京都情景 graphis kyoto

June 21, 2009
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テーマ: 京都。(6331)
カテゴリ: ひびひづき

西山、大枝にある

版画の展覧会を見た後に出会った作品

この絵は、大正15年に高木冨三という人によって書かれた卒業制作だ
83年前の制作「インクライン」

昔の京都を描いた作品を見るのが好きだ
それは遠くにあるふるさとを思う心に通じているのだと思う

距離ではなく、じかん。そこにある空気が地下水のように今と繋げてくれる

インクライン。当時は最先端で大規模な土木工事だった疏水かいびゃくの風景だ


それにしても、なんとなだらかな風景だろう

画面の右、描かれてないところが無隣庵
左側が白川通り

画面の中では、鉄製の南禅寺橋がせまく小さくインクラインをまたいでいる。写真は部分
市電の線路が見える。日本で初めての電車。その出発点には蹴上と南禅寺の落差を利用して始まった日本初の商業水力発電所がある。超最先端なのだ。電信柱に至っては、たぶん日本で一桁代のデンシンボーに違いない

4本のレールがインクライン、傾斜鉄道。琵琶湖から蹴上船溜まりへやって来た船を南禅寺船溜まりへ、鉄の台車が船を丸ごと乗せて降ろしたり、上げたりして運んでいた

左に見える石垣にへばりつく建物、簾がずれたようにかかっているのは茶店。客や船頭がインクラインから階段を上がって一休みしていたのだ。僕が子供のころはうどん屋だった。「入船」。朝、遊びに行くと西側の窓の縁に研いだ米が大きなざるに二つ分置いてあった

子供の頃、登って遊んだ藤棚の藤はまだタテにしか伸びていない。建物を覆うように伸びていた桜の木も、柳の木も育っていない

奥には松の大木と深い林が、ゴリラ山へと続いている。そしてなにより水がきれいだ


最先端の土木事業が行われる前はなんの変哲もない山の裾だった南禅寺草川町、その時の風景については当時の芸術家の目にも止まらないモノだったのだと思う。近所の人の話によると蹴上方向から小草川が、南禅寺から大草川が比叡山の扇状地を下ってくる白川にそそいでいたらしい

白川は上流の花崗岩層を穿ちつつ、白い砂を運んでいた。高木さんが画帳を広げたあたりには、平安時代の昔には、超高層の華厳伽藍や八角九重の塔が立ち並んでいた。真っ白な州の横に祈りの本拠を立てた当時の為政者の見た風景、明治の技術者が、ここに鉄道を造ろうと挑んだ傾斜、松下さんが商売の啓示を受けたという白砂の庭、動物園の東側のレンガの塀、市長公舎のアメリカンハウス、イボガエルの卵であふれていた水際、鮎の稚魚が乱れ飛んでたトンネルの出口、なだらかに水面につづく坂道








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Last updated  June 22, 2009 09:21:31 AM コメントを書く


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