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古代日本には、大災害が起きたときには「その責任は天子にある」と言われ大震災などが起きれば、まず上に立つものがその不徳を恥じ反省し政を行うという習慣があった。武士の世の中にも「為政者の政治が悪ければ天変地異が起きる」ということが言われてきた。一昨年、民主党による左翼政権が誕生し、宗教を否定し、自衛隊を否定し、お金持ちや企業を否定するような左翼政権が、国家を運営すればどうなるかということが実証された形になったのではないだろうか。仏神を否定するような人たちが国家のリーダーとなって運が良くなるはずもない。政権交代をあおったマスコミの責任は極めて大きいが、それに騙された国民にも大きな責任があり、今その責任を取らされている。民主党政権は「コンクリートから人へ」をスローガンに公共事業を大きく削り、その分を国民にばらまいてきた。しかし、この震災の現場に残る建造物を見てみると象徴的にその間違いを証明しているかのようである。コンクリート堤防があと何メートルか高ければ防げた可能性もある。ダム建設の中止も有ったが、水力発電も出来る限りの整備をしておけば、電力に対する手当ももっと出来ていたのではないのか。国防費も先進国では日本だけが減少している。こうした災害の時にだけ自衛隊の救援活動を当然のごとく思い、普段は自衛隊の存在を否定的に見たりする左翼的風潮が大半を占めている。左翼政権は、危機管理がお粗末で国民の生命、安全、財産を守るという政府の一番の使命をないがしろにする。阪神淡路大震災が起きた時の首相は社会党の村山富市氏であった。日本を侵略国家、犯罪国家であるとして謝罪したいわゆる「村山談話」によって、どれほど国益を損ねてきたことか。毎年1月4日には、総理は伊勢神宮に参拝する慣例があるが、村山氏は初めて参拝しなかった。ところがその2週間後の17日に阪神大震災が起こり、慌てて参拝に行ったのである。さすがの無神論者も神のたたりかと思い、怖かったらしい。また、当時アメリカから「第七艦隊の空母を被災地に派遣し、被災者を救済したい」との申し出があったが、それをも拒否した。また、当時の兵庫県貝原知事も左翼よりの人で、自衛隊を違憲だと思っており、当初は自衛隊の投入に反対し救援要請が遅れた。貝原氏は、過去にも自衛隊の防災訓練でさえ拒否していたのである。前回の阪神大震災もしかり、今回の大地震も左翼政権時であったことは、決して偶然ではない。今回の大地震は明らかに天の警告、国民への反省を促す警告であると思う。仏神を軽んじ、また否定し、傲慢になっていた報いではないだろうか。左翼政権やそれを支持する人の内心を見ると優しいのだけれど、権利を中心として見過ぎ神の子、仏の子としての「義務」を、あまりにもないがしろにしていると思う。仏神の子としての義務とは・・・・何か?これは、宗教にアレルギーを持っていると見えるはずも無い。宗教、信仰について今一度深く考えるべき時期が来ていると思う。
2011.03.18
神、仏、天、サムシンググレート、何であれ我々人類の父であり、母である親なる存在が在るとしてその親なる存在は我々人間をどのように見られているのだろうか私の父も昔言っていたが神なる存在が常に見守ってくれているのなら何故に、この世の中は悲惨な事で満ちているのか・・・・とこの東北大地震でどれだけの方が亡くなったのだろう被災に合われた方々の立場に立てばあまりにも無慈悲ですこの世に神も仏も有るものかと思ったとしても仕方がないのかもしれない私の父もそうだったが人間が霊的存在であり魂が実在の姿で有る事や死後の世界も認めていない考え方からするとそうなるのかもしれないこの肉体生命が全てでありこれが亡くなると全てが無くなるのだとすればこの世の不幸な出来事を見るにつけ神、仏というような偉大なる親なる存在を認める事が出来ないのかもしれないしかし、真実は、人間とは霊であり肉体生命は仮の住まい・・・・というのが事実神は、魂と肉体生命とどちらを重く見ておられるのだろうと・・・ふと、思ったひょっとすると、10対0かもしれない・・・となぜなら、ドラマなどで起きる感情を見れば解る生死を分けるシーンで自らの肉体生命を守る為に魂の尊厳を投げ捨てているような場面があると誰も、それを美しいとは見ないでしょうしかし、その逆だったらどうでしょう。この感覚は、誰の中にも有るはずですおそらく、親なる神々の心の中にも在る感情だと思えるのですこれだけの事件ですから色んな人生ドラマが有ったでしょう亡くなった方も生き残った方も傍観者でしかおれない私たちもそのドラマの幕が閉じられるまで光有る時を重ねていきたいものだと思います。
2011.03.15
http://save-the-world.irhpress.co.jp/seven.html天意というものも有る。もちろん信仰心無く、全てが偶然に営まれていると思いこんでいる人たちにとってはくだらない話ではあるだろう。もちろん、私も偶然という言葉をよく使うがこの世界は、全て、必然で成り立っていると考える。その必然の中で運命を決めていく一番ウエイトの重たいものが・・・人の心私は、地球全人類の親なる神霊を常に意識すべく努力しています。当然、親が子供を思い、子が親を思うように人の心は、当然、地球レベルでの仏神の心と連動していると考える。その親なる神から見た場合にこの日本という国この私たち日本人の心が一体どのように見えているのだろうか。仏神を自らの利得に使おうとするレベルの信仰者が多い事も事実。この日本には、無神論者も多い。国家を代表する政党もそのかたまりである。その心と、仏神の心が旨く連動しようも無い。当然、運が悪くなる。運の悪い政権に国家をゆだねるという事は国民に取って不幸な事である。先の阪神大震災の時も左翼政権の村山政権だった。震災後、初めて伊勢神宮にも参拝されたようだが社会党の党首であり、当然無神論、唯物論者である。優しいのだが、時間的にも空間的にも非常に視野が狭くならざるをえない。仏神から見れば、私たちの存在の重要部分は魂の尊厳であると思う。この地上の肉体生命も大切では有るがそれ以上に魂の尊厳、その高貴さが問われているようだ。その高貴さ、素晴らしさが失われるならば百獣の王ライオンの千尋の谷のことわざに有るようにそれ以上の決意で我々に臨まれる事も有るのだろう。多くの犠牲者には言葉も無い有史以前の神話になってしまっている中にその当時の高度の文化が頓挫するほどの人類滅亡的な天変地異もあったようだ。信仰有る者も、信仰亡き者も正しき者も正しくない者も共に同じ時間を生きている同胞として運命共同体として生きています。この悲惨な出来事を機会に天の警告として深く反省しなければならないのではないだろうか。参考文献http://save-the-world.irhpress.co.jp/seven.html
2011.03.13
今回の地震で、ふと思った事が有る。http://www.irhpress.co.jp/detail/html/H0257.htmlこの中のエンリルの霊言である。左翼政権下では天変地異もよく起きている。仏神の思いを想像するのは難しいが何となく想像は出来る。自分自身を主、神として恥じる事も無い人たちが国家のリーダーを担っている。神々のご加護を受ける事は無いだろう事は、想定出来る。そのような政権を選んだ国民にも責任は有る。
2011.03.11
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