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真・善・美 ということばがあるその対極に 偽・悪・醜 があるだろう 真(偽)なるモノ 善(悪)なるモノこれらを見極めるのは なかなかむつかしいしかし美(醜)を見ることは 比較的たやすいだろう器の中にも姿の中にも言葉の中にも立ち居振る舞いの中にもその人生の中にもある醜から離れ 美を求めていく中に善なるモノ真なるモノへと至る道を歩んで行きたいものだ 玄明
2011.05.31
剣道や柔道、空手などの格闘技これを両目で見てみよう右目で見ると相手にうち勝つ為の手段スキルの面がある攻撃力であり防御力であり武力である確かに、間違えると「暴力」にもなりうるもの左目で見るとマインドを磨く面が有る自ら自身にうち勝たなければ相手にもうち勝つことはできないまた、その力が単なる「暴力」と堕することが無いように精神鍛錬と精神修養の場でも有る以前、政府閣僚の発言に自衛隊を「暴力装置」と言った人がいるこの言葉は、サヨクの言葉のようだがまさしく蛇行してのうつ病的な見方左目(悟性・感性・・・マインド)が開いていない為に右目(知性・理性・・・スキル)の厳しさばかりで見るその右目での視点の反動で蛇行して左目で、より優しくなろうとする右目(行為と結果)で結果ばかりにこだわり左目(世界観と思想)の多様さ、マインドの重要性を忘れ去るまさしく、フラクタルソウウツ病そのモノであろういま、ソウウツ病患者に国の未来を任せている事を自覚する必要が有る
2011.05.21
「大切なコトは目には見えない」と誰かが言った確かにそうだ言葉にしろ、文字にしろ、行為にしろ目に見えるように、その大切なコトを伝える手段は有るしかし、本当に大切な事は隠れている事が多いまた、偽ものに化粧をして出される事もある目に見えないモノ幽霊もUFOも宇宙人も月の裏側もなかなか見えるモノでは無いけれど現実に見えないモノに三つ有るだろう時間(いつ)と空間(どこで)と人間(だれが)の中に在る重なっていて見えにくいモノ・・・時間離れていて見えにくいモノ・・・・空間混ざっていて見えにくいモノ・・・人間目の前に器(茶碗)が有るどうやって造られたのか、その時間的経過は見えないどのような人の手によって、ここに至ったのかも見えないどのような思いで造られたのかもわからない分からないけれど、今、ここに在るしかして、器は沈黙する身の周りの大自然を見てみよう緑が風にゆられ、さわやかな風が頬をなぜるしかし、自然は沈黙している聞こえ目に見え、味わえる情報は限られているその真意を語る事は無いその神意を感じさせる事は無い見ようと努力をしない限りは
2011.05.19
震災復興案 「20メートルの堤防つき高層ビルの中に街を造る」被災地の復興に対して素人考えだけれど、こんなのはどうだろう。「20メートルの堤防つき高層ビル」の発想の理由○津波の跡を見ると、残っているのはコンクリート製の重量のありそうな建造物○漁業従事者は、海の近くに住居がある方が便利○海岸線全部に完璧に堤防を巡らすのは困難○ビルの中に、学校も役場も警察も、住居も病院もスーパーも街の機能の全部を入れると都市部のように非常に便利が良い街が出来る○色んなタイプのビルが考えられる(住居中心ビル・工場中心ビル・漁業中心ビル・農業中心ビル)○堤防の内部は、立体駐車場とか自家発電施設・シアター・スーパーなど、その直径のサイズによって色々使い道は考えられるでしょう。○周辺の平地は森林公園や、ログハウス付きの家庭菜園施設(クラインガルデン)にしたり、ゆとり空間として活用。陶芸窯などもあっても良いでしょう。○ビルとビルとを高架道路でつなぐ見えるビジョンは、未来都市です。この震災をチャンスに世界に先駆けた未来の街を造ったらどうだろう。管理された美しい森の中に足元をぐるりと頑丈なコンクリートで囲まれすらりと伸びる白亜の高層ビルが数棟立ち並ぶ。そのビルをつなぐ高速道路とあるビルには、リニア新幹線が入り込んで首都圏との連絡も簡単になっている。法的な事とか色々めんどくさい事はあるだろうが未来に夢が無ければダメです。世界の未来都市のモデル都市を造るつもりで多くの「投資」を呼び込んではどうだろう。単に税金で国民から資金を取り上げてまた、同じような街を造ってもまた、同じ悲劇は訪れる事でしょう。ヒントとなった文献「もしドラッカーが日本の総理ならどうするか」HS政経塾発行「震災復興への道」幸福実現党発行 両方とも発売は幸福の科学出版・大川隆法著
2011.05.12
浜岡原発の停止が決まったようだが、日本の未来が危ぶまれる。先の大戦でも日本が戦争に突き進む事になった原因にエネルギー問題が有り、発電の為のエネルギーを石油などに頼りすぎるのは国防上の問題だけでなく、その他の発電方法では大きなコストアップにつながり、国民のエネルギーに対する負担を大きく増やす事になる。当然、国内が電力不足という事になったり電力コストや人件費を考えると企業は、さらに国外に生産拠点を移らざるを得なくなる結果として、国内の働く場所は減って失業者は増えてくるそして、必然的に消費も減る追い打ちで、消費税など上げれば景気は急加速で縮小する福祉目的とか震災復興税とか色んな方便を使おうとも税をかけるという事は、ブレーキの役目でしかない国全体の景気を冷やし税収を大きく減らす事になる日本という国の活力を削ぎながら国からしてもらい事ばかり要求するならば、何をか言わんやであろう。国民の甘心を買うような表面的な優しさを優先させるサヨク政権では結果として国民全体を「最小不幸社会」へと進めどうしようもない「不幸社会」の実現が達成される事になる。もしこの様なサヨク政策を是とするのなら年金が大きく減らされたり支給年齢の引き下げも受け入れなくてはならない現在は、日本は世界レベルで見ても裕福な生活を享受している国民だろうが最貧国へ落ちていく事を認めなければならないだろう。これは旧ソ連、旧中国などが落ちていった道筋と同じです確かに原発は危険もあるだろうが危険ばかりを言い続ければきりがない国全体が、風評被害というか報道被害によってうつ病患者のように疑心暗鬼に誘導されている事に気づかなければならない特にNHKである税金を強制的に徴収して経営を成り立たせているせいで全体の景気動向に無頓着すぎるのだ民間企業なら風が吹いたら桶屋が儲かるという落語話ではないがどうすればどうなって、自分たちにも影響が及ぶことを考えざるをえない立場にあるこうすれば、景気が悪くなって結局自分たちの首を絞めることになることも見えてくる見えていなくても、身に迫ってくるので考えざるを得ないいま、おそらく、多くの民放は経営危機に陥っているだろうと思う左翼民主党に肩入れして、世論を誘導し政権交代をさせた張本人たちであるその因果関係が、今、その身に及び始めていることに気づいているだろううつ病患者を皆さん知っているだろうが自己保身のために悲観的な見方をしてしまうのですその見方が、逆に自分自身を追い込んでいくことになることを知らないのです。いくら忠告して光明的なビジョンを見てもらおうとしても、なかなかうまくいかない結局は、自分で自分の心を統御するしかないのです今回の福島原発の件も、本当は津波被害の天災です。原発の事故ではなかった。そうであるなら、いろんな対策が可能でしょう津波のために冷却のための非常用電源が使えなかったのなら緊急停止した原発の一部を緊急稼動させ電源にする方法とか、全国の原発の緊急冷却用の電源車を数箇所に配置するとか素人判断でも、いくらでも出てきます今回の震災を教訓に、テロ攻撃をも想定しながら徹底的に安全対策を検討すれば良い浜岡原発を止め他の燃料で発電しようとすると年間で2000億円以上のコストがかかるといいますここまでコストをかけなくてもミサイル攻撃にも絶えるような対策ができるでしょう原子力に代わる効率的なモノが無いならば、それを否定するのは日本に経済的衰退の道を求める事になる。それにも関わらず、受けるべき恩恵は求めながら負担すべきリスクに対して拒絶するはワガママではないだろうか。
2011.05.10
サヨクとはよく言ったモノであるフラクタル陰陽学から言うと、表面的には左目を中心に見てしまう人たちのことである左目とは、優しさであり権利である・・・・・・感覚的思考右目は、厳しさであり義務である・・・・・・論理的思考共産主義、社会主義の人たちでなくても多くの国民が、この左目を中心に見てしまうのは仕方がないのかもしれない情緒的に流されてしまいがちですしかし、強く言っておきたいが情に流されてばかりでいては愚かなことをしでかすことになりますサヨク思想に毒されている人たちは自分たちが、どうしても左目中心に見ようとしていることに気が付かなければならないと思う右目で、厳しく見ているつもりであってもそれは、左目で見ているその価値基準をすべてに押しつけているだけだと知るべきだその、己の片目での正しさのみを見ている左目と右目で同時に見ることなく片方ずつで照準を合わせて見ているせいでおきている蛇行現象でもあるでしょうあたかも躁鬱病患者の如くですでは、なぜ、そのようなことになるのかなぜ、サヨク思想に取り込まれてしまうのかそれは、ある意味簡単な論理だろうすべてには、必ず二つの要素が有る結果には原因が有り表を支えている裏が有る権利(左目)を見る場合、義務(右目)がもう一方にはあるこの地上生命を生きるとき「権利」は、見るなと言っても快適に生きるために必要な事だから見るでしょうしかし、「義務」の本質を見る事は難しいこれは非常に難しい試しに自分自身に問うてみてください自分に与えられている義務とは何だろうとおそらく、納税の義務や法律を守る家族を守るだったりするのではないでしょうか人間にどんな義務が付帯しているのかそれを知るためには、人間とは何か?という問いに答えられなければなりません。「人は、何のために生まれ、何のために生きているのか?」この問いに正しく解答できなければ人にとって不可欠な「義務」が分からないのですサヨクの人のほとんどが、唯物論、無神論の人たちです神、仏、天などといった霊的な存在を意識することなく目に見えるモノだけが真実であり人間は、偶然に生まれて朽ちていく存在であるとするならば私たち人類に込められたる願い、その思いが分かるはずもありません。その義務が見えにくくなってしまうのですその反対になんとなくでも神仏を信じ天意という事を考えている人であるなら天が、自らに何を求めているのか広く大きな視点から推察されてきます基本的な信仰心が必要なのです天意を考えるならば「よりすばらしきことのために役立って欲しい」という願いが込められいることは、明白です。そのために、この現象世界が維持され見守られながら全生命が生かされているのでしょうもちろん、サヨクに染まった人たちでもより多くの人たちの幸福のためにお役に立ちたいという思いは同じでしょう社会を良くしていきたいという思いも一緒でしょうしかし、違いが有るはその世界観が違うのですその世界の広がりが違うのですその世界の重なりと広がりが、非常に狭いのです唯物論、無神論の暗示を受け入れている人たちの見ている世界その彼らが住んでいる世界は、どうしても小さなモノとなってしまいます神も仏も天も無く死んだらすべてが終わるような世界観では時間空間共に非常に小さな世界の中で思考することになります見えているモノだけで世界を認識し手をふれられるモノだけの世界で生きていく事になる天意ではなく、自分たちの正しさが基準になってしまいますどうしても、自分たちの権利が中心となり自分が主であり、自分たちが神に成り代わってしまうこれは、とてもとても恐ろしいことですもちろん、その暴走を天は、放置することは無いでしょう
2011.05.01
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