とか、延長ビザの期限切れの前にシンガポールへ行けそうだ。本格的に仕事ができるのはレバラン明けになる可能性もあるので、ビザが取れても、会社と契約をするかどうかは、別の問題になる。もうしばらくはフリーでいてもいいかなと思う。 最近、頼まれごとが多い。仕事をしてはいけないのだから、どこの会社へも、行かないようにしている。万が一、密告されたら、私自身寄り、その会社に迷惑がかかる。名前入りの作業服を着ることは絶対しない。もし、密告するとしたら、訪問した会社の社員か警備員だけですが、もし、ホテルやサービスアパートに泊まっているなら、動向をチェックできる人やパスポートのビザの種類を知る人がいて、定期的にイミグレの署員がチェックに来ているので、報告をしまする。本人が会社の車で出かけたりしていれば、たちどころに、御用となります。一人百万円位の罰金が科せられます。私が知っている最大は、大会社で20人一遍に挙げられて、二千万円払った例がありました。 話はそれたが、頼まれごとというのは、人材紹介が、一つです。これから、インドネシアで会社を立ち上げようとしている会社からの依頼です。ナンブの時には、経理、総務、射出、押出、蒸着部門とメンテナンス、設計図面部門のトップは私が全て勧誘して入ってもらった人たちでした。通訳と営業のトップを除いて、ほとんどすべての人たちは今も部門のトップで日本人の支えになっています。それを知るこちらの日本人は一人もいないでしょう。日本の本社もそれを承知していないでしょう。無報酬でやっていたのです。会社は、どれほど、節約できたでしょうか。 新規に参入する会社は、日系の紹介会社に頼るしかないので、頼むのだが、これらを、日系の人材紹介会社やエージェントに頼んだら、膨大な費用を請求されるが、いつまでたっても紹介してくれないか、紹介しても、ろくな人間ではないことが多い。私はローカルの人材紹介会社に頼んだ方がいいとアドバイスするのですが、それも、無理らしい。 そういう会社の人から、私のウェブ サイトを見たと言って、何とか手伝ってほしいと言ってくるのです。マネージャークラスの人探しを頼まれます。 インドネシア人の友達(過去に私が何らかの形で援助した人)に声をかけて、紹介してもらいます。メールで送ってもらい、メールで転送します。報酬を払っていないし、報酬は一切受け取っていません。それが、私のポリシーです。プライドです。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ 元のウェブ サイトhttp://otaenplaext.net/newpage0.html 新しく追加したウェブ サイト 元のウェブ サイトで開けなくなったページは、新しいウェブ サイトから開けるように追加しています。写真集が主です。 約二千円の節約のために庭の草刈りをした。 (^_-)-☆リッポチカランの新しいカラオケ 一階は日本食レストランで二階がカラオケ、三部屋あって、作りは掘り炬燵に、蒲団がかかっていない状態。カラオケの装置とモニターがなければ、日本食レストランの二階にある形式と同じです。テーブルの上に置いてあるものもレストランと同じで、端や小皿が敷物の上に乗っている。注文料理のメニューも置いてある。だから、入った部屋は日本食レストランの一室とまったく同じです。部屋は明るい。ここから、違うのは、カラオケですから、女性の手伝いを一人頼むことになります。一人、一時間、千円です。何人か入ってきて一人を選びました。それだけでいいのです。後は、リモコン操作で曲をセッティングして歌いたいだけ歌えばいいのです。飲み物や食事を頼んでも頼まなくてもいいのです。日本茶は無料です。おつまみも出されますが、無料です。私は、焼き飯と刺身セットをと頼みました。両方で600円くらいでした。写真はその様子です。彼女もお茶でした。リモコンは焼き飯の左にあるが、白ふちに四角いモニターが着いている。 約4時間いて40曲ぐらい歌って、食事をして、5千円くらいでした。彼女に10万Rpチップを渡した。 他のカラオケやマッサージはラマダン、レバラン期間中は営業しないが、ここはレバランの祭日以外は営業するそうです。ただし、女性に服装は普段着だそうです。アルコール類は原則として出さないそうです。どうなりますか。プアサ、ラマダンは7月半ば過ぎからだと思います。 私が不満に思ったことが一つだけあります。インドネシアの歌が装置に入っていないことです。それを除けば、ほとんどファミリーカラオケに手伝いの女性着きという、私にとっては理想的なカラオケです。しかし、ほとんどの日本人男性にとっては、当て外れになることでしょう。 SANSUPOの速報でチェックしていた。日本サッカーすごい。危険 奉仕 無報酬
2012.06.09
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1240 目から鱗ではなく、目から涙とともにクリスタルが出てくる少女がいる。それが、丸い形ではなく、すでに形好く、カットされた状態で出てくる。不思議ですね。記者会見で、彼女を診断した権威のある眼科医が事実を認めて不思議なことで説明できないと言っている。インドネシアは色々あるものですね。テレビが真面目に真剣に報道しているからおかしい。ドッキリカメラではない。 自分でやってもせることはできないが、マジックに決まっている。真面目に対応する学者や知識人、報道陣の姿を笑ってしまいます。いつから出だしたのか、どのくらいの頻度で、どのくらいの大きさのもので、種類はなんで、そういうことがチェックされていて、売り出されているなら、また、本当なら、少女も家族も大金持ちになっているはずです。どう見ても、裕福とは逆の雰囲気です。涙腺から、透明な涙の成分が固まって出てくる人はいる。 私は、目やにが固く固まってしまって痛みを感じることがあります。 日本でも、誤魔化しの話ならいくらでもあります。以前、超脳直でスプーンを曲げて、挙句はちぎってしまうという少年がいましたね。ユリゲラーとかいうアメリカ人の超能力と言われる技にも真剣に対応しましたね。インドの何とかいう予言者みたいな、胡散臭いやつが、握った手から、砂を出して、その技に、多くの日本人も感心し、何とか言う宗教に入りましたね。オウム真理教の麻原が胡坐をかいた状態で空中浮揚する姿を見て、世間では、頭がいいと言われていた、多くの若者が、とんでもない、ことをしでかす羽目になりましたね。 自分の頭の中では思いもよらないことは、世の中に沢山あるが、科学的に証明できないことは全てマジックです。自分の目が誤魔化されているのです。種も仕掛けもありません、と言うのは、嘘八百で、真っ赤な嘘で、全て種か仕掛けがあるのです。 本当に宝石が目の後ろで作られて、涙腺にどこから入って、外に出てくるのでしょうか。宝石の元素は?そして、その原料は、どこからどういう経路で入るのでしょうか、結晶化は超高圧と高温がなければできません。ばかばかしくて、真面目に、批判する私が変だと思う、くらいです。 超能力というのは、技です。道具は使わないで、早業だけで、人の目を、誤魔化すことができるマジシャンは一種の超まではいかなくても、能力が優れた人です。だから、あたかも、目から宝石が出たように見せる人はそういう早業を持った能力者です。 これは何だと思いますか、何に使われると思いますか、インドネシアでは手に入りません。私はこれを作ることができます。超能力ではありませんが、能力を持っています。どなたか、私もできると言う人はいませんか。日本に何人かいると思います。何十人ということは無いともいます。誤魔化しでなく、各分野で特殊な技術、能力を持った人たちが多いから、日本は技術国として発展してきたのです。インドネシアはまだまだです。 新しいテレビアンテナの取り付け、強い風で今までもモノが吹き飛ばされてしまった。新品のアンテナを買って付けてもらったが、1500円だった。 能力 誤魔化し マジック SANSUPOの速報でチェックしていた。日本サッカーすごい。
2012.06.08
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1239 ガスタブンといって青の12Kgボンベと黄緑の3kgボンベがある。三年ぐらい前までは3kgボンベは無かったが、灯油の減産により、豊富な天然ガスを使った小さなボンベに、ほぼ。強制的に切り替えた。インドネシアは、各家庭で使うとともに、多くは道端の夕方だけのテントレストラン(ワルン)やカキリマ(移動式手押し屋台)で使われる。明りと料理用に欠かせない。以前の灯油より、効率的で使いやすいので、大変好評だ。完全に灯油ランプは消えた。灯油コンロも消えた。 そして、今、その3kgボンベ用のガスの供給が間に合わなくなった。各販売店には,空のボンベが山積みにされて、その上に、段ボールに”ハビスガス“とマジックで書いてある。皆さんどうしているのでしょうか。 私は12kgボンベを使っている。3Kgボンベが売られ始めてもそのままで、交換はしていない。鉄の容器は30万Rpだったが、次に空になったボンベと中身が詰まったボンベを交換する時には3万Rpです。3kgボンベの5倍は入っている。3kgボンベは1万3千Rpだから、中身としてはかなり割安である。 そこで、誰も考えること。青い大きなボンベから黄緑の小さなボンベにガスを移して売ることです。ガソリンやジーゼルを車のタンクから2ボトルに移して、家の前で4500Rpのものを6000~10000Rpで売ることと同じことです。 どういう方法なのは、ガソリンを移すより難しいと思うが、テレビで顔を隠した人間が実際にやって見せていた。それを、2万Rp以上で売るのです。ぼろ儲けですね。 ぼろ儲けと言えば、例の水、アクアやアデスも同じことです。15L(ガロンボトルという)私は、家庭用に、1万2千Rpで買っている。標準的なサイズ600mlボトルはスーパーで平均2~3千Rpで売っている。ボトルが使い捨てでその分割高になっているのです。25倍だから、移しかえれば480Rpである。そういう、知恵が働く、業者は、ラベルやボトルのキャップやシールなどを作ることは簡単なこと、本物より本物に見えるようにして、本物と混ぜて、販売店に安く卸す。 同じようなことは、プラスチックのボトルを詰め替えるだけでなく、ガラス瓶の化粧品など各種クリームでも得体に知れないそれらしい、ねとねとした粘度のそっくりな液体を入れて売っているし、製法の紹介もしている。被害に会った女性の症状も紹介されている。 プラスチックの製品が、日系企業が買う原料のKg単価とローカル企業の製品のKg単価が同じ、ということは珍しいことではない。 何かしているからでしょうね。 誰もが思いつくことだが、それを実行する行動力というか、知恵の働かせ具合というか、完全に犯罪ですが、見過ごされているというか、アンダーテーブルを受け取って、見逃しているというか。自分たちの金もうけのためのささやかな努力というか、実に、インドネシアだなと思う。真剣なイスラム信者なら、こういうことは、許してはいけないと思うが、どうなのでしょうか。レディ ガガをやり玉に挙げる前に、撲滅しなければならないことが山ほどあって、これは、そのたった一つにすぎない。 パンガンダランのチャガールアラムを小舟で回ると、こんな風景を見ることができるとともに、大揺れに揺れます。途中で出発した海岸へ引き返したいと言う人もいます。 手品 アイディア 工夫
2012.06.07
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1238 タイの洪水の影響を受けて、各社の方向が決まってきたようです。インドネシアからも関連のある人は、現地を見て、その影響の大きさを感じています。タイへ進出して数カ月、生産体制が出来上がったばかりの工場が水没して、新品の設備がいきなり、スクラップになってしまった会社も何社かある。そして、何かするより、撤退した方がいいと、撤退してしまった会社もある。保険会社は多額な保険を払ったと思うが、進出したばかりで、保険に入っていない会社は。どうしようもない。 車の方のH社はチカンペックの現工場の敷地に生産台数を三倍にするためのライン増設のための工事を始めた。タイの洪水の影響があると思うが、この行動も、やはり、節操がないと思う。バイクの購買層より、車の購買層の方がお金を持っているからと言って、バイクと同じように頭金の最低%を増やされる可能性がある。 今のペースか、それ以上のペースでバイクと会わせて車が増えたら、インドネシア中がどうなってしまうか、シュミレーションしていると思うが、とんでもないことになるはずである。 車のメーカーも作るだけでなく、社会的責任を果たすべきだと思う。私の考えでは、運転免許証の取得制度を改善することです。試験制度を確立すること、車の構造、交通法規に筆記試験と運転の実技試験で合格した人に発行する制度です。二番目に車検制度です。今のままでは渋滞を作りやすいし、事故も起こしやすい。もうひとつ重要なことは、道路舗装の技術の向上と道路を増やすことです。技術的な協力をするとともに、資金も提供して、自分たちが道路をつくることです。社会的貢献をしながら、秩序のある車の製造販売を各社は国や行政とタイアップして行うべきです。インドネシアのような、いきなり文明が飛び込んできて、独り歩きしてしまう国には、日本のように段階を踏んで発達してきた社会が徐々にシステムを作って対応してきた国とは違います、便利な道具がどんどん生まれて、巷に広がっても、その道具を使う場所の整備が遅れている。便利な道具を作って販売する人は、使う場所の面倒まで見ることが求められるはずです。そうでなかったら、早晩、便利な道具の販売を抑える措置が取られてしまうでしょう。 メーカー同士で向きになって競争することほど醜いことは無い。立ち止まって、インドネシアという国のことを考えたらいかがでしょうか。あらゆる産業で進出して、生活を支えている日系企業は、インドネシアで何が一番必要はを考える総合的な産業を超えた企業が集まって会議を開くべきです。大使館がその船頭をしたらいいと思う。会社ごとにスンバコを配ったり、近所の小学校に、筆記用具が教科書を配ったり、ポーズだけの海岸のゴミ掃除をするだけでは、何の助けにもなっていないことは、実施している企業が、そう思いながらやっている。 経営者の皆さん、ジャカルタの高級住宅から高級乗用車の後部座席で渋滞の中ふんぞり返って居眠りしていれば、会社へ到着するという状態を本人はどう思っているのでしょうか。ただ本社の指令通りにしているだけでよいと思っているのでしょうね。産業全体が道徳の問題と環境作りの問題について会議を開くべきです。日本の大企業や大手商社や銀行は特に説教的に参加すべきです。それが、現地で世話になっている日本人の義務です。 インドネシアの代表的な果物の種類の一つです。マンガハルムマニスという種類で、高価です。 インドネシアで代表的なシーフードの調理方法の見本です。サンバルが沢山添えられていることと、野菜の漬物が添えられています。酸っぱいです。日系女性を殺した犯人が捕まりましたね。 立ち止まり 考える 速度セーブ
2012.06.06
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1237 昨日、私がゴルフをしていた場所でチカランカイという会のゴルフコンぺが、開催されていた。Yモートルグループの会です。毎月、第一日曜日です。年々、規模が膨らんできていて、当日は、一般客は予約を入れにくい状態にまでなっている。その名には協力会社の知り合いも多いので、ぼやきに耳を傾けることになる。Y社は今週、生産ラインストップだとか。他社も似たようなものだと思う。下請けはバイク向け100%ではないと思うが、それでも、バイク関係の部品の生産はストップでしょう。バイクや車のメーカーは、強気だった。インドネシアでどんどん売れるだろうからと言って、何でもかんでも,増産々々、拡販々々といって、下請け巻きこんで、無節操に競争する姿勢は、まったく、醜い。国民の経済力と道徳心とインフラの状態を総合的に考慮して、無茶苦茶な増産販売は控えるべきだと思う。それが、商売人としてのモラルだし、国や国民への貢献につながる。業界全体がそういう良識を持ってもらいたいものだと思う。国と話し合って、談合でもいいから、了解を得て、秩序ある、計画性のある生産販売をとっくに始めていなければならなかったと思う。各メーカーはインフラへの貢献もしなければならなかったと思う。道路が足りないのにがむしゃらに売るというのも変だし、小学生が何人乗りかで運転しているのも変、こういうことに、メーカーは、何らかの形で国や行政へ働きかけなければならなかった。運転モラルの指導などは、警察に協力して、各社共同で、全国各地で催すべきものだと思う。 そういう、社会への貢献をしようという姿勢に欠けていた。ただ売りさえすればいいという姿勢は、同じ日本人として許せない。今になって、頭金の増額条令の撤回を頼んでも、その根拠がなにもない。ただ売りまくっていれば、国が何とかしなければならないと思って、対策を講じることは当然である。裏金も、KPKがにらんでいるので、使えない。 最近、これも、行政の命令だと思うが、さまざまな駐車場に今まで特別設けられていなかった、バイクの駐車場が設けられるようになった。あらゆるショッピンブモールでバイクのための駐車場が設けられたと同時に、どの駐車場もバイクであふれるようになった。それまで、どこに、これだけのバイクが放置駐車されていたのかと恐ろしくなるくらいだ。 駐車場が広くなったわけではないので。その分、車の駐車スペースが狭くなった。ブロックM歓楽街が代表的な感じがする。車で来る日本人は当然、少なくなる。私も、週末のショッピングモールへは行かなくなった。駐車場が一杯だからです。しかし、これも、国として地方行政として当然の命令だと思う。 ずっと以前から、プルタミナのガソリンスタンドにはバイク専用のポンプが設置されるようになっている。車の行列とバイクの行列は、区別されるようになっている。それでも、車の行列が無い時にはバイクにも給油をする状態になっているほど、バイクへの給油の方がはるかに多い。 良い機会なので、今からでもいい、バイクや車のメーカーは販売モラルについて、考えてほしい。 http://otaenplaext.net/newpage21.html今、パンガンダランについて、最新情報に書き換えている途中です。編集中です。 家の近所の道沿いからです。どうですか、オバット クワット、興味がありますか。 ジャカルタで日系女性が殺害された事件があった。 スカブミの南、インド洋が震源地でM6,1の地震で、予想通り、スカブミの山岳地帯の家が数百軒倒壊した。今朝になって、ニュースになっている。ただし、倒壊して下敷きになっても怪我くらいで済む家の造りなので、犠牲者は少なかったようです。がけ崩れや、地滑りが民家を襲うことは無かったようです。場所はこの間スホイがぶっ使ったサラック山の南プラブハンラトゥに近い。節操 モラル 商道徳
2012.06.05
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1236 金星が黒い点となって太陽の前を横切る「金星の太陽面通過」が6日午前、日本全国で観測できる。次回は105年後まで世界のどこでも観測できないといい、今世紀最後のチャンス。先月21日の金環日食に続く注目の天体ショーに続いてのお楽しみですね。太陽観測眼鏡をまた使えますね。捨ててしまった人も多いと思うが、直接、太陽を見ることはしないでくださいね。4日夜には、月の一部が徐々に欠ける「部分月食」も観測できる。これは、直接見ていい。見上げる機会が多くなるので、首を痛めないようにしてくださいね。残念ながら、インドネシアでも観測できるはずですが、そういう情報を受けることができない。 EJIPの入口の象徴のような大看板、SANYOがYANMARに変わった。一か所にいくつかの事業所が入っていたが、正門の、向かって左がヤンマー、右側がハイアール(中国企業)に変わった。バイクの販売のための頭金の最低金額が三倍に義務付けれて、予想されたことだが、急激に販売が悪化している。聞くところによると、Y社が一番厳しいらしいが、30%以上の減産になっているという。強気のバイクメーカー各社は増産々々の姿勢を崩していなかった。協力会社にも増産に対応するように大号令をしていた。ところが、15万円位するバイクを購入するのに、1万円ほどの頭金で、月々5千円ほど払えばよかったが、頭金を3万円ほど払わなければならなくなった。この措置は、急激に増えすぎるバイクの販売を抑えるには、効果がありすぎた。月給が2万円そこそこの若者にはきつい話である。下請けの各社は全部、ずっこけている。親が30%減産なら、下請けは在庫を抱えている分、50%以上の減産を強いられている。また、今後も厳しさは続くでしょう。これを機会にバイクバブルは消滅する可能性も大きい。とにかく、誰が見たって、増え具合が異常すぎる。小学生まで何人乗りかで、走り回っているのだから、政府としても何とか対策を講じなければならないと思うのは当たり前である。私は、何度か、このことについて書いていた。バブルがはじける時期はそう遠くないと。車もそう遠くない時期に、原産の状態になることを私は予想します。こらえにこらえているガソリンの値上げもそう遠くないし、頭金の最低%も増やされるでしょう。プロモーションの一環だと思うが、TRANS7のヒタン プティという有名番組にJKT48が出演した。グローバルTV以外では初めてではないでしょうか。セロ(Cyril)という日本のマジシャンもゲストで出演していた。司会者もデディといってインドネシアでは屈指のマジシャンである。英語ペラペラで視聴者を煙に巻いていた。終始、インドネシア語の字幕が出ていた。日本語ができるメンバーが横に座っていたので、ときどき、日本語を話していたが、映画以外、インドネシアのTVで本当のまともな日本語を聞いたのは初めてである。“へーそうなんだ“などの日本語は新鮮に感じたから、不思議である。今日のゴルフで記念すべきいい加減な珍事があった。ミドルでティーショット、2打目がチョロチョロしていて、3打目はグリーンまで110m、ピンまで125mほど残っていた。ユーティリティ22度でオンを狙った。それが、ころころ転がって入ってしまった。まぐれも、ここまでくれば、感激だった。この紫の花の木、何て名前?バブル 急ブレーキ JKT48インドネシアタイム18:18の大きな横揺れを感じた。かなり大きな地震がインドネシアのどこかで発生したはずである。200kmほど南のスカブミ(といっても広い)が震源地のようです、M5,3といっていた。
2012.06.04
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1235 アメリカで松井選手の大リーグ復帰と活躍を祈っていた。縁もゆかりもない、彼だが、安い報酬でも、大リーグにこだわる彼の姿勢が好きだ。選手生命がそろそろ限界にきているのも確かだが、最後のひと花を咲かせてほしいと思う。イチローフアンには悪いが、彼の活躍はすばらしいとおもうが、姑息な感じがして好きになれない。その点、松井は小細工ができそうもないので、豪快に行くしかない。そこがいい。人生には運不運は付き物だ、彼に運が向いてくるように祈りたい。外国に住んでいると、外国で活躍している若者を応援をしたくなる。厳しい環境の中で、実力を発揮しなければならないのだから、気持ちを理解できるような気がするからだ。今回も前回のスラウェジ トゥンガラのクンダリ行きの時も、赤白の鉄塔のできるだけそばのプンギナパンに宿泊した。飛行場がある街から何時間も車で移動した場所に宿泊する時にも同じことである。とにかく。よっぽど山の中で、宿泊施設がありそうもないと思う場所以外には必ず赤白の30M位に高さの鉄塔が立っている。ハンドホン(HP)の電波中継塔です。おそらく、どこへ行っても主要道沿いの4km以下の間隔である。鉄塔同士の電波を繋ぐために、地形の複雑さを考えれば必要なのでしょう。今は主要道沿いならいつでも鉄塔が見える。そして、見える場所には、必ず、強い電波が届いている。ローディングが速い。ホテルでワイアレスランを使えるところを探す必要はない、確認する必要はない。いわんや、ワルネットまで出掛ける必要はない。日本が対応がないなどとぼやく必要はない。地元のPCを持てない連中がネットカフ(ワルネット)を利用するのは、わかるが、日本からの旅人が、ネットカフェに世話になるなどとは時代遅れです。自分のラップトップを持って行くくらいのことは旅行記や写真を保存するためにも常識である。情報を発信したり、調べたりするのにも、必要です。それほど重いと思わないし、嵩張るとも思わない。私は二台持って行きます。それに必要なのが、USBモデムです。どこの空港でも売っています。インドネシアでは一般的には一月使い放題で20万Rp(千八百円)です。これも、街中どこでも売っています。HPの販売店に必ずあります。インドネシアではプルサと言います。プリペードカードです。それを買って、店員に自分のモデムのメモリーチップに登録してもらいます。私はテルコムフラッシュを使っています。SMTPを確認して、ツール、アカウント、サーバー順でSMTPを変えておかないとメールの送信ができません。一週間のインドネシア滞在でも安いものです。ジャカルタ近郊、(ジャボタベック)は当たり前ですが、バリ島全島、ロンボック全島、ジャングルの中ではない限り、どこでもネットへの接続は速い。もうひとつのいいところは、電源を見つけることが簡単です。日本から差し込みがたくさんついているケーブルを持って行けば、アダプターは一つで済みます。カメラ、HP,PCのバッテリーチャージには不可欠です。私は安ホテルに泊まるので、電源が一か所しかなく、テレビの電源になっている場合が多い。インドネシアのケーブルを持ってゆきます。現地で買ってもいいが、家に沢山たまってしまうので、持って行くその分アダプターは日本からの器具の数だけ持って行く。大変便利になったものです。現在、グラスファイバーケーブルを各地で埋設中です。遠くない将来、全土に光通信が普及するでしょう。インドネシアですらこうですから、東南アジア、アセアン諸国はもっと先を行っていると思う。カーナビといいHPでのネットといい、全土で間もなく不自由なく使えるようになるでしょう。ネットカフは必要なくなるでしょう。段階を追って変化するのではなく、インドネシアは時代を抜き取って、一挙に現在になるのです。ヌサカンバンガンの重犯罪者が収容されている刑務所。外海へ出る手前、ずっと向こうにパンガンダランのチャガールアラムが見えて、右側の岩礁には高い波が立っている。前方から風が向かってきている。カラピアック側に大雨を降らせている豪快な雲がある。間もなく、乾季の風景である。 一挙に 時代抜き USBモデム
2012.06.03
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1234 09:00出発でチカランへ向かったが、着かれていたのか、バンドン南の高速道路に差し掛かったころ睡魔がやってきた。何回か、はっとして、キュウブレーキを掛けたり、車線をまたいで走行してしまっていたりしていた。顔に水を掛けたり、メンソレタームをかいでみたりしたが、効果は無かったようだ。しばらく、居眠り運転をしてしまったが、途中でサービスエリアに入ることができた。どういう状態で車を駐車したのか覚えていない、多分そこまで、4時間以上運転してきて、途中ガソリンスタンドに寄ったことと、ウビを買ったときにちょっと車から降りただけだったから、13:30頃だったと思う。直ぐに眠ってしまって、目が覚めたのが、なんと、3時間後の16:30だった。目が覚めて、すぐ出発し。高速道路だけを走って家に着いたのが、18:00でした。ほぼ日没の時間でした。それから、なんだかんだ、片づけを終えて、20:00には、眠くなって寝てしまった。目が覚めてしまったのが、先ほど、02:30だった。疲れていたようだ、自分では、そう思っていないが、今回の運転距離は往復の他の現地での移動を会わせて750Kmでした。ジャングルへ入ったり、海で泳いだり、小舟で何時間も移動したりで、疲れることばかりしていたが、私にとって、こんなことは普通のことで、疲れるから、大変だから。止めようと思ったことはない。しかし、今回の行動は。今の私にとっては、無茶だったことを体が教えてくれたような気がする。仲間と一緒に行動しているときには、それでも、何かあれば、彼らが助けてくれると思っているが、一人で、運転している往復時には誰も助けがいない。万が一の事故に遭遇した時のことを考えると、自分の疲れ具合に注意を払おうと思う。無茶をしているなと思う、レベルの判断基準を下げなければならないと思う。体は正直だと思う。無茶はするなと言っている。分かっている。パニック障害に掛りやすい人だということも分かっている。とのかく、無事に家に到着して良かったと思いう。 ラフレシアに会えなかったことが残念だったが、2日はウェーティングだったゴルフの予約ができたとレセプニストから連絡が入ったので、今朝のジャングル入りは断念した。 途中の風景、田植えが終わったばかりの田んぼ。全部、手で植えます。 疲労 居眠り運転 熟睡
2012.06.02
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1233 あさ07:00頃、西海岸から出発してチラチャップへ行ってみることにした。車で、マジンクラックまで行って、そこから、ボートを借りて、ヌサカンバンガンの北側の水路を通ってチラチャップへのルートでした。特に目的は無かった。一緒に行動していた三人が行ってみたいと言うから、それなら、行ってみようか、という感じ、しかし、海が苦手なアウェン君は来なかった。 このコースは私にとっては二回目だった。例の監獄の前を行きも帰りも通る。チラチャップの街は上陸して歩いたことがあるので、上陸は止めて、川(海だか川だかはっきりしない)を北上して、石油コンビナートに近づいてみることにした。パンガンダランでサーフィンをやってばかりいたり、ライフガードとして、浜辺や海を見回ってばかりいる人たちに、石油コンビナートを見せてやりたいと思ったからです。私が知る限りではジャワ島の西の端、ムラック(Merak)にエチレンなどのナフサから各種、石油製品を作るコンビナートがある。PPやPEもつくられている。 チラチャップでは原油を各種油に分ける仕事をしている。ガソリンや軽油や灯油、各種重油、ナフサなど、蒸留によって色々な成分に分けるのです。その生成物を作る各種蒸留塔と保管する円形のタンクが多くみられる。何年か前にタンクの一つが爆発炎上して、夜はきれいだったという話をされたことがあるが、表現がインドネシアらしいと思ったことがあった。 そのまま、来た道(水路)をそのまま、マジンクラックまで戻るのも味気が無いので、ヌサカンバンガンの西海岸へ寄り道をした。パンガンダランから真東に向かって二時間ほど掛けて、十数回、行ったことがあるが、マジンクラック側からは一度、試みたが、外海からの風と高い波の為に断念したことがあった。今回も行けるかどうか心配したが、何とか、2Mくらいの穏やかなウネリだけの場所がっあたので、そこを通過して外海へ出て迂回してヌサカンバンガンのお馴染みの広い誰もいない海岸へ行くことができた。ジャングルの中やパンガンダランの西海岸の波の具合しか知らない同行の若者を私が案内したようなものだった。船の持ち主も川で漁業をしている人なので、今回のルートについては知識がなかった。私の指示に従っただけである。 帰りはそのルートを逆に走るだけだったし、波乗り状態で快適だった。ヌサカンバンガンまでの波の状態はどこのコースを通っても2m以上のウネリの中を小さい船で進まなければならない、事故があって、何人死んだという話も何回か聞いている。つい、二年前にも、大きな事故があったという話は書いたことがる。実際、何人かの日本人を連れていったことがあるが、何人かは途中で引き返したことがあった。ウネリの中をゆったり上下するだけでも、恐怖を感じるようだし、高い波で船が跳ね上がったり、ドカンと落ちたりの繰り返しにたまりかねて、もう、引き返そうというのです。インド洋の日常的な大波は日本ではなかなか見ることはできないし、ジャカルタ辺りやプラウスリブへ向かう東シナ海では、この波を想像できない。サーファーが魅力を感じるわけです。 でも、私は日本人の皆さんに是非お勧めです。十何年か前に初めて行って、その魅力は消えることがない。何度行っても爽快な気分に浸れるし、安い値段で、海の幸を海岸で堪能できる。何よりも誰もいない海岸と海を一人占めした気分は最高である。ジャングルの滝壺で泳ぐのも一興だが、ヌサカンバンガンの海で泳ぐ(プカプカ浮いている)のは、ずっとこのままになっていたい気分である。 元気 ガイド 満喫
2012.06.01
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