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レスキュー物語・後編 私の二人目の夫、絵描きのグレッグと一緒になってから30年近くなるが、この人は浦島太郎でもあるまいに「子供達にいじめられていたから救って来た」と、蛇だとか蜥蜴だとかを家に持ってきて裏庭に放していたので、今でもわが庭には蜥蜴がたくさんいる。ある日、羽の折れたカラスを連れ帰り「野鳥レスキューにつれていくまで」と飼っていたが、Wild Life Center ではカラスは受け取らないというので、カーロスと名付け、結局はラクーンにかみ殺されるまで中庭にいた。3年もの間グレッグは可愛がったり遊んだりしても、餌をあたえるのや掃除をするのはいつも私の仕事であった。 雑食のカラスの糞はコンクリートの床がくさくなるので、毎日ホースで洗わないとハエだらけになった。カーロスがついばむ被害は、半端でなく二か所のガラスドアと、木のドアを取り換える所までに至り、ついにはガレージドアーまで取り換え、ネズミ退治屋まで雇わなければならなくなったから100万円位の出費になった。「レスキューもいい加減にしてよね」と言ってもきくような人ではない。二重ガラスのドアの周りの防水用のゴムを全部ついばんだために、水漏れでガラスが曇りだし、ガレージに繋がる中庭のドアの下を10センチ位ついばんだために、ネズミが出入りしだした。カーロスの餌の残りを狙ってきたからである。屋根裏で死ぬと家中臭くなるので専門家に来てもらったら、ガレージドアにも隙間があるから、中庭のドアを取り換えるだけでは効果無しと言う事で3台用ガレージのドアも二つ取り換えるはめになった。 やっとカーロスの問題が終わった年に、グレッグは展覧会の用意で隣町の画廊にいたのだが、車の交差する街中でリスの赤ん坊がうろうろしているのをみて「放っておいといたら車にひかれちゃうか、餓死するだろうから」と家に連れかえったのだった。ピーウィーと名付けて鳥のケージにいれて飼った。ふさふさの尻尾で大きくみえるが、最初は本体はテニスボールより小さかった。あれよあれよ、という間に倍の大きさになったので、鳥かごではかわいそうだから「森のように木がいっぱいある裏庭で自由にしてやろう」と二階のバルコニーに放したら大喜びで木の中に消えて行った。 その頃は、私の手からでもナッツを食べるようになついていたので、水と餌の入れ物を置き、毎朝「ピーウィー!」と呼ぶと、風のない日でもワサワサとあちこちの木が揺れて、どこからともなく現れ塀を伝わってバルコニーにやって来て、食べるという日課が一月ほど続いたが、ある日何度呼んでも来なかった。「ピーウィー来なかった」「その内に戻ってくるよ、この辺は沢山の果物植えてる人がいるから」とは最初の日の会話。「ピーウィー今朝も来なかったよ」二日目に私が言うと、「最近、コヨーテ警報がでてるからなぁ。食われちゃったのかなあ」とグレッグが心配顔。「コヨーテは木に登れないから先ず大丈夫だと思うけど、時々ボブキャットが出没するからね、あれは木にも登るから危険性はあるわね。でも最近は見かけないから」と私はまだ生きてる方に期待した。 いなくなって何年か経ち、ピーウィーの事はすっかり我々の頭から消え去っていた先週「ヒロコ!すぐこい!」とグレッグがどなった。「今ネットで忙しいの。あとじゃだめ?」「すぐじゃないと逃げちゃうかもしれないから」「何よ、いったい?」「ピーウィーが戻って来た!」といったので、私はパソコンの手を止めて急いで台所に行った。塀の上に尻尾のふさふさの大きなリスがいたのだった。 この辺のリスは、Ground Squirrelといって、地上または地下に住み、スルスル地上を這うような歩き方をする。尻尾が平で、目の大きなネズミみたいである。ピーウィーはBushy Tailといって、ふさふさの尻尾で、木に住んで木から木を飛び回る。ふさふさの尻尾は寒くなった時に体を包む毛布の役をするので山にはいるが、当時この辺では一度も見かけたことがなかったから、すぐわかった。「あ!ピーウィーだね!古巣にかえってきたんだ」と、いいながら私は、アーモンドをグレッグに渡し、彼がドアを開けたとたんに屋根に逃げた。「野生化したのだろうか」と話してたら、反対側から似たようなリスが、もう一匹現れたのだった。「グレ~ッグ!二匹連れだよ!ピーウィーは、雌で子供連れて来たのだろうか?それとも雄で、パートナーを連れて来たのだろうか?」と二人で感激した。前編に書いた野生のエルザが、育て親がもうとっくに再会は諦めていたところに、パートナーや子連れであらわれたように、ピーウィーも、パートナーと一緒にもう一度会いに来てくれたのだと思う。確たる証拠などいらない。私達はそう思う事にしたのだ。
2026.01.23
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・・・とまあ、今年は年女の私、午年の幕開けのご挨拶をいたしましたが、アメリカは私が来た昭和39年に比べる事が出来ないほど、めちゃくちゃな政治になってます。あまりにも沢山のハプニング続きなので、又、箇条書きです。恐らくトランプ政権の間は今後もこのパターンが続きそうです。1. まず、あまりにも、トランプが違法な事ばかり続け、訴訟、訴訟が山積み。まずは、トランプの味方をしてくれる弁護士がみつからないので、裁判もはかどらず、うやむやに引き延ばされるだけなので去年だけで2900人の裁判官が辞職しました。2. Pubic broadcasting fund(公共放送、報道基金)を全面的にカットしたので、公共のラジオ、新聞、報道関係は全て断ち切られました。つまり、教育テレビも無くなりました。3. FBIのオフィスも閉めました。これは、FBI が無くなったわけではなく、トランプに味方する役員だけ残して多くの人はくびです。4. ケネディー・センターの会長を追い出してトランプが会長になり、名前も、トランプ・ケネディー・センターと替えました。その為に、ケネディー一家が、猛烈に怒り出しましたが、トランプはさっさとビルディングの名前も替えてしまったので、アーチスト達が出演をこばみ、去年のクリスマスコンサートもキャンセルになったとか、新年のイベントもやらないとか、兎に角とんでもない事になってます。5. ホワイトハウスの舞踏会場は、ホワイトハウス本館の1.8倍の大きさになるので、それをデザインする建築家がいやがって、誰も設計図にとりかかりません。ヒットラーと同じく、舞踏会場の地下には、核戦争の防空壕をつくります。そのために、トランプは「軍隊と話し合っている」のです。でなくて、何故、舞踏会場のデザインに軍隊が必要でしょう。6. 違法移民と称する人達を逮捕するICE役人達の資格があいまいで、ギャングメンバーまでやとってるそうです。しかも、一人捕まえると、$〇〇〇のボーナスがもらえるので、国民でもラテン系の顔をしている人を捕まえて、隔離しています。勿論裁判で彼らは釈放されますけど、なんと、あまりにも大勢隔離されてるので、裁判になる時間も数週間とかではなく数カ月もかかってるそうです。つまり、アメリカ人でも隔離され、仕事をなくしても、政府は弁償をしません。こんな不公平が許されてるのです。7. トランプはワシントンのスミソニアン博物館の展示物まで自分の意にそぐわないものは削除してます。また、人種問題で戦った人々の功績なども全部削除。8. トランプは、パリの凱旋門と同じか、もっと大きな凱旋門をリンカーン記念館前の辺につくる計画をたててます。9. トランプは、ベネズエラの船を爆撃した事はもうご存じでしょうが、調べもしないで、ドラッグ輸送をしてると、決めつけ爆撃。また生き残って、木の破片につかまって浮いていた二人も射殺しました。これは、国際法にもはんする行為です。10. そして、今度はベネズエラの国を攻撃し、独裁者のマドウロ大統領を誘拐しニューヨークの刑務所に夫婦とも留置しました。アメリカに一体何をしてるというのでしょう?「コカインを大量に密輸してるのを止めるためだ」と、トランプはいってますが、証拠は全くありません。そんなに、コカイン密輸を阻止したいなら、何故、400トンのコカインを密輸し40年の投獄になったホンドゥラスの大統領を釈放したのでしょう。反対派の意見では、ベネズエラは、石油の宝庫だそうです。反対派はトランプはそれを狙っているからだといってます。つまり戦争をおっぱじめてるわけです。11. ベネズエラの国民の多くは、マドウロ氏がいなくなって喜んでいるとのことですが、代理の大統領もマドウロの政策に従っており、国民の生活は変わっていないとの話。いくら、悪い大統領だからといって、他国が押し掛けるもんだいではないです。中国とか、ロシアがトランプを逮捕するようなもんです。国民の半分は喜ぶでしょうけど、不道徳ですよね。12. 昨日、トランプ政策に反対する5つの州の連邦援福祉金を全てカットと発表。ということは、カリフォルニア、ニューヨーク、イリノイ、コロラド、ミネソタ州には、母子家庭への援助金、育児補助、育児教育費を全てゼロにすると決まました。13. アリゾナ州の議員で、宇宙氏であったケリー氏が、「いくら大統領命令といえども、憲法違反の命令は軍隊でも無視すべし」と発表したことが、国賊行為であると、国からでる年金をゼロにしました。たとえば、州の問題は州で解決すること。もし暴動が大きく広がりすぎて手に負えないときだけ、国が手を貸す事になってますが、トランプが気に入れないだけで、オレゴン、ロスアンゼルス、シカゴなどに軍隊を送りましたよね。「戦争寸前のきけんさで、州の手に、おえないから」と嘘ついて・・・ケリー氏は、「自分の意見に同意しない州だというだけで、そいういう命令を出すのは、憲法違反かつ不道徳である。」と言ったのですよ。それをトランプは、国賊ものだというのです。14. エプシュタイン報告書がまたまた、1億くらいでてきて、トランプは逃げられないほどになっているから、追い詰められた獣はなにをするかわからない。と、実はトランプ派の人々も怖がっているのです。それで、本音をいえないのですよ。じゃ、今日はこれまで。年の初めから暗いニュースでごめんなさい。
2026.01.07
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レスキュー物語・前編昔昔、その昔。私がまだ日本にいた昭和35年前後に、Joy Adamson 著のBorn Free という、ノンフィクションの本がベストセラーになった。日本語に翻訳された名前は確か『野生のエルザ』と言ったと思う。夫婦でアフリカにサファリに行ったとき、孤児のライオンのカブを見つけエルザと名付けて自分達で育て上げるのだが、あまりにも二人になついてしまって「これではやがて我々が本国に帰った後、独立出来ないだろう」と思った二人は、ある日獲物がいそうな遠くまで連れて行って放つ。エルザは、何故捨てられるのか分からずに、二人のジープをどこまでも追っかけて来る・・・その時の二人の胸が張り裂けるような思いを読みながら感じて、私も声をあげて泣きながら読んだのを覚えている。 1966年にBorn Freeという映画になった時はハワイに住んでいたのだが、早速ハンカチを用意してみにいった。アダムソン夫婦はエルザを荒野に放ってヨーロッパに帰り、数年経ってケニアに再来したのだが、まさかエルザに再会できるとは思ってもいなかった。でも、もしやという思いで昔と同じ場所にテントを張ったのだ。すると、ある日雌ライオンがテントの近くまでやって来て、アダムソン達を距離をおいて監視してるのに気付いて、「エルザだろうか?エルザ?」と呼んでみると、警戒しながらも逃げないので、もう一度声を張り上げて「エルザ~」と呼んででみると、走り寄ってきた。覚えていたのだった。その内にエルザが、二頭のカブをつれて戻って来たり、最終的にはパートナーの雄ライオンまで連れて来た、という実話を元にした映画である。 ライオンとまでは行かないが、私も二度ばかり巣から落ちた野生の小鳥を育てた事がある。最初の思い出のフィンチは、ラグナ・ビーチに住んでいた時、隣の巨大な松の木を伐採した時に木から落ちた小鳥であった。「まだ、卵からヒナにかえったばかりみたい。親鳥は驚いで逃げてしまった。可哀そうに」と、当時84歳だったダービーさんが、小学生だった我が子達に見せに来た。「育ててみる?」と言うので、「初めてだけど、やってみます」と受け取り、マッチ箱に綿を敷いて2センチ弱の小鳥を入れ、ペット屋に行って餌と、針のない注射器のようなシリンジを買って来て育ててみた。まだ、羽もなく目も開いてなくて、それでも水に近い餌をシリンジにいれて嘴にあてると大きく口を開いた。本能というのは素晴らしいと思った。そのブドウのような塊は、餌を与えると数分後にはもう糞になって出てしまうので、本当に数時間おきに食べさせたのだが、お腹が透明になっていて餌を入れるとプッとふくれて、破裂しそうで怖かった。その内に、肌から羽らしきものが生え始め段々鳥の恰好になって行き、ある日目を開けた。ものの本によると、目を開けた瞬間に見たもの(人間でも)が自分の母親だとインプットされるそうなので、私がその鳥のママとなりピープと名付けた。 飛べるようになった時ドアを開けたら裏庭の杏子の木に飛んで行き、日中はそこにいて、仲間と飛び回って夕方家に戻って来たが、三日目には空高く飛び去って戻ってこなかった。 二羽目のフィンチも、ブヨブヨしたゴムのような葡萄のような塊であった。だから、二階の軒下からコンクリートの中庭に落ちても生きていたのだろう。現在住んでいる家で育てたのだが、飛べるようになったら家の中を自由に飛び回って、手を叩くと私の頭や肩にとまるくらいなついた。 ピーパーと名付けていたのだが、エルザのように野生に戻そうと、仲間がいる裏庭に連れて出ても、私の肩にとまってなかなか野生に戻りたがらなかった。ある日、やっと仲間と遊びだし飛んで行ったので『やれやれ、やっと巣離れしたか』と思ったのもつかの間、夕暮れになると窓の前まで飛んで来て私が開けるのを待っていて、窓を開けた途端にパーッとシャンデリアまで飛んで、ドアを開けたままの鳥かごの中に入って餌をたべ、一泊して行くというのを繰り返していたが、昼間は自分で餌をさがして食べてるらしいので、早く独立させようと思って、10日位経ったある夕方、何時ものように窓枠にとまって私が開けるのをまっていたが、つらい思いで窓を開けなかったら、諦めて他に飛んで行った。それから10数年たってるが、時々窓辺にくるフィンチが一羽いる。フィンチがそんなに長生きするはずはないから、ピーパーではないと思うが、もしかしたらピーパーの子孫かもしれない。 昨年に引き続き、今年も宜しくお願い致します。私は午年ですから、としおんなです。2026年が皆さまにとって、良い年になりますように。
2026.01.01
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