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外で風に揺れる植物たちの様子を見ているだけでとてもすがすがしい。花を咲かせるもの、急いで葉を茂らせるもの、いまだつぼみのもの、道ばたの草たちも見る見る大きくなっていく。この春、初めて「こしあぶら」なる物を食してみた。これまで知らなかったので山掃除の時に一杯切り倒していたがあちこちに点在している。山を切り開いて赤土がむき出しの時には「たら」が繁茂していたが次第に少なくなってきていた。来年からこしあぶらで一杯いけそうである。この連休中、「春の野山まつり」として展示していますので山の風に吹かれに来てみてください。
2009.04.30
景気対策の中に「銀行紙幣」の発行で1年で景気は回復するという意見がある。以前から「お金」とは、不思議な物だな!と感じていたが今一度原点にもどり考えてみた。景気対策のことをフラクタルの森の中で比喩で考えるのだが、日本列島を人体に見立てて考えると分かりやすい。現状、元気がなくなって日本という人間をどうやって元気にすればいいのかということである。人は、スポーツでも言われるように「心技体」が問題となる。日本は、「技」は素晴らしい物を持っている。「心」は、マスコミなどが恐慌の不安をあおっているが、これは無視して、逆に良い結果を出している企業もいっぱいあるのだから、良い材料を探してやる気を出して行く努力が必要だろう。ピンチはチャンスでもある。持てる技を活かして世界の見本となるように積極的に生きること。そして「体」については、血液、体液の流れと情報の流れ、交感神経と副交感神経の流れなどが潤滑に行われること。経済で言えば、人、物、金、情報にあたるでしょうが、それらが上手く流れなければならない。「情報」に関しては、マスコミの偏った報道で大衆をカルト宗教のように洗脳している面も有るがIT技術で何とかなっていくでしょう。「人」や「物」も何とか流れている。(出来れば、高速道路の活用の問題もある。派遣社員の問題も過敏に反応し規制をかければ、企業は、日本で仕事がしづらくなって海外に出ていって生産するしかない)問題は、「金」の流れである。コノお金という奴は、色んな意味を含んでいて、簡単に姿を変えるので一番やっかいだ。色んな物に化けるし、色んな所で価値が上がったり下がったりもする。若い頃銀行に勤めていたときでも、不思議だったのが、計算機や通帳の上での数字が大きなパワーを持ってみんな振り回されている。ちょこっとごまかしてゼロを一つ増やすだけでも景気が良くなるのではないかというような錯覚も覚える。結局の所、お金とは何かと言えば、一言で言うなら「信用」と言うことだろう。信用を失えばインフレが起こり、その貨幣は「お金」という値打ちを失っていく。ただの紙切れになったり、ただの金属片だ。世界のそれぞれの貨幣価値を支えているモノには、それぞれに複合的な背景が有るだろう。アメリカのドルを支えている中心は、世界のリーダーの立場とその軍事力が背景の中心に有る。中国の貨幣価値を支えているモノは、その安い労働力と仕事に対する意欲、暴走しそうなほどの意欲もあるだろう。日本は、技術力と勤勉さ。世界第2の経済大国である。本当は、株価などもっと上がっても良さそうなのに、サブプライムローンでも一番被害を受けていないにもかかわらず今度の経済危機では世界で株価は一番下がったようだ。有事の時のドルと言われる反対の事なのだろう。円は下がらなかったが、政局が変わる可能性も有り、憲法9条が足かせともなり自分で自分の国を守れないような国の企業に投資など出来ないのかもしれない。どちらにしろ「お金」である。元気が無くなっているのだから、まず、やる気を起こすことだが、体内を駆けめぐる血液の中心のお金がしっかり流れなければならない。流れすぎても健康に悪影響も及ぼすが、流れ出しても良いはずの血液が日本には1500兆円も有るらしい。国家の借金も相当多いようだが、それでも日本には余力が有る。余力が有るから円も下がっていないのだろう。まず、そのお金が流れにくくなった原因を探らなければ対処のしようが無い。その原因は、アメリカ発のリーマンショックだと言われているが、株価や景気のグラフを見てみると、どうも、そうではないようだ 。景気は2008年9月のリーマンショック以前から下がり始めているのだ。どうも日銀の仕事が景気を冷え込ませ始めた事実が有るようだ。グラフをよく見てみると、2006年3月にお金の量的緩和が止められ、7月にはゼロ金利の停止、そして2007年の7月には利上げである。それまで戦後最長の景気拡大を続けていたものを、インフレをおそれたのか何をおそれたのか、要するに血液の量をへらし始めたのだ。見事に景気は鈍化し2007年11月には、下落し始めている。その下落の途中の2008年9月のリーマンショックである。血液を減らされ、その上やる気をそがれたのだから無理もない。元気がなくなるのは当然だ。それにも関わらず、円の信用は様々な要素を背景にして下がらない。信用が有るのだ。世界からあてにされている所も有るのだ。結果として輸出産業は、大きなブレーキを受けることになった。ということは、更なるもっと素晴らしい物を産み出す努力を要求されるようにもなったのだろう。他者からの評価と自己イメージの格差が有る。日本は、本当は、もっと血液をふんだんにまわし、活力を与えて動き回るべき存在なのである。世界に貢献しなければならない存在なのだろう。憲法にしてもしかり、金融にしてもしかり、もっと積極的に動くべき時期に来ているのだろう。そのような時期にアメリカにおんぶでだっこではどうしようもない。自立だけでなく、アメリカの役目を肩代わりしなければならない時期も来ているのかもしれない。アメリカは自分の所だけで精一杯の状況になっているのだから。そのような時に、「銀行紙幣」のアイデアである。3大メガバンクに、経済対策として10兆円を限度に各行の1万円札を発行させて融資の為の原資にさせるというモノである。30兆円を限度にした景気対策である。「政府紙幣」というアイデアもあった。戦時中の「軍票」などがそれに属するらしいが、コノ場合歯止めがかからずインフレになり貨幣経済はダメージを受けることになるようだ。銀行の場合その信用が資産である。各行の発行する紙幣が値打ちを無くするようなことをすれば、その本業にも影響していくので、おろそかなことは出来ない。江戸時代には藩札もあった。緊急の景気対策で企業に血液を入れて本来の元気な円高という信用に見合った活動をしてもらうのである。政府が国債を発行して官僚達の手で血液を流すのでは無く、民間のかゆいところに手の届くような蛇口で流していくのだから適切なところに適切なだけ流れていくだろう。30兆円という限度であるならば、円の値打ちが下がってインフレになることも無いだろう。明治時代には、各銀行が紙幣を発行していた事もあるようだ。経済学者のハイエクは、政府、日銀の金融政策こそ経済の蛇行する原因と見ている。自由な通貨の発行制度にこそ将来の経済の安定的発展が期待できるとも述べている。昔得た気づきで、お金は欲望の向かう先でも有るが、愛を結晶させたモノでも有ると実感したことが有る。政府も日銀も、マスコミもその仕事の中に愛を込めようとしながら反対の仕事をすることも多い。そのようになる原因は、独占的にその仕事をする中で間違いを正すことが出来ないからだ。自分中心教の信者のままで、その正しき心を探究することを忘れているからだ。貨幣も政府や日銀しか発行できないと思いこんで一生懸命に仕事をしようとして、逆のことをしている可能性が有る。官僚達の仕事も優秀な人たちの仕事だからそつは無いのだろうが、頑張れば頑張るほど、不幸の道へ引っ張っている可能性が有る。社会主義体制の国々が衰弱していったのと同じ要因が有る。「朝令暮改」という言葉も有る。朝決めても間違っているかもしれないと思えば夕方にも反対の方策をとらなければならない場合もいっぱいある。優秀な人ほど、立場ある人ほどそのことが出来にくいだろう。民間に任せば、それこそ死活問題であるので恥をかこうが、何を言われようが反省し修正するしかない。民間の競争原理を色んな制度の中にもっと取り入れるべきだろう。道州制もとり入れて競争しあうことも大切だ。社会主義的な政府や官僚の管理の元に一元管理をし、規制をかけていくならば東側諸国がたどった悲劇を、また、繰り返すだけである。
2009.04.22
(大和山頂上の風景です)ただ今、窯だし展示中ですサクラは散り始めましたが、色んな花が咲き、新緑も出始め色んな色に彩られ始めました。すぐ近くの道の駅「かよう」でも色んなイベントをやっています。吉備高原の春を味わいに是非、お越し下さい。
2009.04.20
この世界的な経済危機の引き金になったサブプライムローン関係の意見をいろいろ読んでみると、これは、右脳バカの状態だったのではないだろうか。この問題は、欲に目がくらんだ人たちの仕業のように見られているが、しかし、元々、片面では優しい気持ちもあって出来た制度のようだ。返済能力に乏しくて自分の家が持てない人に対する救済の意味もあったのだろう。住宅価格が上昇していたという状況も有るようだが、やはり根本的には無理が有る。もうけようとする人にも家を欲しい人にも受けの良い制度だったのだろうが、無理はやはり良い成果を産み出しはしない。資金のある人も、資金のない人も、共に欲に振り回された結果であることを認めなければならない。しかし、そこには信じがたいもう一つの要素が有るようだ。とても信じがたいのだが、購入した人が支払不能になったとしても、日本のようにその債務が付いて回らずに、その家を明け渡しただけで良いというのです。なぜ、そういう制度になっているのか不思議だが、もう一つ、そのようなローンの供給サイドにも似たような要素が有るようです。そのような金融商品を扱うファンドマネージャーの制度です。彼らは、運用に対して利益を出すと大きな収入を得られるのですが、ここでも、もし失敗して損を出してもその損失を出したお金を返済する必要はないようです。最悪でもクビになるだけだというのですから、当然ながら向かう方向は決まってきます。大きな収入を求めて一発勝負で高いリスクをとっての勝負をしがちでしょう。社会全体が、サブプライムローンという低所得者向けの社会福祉政策的な色合いを帯び、しかもその危険なリスクを他の金融商品と抱き合わせて低くし、経済全体で保持していくというやり方に多くの人が賛同し利益を上げようとしているときに、その危険性を予感しつつも自制をかけて行くのは困難だったようです。誰だったか忘れましたが、FRBの責任者もこの仕組みを絶賛していたようで、格付け会社もそのような商品を扱う会社にAをつけていたというのですから、社会全体が結果としてこのような事態を産み出す要素に包まれていたことが分かります。社会福祉という要素と利益追求という要素が、バランスを崩して蛇行したときに起きた現象と言えます。右脳的要素と左脳的要素が接点を持たず連携することなく、ある時は社会福祉、ある時は、利益追求というように離れて蛇行したために起きた現象です。右脳バカと言いましたが、結局の所、蛇行が原因なのです。冷徹にその結果どうなるのかと言う見極めが出来なかったというのが現実でしょう。しかし、今、その結果が出た状況でいろいろ分析は出来ても、その場で翻弄されていく状況は分かります。では、どうすればそのような判断の間違いに対して防御線を張ることが出来るのでしょう。冷徹にその結果どうなるのかという見極めが大切なのでしょうが、それを見極めるためには、「小欲知足」という言葉が有りますが、足ることを知り欲を小さくしていく必要が有るのでしょう。右脳ライン(悟性感性)的には、欲をコントロールし 左脳ライン(知性理性)的には、甘い見通しを立てないことです。優しさに流されず厳しく対応すべきなのでしょう。この両目で見ることが出来ていない状況は、至る所に有り、日本でも今、同じような課題の中で、非常に危険な領域に入っているでしょう。全体が社会主義的な雰囲気に飲み込まれて、NHK始めマスコミや官僚、政治の世界にもその毒が流れています。派遣社員の問題でもそうですが、優しくありたいという気持ちが行きすぎて派遣切りをする企業に厳しく当たっています。強きをくじき弱きを助けるという感覚が、蛇行して浮き上がりすぎ、因果関係におけるそれまでの経緯と、その結果これからどうなって行くだろうかといった時間的な流れの線(左脳ライン)が小さくなっています。右脳ラインの優しさだけが浮き上がり左脳ラインを押し下げているのです。両目で見えていないのです。企業側も、派遣社員側も両目で見なければならないのですが、マスコミはもっと冷静に両目で見なければならないのに、一般に迎合するあまり、あまりにも優しく見ようとします。受けを狙ってしまいます。それに踊らされ、政治家もコントロールされてしまいます。さらにその上に、官僚達も乗っかって、社会全体に優しくあろうとします。だんだんと甘やかす方向に流れます。その結果が、財政赤字です。地方財政も、国家財政もどうしても国民にばらまく傾向を帯びてきます。そして、財源が足らないのを補うために国民から消費税などで取り上げるのはけしからんとして、大企業から引っ張り出すべきだとするような政党もあります。一般国民もそのほうが自分の懐が痛まなくて良さそうに思うので、そのような政治家を支持しがちです。大企業の足を引っ張り、国内で生産しにくい状況を作り、周辺の企業や産業の足を引っ張り、循環して自分たちの懐が空になっていくようなことを選択していくのです。アメリカのサブプライム問題の中の貧困層の欲と富裕層の欲の共同作業と同じようなことが、日本でも起こっているのです。アメリカの貧困層に対応するのが、国民です。富裕層に対応するのが、大衆迎合型の政治家やマスコミ、官僚達なのでしょう。自分たちの権益を守り増大させるために、国民の為と称して甘い政策を支援します。この様な右脳ラインと左脳ラインの蛇行現象は、至る所で起こります。、根本的にそのようなことをなくそうとすれば、政治経済、社会的なレベルで言うとするならば、「憲法改正」ここに集約されるのかもしれません。憲法は、要素としては右脳ラインに関するものです。そして、法律などが左脳ラインに関するものです。憲法の中に不備や無駄な物があるために蛇行しているという側面も有るのです。悟性感性(右脳)ラインがしっかりしていなければ、どんなに頭が良くて才能があっても、それは、逆に自分で自分のクビを締める作業になってしまいます。どんなに知性理性がしっかりしていてもその左脳ラインが伸びることは無いのです。複雑な金融商品を作り複雑な中でその評価を得たとしてもそのことがかえってキズを大きくすることもあります。安倍首相の時の憲法改正の流れを、マスコミや官僚達が阻止しなければ良かったのにと悔やまれます。
2009.04.20
バカという言葉を使うことにためらいを感じていたが最近のNHKの報道番組などを見ていて気持ちを変えた。右脳バカと左脳バカと言っても何のことか分からない人も多いだろうが、これは「フラクタルの森」で書いていることを理解してもらえれば納得していただけると思う。左脳とは、知性理性、論理的な脳。右脳とは、悟性感性、感覚的な脳。この人間の持っている陰と陽の「徳分」にアンバランスを起こしているのである。もう一つ、最近、渡部昇一さんのコメントを読んでいて「左翼」とか「サヨク」という言葉が出ていて、私も問題にも感じ不思議にも感じていた事に、大きなヒントをもらった事もきっかけになっている。渡部昇一氏の見方に左翼の人は「感情」に流されているとある。結論から言おう。左翼に流れる方は、「右脳バカ」が多い。最近、TVでおバカキャラを売りにしているタレントも多いが、簡単に切ってしまうとその人達は「左脳バカ」を全面に出しているのであろう。フラクタルの森で言うと、右脳ラインと左脳ラインがクロスして十字架にならずどちらかが上下に分離している状態で、両目で見られていない状況なのだ。ちなみに、私はどちらだろうかと言うと、もちろん両方の面が有る。蛇行しているのだ。だいたいは、左脳バカに属しているようだ。この右脳と左脳の分離が起こす問題はどのような所に出てくるかというと、分かりやすく翻訳すると、右脳をマインド、左脳をスキルと翻訳すると分かりやすいだろう。心と技術、道具とそれを使いこなす心である。たとえば、子供にナイフを持たすとする。もちろんそれを安全に使いこなすスキルも大切だが、ケンカなどに使ってもらってはもちろん困る。さらにその道具のパワーがますほどにそれを使いこなす心の資質が問題となる。人類は、原子力やそれ以上のパワーを持つようになってきたが、それを使いこなす心(悟性・感性)が未熟だと、確実に自滅する。北朝鮮の問題でも、彼らは原爆と長距離弾道弾を手にした以上、そのスキルの使い方が問題となろう。数百のノドンミサイルが日本をねらっていると言う。それらを制御している指導者の心(マインド)がどのようであるのか心配である。今回の実験でももし打ち上げが失敗して日本国内に先端部分が落下することになったとき、その被害を最小限に食い止めようと上空で迎撃した場合でも、彼らは、予告通り日本を攻撃してこないとは限らない。それだけの危険をはらんでいる事態だったと思う。話はそれてしまったが、このように右脳的な物と左脳的な物とのバランスが非常に大切なのだ。その北朝鮮に対応するのにも、朝日新聞やNHKの番組に対する取りくみに問題を感じる。頭のいい人が多いのだろうが、右脳的なもの(悟性・感性)の不備の為に、どうしても優しくなろうとする。より単純に平和的な物を求めてしまう傾向が有る。歴史認識でも、過去の日本に対して自己卑下的な見方をする時にこの事が作用している。左脳的な物が上位に有り、右脳的な物が下方に押しやられている。知性理性的な物(どのようにして・どうなった)が勝ちすぎて、悟性感性的な物(なぜ・どうして)の部分が押し下げられている。そのような見方の方がより理知的と感じられるからではからではあるが、これは、非常に危険な事だということを知らねばならない。まだまだ、説明が足らないとは思うが、渡部昇一さん達も危惧している「左翼」の人たちの本質に迫る事が出来る見方なので、この「右脳バカと左脳バカ」というテーマでこれから文章を書いていけたらと思っている。
2009.04.12
窯の桜もやっと咲いてきました。うちの山にはいろんな桜が有ってまだ咲いていない山桜もありまちまちです。やっと半分くらいが咲いています。夕方たき火をしながら一杯飲んでいて上を見上げると20メートルの高さの山桜の木には4つくらいの白いものがついていました。この木は、元々周囲を大きな木に覆われスーとした姿で上だけに伸びていましたが周りの木が無くなったせいで今では途中から一杯枝が伸びています。見る見る幹の周りが太くなった感じです。今日、窯から作品を出してしまいました。これからヤスリでゴシゴシと仕上げに入ります。18日には大和山ハイキング19日の日曜日からは、みなさんに見てもらえそうです。5月の連休に向けて展示をしていますので是非、お訪ねください。
2009.04.10
まだ200度を切っていない明日まで窯は寝かせておこう。今日は、「ことわざの道」の看板を作った岡崎嘉平太国際奨学財団の植樹で使う看板も同じ素材でことわざを書くのだが、その素材は製材所から分けてもらった窯焚きに使う松の甲板昔、その板に黒のペンキで書いた物はすでに朽ちている何年か前からは、防腐剤を全体に塗り黒っぽくした上に白のペンキで書いているこれは、なかなか長持ちがしそうである4月18日の大和山ハイキングのコースでもあるが「ことわざの道」は、元々フラクタルの森の中に作っていたものだ。この窯の山を分けてくださった人が、大和山の登山道をそのようにすればと骨折ってくださった。ただ単にことわざを並べるのではなく登山を人生になぞらえて、適材適所に配置しようとするのであるから大変だ。だいぶん朽ちてきた物も多くなっているだろうそろそろ、やりかえなければと思っている。ついでにHP上にもことわざの道を造ることも考えている。
2009.04.07
今日の夕方窯焚きは終わった今回も、子供たちの協力をあおいだねむたい寝てはいるのだろうが今回はなんだか寝た気がしていないでも、何となく子供達が上手く仕事をしてくれて簡単に終わったかんじだ。さて、どんな雰囲気に焼き上がっているか楽しみだ。
2009.04.05
あぶりゆっくり200度を超えてそろそろスピードアップをしなければ明日は一気に急上昇にうつります
2009.04.03
ようやく詰め終えた今回は、窯の空間一杯に詰めてみたこの窯になってからいつも作品が無くなり展示室が寂しくなる状況が続いているぎっしりではないが可能な限り詰め込んだ今、枯れ松の大木が最初の燃焼室でちょろちょろと燃えている
2009.04.02
窯詰めの追い込みです吉備高原の我が家のサクラもまだ蕾山桜もまだまだです日差しは強かったりするのですが風が冷たい今日はヒョウが降ってきて寒かった
2009.04.01
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