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昨日今日と結構な雨です。中越は大変なことになっているそうで、ボラセンも開設されたとか。でも私はというと、雨が降っているせいかゆったりと生活しています。十二分な睡眠。リフレッシュといきたいところですが、寝過ぎでちょっと怠いです。
2005年06月30日
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機能気象庁によれば北陸地方が梅雨入りしたそうだ。思いとしてほっとした気分だ。畑の土がぱらぱら状態の中梅雨入りと聞く嬉しい。その中機能雨が降るという天気予報だったが、朝にちょとパラパラ、昼にもパラパラ状態だった。本当に期待はずれ。ほどよい雨を期待する。蝉が四日前ぐらいから鳴いている。いつもは季節を感じるものだったか今年はそういうふうに風流に感じれなかった。暑い日が続く中蝉の声を聞いても真夏の蝉の声と一緒。世説を感じるところか腹立たしさを感じた。今年はおもしろい歳だ。一昨日昨日と私が住職を務めるお寺で行事を勤めた。祠堂経会という。以前は祠堂経だったが「会」を加えた。同じ内容のものを永代経と言うところもあるようだ。どうもそちらの言い方の方が多いらしい。お説教を石川県加賀市の山本龍昇さんにお願いをした。この方は以前本山で催される僧侶の教師資格を取得するために必要な「修練」という研修のスタッフをしているときにお世話になったかたである。仏教の聞き方という本当に基本的なお話を頂いた。自分の姿勢として本当に再確認させられた。私たちはつい仏事を他人の仏事にしてしまっている。先祖のためのものでもなく、お寺に住むもののためだけではなく。みんなの仏事であるべきなのだ。みんなの仏事というのは私の仏事と言うこと。みんなは私の複数形。主宰者側からすればどうしても「してやっている」という意識が抜けきれない。そして 参加してくだされる方も多分参加してやっているという意識だろう。本来なら私のための仏事なだろう。そういただけるように近づきたい。してやっている仏事だからハラノタツ事ばかりである。
2005年06月28日
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今朝ニュースを見ていると「北陸地方に大雨の恐れ」という見出しがあった。よく読んでみると新潟県でだそうだ、私にとって「だそうだ」という感覚だ。もっと表現すればな~んだ、だ。私の中で新潟県は北陸であるという意識がない。これは文化的なものなのか、学校教育の影響なのかよくわからないがそうだ。よく考えれば新潟県も私の住む富山県も越の国の仲間だ。昔は繋がっている意識があったのかも知れない。中央にいるものからすれば新潟も富山も北陸地方だろうが、富山に住む私はそう思っていない。思えていない。それなら新潟県の人はどうなのだろうか?ちょっと気になった。
2005年06月28日
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品種改良成功で、コシヒカリ大幅増収asahi.comこのタイトルを見て記事を読み込んだ。「品質改良」というキーワードに引っかかった。でも内容を読むというか、記事をシッカリ見返しただけでもな~んだ、って感じ。農村部に住む私の中で米の品質改良の中身は増産と言うことではない。kろえは日本と言うことに限定されることなのだろうが、食糧危機に備え米を沢山収穫できるようになると言うことは必要なことなのかも知れない。でも、日本に住む私たちにとってこれは必要な研究なのかと思う。毎年私が住むところは田んぼが沢山あるので蛙の合唱でうるさい。公害的なものである。でも今年はその蛙の声が家にいるときは聞こえてこない。減反製作でまわりが休耕田になっている。米が余っているからそうなるのだ。そんなとこで言えば増収の研究なんか照って思う。してほしいのは旨い米、手のかからない米、暑さや寒さに強い米。こういう事ができるようにがんばってくださいよ!研究者さん!
2005年06月25日
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今ハンセン病シンポジウムより帰ってきました。私の思いとしては帰らされたという思いです。実は今日は訳があって子どもを連れて行っていました。私が面倒を見ざるを得なくて。話しをよく聞いていなかったのですが、どうも写真を撮る係だったようです。だから後からカメラをツレアイに持ってきてもらい写真を撮っていました。子どもがうるさくなってきて申し訳ないと感じていました。しかしそんな迷惑をかめることもなく日程は無事終わりました。問題はその後です。一応実行委員に入っていますが、若手ですし、そんなお手伝いができなかったので、帰りのときぐらいは後片付けをしていかなければと思い、後片づけをしていました。子どもは母親がまだ迎えに来てくれる状態ではなかったので、懇親会場で見てもらうことにした、というか好意で連れて行ってもらったのです。そして後片付けも終わり懇親会場に向かうためにエレベータに乗り地下一階まで行きました。そして降りるなりこの会の執行部にあたるような人が私に向かってこう言われました。どこに行っていたんだ子どもをちゃんと見ていないといけないじゃないか」と。騒いで迷惑をかけているのかと思いました。でも次ぐに出てきた言葉は。「会場がいっぱいなんだ」とおっしゃいました。正直腹が立ちました。迷惑をかけているのなら謝ろうと思っていたのですが、その気持ちが全くなくなりました。後片付けをしていて何をしていると言われ、友人が後片付けのじゃまになると思い懇親会場まで連れて行ってくれていた、なのにじゃま扱い、迷惑もの扱いされました。ここは子連れでで参加してはいけないのだと感じました。正直この会へは関わるのを止めようかと思ってしまうぐらいでした。差別を考え、皆共に生きていこうと、そういうことをめざししている会なのにって思った。子連れの親子は「皆共」に入っていないんだと思い知らされました。迎えにくるまでと思っていて、おいしい酒を飲もうと思っていたのに、腹が立って腹がたって仕方ありませんでした。迎えを待つのをあきらめたクシーに乗って変えることにしました。約二千五百円かかってしまいました。大きな出費です。でも飲み代を支払わなくて怒ったので、もしかしたら損でもないのかも知れません。でも未だに腹の居所が収まりません、誰かにあたってしまうかも知れません。腹が達。もう関わりたくない!!あんな発言をする人が執行部の会なんて。シンポジウムのこと少し書きたかったのですが、今は各期になれません。もうちょっと落ち着いてから書くかも知れません。腹のたったことは事務局には伝えなければいけないと思っています。それから関わるのを止めようかどうかということは考えていこうと思っていAMす。
2005年06月24日
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昨日は沖縄慰霊の日、だったそうだ。その事を友人知人のメールや、新聞記事でやっと知らされることだ。私は霊が存在するかしないかということは全然わからない。しかし霊というものに対してとらわれ恐れている私たちの生き方に対しては違うと思っている。霊というものが存在するならその霊を慰めるということはそういう在り方なのだろう。特に戦争犠牲者のことについてそう思う。安らかにお眠りくださいと願うことが本当に慰霊となるのだろうか、そう思う。霊というものが眠れないにも訳があるのではないだろうか。そして眠れないわけは霊の問題なのだろうか。眠らせていないのは私たちの生き方なのでは…。原因が私たちにあるのに眠れ眠れとたのむこと、これ失礼なことでは。戦争の事実に蓋をし、忘れてしまった私たち。そして戦争に向かっているとしか思えない私たちの国。兵隊に参加させられ、人殺させられ、人をひととして扱えなかった人達。その事に悩んでこられた人達。その人々を慰めるとはどういう事?戦争という事実を経験された方々を慰めるっていうことはどういうこと?戦争を賛美することでは決してないと私は思う。戦争賛美して戦争犠牲者に感謝することでは決してない。つらかったね。そう慰めることが大事なのでは。同じ犠牲者を二度とつくらないと思い歩むことが大事なのだ。霊というものが存在するなら霊にであうこと。そして願いに出遇うこと。戦争犠牲者の本当の願いに出遇うことその事が唯一の慰めなのでは。戦争犠牲者が怒ってこない生活を私たちは心がけることが必要だ。このことが本当の「慰霊」なのではないだろうか
2005年06月24日
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昨日京都から帰ってきました。入善の森島さんに乗せてもらい東別院まで、そして6時から写真展の留守番(?)をしなければならないので市民プラザへ。9時までだったが、来られたのはお一人さんだけ。さみし~ぃ。宣伝方法に問題ありかな?せめて一階のロビーにチラシでも貼らしてもらえばちょっとは違うのではないかと思った。でも明日はシンポジウムがあるのでそのついでに結構来られるだろう。私も参加します。皆さんも是非来てくださいね。さて9時に迎えに来てもらい帰宅、食事というかビール一本とつまみ?おかずを食べ十時頃就寝。朝7時ぐらいまでぐっすりでした。研修会は疲れる。しかし私の場合は研修会で勉強して疲れるというわけではないのだろう。日程外で疲れる。研修会で止まるのは本山の施設内。この施設は禁酒となっている。だけど夜遅く場でいつも話し込んでしまう。そしていつのまにか声が大きくなっていく。何故勝手言えば飲むものを呑んでいるからだ。泡のデルものが入っている缶を開けプシュ~ってならし、乾杯。外出禁止だが近くの王将で食べるものを買い、近くの酒屋で寝るために(熟睡するために)飲み物を買いみんなでわいわい。調子に乗り結局寝る時間は少し。朝6時頃に起床だが当然起きれず。眠たいって感じ。そして睡眠不足。だから家に帰ると爆睡。こんな研修会から速く卒業した~い。そういうふうに今は思っている、…。
2005年06月24日
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勇んでというかウキウキしながら家を出たのは良かったのだが忘れ物をしたことに今気付いた 研修会に必要な書類ではない、今のところ、これからそのことに気づくかもしれないが…。 今気付いているのは生活用品だ。薬である。薬といってもドラッグではない、まぁ日本でいうドラッグなのだが…。 毎朝、毎夕飲まなければならないものだが忘れてしまった どうしよう… まぁそういってももう遅い 食べる量にいつも以上に気をつけるしかない。がんばろう そう決意したのだが、実はもうビールを買って飲んでいるのだ。
2005年06月21日
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今日からまた京都です。第二回目の子ども奉仕団事前研修会です。そして2泊三日です。だから今日朝の九時頃家を出てお昼過ぎに京都着の予定です。だから今朝ちょっと早起きをして畑を見回ってきました。このあいだ初めてと言っていいぐらい野菜に水をやったので結構なっていました。実は私野菜にあまり水をやらない主義なのです。これは誰から聞いたことか忘れたのですが、「野菜に水ばっかりやっていると癖になる。野菜を甘やかしてはいけない」そんなことを聞いて自分に都合の良いことなので実行しているのです。よっぽど雨が降らないときが続いたときだけ水をあやることにしているのです。これだけ収穫があったのは初めてです。今日から三日間月参りをしなくてもいいこと、私にとって一番嬉しいことです。私月参りが正直好きではないのです。でもこれをしなければ食べていくことができないのも本当のことです。三日間ツレアイに憑んで京都に行ってきま~す
2005年06月21日
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昨日我が家に蓮がやってきた。実は郵便局にはおとつい来ていたのですが、我が家が留守のため昨日にしてもらいました。しかし実は二度来てもらいました。夕方一度来ていただいたのですが、私が草刈り機で草を刈っているときで子どもたちから私に来られたことが旨く伝わらず帰って行かれたようです。そして再度配達してもらい結局暗くなってからでした。だから昨日鉢に植えるのを止め今朝にしました。旨く育ってくれればいいのですが…。育てるのは初めてです。どうなる事やら。
2005年06月21日
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昨日急遽法事が一つはいりました。法事二つ、お通夜と入っていたので大変でしたが‥。お寺のお世話を頂いていたかたの一周忌でした。急遽昨日になったのは訳ありです。家を売却して引っ越しされるそうです。このことも悲しいです。そしてもう少しお話を聞くと、実はがずと水道が結構前から止まっていたとのこと、びっくりです。水道というのはいのちにつながるものなのでなかなか止まらないと聞いていたのに…。毎月何度もお参りに行くところでした。最近はするがちでなかなかお参りができませんでしたが…。お参りに行っても電気がついていたのでそんなこと全然知りませんでした。その事を知らなかった自分に情けなさを感じ、この現状になんの手助けもできない自分、使用としない自分に情けなさと腹立ちを感じています。毎月おじゃましていたのに… あ~あ本当に自分は信頼されていない。信頼されるはずのない自分だ。そんなことがシッカリわかった。やっと。
2005年06月20日
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日付の変わるのを待ち遠しく待っていました。なぜかっていえばここに書きたいことがあったからです。前日珍しく三つも書き込んでしまったので書き込みさしてくれなかったのです。今やっと書き込みができる状態になったのです。今日というか昨日、眠れずPCの前にずっと座っていました。そして楽天のblogの中で、「親鸞」とか「真宗」という言葉で検索をしていたのです。いろんなものが見えてきました。宗祖の教えをもととする新興宗教がいろんなところでサークルや学習会をしているのではないだろうかとも想像していました。そのことを書き込みしたくて今まで待っていたのではありません。「真宗」と検索していると、4月18日に出した真宗大谷派への謝罪文のこと,妹のことなどこういうタイトルにヒットしました。早速拝見させていただくと、どうもこのblogはヤミノツチグモさんのblogのようなのです。何かびっくりしました。そういえば『真宗』(大谷派教団の機関誌)の先月号だったか先々月号だったかよくおぼえていないが、「大師堂(今は御影堂と呼んでいる)爆破事件を起こした方が謝罪に来られた」という記事があり、一生懸命読んだことだった。出所されていたんだ…。と思い、もう一つ正直、謝罪されたことにピンときていなかった。いや今もきていない。なぜ謝罪されたのだろう?ッて思っていた。おまえなんかにきてほしくない、今更謝罪されても困る、そういうことではない。ヤミノツチグモさんが、こう読んでいいのだろうか?私からすればやっぱりヤミノツチグモさんだ。その他の名前は当てはまらない。が爆破事件を起こしたときはまだ僧侶にはなっていなかった。でも、僧侶となろうとするとき、責任ある正師という□の僧侶になろうとしたとき、教団史を学ぶ中でこの事件に出遇った。また僧侶になってから数人のひとから当時のことを聞いた。教団は何をしてきたのか、そういうことをこの出来事によって本当に知らされた。親鸞を宗祖と仰ぐ教団でありながら、宗祖の思いに背き続けているのが大谷派教団だと教えてもらった。開拓という美名のもとで侵略をしてきた歴史を思い知らされた。だから私は御影堂が爆破されて当然のことをしてきたのが私たちの教団だと思っている。爆破された傷跡、修繕のあとを昔教えてもらい、これは私たちの取って大事な目印だと私は思った。だから私からすれば何故謝るの?ッて感じがしている。謝る必要性を私は感じていない。でもこの方は爆破事件に対して真剣に真摯に謝罪されている。そのことはそれでいいのだが、でもふと大谷派教団が北海道開拓という侵略をしたことに対して今どう思っておられるのだろうって思ってしまう。本当はどうでもいいことなのかもしれない、これはヤミノツチグモさんの問題ではなく、今は自分の問題なのだから。でも気になった、そう思ってしまった。私も謝罪されたことを真摯に受け止め自分が所属している大谷派教団が、親鸞の教団と少しでも近づくよう、精進しなければと思う。そして我が人生も親鸞の歩んだ道をしっかり歩みたいと思うことだ。
2005年06月19日
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(わたしはここでは購入していません。近くのホームセンターで買いました。でも同じものです。)このあいだハリオの水出しコーヒーポットを買ったやつを早速使ってみた。朝家に眠っていた碾いてある豆を入れて浄水器の水をちょろちょろ入れて8時間ぐらい寝かしておいた。本当は水でドリップした後かき混ぜた方がいいのだそうだが、めんどくさかった。それをいま飲んでみた。結構おいしい。アイスコーヒー用bの豆ではなかったが、いける。アイスコーヒー用の豆だったら、もっちょっと深みが出たのだろう。でもこれでも結構いける。ダッチ珈琲のような独特の香り、?味?も無く、私はこっちの方が呑みやすい。衝動買いをして久しぶりに後悔をしなくて済んだ。
2005年06月18日
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今日ホームセンターに睡蓮鉢を買いに行ったのですが、木製のブランコも買っちゃいました。正直買ったという意識よりは買わされたという方が強いのですが…。まぁ以前からいつか買うっていっていたから、仕方ありません。正直必要経費です。うちには遊具が一つもなかったので一つぐらいは…、これも必要と思っていました。だから個人の持ち物というよりお寺の備品です。
2005年06月18日
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共命鳥(ぐみょうちょう)ならぬ共命蛇 発見される!~>゚)~~~2つの頭持つヘビ見つかる 埼玉・寄居2005年06月18日asahi.com
2005年06月18日
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そうめん食べようと思ったけど生姜がない!!しょうがないな~おそまつでした
2005年06月17日
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私の所属している真宗大谷派高岡教区では昨年度教区教化テーマなるものがさだめられた。あなたがかがやく わたしもかがやくー朋(とも)なるいのちの僧伽(つどい)を求めてーこういうやつです。これを作成するにあたって多くの人々がかかわり、おおくのじかんを必要とした。だからこのことについて私は以為悪いとは言いたくない。ご苦労を知っているから。だからこそこのテーマをふまえて私なりのテーマを作成した。それはあなたが耀いている 私も耀きたいこんな具合にしたい。教区テーマにある「かがやく」はあえて平仮名だそうだ。輝くではなくかがやく。強いていえば耀くだそうだ。耀と輝の違いは自分で調べていないのでよくわかって位牌無いが、事故の栄誉栄光という意味ではないので輝ではないそうだ。自分の中の思いでいえば自分、人間の耀く気ではなく如来の耀きということだと感じている。如来の耀きは女に依って耀いているが、その如はまぶしすぎてみえないそうだ。まるで太陽のようだ。その光は私の所にまで運ばれている。そして我が身我が世を照らしてくださる。私たちの非如性を非真実性を押しててくださるのだ。その光があなたに発見するのだ。隣にいる人に如来の耀きを発見するのだ。このあいだ広瀬惺(しずか)先生に「如来の光というのは仰ぎ見るというイメージがあるけどそれは違うんではないだろうか、上ではないと思う」っておっしゃっておられた。jここから旗しかではないが、もっと身近であったのではないかっていわれていたような気がする。私が想像するに、宗祖は師法然に如来の光を感じていたのではないだろうか。人間の生き様に如来の光を感じ取っておられたのではないだろうか。だから「あなたがかがやく」とはあなたなるものに如来の姿、香りを感じたということではなだろうか。それは元々あったものをいままで気付かずにいま発見するのだ。あなたなる存在に如来に向かう姿を発見し、そしてその姿から如来の面影を伺うのだ。発見するのだから元々あったものとして。だから私はあなたが耀いていた、としたい。そしてあなたのような耀きを私も持ちたいという目標が私の中に何故か湧いてくる。だから私も耀きたいとしたのだ。耀くということは個性ということにも当てはまるのであろうが、それを超えて人間共通の大いなる願いということになるのではないだろうか。ちょっと学者っぽく、論説家っぽく語ってしまいました。
2005年06月17日
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いまブログにカキコした後つい買ったものがあるのです。今日、ホームセンターに行きつい水出しコーヒーを作るポットを買ったのです。といってもダッチコーヒーのように一滴一滴水を落としていくものではなく、水につけておくだけという簡単な方法のものです。ということでアイスコーヒー用の豆を買っちゃいました。この癖直さないと
2005年06月15日
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私にはどうも衝動買い癖があるようだ。一昨年久しぶりに大学時代何事にもお世話になった先生が住職を勤められているお寺におじゃました。三重県にある。お説教をしろ!ということで行った。簡単に引き受けたのだが、止めとけば良かった。シッカリ話の内容をまとめずにこれを言おうということだけを決めていった。やっぱりうまくいかなかった。お世話になっていたので、かっこよく、成功させたいという思いが強くなりすぎ、惨敗って感じだった。そういう思いを持って家に帰りお礼の封筒を見てびっくり、こんな一杯って。なお落ち込んだ。それはさておき、その時、お寺の境内に睡蓮鉢に蓮が植えてあるのがいっぱいあった。睡蓮鉢に睡蓮が植えてあるのは見たことがあったのだが、蓮が植えてあるのは初めて見た。そしてその数の多さにも驚かされた。ええなぁ~手思った。その時から睡蓮を育てようって決心していた。サイトを検索したり、旅を重ねる中で、蓮の花を販売しているところを発見。何度も訪れ考えていた。しかしこのあいだ遂に購入手続き。買っちゃいました。金曜日発送だそうでいまから待ち遠しい。心ここにあらず状態。蓮がとどく日のことばかり想像している。蓮が届くまでこの状態だろう。
2005年06月15日
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今日、お参りをしていてパンツが破れた。実は初めてではない。何度もある。パンツがだいぶ傷んできているというのも原因なのだろうが、それだけなのだろうか。いつも破れるときは正座をしているときである。おしりをかかとにおろすと少しずつビリビリっていく。音が聞かれなかったかということが気になるのだが、しかしそれをクリアーすれば見えるわけではないのでそのままお参りを続ける。急いで家に行くわけでもない。そして破れていることをいつのまにか忘れてすっとはいていることもたまにある。(たまに?)わたしの正座の仕方が悪いのか?原因はなんだろう?正しい正座の仕方、すなわち私からすれば、なかなかパンツの破れない座り方とはどういう座りかたなのだろうか。皆さん知っていますか?こんな経験無いですか?
2005年06月13日
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今、大慌てで花壇やプランターに花を植えています。なにせ月末に祠堂経会というお寺の行事があるので、それに間に合うように、と頑張っているのです。少しでも早く植えた方が花が落ち着きますますから…。買った苗にひまわりがあります。それも花の咲いているやつ。この苗は初めて買ったので、あとどうなるか心配、というか楽しみです。皆さんご存知ですが、知っていたら教えてください。
2005年06月11日
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私は定番の夢というのがいくつかある。今日もその内の一つの夢を見た。あまりいい夢ではない、飛行機が墜落する夢だ。旅客飛行機が操縦不能になり墜落していってしまう、そういうのをよく見る。今回はおまけにそれを目撃している私の方に向かってきた。家の窓から「大丈夫だろうか」って心配して見ている自分の所に飛行機がやってきて私の家は壊れてしまった。でも私は間一髪無傷だった。やっぱり夢ですね。その私の所に飛行機がつっこんでくるとき、一所懸命これは夢か現実か一生懸命検証していた。抓ったり。現状博して…。その結果現実という答えを出したのだが、でも夢から覚めた。自分そのものだと思った。どれだけ考えても、どれだけ調べても、どれだけ一生懸命いろんなことをやってもそしてこれが真実だってやっても、結局違っている。思いこみ違いばかりしている。夢が覚め夢の整理をしているとき自分の生き様そのものだと、そう思った。
2005年06月10日
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昨日、スーダラ精舎さんと一緒に福光の光徳寺に行って来ました。ここは棟方志功さんゆかりの地です。棟方志功さんの作品が沢山あります。是非一度訪れてみてください。車を捨てて(?)初めてだったのでJRに乗っていきました。駅の方に促され(?)光徳寺まで鮎いていくことにしました。結構遠かったです。久々に訪れた、というか久々に拝観させてもらったので結構おもしろく見させていただきました。坊守さんのサービスで特別解説を入れていただきながら見させていただいたのです。とにかく家に帰ってからビールの旨かったのなんの…。JRの改札のお姉ちゃんが歩いて生きなさいと促していただいたおかげです。でも二度と歩いては行かないぞ~!
2005年06月09日
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「PCより人との交際を」 集団自殺裁判で裁判官が説諭(asahi.com)「PCより人との交際を」この言葉ドッキとしますね。自分のこと人から比べれば、どう考えてもPCの前に長く時間は多い。ネットもここにこういうふうに書き込みをしているので活用している方だろう。自分のそういう道にはまっていってしまうのだろうか。でもネットがいけないわけではない。ネットを唯一のチャンネルにすることが危険なのだと。でも…、顔の見えない付き合い、声の聞こえない付き合い、よく考えるとこわい。何故かっていうと、ネットでしかいえないことがあるということ、人と人とが顔を見合わせ、声を耳に入れて聞く付き合いでは言わないこと、言えないことがネットではいえるっていうこと。これはいいことでもあるんだけども、やっぱり危険なことなんだろう。つい責任のない発言、相手を思いやらない発言。こわいですね。また気のあった人としか出会っていかない。これは本当に危険なことなのかも知れない。ネットとどうつきあっていったらいいのだろう。一度ゆっくりと考えなければ…。
2005年06月07日
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「性差解消教育、はびこっている」 中山文科相が批判(asahi.com)少子化が大変だって言ってたじゃない。本当にそんなことが大変なこととしてあるのなら、子どもを安心して産める環境や、女性を大事にすること、性差別を無くすこと、これが大事なんとちゃう!なに考えてんの!ジェンダーフリーな世界ができればいいと私は思っている。でも正直、私の心の中は性差別に充ち満ちている。自分が育った環境がそうだったから。でも何とか減らしたい。そう思っている。少子高齢化が大変だっってあんたら政治家はよく言っているじゃない。自分は何故その事が大変なのかよくわかっていないけど。ピンと来ていない。あんたら年金制度が崩れるからって言うけど本音は労働力がなくなるからなんでしょ!自分たち資本家の利益を守らせる、兵隊が沢山ほしいからなんでしょ!どうよ!税金を搾取して自分たちの思うように使いたい。マネーゲームをしたい。労働力がヘルを税金が減るから政治家の仕事がおもしろくなくなるからなんでしょう!そう思うんだったら、若い世代に子供を沢山産ませたかったら、若いもんの言うこと聞きなさいよ!子供を産んでくれる女性が生きやすい社会に少しでもしてみなさいよ。そしたら必ず子供を産んでくれるから。せめてそんな理由でもいいから少し性差別解消に取り組む必要があるんではないですか?政治家さん!
2005年06月06日
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いま夏野菜の花が咲き出しました。ジャガイモは植えるのが遅かったのでいまやっと咲き出しました。
2005年06月05日
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今日、組の同朋大会がありました。組(そ)というのは教団の一番小さな組織?、同朋大会というのは組内にある同朋の会の大会?坊守会がペープサートでジャータカ物語の「「シビ王と鷹と鳩」を上演し、その後加賀田栄香さんのお話がありました。私の連れ合いも坊守(住職のツレアイ:規則上はどういう説明になっているかわからず)なので、ペープサートを操っていました。ペープサートというのは造語でペーパーパペットシアター(paper puppet theater)を詰めできた言葉だそうです。(詳しくはこちらを見てください)簡単に言えば紙人形劇です。その後私が親しくさせていただいている加賀田栄香さんが「大悲无倦常照・世」という講題にてお話をなさいました。我というのはつながりの中にある私(関係的存在としての我)このとであり、関係といっても自分にとって都合のいい関係ではな、自分の過去すべてだということを考えさせられました。もうひとつ、普通自分が楽をしたい、楽しみたいというときにはその裏では自分に親しいものが苦労をするのが私たちの生き方であり、宗祖というのはみんなが楽しく生きる世界を求められたそういう方だということをあらためて教えていただきました。一家そろって5人で参加したので、うちの子どもたちが結構騒がしくして大会をじゃましていた。申し訳ないことだった。
2005年06月04日
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今サンダーバードに乗りました。富山に帰るところです。 もう酔っ払っているみたいです。 さっき電車に乗る前切符を落としてしまいました。焦りました。改札に行き訪ねるとたまたま拾って届けてくれた人がいたようで、助かりました。ホッとしました。本当に拾っていただいた方に感謝感謝です。 さて今日は戸次(べっき)さん、親しいさせていただいているからこんな言い方をしてしまいましたが、戸次公正(こうしょう)さんのお話で、敗戦60年ということでお話されました。 ちょっと書き込みはこれでおしまい、酔っ払っていて…眠たくて仕方ありませ~ん~から~
2005年06月03日
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今日午後から学習会がありました ハンセン病に学ぶ会でした 話しの内容はさておいておきます このあと懇親会・交流会があったのですが都合により今サンダーバードに乗って京都に向かっています。電車に酔う前に酒に酔えということで今ビールを飲んでいます。 学習会感じでいたことは、真の…という言い方があるが自分には真という場にはいないと思った、ただ真という場に近づきたいという立場にはよくいるけど。 それと 啓蒙活動ということがよく言われるが、そのことも本当に大事だが「活動」だけではどうもならないということも感じる。そういう前に、言った後でもいいか、お前はどういう生き方をしていくのかという課題を大事にして生きていくことが大事だと思った。 大分酔っ払ってきたのでこれで書き込みを終えることにする。 とにかく今日は京都へ行かすに懇親会に出席したかった。 めちゃくちゃ心残りがする。 今から戻ろうかなぁ…
2005年06月02日
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通信116号が出来上がりました。見てくださいこちらからどうぞ
2005年06月02日
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イチゴのみがもう食べられます。以前から食べることができたのですが、写真にアップすることが難しかったのです。何故かっていえば、数多く一遍に色まなかったので写真に撮る前に食べてしまっていたのです。そして後から写真に撮っとけば…と反省ばかりしていたのです。今日はプランターと畑のを合わせて20個ぐらいとることができましたので、余裕有り。カメラを持ってイチゴを撮りに行ったのです。店で買ってくるのと比べものにならないぐらい甘いです。
2005年06月01日
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