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1140 静岡の家に落ち着いた。一カ月ぶりである。孫たちは学校や幼稚園へいっていて、いたのは妻だけだった。寒さは出発したころとちっとも変っていない。厳しい一か月が予想される。花粉症も心配だ。 税関チェックで確実にバゲジを開けるように言われると思っていたが、何の要求もなく拍子抜けした。多分、いつも開けさせられるテーブルで先客がチェックされていたためだろうと思う。こんなことなら、もっと沢山詰め込んでおけばよかったと思う。 チェックインカウンターでいつものように座席を32Dにしてほしいと注文したら、今日は空いているから、そんなに後ろでなくて26でも眠れるよと言われ、それに従った。なるほど、4座席ぶち抜きで完全に体を伸ばしてゆっくり眠ることが出来た。空いているといっても、両窓側は二人並んでほぼ満席だった。そのほとんどはバリからの若者だった。だから、ジャカルタから乗る人は当然窓側に坐ることは難しい。黙っていても、真ん中の座席を取るしかない。それが幸いにも真ん中が空っぽの上にジャカルタから乗る人は少ないのでゆっくり眠れる席を取ることができるのです。 バリからジャカルタ経由で日本へ帰る若者は、ジャカルタから深夜になり日本へは朝になる事に気を使っていないのです。それにジャカルタから乗る人が少ないことも考えの中に無いのです。だから、真ん中で寝ることなど全く考えていないのです。だから、真ん中の座席を取ろうとしないで、窓から外の景色を見ることができる窓側に集中するのです。私、お爺さんには、それが幸いしているのです。インドネシアへ向かい便は昼間ですから眠る必要はないが、やはり、お爺さんは、出来れば、ゆっくり横になりたいのです。 一カ月ぶりにバスタブに浸かったが、ゆっくり、のんびりというわけにはいかない。孫二人が先を争って風呂場に飛び込んできた。はしゃぐ二人の相手をせざるをえない。ったくもう!! トラックの写真はインドネシア、ホームレスの写真は日本税関 出国 熟睡
2012.02.29
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1139 改めて、私のWeb siteのタイトル、Enpla Ext Indonesiaについて説明しておきます。Engineering Plastic Extrusion Molding Indonesiaの略です。Engineering Plasticエンジニアリング プラスチックとは一般的に汎用樹脂と言われる、ポリエチレン ポリプロピレン、塩化ビニールなどより工業用品、部品に使われる高機能樹脂の事を言います。いろいろな物性が汎用樹脂より優れている部分が在り、それを利用して特殊な場所に使います。例えば、あれ程度高温に耐えるとか、摩耗が非常に少ないとか、永久帯電防止剤を添加しやすいとか。自己消化性だとか、そういう物性を持っているので価格は高くなる。また、成形性が悪くなり、難しい。Extrusion Moldingというのは押出成形のことです。断面が均一で引っ張って長いものを作り、それを巻きとったり、一定の長さに切ったりする成型方法のことです。パイプやチューブ、シート、丸棒,板を作るのは押出成形です。 メジャーな産業ではなく、縁の下で支える目立たない仕事ので、なかなか、知られることはない。仕事量も少ない。エンプラの押出成形ができる人は日本でも大変少ない、インドネシアでは未だに日本人では私しかいないはずです。という理由で、このタイトルは変えていません。東南アジでも私一人といえるかおもしれません。インドネシア人では何人か育っています。 チケットを今日の便に変更して無事スカルノハッタ空港に到着している。19:00に会社からタクシーに乗れば普通なら20:30に空港へ着く。出発時間の3時間前である。そのつもりで18:30にチカランの家をでた。昨日は高速道路に乗れなかったし、ジャラン、カリマランも車が一杯で身動きできなかった。いくら道の詳しい私でも、こんなに、アチコチが詰まっていてはどうにもならなかった。今朝、会社へは何事なく来たが、高速道路のチカラン ゲートに入ってすぐデルタシリコンからの入口と合流する場所のデルタシリコン側の盛り土が決壊して濁流が流れ込んだ。盛り土の修理をしていた。おそらく、そこが、冠水した跡だと思う。繰り返す可能性は十分ある。とにかく、インドネシアは何が起きるか分からない。何が起きてもうろたえてはいけない。何とかなるものだと私は思っている。 15年インドネシアにいてゲートが閉鎖されたのに直面したのは初めてでした。何故、ゲートを閉鎖しなかったのだろうかと思わされたことは二回あった。一回は大暴動の時、二日後にジャカルタへ向かったが、ゲートは開かれていた。ただし、料金所には人がいなくて無料でした。二ドリアン回目はチャワン付近が冠水して通行止めになった時でした。この時も通行止めだが行きたい人は行けといった感じでゲートは開いていた。料金は只だった。その時の冠水の深さは50cm程度でキジャンは問題なく通過した。 渋滞場所で売るためのタフゴレンやナンカなどの果物の小さい包みを沢山届ける人。ドリアン食べ放題。開いたとたんに四方からさっと手が出てくる。一時的 帰国 無事
2012.02.28
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1138 午前中のゴルフは雨季の晴天で空が澄み渡り、大気汚染物が洗われて日光の紫外線が、乾季の時より強い。だから、じりじりした暑さきびしかった。ところが、今、16:00頃、荷物の準備をしていたが、カミナリ混じりの豪雨が吹き荒れている。肌寒い。雨季は一か月以内に終るが、二月から三月にかけては一年で一番の洪水の時期です。途中の道路が通行できなくなっている可能性が在るので、23:30のフライトだがチカランを18:30に出た。ところが、高速道路のジャカルタ方面のゲートは全部×印、ゲート閉鎖である。それでも、ゲートの行列の後ろに着いた。30分くらい動かないでいた。他の車はUターンするかジャカルタとは痛い方向に向かった。会社のセキュリティに電話して19:00に予約したタクシーが着いているか聞いたら、着いていないと言う。タクシー会社に私のHP番号を教えて、私に直接、連絡するように頼んだ。19:30頃タクシー会社から電話が入って、タクシーも渋滞の中で身動きが取れなくなっているから、どうしますか、だった。これから何時に閉鎖が解除されるか分からないし、空港行きをあきらめた。タクシーをキャンセルした。明日に変更するしかないと決めた。20:00前に家に戻ったら、タクシー会社から電話が入り、チカランとMMの間の高速の下を流れている川が先程の雨で氾濫して、高速道路が洪水になって通行止めになっていると親切に連絡が入った。ブルーバードタクシーです。 今回、到着した日はデモで封鎖、出発の日はバンジールで閉鎖、余りにもタイミングが合いすぎるのではないか。一日インドネシア滞在が伸びた。ま、いろいろあるものです。 新しい仕事を引き受けないこの会社の押出部門からきれいさっぱり遠ざかることができたのは半分私の道が開けた。それにしても、この会社においてお付き合いした会社は少なかった。そのお客さま方には大変お世話になりました。多くはマクタという会社からでした。それらのお客さんには今後とも個人的にお付き合いは続くでしょうし、何かにつけて相談に乗るだろうし、もし、今の会社が出来ないという新しい製品が有れば補完的にお付き合いもするでしょう。インドネシアにいる限り、今迄の全てのお客さんを見捨てることはありません。アフターサービスが必要ならいつでも現れます。230円の朝食です。ミーアヤムにおにぎり、コーヒーや紅茶付き。家の前の大雨。まさか 洪水 氾濫
2012.02.27
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1137 日本へ到着したころまでに治ればいいと思っていた風邪は、夜中、咳と鼻水で全然、眠れなかったが、明け方になって、そろそろゴルフに出かけようとしたころ、鼻水は完全に止まっていた。熱も平熱に下がっていた。痰が若干ひっかっていたが、ほとんど風邪は治ってしまったようだ。ゴルフは、たまに咳をするだけで普通に出来た。驚くほどの薬の効き目である。あれほど、どうなってしまうだろうと、不安に思っていたのが、半日で消えてしまった。薬を飲むのは止めた。三分の二の薬は残ってしまった。500円以下の薬で治ってしまったことになる。冷蔵庫に保管しておこうと思う。今日のゴルフ場で私たちを手伝ったキャディー達とハーフを終ったあと無料のコーヒーと紅茶のサービスしてくれる。プラスチックのコップにシロップや氷と共に希望者に提供される。私は、500mlの空きボトルに紅茶とシロップを入れてもらうことにしている。そんな人は他にいない。日本へ持ち込む金型の修正が終りヒーターと共に手に入れた。今回はその他にも近い将来、インドネシアで使う金型の一部も完成させた。それと、今迄の会社に持ち込んでお客さんの期待に答えようと提案した押出機や引取機それに押出機に着く金型などの二ラインと補助押出機が結局、認められなかったので、個人的に、それらの今後の置き場所に日本から輸出するための段取りについても話し合った。また、その日本からの装置だけでは不足の装置の見積もり依頼をした。見積もりが入り次第、注文をして4月末~5月中旬までには試作ができるようにする。目論む製品は多分、現在の日本とインドネシアでは無いものです。原料から開発しなければならない。最期の道楽の準備を着々と進めている。大部分は私の自己資金から支出するが、趣味もインドネシアなら安く済む。面白くないそうだ。 ついでに、インドネシアのプラスチック押出成形のコンサルタントも開業しちゃおうかなとも思っている。材料に依るが、パイプやチューブ、波板やシート、袋、それほど難しくない異形、これらを作っている会社は掃いて捨てるほどある。イエローページのプラスチック押出製品の項を開けば、それは、はっきりする。ある工業団地などは袋を作っている中小企業が数十社纏まっている。しかし、作りやすい材料だけである。私はそれらの掃いて捨てるほどの押出成形屋が出来ない製品を見込みがあれば出来るようにしてあげたい。 効目 準備 希望
2012.02.26
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1136 タンバルバンはどこへ行ってもある。エアーコンプレッサーが目印です。500m毎以上にあるので競争が激しくなる。大都市では、仕事を増やすために、釘を撒き散らす奴が多くなっている。その釘を1m程の幅の磁石で路肩を歩いて釘を取り除いている警察公認の仕事をしている人もいる。話しを聞くと元釘撒き現行犯で逮捕された人達で、どういう釘が刺さりやすいとか、サイズに依って何m先でパンクが分かるとか、その筋のことに詳しい。今のインドネシアの会社の仕事は今日が最終日でした。厄介物の半分が無くなった。26日真夜中のフライトで日本へ発つ。そして、日本の会社へ28日から出勤する。残りの半分を消すためです。インドネシアへは4月初旬に戻って10日過ぎに新しい職場の労働ビザをとる為の依頼を懇意にしているエージェント、スンチンさんにした。その会社のインビテーションレターを受け取るだけです。今は、人に依ると、大卒でなければならないとか、60歳以上はダイレクター出なければならないとか、インドネシア語が在る程度話せないといけないとか、イミグレの担当者に依って、うるさいことをいう人がいるらしい。私の場合は、全部クリアーしているし、非の打ちどころがない。エージェントも楽である。三日前から風邪を引き始めた、今がピークで喉は痛いし、鼻水タラタラだし、咳きも大きな音でしている。熱で頭がぼーっとしている。帰りがけに薬屋(アポテック)寄って、薬剤師に薬を処方してもらった。アンチビールス、鼻水を減らす、喉の痛みと咳をへらす。三種類です。それぞれの袋に何のためか、飲む回数、飲むタイミング、それからカプセルかタブレットかの区別が明記してある。最長で5日間で無くなる。5日で必ず治ると言われた。インドネシアでもらったビールスはインドネイアの薬でなければ治らないと言うのが通説です。日本から持ってきた薬は効きにくいと言われている。値段は全部で千円ちょっと、日本の医者や薬代、あるいは、薬屋で買う風邪薬に比べれば遥かにやすいと思う。日本へ帰って直ぐ治るでしょう。ちょっと、栄養を付けるために道端のカキリマでゴレンガンを買った。テンペ、シンコン、タフ、サユール、ウビを5個ずつ買った。全部で25個です。何がなにか分かりますか。いくらと聞いたら、しばらく考えているふりをしていたのでしょう。1万4千Rpといった。あれ、と思ったが、安いからまあいいやと思ってその金額をちょうどで払った。一般的には全ての種類が同じ値段になるようにしてあって、個数を掛けるだけです。この合計金額からすると、一個560Rpになる。そんな半端な値段は聞いたことがない。皆さんと分れる気持ちは全くなし、必ずまた会えるから、ちょこっと個人に挨拶して回っただけである。まだ、本社にいるのだし、出張でいるくるかわからないし、4月からはインドネシアへまた赴任してくるのですから、顔を見たい時はいつでも見ることができる。元気 離別 再会
2012.02.25
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1135 インドネシアでは外国人に取っては要求がうるさいが、インドネシア人なら何でも許されると言うところが在る。特に当り前の一般人ならまったく目を付けられる心配がないところがある。最低賃金を守っているかどうか、排水のデータ管理をしているか、騒音や排気ガスが管理されているかどうか、工業団地内の企業は厳しくチェックされているが、巷のローカル企業はそういう事の知識も必要なし、チェックされることなどあり得ないからです。MM2100のルコにも銀行、両替、レストラン、商社、旅行社、ホテル、運送業者などが入っている。それらの大部分は日系企業そのものか日系企業へサービスを提供している会社です。其の中に明らかにローカル会社の鉄工場が在ります。鉄パイプ、Cチャン、Lチャンの切断や溶接や組み立てをしています。その隣はインドネシア大手銀行のMM2100支店です。給料日ともなればATMに長蛇の列ができますが、鉄工場の仕事は黙々と進行している。銀行のセキュリティが鉄工場の前に立っていた。 私が目を付けていたルコもジャバベカゴルフの近くで、ゴルフ場が近くていい。既に空きが少なくなっていて、そのうち二つのユニットではインジェクションの機械が稼働していた。勿論、ローカル会社で電気の事や水の事を聞ける先駆者がいることが頼りになりそうだった。昨日決めた処が無かったら、そのジャバベカゴルフ近くのルコに決めていたでしょう。 私の装置を日本から送る先(仕事をする場所)はリッポチカランモールの裏のヒュンダイ工業団地の外です。出退勤にジャラントールを使わないのも魅力の一つでした。 今朝はラッキーだった。朝、車に乗ろうとしたらパンク状態が目に入った。家まで戻って夜の内に空気が抜けたのです。どこか道端でなく良かった。何十回とタイヤの交換はしているので、特別なことではない。タイヤをはずしてスペアーをはずそうとしたら、スペアーが外せない。ボルトで支えを持ち上げて固定してあるがそのボルトが私の力では廻すことができなかった。しょうがないからパンクしたタイヤをタンバルバン(パンク修理屋)へ行って治してもらうことにし、道の向こう側にたむろしているトカンオジェックの一人にいってもらった。30分ほどして戻ってきて、彼がタイヤも取りつけてくれた。こういう時、手伝いを頼めば直ぐやってくれる人がうろうろしていることはパンク修理屋が至る所にあるのは便利だと思う。横っぱらの下の方がへこんでいる。中学生が運転していたモートルがどうしたのか斜め後ろから突っ込んだ。自分が悪いと思ったのでしょう。大丈夫かと聞いたら、大丈夫といって、逃げるように立ち去った。それで構わないが、もし、その子が大怪我でもしていたら、こうはいかない。病院へ運んで、多分、治療費も出すことになるでしょう。それでも、それで終わりです。警察沙汰になるとしたら、その子がひん死か死亡の時だけです。群衆に取り囲まれるが、目撃者がいるので危害を加えられることはないでしょう。それより病院へ運ぶのが先です。 自由 投資 手段
2012.02.24
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1134 ある会社のトップと私がその会社の中で自由に仕事ができることで合意した。4月の中旬からその会社に赴任することになる。その前に装置、設備の輸入と私の就労ビザの収得の段取りをする。そして、今の日本の会社とは契約期間終了の3月末でお別れをする。延長の話しが出てこないことを祈る。厄介なことにはならないことを祈る。 インドネシアで仕事を続けることにまったく迷いはない。日本と比較すると明らかにインドネシアの方がメリットが在る。原料の入手だけが日本国内有利、それだけですから。それでは何で迷ったかというと、私の設備を置いて仕事をする場所がいろいろあるから、選択に迷ったのです。私の基本的考えは、私がやってみたい仕事が自由にできることです。それには、その装置の費用は私が負担します。原料も自腹で購入します。場所だけ使わせてもらえればいいのです。1 日系企業で押出設備を持っていて、それだけしかできない会社へ入って、もっと仕事を取れるようにする。2 押出の製品を購入して使っている会社へ入ってその製品をその会社内で作るようにする。 3 貸し工場やルコを借りてそこで会社を作る。 4 もう一つは、押出製品とは全く関係ない会社の空き場所を借りて研究開発をする。1は対象が二社あった。一番自由に出来るのは3だが、場所費や充電設備で出資が多くなる。空いている場所を使わせてもらう代わりのその会社にとってもメリットある1と2は装置代だけの投資で済む。4を選んだのですが、数年前から声を掛けていただいていて、その会社自体が中古設備の輸入ライセンスを持っているし、機械のメンテナンスも請け負う会社です。私にとっては大変ありがたい話でした。何故、その会社にすることを迷ったのかというと、他の会社からの話しが継続していたからです。是非という話から始まって条件交渉していたが、装置を自由に使うと言うことではなかなか満足するまでには至らなかった。 熱血みやぎ米、ひとめぼれ、ササニシキ。こんなトラックはインドネシアのどんな地方でも見ることができる。中古輸入トラックは日本からのものだけです。他の国の文字を見かけたことが無い。 高速道路をまたぐ橋の袂にオジェックの待機場所がある。その橋を渡ってきたアンコット(ミニバス)や送迎バスからその場所で降りてオジェックを使ってどこか行くことはない。それでは、なぜ?高速道路を入ってきた地方からの路線バスの乗客がその橋の下で、頼めば降りしてもらえるのです。降りた人が土手を這い上がって来たところにオジェックが待機しているという次第です。 自由 投資 迷い
2012.02.23
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1133 金型を無事受けった。持って帰るだけである。今後のことで最期の会社の社長さんと話をさせてもらった。4月中旬以前にインドネシアへ戻ることは決定していて、どこに拠点を置くかも95%決まっていたが、残りの5%を先ほどの話で明らかにしたかった。そしてはっきり100%決定した。 これから何故大変なことに再び飛び込むのか、カツオだからですね。泳ぎ続けないと死んでしまうという危機感が在る。だから、死ぬまで泳ぐのです。たとえ病気になっても泳ぎ続けるでしょう。 インドネシアは洪水の季節の真っ最中。ボゴールの山の中の川にかかる幅1m以下の竹製の橋が流されて、2人死亡6人行方不明。他にも一人や二人が川に流されて死んだという事故は何十とある。インドネシアでは交通事故や列車事故の頻発と同じように深刻に考えていないようです。身内を失くした家の人も、政府や行政、途方責任者を責める空気はない。責任追及で訴えることもない。それらのことは折りこみ済みで、子供を沢山,産んでいるのでしょうか。 東ジャワでは鼠を殺す薬品(猫いらずのようなもの)を飲ませるという殺人事件が起きた。16人亡くなった。まだ、もっと、被害者がいるのではないかと犯人に追及している。犯人は50歳くらいの小男、とても、こんな大それたことをするとは思えないほど落ち着いたもので、警官ともなれなれしく、動いている。日本でも昔、猫いらずを間違えて食べてしまって、子供が亡くなった。しかし、これを使って十人以上も殺してしまったといことは無かった。ラフレシアの蕾、木の途中に張り付いている。こういう状態は珍しくない。この辺りは常時、咲いた状態や蕾の状態を見ることができる。山の中の一般的なカーブが在る道、小中学生はこの道を使って通学している。危険な道です。生徒の中へ突っ込んでしまう車もある。日本でもそういうことが在りましね。癲癇持ちとか。 決定 今後 危険
2012.02.22
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1132 日本へ持って帰る金型が完成したとい知らせで、チェックしに行ってきた。不具合がいくつか見つかり修正を頼んだ。明日の昼前に受け取りに行く予定だ。今の会社のために金型を作るのはこれで最後です。100%うまく製品ができる自信が在る。日本で金型を作ったのではこういうわけにはいかない。それに、同じものを日本で作ったら50万円ほどするが、こちらでは13万円でヒーターまで揃えられる。だから、私の趣味の開発的な仕事はこちらの方が、安く、様々なトライをすることができる。やはり、日本で、やったのではもったいない。 開発や設計部門は日本へ残し、製造部門を人件費や貨幣価値が低い国へだすといった考えは、今や、通用しなくなってきている。開発だって安くしたいし、小回りが利く、サプライヤーも必要です。一体、日本の中はどうなってしまうのでしょう。 コレステロールが溜まって血管が硬化している状態で、打つ手が無い日本の社会が元気になることは想像できない。50年後位に年齢の人口分布がピラミッド型になるもで日本の国力は下降一方だと思う。政治が何をしようとしても結果は良い方向に向いたと認められることはないでしょう。現在と近い将来の人口構成では、何をやっても結果はよくならないし、やろうとすることに賛成はされないでしょうし、その賛成しない方も何の代替え案も出せないでしょう。無責任な事を言える人達だけが政治家に立候補出来るのです。本気で順調に行かせることができるなどと思っている政治家は全く居ないのが当り前でしょう。私が生きている内に日本の生活環境が上向くとは全く思えない。 前にも書いたが、下降が止まらない世界の下降速度を下げようとするのは下降期間を長くするだけで、その世界のためにならない、落ちるところまでできるだけ早く落した方が早く上昇に転ずる。だから、下降速度が遅くなるための、日本への手伝いをしても仕方が無いから、外国の人を外国で手伝っているのです。私自身もその方が、生活環境が上向くと思っているし、日本で生活し仕事もするより、インドネシアで生活し仕事をした方が心地よいし、成果も上がると思う。泥の中に漬けて乾燥させたアヒルのゆで卵です。ごしごし洗うと綺麗な水色をした卵が出てくる。何故、そうしなければならないのか分からないが、こうなっている。下り坂 年齢構成 止まらない
2012.02.21
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1131 インドネシアではモートルと言えば、日本でいうオートバイ、バイクのことです。なぜ、モートルいうかと言えば、本当は、スペダ モートル、モーター付きの自転車ですが、スペダを省略してモートルと言っているのです。バイクではないモートルはそのままモートルですから、話しの前後で、バイクではないと判断します。一般の人は本物のモートルのことを話す機会がほとんどないので、一般的にはバイクのことになってしまっているのです。いちいち、スペダ モートルと言うのは長すぎるでしょ。ベチャは自転車の前に二人掛けの大きさの坐る場所が在る乗り物で、人間が足で漕いで運転する。その自転車の変わりにバイクを付けたものをベチャとモートルをくっ付けてベモと言います。ジャカルタ近郊では全く見られないが、私が行ったところでは、メダン、パダン、パレンバンとその近郊などのスマトラ。コタソロやスマランなど中部ジャワにはベチャが無くなっていてベモに置き換わっているようです。モートルと同じような省略が日本でもされている。携帯です。全く、そのものと意味が全く違うのにそれが大手を振って電話になってしまっている。携帯は物を表していないのに、奇妙でならない。まだ疑問ですが、また、どうでもいいがアヒルの卵は何故鮮やかな水色をしているのでしょうか。鶏の卵の塩辛いゆで卵を売っていないのでしょうか、それは何故、アヒルの卵でなければならないのでしょうか。しかし、どうしても疑問を解いてやるとは思わない。ところで、ドリアンのアイスクリームを買いたくてリッポチカランのハイパーマートへ行ったら、たまたま、アヒルの生卵を見つけた。卵が積んである棚の一番下にひそかに置かれていた。Telur bebek mentahアヒルの生卵です。その横に、真っ黒く見える泥で包まれた状態の塩味のゆで卵も置いてあったので、どちらも買ってみた。そして目玉焼きにしてみた。何の異常もなかったし、普通に食べられた。黄身ではなくて赤身がちょっとどぎつい感じはするが、何故これがほとんど売られていないのか、また分からなくなった。泥に包まれた塩味のゆで卵が何故Mentahなのか、それも何故でしょうか。インドネシア語の微妙なところでしょうか。 不思議 何故 省略
2012.02.20
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1130 16年前インドネシアへ来て一週間もしない内に、何故だろうと思わされたことがあった。そして、それは、今でも何故だろうが解消していない。本気で解消しようと思ったこともない。インドネシアに新天地を求めて勇躍入国して一週間後の事、スーパーへ卵を買いにいった。卵は茶色いものと薄い水色をしたものが在った。水色の方が若干大きめでした。その時まで鶏の卵とウズラの卵くらいしか見ていなかった。鶏の卵は真っ白が大部分で茶色いのはブランド物の高級品で高かった。茶色い卵は買ったことが無かった。売られている姿はほとんどが10個入りの透明パック入りだった。ゆで卵を売っていることは無かった。コンビニで稀に売っていた。そういう事を前提にしているので、白い卵は有るかと聞いてみたら、その時はないと言われた。結局、茶色の卵を1パック買った。値段は一個五円位と記憶している。その当時は鳥インルエンザのことは気にしていなかたので、生卵を熱いご飯にかけて買い廻して、さらさら食べたものでした。その後、鶏の卵はどんな成分か知らないが茶色い泥で包んで乾燥させて泥を落とす工程を通ってから市場に出るので茶色くなるということがわかった。何故、そうするのかは腐る速さを遅くする為だそうです。低温保存チルド保存などは、インドネシアでは全くしていない。冷蔵庫もない方が大部分の家庭です。なるほどと思う。 それでは何が不思議かというと、薄水色の卵の方です。一パック買ってみた。パックから出して割ろうとしたら、ゆで卵だった。それも、しっかり硬くなっていた。食べてみた。ショッパイというようなものではない塩辛いと言った方が良い。全く、食べることができない。聞いてみたら、料理に混ぜて味付けに使うか、スライスして料理添えてアクセントにするのだそうです。其のままでは誰も食べないよと言われた。中国にも有るそうで、日本へも輸出していると聞いた。しかし、日本では見たことが無かった。 不思議なのはそのアヒルの卵は何故、生のまま売られていないのでしょうか。鶏の卵とどこが違うのでしょうか。聞く処に依ると、茶色にした艶のあるブランド物のアヒルの卵は有るそうです。それもゆで卵で塩辛いそうです。 塩辛い卵が食べたいなら、調理に使いたいなら、鶏の卵を塩付けにしたらいいと思うのですが、鶏の卵で塩辛いゆで卵が何故、売られていないのでしょうか。 アヒルの卵で生のものは売られていない。アヒルは受精しないと卵を産まないから、卵は全部受精卵、だから、すぐに茹でてしまわないと、中味の状態が変化してしまうから。という事を云う人もいる。もっともらしい。そういえば割って出てくる前の雛状態で売られていて、それを食べつ人もいると聞く。 でも、それなら、品種改良して受精しなくても卵できるようにするくらいは、日本人なら得意でしょ。日本でアヒルの卵の人気があればそうしているだろうし、誰も研究しないということはないと思う。 アヒルの卵の製造している場所へ行けば、生卵を食べることができると思うが、そこまでしようと思わない。 一昨日のブログの会社の正門です。今はその会社のセキュリティに依って前は綺麗になっている。もう一枚は、女性専用の下宿です。Kost(コス)です。地方から出てきた若い女性がこういう処へ住んで職探しをします。家賃は共同カマールマンディ(浴室トイレが一緒になっている部屋の事)共同ダプール(炊事場)洗濯場(手洗い)で約2500円/月です。 アヒル 卵 何故
2012.02.19
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1129 日本でアクアリュームのトップシェアーJ社のインドネシア工場PT.Lを訪問した。15年前からのお付き合いで当時インドネシアの副社長をしていた二代目が今は本元の社長になっていてインドネシアへは一か月に一週間ほど来ていると言う。彼を20代後半から今40代半ばとお手伝いをさせてもらっている。創業のお父さんの年齢は私より一歳だけ上です。私にこういう息子いたらいいと思う。しっかりしている。大型水槽のフレームでずっとお手伝いしているが、東北の大震災以降ほとんど売れなくなったと言う。水槽の水の揺れが大きいので敬遠されるとのこと、また、実際に壊れてしまったものも多いわけで、その状態は惨憺たる状態らしい。ペットや植物用の入れ物屋それに関連する商品も幅広く手掛けているので、全体の売り上げは上向きだと言う。頑張ってほしい。そして、この日、インドネシアのどこで何をするか95%決定した。労働ビザを延長しないための手続きに必要な手帳やカードを全て労務に渡した。今持っているのはコピーだけになった。26日帰国のためのワンウェーチケットも手に入れた。ただし、三月いっぱいは本社の建物の一角で仕事をしなければならないので、もしかしたら出張でインドネシアに来るかもしれない。メールアドレスは日本で貰っていないので、インドネシアで貰っているotak-otakをそのまま一か月だけ残してもらうことにした。 インドネシアではドリアンなど果物も旬です。ランブータンやドゥクは道端で自転車やバイクの荷台にまたがらせた籠や木箱にいれられて売っています。ドリアンの集積場へ行って様子のいいものを選んで開けてもらって食べた。ドリアンはその土地の名前がつけられているほど種類が多い。似ているが味や食べる部分の肉厚や分厚い皮の厚さ、それと臭いや味が微妙に異なる。ここのは、長径が15Cmくらいで種が大きく実が少ない、しかし、大変甘い。臭いはきつくない。私は4個たべてしまった。ちょっと酔っぱらったようだった。一個、80円くらいでした。仕事帰りで通りがかりの人達が、立ちよって、自分で選んで食べながら、世間話をしている。居酒屋へ立ちよってから家に帰ると言う雰囲気だった。 ちなみにポンプはPompaです。ガソリンスタンドはPompa bensin(ベンシンはオランダ、ドイツ語からガソリンです)と言いますよね。サンヨーのポンプ製造工場はEJIPに入って直ぐ左に有りますね。11ナイロンチューブでお手伝いをしています。 応援 予定 ドリアン
2012.02.18
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1128 カラワンの某小型LPGボンベを作っているローカル企業がEJIPの北側デルタシリコンの某バイクメーカーK社の倒産跡地を購入したという話はすごいと思う。イジップからジャカルタ方面に行く場合、高速道路のゲートに向かう時、その前を通る。広大な面積でおそらく300メートル×400メートルくらいは在るのではないかと思う。裏の方は何も手入れをしていないので、草は2メートル以上の長けに伸びているし、木はジャングルの様にうっそうとした状態まで荒れているのではないかと思う。つい最近まで、元従業員が正門の前にたむろしていた。それが、今はいなくなった。正門の左と工場の上壁に大垂れ幕が、購入した会社の所有になっている事を示しているだけだ。気が付いた人は殆どいないと思う。私も人に言われるまで気が付かなかった。ただ、こんな広大な工場をどう処理するのだろうと気にはなっていた。そのローカル会社とは私がいる会社の押出部門は協力関係にあるが、射出部門は競合している。 日本の某化学会社S社が合弁を申し込み、その工場にS社の名前でインドネシアへ進出してくることが決まっているらしい。そのS社以外のも日系企業の合弁申し込みの依頼が入っていて、もう一社との提携が決まったと言う。アストラやモデルンの財閥のような合弁引き受け会社の一角にその会社も名乗りを上げてきてきたようだ。社長は若いがあれよあれよという間にドンドン、会社の規模が大きくなっている。どこからそんなお金がわき出てくるのだろうか、不思議だが、インドネシア人でこういう人が成長を引っ張っていく人なのだろと思う。たいしたものである。 決して部下たちを怒鳴りつけて自分の要求をぶちまける人ではない。見かけも部下への接し方も紳士である。日本の経営者は見習ってほしいものである。今後のインドネシアの経済界で注目される人物になることでしょう。 花と船 インド洋 向こうはオーストラリアです。勢い 新進 注目
2012.02.17
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1127 パンガンダランから写真が送られてきた。壊れてしまったワルンの跡地に椅子やテーブルが集まられていた。大木は根本から持ち上げられて今にも倒れそうなのでほとんどの枝を切ってしまった。その場所再建設が始まっていて今週土曜日には開業するそうです。ぜひ来てくださいとの事でした。 私は、北海岸通りを東に進みチレボン(爆弾製造の拠点が摘発された場所)の隣東のまちテガールへ行ってきた。この土地は、見渡す限りの小さい赤ニンニクの大産地。インドネシアではこれをどの家庭でも細かく磨って大量に使う。白ニンニク唐辛子は勿論だが、これが無くては料理にならないらしい。 その広大さは、水田が何キロも先の山のふもとまで広がっているように広大な平野は赤ニンニクの畑が水平線まで続いている。 なぜそこへ私が行ったというかというと、あるA社の人の扱いにたまりかね 元幹部がこの町の出身で自分で軟質PVCチューブの生産を始めたのです。その会社にPPのパイプを作ってほしいとの依頼が在り、農業の何かに短く切って使うらしい、技術の提供をしてほしいとの事でした。数年前一年半ほど私の部下だった事もあって、頼まれ事は引き受けることにした。 それにしても、なぜこの土地が赤ニンニクばかりなのでしょうか。不思議でしょうがない。国道の両側には即売展が何百軒と在るのではないかと思うほど、ずーっと続く。ここら辺りはムディック(ラマダンの帰省)の時に国道は下り一方通行になり、上りは普段土地の人しか使わない田舎道に廻される。その道はどこまでも広がる赤ニンニク畑の真っただ中を通る。 特産 手伝い 帰省道路
2012.02.16
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1126 Hari kasih Sayang, ハッピーバレンタイン。インドネシアの今日はこればかり。どんなナショナルホリデーより宗教抜きの共通の祝日みたいなものです。15年前には、こんなではなかった。バレンタインデーといっても、それ何?という感じで、日本ではこうだよと説明をしたものでした。しかし、今は、マスコミの取り上げ方、テレビ番組での取り上げ方が先導になったのでしょうか、年々、その日の二週間前ほどから、贈り物を題材にしたコマーシャルが登場し、テレビ番組の予告もバレンタインデー特集になる。イスラム原理主義者の集団が警告めいたものを出すがほとんど無視されている。イスラムもキリスト教から分離したものだから、共通点は在る。アーメンと言うのも同じだし。クリスマスプレゼントやサンタクロースもイスラムの家庭でも一般的です。 とにかく、日本のバレンタインデーより遥かに全国行事になってしまっていて、男性から女性に花とチョコレートなどを贈る。店はクリスマスセールやレバランセールや中国正月セールなどと同じようにバレンタインセールを展開する。あちこちにハートマークが溢れる。義理チョコというのも普通にあるし、グループ内でプレゼントの交換会もある。と言うことで、タレントも色々な人にプレゼントするし、夫婦や恋人同士がタレントなら、この日前から、関連番組、特集番組の出演が多くなる。パンガンダラン西海岸のバラック作りのワルンが突風で吹き飛ばされてばらばらになったり、例の両側に転覆防止に支えがあるボートが支えだけをその場に残して船は何十メートルも飛ばされたりしたと言うニュースが報じられた。電話してみたら、イブ、ウミのワルンも全壊してしまったそうだ。気の毒だが、あの作りでは、ちょっと強い風が吹けば崩壊するだろうし、そうなっても、二三日すれば、元通りになっているのではないかと思うシロモノです。カキリマに竹の支柱や屋根の格子を作って、プラスチックシートで覆っているだけだし、椅子やテーブルは砂の浜そのものの上に並べてあるだけだから。初めての事ではなかったし、2006年の地震と津波の事を思えば、たいしたことはない。もう一つボゴール、プンチャックのバス事故の後も頻繁にバスやトラックの暴走に依る人身事故が連発して起こっている。東ジャワのマランでは、トラックが急にバックしてパサールの賑わいへ突っ込んだ。ここへ来て急に政府が何かいたのでしょう、バスやトラックの会社の点検風景が報じられている。一次的だし、何も問題が無いと点検していた人間はインタビューに応じていた。そんなものです。車検制度が無いのだから、点検などするはずが無い。サンセットの風景。 バレンタインデー プレゼント イスラム国家
2012.02.15
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1125 今日はバンドゥンを通過してタシクの手前のチレニまで行ってきた。この会社は色々な枠を専門に作っている。額縁や扉の淵である。要するに木を一定の断面にして適当な長さに切って両端を45度にして張り付ける。KIIC何とかという会社も同じようなものを作っていた。材料は勿論木だが、今後はプラスチックも検討したいから私に話を聞きたいと来てもらったと言っていた。 インドネシアの押出成形の現状は折をみて書いているが、なかなか、分からない人がいて、同じことを説明しなければならない場合が多い。日本と事情が全く違う事を先ず認識してもらわないと話をしても仕方が無いと思う。日本は特殊であって、東南アジアの状態はノウマルと受け止めて貰わないと話が進まない。日本のような木造建築が多い国はない。木が大量に不自由なく取れる南方の国々の建物、家屋が木で作られていると思ったら大間違い。木を加工して屋根材にしたり壁材にしたり、床にしたり、そういう事をしている国は殆ど無い、あったとしても、少ない。それらの国々の木を伐採して使うのは日本だ。 それらの国は木を使わないで何を使っているのでしょうか。土です。粘土です。椰子の葉っぱや竹です。木の板の床の家など殆どありません。木の壁の家などほとんどありません。タイルや煉瓦です。椰子の葉や竹を編んで使います。 そんな国々がプラスチックの木目模様の木に似せたものを使うはずが無い。額縁や扉にも使うはずが無い。スノコや風呂の折り畳み蓋などもともと無い。アルミサッシが都市のビルに使われる程度で、プラスチックのサッシなどまったく見向きもされない。 木が使われないのだから、プラスチックが家屋に使われるはずがない。もし、使うようになるなら30年以上先の事でしょう。インドネシアでの押出成形で一番原料を使われている製品はプラスチックの袋です。その次がシートでしょうか。雨漏りを防ぐために屋根に掛けるやつです。ついでストローでしょう。ローカルの零細企業がほとんど作っています。最近は電線や光通信用のケーブルを地下に埋めるためのパイプの生産量が増えているようです。これらはほとんど国営企業のようなもので、海外の技術を導入して自前で作っています。国策で、原料も特別安く手に入れているようです。冷蔵庫の扉のシール、ガスケットと言います。これは結構量が多い。しかし、技術は必要無いので、ローカル企業と競合です。日系企業が一社やっていて、軟質塩ビを大量に使い原料屋を喜ばせていますが、その会社の利益は私が指導して作ったそれ以外の製品で上げています。また、日系のもう一社がガスケットの生産に参入するらしいが、その会社も、日本からの輸入品の現地生産の手伝いは出来ない会社です。こういった若干大量に原料を使う製品に日系企業が横から入って行っても全く利益にならないでしょう。 結局、成形が簡単で、大量販売、大量利益という押出成形の商材は在りません。日系企業が日本から輸入している製品の現地調達ができるよう、お手伝いするという、高度の技術を駆使して作りだす製品しかないのです。しっかりできれば、ほどほどの利益は上がります。会社の実力を披露するには恰好の商材が多いのです。出来ないと断れば、その程度かと思われるし、出来れば、やっぱり頼りになると思われます。だから、そういう仕事ができなければ、進出しても仕方が無い。インドネシアらしい水田地帯の風景技術 堅実 信頼
2012.02.14
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1124 今の会社は残すところ2週間になった。25日の夜にはインドネシアから出ることになるでしょう。三月いっぱいは日本の会社に在籍して職務を全うするでしょう。日本へ持って帰る金型は22日に受け取ることになった。輸出の装置は三月末までに日本へ付けたいと思うので、インドネシアのロジスティック会社と話を付けて置かなければならない。それとは別にインドネシアで使うことになる装置の手配は日本へ帰ってから遠隔操作ですることになる。四月中旬にはインドネシアのベースに席を置くことになるでしょう。 真似ではない、独自の番組を作るようになってきた。Asing starという番組が在る。外国人ののど自慢大会です。今日は日本人の女性が出演していた。オーストラリア人の出演が多いようだ。というわけで、私はテレビを見るならTRANS7とTVONEがほとんどです。ニュース番組にTVONEはTRANS7が面白くない時や朝、仕事に出かける前に掛けています。プンチャックのバス事故の報道も長くやっていた。前にも書いたが、インドネシアの番組は一週間に一回何曜日というのはない。ドラマもバラエティも歌番組も毎日同じ時間にやる。土曜日と日曜日だけは週に一回というのが在る。それらも、番組のタイトルは違うが、出演者は殆ど同じにしてあるので、ほとんど毎日同じ人がその時間にテレビに出ていることになっている。 良く見る番組はOPERA VAN JAWAである。ちょうどブログを書いてる時、21:00から一時間である。人気者の数人がふざけた舞台を演ずる。歌やダンスが絶妙で、風刺もあって、現在的な洒落たスタイルになっている。インドネシアの文化も多く紹介しているし、時々、日本の物語を題材にしたテーマも取り入れている。外国の番組を真似したものが多い中、この番組はインドネシア独自だと思う。日本にもアメリカにも似たような番組は無かったと思う。 ちなみに、提供は全部日系企業です。その前後にHITAM PUTIHやBUKAN EMPAT MATAが在り、いずれも有名な司会者が絶妙な進行とインタビューする番組です。インドネシアの世相が良く分かる。どんな人が今話題になっているのかよく分かる番組だ。インドネシア人にも人気が在るようで番組について話しに花が咲く。 ゴルフ場のスナップ 番組 テレビ 絶妙
2012.02.13
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1123 昨晩も今晩も雷と強風と豪雨が吹き荒れている。14人死亡48負傷Cisarua Puncak Bogor バス事故 10日 22:00今朝のニュースでやっていた。インドネシアではこういう事故は珍しくない。ジャワ島だけでも今年に入って10人以上死亡のバス事故は、他に三件起きている。昨日の事故は曲がりくねった下り勾配の速度の出し過ぎで対向車線の車やバイクを巻き込んだ事故でしたが、多くは、崖下へ落ちるという事故です。こういう事故はジャカルタ新聞で報道されない。 雨季の最盛期、1月2月は大洪水や崖崩れ、土石流の季節ですが、交通事故が多い季節でもある。夕方から真夜中までのほとんど毎日の豪雨は半端じゃない。強風と共に車は煽られる。ワイパーは殆ど意味が無くなるほどで、高速道路の前方が真っ黒な雲がる時には、間もなく、豪雨の中に入るから渋滞になることを予測しなければなりません。速度は直ぐに落とさなければならない。日本人のほとんどはバスやトラックでインドネシアの山の中の道を走ったことはないと思う。上り下りの急さは日本では考えられないほど、ジェットコースターだし、その上、どこに穴が在るか分からない、凸凹もすごい、アスファルト舗装をしてあっても、舗装の幅が、大型車がすれ違う程は無いので、どちらかが譲って、片輪を舗装から落さなければならない。崖の路肩がはっきりしない、ガードレールや杭などはなく、端が見えない。 そういう要素が重なっている道を車体が遠心力で傾くくらいの速度を出して走るのです。遅い車が有れば、どんどん追い抜くのです。事故が起きないわけが無い。それが、当り前になっているので、だからどうすればいい、どうするという話は出てこない。雨季だけではなく、一年中、日本人にはバスで、特に路線バスで旅行をすることはお勧めしません。 トランスジャカルタに乗ってみたい人もいるかもしれませんが、これもお勧めしません。頻繁に事故があります。今朝の朝焼け、チカランバラットの高速を出た処にある高架橋から。JKT48(ジェーカーテー ンパトゥラパンと呼ぶ)のテレビ出演。舞台が狭くて20人ほどしか出ていない。ポカリスエット、楽天、花王のコマーシャルで使われている。バス事故 豪雨 真っ暗
2012.02.12
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1122 思う事を話しても誰も分からない。やりたいことを話しても誰も分からない。誰もわかってくれないとは思わない。分からないのが当り前だからです。私がサラリーマンだった若いころ勤めていた会社の人でも、インドネシアで技術指導や新しい仕事を引き受ける仕事をしていても、回りの人は誰も、私がなにをしているのか分からない。いちいち、説明してもどうせ分からないから、好きなようにやるしかない。それは、回りの人を戸惑わせるし、面白くないと思わせる。結果がうまくいけばいくほど面白くないと思わせる。その会社のトップは認めてもNo2以下は全員面白くない。 分からないことで成功されては気分が良くないということも分かっている。しかし、私はそういう仕事を引き受けるのが趣味だから仕方が無い。会社の中にいては自由に投資出来ないことも分かっている。説明しても仕方が無いことも分かっているので、私の趣味は組織の中では出来ない。 それに、組織から投資を受けなくても、自分で投資すれば良いくらいの資金は持っている。それに、その資金はあの世に持って行って自分で使うわけにはいかない。この世にいるうちに、ぴったりゼロにするのが理想だと思っている。 そして、私がやろうと思っている趣味の幾つかは、今、明かすことは出来ない。完成させられないものも幾つか残るかもしれない、その時には、出来なかったものを明かそうと思う。出来たものについては、その都度、自己満足で一人にんまりしたい。 今作り始めた金型の一部デザイン変更をした。でき上がる目標日は22日だが、途中で何かに気が付いて、また、変更するかもしれないので、最終的には24日までに完成すればいいと思っている。ヒーターも作る チカランバラットのインターからリッポチカラン、イジップ方面に向かっている。相変わらずの渋滞ぶりで、この状態が無くなるのは休日だけである。 元気 自己責任 内緒話
2012.02.11
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1121 先日、思い付きをいくつか書きましたが、それらは、私が作ろうとしても、他人を頼らないと出来ないものです。それには資金も必要です。他人を説得しなければなりません。しかし、その道の専門家や会社はちょっと工夫や応用をすればできるでしょうし、販売ルートも掴みやすいでしょう。気が向けばそういう人達がやればいいと思う。私の得意分野でも思うことは沢山あります。あれが出来たらいい、これが出来たらいと思うものが沢山あります。中にはこんなものを作ってインドネシアで売り出せば、きっと儲かるだろうなと思うものもあるが、大部分は、売れると思わないし、使い道がわからないし、儲かるとも思えない物で、一種の道楽と思われそうなものばかりである。しかし、この世の中にまだ、無いと思われる技術を開発しなければ出来ないものばかりです。今まで、何十年も、客先から、こんなものができませんかと聞かれて、出来ないと言えずに出来ますといってしまって作り上げたものばかりです。その中には日本で私が初めて作った製品も在ります。日本のどこかで作っていたが、インドネシアでは初めてという製品も沢山ありました。それらは客先の利益に貢献してきたし、中には、それがその会社の基礎作りになったものもありました。また、私自身の利益にもつながったし、従業員への分配も十分してきましてきた。その証拠に、この厳しい日本の製造業の状況の中で生き残っているいし、インドネシアの部下たちは私のいる場所に就いてきたがる。今の状況も、私が今の会社から手を引いた後に会社を辞めてしまっても、私は使わないと宣言してある。本筋から離れたが、もうそろそろ、客先から頼まれたことではなくて、自分が作ってみたい製品を私が考え出したやり方で作ってみたくなった。だから、組織にいたのではできない。組織にいたとしても、このことに関しては私が投資するので、自由にできる環境でなければならない。それをやるには、やはり、インドネシアが良い。開発のための投資金額が日本の三分の一以下で済むうえに、納期も半分以下でできる。ジャイアントと言わないでください。ドラえもんの友達のジャイアンと同じ言い方をしてください。奮発した200円の昼食。趣味 投資 自分
2012.02.10
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1120 昨日は、日本より客が見えた。浜北(浜松市)ののバイク関連の会社です。インドネシアへ進出のための事前調査が目的でした。タイへ進出したばかりで次の進出地を物色中で、インドネシアのバイクに事情をみて進出地の第一候補にしているがまだ決断はしていないという。中小企業も生きるためには外へ行ってしまった親会社の跡をくっ付いて出てこなければならない日本の切実な事情の現れでしょう。当然ながら皆さん真剣です。 成功を祈るしかない。バンドゥンの市内にある、楽器、椅子やテーブル、家具などのメーカー三社を巡回した。いずれも日系企業だが、インドネシアでとれる木を素材にして作っているが、入手が困難になってきている。木の種類によっては年々、伐採禁止種類が増えてきているとか。そこで、日本では既に当り前になっている木目調のプラスチックの板や丸棒やプロファイルを作ってほしいという話です。 私にとっては簡単な仕事です。何十年も前から作ったことがあるし、インドネシアでも作った事が在る。作り方や原料を説明し、どんな客先に提供したことが在ると話した。しかし、残念ながら、今、インドネシアで作るか環境を持っていないので、暫く待ってほしいとも伝えた。 インドネシアには植物や木材を使った家具や家財道具や装飾品、造形品が在る、ほとんどが自然の素材を使っているのは当たり前だ。ところが、日系企業がそういう素材を使って物作りを指導し輸出するようになって素材の乱獲が問題になった。素材が少なくなってしまった。その上、日本人はより強度の強いもの耐久性が在るものを求める。そういう競争をするようになってきた。それらを補うために、自然の素材を使うが肝心な一番傷が付きやすいところや一番衝撃が掛りやすいところにプラスチックを使いたいのです。まだ、全部をプラスチックで作ってしまうというところまではいていない。 今は大量の仕事を望めない事も、今の会社では引き受けない原因になる。インドネシアには多品種少量でしかも難しい押出成形品の現地調達を望む会社が数え切れないほどある。 私はそういう仕事をそんなに利益を追求できなくても、採算度外視してでも、提供したいと思っている。一年以内にそういう場所を完成するのが目標です。それまで、しばらく待ってほしいと伝えた。 ところで、プラスチックロタンは簡単にできるので、掃いて捨てるほどの商品が溢れている。現地企業が沢山あって、それしかできないので倒産する会社も沢山ある。 ということで、バンドゥンまでとはいえ、何軒か回るのに6時間ばかり運転した。21:00に家に戻ってバタンキュー06:00に目が覚めた。流石に疲れた。 チプララン(Cipularang jalan toll)高速道路 チカンペック、プロワカルタ、パジャジャラン 家具 床材 装飾品
2012.02.09
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1119 ついでだから、十分な調査して書いているのではない。思い付きです。バッテリー屋さん、今まで何故作らないのでしょうか。三つ目の提案になるかもしれない。ランプの消し忘れや半ドアで車内灯が付いたままになっていてバッテリーが残り少なくなった時(エンジンを掛けられる程度の残り)に自動的にバッテリーから電気不足の警報ランプは付くでしょうが、漏電の場合も、無人の時にはバッテリーからの送電を自動的にストップさせるシステムがあったらいい。バッテリー充電の警告を出すのは当り前だが、バッテリーの充電効率が悪くて順調に出来ない状態になっている時(何か基準も設ける)にはもうそろそろ交換した方が良いですよ。という、提案の警告も出せれば、もっと、気が効いていると思う。 バッテリーカーやハイブリッドカーを使ったことはない(フォークリフトはある)が、それらには、勿論、何か、これに相当するシステムが在るのでしょうね。 ガソリン車も走行充電だけでなく、家庭用電源から充電できるように何故なっていないのか不思議なくらいである。今や、ガソリン車の燃費も走り方に依ってはハイブリッド車よりも良くなっている。なおさら、ガソリン車のバッテリーカーのように充電システムが必要だと思う。サービス会社の仕事が劇的に減るだろうから申し訳ないが。人里離れた場所でバッテリーがあがってしまったら悲惨である。こういう時にこそ、残り少なくなった時に自動的にバッテリーからの電流をストップすれば、エンジンがかからなくなることはない。予備バッテリーとまでは言わないが、近くに家があれば、そこまで充電アダプター(キット)とバッテリーを持って行って、電源を借りる方法が一つ生まれる。 これは、もうあると聞いているが、キイ穴の氷つまりの防止や融解のためのキイを温めるシステムが在るのでしょね。スキーに妙高辺りへ行って、ホテルの前の駐車場は車が在るとは思えないほど雪が積もってしまったことが在る。雪掻きをして自分の車を掘り起こし、鍵穴に雪が入って水になり、車ごと冷えて完全にカチカチの氷が詰まって鍵を刺すことすらできなかった。ホテルからお湯を貰ってきて溶かしたが、近くに何もない時にはおしっこを掛けて溶かしたという話も聞く。 これも、リモコンで溶かすことができるシステムを作ったらいいと思う。鍵穴に雪や雨が入らないようにテープで蓋をしておけば良いのですがね。それも、赤道に近い国ほど、寒いことに依って起きるいろいろな困難が温かい地方には無い。寒さ対策、冷え対策は全く必要ないのでその分安いものができる。 インドネシアらしい道。モスジッドは立派だが、庶民の性格はみすぼらしいし、ごみの山、道はでこぼこ、ちょっと雨が降ればこの始末。 節約 自動的 消灯
2012.02.08
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1118 いつできるかどうか分からないが、どうしてもやってみたい品物があって、試作の金型を注文した。私の趣味である。インドネシアで出来れば製品化したいが、おそらく、トライができるような環境になるのは5月に入ってからになるでしょうが、型だけは作っておきたいと思う。 ついでに提案をもう一つ、どなたか、得意分野の人は作ってほしいと思います。 そういう車やバスなどの乗り物が在るのでしょうか。予備空調が出来る乗り物です。浴室、脱衣所やトイレにはもう在るようですね。冬の朝、車に乗って車内が温まるまでの時間を待たなくても、既に温まった車に乗りたいですね。逆に夏、適温に調整されている車に乗りたいでしょ。 家庭用の電源と積みこまれたバッテリーのどちらかでも切り替えて使える小さいエアコンを装備して置き、温度設置とタイマーでON,OFFができるようにしておく、もちろん、リモコンでそれらの操作ができるので、車へ乗る5分前程にONにすればいい。暖房は15℃以下、冷房は25℃以上に設定できないようにしておいたらいい。長時間バッテリーだけで温調しているとバッテリーが切れる心配が在る。それは、バッテリーの残りが四分の一程度になったら自動的にOFFになるようにしておけばいい。 省エネの時代に逆行するかもしれないが、医療費が増えるよりは良い。 老人の運転者も増加の一途、死亡率が減るでしょう。また、パチンコ屋の駐車場などで子供の車内死亡は、親の不注意や怠慢ですが、この原因も失くすことができるでしょう。高齢化社会に伴ってトイレや浴室の温度調整は普及してきている。冬に老人が亡くなる比率が高いのは急な寒さに体が対応できないのが原因だということは明らかですから。車でも同じことです。高齢者が運転する比率も当然高くなっている。 インドネシアの日本人が乗る車はドライバーがいるので、出発時間を知らせておけば、エアコンをONにしておいてくれるし、そうでなくても、自分が涼しいところで居眠りして待っていたいから、強く禁止しない限りは涼しくした車の中で居眠りしながら待っているのが普通です。 ところが、自分で運転する私は、強烈に熱い車内に入り、握れないくらいに熱くなったハンドルを摘まんで動き始める。余談ですが、以前、私よりずいぶん若い社長さん、私にパワハラをした人です。車が無いから私と一緒にレストランへ食事に行こうと頼まれ、昼休みに建物から一緒にでたのは良いが彼は一緒に車までいかない、私が駐車場へ行って車を玄関まで持って行くのを待っていた。そして、助手席へ乗らないでいつものように後ろの席に座ろうと、ドアを開けた瞬間、なんで、こんなに暑いままで乗せるんだ、と文句を云った。多分、ドライバーにも、日頃、言っているのでしょうね。呆れた、開いた口が塞がらなかった。冷えるまで待ってそれから来いといのでしょうか。家や会社の100V電源が使える場所に駐車してある場合はそれを電源に出来るのがみそ、電気自動車は、そうなっているでしょ。 空調 死亡率 快適
2012.02.07
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1117 カラワン県に地元の人間を優先して雇えという、60%条例というのがあるらしい。カラワンには最近、ここ数年の間に日系の車やバイクの組み立て工場を主体にドンドン古城が進出している。高速道路(ジャカルターチカンペック)の沿線の工業団地のジャカルタに近い方から一杯になってしまっていて、ブカシ県に属するMM2100,JABABEKA,EJIP,HYNDAI,DELTA SILIKONなどなどの工業団地は殆ど、一杯になっているし、それらの地域の最低賃金もインドネシアで一番高く設定されているなどの理由で、それよりも東、ジャカルタから遠い方の沿線の工業団地に立地を求めざるを得なくなっている。 DELTAMAS(チカランプサット インターチェンジ)はまだブカシだが、それ以東、KIIC、SURYACIPTA、INDOTAISEI,BUKIT INDAHなど、チカンペックまではカラワンに属する。これ等の地域に、早くからインドネシアに進出し、タンゲラン(ジャカルタの西)スンタール(ジャカルタ北部、タンジュンプリオク、コンテナ港に近い)プルガドン(東ジャカルタ)にある工場が狭くなって増産出来なくなった会社が移ってきている。それに伴って、一次下請け会社もくっついて進出してきている。また、それらの地域は完全に町中になってしまっていて、工場を回りに拡張できないことや雨季には洪水になりやすいという理由もある。 インドネシアのGDPの伸びは年率で6%程だと思うが、この地域は20%以上の伸びになっているのではないでしょうか。それほど、製造業会社の進出は著しく、それに伴って労働人口も地方から職を求めて移動してきているので、若者の人口増が著しい。それに、住宅、ショッピングモールの建設も盛ん。インドネシアでこの地域の発展が突出していると思う。 日本人もジャカルタに住んで、この地域に通ってくるのでは無駄が多すぎる。これ等の地域のアパートやホテル、新興住宅地に住む人が多くなっている。外国人向けの高級住宅地の造成、分譲も盛んに行われている。 そんなことで、60%条例というのは、地方から職を求めてこの地域に移り住んでいる人でなくて、地元の若者を優先して雇用しなさいということです。地方政府の気持ちも分かる。しかし、地元からなかなか求める人材を得られないという困ったことにもなっている。二年、この地域の会社に勤めた人は、地元の人間として認めて、60%側に移すことができるらしい。ゴルフ場に住みついている小動物、テンとトカゲ(ビヤワック) 工業団地 工業地域 ベルト地帯
2012.02.06
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1116 一昨日から、今後の身の振り方について、どこでどういう仕方の仕事をする科、出来るか、検討するための事情調査を始めた。何社かを訪問して、様々な感触を確かめるとともに、私の考えも伝えることにしている。優先は、私が思う製品の開発的な仕事ができる環境を作ることができるかどうかである。 金曜日に訪問させていただいた会社では歓迎の返事をいただいた。大変ありがたいことだと思う。話しの最期に近づいたころ、社長をやってくれませんかと、本気で云われた。それを含めて、20日過ぎに、もう一度お話しさせていただくことにした。提案いつでも使っている物だが、ついどこへ置いたか忘れてしまう。どんどん、高齢化が進み、忘れ物、探し物が多くなる、若いころに比べれば、注意をしているし、気にしていることだが、どうしても見つからない事が多くなる。そこで、以下のような携帯ストラップ(これにこだわることはない)のように失くしやすり、必需品に取りつけて置き、其のうちの一つでも持っていれば、他のものを探し当てることができる装置というか、システムというか、そういうものを提案します。もう、ありますか?無いでしょ。車や家の中、あるいは半径20mくらいの近くに求める物が有れば、車のロックや解除のリモコンと同じようなもので特有の音を発するように出来れば良いと思う。そういうシステムを作れば爆発的に売れると思う。各種鍵、携帯電話、カメラ、財布などに特有の音が出る受信機を付けておけばいい。それが発信機にもなっていれば、発信機が全部見つからないことはない。それぞれに5番位まで番号をセットできるようにしておいて、発信はその番号を押せばいいようにする。どうでしょうか。どなたか、こういう装置を作る環境にある方が作って売り出してください。それほど、高額にはならないと思います。特許はこの文章に依って登録はできません。既に特許登録されていれば、悪しからず。しかし、こういう商品を見たことが無いということは特許も実用新案も申請されていないのではないでしょうか。 タンブン(Tambun)のスズキ自動車の工場でベースアップや労働協約改定要求のストライキが在りました。高速道路(ジャカルターチカンペックCikampek線)の北側に平行してある国道沿い、タンブンという町とチビトゥン(Cibitung)という町の中間にある会社です。工業団地の中ではない。土曜日も継続するという噂が在りますが、今日は収まっているようです。この近くにヒノやパナソニック、その他日系企業が多くある、YKKはチビトゥンにある。ブリジストンは少し北の方にある。いずれも、昔は田舎の何もないところに工場を作ったが今では回りが住宅地になっている、そんな工場がこの辺りにはある。こんなところに、こんな会社があったのかと、思わされる。 先日のMM2100やEJIP,JABABEKAなどの工業団地の会社の最低賃金上げ要求のデモは終ったが、今、ジャカルタの西、空港方面のタンゲラン(Tangeran)の工業団地の企業(二十年以上前に進出した日系大企業が多い)に対して似たようなデモが計画されていて、高速道路の封鎖もすると脅かしを掛けている。まだ、全てが終ったわけではないことを示している。 一般的な道端のルコRuko,(RumahとToko)下が店で二回以上が部屋になっている建物、インドネシアの至る所にこのスタイルの建物が在る。 ストライキ デモ タンゲラン
2012.02.05
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1115 インドネシアの一週間が過ぎた。初日こそとんでもない事態に巻き込まれたが、その後は快適に過ごしている。ただし、会社の現場事務所が寒すぎる。どうしてもそこでなければできない事は少ないので、長居しないことにしていて、金型屋や客先回り主体にしている。 図面などコンピューターでの仕事は自宅勤務で出来るし、PCから直接印刷するには自宅の個人プリンターでなければ出来ない。 ETCの導入に依って、チカランからバンドンまでの渋滞を解消するための効果が在るかどうかを検討するための予算が何千万円か、認められたという。どこが認めたか知らないが、バカバカしいと思う。 これには日系商社も絡んでいる。胡散臭い話で、この種の話しは山ほどある、日本でも同じでしょ。調査費というのは、なんとなく使い道が良く分からないシロモノだ。飲んで食って、観光して、適当な報告をしてその後のフォローは消える、というのが調査費の本質のような気がする。そのインドネシアの交通事情ですが、 一週間だけでいい、毎日行き来していれば渋滞の原因ははっきりする。ガソリン代と高速代、運転手付きレンタカー合計3万円も掛らない。それよりも、私に聞けば只で渋滞の原因を教えてあげるし、ETCなど導入したら返ってゲートでの渋滞がひどくなる。もし、効果を少しでも期待するなら、今のゲートの一部をETCゲートに変えるのではなく、そのためのゲートを増設新設をしなければならない、という事を教えてあげます。 特にジャカルタからチカランバラットまでの渋滞の原因の最大は、どのインターチェンジでも、出てからの道路が詰まっているからです。いくら、ETCにしたって、ETCまでなかなか到着しないし、ETCを通過しても前に進めない。ETCというのはすっと通りすぎるためでしょ。この区間はそれをETCに求めることは出来ない。ETCの効果が在るところは、現在渋滞していないインターでもっと早く通り過ぎるというだけです。 ETC導入の前に、アクセス道路を充実させることです。チカランバラットとチカランプサットの中間にインターを作っている。チカランバラットの渋滞を緩和する狙いです。しかし、この新しいインターも出てからの道が今までのままでは渋滞の解消にはならない。 この区間以外の渋滞の原因は、スピードが遅い車が多いこと、故障車が多いこと、ちょっとした坂を登れない、付きつめていえば、日本では考えられないほど古い車が走っている事です。高速道路の真ん中で止まっているトラックが多い。 また、パンクが多い。タイヤは布が見えているようなものでも平気で使っている。スペアーも布が見えている。そういうタイヤが中古でタイヤの店の前に積んである。 車検制度が無いから、どんな車でも、ちょっと走れば、使える。車検制度があれば、古い車は自然に淘汰されると思うし、排ガスの関係も良くなると思うのですが、それが無い。 MM2100からチカランバラットまで私は殆ど路肩しか走らない。まともな車線を走っていたら倍の時間が掛ってしまう。前のトラックは車の部品を看板の時間までにKIICの会社に届けなければならないので、路肩を走っている。http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/ 調査 予算 無知
2012.02.04
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1114 また、思い込みの象徴の出来事が有った。インドネシアへ出発する二日前に家から500mの場所にあるスーパーへインスタント食品などを仕入れに車で行った。買い物を終って三袋の大きなポリ袋を持って、車へ戻ったらキーが無い。ロックして、店に入る前にズボンの右ポケットへ仕舞ったのは覚えていた。しかし、無くなっていた。店へ戻って、歩いたコースに従って棚の上や下を探した。それでもない。店の人に言って、一緒に探してもらったが、やはりない。仕方が無いから、店の人に見つかったらここへ電話してと、私の電話番号を教えて出てきて、歩いて、家まで戻りスペアーキーを持って再び戻り車で帰ってきた。近いから、まだ良かったが、遠かったら、サービスうj鍵屋を呼ばなければならないところだった。妻には「家の鍵も一緒でしょ、拾った人が、リモコンを押しながら家に近づけば車の持ち主が分かって、家の鍵も使われるかもしれないでしょ」と怒られた。それで、一件落着。その鍵が昨日、見つかった。日本から持ってきたポリ袋の中身を出して冷蔵庫や棚に仕舞う作業をしていたら、袋の底に見覚えのあるキーホルダーが在った。見つかった。店で探す時に、ポリ袋の中に入れたかもしれないと、ちらっと思った記憶が在る。しかし、まさか、ポケットからキーを出して、ポリ袋に放り込んだなどとは思ってもみなかった。無意識のうちにやってしまった事だったのでしょう。その上、いつものように、買ったものはポリ袋から出さずに、そのままの状態でバゲジに放り込んでしまったのです。ポリ袋に入れるはずが無いという思い込みでした。ちらっと思った時に探せばよかったと思う。また、一件落着でしたが、鍵の置き場所を決めてあるのだが、その場所に無い事の方が多くて、探すことが多いし、人を疑って聞くことも多い。別に鍵だけでなく、身の回りの色々な物を探すことが多くなったと思う。注意はしているつもりだが、やはり、探すことが増えていると思う。今日のチカランバラット(イジップやジャバベカの工業団地が在る)出口の渋滞、出口導入場所だが、ここから料金所までは2km以上ある。また、ここまで本線、路肩を含めて三車線の渋滞が1km以上あった。だから、出口の渋滞は3km以上です。通り過ぎるのに30分以上は掛る。私は、ここで出なければならなかったが、一つ先のチカランプサットで出て戻ることにした。その方が速いことが多いからだった。しかし、チカランプサットも本線上から二車線、料金所手前、陸橋を渡ってからは4車線になっていて、料金支払いゲートは2つしかなかった。ここでも30分掛ってしまった。チカランバラットで車列の後ろに着けていればよかったと思う。それより、ジャラン、カリマランを通ればよかったと思う。遺失 探し物 思い込み車や家の中、あるいは半径20mくらいの近くに求める物が有れば、車のロックや解除のリモコンと同じようなもので特有の音を発するように出来れば良いと思う。そういうシステムを作れば爆発的に売れると思う。各種鍵、携帯電話、カメラ、財布などに携帯ストラップの様に音が出る受信機を付けておけばいい。それが発信機にもなっていれば、発信機を全部見つからないことはない。それぞれに5番位まで番号をセットできるようにしておいて、発信はその番号を押せばいいようにする。どうでしょうか。
2012.02.04
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1112 武田鉄也氏と同じ病院で心臓手術を受けるために二か月ほど日本に帰っていた友人がインドネシアの会社へ復帰した。その人の快気祝いというか、理由は何でもいいが、親しい方たちと食事会をした。長い人は13年以上に付き合いです。殆どの人が、インドネシアから出たくない人で、一社にずっといるのではなく、何社かを渡り歩いている。皆さん、現地採用だが、良く仕事が見つかるものだと感心する。職場でのいじめや嫌がらせについて議論する厚生労働省の作業部会は30日、職場でのパワーハラスメントの定義を明確化する報告書をまとめた。同省が職場のパワハラを定義づけるのは初めて。企業などに予防・解決のための指針作りや相談窓口の設置などを求めた。 報告書では、職場のパワハラを「同じ職場で働く者に対し、職務上の地位や人間関係などの優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的な苦痛を与えたり、職場環境を悪化させたりする行為」と定義。上司から部下への行為だけでなく、同僚同士や部下から上司への行為も含まれるとした。労働相談などに、年上の部下や、高いパソコン技能を持つ部下からの嫌がらせに関する内容があったことを踏まえたという。 さらに、〈1〉暴行など「身体的な攻撃」〈2〉暴言など「精神的な攻撃」〈3〉無視など「人間関係からの切り離し」〈4〉実行不可能な仕事の強制など「過大な要求」〈5〉能力とかけ離れた難易度の低い仕事を命じるなど「過小な要求」〈6〉私的なことに過度に立ち入る「個の侵害」??を職場のパワハラの類型として示した。インドネシアの二社で私が受けたパワハラは(2)(3)(5)(6)でした。理由は分かっていた。望まないが、本社から派遣されている私より10以上若い現地の社長やマネージャーのあらゆる能力が私より明らかに低い。その上、すぐにカッとなって、大声で怒鳴る。現地の従業員は震えあがらされている。そういう状況の中で、彼らにしてみれば、私は彼らより仕事は出来る、言葉は出来る、何より現地の人達に優しく、面倒見もいい。インドネシアに関する情報も早く手に入れている。日本人の友人も多い。それプラス、本社からは、私のように年齢が行っている人が出来るのに、若い働き盛りのお前たちがなぜできないと、責められる。全てが目の上のタンコブだし、私は邪魔者です。だから、私にパワハラを仕掛けざるを得なかったのです。また、彼らを派遣した日本の責任者(最高責任者ではなく常務あたり)も私が自分の地位を脅かすと恐れて、彼らと一緒になって、私を無視するのでした。二社とも、日本から出張でインドネシアへ来た常務は、日本人との食事やミーティングそして現地従業員の幹部を交えての夕食会など一度も誘わなかった。オマケに、私が見ていた、現地売りでしっかり利益を上げていた押出部門の現地人幹部も無視され、誘われなくなっていた。徹底していた。私をうまく使えば良いのにと思うのですが、そういう余裕が彼らに無いのです。 私はパニック障害というヒドイ目にあったが、うつになってしまう人が多いと聞いている。ラッキーにも私のように乗り越えることができる人ばかりではないと思う。世のサラリーマンの方々、パワハラやセクハラをしていないか、自分の事を考えてほしい。誰かが、苦しんでいるかもしれませんよ。 パワハラ セクハラ DVドメスティックバイオレンスもともと一枚しかできなかったのが、写真を添付出来なくなった?サービスが改悪されたような印象です。今日で終了します。
2012.02.01
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