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LM2さんComments

水戸に行った。駅前にテレビの水戸黄門像がある。21世紀の水戸黄門はこんな町並みの中に佇んでいる。

写真の右側にいるのが水戸黄門様ご一行。
「 水戸黄門 (みとこうもん)は、徳川光圀の異称。実在の水戸藩主徳川光圀は、『大日本史』編纂のために家臣の儒学者らを日本各地へ派遣したといわれているが、彼自身が諸国を漫遊したという史実はないとされている。」 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
その光圀に献上した茶があるとなにかの本で読んだ記憶があり、JR水戸駅構内の水戸観光案内所へ聞きに行く。
「光圀に献上した茶」と聞いて、受付のお姉さんは分からなかったが、すぐにカーテンの奥から「古内茶だよ。牧の原にあるよ。」と声が聞こえる。
教えてもらったその 「茶舗 牧ノ原 」 で、 「水戸茶」 を買う。
水戸茶は後から付けられた名称で、以前からの名称は古内茶という。古内茶で検索する。
古内茶 かつて、水戸黄門の名で知られる徳川光囲公がその味に感嘆し、詩を詠まれたという話が残っています。そのとき、光圃公はこのお茶を「初音」という名で呼ぶことをすすめたそうです。
最も古い歴史の古内茶 1390年頃から栽培が始まった古内茶は、鶏足(とりあし)山塊の丘陵に茶園が広がる。およそ20の工場から、関東一円にお茶が出荷され、定着した人気を誇っている。「猿島茶」の起源は13世紀初頭といわれる。
上記の説明がおかしい。最も古い古内茶が1390年と説明が始まり、猿島茶の起源が13世紀初頭なら1200年代初頭に栽培された猿島茶のほうが最も古い茶のはず。
猿島茶を調べるとこんなことが分かる。
日本で初めて海外に輸出された、歴史に名 を残すお茶
・・・・・・・中山元成。彼は折衝の様子を見て、猿島茶を輸出することを思いつきました。時代は、日本が世界へと目を向けは じめた幕末。猿島茶に自信を持っていた元成が、江戸の次の市場として海外を選んでも不思議ではありません。
猿島茶を買いに行ったことがあったが、そんな歴史があったとは知らなかった。でも、中山元成の像はどこかの茶工場の前で見たようなあいまいな記憶がある。
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