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1354 近頃、個別にも何社かの門前が組合員によって塞がれている会社が目に付く。日本人の車が会社に駐車していない、出勤をしてきていないのです。自宅待機にしているのでしょう。インドネシア系、韓国系の会社も例外ではない。今日、ジャバベカ工業団地の周辺で、決起大会が開けれて、やかましかったそうです。月曜日から、徐々に始まって、10月3日には労働組合上部団体の呼びかけで、大規模なストライキやデモが各地で行われるという話は、以前にしたが、どこで何が起きるか予想がつかないと言うのが現状のようだ。MM2100でもEJIPでも、会社は休業にしないように通達が出ている。休みにしてしまえば、デモに参加できる人数が増えるからという理由らしい。しかし、会社は休みにしなくても、日本人が会社にいることは、避けようとする雰囲気はある。いて、余計なトラブルに巻き込まれたくないというのが本音のようだ。また、前回のように高速道路や幹線道路が一か所でも塞がれてしまえば、仕事どころか、工業団地の周辺の機能がマヒしてしまう、帰宅もできなくなる可能性がある。以前、日本から到着した日にチビトゥン辺りで封鎖されていて、ジャカルタ周辺まで大渋滞、空港から白タクに何とか乗ったが、8時間掛ってMM2100に着いたことがあった。その日は、日本からの来客も控えた方がいいし、迎えるなら、ジャカルタ止まりにした方がいいし、ジャカルタに住んでいる日本人は自宅勤務にした方がいいでしょう。 契約社員や派遣社員を減らすこと、それに加えて、基本給の大幅アップ、そのた待遇改善、の要求です。どうもよくわからないのは。日本のように労働組合組織の幹部と経営者組織幹部の団体交渉という、構図が無いようだ。経団連のような組織は在るのでしょうか、インドネシアでは、労働省と組合が交渉するようになっているような気がする。在る程度、組織だったデモやストライキがあっても、ここの会社の経営者が対応する必要は無いし、彼らの一部が乗り込んできても、インドネシア人スタッフに、任せればいいのです。 何かがきっかけで、一部が暴走する可能性もある。集団心理は怖い、一旦、暴走が始まると、制止不能になってしまう。警官も眺めているだけである。この何日かの高校生同士の喧嘩も、警察は何もしない、見ているだけである。それと同じことです。 何事もなければいいと思いますが、幾つかの会社は、バイクなどの集団に乗りこまれるでしょ。彼らに選ばれた会社は運が悪いということになる。乗りこまれないことを願うだけでしょう、 デモ ストライキ 不在
2012.09.30
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1353 GIICです。KIICではありません。双日(ソウジツ)がジョインしているにもかかわらず、デルタマスへ入ってからの工業団地への案内表示が全くない、小さな看板が始めて洗われるのは、案内と言うより道路標識、リッポチカランへの裏道との分かれ目を書いてあるだけ、そして、団地の入口と思われる場所にも、何もない。オフィスがどこにあるかも案内が無い。インドネシア企業だけなら、そういうこともあって当然だと思うが、日系企業がジョインしていて、進出する企業は日系企業がほとんどだということを考えると、当たり前の気の効かせ方が無いと思う。 今、どっと、来られても困るから、敢えて、宣伝は控えているのかもしれない、日本語ウェブサイトも貧弱で、これでは、ほとんど何も分からない。 来られても困る理由として、現在作っているチカランバラットとデルタマスの間のインターチェンジがこの工業団地の西北の入口になる。どちらかと言うと、そちらの方がメインになりそうだ。これが、進んでいるようだが、いつ完成するか分かっていない。今のゲートだけでは、コンテナトラックや大型ボックス車が出入りするには狭すぎる。既に、デルタマスへ入る車が本線上まで繋がることがある。 今はここを通り過ぎて進出しているが、二三年後には、ここへも進出して来るでしょう。ホテルやアパート、ショッピングモールの建設は三年後位から始まるでしょう。高速道路を通らなくてもリッポチカランへ行けるようになるでしょう。リッポチカランを凌ぐエリアになるかもしれないが、その可能性はある。余裕があれば先行投資の対象に入れたらいいと思う。今のところは、人手をあまり使わない倉庫に良いかもしれない。 それより、チカランへ抜ける道(Jalan Serang-Cicau)を通ってみたが、大型車は進入禁止の凸凹の狭い道です。その途中、北側に広大な工業団地が広がっていて、大型工場を幾つか建設中。ここはざっと見てGIICの半分ぐらいの面積か、デルタシリコン6や7だと思う。ヒュンダイの工業団地を通りぬけた奥に現れる。ここは、住宅地も近いし、何より、建設中のインターチェンジが近い。グーグル マップにはまだ出ていない、建設中のインターチェンジも出ていない。確認していないが、当然、繋がっているはずだ。それでなければ、新インターチェンジの意味が無い。EJIPは近いし、ジャバベカ1.2も高速道路を跨げばすぐ傍である。 EJIP,HYUNDAI,DELTASILOCON,JABABEKAの工業団地が二つのインターチェンジ脇の高架橋で円を描くように結ばれる。今は、チカランバラットインターチェンジから、はるか奥で、渋滞だらけの中でアクセスは大変不自由だが、新しいインターチェンジができれば、こんなに便利な場所は無いと思われるでしょう。その点、残念ながら、GIICはその円から外れる。デルタシリコン6、7を通って新インターチェンジに繋がると思うが、かなり先の話でしょう。二つしかないゲートに四車線になった車が、競り合って入るデルタマスのインターチェンジだけでは、デルタシリコン6,7が、一杯になってから、本格的進出が始まるでしょう。ロケーションが良くない。比較の問題です。価格については知りません。広大 需要 供給
2012.09.29
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1352 ある日本の方から、進出するに当たり、ジャカルターチカンペック高速道路沿いの工業団地の現状を教えてほしいという頼みがあった。多くの人が知っているように、チビトゥン(MM2100)が、一番ジャカルタから近く、その東の各インターチェンジに広大な工業団地がある。チカランバラット(ジャバベカ、デルタシリコン、EJIP,ヒュンダイなど)カラワンバラット(KIICほか)カラワンティムール(スルヤチプタなど)チカンペック付近(ブキット インダー、インドタイセイなど)全てではないが、高速道路から見える場所にある。MM2100,KIIC,スルヤチプタは高速道路を出ると、直ぐに、工業団地に入る。ほとんどの工業団地の様子は知っているが、ただ、デルタマスの工業団地については、持っている情報が少なかった。デルタマスに住んでいたことはあるがその当時には、まだ、その気配が感じられなかったので、気にしていなかった。高速道路から南に1Km以上なので、沿線から見ることはできない。最近、頻繁ではないが、時々、進出を決めたとか、土地を購入したとか、営業を開始したなどのニュースに触れるようになった。グーグル マップには影も形もない。そこで、どんな様子か、見に行ってみた。Greenland International Industrial Center (G.I.I.C)KIICと一字違いだ。検索すると、多分、KIICの間違いではないかと、出てくると思う。最近になって、ジャから多方面から、デルタマス(チカラン プサット)インターの手前、1Kmくらいに、GIICはデルタマスを出てから1Kmと言う看板が現れた。インターの出口は、南にしかない、そのまま、真っすぐ進むと、両側に様々なルコと分譲住宅地が並ぶ、その先に、ブカシ県の県庁、総合庁舎がある。まだ、真っすぐ進むと、間もなく、広大な荒涼とした空き地が見えてくる。ここまでが、1kmである。ただ、ひたすら広い、向こうの端が見えない。1000Haと言うから、4Km×2,5Km、何だか、それ以上に広いような気がする。その中のほんの数Ha以内で工場の建設をしている。従業員が通ってきて、稼働したり、営業をしたりしている会社は二三社しか確認できなかった。アストラ オートパーツが一社だけ目立っていた。広い道なりに1Kmほど入ると、オフィスと言う表示が無いが、オフィスらしき建物が右側に在った。しゃれたデザインである。 グリーン?確かに二年ほど前までは、丘がうねった広大なグリーンに覆われていた。牛や羊や山羊の放牧には最適な場所だった。しかし、今やブラウンランドである。乾季の今、荒涼たる大地に砂塵が舞い上がっている。雨季になれば、恐らく、ドロドロの広大な沼地になることが予想される。 新興 投資 近未来
2012.09.28
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1351 色あせた、ほころびた服装、飲み物は自分で用意して来る、キャディーに飲み物や食べ物を途中で買ってやらない、只のコーヒーか紅茶をボトルで貰う、靴は革がボロボロになっている、スティックもバッグも古い、ボールを買う時には10個の値段で一個か二個増やしてもらう、ズボンのベルトは、キャディーが支給されているもの同じで無限大の穴があいている便利なものだが、値段は1万Rp(80円くらい)、他のキャディーは私のことをケチだと言うが、私のキャディーは否定する。何故でしょうか、チップを他の人より沢山受け取っているという自覚があるからです。 そして、それだけを見れば、何故そんなにしてまで金を貯めたいのか、そんなに貯めてどうするつもり、などと、思う人がほとんどだと思うが、私を知っている人は、そう思わない。昨日の人生の先輩も、私が、何にお金を注ぎ込んでいるか知っているからです。勿論、節約旅のためにも使っている、これは自分のため。しかし、その他の大部分は、そこまで、どうしてするのと思うくらいに、他人のために使っている。それが、変な奴と言う理由の一つでもある。 出世コースに乗っているサラリーマンを止めてしまうし、順調に経営をしている会社を他人にくれてやってしまうし、挙句は、インドネシアへ希望して行ってしまうし、誰が、どう見たって、私の行動は理解できないし、変な人だと思う。70歳近くになっても、まだ、同じ調子。 あまり、言われていないが、感謝されていると思う。他人に迷惑を掛けているということは無いと思う。ただし、何人かは私の存在が迷惑で煙たいと思った人がいたはず。それはアドバイザーとして在籍していた会社の上司らしき人達です。高給取りで贅沢な生活をしていて、仕事はできないが怒ることだけは瞬間湯沸し器のような人達です。その人たちに取っては、只の変な人では済まされなかったので、追い出しにかかった。気の毒な人達でした。 私の理想は、遺産は全くない、死ぬまでに、財産は配分してしまいたい。遺産は、その月に振り込まれた年金だけ、 “無から生じて無に戻る“そういうのがいいね。 何故か、芭蕉の弟子の向井去来の別荘、嵯峨野にある落柿舎ラクシシャを連想した。蓑は無いが笠があったから。 1Lパックの牛乳、メーカーはアイスクリームで有名なダイヤモンド。80円くらいです。 便利で安いベルト。 ジャワ島のムラックとスマトラ島のカリアンダ間のフェリーがタンカーに追突されて船体が傾き、今のところ死者8名行方不明10人ほど、生存確認が217人です。島の往復、東西と海峡を南北に航行する船舶の四差路のようなところ、危険は承知の場所である。海底トンネルを作ると言う話は、20年以上前からあるが、ジャカルタのモノレールや地下鉄と同じで、いつまでたっても、前進はしない。 南ジャカルタで高校生同士の喧嘩で死者が出ている。私が始めてインドネシアへ来た16年前にも、道を塞いで石の投げ合い、番刀やゴム管を持って追いかけまわす。この風景は、ある日突然、目の前に現れる時がある。チビトゥンやタンブン、カラワンの街中で遭遇したことがある。無 変 足る尖閣諸島の領有権についての基本見解平成24年9月 尖閣諸島は、1885年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認の上、1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとしたものです。 同諸島は爾来歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、1895年5月発効の下関条約第2条に基づきわが国が清国より割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれていません。 従って、サン・フランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、同条約第2条に基づきわが国が放棄した領土のうちには含まれず、第3条に基づき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ、1971年6月17日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)によりわが国に施政権が返還された地域の中に含まれています。以上の事実は、わが国の領土としての尖閣諸島の地位を何よりも明瞭に示すものです。 なお、中国が尖閣諸島を台湾の一部と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第3条に基づき米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実に対し従来何等異議を唱えなかったことからも明らかであり、中華人民共和国政府の場合も台湾当局の場合も1970年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及びはじめて尖閣諸島の領有権を問題とするに至ったものです。 また、従来中華人民共和国政府及び台湾当局がいわゆる歴史的、地理的ないし地質的根拠等として挙げている諸点はいずれも尖閣諸島に対する中国の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とはいえません。
2012.09.27
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1350 先日 インドネシアへ見えられた私のことを気にしていてくれる人生のちょっと先輩のかたから、“お前は変わっているからな、俺に断りなしで、インドネシアへ逃げちゃって“と、言われた。その方からそう言われたのは始めてではない。年に何度も会うわけではないが、会うたびに言われているような気がする。悪い気はしない。他人と同じことをするのが嫌いだからである。人がやっているから、私もやってみたいと思うことは全くない。仕事も同じだ、他人がやっていることを、価格などの問題で、私にと、頼んできても、私はやらない。インドネシアの仕事は別だ、日本で誰かが作っている物を、現地で作ってしまうのですから、ただし、インドネシアで誰にもできない、製品だけです。そして、製造方法は、全く、私独自です。また、他人に、そう言われることがしばしばである。私にとっては、その言葉が、快感である。子供のころから、大学になっても、社会へ出てからも、経営をしていても、止めても、インドネシアへ来ても、折に触れて、”変わっているね“”変な人だね“と、言われてきた。そういう人の全ては、あなたが、あるいは、お前が”することを私にはできない“という言葉が隠れている。羨望が含まれているように思う。 どこかで、すでに書いたかもしれないが、自分にはお金を掛けない。普段履く靴は、インドネシア、バタのスニーカー。6年ほど前に買って、仕事でも、旅でも、どこでも、日本にいる時も、これしか履かない。時々、どうでもいい時にはビーチ草履である。ゴルフが終わった時にはビーチ草履です。ゴルフシューズはやはり五年前にドイツが本家のナイキ製、25ユーロを買った。ニュールンベルグで買ったナイキ、ベトナム製で、インドネシアで使っている。三回靴底がワニの口のようになったが、その度に瞬間接着剤で治して使い続けている。ズボンは16年前に日本から履いてきた物をまだ使っている。ポケットや裾はほころびて、細かい糸が綿のようになっている。ポケットの中の袋はほころびてしまっていて、間違って入れると、ズボンの中を通って足元に達する。そろそろ、自分で縫おうと思う。 ポカリスウェットは粉を買ってきて自分で作る。500mlは2千Rpでできる。それに、濃度を調整できる。ワルンやコンビニやスーパーで買えば、4千Rpである。ゴルフ場の垣根の外の店なら1万Rp、ゴルフ場が経営する休憩所では2万Rp以上である。 余談だが、ゴルフ場でキャディーに飲み物を何でも、選んでいいからと言って買ってやろうとすると、大概、1万や2万Rpのポカリスウェットを手にする。そして、それは、キャップに触ることなく、飲まないで取っておく、後で、返せば、現金を手にできるからです。そういうことを、日本人の皆さんご存じない。スダナなどは2万5千Rpもする。キャディーに買ってやれば、ひそかに、大喜びするでしょう。家賃は月一万三千円の豪邸です。運転手は使わない。日本食レストランは日本人が一緒の時しか行かない。アルコール類は飲まない。最近、家では、1Lパック1万1千Rp牛乳を一本飲むようにしている。タバコは吸わない。 日本庭園のようなゴム園、紅葉でもあしらったら日本庭園になりそうだ。 ゴムのプランテーションの向こう側にヤシの実のプランテーションが広がっている。 カプックです。綿そのものですね。変わり者 違う 独自
2012.09.26
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1349 ゴミではなくゴムの木の話。ほとんど人がいないエリアなので、ゴミは全く落ちていない。空気が澄んでいて清々しい。グリーンキャニオンのもっと西に、20kmくらい行くと、道の両側がゴム園になる。行けども、行けどもゴム園である。800Haと言うことは、道程は13kmだったので、道も両側、奥行き300mずつになる。130×6で約800である。広大なゴムのプランテーションである。1Ha、一年1tonのラテックスを収穫できるという。だから、この広大な土地からたったの600tonしか収穫できないらしい。http://otaenplaext.net/newpage0.htmlhttp://otaenplaext.net/newpage34.htmlジャカルタの近くでは、チプララン高速道路のプロワカルタを出てスバンに向かう途中の道路の両側にある。ここも広大で、道の両側では2~3Kmしかないが、奥行きは両側とも5~6kmはあると思う。ムディックの時、スバンへ行こうとしたら、その幹線道路が向こうからの一方通行になっていて、行きの道は逸れて、ゴム園の中を延々と走ったことがある。小学校のころから、ゴムの木の存在は知っていたが、実際にこの目で見たのはインドネシアへ来てからである。木に斜めに傷を付けて、そこから垂れて出てくる白いねっとりした樹脂をコップで受ける絵も見ていて知っていた。その実際を始めて見た時にはラフレシアに初めて会った時と同じくらい感激した。インドネシアなど東南アジアの各所にある風景だが、田舎、山地へ行かなければ見ることはできない。インドネシアでも同じことです。人があまり住んでいないようなところです。ゴムの木を見たくて、わざわざ、探して訪ねて行く人はいないでしょう。私もそうだ。目的地へ向かう途中で、思いがけなく出会うことがある。パームトゥリーのプランテーションも同じことです。教科書で知っているが、日本では全く見られない環境にいつの間にか飛びこんでいるのです。ちょっとした、快感です。カカオやコーヒー園に遭遇した時も同じ感覚を味わうことができます。旅の一つの楽しみでもある。楽しみ 南国 懐かしい
2012.09.25
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1348 ジョコウィさん。SOLOの現市長が、ジャカルタ州知事に、10月7日に就任する。 現州知事のファウジさん、別に何の失敗もなかったし、成功もなかった。現状維持に努めた、悪くなる速度を緩めた、それくらいでしょう。汚職などの不祥事も取り巻きを含めて、今のところ、何も指摘されていない。何故、ジョコウィさんが勝ったのでしょうか。宣伝がうまかった。そろいの柄の服を着て、足しげく、民衆の中に溶け込んで、売り込んでいた。それを、テレビで流した。中華系の人物を副知事候補としたのも、中華系が多いジャカルタには好感を持たれたと思う。大衆受け、ミーハー受けに成功したと言っていい。プロモーション、パフーマンスでの勝利でしょう。それで勝ったからと言っても48対52程度の差だったから、圧倒的というわけでもない。喜んでいるばかりでは、直ぐに、投票したことを後悔させることになってしまうでしょう。インドネシア人から良く聞かれる、太田さんは、どちらが良いですか、と。どっちが、なっても、同じでしょ。私がやった方が、良いと思うよ、と答える。冗談でなく、そう思う。公約と言うか、マニフェストでは、当たり前だが、交通渋滞の緩和、洪水の慢性化を解消する、ゴミを見えなくする、そして、貧困層に補助を増やす。第一回目の選挙運動の時の全ての候補者は同じことを言っていた。他に、在る筈が無い。今のままにしておいていいという人はいるはずが無い。何十年も前から同じことだ。別にジャカルタに限った事でもない。インドネシア全体の問題だ。歴代の大統領もどうにもならない、地方の知事でもどうにもならない。これらのことが、ここまで深刻になってきていれば、例えば、交通のことで、バスウェー、スリーインワン、トラックの進入規制など、小手先の手段ではどうにもならない、そんなことも、分かっているはずだ。会社でも、私は、1%、2%の利益改善や収率アップは難しいが、20%、30%以上なら、そんなに難しくない。と言っている。大ナタを振るうのです。そして、それに集中するのです。何かを、犠牲にすることもある。大手術が必要だが、それを、今まで、誰もやらなかった、ぜひ、南北、ブロックMからコタ、グロドック、東西、チャワンから空港、の地下鉄をつくるくらいのことはやってほしい。ゴミの焼却所もジャカルタの一日のゴミを半日で焼いてしまうか、埋め立ててしまうか、処理できる施設を作ってください。広大な土地はジャカルタの北東に広がっている。予算は、透明でお願いします。勿論、雇用の創設が伴う事だから、その点でも、公約を実行することになる。洪水、床下、床上浸水の大きな原因は、川や下水の詰まりだ、ゴミが堆積しているのです。この点でも、少しは改善するでしょう。諸問題の解消にはゴミの処理から始めましょう。それも、インドネシア得意な突貫工事でね。ジョコウィさんに捧げる。“100%勇気、もう、やりきるしかないさ!””100% asa dan keberanian, harus melakukan sampai kesempurnaan!” パンガンダランの西、50km辺り、タシクマラヤのずっと南、2時間ほど、のインド洋に流れ込む川の風景。 JKT48などは影が薄い。K-POPの人気は凄まじい、今日と明日、スナヤン,10万人収容のブンカルノ競技場で、世界トゥアーの一環として、大々的なコンサートが、開かれる。"Oppa Gangnam Style"を始め、今や、インドネシアの若者はコレア病に掛っている。 ジャカルタ ゴミ 公約
2012.09.24
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1347 世界各地でアメリカの施設への攻撃、破壊が広がっている。イスラム教預言者ムハンマドの侮辱映像に抗議するデモがインドネシアでも各地で行われている。今日はクアラルンプールでもアメリカ大使館へ向けて大規模なデモが仕掛けられた。私が思うに、ジハードの進めは、モハメッドさんがアラーが言ったことを間違えて伝えているのではないかと思う。そして、モハメッドさんは軍隊の隊長だったから。勢力圏を広げるために、取られたら取り返せ、“目には目を刃には刃を、左手にコーラン、右手に剣“というようなことを言って、兵士を鼓舞したと思う。私は子供の頃読んだ本で知った。間違いだと思った。もともと、後発の宗教だから、勢力を広げるには、他の宗教土地に侵入して奪うのですから、それを奪い返されたからと言って、仕返しというのも理屈に合わない。俺の物は俺の物、お前の物も俺の物、と言っているのと同じでしょう。アラーの神がそんなことを言うはずが無い。何か、気に要らないことがあると、直ぐにジハードだといって、相手の物や人を破壊しようとする。今あるものを壊してしまおうとする。相手が、それで、どうぞ、貴方の言う通りにしてくださいというのでしょうか。言うはずが無い。 気に入らないなら、新しいものを作ればいい。キリスト教が気に入らなかったからイスラム教を作ったのでしょ、侮辱されても自分たちの宗教の方が正しいと思っているなら、それでいいじゃないの。何も、壊すことは無い。映画でも小説でも、自分たちの宗教やモハメッドさんやアラーを讃えればいいでしょ。宗教に限らず、何にしても、何をしても、何を主張しても、批判は付き物。批判は理屈で返せばいい。そして自分が信じるものを信じればいい。 中国や韓国も同じこと、宗教ではないが、気に要らないからと言って破壊するのは民族のレベルが低い。盗んだり、偽物を作ったりしないで、自分たちで創造したらどうです。日本の製品が売れるのが気に入らないなら、もっと売れる物を作ったらどうですか、サ-ビスの精神も含めて日本から、今まで以上に素直に学んだら如何でしょうか。それを基礎に日本を追い越したらいかがでしょうか。既に、一部のことでは、日本を追い越したと喜んでいるでしょ。 開発国への援助や国際機関への拠出金などでも、日本を追い越していただきたいものです。ロシアも同じこと。 ということで、「気に入らないから壊した、どうだ、参ったか、言うことを聞かなければ、もっと、壊すぞ」と言うのは、単なる、幼稚児でちょ。「負けないぞ、それ以上の物をつったぞ、どうでしょうか、こちらの方が優秀でしょう」と言うのが、大人でしょ。今朝の東海岸と西海岸。朝食、ワルン ウンミで。テンペ主体においしかった。同じ量をお代わりした。タンパク質がいっぱい。壊さないで 作って 子供のよう
2012.09.23
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1346 中国へ行っている日本人や日系企業は大変ですね。中国人の欲求不満のはけ口に中国政府がこの機会を利用しているようだし、中国人の知識不足の階級が乗せられているようですね。日本人は、いちいち、反応しない方がいい。事実、日本人全体は冷静というより、あまり関心が無いと言った方が適切か。尖閣諸島にしても竹島にしても、国後、択捉、日本の固有の領土だという根拠を言える日本人がどれだけいるのでしょうか。歴史的経緯を含めて、私も知りません。なぜ、自国の領土だと主張しているのでしょうか。そしてそれらの島は今どういう状態になっているのか、そして、これから、日本の対応はどうするのか。そういうことも私は知らない。勿論、当該相手国にもそれを分かってもらうようにあらゆる方法で、示さなければならないはず。理論的に説得する手段を常に講じていることが肝心でしょう。困った困った、手の打ちようが無い、どうしよう、と、考え込む前に、国際司法機関にゆだねる前に、何故、自国の領土だと主張するのかを、世界中に広報してほしい。日本人が知らないのだから、他の国の人々が知るはずもない。日本の政府は、関係各国の言葉で、呼びかけてほしい。そして、対象国の主張があれば、それも公表してほしい、そのうえで、交渉に舞台に着いたらいいと思う。政府間同士では、そういうことを、過去には主張しあったかもしれないが、その内容も含めて広報してほしい。 チャガールアラムに入って、ラフレシアを探した。小雨は、時々降っているようだが、焼け石に水、ということか、ジャングルの中の沢は渇水状態、チュルッグ パナンジュン(パナンジュン滝)の水もチョロチョロで、滝つぼまで達する前に岩肌に吸い込まれるか蒸発しまっていた。乾季の終わり近くには、ラフレシアもほとんど咲かなくなる傾向にある。今回は、全く期待していなかった。予想通り、滝までの往路では、蕾が3っつだけで、それも、開くまでには二三週間かかるだろうと思われるものだった。滝の上の状況も同じだった。ところが、復路の様子はちょっと違った。今まで、出会ったことが無かった場所で、匂った。まさかと思いながら、探してみたら、在った。急斜面に張り付いていた、そのすぐ後にももう一つ在った。枯れ葉や落ち葉が敷きつめられている地面の向こうに見えた。世界中でここにしかない、パンガンダランのラフレシアの数は着実に増えている。10年以上前には、ジャングルへ入って会える機会は三分の一だった。当時は、会えれば、ラッキーだと思っていた。一遍に二つ以上に会える確率は六分の一程度だったと思う。ところが今は、必ず会える。会えなければ、ガイドが役割を果たしていない。たとえが今回も往路にあった、復路に遭った。往路をそのまま帰ってくるガイドなら見つけることはできない。花を探すというより匂いを探すのです。匂いを敏感に察知する能力も必要だ。歩いていて、すぐ見つかることは無い。匂って、方向を決めて探しまわるなだから、嗅覚が優れていなければならない。そう臭いものではない。微妙に匂うのですから。悪臭ではない。増えているのはモラル教育の成果だと思う。80年代には蕾を持ち出す犯罪が絶えなかったようです。だから、緩衝地帯を作って見張り櫓から監視したのでしょう、数年前から、監視もしていない。持ち出す人もいない。http://otaenplaext.net/newpage32.htmlhttp://otaenplaext.net/newpage33.html この中にラフレシアがあります。 民度 はけ口 不満
2012.09.22
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1345 遠出の旅に出るつもりだったが、一昨日から飛び入りの断れない用事が入ってしまって、変更せざるを得なかった。日本からの装置、機械は太田化工から離れた。インドネシアへ飛びに出発した。ということで、予定を変更して、手軽なパンガンダランへまた来ている。12:00にカラワンで用事を済ませて、そのまま、こちらへ向かった。18;00前に着いた。外は雨である。一昨日のことがまだ尾を引いている。今どうされているのだろうかと考えると切りがない。倒産した会社の一部だった、利益が上がっていた事業所の後を継いで、それも、当時の精鋭を直属の部下としたのだから、軌道に乗らないわけがない。と、言ってしまえば、誰だって、うまく立ち回ったと思うだろうが、実は、大きな困難があった。組合のことと、借入のことだった。外から見ていて、その困難さは、私には到底対処できないと思われるものだった。家族にもかなりの負担を掛けたと思う。軌道に乗ったころには次々と色々な手を打った。打つ手が早すぎるじゃないの?と、見ていたが、それぞれの打つ手が好手なったようだ。外から見ていると、あれよあれよという間に会社の規模が大きくなっていった。それに伴い、人材の募集にも先端的に手法を使っていた。当然、そこまで、大きくなると、歪も、生じてくる。この数年は、何とか、押さえこんでいるという感じで、このまま、順調に発展する気配が薄れてきたように感じていた。バブルがはじけても、10年くらいは、世間の沈み具合とは逆に,上昇傾向に遭った。世間では、この会社を注目するようになった。知名度も急上昇した。全ては、この方が主役を演じていた。私が、理解できないことが一つある。何故だ?と思う。上場を止めてしまったことです。私には株のことは分からないが、その後、この方の周囲の面々が会社の仕事を知らない人になってきた。製造業ではなく金融業に転じたのではないかと思うような布陣に鳴っていった。これは、違うのではないかと思った。朝の露店の7:00頃、賑わっている。インドネシアらしい風景。 孤立 外観 中身
2012.09.21
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1344 一日、ボーっと物思いにふけっていた。昨日のホテルの部屋へ戻る後ろ姿が焼きついて離れない。まだ、信じられない。早朝インドネシアから離れえると言っていたので、今は、どこにいるのでしょうか、中国でしょうか、日本でしょうか、それとも、他の国でしょうか。 「これからは、仕事のことを考えなくていい。世界のあらゆる動き、日本の政治そんなことも考えなくていい。全てから解放されて、一週間前から、良く眠れるようになった。色々なことを思い巡らせて、眠れない、眠っても、夢の中に仕事のことが出てきた。それが、今は、何も考えないからぐっすり眠れる。人間の脳というものはこんなにガラッと精神状態によって左右されるものかと、今わかった。太田君も、もう仕事を止めて日本に落ち着きなさいよ」 「奥さんに話したら、喜んでいた。家族一同、集まってもらった。全員で8人だ。間もなく、孫が増えて9人になる、全員に集まってもらうような、何十年もこういう機会は作らなかった。これからは、夫婦で旅をしようと思う。ゴルフも最低5年はできるだろうから、付き合えよ。お前が死んだら、俺が弔辞を読んでやるからな。」そんなことを、何度も何度も繰り返していた。死んだら,弔辞に関しては、数年前から、繰り返して言われていて、その度に、「逆でしょ」と、返していた。 とにかく、今言っていることと、本当の気持ちとは違うことが分かる。現状を受け入れられないので、心境と逆のことを何度も繰り返して言うのです。私もそうだが、本人はその何万倍も悔しいはずである。 そう遠くない時期に自叙伝をしたためるでしょう。その中には、普通の人間では思いもよらない発想と行動で会社を発展させ、従業員やその家族に安心をもたらせてきたか、そんなテーマでも話が多くなるのだと思う。 太田君のような生き方だできるならやってみたかったが、できない、性格だからな、太田君が僕のような生き方はできないと同じ事だよな。私も、そう思う。私が面倒をみることができる人数は50人止まりです。それ以内の人だったら、全員を幸福感に浸れるようにできるがそれ以上は無理だ、が、私に考えだから。 目立たないが、良く見ると、一人前の形と色合いをして、美しきひそやかに咲いている花。5mmくらいです。 現実 まさか 受け入れ
2012.09.20
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1343 ジャカルタの西、空港の手前のシラトン ホテルから23:00過ぎに戻った。相変わらずの渋滞で、私は運転しなくてよかったと思う。昨日の朝、5:30頃、日本から電話が入った。”まだ、寝ていたでしょう、御免“”明日(今日)、夕方5時でも6時でもいいから空港傍のホテルへ来てくれないか、太田君はインドネシア人になっているから、日本で会えないだろ、日本へは今度いつ帰る?“という具合。ただ事ではないなと直感した。そして、その日の夕方、インドネシア人スタッフと食事をした時に、彼らから、ニュースを聞かされた。先ほど、その方と会って、事情を伺った。心境も合わせて熱く語っていた。まだまだ元気なので、悔しさが表情にも話の節々にも感じられた。無念だと思う。かなり重要な内容だが、Rahasiaである。それまで、つらい日々が続く。人の運命は予期せぬ時に一瞬のうちに変わる、という見本のようなもの、本当に思いもよらない出来事でした。今年の末にはまた本人と一緒にゴルフを日本でお付き合いすることになる。別れ際に背中を見送ったが、やりきれない気持ちで、涙が出そうだった。 今年、3月末まで在籍していた会社の連中とは、ゴルフで何人かと付き合っているというより、私がアッシー君になっていると言った方がいいも知れない。その連中も同席した。車を置かせてもらうためにいったMM2100の工業団地の一社でストライキが敢行されていた。マヨラインダーというインドネシアのお菓子屋さんです。理由までは分からないが、ちょっと、MM2100の中でストライキやデモが伝染的に流行している可能性がある。来週末には組合上部団体の扇動でアウトソーシングに関するデモが予定されている。デモ隊の侵入される会社も何社か出ることでしょう。Bougainvillea(ブーゲンビリア) Bugenvil bunga kertas ハイビスカスとともにインドネシアのどこにでもある花です。南国のどこにでもある。一本の木から白、紫、赤の三色の花が咲いている。自然でしょうか、枝を繋いでいるのでしょうか、確かめてはいない。突然 運命 功績
2012.09.19
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1342 お金を渡すだけではだめだ。行動とお金はセットでなければならない。この前の話の続きはどうなった?と友人から聞かれる。身近にある話なので、皆さん、興味があるようだ。私が払ったお金は、領収書と交換で受け取った。その後はどちらからも連絡が無いという。どうなることやら、私からは離れた話です。“四カ月じゃ、薬だけじゃだめでしょ、手術しなけりゃだめでしょ、4ジュタ(3万5千円)くらいかかるでしょ”と、言ってくれた人もいる。私に言ってくれても仕方が無いが、“そうだよね、もっと早く、私に相談してくれたら、どこの薬屋でも、二三カ月なら、簡単に降ろせる薬を売っていて、30万Rpで充分だよ、誰でも買えるから、私も二回、買って。女性に渡したことがある”などという会話もした。女性から、金の無心の理由として、妊娠したから降ろしたい、というのは普通にある。日本人は、そう言われると、自分かもしれないと心当たりがあるので、簡単に2~3ジュタを渡してしまう。妊娠がほんとかどうかも確かめずに、である。今時のその道の仕事をしている連中は、避妊の指導を受けていて、薬なので防護しているのが当たり前、だから、そう簡単には妊娠をしないはず。だから、先ず、本当かどうか疑わなければならない。女性の方はだめもとで、何人かの男性にそう言っているはずです。貴方だけ一人ということは絶対ない。彼女に限って、そんなことは無いなどと思うのは、現実離れをした思い込みです。だから、降ろす薬を現物支給してやればいいのです。できれば彼女と一緒にいって、テストをさせたらいいのです。現金を気前よく渡して、これで薬を買いなさいなどと、渡したら、思うつぼでしょうね。家族や本人が何らかの病気にかかって、お金をほしいと言われた時は、手伝ってあげたいと思ったら、自分が着いて行って、支払いをしてやるのが一番の方法だが、それはなかなかできないでしょうから、“他の人にお金を借りて支払って、病院名や病名がはっきりしている、その請求書や領収書を持ってきたら、借りた人に、払いましょう”と言ってやりましょう。 だから、私は、身の回りの人から頼まれれば、本当に困っているなら、どんな病院へでも一緒に行ってやって支払いをしてあげます。妊娠がどうのこうのというのは、ほんの二回目にしか過ぎない。当たり前だが、他の病気で医者へいっしょに行ってやったことの方がはるかに多い。それは、従業員であったり、近所の家の子供であったり、以前私と同居していてパニック障害の時に大活躍をしてくれた女性であったり、学費の援助をしてあげていた学生であったり、いちいち思い出せないほどの援助をした。これからも、係り合いがある人で病院の費用を払えない人から頼まれれば、病院へ行って払ってやるでしょう。 医療費は保険が効かない状態で全額払っても、日本で国保の30%負担と同じくらいの価格です。インドネシアの医療費は日本の30%ということです。歯医者は別です。歯医者にかかって治療費は手伝いません。 先ほど、インドネシアの家に一時帰国をしている、静岡大学の大学院生Ya君、来年春卒業で、インドネシアの外務省勤務希望です、と静岡国際ことば学院を13年前に卒業後、静岡産業大学を9年前に卒業し、太田化工でアルバイトをしていて、インドネシアでは私の技術の一番の後継者(エンプラ押出成型でインドネシアではNO1)になっているWi君が一緒に私を訪ねてきた。二人とも過去に6年間以上日本での学費や生活費の手伝いをした人です。立派に自立していてうれしい。彼らは今、それぞれに、後輩の面倒を見ている。これは、ほんの一例に過ぎない。 Kambojaの木と花です。クローバーが見つからない、一見似ているが、全然違う。 現金支給 現物支給 直接支払
2012.09.18
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1341 ポリガミpoligami の意味を知っていますか。オリガミorigamiではありません。どちらもインドネシア語に在ります。一夫多妻のことです。オリガミは勿論、折り紙ですよ。インドネシア人の政治家、実業家、ダンドゥットゥ歌手や俳優などなど、それぞれに経済力があるとみられる人達の中には何人かの女性と結婚している人がいる。公式に結婚式を挙げ、結婚証明書も発行されている人達です。インドネシアでは私が知る限りでは、11人の奥さんと36人の子供がいる男性が、最大です。イスラムの国のどこかに17人の妻と87人の子供をもうけている人が、世界一と、テレビで紹介されていた。片足の男性で、見かけでは60歳を超えていそうだ。奥さんは皆さん若い。その人が、経済を支えているのではなく、奥さんたちがそれぞれ自立していてお互いを認めているようで、雰囲気は明るい。子供たちが大合唱で私たちのお父さんは只一人、お母さんは大勢、と歌っている。しかし、当然、男性が一番目以外の女性と結婚するには、それまでに結婚している女性の了解を得なければならない。許可の文章が必要です。それが無いまま、や、曖昧で、家庭争議というか、紛争に発展するケースも目立つ。芸能人でも誰かが入れ替わり立ち替わりゴシップが流される。女性の間でもめていることが多くて、当の男性は、蚊帳の外というケースもある。日本人の男性でも第一夫人から訴えられているケースがある。過去にも何人かを知っている。慰謝料一千万円の以上の要求は普通です。その上、生活費、養育費を月に何十万仕送りしなければならないとこになっている人もいる。出国してそのまま逃げてしまわないように、一定期間、出国禁止措置が取られている人もいる。裁判の時に数百万円の賄賂を裁判官に求められて払っても、必ずしも、その人の思うような結果にはならないのにである。日本に奥さんや子供がいるにもかかわらず、インドネシア人女性と結婚してしまった男性も、する限り、一人や二人ではない。女性の家族から交際がばれて、脅かされて、強制的に結婚させられた人もいる。本人ではどうにもならなくて、また、噂が本社にも広がって、本社の上の方の人が来て、多額の金額を払い、示談にして、本人を引き揚げさせたというケースもあった。中には、現地会社の経営を任せられている人で、会社のお金を交際費、接待費としてそちらに回す人もいる。そういう人は、仕事でなく皆さんで会食した時に割り勘だが、領収書を必ず忘れずに持って行く。経理担当者が一年以内に入れ替わる会社は怪しい、本社は見過ごしてはいけない。 日本人の皆さん、注意してください。奥さんを増やす時には現在の奥さんたちの了解が必要です。結婚しなくても浮気もばれれば大変なことになる可能性があります。インドネシア人と結婚する日本人独身男性もそう多くは無いが目立ちます。相手の女性の背後にも注意が必要です。何かもめごとがあった時に、後ろから何が出てくるかわからないし、そこまで行かないにしても。日常の生活で、家族や一族からどれだけお金を求められるか分かりません。いいように利用される可能性があることを意識しておいた方がいい。大使館からはこういう注意喚起は出されない。 と、書きましたが、現在のところ、何の問題もなく、幸せに暮らしているケースも沢山あります。色々ですね。ポリガミの日本人男性も二人知っていますが、その男性は性格が温和で、優しい。怒ることは無いのではないかと思う。 早朝の露天販売、野菜や果物、惣菜が5時ごろから8時ごろまで売られて、残ったものは、カキリマの用の車に乗せて、昼ごろまで移動販売をする。 乾季の終わりに近い頃が見ごろのFlamboyant(フランボヤン)、Flam Tree(フレイムツリー). ホウオウボク(鳳凰木)火炎樹ですね。何回か紹介しています。 ポリガミ 一夫多妻 家庭争議
2012.09.17
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1340 チカンペックのゴルフ場へ行ってきた。 土日でも予約必要なし、一人でもよし、20万Rpです。キャディは男性だけ、カートはなし、歩きです。前にも書いたが、何故か登りが多い。年寄りには疲れるコースです。水が少なくて、ボールを失くす確率が少ない。コースは短いと思う。ジャバベカに比べれば、スコアーは5ポイントほど少なく回れると思う。グリーン上の傾斜も変化が少なく、波打っていることは無いので、登りか下りかのように単純。グリーンが砲台になっていて狭いから、エッジに止まる確率が高いだけ、オリンピックの得点をしやすいと思う。 初心者、上手でないと思っている人、体力は普通だと思っている人にとって、秘密の特訓をするには格好のコースだと思う。 ジャカルターチカンペック高速道路の突き当たり付近。その手前で、ジャティルフールやバンドゥン方面には南下するチプララン高速道路になる。このゴルフ場は工業団地の一角にある。化学肥料の会社が持ち主だが、TNT火薬の製造工場が2社、隣接している。ブキットインダーやインドタイセイなどの工業団地も高速道路の南側に沿って、直ぐ近くにあり、ジャカルタからは50Km以上東になるが、最近はそこまでの途中の工業団地が一杯になってきていることと、価格が上がってきているので、スルヤチプタ(カラワン ティムール)やこの付近に進出してきている日系企業も増えている。また、MM2100やEJIP.JEBABEKAなどの工場や倉庫が満杯になってしまって、増築をこの辺りの工業団地に求める傾向にもある。この辺りは、まだまだ、広大な空き地がある。それでも。赤土を巻き上げてどんどん造成が進んでいる。ただし、この辺りに進出しようとしている会社の悩みは、工場建設準備の段階で、必要な、経理と人事総務のインドネシア人スタッフを雇うことが難しいことです。それらの人材が足りない上に、仕事場所が今住んでいる場所から遠いことです。プトゥリ マル(はにかむ若い女性)というしゃれた名前の草です。眠り草、オジギソウですね。インドネシアでは雑草としてどこでも見ることができます。クローバをいつも気にして探しているのですが、まだ、インドネシアで出会っていない。この実何の実、気になる実、果物として食べるのではなく、野菜として、マンガの熟れる前もそうだが、スライスして色々、好のみの味付けをして、煮て食べるそうです。TNT火薬製造工場だそうです。未確認、ゴルフ場の関係者はそう言っている。予約なし 安価 練習
2012.09.16
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1339 10年ほど前に同じMM2100の会社に勤めていたご婦人、デビ夫人のように、インドネシア人の軍人と東京の職場で知り合い、第二夫人として結婚し、インドネシアに住んでいる人です。私と同じ年。通訳兼秘書のような役目で会社へ入って来た。当時、すでに、未亡人になっていて、今、私が住んでいるタマン セントサの奥の方に一人で住んでいた。その人と、偶然、在るリップチカランの日本食レスタランに息子さん家族と一緒に食事に来ていた所に、ばったり会ってしまった。在ってしまったというのも、この方を仕事で頼りにする必要は無かったし、私的にも何も御世話になる必要は無かったが、私が、良いよう利用されたという印象が強かったからだ。 彼女はインドネシア人という扱いだったので、通勤の足については、会社が手伝うことはしなかった。そういう条件で採用されたので仕方がない。本社から派遣された日本人三人はジャカルタやブカシバラットに住んでいた、それぞれ車が与えられていた。私は自分で買った車を自分で運転して、ルマーアバンから通っていた。彼女はそこに目を付けた。私はチカランバラットのインターから北へジャガバカの工業団地を通りすぎて、ジャバベカゴルフへ右折する交差点も通りすぎて、間もなくクレタアピ(鉄道)ルマーアバン駅の手前に住んでいて、家からインターまでは平均15分掛っていた。彼女の家は、インターから南に向かって10分位のところでした。 私を毎日送り迎えしてほしい、と、頼まれた。会社の車でもないし、運転手を使っているわけでもないし、インターを通り過ぎて30分余計に時間がかかるから早く家から出発しなければならないし、燃料代も余分にかかるし、何より、気を使わなければならない、そういうことを、ご本人、全く気にしていないで、家が近い?から、当然だわ、というそぶり。断る理由が見つからず、引き受けてしまった。帰りも送ることがほとんどだった。約二年間彼女に使われたという気持ちだった。 その間、ちょっとでも遅れれば、夜更かし、夜遊び、云々を言われるし、当時は煙草を吸っていた。彼女がのっている時には禁煙を言い渡されていたが、家から途中まで煙草を吸っていて、吸い終わってから、車の窓を全開にして匂いを消したつもりだったが、彼女が座るなり、“たばこを吸ったでしょ、臭いわよ“と言われた。そうかとおもうと、家についても彼女が外にいない、どころか、時間を5分過ぎても出てこない。ドアを叩いて呼んだら、しばらくして、今、起きたばかりという、凄まじい形相の本人が、”御免なさい、寝坊してしまったわ”ということも三回あった。車内の温度は彼女が仕切った。急ぎたくて、ちょっとスピードを出せば、“乱暴な運転は止めて“と、言われるし、”前の車に近づきすぎるわよ”と言われたり、帰りに車に乗るときに、“車の中が熱いわね”と言われたりしたこともある。“あんたと運転手じゃないから、乗るころになって車の中を冷やしておくことなんかできないよ“まるで、彼女が雇った運転手だと勘違いしているのではないかと思うほど、躊躇なく思ったことを言う。 毎日朝夕で待ち時間を含めて一時間半の私にとっては無駄な時間をストレス付きで使わされた。もう一つ、彼女の化粧の匂いが私にとっては、耐えがたいものだった。厚塗りから発する臭いは、多分、彼女が煙草の匂いを嫌う以上に、耐えられないものだった。 そういうことを一言も言えずに、耐えていた。二年間の契約切れで、会社から去っていた時には、本当に、安どした覚えがある。 そういう人に、懐かしいわね、と話しかけられて、名刺をちょうだいと言われたので、作り笑いをしながら、名刺を渡した。三日後に、「懐かしいかった、一緒に食事をしながら、お話しませんか」というSMSが入った。その日は都合が悪かったので、その二日後なら、会えるかもしれないと返事をした。その当日の朝、「足が無いので、私に家まで18:00に迎えに来てほしい」と、SMSが入った。それを読んで、お会いすることをお断りすることにした。“昔と変わらないな、待ち合わせレストランを指定して、自分はオジェックでもアンコッタでも乗ってくれば、誰にも負担を掛けさせないのに、もう一つ、私に日本食レストランへ連れて行ってもらい、費用は私負担で行こうと思っている”と、思わされた。”話をするだけなら、また、迎えに来て、というなら、自宅でお茶でも飲みながら話をしたらいい “とも、思わされたからである。サンパイ クテム カパン カパン サジャと、いうことにした。サンライズ、サンセット、東海岸と西海岸、どちらがどちらでしょうか。 匂い 負担 ストレス
2012.09.15
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1338 “お腹の子は降ろしたいという気持ちは変わらないね、薬で降ろすのか、手術のようなものが必要なのか、婦人科の診察を受けて、どちらかにして、すっきり、問題を消すなら、話をして、費用を負担してもらうように言うから”そうすると言うので、本人に電話を入れて、了解を得た。母親のことや家族のことは絶対頼まないと約束させた。そして、問診票を書かせ、誰が支払うかも書かせて、“どういう子だから降ろしたいと正直に言うように”と念を押して、婦人科へ行かせた。私は、そこら辺りで待っているのもどうかと思い、話が終わったら、SMSで知らせるように言って、車まで戻って待っていた。一時間待っても何の反応もない。一時間半後に“まだ、三人、前にいるから、診察室に入るのに、30分以上かかる、太田さんもこちらへ来て、一緒にいてほしい”と言ってきた。後三十分なら良いだろうと思って、婦人科の待合室に行ったら、若い夫婦が三組まだいた。待ち時間がまだ、長そうなので、受付の看護婦と何となく話をした。プアサの一カ月は他の時期より、子供ができる行為が盛んになり、レバラン明けから暫くして、多くの夫婦が妊娠の確認と今後の予定の相談に多く来るのだそうだ。インドネシアでは、毎年、ラマダンから10か月の一月間が、出生が多くなるのだそうだ。プアサの時は、昼間は飲まず食わずだが、夜は飲んで食べて、あれもして、何のための修行か。ということで、待ち時間が長い。結局、一時間待ったが、まだ診察室から呼ばれない、冷房が効きすぎていて、寒くて仕方が無い、たまりかねて、その控室から出て、外の通路で待っていた。それから、30以上過ぎて、彼女が出てきた。“降ろすのはいつ”と、聞いたら、“言えなかった”という返事、“痛みの状態を話しただけだった”という、薬は痛みの原因を直すためだ“という。その診察料と薬代、合計70万Rpを払って出てきた。”約束の行動と違うから、貴方の問題はこれからも続く、これからのことは、面倒を見ない、今日で、関係を切るように、本人にいうよ“と言い渡して、彼女をコスまで送った。彼女も、それでいいと言っていた。何も、私の後輩が面倒を見なくても、張本人のインドネシア人が面倒を見なくても、他にも色々な男性が周囲にいて、彼女は彼女なりに切り抜けるでしょう。いちいち、女性からの頼まれごとを、まともに、受け入れるのはどうかと思う。この後、彼女と彼の間がどうなろうと、私がとやかく言うことではない。知ったことではない。土曜日のゴルフは風邪を引いたおかげで、体が重く、歩くのが辛かった。 自然発火か意識的に誰かが火を放ったのか、高速道路の両側は雑草が焼かれた跡が続く。スラウェジの北東端、マナードの東、タンココ自然国立公園にいる、世界最小の猿、“タルシュウス”と言います。夜行性で目が印象的、手のひらサイズです。 http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0041.htmlhttp://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0405.html信じない ほどほど 不真面目
2012.09.14
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1337 “風が吹けば桶屋が儲かる“ではないが、”後輩がカラオケへ行けば私が風邪をひく”先週の金曜日、前の会社の50歳くらいの後輩から相談があった、というより、頼まれた。“カラオケの女の子が、自分が、お腹が痛いから病院へ行きたい+母親が病気で病院へ連れてゆきたいから、3ジュタ(約2万5千円)を貸してくれと言ってきた。詳しいことを聞きたいが、私には、聞けないから、手伝ってほしい“そんなのは、ほっとけ、まともに聞く必要はない、他の日本人にも、同じようなことを言っているはずだから”と言ってやっても、本人、どうも、すっきりさせたいらしい、そして、納得できれば援助してやってもいいようなことを言う。そこで、私に彼女から電話させた。直接本人から聞いた話では、ラマダン前からお腹が痛くてラマダン中にバンドゥンの実家へ帰っていたが全然治らない、母親の病気も本当で、長く続いている。その治療費も稼がなければならないから、レバランが終わって、戻って来たという。“そんなに続いているなら、直ぐ、病院へ行こう、お腹の検査をしてもらうから、何も食べないで、3時間後(17:00)にシロアムの玄関で待っていてほしい、支払いは私がするから”そう言って電話を切った。彼女が日本人の私を見つけてオオタか、と言いながら寄って来た。話があると言うので、駐車場の車の中で話を聞いた。“妊娠4カ月だと”切り出した。“父親は分かっていて、インドネシア人で、何度も電話で連絡を取ろうとしても、自分の責任ではないと言って、逃げてしまっている。住所や勤め先はわからない、お腹が痛いのは、病院へ行くお金が無いから、自分で降ろそうとして、ジャムーや薬草水を飲んでいるからで、全然聞きめがなく、4カ月になってしまった”続く。世界一の汚染水の水量が五分に一位になって、汚染濃度が5倍になっているカリマラン川。 MM2100に久しぶりに言ったら、カワサン ブルイカッ(保税地区)の金網塀がなくなっていた。スギティとホギーを遮断していた塀が取れ、そのずっと先の突き当たりになっていた塀もなくなっていた。広い一本道が何の障害もなく使えるようになって、非常に便利になったと思う。パラマウントベッドとハイモールドが一番遠く奥だったが、今は直ぐ近くになった。両者の先の塀がなくなれば、もっと便利になるのに、そこだけ残っているのは変だと思う。 塀 嘘 内緒
2012.09.13
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1336 久しぶりにMM2100工業団地へ行ってきた。チカランに住んでいると、ジャカルタどころかチビトゥン、MM2100でも行きたくない。帰りが渋滞で大変だからだ。過去一年分のインドネシア関連の写真をPT.P.BEDの来年のカレンダー用に置いてきた。10年続けたが、今回で終わりにしようと思う。ほとんど、種が尽きたという感じがする。それに、すでに膨大な写真数になっていると思う。仕事の話は無である。リアウ州のビンタン島へ行った時でした。バタム島から船で夕方5時ごろ到着した。ホテル勧誘の車に捕まって、そのホテルまで送ってもらう途中、運転手が“ミスター、その筋の女性が大勢いる部落があるから、そこへ寄って、気にいった子がいたら、一緒にホテルへチェックしんしたらいい”という誘いがあった。どういう所か、興味があったので、案内してもらった。タンジュン ピナンの町を外れて、郊外へどんどん行く、その二車線道路から外れて、一車線の舗装されていない山道に入る、丘陵地帯で木は一本も生えていない。間もなく、それらしき、ケバケバシイ色に塗った建物が両側に並び出す。家の前には得体のしれない女性が皿を持って食事をしていたり、赤ん坊をあやしていたり、単に物思いにふけっていたり、気だるい雰囲気をしている。一軒の馴染みの家なのでしょうか、運転手が、ここで、中の女性を選んだらどうかという。外はまだ明るいが、中に入ると暗い、真ん中に通路がって両側に部屋が続く、一部の部屋の前に女性が立たされていた。一お通り見て回るまでもなく、暗いのにもかかわらず、ろくな女性がいなかった。シンガポールやマレーシア人はこんな女性の中から選んで連れ出すのだろうかと不思議に思う。別の建物にも連れて行かれたが、同じようなもの、結局、最初から、そのつもりだったが、冷やかしで終わった。その店というか家の前に“CAFEなになに”という看板が出ていた。その部落だけでも20軒以上あった。そういう部落が他に三か所あるという。街中では禁止されていて、離れた丘陵地では公認というか、保護されているそうです。観光客を呼び、外貨獲得の大きな手段だからだそうです。この話はほんの一例に過ぎない。インドネシアでCAFÉという看板の家は店という雰囲気は無い、全てがその筋の家です。女性を提供する家です。住み込みでいます。全ての都市、町、観光地に在ります。チカラン付近で知られているのは、デルタマス辺りのカリマラン川沿いと、高速道路のチビトゥンを出てすぐ右に曲がったカリマラン川沿いにある。いずれも、日本人が寄れるようなところではない。色々な意味で危なくて仕方が無い。カフェは日本のカフェとは違う。カラオケも日本のカラオケと違う。マッサージも日本のマッサージと違う。それらはすべて、その筋の専門施設です。多くの日本人はお世話になっていると思う。くれぐれも溺れないように。病気を貰わないようにほどほどに。日本で言うカフェはインドネシアでは、ワルンかクダイ ワルン(kedai Warung)でしょうか。一般の人はアルコール類をたしなむ習慣が無いので、日本の居酒屋とか一杯飲み屋とは違うし、屋台(カキリマkaki llimaのようなもの)でも酒類はない。日本人が一杯飲みたい時には日本食レストランで、が一番多いと思う。欧米風のレストラン、ホテルのレストランを使うでしょうか、私には縁が無いので憶測です。日本で言うカラオケは、ファミリーカラオケかカラオケクルアルガ(KARAOKE Keluarga)と書いてあります。大変増えている。アルコール類は用意してありません。インドネシア語と英語の歌しかないので日本人で行ったことがあるという人に遭ったことは無い。私は、イヌルフィスタという有名なファミリーカラオケに二回行ったことがります。日本で言うマッサージはピジッ(pijit)かピジャット(Pijat)と書いてあります。田舎の道沿いでも、その気で注意していると、看板が頻繁に出てきます。ただし、ホテルで出前ピジッを頼むと男ですか女性がいいですかと聞かれることが多い。女性だと価格が倍以上になるので、色々あるようだ。これらのこと全てに例外は在ります。カフェ カラオケ マッサージ
2012.09.12
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1335 何か月ぶりでしょうか、夕方、30分ほど雨が降った。屋根に積もった埃を洗い落した。十数年前も今も同じ風景。いや、むしろ、人間が増えたことやプラスチックが増えたことで状況は酷くなっている。 ゴミと山羊や羊の関係。都会も田舎も同じです。工業団地も高級分譲住宅地も中級も低級も違法バラック住宅地も全て同じです。流石にジャカルタの中心ではほとんど見られないが、中心を除いて地域には当たり前に在る。ゴミ入れは大小に関係なく、溢れていて、その容量の倍以上のゴミが周辺に散乱している。プラスチックの袋は破られていて、中身が散乱している。一般的には、放たれた山羊の幾つかのファミリーで餌をあさり歩く、彼らには、決まった時間とコースがあるらしい、飼い主が一緒のことは無い、飼い主が、毎日の彼らのスケジュールを教え込んでいるのです。その通りに食事をして回るのです。イスラムでは豚は食べてはいけない、その理由は、不潔な動物だからと説明する人がいる。腐ったもの不潔なものを食べるからだという。こんなん風景を見ていると、山羊だって同じじゃないかと思う。 だが、このゴミの溢れた場所は、至る所にあるわけで、そのゴミを当てにしているのは、山羊や羊だけではない。犬や猫、アヒル、ネズミ、などの動物だけではない。人間様も袋を担いだり、木箱の車を引っ張ったりして、ゴミを捨ててある場所を定期的に回って少しでもお金になりそうなものを集めて回る。段ボールを捨てておけば、一時間もしないうちに消えている。プラスチックのボトル、ガラス瓶、金属の缶、日本では分別して、それぞれの容器に捨てるものです。これらも、直ぐ消えます。プラスチックの袋を破るのは山羊だけではありません。人間様が破るのです。発泡プラスチック容器も回収の対象です。 工業団地の廃品回収に関しては、その筋のマフィアが幾つかのグループに分かれて、支配しているのは多くに人は知っています。業者を変えたり、ほかの業者も入れあると、たちどころに、正門の前にゴミを撒いたり、木箱を積み上げたりして、出入りを妨害されます。今でも、時々、やられている会社を見ます。山羊や羊とその飼い主はその組織には入っていないが、巷のゴミあさりの人達もそういう組織とは無縁ではやっていけない。集めた再利用できる廃棄物は、その筋のルートで洗ってそのまま利用されたり、紙やプラスチックの原料になったりする。 私はゴミ回収費用を毎月400円ほど払っている。分譲地の事務所が週二回各家庭ごみを回収することになっている。木箱のトラックが回っているのをときどき見る。各家庭の前の明らかにゴミとして捨ててあると見える物は持って行く、その、場所を掃除するわけではないので、破られた袋から散乱したゴミはそのままにして、プラスチックの袋ごとその中に若干残っている物だけが持って行かれる。多くの本当のゴミは散乱したままになる。 私はそれを嫌って、プラスチックの袋を厳重に縛り、結び間を下にしてもう一枚のプラスチック袋にいれる、それの結び目を下にしてもう一枚の袋に入れてきつく縛る。プラスチックに袋を三重にしている。流石に山羊の歯でも、破れない。人間も結びを解いて中身をチェックする人はいない。だから、私が出したゴミだけはしっかり丸い形で残っていて、時が来れば、トラックが持って行ってしまってくれている。頭に来た人間の仕業でしょうか、時々、丸い袋が置いた場所から離れた場所に放り出されていることある。そうするのは、私だけです。おかげで、家の前のゴミの置き場所を掃除する必要はほとんどなくなった。 グライ ハロ テルコムセルのサービス店ゴミ 回収 山羊
2012.09.11
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1334 日本は戦後いち早く復興し、世界銀行からの借金も新幹線建設まででした。その後は、中韓、東南アジア諸国へ莫大な資金援助や技術援助をしてきた。韓国もその対象の一つだった。国連などの各種機関への出資金もアメリカに次いで多額である。金額にしたらどうでしょうか、侵略時代の賠償をいくらと決めてしまうより、はるかに、高額な援助をしてきたと思う、今も、継続している。その為の多額な税金も納めた。それで、帳消しにしろ、とは言わないが、その国のトップの立場を擁護するため、目をそらす目的の日本バッシングはやめてほしい。護身のための妄言は慎んでほしい。その国民にとって、大きなマイナスでしょ。某国の大統領はやめた時から、何らかの犯罪を追及されるのが当たり前になっているようだ。 ところで、インドネシア人の韓国人は日本人に対してどう接しているかというと、少なくとも、表面上は今まで通りで、普通である。特に、何かを、意識している封は見られない。取引に影響は無い。友人は友人だし、普通はふつうである。そりゃそうです。政治と経済は切り離しているし、これからも、繋がりは、お互いの必要としている。事実、本国でも、経済界、産業界からは日本を刺激するような発言は無い。それらの業界の人は、日本語堪能な人が多い。日本で日本語を勉強した人も多い。日本人の親切さを身で感じた人も多い。彼らは、お国の発展のために日本語で会話することが、必要だと、思ったからです。そして、一部の業種だけではあるが、日本を抜き去る実績も作ったのです。それが、真の常識人でしょう。 日本人には体当たりして相手を倒したり怪我をさせたりしてまでも勝ちたいという気持ちは無い。ラフプレーで相手をやっつけたからと言って喜ぶようでは国として幼稚。日本が各国に援助したように援助ができる国になってなじめて始めて一人前の国になったと喜んでほしいと思う。拠出金や援助金、技術援助などなど、日本と肩を並べ、追い越してから、喜んでほしいものです。それには、他人に優しい民族にならなければなりません、色々頼まれて、それに答える国になってほしい。どうでしょうか。できますか。別の話だが、ゴルフ場で韓国人と日本人の違いは、おおきく分けて三つある。一つは、仲間同士の会話の声が大きい。目上の人に対する挨拶が丁寧、私には大袈裟に見える。二つ目は、日焼け止めクリームを丁寧にたっぷり塗る。半そでのTシャツだが、長袖の下着を着るか、腕を覆うだけのバンドのようなものを付ける。長ズボンをはいている。三つ目は、青ティーグランドからスタートする。日本人は、白からスタートが大部分、腕を覆う人はほとんどいない。会話の声も控えめ、クリームを塗る人は少ない。 ビンタローBintaro マンガMangga フランボヤンFlamboyant 、インドネシアの代表的な木です。 一人前 対等 紳士的
2012.09.10
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1333 もう、五カ月も雨が降っていない地域が在る。インドネシア中各地で雨乞いの儀式が盛んに行われ出した。60何年前、もっと以前のことは、韓国人は無視できないという気持ちは分かるが、現在の韓国の技術は、日本の資金や技術に依るところが最大だという事実も、否定できない。なんだかんだと言っても、今でも、韓国の産業は、肝心な部品や製造装置を日本からの輸入に頼っている。韓国の方が大幅な貿易赤字です。それらの部品の輸入をやめたら、ほとんどの産業で、物作りができなくなる状態だということも否定できない。また、日本の企業をリストラされたり、早期退職したりして、韓国企業を手伝っている人も多い。その人たちは、日本並みの品質で物作りができるように指導していることも否定できない。何かにつけて、ヒステリックな言いがかりをつける韓国に対して、彼らの企業を手伝っている日本人は、やめてほしいと思う日本人は少なくないと思う。そういう、負い目があるから、韓国は日本に追い付け追い越せで、日本を無視できないが、他を見る余裕がなく、日本だけを意識して見ている。しかし、彼らにとって肝心な日本は、韓国をワン オブ ゼムにしか見ていない。だから、なお、韓国人はいらいらする。頭の上をブーン、ブーンと舞うような蚊のようなもの、全く、わずらわしい。そう思う日本人も少なくないと思う。両国のスポーツの試合でも、どう見ても、韓国人の方が暴力的に接して来る。応援の雰囲気も、日本以外の国との試合と明らかに興奮状態が違う。親日派と思われる韓国人を犯罪者扱いする国の雰囲気を異常と思わないのでしょうか。中世良^ロッパの魔女狩りの世界です。ここに至っては、韓国を情勢を気の毒に思うばかりです。外から何を言っても解決しない。自分たちで気付いてほしい。日本人と同じレベルで話をしましょうよ。そんな昔のことで、恨み辛みを言っていても仕方がないでしょ、こだわってばかりいたら、いつまでたっても、韓国の人は日本と対等な意識ないでしょ。踏切で遮断機が上がった瞬間です。踏切の上は一車線しかないが、その一車線に向けて90度以上の角度から割り込みあいである。その中にバイクも参加する。チカラン トレーディング センター(TCT)の前、歩いて道を渡るには一旦、道の中央のちょっと高くなっているところまで渡り、車が来なくなるのを待つ。両方の車は、その中央ラインギリギリのところを走ってくる。ちょっとで、足を踏み外したら、大変なことになってしまいそう。人を見ても止まってくれる車は絶対無い。ジャバベカ2のちょっと奥の方、RS,HARAPAN KELUARGA(ルマーサキッ、ハラパン クルアルガ)の通り、06:00頃、ちょうど日の出の時でした。 頭上の蚊 足元のゴキ わずらわしい
2012.09.09
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1332 プロワカルタのセメント工場に呼ばれていって来た。こんなところでも日本人が手伝っている。ジャティルフール ダムの北の山は石灰岩でできている。ミニミニ桂林と言ったところでしょうか。セメントの原料は無尽蔵に在りそうだ。この辺りの土の色は、ジャカルタ、ブカシ、カラワンの真っ赤な色とガラッと変わって白になる。川の水の色も濁った汚いチョクレート色から、うっすら白みがかった透明になる。 最近、知ったことがある。インターネットの接続、30日10万Rp(850円くらい)でできます。ダウンロードの速度も大変速く感じる。USBモデム telkomsel frashを使っているが、今までは20万Rpだとばかり思わされていて、プルサというカードをその価格分買って、その店で、モデムの中のチップにカードの番号を入れて、テルコムイセルに送信すると、確かに受け取った、いついつまでの30日間フリーで接続できますというSMSが入って、操作を終わる。ところが、先日、プルサを売っている店でその操作を頼んだら、店員ができなかった。単に携帯電話のプリペードカードとしての操作しかできない。フラッシュにいてはやったことがいから、知らなかったという。携帯電話と同じようにやっただけだという。3か月前に一度、失敗したことがあった。違う店だったが、20万Rp分カードに入れてもらってたが、使えたのはたった1日だけだった。その時にはそれ以前に入れても貰った店で20万Rp追加で入れてもらって、1カ月使えるようになった。そういうことがあったので、今回は、確実に使えるかどうか、店の人も保証できないという。されなら、最初から、やったことが無いからできないと言えよ。でした。 送った20万Rp分の番号を取り消すことができるらしくて、それなら、番号は取り消すから、払わなくてもいいという。それならそうしてほしいと言って、番号を抜いてもらった。その店の前の道を挟んで向こう側に、グラリ ハローという。テルコムセルの何でも出張相談のような店があった。そこいって、事情を打ち明けた。いきなり、キャッシャーに行けと言われた。プルサを買うならキャッシャーで売っているという。 そのカウンターへ行ったら慣れたもの。10万Rpでいいという。30日、使いたい放題なら、10万Rpだという。10万Rp払ったら、その人が、私のチップを自分の携帯電話へ入れ替えて、どこかへ接続した、直ぐに、その携帯電話に、30日使えるよというメッセージが送られてきた。それを私見せて、この通りですから、何日まで使えますよと言ってくれた。家に戻って早速使ってみたら、速い。20万Rp入れていた時より速い。 なあんだ、最初から、知っていれば、専門の店があったんだ。町中至る所にある、携帯電話の店の大部分は、ネット接続の方法を知らないことが分かった。スカルノハッタの空港の荷物が出てくる場所に在る店も、たまたま知っている店員ないればいいが、知らない人に当たる確率が高いのでご用心。 ということで、日本なら一カ月五千円以上かかるが、インドネシアでは八百五十円で使えることが分かった。最近はどんな田舎の旅先に行っても、赤白の鉄塔が見えるところがある。そこなら、ネットに繋ぐことは簡単。パンガンダランも十年ほど前は携帯電話の電波もなかったが、徐々に鉄塔が増えて、死角がなくなって、半島のジャングル(チャガール アラム)の中でも接続できるようになっている。 ほとんどの日本人はケーブルランやワイアレスランで接続できる場所にいるし、電話回線でも接続できる場所にしかいないので、そのありがたさは知らないと思うが、私のように一般インドネシア人と同じ家に住んでいると、電話線がきていない無いし、ランの電波もないので、USBモデムを使うしかない。そしてそれは、多くの日本人ができない強みで、地方へ行ってもネットに接続できるということです。携帯電話で接続できるが、それは、字が小さくて、ボタンも小さすぎて、私には読めない、書き込めないので、意味が無い。 目から鱗 ガッテン どこでも
2012.09.08
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1331 KIICの工業団地へ行った帰りに、カラワンの町へ向かって、二つの川の水量をチェックしてきた。工業団地から出て北に向かう、高速道路の陸橋を渡ると、間もなく、東に曲がるとスダナゴルフ、西に行くとカラワンインターナショナルゴルフ、南に曲がるとカラワンバラットのゲート、北に御向かうとカラワン市街地へ行く。私はコタ カラワンへ向かう。直ぐ、カリマラン川の橋を渡る。 そこから、2Kmほど行くとチタルム川の橋を渡る。そこは、もう、国道のすぐ手前です。西に向かえばカラワンの町の中心がまじかです。チタルム川はカラワンの町をかすめるように流れている。私は、町の方ではなく、西のチカランへ帰る方向を選んだ。国道に出る。途中、チタルム川が北の南シナ海へ向かうので、国道の下の流れに出会う。旧道と鉄道と新道の橋が接近している。 そのまま西に向かえば、コタ チカランに達するが、手前のルマーアバンという駅の傍の踏切を渡って、南に向かう。その道は道なり行けば、ジャバベカゴルフ近くを通って、ジャバベカ1とジャバベカ2の工業団地の間を通って、チカランバラットのゲートを右に見ながら通り過ぎれば、タマンセントサに至る。カリマラン川は、スルヤチプタ工業団地辺りは高速道路の南側だが、スダナのゴルフ場辺りでは北側になっている、そのまま、ずっと高速道路に沿ってジャカルタ方面へ向かっている。ジャラン カリマランは川の土手通りである。カラワンバラットブカシバラットまでずっと続いている。だから、東西の主要道路はジャラン ラヤとジャラン カリマランとジャラン トールの三つです。三つしかないと言った方がいい。余計なことだが、ジャラン カリマランにはその手のカフェが多い、知る人ぞ知るである。 チタルム川はジャティルフールから北に向かい、直ぐのカリマラン川が西に分かれる。本流は北に向かい、コタ カラワンまで達する・町では西に向かい、過ぎてから北へ向かう。北カラワン、北チカランそして北ブカシまでひたすら北西に向かい、南シナ海へ出る。そして、河口からは、北ジャカルタのタンジュウプリオク港が近く見える。この川の役目はジャティルフールダムの水位コントロールに使われる。雨季に水位が上がり過ぎると、過剰な放出によって流域は洪水になる。水門が何か所かって、毎年、洪水の場所を意識的に変えている。乾季には水を流さないので、干上がってしまう。また、カラワンを過ぎ、北の方は広大な田園地帯です。その灌漑用水として、また、飲料水として大きな役割を持っている。もう一つ忘れてはならない役目は、日常性格に欠かせない、洗濯、食器洗い、風呂場、トイレです。もう一つ重要な役目がある。それは、ゴミを捨てて流してしまうことです。カリマラン側は灌漑用水の比重より工業用水に使われる。その他は同じ役割をする。流れはどちらが上流かわからないほど、緩やかです。世界一水質が悪い川と言われているらしい。しかし、政府も地方も気にしていないようです。びっくり 日常 役割
2012.09.07
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1330 ジャワ島の西海岸の町、チャリタやアンニョール、ムラックの漁民は出漁を控えている。アナック クラカタウからの灰がうっすらと積もっている。タンクバンプラフはまだ入山禁止が続いている。また、昨日の朝、東ジャワのバニュワンギ近くでM6,5の地震があった。被害はほとんどなかったようです。Krisis airクリシス アイル、が、どんどん各地の深刻さが増している。酸欠で死んだ魚を食べて集団で中毒になった地域もある。給水車も出ているが、その水の奪い合いで警察が出動という地方もある。それにしても、バケツやプラスチック容器に収まる水より地面に吸い込まれる方が多いんじゃないのという、給水の仕方をしている給水車が多い。こぼれた水を逃がさないように、ある程度大きな平たい箱のようなものを用意しておいてその中にバケツやプラスチック容器を並べて給水したらいいと思うのだが、貴重な水がもったいない。給水車はそのくらいの備えをしてほしい。インドネシアで作っていた私が使う装置の一部が届いた。インドネシアには無い製品を作るための装置で、うまくできるかどうかは、やってみないと分からないという代物だ。一発でうまくいくとは思っていないので、二三カ月の試作期間は覚悟している。写真は二つの装置だが、何をしようとしているかは、押出しの専門家と自負する人でも分からないように肝心なところは写していない。ということで、速度は遅いが、進んでいる。 ジルバブ(スカーフなどで頭を始め顔の周囲を見えないようにする布)イスラム教の小中学生は制服として女子は必ず付けるようになっているらしい。高校生になると制服に含まれているが付けない子が多くなっている。独身の女性に関しては、田舎より町の女の子の方が着けなくなっている。学校へ行くときだけの話で、学校でなければ、着けないのが普通です。仕事の場で禁止することは難しい。職場によっては、現場作業者のジルバブのデザインを統一するために着ける人には支給している会社も多い。帽子を義務付けている会社もジルバブを禁止できないので、着ける子は帽子をかぶらなくてもいいという会社もある。独身の時には着けていなかった人も結婚したとたんに着ける人がほとんどである。夫の方からの要求があるらしい。被ってさえいれば、誠実に見えるのでしょうね。他の男にちやほやされる可能性が無くなると思うのでしょう。ジルバブファッションショーが在るくらいに、デザインや色はさまざま、巻き方、付け方もさまざま、昔、相当古い話だが、“君の名は”の映画で岸恵子が着けていたマチコマキはジルバブの巻き方を知っている人が考え付いたのではないかと思う。私の印象だが、ジルバブをいつも着けている人がジルバブを取ると、なんだ、と思う人が多い。ジルバブを着けていなかった人が着けると、印象が良くなる人が多い。若い女性で、容姿に自信が無い人の方がジルバブを付ける割合が多いと思う。自信がある人は隠したらもったいないと思うのでしょう。 もったいない 水飢饉 準備中
2012.09.06
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1329 こちらは火山性微動の話である。Tangkuban Perafu タンクバンプラフ、午前中、ジャカルターチカンペックの高速道路沿いで、ゴルフを楽しんでからでもその日の内に行って帰って来られる観光地、スバンとバンドゥンの中間にある火山です。年に何回か、火山性微動が激しくなって、入山禁止になります。2日の朝から入山禁止になっています。欧米からのインドネシア縦断トゥアーでは必ずと言って良いほど寄るので、寄って門前払いに遭い、悔しそうに、文句を言っている風景が報じられている。バンドゥン南でガルットの西にあるパパンダヤンは入山禁止が3カ月以上続いている。スラバヤ南のブロモ(ジャティン)山も今は解除になっているが、しばらく、登山が禁止されていた。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage027.html http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page005.html数日前から、火山性微動が激しくなり、漁船や航行する船には警戒警報が出ていた。今朝、ジャワとスマトラの間の海峡にある、そのアナック クラカタウが再び噴煙を上げ、活発に火山活動をし出した。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage035.htmlhttp://otaenplaext.net/newpage25.html チタルム川、カリマラン川の水源の一つで、カラワン、ブカシ、ジャカルタの水瓶、ジャティルフールの人工湖の水位も、通常より8m以上水面が下がっていると報道されている。スマトラの北部を除いて、今やインドネシア中が水飢饉に陥っていると言っていい。写真は通常の様子。天変地異とは別に、中部ジャワのSolo(そろ)、ブンガワンソロのソロです。安全で、静かな町として知られていて、日本人観光客もジョクジャカルタとセットで訪れる古都です。なんと、先週末にテロリストに警官が射殺されたという事件があった。一味の二人は射殺されて、今は、落ち着きを取り戻しているが、その犯人像について現在、背景などを追及をしているところです。たまたま、この時にソロへ訪れた日本人もいたのではないでしょうか。何が目的だったのかはっきりしない。ジョコウィさんというソロ(スラカルタ)の市長がジャカルタの州知事に立候補していて、先月、選挙が在って、過半数を超えた人がいなかったので、今月、確か、20日?に決選投票が行われることになっている。現州知事ファウジさんとの一騎打ちです。選挙運動を見ていると、テレビに露出する回数が多いのは、ジョコウィさんだし、顔も、温和で、民衆受けがしそうだ。始め現職が一回で過半数を取るのではないかという予想を覆して、一位の43%獲得で決選投票に持ち込んだ。そんなことも、今度の事件に関係があるのではないかと言われているが、結局、ウヤムヤになってしまうのがインドネシアでしょうか。異常気象 異常地異 異常テロ
2012.09.05
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1328 分からないことがある。地震が起きる原因についてである。当たり前のように、同じような絵が示されて、大陸の端の海の中で片方の地面が動いていてもう片方の大陸側の地面の下に潜り込んでいることを表している。大陸側の地面が一緒になって沈み込み、限界に達すると跳ね返って元の状態に戻ろうとし、その跳ね返りで地震が起きる。非常に分かりやすい説明ですね。そして、そのとき地下の岩盤が、断層面を境にして急速にずれ動くために地震が起こるのです。既存の断層を動かしたり、新たに断層をつくったりするこのような動きを断層運動と呼びます。だから、日本国中至る所の活断層や断層があるのです。ここまでも、分かりやすい説明です。分からないのは、ここからです。海ではなく陸地で起きる地震については、陸のプレート内部で断層運動が起こると陸域の浅い地震が発生します。断層運動が地震を起こすと説明されていて、それだから、活断層があるところでは周期的に地震が起きる。説明は矛盾しませんか。地震によって断層運動が起きる。その断層運動が地震を起こす。と、言っているのです。内陸にトラストのような沈み込みと耐えているプレートが在るという説明は全くありません。唯一フォッサマグナなどの構造線と言われている線では、事実、内陸部で震源地の地震が起きています。群発地震も起きています。火山性地震なら話は全く別で、それなら、原因は分かります。 断層や活断層にあらゆる方向から圧力がかかり、そこら辺りのどこかがその圧力に耐えられなくなったときに活断層が一番、動きやすいということは分かるが、その圧力はどこから来るのでしょうか。そのことをはっきり説明されていない。色々なことが在って、はっきりこれとこれだとは、言いきれないのでしょう。結局、原因は分からないということらしい。なかなか、理屈で説明できないのでしょう。 内陸部で新たに地割れが起きたり、段差ができたり、何メートルもの段違いができたり、そして、活断層がなお、ずれるのは結果であって、原因は地震なのだが、その地震はどうして起きるのかわからない、というのが、私の納得できることです。 だから、活断層を避けるのは震源地になるからではなく、地震が起きた時に段差ができる可能性がるからでしょう。しかし、活断層でなくたって、何もなかったところが地割れをしたり、段差ができたりするのだから、活断層を避けるのは気持ちとしてわかるが、それ以外のどこでも危険には変わりない逆に言うと、どこでも同じ、もっと、言えば、どこでも同じ程度危険だし、同じ程度、安全だともいえる。 安政の東海地震から、160年ほど過ぎているから、いつ来てもおかしくないと、言う主張も分かるが、私が経験した地震で震度5以上の物が幾つかあった。その度に歪は緩和されていると思う。だから、その度に大地震が送るときが先送りになっている。震度5が、一回で10年先送りになるとすれば、50年以上は先送りになっているはずです。そういうデータは無いのでしょうか。何を言っているのかわからないでしょう。屁理屈でした。パサール イカンの前で地曳網を引いている。海岸が無いので道路で引っ張っている。どうですか、この魅力的な波、サーファー、ビーチボーイにとっては、魅力的でしょ。乗合観光トラック、観光地へ向かうこういうトラックは普通に在ります。震源地 マントル 沈み込み
2012.09.04
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1327 ブンガワンソロという歌のインドネシア語歌詞そのままに、ムシン クマラウ(乾季)には、見渡す限り水が干上がる。今のインドネシアです。各地で水不足に陥っている。洗いもの、水浴、トイレ全てを川に頼っている生活をしている人達が多いので、深刻である。雨期になるまで耐えるしかない。日本人が住むような住宅地やアパートでは感じないでしょうが、一般家庭では水の出が悪くなっている。給水制限をしているのです。もともと汚い水が蛇口から出てくるのだが、なお、色が悪くなっていて、朝晩、水を使う時間には私の家でも水が出なくなる。トイレの水用にバケツやマンディの水をためるところには水を、夜の内に、一杯にして置いている。ムンチャリ バカッ(Mencari Bakat)という、番組がある。インドネシア中の芸能的に才能がある人を発掘する、番組です。アメリカン アイドルをまねしたインドネシアン アイドルというタレント発掘番組があるが、歌手発掘専門です。そして、歌がうまい人が選出される。容姿は二の次で選ばれるようで、この番組で優勝は何以下に入っても、その後、歌番組とかドラマなどに使われる人はほとんどいない。どう見ても、アイドルという感じではない人が上位に入っている。選定基準を変えた方がいいと思う。一方、ムンチャリ バカッの方は、歌ばかりではない。歌でもダンスでも何かの演奏でもいいから、タレント性がある人が上位に選ばれる。その人の見かけも審査の重要な項目になっている。対象も子供から中年まで幅が広い。アイドル風もいれば、これからアイドルになりそうだというのもいる。よって、選ばれた人達は、後にもどこかの番組に登場しているのをたびたび見ることができる。その代表がプトゥリ アユという女性歌手です。間もなく、今年のムンチャリ バカットというオーディション番組が始まる。ゴルフ場の風物詩、池や川で落ちたボールを探している人がいる。長い間水に浸かって足で探っている。一個、いくらで引き取ってもらえるのでしょうか。垣根の外の店では白と黄色は十個で五万Rp(約四百円)オレンジは8万Rp(七百円くらい)で売っている。白いキノコ、何種類かのキノコが雨季や乾季のシーズンごとに突然、頭を出してくる。名前は分からない、食べられるものと、毒キノコが在るらしいが、私には分からない。食べられるキノコは、枯れ葉、落ち葉等を掃除する女性たちが、摘んで行く。嬉しそうにかき集めている姿をときどき見る。番組 風景 アイドル
2012.09.03
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1326 日本人にとって触れられたくないと思うことを書く。今日は関東大震災が起きた日、それを、防災の日にしたのです。それすら知らない人が多くなっているのに、当時の朝鮮人虐殺については、知っている人はほとんどいないと思う。当時の政府を始め軍隊、警察全てがこのことを隠匿した。直後から今まで、また、これからも、日本のマスコミで触れることは全くないと思う。ずっと、日本全体が暗黙のうちに封印してしまっているのです。今や封印などしなくてもその封があることを知らなくなってしまったのです。地震の特番をしても、その直後の東京と神奈川の境目辺りで主に起きた事件です。相当、残虐なやり方で、千人以上の朝鮮人(当時はそういう言い方をしていた)を虐殺したのです。理由は朝鮮人が日頃の恨みをはらすために、放火をして回ったり、井戸に毒を投げ込んだりしているという、噂が広がったからです。その噂が広がる手段は、いったい何だったのでしょうか。マスコミ報道機関や電話、交通往来全てが完全に機能を失っているのにもかかわらず、隣近所の口コミでしょうか、どんどん、不安が不安を呷ったのでしょうね。恐怖の反動から、無差別虐殺に至ったのでしょう。止めなければならない官憲もどちらかというと、加担したのだと思う。結局、軍が制圧して事態は収まったが、その詳細について政府や地方官憲が調査をした形跡が無い。詳しい調査資料が残されていないのです。この事件について、実際には無かったし、本当の被害者は日本人だったという説も説く人もいるが、これも、強く否定するには当時の資料にそれを裏付けるものは無い。一定の期間ごとに、韓国側から、日韓関係を危うくするテーマが投げかけられる。今、また、日韓関係が近年になくギクシャクし出した。日本人に対する恨みつらみは、何も知らない日本人が増えているのとは逆に、根が深くて、減ることは無いのです。日本人が否定したり、おおげさだと言ったりしても、韓国人の感情の高まりを抑える効果は無いどころか。逆に、過去の日本の行為を風化させてはならないという心理をかき立てるだけです。60何年以上前に日本人がした行為は、中国や朝鮮半島人々に多大な迷惑をかけたことは間違いない事実です。日本人はその事実を背負って、これから、何百年でしょうか、両国と付き合わなければならない運命にしてしまったのです。それほど、日本の軍国主義は日本にとって重い負担を残してしまったのです。それらの国の自己努力が大きいと思うが、その後、日本から資金や技術で大きな手伝いをしたこと、それによって、色々な国が自立できるようになったことも間違いないのですから、いつまでも、そんな昔のことで、謝れ、謝れと責めないでほしいと頼むしかないでしょう。韓国も中国も国内事情があって何年かの間隔で国民の関心を日本へ逸らす手段を使う。そんなことから、暴走する民衆も出てくる。その国の政治家に操られないでほしいと思う。実りは何もないでしょ。既成事実や実効支配はどちらも変えられないと思っているのですから。声高に言う必要は無いはずです。 朝鮮人虐殺の話は小学三年の夏休みが終わるころ、今から58年くらい前に、父親から聞いた話です。第二次世界大戦の前から、終戦後まで(1938~1948)、父は、軍人ではなく、電気技術者として、静岡県蒲原の日本軽金属に勤務していた。アルミニュームを作る工程は電気分解そのものです。重電電気技師は最重要技術者ですから、戦争に引っ張られることはなかった。戦闘機などの素材を作るのですから、軍関係の人物とも親しかった。その環境で知った話として、関東大震災直後こういう事件が在って、軍が鎮圧をしたとい歴史があったことを知ったそうです。当時は極秘情報だったと言っていた。子供心に日本人は酷いことをしたんだなと思った。インドネシアへ来たこともそういう話が影響しているのです。 インドネシアの田舎の道路風景、ジャワ島の南海岸に付かず離れずの道路が多い。溶けず 解けず 説けず
2012.09.02
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1325 地震や地質学者が警告や予測と被害程度を言い始めたのはいつごろからでしょうか。そして。その予測は、地質の調査の結果から推測したのではないと思う。起きた地震の規模や回数、深さに良いって、物質的、人的にどれくらいの被害がもたらされたかのデータと歴史学者によって場所や規模や被害程度が明らかにされている、そのデータを組み合わせて予測したと思う。地質学や地震学ではなく、推理統計学の範疇に入る。地震でなくても、あらゆることを予測する学問です。だから、こういうことは地質学者や地震学者でなくても、私でも、起きてしまったことのデータですから、分析するほどのこともなくて,ざっと、データを眺めれば、予測はできる、それも、余計な情報が無いので、純粋に予想ができる。昨日書いた東海地震の確率も過去のデータを知っていて私なりに確率を出したのです。過去と言ってもたかが二三千ほど前からで、それ以前の何万年ということになれば、大きく変わっているかもしれません。本当に、曖昧だとは思います。過去も今も、その程度の曖昧さでしか予想できないのです。権威と言われる人も私も同じレベルです。事実、当たっていないのだし。現在は護身のために大袈裟に言っておけばいいという心理になっていることは間違いない。活断層?活断層と単なる断層と何が違うの?どちらも、日本国中、縦横無尽にあるのは当たり前の話です。あそこにもある、ここにもある、あそこにもあるかもしれない、ここにもあるかもしれない。そんなこと、言ったって仕方がない。何に役立つの?在るからって、どうなの?もう、変形した痕跡でしょ。これから、もっと変形するというのですか。何ミリでしょうか、何メートルでしょうか。それが日本国中にあるということは、日本国中にその断層を作った地震があったという証明に過ぎない。そんなのことはどうでもいいことでしょ、断層の話をしなくても,日本人のほとんどが、日本国中どこで、いつでも地震が起きても不思議はないと思っている。活断層が震源ではないらしいし、活断層がずれて地震になるのではなくて、近くで起きてその揺れによってずれるのでしょ。それに、結局、活断層の上に建造物が在れば、歴史的にみて。100年以上ずれていなければ、規模はどれほどかわからないが、地震が近くで起きれば、段差が増す可能性があるということでしょう。“地震予測とは関係ない。そこに建造物を作ろうとする人がその線から10mほど避ければ何でもないことです。大丈夫です。その為に活断層の位置を知っておくことは必要でしょう”ということを、断言できないのは、“何もなかったところに段差ができることの方が多いらしいし、何千年も動いていないので活断層と言われていない断層が活断層に再びなる可能性もある”からです。どこ作っても、地震が起きれば、足元がずれる可能性は在るのです。日本国中、絶対、ずれないと言える場所は無いのです。 だからと言って、人間一生の間に一度だけでも直下でずれる経験をする確率は少ないし、二度などと行くことはゼロに限りなく近い。山岳地帯の稲作、稲刈りの後。 カプック(綿の木)。ゴムのプランテーションの若木。護身 活断層 地震
2012.09.01
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