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今朝、雨が降って少し湿っていたけれど夕方、久しぶりに焚き火をする山はまだ寒いけれど、今日は少し暖かい霧に包まれての焚き火もいいものだ焚き火の炎を眺めながら酒を飲むイリコをかじりながらうちわであおぎ火の勢いをつける風は火を吹き消すことも出来るけれど火に勢いをつけることもできる薪は一人で燃え続けることはできない二つの薪が手を合わすように寄り添わないと消えてしまうお互いの炎がお互いを照らしあう恋愛でもそうだ人と人との関係にも似ている激しく炎が立ち上がっていても暖かいけれど炎が静まりオキだけになってもまた、熱い静かだけれどこちらの方が熱い炎を見ながら感覚的に考える酒を飲みながら深い反省は出来ないけれどうしろに家族の暖かな会話を聞きながら一人で物思いにふける周りが真っ暗になり、コップのお酒がなくなると家の中の温もりの中に帰る
2006.01.30
先日、小学校で学習発表会があった。我が家は、3人が在学中であり、夫婦で見に行った。その中で、感動的なシーンがあり、わが子達の参加している学年ではなかったけれど、感動した。3年生だっただろうか、ピーターパンだったか、海賊船で宝物を探す物語だった。本物の宝物を探す航海をして最後に本物の宝物を発見するというストーリーである。最後に見つけた宝物は、友達。その学年は全員で7名のクラスだったけれど、順番に友達の素晴らしいところを発表していく。わが子達は出ていなかったのでビデオカメラを回していなかったけれど、そのシーンになって感動が止まらなかったのでカメラのスイッチを入れた。夫婦で涙をふきながら見ていた。人の欠点をあげつらうよりも人の長所を発見し、それを、はっきりと言葉にして表現する。その言霊の力に感動して涙が止まらなかった。担任の先生が選択し演出されたのだろうけれど、後で他の人たちに聞いてもやはりとても感動したようである。感謝!その他にも、感動し涙したシーンが有った。全学年、10数人のクラスばかりである。子供達の成長は、そこで交わされる多くの言葉によって影響されていく。現実には、いろんな事があり辛く悲しい事もあるだろうし、学校に行きたくなくなるような事もあるだろう。しかし、このように積極的な言葉、天国的な言葉には、大きな力が有る。その力が、子供達にとって知らず知らずのうちにその人生を助けてくれる事になるだろう。全日空の初代社長、岡崎嘉平太さんの母校でもある。日中友好の民間レベルでの架け橋となられた人、天国に帰られ神様になっていると思うが、岡崎氏の徳も及んでいるやもしれない。
2006.01.29

久しぶりにオークションを開催していきます。だいぶさぼっていたけれど気を取り直して継続していこうと思う。上のオークションのボタンから入ってください。
2006.01.28
1年ほど前からホリエモンがらみでもいろいろと文章を書いてきましたけれど、とうとう逮捕されました。その中で、彼のような存在を許容してしまう社会に対して不信感をアピールしてきましたけれど、私は、予言者ではないので、このような結末を迎えるとは予想していませんでした。彼のような手法(片目での結果至上主義)が許容され続けるならばその反作用は必ずどこかで起こるとは思っていましたけれど、これで、少しは安心した部分はあります。しかし、根本は解決されていないのも事実ですので、この事件をマスコミや社会が、どのように総括していくことが出来るか、その点を見守っていきたいと思います。■ホリエモンの商売結局、彼等のやってきた商売は、IT関連企業というものの、実体は、「会社の売買業」だったのでしょう。法律に触れなければ何をしても良いというような考え方でやっているから、極端な事をして稼ぐ事も出来たのでしょうけれど、その反面、犯罪すれすれの所も平気でやってしまおうというのですから、ちょっと油断すると簡単にその一線を越えてしまう可能性も有りました。「法律」も確かに大切なものではあるけれど、全てであるわけがない。法律は、フラクタルの森で整理すると、「知性 A」の空間です。そして利潤、儲け、時価総額などが「理性 AB」の所に入ります。陰陽に分けると「陽」の部分です。彼等の間違いは、この陽の部分、右目の所だけしか見ていなかったところに有ります。左目で見るべき「陰」の所を見ようとしなかったのです。その陰の所、「悟性 O」と「感性 B」のところを無視していました。簡単に言い換えると「宗教心」と「道徳心」です。倫理観と言っても良いのかもしれません。何故、商売をし利潤を上げようとしているのか、そのことを考える機会さえ有ればこんな事にはなっていなかったでしょう。この部分をしっかり見ていれば、法律の隙間ばかりを見なくても、法律の鉄条網にさえ近づくことなく、傷つく事もなく安全に事業を進める事が出来たはずです。結果しか見ていなかったからです。自分自身を神様にしてしまったからです。見ている世界が小さく狭かった。世界一を目指していたのだろうけれど、彼等の見ていた世界観がとてもちっぽけなものであったが為に、そのような妄想も現実のように見えていたのでしょう。■事業は愛事業は、陰・・・社会貢献(愛)陽・・・利潤この両目をしっかり開けていなければなりません。構造偽造事件にしろ、ライブドアにしろ、巷の諸々の犯罪にしろ簡単に切ってしまえば、片目だけで見ているからです。与えようとしていない。奪おうとしている。陽・・・利潤(賞賛、名誉欲も含む)ここしか見ていないからです。自分しか見ていないからです。そもそも、「愛」を奪おうとしているからです。社会に「愛」を産み出そうとするのではなくて、あたかもブラックホールの如く飲み込むのみ。そのような人たちが増えるならば、「愛」欠乏症の社会になります。景色は、華やかそうに見えたとしてもブラックホールだらけです。次第に社会は暗くなっていきます。バベルの塔の如く、ある時、仏神の怒りを受けるまでもなく、その灯は消え崩れ落ちる事になるでしょう。今回の事を教訓に、全ての流れががプラススパイラルになるように切に願っております。目に見えにくいモノを大切にするのが当たり前の世界に・・・・。
2006.01.23
今回のライブドア事件の根本原因はどこにあるのか?ホリエモンでしょうか?マスコミでしょうか?いえ、彼をもてはやし否定する事の出来なかった私たち自身ではないだろうか。「資本主義社会の終焉」http://www.furakutaru.com/furakutaru/050319.html
2006.01.19
ホリエモンの件であるが、とうとう思っていたような結末を迎えそうである。ニッポン放送株を巡る事件の時から堀江社長には大きな問題を感じていた。それに反してマスコミがもてはやした事には大きな問題も有るだろう。メルマガにもオームの麻原と同じ影を見るような事まで書いたが、最近、マスコミの圧力に負けてホームページ上からその部分だけは削除しようかとも思っていた。逆から見れば、ある面ホリエモンは、日本の証券市場に対して良きカンフル剤としての役目を果たしたのかもしれない。これを機会に株式市場が健全な姿を取り戻し、日本を素晴らしくするためにも良いきっかけとなればと思う。私は、株は全くの素人なのでよく分からないが、これからの対応次第ではそのような見方も有るのかもしれない。当時の感想は、この辺に一杯書き込んでありますので見てください。http://www.furakutaru.com/furakutaru/050216.html
2006.01.18

最近、面取りにこっている。以前は、あまり作るのに乗り気でなかったけれど、注文を受けたので作るようになった。なぜ、その気になりにくかったかというと、どうしても重くなりがちだからです。でも、作ってみると意外に軽くなかなか好評で、今、一つも手元に残っていない。次の窯に入れようと作っていたのだが、なんとなくカットの仕方を変えてみるとツボにはまってしまった。壷やら花入れ、茶碗、いろんなものを面取りで作っている。とても面白い。
2006.01.17
小泉首相が靖国参拝さえしなければ中国や韓国などとまともな外交が出来ると考えている人たちがいる。外務省の役人や一部の政治家の中に有る意見である。また、靖国神社でなく戦犯をはずした合同慰霊施設を新に作ろうとする意見もある。果たして、そんな事で中韓との関係が良くなるだろうか?問題は本当に解決するのだろうか。フラクタルの森で検証してみると、「否」という答えが出てくる。■結果には必ず原因が有る先日、テレビの討論番組を見ていてびっくりした事が有る。ある大学の教授で中国人だと思うけれど、頻繁にテレビに登場する人で、先の戦争に関する意見を述べておられたが、その話の内容を聞いていると一方的に日本だけが悪かったと思っておられるようなのだ。知性も良識も有ると思われるのに、私は、彼のその言葉が信じがたく、我が耳を疑ってしまった。戦争といえど兄弟げんかのようなものです。ケンカ両成敗といった事があるように、どのようなケンカにもお互い様の部分が有るはずである。あのマッカーサーであっても、日本は自衛の為に戦争をせざるをえなかったと本国で報告しているように、客観的な意見も有るのだ。それなのに、全面的に日本は悪であったというのである。日本は犯罪的な悪事を働いた国であり、周辺諸国は単に被害者であったと見ているようなのです。私は、このテレビ番組を見て、その教授の正直な意見を聞いてはっきりと理解できたのだが、靖国問題を消し込む事が出来たとしても、中韓との政治的軋轢は、けして解決しないと思った。なぜなら、その教授にしろ、中国や朝鮮半島の人たちにしろ、彼等の心の中に持っている認識の中に「日本悪人説」がしみこんでいるからである。かれらは、単純に東京裁判での戦犯の人たちにだけ罪があって、他の日本人には罪は無いような事を言っているけれど、はたしてそうだろうか、本当にそう思っているのだろうか。日本人であっても、その当時の責任者達に罪を押しつけているけれど無関係で有るわけはない。良識有る市民と称する人たちほど自分たちとは無関係であり、当時の軍部や政治家、経済人などが悪かったせいにしているけれど、同じ日本人の血を受け継いでいるのです。無関係であるわけがない。■過去にあったことで相手を攻撃する彼等は「靖国神社」をキーワードとして嫌悪感を出していますけれど、これを、分析してみましょう。認知、判断(陰)と行動、結果(陽)の流れで物事は流れていきます。この世の中で起こる事は、心の中の風景が具体的に現象世界に現れてきます。さて、彼等の心の風景にはどのようなものが写っているのでしょう。その心の中の情景が、彼等の言動の中に出てきます。 陰・・・・・陽、両面で見る。 心象・・・・・現象 悟性、感性・・・・・知性・理性 認知、判断・・・・・行動(現実、事実)、結果 ( ? )・・・・・小泉首相が靖国神社に参拝したので反発(?)の中には、日本観、靖国神社観、歴史観、宗教観などいろんなものの見方が入っています。意識しようがしまいが、暗示にかかっていたり、理解したり、思い込んだものでいろんな判断をしてしまいます。その目に見えない、彼等の心の中の内容がその言動を支配します。ですからその言動を見れば、大まかにその心の中の情景はかいま見る事が出来ます。中韓の人たちは、何かトラブルやいさかいが起こった時に、おそらく、その心の中の情景で私たち日本を見るでしょう。彼等が思い込んでいるその「日本観」で判断します。そして行動を起こします。では、彼等はどのような日本観に支配されているのでしょう。当然ながら利害の対立が起こらない時には、表面的なありきたりの日本観で対応しているはずです。ところが、ひとたび利害が相克するような事態となると別のものが出てきます。誰もが身に覚えが有ると思いますが、いくら仲の良い友人であってもケンカ状態になると過去にあった事実を引っ張り出して相手を攻撃しようとしたりします。夫婦げんかや兄弟げんかでもそうですが、依然あった事をひっぱり出してきます。■日本悪人論彼等との間に利害の対立するような事件が持ち上がると、当然ながら日本との歴史観が表面に出てきます。その彼等の持っている歴史観が、「日本悪人論」なのです。「過去、日本は、一方的に侵略し我々にひどい事をした。」と思っているのです。そのように思っているはずです。なぜなら、同じ日本人であっても「日本悪人論」を持っている人たちが、ものすごく多くいるからです。過去にも書きましたが、戦後、東西両陣営の勢力によってその思想を吹き込まれてしまいました。東京裁判や、東西冷戦中にソ連の影響下にあった共産党の働きや、大学などの高等教育に入り込んだ左翼思想によって「日本悪人論」の暗示にかかった人たちが多くいるからです。朝鮮半島や台湾、沖縄、北方四島を奪われ、シベリヤ抑留や焼夷弾によって民族浄化とも思えるような殺戮を繰り返され、原爆まで落とされました。そのようなひどい事をされても仕方がない国だったという証明が必要だったのでしょう。南京大虐殺や従軍慰安婦問題も「日本悪人論」のために演出されました。その東西両陣営の締め付けは、大きな暗示効果を生みました。洗脳されているのです。「日本悪人論」の暗示にかかり支配されている事の証明は、北朝鮮の拉致事件もしてくれました。過去に何度も書きましたが、戦時中に日本の徴兵、徴用、学徒動員などの国民総動員令によって為された事が、北朝鮮の拉致事件と同質の事のように錯覚されている事です。明らかな違いが有るにもかかわらず、日本の政治家やマスコミ、学者などにもその錯覚のままでいる人たちが居るのだから、中国や朝鮮半島の人たちがそう思い込んでいても仕方がありません。戦後60年たちます。もういい加減にその暗示からさめても良いだろうと思うけれど、日本人の中にも、いまだそのような洗脳を受けたままの人たちが多くいます。ですから、中国や韓国、北朝鮮の人たちの暗示を解いてもらうには無理が有る。まして、中韓の指導者たちにとって日本が自虐的歴史観を持っていてくれる方が、国内を治めるにも、外交上も都合が良いのですから、率先して、その暗示を解いてくれるわけがありません。そのような中韓の態度に対しては、毅然とした態度しか今のところ対策は無いでしょう。■正しい歴史認識のために仮にですが、もし、過去の日本が「日本悪人論」で正しいのであれば別の見方を本当はしなければならないのです。そのような国家は滅びるべきです。北朝鮮のように中国の属国として生き延びさせてもらうしかないでしょう。彼等が思っているような国であるなら、本当に最低最悪の国です。何かトラブルが有って、局地的衝突が起こった時にすぐに水爆を日本に向けて発射されても仕方が有りません。広島や長崎に原爆が落とされたように。彼等や、日本の洗脳された多くの国民が思っているような国家であるのなら、また、同じ事をくりかえす恐れがあるでしょうから。しかし、現実は違います。マッカーサーも証言しているように「自衛の為の戦争」でもあったのです。もちろん結果としての「侵略」も有りました。「自衛、防衛」と「侵略」の陰陽両面で見なければなりません。ナチスドイツにしてもそうですが、陰陽両面での見方をしなければ正しい歴史認識とはならないでしょう。原因と結果の両面で見て、判断したうえでその為した行為とその結果どのような現実を産み出したかを見た場合、ナチスドイツと日本とでは大きな違いが有ると思う。ナチスドイツがやった事は、本当にひどかった。ドイツの支配地が広がるにつれユダヤ人達の被害は悲惨を極めました。それは、敗戦によって終止符を打たれたのです。日本の場合は、その逆です。日本に組み入れられ、統治の長かった台湾では親日家が多いようですが、朝鮮半島でも莫大な国家予算を朝鮮半島に注ぎ込んでいたようです。西洋列強のように植民として搾取していたのではなかったのです。にもかかわらず、日本だけが、未だに悪く言われ謝り続けなければならないかというと、いつも言っていますけれど、元日本の領土だった朝鮮半島の38度線を境に東西冷戦時代が有ったからです。未だにその、イデオロギーの対立は存在しています。その思想戦は継続しているのです。そのような事情も考慮せず、未だに謝罪外交を展開するのは愚かとしか言いようがない。もちろん誤るべきは誤るべきでしょうけれど、正しい歴史認識の元、毅然とした態度をとるべきです。では、どうすれば、このような外交関係を終わりにする事が出来るかといえば、そのためには、この思想戦を終わらせなければ解決しないはずです。まず、国内の歴史認識を正しいものとすべきです。そのためにも、この「フラクタルの森」を完成させたい。両目で見る事が当たり前の議論の場を作りたい。自と他と全体の視点、3点測量することで正しさを探求出来るような空間を作りたい。素晴らしき成果を出すために原因と結果の流れを4つの空間に整理し、万人が本物の幸福に至ることの出来る空間を作りたい。その原因の究極の根本原因、「悟性」の空間を論じる事が自然体で出来る空間を作りたい。
2006.01.15
■株式市場は一神教に支配されている今、株式市況が活況を呈していますが、株とは一体なんでしょう。正直に言うと、私は株式にかかわったこともないので詳しい事は言えない。しかし、あえて言いたい。企業は誰のものか?株式会社は誰の者か?このような問いかけが最近マスコミで飛び交っていました。「株主のものである」とする意見が意外に多かったようだけれど、これは、一つの「一神教」であると、私は思う。フラクタルの森で考えると、常に言っている事ではあるが、片目でしか見ていないと思える。確かにそれぞれの立場がある。「株式会社は株主のものである。」株の売買をやっている人にとっては、そうかもしれない。「一神教」だとそうであろう。これが「多神教」だとどうなるか。多神教だと複眼で見る事が当たり前である。複眼で見ると最低でも次のようになる。「企業とは、株主と従業員のものである。」もしくは、違った状況のもとでは「企業とは、経営者と従業員のものである」。また、「企業とは、従業員と顧客のものである」といったような見方が出てくる。多神教的な視点で見るとこのようになる。■企業の原点には商売がある先にあげた見方は、空間軸での両目で見るであった。では、この両目での見方を時間軸で見てみるとどうなるだろうか。重なっている状況を見るのである。原因と結果の両視点で、過去にも未来にも思考停止することなく見ていくのである。具体的に見るとどうなるだろうか。「企業」という形が何故出てきたのか?その原点を見ると、そこには「商売」がある。商売には必ず二つの要素が必要である。売る者と買う者、需要と供給、必要としている者と作り出す事の出来る者、必ず二つの立場が必要である。根本原因は、やはり、顧客にある。顧客有っての商売である。通常、世間では、結果、利益の部分だけで見る傾向性が強い。・・・陽表面的に顧客が満足しているかどうか。営業成績が上がっているかどうか。会社の値打ちが上がり株価も上昇しているかどうか。どうしても、目に見えやすい部分で見る傾向が強い。しかし、陰の部分で見る事をしなければ、そこに出てきた成果、結果は、泡沫の如く、バブルの如く、簡単に崩れていくものである。やはり、「陰」の部分をしっかり見なければならない。目に見えにくいけれど、しっかりと将来の結果を支えるものを大切にしなければならない。幸福が拡大再生産している状態かどうか。どのような事にでもしわ寄せはあるけれど、幸福が、最大多数の最大幸福となっていくかどうか?そのところをしっかり見ていかなければ、単なる自己満足であったり、お為ごかしであったりしかねない。しかも、その幸福を「真善美」と言ったようなものさしで見てみなければならないとも思う。人の喜ぶ事は、全てが善であるというような見方も大きな蛇行を産み出し、不幸への行進を開始している場合も有る。■バブルの本質過去の経済が、何故バブルであったのか?それは、中身が無かったからである。では、その中身とは何か?何の実体が無かったからだろうか。それは、「理念」である。・・・・陰それは、心と言っても良い。では、どのような心が無かったのだろうか?答えは、「お役に立ちたい」という気持ち。他者を想い、社会を想い、国家を想い、世界を想う事。公を想うこと、要するに、陰の中に入るべきものが無かった。バブルの中身に有ったものは、その表面に写っていた結果のみ。目に見えやすい結果のみ。結果を産み出す原因が次第に希薄になっていったが故に、その表面に写っていたものを支えきる事が出来なくなったのではないだろうか。■株式市場に理念を自分が得るべき結果のみでしか風船をふくらます事をしなかった。それは、自己中であるし、一神教そのものでもある。果たして、今、株の売買をしている人たちの心の中身はどうだろう。あのバブル期とどれだけ違うのだろうか?お札はドンドン刷られ、市場に資金はあふれている。その資金が、どのような理念の元に使われるのか?そのことを想像すると恐ろしくもある。株の誤発注で莫大なお金を儲けた人がいる。そのお金は、どこから吸い上げられるのだろうか。なぜ?ミスならミスとして元に戻す事が出来ないのだろうか。私には、とても信じられないけれど、明らかにマネーゲームである事の証明なのかもしれない。ゲームである以上、ゲームでしかない。実際に使えるお金かもしれないけれど、一体そこにどれだけの価値が有るというのだろう。マスコミなどの反応を見ていると、言葉にする言葉が無い。しかし、過去のバブルは、国民の産み出してきた価値が「土地」を中心に蓄積された。国民の「気」は土地に集まりすぎていた。実際に土地の値打ちがその評価に値するように活用され、生かされていけば問題なかったのだろうけれど、高速道路は無料化されず、建築規制も厳しく、なかなか現実にはその値打ちを活かす事が出来なかった。その中身を埋める事が出来なかった。■企業のがんばりに期待する今、株式相場は上がっている。実際に日本の企業は、頑張ってもいるし、多くの価値あるものを産み出してもいる。多くの企業が、努力精進を怠らずその評価に見合った成長をするならば、先のバブル期のような事にはならないだろうとも思う。しかしながら、株式相場に関わっている人たちの理念が、どこに有るかによっては、大きく蛇行し、日本の将来を危うくしかねないとも思う。是非、両目で見ていただきたいと切に願う。良い会社を育て支える株主であって欲しい。そのためにも、何が良くて何が悪いのかを判断する基準を持っていただきたい。正しい判断をするためにも、常に「正しき心の探究」をする姿勢を持っていただきたい。なぜなら、その悟性の中身が真理に近きものなければ、その判断も大きく誤ったものとなりかねない。判断が間違えば、その行為、言動も間違ったものとなる。そして、その結果も間違ったものとなり、バブルの中身を満たすことなく悲惨な結果を導き出すものとなります。原因と結果の法則から誰であれ逃れる事は出来ないのです。全ての原因は、「どう見ているか?」に有ります。その「悟性」の中身に有ります。是非、点検していただきたい。http://www.furakutaru.com/furakutaru/genmeigosei.html
2006.01.09
きょう「男たちの大和」を見てきた。映画が始まってすぐ、ストーリーもまだ展開していないうちから大和の姿を見るなり涙が出て止まりませんでした。久々に見た本格的な戦争映画です。過去に見た時と比べ、私の意識の変化と先の大戦の事を色々学びなおしたせいだと思うけれど、ちょっとしたシーンにもいろんな事がイメージされハンカチを忘れた事を後悔しました。戦闘の悲惨さもそうではあるが、その戦争に至る原因や、その結果起こる悲しみや憎しみ、諸々の事があるけれど、このような事が歴史の中で幾度も繰り返されなければならないのかを思うと、とても悲しかった。見ながら思った事は、「兄弟ゲンカ」。子供達に、いつも、戦争も兄弟げんかも本質は同じで、そこから学ぶようにと言い聞かせていますが、何故にこれほどまでの血と涙を流すような殺し合いをしなければならなかったのか?これが人間の悟りの限界なのか?本当は、好きこのんで戦争をしたい人もいないでしょう。しかし、現実には身近で似たような事が起こっています。親兄弟での遺産相続を巡る法廷闘争、子供の親権争い、敵対的企業買収、企業と企業の切磋琢磨を逸脱した経済戦争など、いろんな争いが起きています。土地の奪い合いもあります。天然ガスの奪い合いもあります。もちろん、国たい国の争いも、その種も各地にあります。そして、いろんなところでミニ戦争も起こっております。世界の歴史を見る限り、戦争の歴史であると見る見方もあるでしょうが、近代科学兵器が進歩した今、そのような悠長な事も言っておれません。原水爆を簡単にどの国でも持つようになった状況では、大変です。世界各国が経済的には密接な関係を持つようになり、簡単に単純に武力でかたをつける選択はしにくくなったでしょうけれど(陽)、いまだ、様々な紛争を見ていると稚拙な争いの種を持っています(陰)。単純に戦争反対を唱えるだけで済む問題でもありません。憲法9条さえ持っていれば平和を維持できる訳でもありません。現実に日本は軍隊を持っているし、外国で邦人の財産と生命の危機が起こりうる状況は、潜在的にあります。案外、戦争反対、憲法9条の堅持を訴えている人たちほど、自らの生命財産が危機状態になった時に、大きく蛇行するのではないだろうか。その潜在している臆病さが働く時、日本の持っている武力を暴走させる力になりはしないかと、私は、危惧しています。親戚に共産党員の家族が居ます。公認会計士ですが自家用車のうしろに「憲法9条を守れ」というステッカーを貼っています。過去に何度か、歴史認識に関して議論した事がありましたが、その偏った考えをうち崩す事以前に、その自己の正しさ故の頑固さと激しさにおそれをなしていました。とても仲の良い、とても調和の取れた親戚関係だと思うし、その、イデオロギーの部分を出さなければ荒い波動もでてこないので、最近は、あえて論争を挑む事、議論になるようなテーマを避けるようにしていました。母親が、生存中は、そのような話しに入るといやがっていたので控えていたのですが、フラクタルの森で考えてみても、「男たちの大和」を見ても、やはり、いろんな事は元から改善しなければ、戦争をなくす事は不可能だと思えるので、少しずつ方向を変えていきたいとも思う。戦争にしろ事件にしろ、諸々の事象の根本原因は、「悟性」にある。いろんな出来事の原因を、誰それがどうしたこうしたといった部分だけしか見ない傾向があるけれど、その裏に隠れた心の部分を引っ張り出さなければ解決はつかない。心の中心部分、魂の中身、悟性をテーブルに載せる必要がある。悟性とは、見る事、認知すること、認識(潜在認識も)、その内容。歴史認識人生観、世界観宇宙観、宗教観これらを明らかにし、お互いに真理を探す努力をしなければ、お互い融和し戦争に至る危機を回避出来ないだろう。経済が国境無く密接な関係を結んでいる今だからこそ可能になっていると思う。まず、歴史認識の前にこちらで潜在している皆さんの根本認識を明らかにしてみませんか。http://www.furakutaru.com/furakutaru/genmeigosei.html
2006.01.04
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