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もう、10年位になるか、あるブログ上ヒロミさんに巡り合った。私の娘にしてもおかしくない程の年齢だが、その時点でもうお孫さんがいた。毎回載せるブログは、かなり落込んだものが多く、読むほどに、「これじゃ、落込まない方が不思議」と納得出来るような内容ばかり。だまされたり、泥棒に入られたり・・・つまり不運の連続であった。死にたくもなるのも分かる経歴だった。ある日、個人的にメッセのやりとりを始め、私の祖母や母達が富豪からホームレスになった経験談などを話したり『人間は一生勉強を続けるものです』という祖母の教えで私自身49歳で大学生になった話などをしているうちに、彼女も打ち明け話をするようになった。「兎に角、諦めてはだめ!駄目もとで、○○の勉強もXXのテストも受けてごらんなさい。自分をほめなさい。過去を許しなさい。幸せを作るのはあなの責任ですよ」と半分けしかけるように言ったら、パタリと文通がとまってしまった。「あれ?言いすぎたかな?怒っちゃったのかな」と思って数年たったある日、彼女からメールが来た。「ヒロコさん覚えてますか?」という一行から始まって、例の勉強に没頭してテストにも合格来週から新しい職場に通勤し始める、しかも主任のポジションである、と書いてきたのである。3年前に帰国したさい、私にあいに、わざわざ北海道から東京まで出てきてくれた。女優やモデルにしたいくらいの美人であった。その後、こういう考えがあるのだけど、日本ではまだない試みだから怖いと言ってきた。「やりなさい!最初はマイナスでも、その内にうわさが広がるわ。アメリカでは当の昔にやってます」と、グレッグの作った陶器の灰をいれる壷をみせた。(写真参照)それから、また長らく音信普通だったが、今日、ひょっこりブログをのぞいてくれたので彼女のサイトにいってみたら、去年こんな日記を書いていた。私は見逃していたのだった。http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1881326141&owner_id=6739196(ミクシィに入れない人のために、ここに彼女の文章をいれます。その内に、彼女のネット・サイトが出来たら、また、ここでご紹介する計画です、これが「諦めない強さ」なのです。 (この写真は、骨壷というか、死んだら自分の灰をいれてくれ、と作ったものですが売れちゃったのです)************最初に、一番最初にこの計画を応援してくれたヒロコさんに感謝します。 地味に続けた結果をお知らせします。 2010年から細々と棺とドレスタイプの埋葬着や骨壺などを作って販売。 2年前はまだ在宅で時間も余裕があったのですが、まったく売れず 昨年になって骨箱(骨壺を入れる木の箱)が売れ始めて 今年からドレスも完売し、オーダーメイドも承るようになりました。 元々は恐がりな娘が怖くないようにしたかったのと、 葬儀にかける資金が少ない人たちのために作ったサイトなのです。 生活保護の葬儀費用以内で収まるようになっています。 来年2月頃公開の『遺体 明日への十日間』に映る棺もうちのサイトからです。 エンドロールに名前を載せるとのことでしたが、本当に出るのかどうか。 こんな感じです。これからも応援してね。
2013.01.30
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グレッグは、自分の絵を売りたがらない絵描きである。 どうやら、自分の一部を剥ぎ取られる感じがするらしい。 「それじゃ、画材も買えないじゃないの」と、16年近く サポートしてる私が、愚痴をいうと、 「だから、陶器のしゃれこうべを作ってるじゃないか。それを 君が売ればいいんだ」などというが、陶器のしゃれこうべなど 一個売っても、$2くらいの儲けしかないうえ、月に換算したら 売り上げ$50くらい。 それでも、何ヶ月に一度くらいは、大きな作品が売れて、 まるで、家族が死んだように落ち込む彼。 最近、フェイス・ブックにグレッグの絵のサイトを作り、 http://www.facebook.com/pages/GREGG-STONE/490777864294310 一度に彼の作を何十枚も載せたが、そうすると多くの人は 一枚だけ見て素通りすると思って、毎日一作ずつ載せているが、 キューバ・シリーズを載せているうちに、その殆どが売れていた 事に気づいた。それらは、旅日記のようなものであるから、 彼自身、そんなに執着はなかったらしい。 メキシコ・シリーズになると、しがみついているものが多く、 コンテストで一位になったものや、ファーストクラスのビール 会社に行ってしまった作品を悲しんで、又同じものを描いた 事もある。 「あなたの作品には、物語があるからね、買ってくれた 人が大事にしてくれるのよ」と言って、なぐさめるが、 思いがけなく、行った先の家でグレッグの絵を見るときは、 はっとするほど、うれしいものである。 今週、アート関係の友達の家のランチ・パーティーに 呼ばれたとき、玄関を開けたところに、グレッグの絵が かかっていたので、写真をとって、彼に見せた。 チャリティー・オークションに寄付したものだった。 「彼女、$$$で落としたんだって・・・」といったら、 「かわいそうに、そんなに好きなら、あげたのに」と 答えた。 いかにも、彼らしい反応であった。 ★この絵は、メキシコのプエブロという町に行ったときの La Ventana {窓}という作品です。
2013.01.28
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グレッグ・ブレィデンという写真家の作品ですが、何か教えられません?When it's something important to you in your life, you will find a way."人生で大事な問題にぶつかったとき、あなたは、何らかの解決方法をみつけるだろう” (私の違約)
2013.01.28
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ジョンという名前の人は、アメリカでは10人に1人 位の割でいるので、ニックネームとか、苗字とかで 呼ばないと、誰の事か間違いやすい。 そういうわけで、今から書くジョンのことはエンゲルと 書く。Engelというのは、ドイツ語でエンゼルつまり 天使という意味。ついでだが、ロス・アンゼルス Los Angelesも、スペイン語で天使達と言う意味である。 そのエンゲルは、あるクラブでグレッグの弟分だった のでよく面倒をみてあげていた。感謝祭や、クリスマス にも招くし、我々がバカンスでいなくなるときに、留守を 頼むのもエンゲルである。我が家にくると、ピアノを 数本の指でひいたり、ギターを弾いて楽しみ歌謡界の ことには詳しかった。動物的なところもないがゲイでも なく、欲もなく、あまり学問もなく、寝る場所があって その日に、食べられたらそれでいいという感じで、 ひなびたもやしのような、夢なき男だと思っていた。 両親はすでにあの世だが、末っ子でお兄さんや お姉さんたちから可愛がられるらしく、いつもきちんと した服装であり、清潔で、のんびりしていて、 こまると、きょうだいが皆で助けてくれるから、仕事を なくしても、慌てるようすがない。独立してはいるが 収入も微々たるものなので、間借りをしている。この10年 同じ家にいるから、問題も起こさない人間なのだろう。 そのうちに、 「セキュリティー・ガードの仕事が手にはいった」とか 言って、借金を返しに来たが、それから数ヶ月たった。 「ちかごろ、エンゲルから連絡ないね」と、グレッグと 話し合っていたのだが、昨日電話がかかってきて、 「自作自演のCDをつくって写真もうつしたからカバー 作るの手伝ってくれないかな」という事だった。 それで、今日の午後、数時間かけて、グレッグと私とで エンゲルのCDカバーを作る手伝いをした。 「今から、印刷屋にいって、今夜はケースにいれるんだ!」 「出来上がったら、一枚くれる?」と聞いたら、 「もちろん!」 もう、もやしのようではなく背筋を伸ばして元気に 帰っていった。エンゲルにも夢があったのだ。そして、 その夢を叶えて、羽ばたくときが来たんだ。よかった よかった、と心の中で祝福した。
2013.01.26
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今朝9時に電話がなった。銀行からだった。 つい先月、BANK OF AMERICA経由のカードの番号を 盗まれて、フロリダのWalmartで、同じ日に、同じ金額を 4回使われているのを発見し、警告を出し、新しい番号を もらったばかり。 その、新しいカードに、又疑わしい購入があったと知らせてきた。 「昨日$24.90ネットでつかいましたか?」ときいた。 無論、答えはノーである。 「今朝も$25のものを買おうとしたらしいですが、いつものパターンと 違うので拒否しましたが、覚えがありますか?」 「今さっき、起きたばかりで使ってませんから、ノーです」 ということで、又、このカードも切り捨てなければならない。 犯人もなれたもので、決して、最初は疑われるような金額をつかわない。 つまり、$20前後で、試してみるのだ。それを、数回やって持ち主が 気付かないな・・・と思うと。ドッカーンと大きなものを買うのである。 娘は、のんびり屋で、私のように請求書をいちいちしらべないので、 大きくやられた口だが、不幸中の幸いとして、その期間、彼女は インドにいた証拠をみせて、その請求書が偽である証明にも てこずらず、即、銀行で返金してくれたという。 グレッグは、娘に輪をかけたナイーブな男で、請求書などの詳細も 見ずに全額はらう口。定期収入のないグレッグのために、つくった カードがあるが、責任者は私なので、彼がミスすると私に お鉢がまわってくる。 彼をだますのは、赤子の手をひねるくらい簡単。 ある日、本の間からぱらりと落ちた、一枚の紙、 本のしおりとしてつかっていたらしいが、数年前に期限がきれた $600 の、株券であった。こういう男と一緒にすんでるから、 彼のでも私が請求書に目をとおすのである。 「こういう問題、増えてますか?」と、銀行員に聞いた。 「残念ながら、急増しえいます」と答えた。 「ほら、自分の問題は、自分で解決してよね。 きちんと、相手の名前をきいて、スペルもしてもらうこと。 かけた、年月日、時間をかき、何の用件だったか 書き留めておくこと。その人の内線番号もメモすること」と、 何度も、口をすっぱくして受話器をグレッグに渡したけど、 話おわったら、全部わすれていた。 今回は、壊れた部品の注文で電話注文だったのだが、 どうやら、部品の他にセールスに、余計なものを 買わされたのも気付かなかったらしい。 「AAAと、BBBをかったって、領収書にかいてあるわよ」 「いや、AAAだけしか、買ってないよ」というぐあい。 すったもんだ、一時間くらい話し合って、どうやら、 返品することになったらしいが、頭の良い、悪者が はびこる世の中、うかうかしてはいられない。 全部私がやると、グレッグは何も出来なくなるので 今回は全部やらせた。何せ、私のほうが10歳年上 だから、彼に自立してもらいたいのである。
2013.01.24
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タコスの皮を手作り・・・粉を売ってるのですよ。それに、お湯をいれて、5分こねて、15分ねかせておくと、延ばすときに麺棒にはりつかず、きれいに伸びます。 具は、我が家の場合は、ターキーのひき肉に、タコス味、レタス細きり、トマト、さいの目、長ネギと、シラントロこまかくきって、おろしたチーズ、サルサ。今夜は、サワークリームの残りがあったから、それもそえました。この料理のよいところは、一人一人、好き好きに皮にのせて、折り曲げて食べることでしょう。写真とるの送れちゃって、もう食べ終わる頃だったので、なんか、汚らしく撮れましたけど、ま、いっか!これはね、極安の食事なんですよ。自宅で作ると、こんなの一人4個ずつたべても、一人分、$3~4くらいでしょう。
2013.01.24
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グレッグと、ジョン・チャング(中国系の画家)の二人展が、セコヤ大学の画廊であります。墨で・・・というタイトルで、二種類の「墨」の作品集を展覧します。一般に英語ではタットゥーのことを、インク、つまり、いれずみ・・の墨のわけで、グレッグ自身は何もいれていませんが、現在を記録する絵を描く人ですから、今、タットゥー・シリーズの絵を描いてます。この展覧会は、西洋の墨と、東洋の墨の画家を見せる試みなのでしょう。 美術専攻の学生達が、いずれは美術関係の仕事をするために、いろいろな過程を習うのですが、一般募集、選択、宣伝、招待、キューレート、インストレーションなどなどを実習するために、大学の美術部で、よくやる行事の一つです。多くの応募者の中から、たまたま、グレッグのが選ばれたわけです。
2013.01.23
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ミクシィのビンカさんより。 緊急朗報!! 山林の放射線量が0に!! 複合発酵による耐放射性細菌の微生物触媒で放射線量が0に http://takashima.tidt.fool.jp/?eid=43 本当でありますようにいのります!! リンクのアドレスに、fool という言葉がはいってるのが、ちょっと気になります。 つまり、じょうだんという意味にもとれるからです。ヒロコ・ファルケンシュタイン
2013.01.22
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Nearly 20 years ago, Art Spiegelman, Maus author and illustrator, drew a cover for The New Yorker of a bunch of school kids getting off the bus armed to the teeth with guns.20年近くもまえに、アート・スピーゲルマン(*マウスという漫画の作者)が、ニューヨーカーの表紙に、マシンガンで武装した大勢の小中学生がバスから降りてくるイラストをしてます。★スピーゲルマンは、ユダヤ人がナチスに迫害された話をネズミの形で漫画式に描いた漫画家です。確か、自叙伝だったと思います。彼のアメリカ社会を皮肉ったイラストが、あまりにも、今の社会を予知していたようで、怖いですね。ガンを無くそうとしても、ルールや取締りを厳しくしようとしても、ナショナル・ライフル・アソシエーションの力が強すぎ(政治家に莫大なわいろを、ばら撒いてコントロールしています) なかなか、思うように行かないのが事実です。日本の原発問題と似てると思います。
2013.01.21
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我が家から400キロ北のセコヤ大学の画廊に無事作品をとどけ、今、セコヤ公園ちかくのモテルにいます。これからっ夕食、明日朝は、セコヤ公園にいく計画です。
2013.01.20
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拡散希望http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2013011801001650.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter東電が発表してるんだから、実際はもっとあるかも?? かてて加えて 今日本では、野菜でも何でも不足なんでしょ?日本人には、食べさせられないから、海外輸出ってわけ?おっそろしい。 http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20130119/CK2013011902000107.html
2013.01.19
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時々、画廊が同じサイズの四角い板とか、しゃれこうべとかを参加したい画家に渡して自由に作品を描かせて、その展示即売会をしますが、今回は、十字架です。グレッグも参加することになり、遊びながら、描いてます。 ペンダントのキリストが気に入ったようで、それを拡大してかいてます。昨日は、ここまで。。。。 今日はここまで。陶器のあいだをぬって、描いてるようです。
2013.01.18
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娘一家は週末、家族全員でどこかに出かけます、先々週は雪のふる山小屋へ行き、 先週末は、サンタ・モニカの海岸を散歩し、食事をし、コンバースとかいう店で、自分達のデザインをスニーカーにプリントしてもらい、好きな靴紐でデコレートして、楽しんだようです。孫・二男のデザイン 孫娘は、虹色のシューレース(靴紐)を自分でいれてます娘のデザインは、F clef.は~い、全員そろいました!日本にもあるそうです。楽しいでしょうね。
2013.01.16
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我々の会話は、スカイプかフェイスブックのチャット・ライン、またはメッセのやりとりであるから、ハイテクの世でなかったら、こうは行かない。そういう会話でも時としてパソコンの故障とか、村自体の電波のレセプションが悪くて電話も通じない事もあって一月来ないこともあり、「パソコンの具合が悪いから、携帯のしかも番号ので打ってるから時間がかかる。先日沢山書いたのに発信する前に全部消えちゃったから、ふて寝しちゃった」とか書いて来たこともある。ちなみに、この地方では普通の電話はなかったのに、誰でも携帯はもっているそうである。思うに、辺鄙な場所だから電話線をとりつける工事費用などなかったのであろうが、携帯は電波をキャッチするから、こちらのほうが発達してしまったらしい。このプロジェクトが始まって一年かかってるわけだから、手紙のやりとりだったら何世代かかっだろう? と考えたら、気が遠くなりそうだったが、日本もこういう時期を通ってきた。この地球には、それでもまだ百年くらい遅れている社会もあって、それがよい事か、悪い事かここでは書かないが、答えはでてこない。その内にヘザーが転勤になるかもしれないという話が持ち上がったり、「歯の具合が悪いけど、この村やナイロビの歯医者の設備では非衛生的で怖いから」とバカンスを利用して南に行ってしまったり、来月はカリフォルニアの自宅にある車を売りに一時帰国すると言ったので、もうあの話は立ち消えになったのかと、がっかりした所にメッセが来た。「生徒のママ達が、縫ってくれるんだそうで、やっと始まりそう。足りない材料を買いにナイロビに行きます。私の帰国前に、とにかくこのプロジェクトをはじめておきたいから。それに私の車が売れたら、ほかの子の学費も出してあげられるし。今ある材料で88人分のパッドはできる筈」と言ってきた。世の中には、ブランド品がどうのこうのエアコンが無くてどうのこうの、主人との会話がつまらないだとか文句ばかり言う人間もいれば、ヘザーのような人間もいる。そして大学に行きたくても、そんなお金のない人もいるし、私のように子育てが終わってから大学卒業する人もいる。勉強は何歳からでも遅くはない。勉強をしたくない人もいるだろうが、したくても何らかの理由で出来ない若者がいるなら私の出来る範囲で援助してあげたい。寄付をしてくれた日・米の友達の何人かは、「又送るから言ってね」といってくれるが、以上のようなわけで、今のところ中休み中。それにしても、私は遠く離れ安楽な生活の中で、ただ寄付金をあつめて、近所の銀行でヘザーの口座に振り込むだけでよいが、その場で、毎日生徒に教え、あちこち奔走しているヘザーを想像すると、ただ、「凄い!」では済まされない、何か敬虔(けいけん)な気持ちになると同時に人助けも楽じゃないなあと思っている。★これを書き終わったところに、ヘザーからサンプルが出来た!と写真をおくってきました。プロジェクトが始まったようで、4人のお母さん達が縫っているそうです。
2013.01.15
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(アメリカから送られてきたパッドと下着・これで、休校しないですむ!) 村にミシンは二台あるが、材料の布地を ナイロビまで買出しに行かねばならず、 一日に一本しかないバスに乗り継ぎ数時間 かけて下調べに、町にでるのが、材料は なかなか全部そろわない。 そうこうしている内にモンスーンの 季節がやってきて、その一本道には、 あっちにも、こっちにも深い長い溝が できて通行止めになってしまった。 やっと雨季が終わり穴埋め工事をして バスが再開通したころ、縫ってくれる 人を訪ねて、持っていた分だけの材料を 置いてきた。すると、数ヶ月たっても できないので、聞いてみると最初は 乗り気だった彼女が、何かに怯えてる 様子で理由を言わない。 「絶対にあのライオンの一部を釘付けした やつらが、彼女に作るなとプレッシャー をかけてるなって気づいたの。恐らく 彼女も脅迫されたんだと思う。私は外国人 教師だから別扱いかもしれないけど彼女は 土地の人だからね、本能的に危険を感じて いるのでしょう」といった。 「ミシンは二台しかないの?」と聞くと、 「ミッショナリーのところにも一台ある みたい」というので、 「それを借りるなり、中古でもいいから もう一台買うなりして、生徒たちに 縫わせたら?ミシンの使い方を教えて あげたらどうなの?」と私が無責任な 事言うと、 「グッド・アイディアだ」といって、 その手配をし始めたが、ミッションの ミシンはもうフルタイムで活動していて 無理。使い古しのを探すと言っても そのためにナイロビまで行かねば ならず、手で抱えて持ちかえることに なるから、時間も力もある人に同伴 してもらわねばならないし、そういう 時間もない・・という悪循環がつづいた。 「その間女生徒達は休校していたわけ?」 と聞くと、 「下着と使い捨てのパッドを半年分寄付 してくれた友達がいたから休校しなかった けど、ここにはゴミ処理なんてないからね、 どこにでも捨てちゃう文化だから、私は これ反対なの」 といったから、さもありなんと返信した。 (続く)
2013.01.14
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(向かって左がフェイスといって、ヘザーがスポンサーしてる娘で、自分の娘のように可愛がっており、フェイスも自分を養女にしてくれと、泣くらしい)まず、女の子達が休校するという理由は下着も生理品もまったくない文化だからで、その期間、家から出ないという。「笑っちゃ悪いけど、自宅の土間に穴掘ってそこにまたがってるんだって。信じられる?かわいそうに」とヘザーが書いてきた。「だから勉強も男生徒から、どんどん遅れていくわけ。これをどうにかしなきゃ」と考え、ミシンを借りてきて、吸収力のある布と、水分を通しにくい布とを分厚くぬって紐で結ぶものを作って自ら使ってみたら具合が良いので、それを大量に作って女生徒全員に配りたいという話になった。汚染だらけの地球に、現代人の使ってる使い捨てのを買うのだったら私は手伝わなかっただろうがこれなら、地球にも優しいとおもって援助を誓ったわけだ。そして、二度送金した。ところが・・地元のある男衆がヘザーは、「われわれの文化にじゃまする危険人物である」といううわさを村中にばら撒いただけでなく、ある日帰宅したら、ドアにライオンの一部が脅迫の手紙とともに、釘付けられていて、ぎょ!としたという。そりゃそうだろう。「女は教育など必要ない、余計なことをするな」というわけだ。先進国の私の前夫に似てる。話がそれるが、前夫も女は大学など行く必要ないといった。それが「見せてやる」というバネになり私は49歳で大学に入り、前夫よりよい成績で53で卒業し高校と大学の教師になった経験があるから、このヘザーの女生徒達をどうにかして助けたかったのだ。幸いヘザーのホースト・マザーが強い人で、一緒に怒って、ボーイフレンドと共に学長や村長に話して、その問題は解決したが、次には、ほかの学区長が「お宅の女生徒だけ、特別扱いするのは不公平じゃないか」とクレームをつけた。そうこうしているうちに、結局は100人近い女学生を助けることになった。一人分2ドルもかからず、その品は半年はリサイクルできると言うので、送金した分で200人でも大丈夫だと、私は計算した。(続く)
2013.01.13
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女子に学問は無用━という時代は日本にもあった。現在でも後進国や宗教のルールでそう決まっている国もある。だから、今から書くケニアの辺鄙な村は男女とも学校にいけるので、まだましであるが、女生徒は毎月生理中は通学できないというのである。それを発見したヘザーが憤慨して自分のブログに暴露したのを読んで、私は女生徒を援助する気になった・・というブログを去年書いたのを、ご記憶の方もいらっしゃるだろう。ヘザーというのは、我が子達と同じ高校の演劇部にいた子で、数年前からケニアの村でボランティアーの英語と科学の教師をしており、私の事もよく覚えていた。少ない自分の所持金で貧乏なフェイスという子をスポンサーして学費やら、服などを与えているらしく、上記の女生徒達の学問が遅れる事に悩んでおり、洗ってリサイクルできる生理バンドを考え出して、それを生徒にあげたいが、そんな余裕はないと言うので「出来るだけやってあげましょう」と、私がボランティアーになって、回りの友達や、ブログのお友達から寄付をつのり即、送金したのが、もう一年前のことだった。一人、200円くらいで、半年使えるものを作れるから、数百人分出来る!と、大喜びした手紙と、生徒達の写真を送ってきたが、一向にそのバンドが出来上がらず、ヘザーも焦っていた。その理由というのが、今回のブログの焦点である。(続く)
2013.01.13
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ぼけちゃったけど、これ、鳥がつついた後のサボテンの実。私も食べたくなって、一個だけ、たべました。鳥が食べるくらいになると美味しいのです。ただ、トゲがあって切るのに時間がかかって、めんどうで、いつも、腐らせてますけどね。庭に100個くらいなります。 クリスマスとお正月があったので、三週間ぶりに、ラナと、公園でスピード・ウォーク。大きな白いペリカンが二羽こちらを向いていて、絵になるなと思い、カメラを向けたとたんに、クルりと方向を変えてしまいました。残念。この辺には珍しく、ジャケットに手袋をしたほどの寒いあさでした。
2013.01.11
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日本脱出組のカナダの友達からミクシィに書き込みが4回きました。 日本に関してですので、ここに載せることにしました。 カナダの友達からの、お茶にかんするセシウム情報です。拡散希望。 http://www.asyura2.com/12/genpatu28/msg/661.html ヒロコさん。 皆様のコメントに水を掛けるようですが、昔、日本からのお土産に白折れを沢山買っても持ってきて、こちらの多国籍の友人に差し上げた事があり ます。そしたらこれ、MSGの味かすると。それで日本の友人に話したら、お抹茶や緑茶の一部にはMSGが添加されているのが普通だと。お茶袋の後ろの添加 物を確かめる事をお勧めします。白折れは、安物のお茶にお抹茶を振りかけたもの。偽物です。私たちの舌はもうまともなものをわからなくしています。 静岡の お茶は(セシウム)汚染されていて、汚染されていない鹿児島のお茶と混ぜて放射能を半減させているとか。特にお茶は乾燥させたりして濃縮されています。日 本のお魚や米 や農産物はもう何事も無いように食べられていますが、本当はとても恐い事なんです。わかめや昆布なども危ないです。善意だけでは子孫が破滅します。 壊れた原発からは今もどんどん放射能が出続けています。2011の3月13日ころ、いつも買っている静岡の掛川に電話して、2010年産のお茶を 百本買い ました。そんなに上等では有りませんが深蒸し茶です。もちろん冷凍して少しずつ使っています。なぜ日本の方たちは、自分の目先の問題なのに平気なんでしょ うか。放射能は見えないからでしょうか。不思議です。 きのう、日本食材店に行きまし た。そしたらもう日本からの魚など、前はあったものがすっかり無くなってました。日本の人たちは知らせられてないし、知ろうとしている人は少なく、引き下 がるべき地域も無いので知らぬふりでしょう。それよりあんな甚大な被害があっても、今回原発推進に方向を転換しましたね。 私、生徒から Japan will be disappear. (日本はなくなる)と言われました。世界で一番地震の多い国に原発を作ってお かしいと。にもかかわらず福島 ですら保守党が勝ちました。原発作ったのは自民党なのにね。つける薬はないです。でも、知っている人はやはり黙ってはいけないと思うんです。常に言い続け なければ。
2013.01.11
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もう可なり昔の話だが、妹が日本から玉露を 送ってくれた事がある。もう、押し戴くように ときどき大事、大事に飲んでいたら、ある日 カビだらけになっていて、泣きたい位くやしく なった経験がある。しかもまだ、4分の1も 使用していなかった。以後、最高の緑茶でも、 いただいたら早めに、全部終わらせるくせが ついた。 私は、きちんとお茶をいれる方が聞いたら、 ひっくり返ってしまうかもしれない事をする。 一番おいしい入れ方は、熱湯を飲むだけ茶碗に いれて少し冷ましてから急須に入れ・・・ウンヌン 「こうすれば美味しいお茶が数回いただけます」 知ってはいるが、私は直接熱湯を急須に入れて 濃いのを飲むほうが好きなのだ。そうやっても よい緑茶は、3度でも美味しく出る。 ほうじ茶の場合は、一度しか入れないから、皆から 「贅沢な飲み方だ」と言われるが、美味しいものを 一杯飲むほうが、薄くなったのを何度も飲むより 好きなのである。 日本からの土産に、よくお茶をいただく、と いうか、「何がいい?」と聞かれたら「お茶」と 答えるからだろう。 一度、従姉妹からもらった「白折れ」という抹茶入り の緑茶にはまってしまい、暫くはそればかり飲んだ。 今でも、多くの方からお茶をいただき、それぞれに 美味しいのだが、最近いただいた中にお茶にしては 斬新なデザインのものがあり「これがお茶の袋?」 と半信半疑であけてみると、なんとなく生臭いにおい だった。きっと、「うおがし銘茶」と書いてあった から、脳が勝ってにそう決めちゃったのであろう。 相変わらず、熱湯をそそいだ。 「旨い!!!」と思わず叫んだ。 実に、こうばしい香りがして、最高においしい。 これは、三回熱湯をいれて、三回とも美味しかった。 言うまでもなく、今度は熱狂的な「しゃん」の ファンになった。 シャンファンである。 ★「しゃん」というのはドイツ語から来た言葉で、美人 という意味だと辞書には書いてありますが、父母たちの 若かりし大正時代に、「おしゃれ」という意味も ひっくるめていたように記憶しています。 モダン・ボーイやモダン・ガールの頭文字をつかって モボとかモガとか言う流行語もあって、シャンという のは、そういうグループに属した人のことでした。 「あいつは、シャンだよ」というと、美人で、モダンで おしゃれで格好がいいというような感じでした。 それで、このデザインも大正時代風なのでしょうね。
2013.01.09
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『父母の待ちて居まさん、彼の国へいさや(いざやの事)渡らん死出のかけ橋』昨日、家紋の事で調べたいものがあったので引き出しを開けた時、祖母の辞世の句をプリントしたものが出てきた。ふと、考えたら1月6日は祖母の命日であった。この偶然も興味深いが祖母は見えない世界のパワーを信じていた人で、私が子供のころ、不思議な話をよくしてくれた。「死んでも夢で会えるわ」とよく言っていた通り、東京で亡くなったその夜、祖母が白装束で「天の羽衣」の謡をうたいながら天に舞っていく姿をカリフォルニアで夢見た。私も観世流の仕舞をやったので、その謡も舞もよく知っていたから、「ああ、死んだな」と感じた。翌朝、サンフランシスコに住んでいた叔母が電話をしてきた時、彼女が「もしもし、ヒロスケ?」(ヒロスケは私のあだ名である)と言った途端に「おばあちゃんでしょ?昨夜、私死んじゃったって夢に出てきたわ。はごろもを、舞っていた」と言うと、叔母は驚くどころか、「あらそう?じゃ、二人のところに同時に来たんだ」と言った。その叔母も、もういないが、私と同じく鋭い霊感の持ち主だった。話かわって、そもそも家紋を調べたかった理由は、去年の10月から、佐賀新聞の日曜版に井上宏生著の「撫子の賦」鍋島・原田家の人々という連続時代小説がはじまり、この祖母のおじいさんにあたる原田小四郎という人の話なので、今まで話半分に聞いてきた事が本当の事だったのだと知り、興味を持ち始めたわけだ。読んで行くうちに、まるでジグソーパズルのようにあれや、これが一つの絵になっていくのが面白く「そうか、祖母の話は御伽噺ではなく本当の事だったのだな」と言うわけで、古い写真を拡大してみたり、確か家紋をたくさんいれた手ぬぐいがあった筈だと思って引き出しを開けた、というのが筆頭の理由である。「お父様は原田、お母様は、鍋島よ」と言っていた通り、ひぃばあさんの紋付の紋を拡大したら三つ割のなでしこであった。私のひいじぃさんは、その原田小四郎の次男であり、明治始まって二人目の大審院部長だった。現代風に言うと最高裁判所長官の事らしい。たまたま、生まれてみたら、私は小四郎のひぃひぃ孫だったわけだが、祖母の代まではかなり優雅な暮らしであったらしい。太平洋戦争でホームレス同様になってしまったが、赤子の魂百までということわざのとおり、貧乏になっても、心まで貧乏になってはいなかったから、掘っ立て小屋で、ボロをまとっていても、暇さえあれば、歌をよみ、短冊を書き、鼓を打ちながら謡をかなでていた。口元も自分に厳しい性格も小四郎に良く似てる。その祖母に育てられた私、祖母を通して多くの歴史上人物の子孫に会うチャンスがたくさんあったと同時に戦後どん底から這い上がった私は、貧乏もおくせず、どん底生活の人々とも仲良くできる人間になっている。私の人生は実に、カラフルで、あらゆる人に出会い、あらゆる経験をした。アメリカに住み始めて来年で半世紀。そろそろ私も辞世の句を用意するときが来たなと思っている。
2013.01.07
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楽しい友との会話をしていると、すごいスピードで時間が過ぎますね。 いやあ、あっという間に4時間を費やしてしまいました。卵焼き、なます、いなりずし、お漬物、チーズケーキなどを持ってきてくださったので、この始末!本来は10人招待したのですが、緊急事故ができたり、して、最終的には6人になりましたから、食べきれるわけないですね。 今回は、自動シャッターで撮りましたから、私も入ってます。左の手前にいるフミコさんも、そのお隣のマリコさんも、アメリカは長いのですよ。マリコさんは、年に数回日本に帰りますが、私やフミコさんはたまにしか帰りませんから、お正月にこんなことするのが楽しいのです。 例の杯で乾杯!新年あけましておめでとうございます! お汁粉の中にいれる御餅をやいていたら、きゃははは~、垂れ下がってきて、気づいたときは網の上は、餅の抜け殻!全員、写真機を持ってきて、爆笑! ま、今年も楽しく、美味しくはじまりました。皆さんそれぞれ、★良い作品をつくりたい、★身の回りの整理をする(断舎離に徹する)★○○の試験に受かり、ライセンスをとること、★本を一冊書くなどなど中々現実味のある「抱負」を抱いていました。 泣いたり笑ったり、食べたり・・・・もう、かしましい事この上なく、グレッグはそれを察していたから、朝から母親の家に逃げてました。 再会をやくそくして、皆さん満腹笑顔で帰っていきました。アメリカにいながら、和食材が全部手に入り、こういう集まりが出来るようになった現代に感謝しています。そして、こうやって友達が遠くから集まってくださることは幸せだなあと思ってます。さて、若い世代に、何か残していこう!という気になっています。今年もよろしく
2013.01.06
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The ultimate source of a happy life is warm-heartedness. This means extending to others the kind of concern we have for ourselves. On a simple level we find that if we have a compassionate heart we naturally have more friends. And scientists today are discovering that while anger and hatred eat into our immune system, warm-heartedness and compassion are good for our health. 幸せな人生の究極な源(みなもと)は温かい心です。 つまり、自分自身に悩み事(心配事)があるときに見せる配慮を 他人に差し伸べることです。簡単に言うと、慈悲の心があれば 自然に多くの友達がいる筈。 現代の科学者達も、怒りや憎しみは我々の免疫システムまで 食いつぶし、温かい心や慈悲の心は健康にも良いということを (科学的に)発見しています。 上は、ダライ・ラマの言葉ですが、二宮尊徳も別の言い方で 似たようなことを言ってます。 「たらいの水を、両手で自分の方に引き寄せようとすると、 反対側にいってしまうが、相手側に、どうぞどうぞと、 押すと自分の方に戻ってくる」 西洋でも、 What goes around comes around. といって、 出て行くものは、また戻ってくるという言葉があり、 これは、良いことも、悪いことも自分が発する事によって、 自分に戻ってくるよ・・・という意味なのでしょう。 何れにせよ、人に親切にすると、気分が良いものです。 私の子供達には、 「困ってる人にものをあげたり手伝ったりするのは、 あなた方の特権よ。何故なら、その人たちにないものを、 あなたたちは持っているという事で、光栄なことなのよ」 と言って育てましたから、二人とも、親切に絶対見返りを期待しません。 二人を日本に連れて行った時、電車の中で三人がばらばらに座りました、 すると、重いものをもったお年寄りが乗ってきたのを見た息子は、 日本語がわからないけどジェスチャーで「ここにお座りください」と、 手を引いて座らせてあげてました。私は遠くからニタリと笑って 親指を立てましたが、そういう小さい親切をする人が どんどん増えることを祈っています。
2013.01.04
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1964年に日本を離れてから、なが~い、なが~い間 おせち料理など食べませんでした。なんせ、前夫は 17年間日本にも帰らせてくれなかったし、和食など 殆ど手に入らなかったのです。ですから、和食マーケットが たくさん出来て、お寿司屋など数え切れないほど出来てる 今では夢みたいな毎日です。ということは、近くに日本人が 増えてきてる証拠で、私自身多くの日本人のお友達が 出来ましたから、4,5年前までは白人の友達ばかりを 招いていたのが、今では日本人のお友達を招待する方が 増えました。年に、数回、我が家に集まっていただきますが 今年は、新年宴会にすることに勝ってに決め、5日に 形ばかりの お正月をします。 お雑煮は昔から、それほど好きではなかったので つくりませんが、お餅はお汁粉に入れようと思います。 それで、今日マーケットに買出しに行ったら、2日だったので 鏡餅が半額になっており、 「これはテーブルのセンター・ピースになるし、終わったら 食べられるぞ」と思って買って帰ったら、プラスチックでした! でも、重いので振ってみるとごそごそと音がします。何と! 中に一つずつ包装された小餅が、6,7個入ってました。 今の時代は、不思議な事をするのですね。 テーブルの左側の重箱は、いただきものでプラスチックですが、 右にあるのは祖母から母、母から私に回ってきた明治時代の 本物の重箱です。 このセットは、タンスのような入れ物にはいっていて、おそろいの 小皿が5枚、すずのお酒要れだか、お茶入れの急須がはいっており 大きな入れ物を開けたときに菊のご紋の杯がはいっていました。 私のひいじいさんが、明治時代に皇太子ご降誕記念祝いで 千代田城(皇居)に参上した時の引き出物らしく、この重箱セットの 中にはいってました。重箱セットの持ち手も菊のご紋になってます。 明治時代ですから、つまり大正天皇のご降誕記念ですね。 これで、皆でおとそを、いただこうと思います。 今年も、とりとめのないブログを書いたり、書かなかったり・・・・ 日本語を忘れないために続けますので、よろしくお願いもうしあげます。
2013.01.03
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さて、今年が始まった!今年も、プラスと愛のエネルギーをばらまくぞ~!もうじき、71歳になるけど、心はいつものままの私、。。。。よろしく。。。。
2013.01.01
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