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昨日夜、表題の講演会があったので西別院に行ってきました。正式には本願寺と山別院というのだったかな。西本願寺の別院なので「西別院」といわれている。ちなみにややこしいが、西別院の西側に、大谷派系の「東別院」がある。東西逆転現象だ。最初に来られた人はややこしいみたい。さてこの公開講座はソロフト更生園、台湾楽生院補償請求裁判の判決を円とする公開講座だ。参加者は思ったより多かった。司会の人によると100名ぐらいだという。若い人が多かった。いつもよく顔をみるおっちゃん達より、見知らぬ学生さんたちが多かった。公開講座というより裁判結果の報告集会であった。ネットワークの代表の藤野豊氏や、副代表の加賀田氏は、政治の力があったのではと疑っておられた。判決内容を吟味すると、原告が勝った台湾側は非常に明快、理解しやすい文章であったそうだ。一方敗訴した韓国側は、内容を理解しにくい難解な文章であったそうだ。「そうだ」と書いたように私はまだ、全く判決内容を読んでいない。あしからず。また韓国側の裁判長は右翼系?というか強い日本にあこがれている人だそうだ。台湾行政は日本の靖国参拝に肯定的。一方韓国はご存じのように首相の靖国参拝に否定的。いつも国際問題になっている。そういうことがバックグラウンドで動いていたのでは。という創造だ。あくまで推定だが。表面的に範本は三権分立しているが。少なくとも最高裁ではそうではなかった。首相が判事を指名する最高裁では、いつも首相の方を覩ている。これは確かだった。結局地方債でも一緒なんだね。ってつい思ってしまう。行政がからむ裁判になると、公平っていうことはほとんど無くなってしまうのだろう。行政に反旗を翻すと、左遷させられたり冷や水を飲まされるそうだ。日本政府によってハンセン病患者が強制隔離し、ハンセン病は感染しやすく非常にこわい病気だと宣伝し、民衆に恐怖感をあおった。そして社会復帰できないようにした。今その事が間違っていたと反省した政府。そして謝罪の気持ちを形に表した保証をはじめた政府。台湾、朝鮮半島のハンセン病患者、元患者の方々に、「誤った施策にて本当にあなた方にご迷惑をおかけしました。」そういう謝罪を行政はしなくてはならないのではないだろうか。過ちを謝罪できない行政を作っている私たちも、こうどうしなければいけないのではないだろうか。どうぞ首相官邸に台湾韓国の元ハンセン病患者の方々に速やかに保証するようメールを流してください。首相官邸にメッセージを!ちなみに我が大谷派もこのことに対して声明を出していました。でもらしいとしかいいようがありません。HPに公表されていません。これもきな臭い。なんか圧力か、配慮か。友人<<流星さん>>が声明をアップしていたので勝手に貼り付けておきます。ハンセン病補償金不支給決定取消請求訴訟判決に対する声明 本日、東京地方裁判所は、韓国小鹿島更生園(以下「ソロクト」)入所者117人、台湾楽生院入所者25人の原告らが起こした、ハンセン病補償法(以下「補償法」)に基づく補償金の不支給処分取り消しを求める二つの行政訴訟に対し、韓国の原告らの訴えを棄却する一方、台湾の原告らの訴えについては全面的に認めるという、全く異なる判断を示しました。 真宗大谷派は、台湾の原告らに対する判決を、隔離からの解放を訴えた原告らの声に応え、2001年5月11日、熊本地方裁判所が示した「「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟」(以下「国賠訴訟」)の判決と、それまでの闘いの精神に沿うものであると、強い共感をもって受け止めます。 また、今回の訴訟において、弁護団はもとより、ハンセン病療養所の入所者、退所者、遺・家族、そして国境を超えた多くの支援者たちの連帯の輪が形作られたことに、大きな意義を感じるものであります。 そもそも、この裁判での大きな争点は、日本統治下のソロクト、台湾楽生院が、「補償法」に規定する「国立療養所等」に該当するのかどうかということでした。それに対して勝訴判決では、「補償法は広く網羅的にハンセン病の救護・療養施設に入所していた者を救済しようとする特別な立法」であり、「国籍や居住地による制限もないと解すべきである」と指摘し、「強制隔離された施設が台湾にあったというだけの理由で、補償対象から除外することは平等取り扱いの原則から好ましくない」という明解な判断を示しました。このことは国賠訴訟判決を受けて制定された「補償法」の立法の精神を尊重したものであり、今後のハンセン病問題に対する国の施策基盤を改めて示す、極めて重要な判断であると受け止めます。 一方、韓国の原告らの訴えが棄却された判決は、旧植民地統治下の施設入所者の被害実態が明らかになっていなかった、「補償法」制定過程における国会審議を背景として導き出されたものであり、いうならば、加害の側にある問題を理由に、被害者の訴えを退けようとするものであります。まさに、人のいたみ、苦しみに正面から向き合おうとしない判決であり、さらにこの判決が、原告の隔離の苦しみをさらに増幅させるものであることを思うとき、悲しみの情を禁じ得ません。誠に遺憾であります。 翻って、私たちはこの訴訟から多くのことを学びました。公判では原告らが、長時間労働の強制、懲罰としての断種の実施、日本人職員による暴力的支配など、日本国内の療養所以上に過酷な状況にあったことを証言されました。これらの証言によって明かされた事実は、私たちの想像をはるかに超えるものであります。私たちはこの事実から、病と隔離の苦しみに加え、植民地下の苦しみが入所者のうえに重くのしかかっていたことを教えられました。そして同時に、現在においてなお、私たちに聞こえない、聞こうとしない被害者の声が厳然として存在していることに気づかされたのであります。その意味では、今回の訴訟は、かつて日本が侵略・統治した国の人々に今なお残る深い心の傷と、その歴史に真に向き合いきれない私たちのあり方を、改めて見つめなおす契機となりました。私たちは、1996年に「ハンセン病に関わる真宗大谷派の謝罪声明」を公表し、ハンセン病隔離政策に加担してきた歴史と向き合っていくことを表明いたしましたが、今後もこの課題から眼を背けることなく、あらゆる差別からの人間の解放と、非戦・平和に向けた歩みを進め、もって「同朋社会の顕現」という真宗大谷派宗門存立の使命を果たしてまいりたいと思います。以上、今回の判決に対する所懐を述べましたが、日本政府及び国会におかれては原告の人たちに、二度と同じ苦しみ、悲しみを与えることがないよう、真剣にソロクト、台湾の入所者の被害と向き合われ、速やかに両療養所の入所者を補償対象とされるよう強く願うものであります。2005年10月25日真宗大谷派宗務総長 熊谷宗惠
2005年10月27日
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ハンセン病訴訟:台湾側原告勝訴 韓国側は敗訴 東京地裁(毎日新聞)台湾の原告の訴え認める 旧植民地ハンセン病補償訴訟(asahi.com)小鹿島(ソロクト)更生園 台湾楽生院補償請求弁護団ハンセン病訴訟の判決が台湾側と韓国側でそれぞれ違ったものが下された。難しい、どう読んだらいいのか。台湾と韓国の環境が違うということなのか、それとも裁判官の個性ととらえるべきなのか。日本の総督府時代に造られた施設である。どちらの人達も保証してほしいものだ。戦争についての総括がなされていないからだろうか。明日富山でこのことについての集会(公開講座)があります。よろしければご参加ください。
2005年10月25日
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消費税「社会保障目的税」に、10%台へ上げ視野(毎日新聞)消費税の税率を上げることが検討されているようだ。必要なものは仕方がないと思うのだが、本当に納得さしてほしい。低所得者に対する配慮、そして消費税の回収方法。消費税はどの店に行っても取られるが、税務署に払っているところばかりではない。その商店の収入?利益によって払わなくても良いところがある。ところで消費税の回収率はどれだけなんだろう。どれぐらい回収されていないのだろうか。損なことまずクリアーにしてから税率アップを検討してほしい。
2005年10月25日
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今し方湯船につかり心の中に涌いてきた思いがある。それは民衆とともに生きた(民衆を課題にした)証(あかし)として法難があるんだと感じた。ついこの間まで日蓮宗に対してちょっと拒否感があった、しかしネットで日蓮宗のお方と少し関係が出来、日蓮宗のことを少しずつ知る中で、日蓮宗も法難を大切にしているということを知った。何故拒否感があったかというと、日蓮系では親鸞に対する拒否感というか存在否定というものを感じていたので…。鎌倉新宗教といわれるものが開かれる一つの契機として、既存仏教に対する絶望感があったと思う。比叡山、高野山、奈良仏教が名前だけの仏教になっていて、成仏という課題を背負っていなかったことがはっきり見えたのであろう。その中でも特に法然、日蓮、一遍、親鸞は、混乱日本の中で、民衆救済という課題があったのだろう。ニホンに伝わってきた仏教は大乗仏教といわれる。大いなる乗り物として、多くの人々を救済するという課題を持つ仏教として日本に伝わってきた。当時の日本は、政治を司るものは「自己中」そのもの、そして我身を守るものとして仏教寺院に加持祈祷を依頼した。それが勅願寺となっていく。日本のことを願ってというよりは我身を守るため。「民衆」のことなど眼中にはなかった。利権にまつわる争いごとも起こる。利権を求め武士階級のものも戦を起こす。民衆虫のところで政治権力の争いがされ、民衆にしわ寄せがいく。なおさら民衆の生活が貧窮していく。でもここでいう民衆とはまだまだ、都の人々なのだろう。世の中を見渡す中、仏教に出遇う中、「民衆と共に生きん!」という課題が明らかになったのが、念仏系、日蓮系なのだろう。そういう課題に取り組んでいく中で、朝廷との摩擦が起こってきて、法難が起こったのではないだろうか。自分たちの特権を奪われるような危機感が生じ、朝廷は弾圧したのではないだろうか。民衆が我々も人間なんだと気づき、人間として生活しようとする中で、その基盤となる法然・親鸞・日蓮の教えが朝廷に取ってジャマな存在として写ってきたのだろう。人間救済、あらゆる衆生と共に生きんという課題が明らかになったあかしとして法難を見て行かなくてはならないと思う。その教えを受け継ぐ私たちにとって法難をともしびとして生きていくことが大事なのだろう。大事な視点として法難を頂いていかなければならない。思い起こせば原発の問題、ハンセン病の問題、そこに関わっておられるかたがの中に「お題目」を大事しておられた方々の姿を思い出す、足跡が見えてくる。でも、今カルト教団に対する宗教弾圧、これは法難なんだろうか。私たちに法難がやってくる契機となるものだということは頂けるのだが、カルト教団対策は必要なのかどうなのか、何をすればいいのだろうか。課題は沢山ある。そろそろ仕事に行く準備にかからなければ、現実が待っている。自分が生活をするという中で、課題がもみ消されていくのだろう。(自分が消すのだが)
2005年10月23日
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バタバタしていてなかなか更新できません…中越に大きな地震があって一年がたつのですね。あのとき、知人のお寺の報恩講にお参りをして、しこたま飲んで、嫁さんに迎えに来てもらい車に乗っていました。車に乗って、そして酒に酔っていたので最初の揺れは感じませんでした。2度目の揺れはテレビでその事を放送しているときだったかな?でもこの一年色々震災を機に考えさせていただきました。そしてちょっと少し動かさせていただきました。9100人なお仮設住宅暮らし 中越地震から1年(asahi.com)新潟中越地震:被災1年「後遺症」重く 仮設入居者アンケ(毎日新聞)新潟日報 特集「中越地震}
2005年10月23日
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今日午前中、近所の方々、在所の尼講の方々に来ていただき、仏具の臣が気をしました。新鋳の磨き粉で、菊灯は固体のもので、そしてその他のものは液体のもので磨いてもらいました。作業自体は一時間もかからないうちに終えました。後はゆっくりお茶を飲んでいってもらいました。着実に報恩講に向かって動いています。後大事なのは私の心が報恩講に向かっていくこと。まだまだエンジンがかかりません。
2005年10月21日
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情報機器を持って別院へ行っていなかったので、今ゆっくりネットを訪れている。あらためて小泉の靖国参拝に対する教団の対応を調べると反応していない。真宗教団連合、そして本願寺派は声明を出しているのだが、我が大谷派は無反応だ。総長、参務を決めるのに忙しかったのか、…。大谷派に所属する自民党の国会議員によって近頃どう望海が結成されたということを聞く。メンバーには「神の国発言」をした、かの有名な元首相もいるらしい。御遠忌円成に向けていろいろと総長がこの人達と話し合いをしたという噂がある。あくまで噂だが。もしかするとその事が影響しているのではないだろうか。御遠忌成功と何かを取引したのでは…。あくまで噂と私個人の推測なのだが今靖国神社に対する思いが納得できるものがありました。ご覧ください。こちらから
2005年10月20日
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お説教の合間城端の町の中、別院の中散歩して回りました。城端散歩道
2005年10月20日
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城端別院から今帰ってきました。そしてPCに向かいメールなどをチェック中。いまこのチェックのカタカナがタイピングできなかった。最初thekkuとしてもです、なやんだすえchekkuッと入れて無事終了。メールが360通ぐらいありました。そのうちいらないメールが350通ほど。フィルターを掛けていても引っかかってくれないモノものあり、めんどくさい。いまアドレスでフィルターをかけているのだけど。いま思ったのだけど、件名で、フィルターをかけた方が効率的かなって思った。どうなんだろう!別院では結構のんびりとやっていたんですが、家に帰ってくると待っているのは自坊の報恩講!月末に控え遅いけれどもそろそろ準備に入らないともう間に合わない。のんびりしたいと思ってもできない現実。できないという脅迫がどこからともなく聞こえてくる。自縛にかかっています。
2005年10月20日
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今し方、迷惑トラックバックを消去しました。この作業めちゃくちゃしんどい。コメントもトラックバックもフリーにしたいのだが、ここまでされればそういうわけにはいかない。フリーダムにしたいという思いがある文この作業はめちゃくちゃしんどいし、腹が立つ。本当にやめてください。それに何とかならんもんですか!
2005年10月16日
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今し方、迷惑トラックバックを消去しました。この作業めちゃくちゃしんどい。コメントもトラックバックもフリーにしたいのだが、ここまでされればそういうわけにはいかない。フリーダムにしたいという思いがある文この作業はめちゃくちゃしんどいし、腹が立つ。本当にやめてください。それに何とかならんもんですか!
2005年10月16日
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改正 登高座作法 著者:真宗大谷派宗務所 出版社:法蔵館 今思い出したことがあってこの本を楽天ブックスで買いました。先月近くにあるお寺の代務住職を引き受けました。それにともなって、以前代務住職を引き受けたの住職さんに自坊の登高座をお願いしておられたお寺さんから、内の報恩講であなたに登高座というものをしてほしいと依頼され、仕方なく引き受けてしまいました。正直登高座という作法は私は好きではない、気乗りしないものである。権威的で、且つ呪術的な感じがして、親鸞っぽくない感じがして拒否感を感じているものである。自坊ではここ五年ぐらいやってはいない。代務住職の絡みがなかったならば多分即座にことわっていたことだろう。仕方なく引き受けてしまった。でもこの作法は見たことや流れはわかるのであるが、正直自分でやったことがない。自分のお寺でもやってもらいいていた。だから勉強しなければいけない。本山のサイトで本を探したがなかった。見覚えがあったので次は大谷派の本を多く出版している法蔵館のサイトで検索し、ヒットした。でも法蔵館では15000円以上買わなければ送料等が無料にならないのでここで購入することはやめにした。最初はいつもの癖でアマゾンで購入手続きを取ったが、思いとどまりキャンセル。楽天ブックスだと、ポイントも使えるし、ポイントも貯まったはずだと思い購入手続き。アマゾンでは1~2週間待ちとなっていたが、楽天では2~3日待ちだった。ラッキーでも楽天よ!TBSをどうしようというのだ。ちょっと心配だ。TBSは私が思うに大株主をわざと作らなかった会社なのではと。法幢の公平を守るためそうしていたのではと私はかってに思った。ポリシーとして大資本かを入れなかったのに、楽天さんよ株を購入したのかいや。その前に株を手放した人にも同じことを言いたい。株は儲けるためのものなのだろうが、そうではない面というものもあるんじゃないかなぁ。
2005年10月16日
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今晩夜遅くから20日の朝まで城端別院で籠もってきます。明日から本堂布教があたっていていってきます。以前まで通っていて、朝話をしたら月参りをしに帰り、そしてお昼まで来てお話をして家に帰り、朝早く別院減っていう感じのことをしていたのです。でも今そういうことができなくなったので、というか、自動車の運転ができなくなったのでずっと別院にいることにしました。こういうやり方をすれば心の洗濯というか休養になるのではとちょっと期待しています。でも本当は今そんなふうに休養する暇はないんです。自坊の報恩講が半月前まで迫ってきていて、草むしり、内陣の掃除とお荘厳等々…、しなくてはいけないことがいっぱいあります。でもせっかく頂いた時間だからしっかり根を生やして読書に励もうかと思っています。いつものごとくですが、明日からの本堂布教の内容は今んとこ全く決まっていません。思いの中では昨日まで氷見で話しをしてきたことを踏まえちょっと展開できればって思っています。機能一昨日とお話や酒を飲むとき以外は宮城 しずかさんの宗祖聖人 親鸞ー生涯とその教えを読んでいました。この本に書いてあることをそのまま話しをするためにというよりは、話しを擂るる根幹を確認するために読んでいました。明日からも読もうと思っています。
2005年10月16日
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勢いで話しの流れを作ってみました。でもこの通りはなせるか、この内容で時間が足りるのか、不安がいっぱいです。私の悪い癖ですが、「臨機応変」で、途中修正していけばいいじゃん、なんて思ってしまっています。本当に大丈夫なんだろうか?井波別院御遠忌に参加した 報恩のつどい 井波騒動から正常化について 大谷派に帰属して正常化? お寺の本来化 自分のお寺は?浄土と聖道のお寺(歎異抄四条を気にしながら) 聞法の道場と修行の場得度の道としての聞法修行の道、罪福の道自力尽くして他力をえる こんな感じで作ってみました。
2005年10月14日
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結構今日は早く目が覚めた、というより二度寝できなかった。四時半ぐらいから起きている。やらなければならないことがあり、今起きている。今日は氷見のお寺で一泊する。報恩講のお説教をたのまれているからだ。そしてもう一つ大きな仕事がある。それは住職のお酒の相手。この住職、この春足の骨を折り今も杖を使っての生活。氷見の山からなかなか平野部に下りてこなくなった。また秀もノンノ選挙、宗議会でいろいろややこしいことに巻き込まれ、ちょっと落ち込んでいるのだ。でもそういってこの間飲み会をしたのだが、飲み出すと全然落ち込んだ様子は全くなかった。単なるしつこい酒飲みジジィだった。ということで今晩は氷見の山でお泊まり。でも、ッ実はお説教の内容が全然決まっていない。骨子も決まっていない。ただきまっているのはどうにゅうだけお説教の内容が全然決まっていない。骨子も決まっていない。ただ決まっているのは導入だけ。そういうことがあって早起きになった。でも気が進まない。やらなければいけないことをせず、ネットの中に逃げ込んだり、メールのフィルターを整理し直したり…、逃げ回っている。そして今その延長線上でblogを書き込んでいるのだ。困ったもんだ。どうしよう…そろそろ真面目に決めなければ今自分は何を伝えたいのか?伝えたいことがないから、はっきりしないから、こうなんだろう。こんなことで悩んでしまうのだろう。今自分は生きる中で何を感じ取って生きているのだろう。…無理して応えるなら、問題意識がないまま、当たり前のようにして生きていることが、問題、だ、ではなく、なのだろう。このことも断定できない。弱ったもんだ。だいぶ追い込まれてきたので、ちょっとやる気がわいてきた。今からがんばりま~す
2005年10月14日
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これぐらいの画像サイズならいいんじゃないかなぁ
2005年10月13日
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今日からこのブログでは携帯から写真も投稿できるというので、早速チャレンジ中。あとは携帯からこのブログのコメントが見ることができたらと思うばかりです。
2005年10月13日
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最近天気予報があてにならない。特に週間予報が。「異常気象」といわれているものなのかでも異常とは何を基本に異常というのかでも今までとは違うことは確かだ。自分の持っている、そして人類の持っている常識が間に合わなくなっている。それは確かなことだ温暖化のせいなのだろうかその根源は人間なのかどうなのか……でもすべてのことが自分の常識が間に合っていると勘違いしているだけなのかも
2005年10月12日
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エッチサイトにいきなり10個もトラックバックされちゃったよ!怒怒怒 (`´)怒怒怒
2005年10月11日
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つい今し方友人からのメールによって知ったのですが、「共謀罪」というのが今の国会に提出されるそうです。よく友人と冗談を言い合ったりします。時には過激なことなどもあったりしして、その話の内容によって、冗談であろうがなかろうが、実行されるかどうかも関係なく、罪になるそうなんです、共謀罪というやつは。俺なんかすぐ捕まってしまうと思ってしまいました。ちょっと注目してください。共謀罪について京都新聞の社説があります。---→ここから共謀罪についての署名を呼びかけるサイト ---→ここから
2005年10月11日
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私は本山のお朝事にお参りして楽しみにしていることがある。それは門首さんの念仏を聞くことだ。いいんですこれ。私が所属する真宗大谷派の門首は聴力に障害を持っておられる。だから自分の声を聞くことができないため声を発生することも容易ではない。聴力に障害がある人がしゃべるには本当に大変なトレーニングをしなければいけないと聞く。門首さんはいつも一生懸命念仏を声に表現されている。それが非常に心に響く。門首という先入観、障害者であるという特別視があってそう思うのかもしれない。そのことは自分の中で問わなければいけないことなのだろう。昨日の井波別院の御遠忌の御満座で表白を読まれていた。正直今回は何を言われていたのかわからなかった。ほとんど聞き取ることができなかった。でも何を言われようとしているのかわかりたくなる。聞き取ることが困難だからこそ聞き取ろうとする。もしかすると普通に喋れる人がしゃべっていてもそんなに真剣に聞き取っていないのかもしれない。一方こんなことも思った。耳が聞こえない門首さんに表白を読んでもらう必要があるのかと。気の毒に感じる。ある意味門首さんの「障害」を隠したいという思いも涌いてきたということなのだろう。ちょっと話は変わるけど、誰か「障害」を障がいって表現されていた。そうだよね、害ではないよね。害だと思っているのは私達健常者だけなんだから。…「障害」を持っておられるからこそ、門首さんは一生懸命発声されているのだ。それに私は胸を打たれる。その一生懸命さに反応して私も一生懸命聞こうとするのだ。「障害」から生まれでてくる一生懸命さに響き、感じたものも共鳴していく。害ではない。宝なのかもしれない。少なくても大切なものなのだろう。大切なことを考えていく始まりとなるのだろう。考え続けていける力、働きなのだろう。どんどんトーンが落ちていく私なのだ。「障害」を美化しすぎといわれそうな気もする。
2005年10月11日
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井波別院の御遠忌が8~10日の間勤まっており、助音としてお手伝いをしていました。本山から晴れんし、門首さん方々が来られていました。10日の御満座には宗務相当までこらえていた。御満座は結構時間がかかった。12時に庭儀が発信し、ご挨拶が終わり助音の控室に帰ってきたのはだいたい3時45分ぐらいでした。結構長かったです。3日間お参りさせていただき、ふと15年ぐらい前のことを思い出していました。この時代は井波別院と宗派がぶつかり合っていた時代。この別院の住職をしていたのは当時大谷派に僧籍がない(剥奪された)腸道氏、彼は今名前を変えて何とかというんだけど忘れちゃった。宗派皮からすれば「正常化:」が重要課題でした。教区内に動員がかかり、また宗務役員(本山宗務所の職員)が集合し、別院の建物の取り合いをしていた。そういうことがあっていろんなところから批判が来て、宗派皮は「話し合いで」正常化していくということになった。一つのアピールとして、別院の報恩講が勤まる頃、井波町のホールを借りて大谷派声明の発表会をした。その発表会に私も参加していた。そのころのことを思い出していた。いろいろあったな~って。強行突入を止めるために証明活動をしたり、そのことで隣寺の人と絶縁関係になったり、やっぱりいろいろあった。そうして今日御遠忌の御満座を迎えたのだと思った。輪番さんが挨拶の中言葉を詰まらせておられた。何となくその気持ちがわかる。御遠忌の準備、別院運営の正常化。いろいろ思い出されたのだろう。別院にとってこの御遠忌は大切な節目の行事であったことは間違いがない。今この別院は拝観料を取ることでほとんどの運営をまかなっている。観光地としてお寺がある。町の大事な観光資源である。しかし2~30年前はそうではなかったと聞く、聞法の道場としてちゃんと成り立っていたそうである。報恩講、太子伝といった仏事にはたくさんの方がお参りに来られたそうだ。刊行ではなく仏事に来ておられたのだ。刊行寺院としてだけではなく、これからは聞法の道場としての別院という役割も果たしていかなければならないと思う。しかしこれが一番やっかいなんだろうな。課題が山積みのままである。私はそんなにこの別院に関われないけれど、というか自分が所属するお寺が聞法の道場として正常化をまづしなければいけない。井波別院のことなんかかまっておれないというのが正直なところなのかもしれない。人のことをいう前に自分のことをしなければ行けない。真宗の課題を忘れ埋没している寺院を真宗寺院として正常化することは容易なことではない。伽藍を維持しなから真宗寺院として存在することは本当に困難なことである。その前に真宗に寺院は本当に執拗なのかということも問わなければいけない。
2005年10月10日
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うちの猫は本当に馬鹿猫だ。私たち夫婦のそばでは隙ばかり、防御なしで寝ている。昨日なんかは、小鳥を捕まえてきたらしい。それは私は良いんだけど、やつはそれを食べないんです。それが腹が立つ。誰が片付けるんだ!今日は今日で、朝方首の筋をマッサージしてやったら、寝ていくんですよ。猫としての自覚はどこにあるんだろうか。俺はおまえに野良猫になってほしいんだ。おまえは家猫になってはいけないんだ。
2005年10月07日
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完成しました、ごぼはんだより。よろしければごらんになってください。こちらからどうぞ
2005年10月06日
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昨日、某別院へいってきました。今月中頃「大法要」が催されるということで、昨日習礼(お勤め、声明の練習会)があったのです。でも習礼という感じではなく、模擬法要でした。休憩の時間内陣を見て回っていたのですが、おどろいたものを発見しました。それは昭和天皇の天牌(めちゃくちゃ簡単に言えば天皇の位牌)です。始めてみさせていただきました。さすが旧名腸道ちゃん!でもこれどうするんだろう。一応大谷派の立場からすると「正常化」した某別院。やっかいなものも全て抱き込んでこっちに来ちゃったんですね。黙っておろしていいもんでもないし、このまま飾り続けておけばいいものでもないし、どうしたもんだろう。別院だし。正直見なければよかった。御遠忌が終わってから動かなければいけないかな。そうすると真宗と天牌ということを考える契機になるのかな。
2005年10月06日
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今ほどテレビニュースを見ていたら、国政調査員の偽物が出て個人情報を奪われた、とやっていました。正直私の住む田舎ではあり得ないことだと思った。在所の人が調査員であるので当然顔がわかる。私の住むような田舎でも引っ越してきたばっかりの人は村の人の顔はわからないので要注意ですね今ローカルニュースでもその事やっていました。富山県でも5件あったそうだ。近所の人の顔がわからない今、国勢調査を今のままのシステムで行っていって良いのだろうか。疑問だ。そしてその以前の問題として、国勢調査をする必要性はどこにあるのか、個人情報が盗まれる可能性のあるという危険性のある中でやる必要性があるのか。国勢調査を行うにあったってどういう効果があるのか、どうなんだろう。国勢調査そのものをあらためて党必要があるのかも知れない。
2005年10月03日
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今日は良い天気です。暑くも寒くもなく本当によい日です。そしていろんな所からキンモクセイの香りが漂っています。
2005年10月03日
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今日三男坊が通う保育所の運動会だった。終わったのがお昼を過ぎていたので、家族でラーメンを食べに行った。そして「中華そば四つ」って、注文したら、すかさず次男坊は俺はラーメンが食べたかったってさおまえはわかってそういってんのかって思ってしまった。
2005年10月01日
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