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今日お昼から富山解放連主催の「考えてみよう人権」市民連続講座がありました。堀江世津子さんが「マイノリティとしての女性の運動と人権」という講題でおはなしをされていました。いつものように話の内容を聞いての感想というのは私は出来ないのですが、その時考えていたことを少し書きとどめておきます。まずきになったのは「市民」ということです。私は富山市民なので市民なのですが、ここでいう市民の枠に私は入っているのだろうかって思ったのです。asahi.comにある大辞林で検索したら、(1)その市に住んでいる人。また、都市の住人。「―会館」(2)〔citizen〕国政に参与する権利をもつ人。公民。中世ヨーロッパ都市の自治に参与する特権をもつ住民に由来する。(3)〔(フランス) bourgeois〕ブルジョア。市民階級。ついでにブルジュアを検索すると(1)中世ヨーロッパにおいて貴族・聖職者と農民・労働者との中間の階級に位置した商工業者。市民。(2)近代社会における有産者。マルクス主義で資本家や資本家階級に属する人をいう。国政に参与する権利をもつ人という意味では私は当てはまるのだろうが、でも、日本に住む人の中にもいわゆる選挙権が与えられていない人もいるので市民という枠には入りたくないなぁって思う。自分の思いの中では一般人、って感じで使っていたが、ちょっと違うみたい。あまり好きな意味ではなかった。自分は市民に当てはまらないと思うし、こういう意味ならそういわれることもなんかいやだなぁ次に考えたのは「人権」という言葉です。大谷派においていわゆる教学を牛耳ろうとしている人達は結構「人権」「ヒューマニズム」を否定的にとらえる人が多いような感じがする。そういうこともあって気になったのだろうか。女性の人としての権利とは、男性中心主義の中で生きていくための権利を獲得していこうとするのか、純粋に(でも私たちの生き方の中で純粋という立場はあるのだろうか?)人として生きていくための権利なのだろうか、ということを考えていた。女性が男性社会の中に生きていくための権利ならば、それは女性が男性化していくということでしかないんだろうか。女性が女性として生きていくためには逆効果になるような気がする。これからはいつもの持論になってしまうのであるが、女性が被差別者であるならば、女性が変わる必要は全くない。変わらなければ男性だ。女性に変わる必要なことがあるとするならば、男性化してたすかろうとしないということではないだろうか。男性が変わらなければ、男性がこの男性社会で解放されなければ女性の解放って無いんではないだろうか。この経済中心主義社会というか、今のこの社会を相対化して生活することが大事なような気がする。実は私はこのあいだまで相対化というイメージが湧かなかったので使わない言葉であった。この社会に順応しないという意味でこの社会を相対化、絶対化しないような生き方が必要だと思う。常識に無理をして順応していく必要はないんだという思いで生きていくことが今を生きる私たち(「市民」)に求められているんじゃないかな。やっぱり自分はさっき否定した「市民」を生きているのかな。
2005年09月30日
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司法判断まっぷたつ 首相の靖国参拝(asahi.com)この見出しを目にして喜びました。でもちゃんと判決内容をちゃんと読んでみなければ本当に喜んで良いのかどうかわかりませんね。
2005年09月30日
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一昨日ハンセン病の会合があったり、昨日友人と飲んで、進行のこと生活のことを話ししていた。そういうこともあってか今日自転車に乗っているとき 宗教によって人は救われるんだろうか、っていう疑問がふと湧いてきた。こういう疑問が湧いてくるということは問いに対して否定的ということなのだが…。以前は救えると思っていた、これは確かだ。でも今は疑問が湧いている。人が宗教によって救われるのならば、宗教は人間にとって手立て、道具としてあることになる。しかし真宗の教えを聞いてこられた先輩方は念仏は手立てではない、と口酸っぱくいわれている。人間より念仏の方が上なのだといわれていた。だから念仏の観点からいうと宗教は自分のための、人間のための手立てとしてあってはいけない。この世の苦悩は人間が作り出したもの、だからそれは人間で解決しなければいけないと思う。宗教を頼りにしてはいけないと感じる。他に頼ってはいけないのだろう。そうすると宗教は不必要なものなのかというとそうとも思わない。念仏(宗教)はにんげんを明らかにしてくれる。人間の苦悩をはっきり見せてくれる。その苦悩の元、根っこにあるものも教えてくれる。それが宗教の力なのだろう。そこまでが。その力によって苦悩に立ち向かっていく力が湧いてくる、我身にその立ち向かう力が湧いてきたとき、宗教の力が宗教のはたらきとなるのだろう。宗教は人は救えないだろう、やっぱり人は人しか救えない。人間の苦悩は人間が解決していくしかない。いや解決していかなくてはならないのだ。苦悩に立ち向かっていける勇気、差別を無くそうとする道を歩む勇気は宗教からの贈り物なのだろう。癒しによって人は救われてはいかない。癒しは問題を先送りしたり、見えてきそうなものをあやふやにするだけ。だから人を癒すことが宗教ではない。
2005年09月28日
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昨日の夜氷見の民宿で泊まってきました。叶というところでした。私はそんなに氷見の民宿を知っているわけではないですが、珍しく民宿って漢字でした。最近、氷見の民宿はペンションみたいことろが増えているんですが、今回は昔ながらの和室で民家を改修した感じでした。そんな感じだったのでホッとしました。今回はある人が落ち込んでいて(自称)、その人からのリクエストでいっちょにのうもうということでした。昔よく飲んでいた人たちだったので懐かしく、楽しかったです。またの再開を約束して、というかまた飲む場をつくろうと云うことを約束して解散しました。元気元気で帰ってきました。
2005年09月28日
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最近うちにはそこら中に蜘蛛が巣を張っている。このあいだ佐川の運ちゃんが来たとき玄関に入ってくるまでに蜘蛛の糸に引っかかったと口説いていました。その声を聞いて見回ってみるとやっぱり蜘蛛の巣だらけ。さっきちょっとがんばって苦のの写真を撮ってみました。いかがですか。昨日、お参りのため自転車に乗っているとキンモクセイの香りがしてきた。うちのやつはまだ香らないが、もう少しなのだろう。去年は香りもしたのだが、木の下に花?実?が落ちて黄色というか赤の絨毯状態だった。今年ももうなるのだろうか
2005年09月27日
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ごぼはんだより120号が出来上がりました。よろしければごらんになってください。こちらからどうぞ
2005年09月26日
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この間アマゾンでたのんだ文句とコルクトレーンのアルバム今日届きました。早速iPodに取り込もうとする個、またもやダメでした。断念。パソコンのモニターに内蔵しているスピーカーで聞くのも、せっかくという気がして、結局何年ぶりにほこりのかかっていたスピーカーを鳴らしました。書斎の本棚のところにスピーカーとアンプそしてCDプレーヤがあるのですが、ここに移動したのがこの書斎をリフォームしたとき、結婚した年に直したんですが、本棚に押しやってからならしていませんでした。何故か聞く気にならずそのままだったんです。リフォームする前というか結婚する前は結構聞いていたんです。ちょっと大人ぶってジャズなんかを。住人は何故かキースジャレットが好きだったのでそれに対抗して私はオスカーピーターソンで行こうという安易な思いでちょっと集めていたんです。ジャズの良さもあまりわからず、大人っぽくて好きで聞いていたんです。それが結婚して、すぐに子供ができて、余裕がなかったんかな。それが封印を解いたというか思い立って電源を入れました。強度説いたアルバムですが、やっぱり、57年の録音だという感じがしませんでした。多分少しはデジタル化こうしてあるんでしょうが、サックスが結構近くに聞こえました。今ついでにということで、iPodに入らなかったつながりで、尾崎にベストを聞いています。パソコンのスピーカーで聞くよりやっぱりこっちの方がよく聞こえる。iPodで耳に当てて聞くよりやっぱり開放的で、健康的な感じがする。この部屋、私は書斎であると主張しているのですが、今は子供の勉強机が二つあり、どんどん占領されそう、というか占領されています。もう少しで、というか年中の三番目の息子が小学校に入学するとなると待たん勉強机がやってきます。またこの書斎と主張している部屋で私の居場所が減る。テレビはモウ子供達に奪われた状態。のこるはここだけ。安らぎを求めて死守するぞー
2005年09月25日
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セロニアス・モンク&ジョン・コルトレーン/ライヴ・アット・カーネギー・ホール 1今週の水曜日の深夜、FMラジオで紹介していたアルバム、買っちゃいました。私はジャズのことよく知らない、アートブレーキー、チックコリア、キースジャレット、それぐらいしかプレイヤーの名前を知らない。ラジオではジャズは黒人音楽とユダヤ教(人)音楽が融合したものだといっていた。そうなんだ。そういう歴史も全く知らなかったが、すごいものが発売されていると言うことでつい買ってしまったジャズのアルバム。めちゃくちゃ掘り出しもんらしいですよ、1957年の録音が発見されてこのアルバムになったらしいですが、めちゃくちゃいい音らしいです。そんなこと聞いて私はつい注文してしまいました。私はアマゾンでたのみましたが、アサヒレコードにもありました。そんなおすすめでつい買っちゃいました。月末でお金がないというのにメットで買い物ばかりしている私です。カード払いってやつがいけないんでしょうかね。どれとも私の意志の弱さなのでしょうか。
2005年09月24日
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先週一宮市(愛知県)に会合があって行ってきたとき、おみやげに、特に自分のために買ったものを今日の昼食べた。今日は子ども達の用事で今日の昼は私一人、このあいだ名古屋駅で買ってきた山本屋総本家の味噌煮込みうどん三人前、を一人で食べた。当然一人前。でも、鶏肉を入れようと思ったら、無かったので豚肉に、刻み揚げを入れなければと思っていたのに入れ忘れ、ちょっと残念。次は嫁はんと食べるつもり。富山には味噌煮込みうどんを食べさせてくれるところはそんなにない。私の知る限り「サガミ」だけ。でも私はそこのあじはあまり好きではない。でも、それしかないからたまに食べに行く。だから今日ちょっと失敗したけど、やっぱりうまかった。私の好きな味噌煮込みうどん屋さんは、どうも今はやっていないのみたいだけれど、同朋大学の筋向かいにあった味噌煮込みうどん、ちょっと名前は忘れたけど、ここのが大好きだった。大学時代二日酔いで通学したとき、昼食にこれを食べると、調子が上がってくる。大学生時代よく通ったところ。名古屋の知人に聞くとうに無くなっているとのこと、それどころか私たちが知る店はもうほとんど無いとか…。さみし~い、時代を観じてしまう。涙涙…。
2005年09月23日
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美味しい本柳葉魚はいかがこのあいだ京都の本願寺で研修会があったとき、北海道の知人から本シシャモを食べさせていただいた。うまかった~!それがいまでも忘れられない。今まで食べていたアチャラ産のシシャモがシシャモならあの本シシャモもはなんなんだろう。本シシャモがシシャモならアチャラ産のシシャモをシシャモというのならは本シシャモに失礼だ。全然別物だ。今どこで買おうか思慮中です。もうそろそろ品シシャモの時期になるのかな。よく知らないけれど、食べた~い皆さんも一度おためしあれ今朝これを思わず注文ボタンを押してしまいました。金欠病だというのに。連れ合いには何も言ってありません。怒られそう~
2005年09月22日
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昨日、大惨事(第三次)小泉内閣が発足したそうだが、…。今日新聞をみていると一面の見出しがこうなっていたが、記事を読む気がない。スルーパス、素通りした。気づいたらテレラ欄だった。もったいない読み方だ。朝方というか昨日の深夜目が覚めてFMラジオを聞いていた。ウォンテッドという番組なのだが、眠れないときは結構聞く、お気に入りの日は水曜の深夜、すなわち今朝方。めちゃくちゃ過激で、ちゃかしまくり。つい聞き入ってしまう。そういうこともあってか、朝新聞をじっくり見よう、本当は読もうなのだろう、という気が全く湧かなかった。日本の株価が新内閣が発足して上がっているようだが、何故こんな日本なのに株価が上がるのだろうか。静かに一歩いっぽファシズム体制にに近づいていっているというのに。投資家というのはそういうもんなんだろうか。これから勝ち組負け組とどんどん仕分けしていかれようとしているのに。そして少数だけが楽しい思いをする社会になろうとしている。そういう国になろうとしているのに株価が上がっている。新しく自民党の国会議員になったものもお気楽だ。派閥に入らないことを進めておいて、私だけの言うことを聞けといっているコイズミクン。そういう実態を知らずお気楽だ。これから自分の意志は通用しなくなり、コイズミクンの顔色ばっかりみていかなければいけない。一言一言の発言にびくびくしていかなければいけない。毎日毎日が踏み絵状態。そうなることもわからず、わくわくしている、新人自民党国会議員。コイズミクンの踏み絵はこれから私たち国民にもむけられるだろう。そういう国に期待する投資家。信じられない。
2005年09月22日
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先ほど家族で買い物行って帰ってきたら、内の馬鹿ねこク~がニャ~ンと迎えてくれた。でもいつの間にかミャ~ンと泣いていた、正確には聞こえた。そこで思わず私はおまえは名古屋人かってク~に問いただしてしまった。よく考えればク~はねこであり、人間ではなかった。だから名古屋猫かもしれないが、名古屋人では決してない。
2005年09月18日
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最近真宗の教えを私は聞き間違えをしてたと思っている。それは他力ということである。真宗の教えで大切な言葉は「他力」ということを、他人任せにすること、何もしないことであると誤って理解していたように思うのである。個のことは前々から指摘されていたことだが、まだまだ頂き切れていなかったようである。他力をたのむという生き方は私たち真宗門徒にとって一番大切な生き方である。しかし簡単に他力-如来の慈悲ーをたのめるものではない。他力をたのめるようになるには、自力無効と、、自らに頷くことが大切なのだ。知識として知るだけではダメなのだ。自分の無力さを感じ、その事が我が身の歳代の悲しとしていただくことである。他人の自力無効さは黙って観察するだけで容易なことなのかも知れないが、我が身の自力無効を感じるには自力をつくすだけつくし、他なる存在からガツンと指摘されることによって初めて頷くことが出来るのではないだろうか。一生懸命自分の思うようにいきながら、他なる存在と出遇う、ちゃんと耳を傾けることからしか始まらないのではないだろうか。最初から他力の生き方をするのではなく、自力無効と頷く生き方を心がけることが大切なことだと思うようになったのです。皆さんはどう思われますか、、
2005年09月18日
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今日、「許してちょうだい」というテレビ番組を見た。不妊症についてで、特に男性の不妊症についてであった。この番組により色々学んだ、体外受精の大変さというものを感じた。女性が排卵誘発剤を注射することの大変さ、卵子を取り出すことの大変さを教えられた。この番組を見て正直感じたことはそこまでして子供を産まなければいけないのか?ということである。こう発言するとご批判が続発することも覚語である。身体的につらい思いをして、精神的につらい思いをしてまで子供を産まなくても良いじゃんって思った。私には3人の子どもを授かった。授かったものが授かってないものの気持ちがわかるものかって言われることも覚語です。私達の社会には夫婦になれば子どもが出来るもの、という固定概念がある。日本では「家」という概念があり、それに伴って「跡取り・跡継ぎ」というものもある。私など寺にいるとそのお寺を次いでいくものが必要になってくる。現代社会において憲法で職業選択の自由が保障されているはずである。世襲しなければならないということは、憲法という方で考えればおかしな事である。しかし現実存在する。だから私達には「子供を産む義務があり、それには男の子が望ましい」いや、男の子を産む義務がある。その中で男の子を産めない嫁は必要ない、子供を産めない嫁は嫁でない。嫁は跡取りを績む道具ということになっしまう。そのようなことが言われたり、常識となっている。非常に女性に対して現代社会で考えれば女性に失礼なこどた。女性差別としか言いようがない。そういう伝統を背負って生きていると、夫婦になると子どもが生まれるもの、、うまなければいけない。そういう脅迫概念が生まれてしまう。まぁそれだけではなく純粋に二人の子供を産みたい、ということもあるのだろうが。でも、「夫婦になれば子どもが生まれるもの」という固定概念を捨てる必要があるのだろう。でも「つらい思いをしてまで子どもを産む必要がないんだよ」この言葉は子どもを産めない夫婦にだけ言う言葉ではないのかも知れない。言うことはないのかも知れない。最近ずっと差別のことを学ばさせていただき、差別解消のために変わらなければいけないのは差別されている人ではなく、差別している人がわからなければ差別は決して無くならない、ということを教えていただいた。だから子供を産めない夫婦が産めるように変わる必要も当然なく、つらい思いをしてまで子どもを産む必要が無いじゃんと、簡単に、かるく言うことも出来ないんだろうな。変わらなければいけないのは子どもを産んだ夫婦が子どもを産んで当然であると思っている固定概念をまず捨てる必要があるのではないだろうか。そこまでして子供を産まなければいけないのか?という言葉もめちゃくちゃノンキな言葉なのであると気づかされた。
2005年09月16日
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明日から三日間愛知の一宮市で編集会議です。実はその間に高岡でも同和問題特別伝道講習会?正式名称を忘れてしまいましたがいわゆる私達が「同和特伝」といっているもののスタッフ会議があるのです。中抜けして高岡にちょっとだけ戻ります。そして実を言うと今12日の夜は井波別院で御遠忌が勤まるのですが、それにむけての声明の習礼があるんですが、これは欠席しました。それも無断欠席。獰猛流支みたいものにかぶれたみたくて、かゆくてかゆくて動も我慢が出来なくなり医者に予約を入れると午後六時以降と言うことで今行って帰ってきたところです。だから休みです。運転手もいないし。一宮での編集会議は「(仮称)仏教ハンドブック」です。日曜学校やその他のお寺で行う子供会に関わる人に読んでもらうための表面的には法話のネタ本的なものです。これは大谷派の出版部で発行予定で、本山の下部組織、?外郭団体?である大谷派児童教化連盟が編集が任されています。私はその児童教化連盟の出版委員会の一員ですので関わっています。出版予定は一応11月下旬となっています。そして明日から本格的な編集委員会をするのです。これから初めて間に合うのだろうかって言う心配もあるのですが、損なことより良いものを作りたいという思いのほうが強いです。この本を読むことによって親鸞の仏教観が見えてくるものになればと願っています。あえて真宗とは言いません。出版時期が遅れても本当にそんな本になればって思っています。スタッフ会議も、編集会議も私にとって大事なものなのでどちらも一生懸命関わろうと思っています。自分にとって本当によい学びの場です。私の周辺ではいろいろと迷惑をかけてしまうのですが、行ってきます。許してね。
2005年09月12日
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宗男ちゃんがまた当選していた。この人はあまり好きになれない。でもこの人に一票を投じた人がたくさんいたということである。これは北海道に住む人の叫びなのかもしれない。何とかしてくれ~!その呼びかけに応えようとしている人、応えようという振りをしている人が宗男ちゃんなのかも。彼は好きではないが、彼に一票を投じた人の心を大事にしたい。一方「本土」では小泉君人気彼に、そして彼が党首の政党に一票を投じた人もいる。たくさん。彼等も何とかしてくれよ!と叫んでの一票。自民党の席は都市部を中心に増えた都市部に向いた選挙で、都市部を対象に政治をこれからやっていくのが自民党なのだろう。国民みんなが叫んでいる農村部でも、都市部でも!みんな利己主義で言っている。その中でどの叫びを大事にしていかなければいけないのだろう。田舎に新幹線なんかいらないと誰もが言うしかし都会に住むものが言うのと田舎に住むものが言うのとでは意味合いが違ってくる。都会人が田舎に新幹線がいらないというのと、田舎の人々が新幹線がほしいというのは同じ質。都会人はしなかになんか新幹線はふさわしくない、そう笑う。採算性がないとごまかしながら新幹線がいらないならおまえらも捨てろ所有するだけしてから、持たないものにああだこうだと言う都会人。耐えに耐え、偲びに偲んできたのは都会人だけではない。田舎の人々もそうなんだそのことは忘れてはならない。政策という論理よりももっと大事なものがあるのかもしれない。
2005年09月12日
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昨日一昨日と長島愛生園に行ってきました。ちょっと日程的にはきつかったのですが、行くだけでだいたい六時間ぐらいかかります。午後護持ぐらいについて翌朝十時ぐらいに出発しました。宿泊したのは今回は愛生園の中の宿泊施設ではありませんでした。予約がいっぱいでダメだったそうなので、近くのいこいの村で宿泊しました。何故愛生園に行ったかというと、以前知り合った方のつれあいさんが亡くなっておられたということを知り、家族と、義理の兄とでお見舞いに行ってきたのです。5年ぐらいぶりに行ってきたのですが、ちょっと様子が変わっていました。結構静かでした。一つにはあまり多くの人に会わなかったということ、愛生園はハンセン病の療養施設なのですが、もと患者の方がおられます。いろんなことがあってそこに住んでおられます。しかし高齢化ということがあって過散歩する人が少なかったです。寂しさを感じました。もう一つ静かだったというのはラジオの音量が小さくなっていたということです。この長島愛生園は道の分かれ道、施設の前にスピーカーがありラジオが鳴っていたのです。目の見えない使途や見にくい人の目印になるため。しかしそのためになっているラジオの音がちっちゃかったのです。跡で聞いたのですが、そのスピーカーを間引いたそうです。私の感じでは間違いなく音量もちっちゃくなっていました。私の思い出は朝早くから夜遅くまでラジオがうるさいぐらいになっているところが愛生園なのです。そうではなかったのでびっくりしたというか寂しかったです。お見舞いに行って非常に喜んでくれました。私の義理の兄は結構まめに通っていたのですが、私はなかなか顔を出すことができなかったのですが、行って喜んでくれました。これからもなかなか訪れることは簡単ではないのですが、ハンセン病の元患者さんを知る私、ハンセン病だからということで差別を受けてこられた人を知る私が、そしてなかなか療養所に足を向けることができない私が、自分が生活するこの地で、元患者さん達とどう関わっていけばいいのだろうかって思いました。難しい問題です。ハンセン病に対する辺見が一日でも早くなくなることを願わずにはおれません。そのために自分はどう生活しなければいけないのか、大きな課題が私にはあります。
2005年09月11日
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ここ一週間、実を言うと意識して一生懸命書き込みをしていた。それは何故かというと、このブログのアクセスカウンターが9000を超えたからだ。9000を超えて何故書き込みしだしたかというと、速くアクセスカウンターが私の取っての大台である10000をいかないかなって思って意識して書き込んでいた。したこともないテーマに投稿したりして速く大台を超さないかと思いながら書き込んでいた。どうやら今日中に、遅くても明日には目標を達成しそうである。ちょっとほっとしている。今の段階で9979だから、間違いない!アクセスを増やすにはやっぱりテーマに投稿するのが一番だと感じた。それも人気のありそうなテーマに。それで一日、百のアクセスがある。明日からはマイペースに戻り、ずぼらというポリシーを保ちつつ思ったことを書き込んでいくことにする。
2005年09月08日
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衆議院選挙の投票日まであとわずか、正直私はまだ誰に投票しようかということはまだ決まっていない。しかし投票に行くんだという思いは強い。またこの政党だけは絶対に入れない、という政党も決まっている。とにかく今の思いを欠いて今回の選挙に関するこの書き込みを終えることにする。今の政権政党は私は正直いって大ッ嫌いである。しかしなおさら嫌いなのはその政権政党の党首。このあいだある人から聞いて頷いたことがある、それは、今までの政権政党はお金が中央に集中しがちなものをある意味で地方にばらまいたということをしたのが今の政権政党であるというのが。田中角栄氏をはじめ、起訴されている北海道の何某氏、そして地元でいえばワタヌキ君。その他地方出身の党内で力のある人々はそれが必要であるかどうかということを抜きにして、というかその事は別で吟味しなければいけないことなのだが、地方に来るべき筈のないお金を地方にばらまいた、お金を地方にまで持ってきた人なんだ、そうある人はいうのだ。有力議員のいない地方には全くお金はいかないのだが。無理矢理新幹線をひっぱたりして、誰かの好きか効率、経済性ということを考えれば全く出来ることのないものが出来た。だだをこねてお金を地方に分捕ってきた、それが田舎の有力議員だ、っていうんだ。角栄さんをはじめとする人がいなかったら、地方と中央の格差はもっともっとあったんじゃないだろうか。方法論を検証しなければいけないが地方と中央の格差を減らしたのは今の政権政党であり、その政党の体質がそうさせたのだろう。しかし今政権政党の執行部はそういう体質を止めようとしている。「○○党をぶっ壊しても改革をする」って四年前にいっていたのだから。そういう人の改革とは地方にお金はばらまく無駄な政治はやめにして効率のいい政治、効果がすぐに出る政治、すなわち人がたくさんいるところ、都会にだけ公共投資をしていこうというのが彼のいう改革だ。そういう言い分は都会の人には通用する、うけがいい。自分たちのお金は自分たちのために使って当然、何故田舎にお金を持って行かなければいけないのだと思う人には、当然のこと。田舎に住むのは損なことだという主張が彼なのだ。イナカモンと馬鹿にしながら、そして田舎に住む気が全くないのに、たまに田舎に来て田舎は良いねって言ったり、自然は良いねって言う。こんな奴らだ。こんな奴らに政治を任せておいて良いのだろうか。こんな奴らに政治を任せておいたら全く地方にお金は回ってこなくなる。今の政権政党がやっていることよりも、このまま彼をその政権政党の党首にしておくともっともっと田舎を切り捨てていくだろう。そうなったら一揆を起こそう!野菜を中央に持って行かない。米を都会に売らない。そして自分たちのところで作った電気を全部地方で消費しようではないか。イナカモンを馬鹿にするな~!な~んてね。半分冗談半分本気!正直本当に大きな節目を迎えそうなこの選挙、しっかり選ばなければ、政治のことを考えれば吐き気がするかも知れないが、吐きながらでこれからのことのために未来のために大切な一票を入れなければいけない、そう強く思う私であった。明後日と明明後日長島愛生園に行ってくる予定です。
2005年09月07日
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朝方の四時半過ぎにいきなり風が吹いてきました。日本海側にいくとのことで大丈夫だろうって思いとをあけて寝ていました。だって今日の最高気温が三十五度を超えるってなっていたから。強い風が吹いてくるって思ってなくてびっくりしました。台風を甘く見ちゃいけませんね。私の住むところの特産品に梨がある。去年もそうなのだけど台風の強風により実が落ちてしまう。勿体ない。この時期台風が来ると、行政は梨が風で落下しないように注意してください、っていう。強風の時どう注意すればいいの?教えて!暴風ネットはとっくの昔に設置してある。跡はどうすればいいのに、近所の人や親戚知縁をたよりにして梨一個一個落ちないように持っていればいいの?そんなことできるわけないでしょう、我が身が危なくなる。梨農家の人のことを思うと、行政の中尉がばかばからしく思えてくる。どう対策をしたらいいのがもっと具体的に指示してやりなさいよ!そんなもんないんでしょう!注意のしようのないことを注意しろっていわれても、馬鹿じゃないって鹿思えない。無責任さを感じる。対策はないけど何か声を掛けたくてそういっているのだろうけど。気持ちはわかるけど、私には逆効果に思えてならない。台風の被害は大雨、強風、でももう一つあるんですよ!それはフェーン現象。被害は少ないけどこれも北陸に住むものにとって被害の一つ。富山は山に囲まれていることもあって台風の被害は少ない。特に雨は思ったより降らない。でも日本海側を通ると南風になる。山の南側で雨雲は全部雨を落としてきて、あたたかいかぜだけをはこんでくる山の南側で雨雲は全部雨を落としてきて、暖かい風だけを運んでくる。富山が雨降らない分どこかでこっちのぶんの雨が降っているのだろうけど。実害の少ないフェーン現象だけど。私達からすれば台風被害の一つです。早々今日子供達は休校になっています。教育委員会で決定したらしく、子供の安全を考えれば当然のことなのですが、雨も強風も吹いていない今、正直迷惑、今からでもきゅうこうをとりけしてほし~い!子供達よ学校に行け!私達夫婦に平和を取り戻してくれ!何度目か忘れたが結婚記念日の朝、そう感じています。数年前の写真はこれです。今と現状がだいぶ違うので偽証罪になるのでこのblogにはアップしません、リンクを頼っていってください。この写真は数年前に取った私達の写真、多分二人で撮った写真はこれ一枚きりかもしれません。
2005年09月07日
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今日、月参りをしながら、後ろにお参りして下されている人達との関係を打ち切って、一人世界に入りながら「親鸞はどうして京都に行ったのだろう」っていうことを考えていた。最初考えていたことはその事ではなく、親鸞が何故真実教として仏説無量寿経を選び取ったのかという話しを思い出していた。親鸞が真実の教えであるかどうかという判断をした基準は、経典に書かれていることがどんなすばらしいことなのか、というような基準で選んではいない。親鸞の判断基準は誰のためにとかれているのかという基準で選んでいるのだ。立派な人間、頭の良い人間だけが理解できる経典を選んだのでもない、すべての人間に説かれている教典、常識では除外されそうな人に説かれている教典がこそが真実教であると選んでいった。普く衆生のために説かれた教典こそが真実が説かれている教典なのだと選び取っていかれたのである。そんな話を思い出していた。そういうことを思い出しているうちに差別ということを考えていた。差別を無くすためには差別されている人は変わる必要が無く、差別している人が変わっていかなければならないのだということを思い出した。差別されている人が差別している人になびいて差別されないために対策をしていっても、その対策通になれる人には差別のほこはむけられないようになるかも知れないが、差別そのものはなくなっていかないのだ。差別を無くすには差別している人がその事が差別であると認識して差別することを辞めるしかない。差別されるものが変わる必要があるとするならば、自分だけ差別の矛先から逃げようとしないことなのではないだろうか。そんなことを考えていたとき、親鸞は法難により、遠流にあい、「罪人」という視線を感じていた。そして流罪の治で生きている人達も都の人々から田舎ものと差別されていた。そういう都の人々から見下されている地で、越後関東で生活したのが親鸞である。そしてその差別されている視線を無くすには、越後や関東に住む人が都人なることによって差別されることを無くすのではなく、今日に住む人々の意識を変えるしかないと思い、宗祖親鸞は京都に行って晩年を過ごしたのではないだろうかって思うようになった。親鸞は関東でであった鹿島神社に従事する人達に、そして善光寺聖(ひじり)として生活していた人達に、今までの生き方を辞めろといわれなかった。念仏宗とになれとはいわれなかった。鹿島神社に従事する中で、善光寺聖として従事しながら念仏に込められた大いなる願いに気付くよう進められているのである。新しく決して「念仏宗」という新しいセクトに入れとは誘われていない。同じように都の人々からさげすまれないように立派に生きなさいとはいわれていないのではないだろうか。そう思う。田舎の人々が人として生きていくために、宗祖は京に戻られ京の人々がで念仏に込められた大いなる願い、本願に気付いてほしいと願われ、京都で念仏の生活をされたのではないだろうか。しかし組の親鸞の願いが叶い京の人々が念仏の願いに触れることが出来たかどうかは別の問題なのだろう。その願いを我々真宗門徒と自負するものの課題として相続しなければいけないのではないだろうか。現代経済大国となった日本、日本国民に中流意識が蔓延する中、善人として生きる我々の生活の中に、善人に念仏の願いを伝えるという大きな課題が私達に託されているのではないだろうか。善人である私に念仏の願いが届くよう、私に先立って念仏の生活をされている先輩方が私達に願われているのではないだろうか。なんていうことを午前中、月参りをしながら思っていました。この思いはこれが正解というわけではない。今わたしがそう思っているだけです。もしかすると時間がたつと思いが割るかも知れません。今生きている証として先ほど考えていたことをここに記す。
2005年09月06日
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大ふう14号が猛威をふるっています。九州では雨量が降り始めから1000ミリを超えた所もあるそうです。アメリカのカトリーナどころではなくなりましたね。ところで皆さん、あなたの避難場所を知っていますか?災害を最小限にするための自己意識を確かめる簡単な質問を作ってみました。こたえみてください。1, 災害における避難勧告はどのように知らされるか知っていますか?2, 水害の時、避難勧告が出たときどこに行けばよいか知っていますか?3, 水害以外の時、避難勧告が出たときどこへ避難したらよいか知っていますか?4, 避難勧告が出たとき、一人で避難できない人、避難しにくい人はいますか?それは誰ですか?私の場合======避難場所は多分小学校だろうと思っているのですが、ウチは海抜5~6メートルの所なので、水害の時小学校でもいいのだろうかって心配です。防災無線がウチの在所にあるって聞いたことがないので多分広報カーで知らせるのでしょう。でも大雨の時家の中にいたらわかるんだろうか。近所には一人暮らしのお年寄りはいません。でも耳のちょっと遠いおばちゃんが一人、後、外国人の人、多分中国人、が一人いる筈なんだけど。顔を一度もみたことがないし、当然はなしをしたこともない。======以上のような結果で、結構あやふやなことがイッパイです。ちゃんとしなければって思うんですが、どうすればいいのだろうか?避難場所ぐらいは公民館にでも聞いてみようかな防災意識の低い私であるということが自問自答して明らかになりました。
2005年09月06日
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昨日午後から時間が出来た、というか作り家族で五箇山方面へ出かけた。肇は城端の桜ヶ池によって五箇山に行って豆腐と便せんを買って帰ってきた。桜ヶ池は北陸東海自動車道の城端パーキングがあるところ、そして今スマートICの試験中。そしてそこでイベントもしていた。こう書くが、高速を使っていったわけではない。金欠病にかかっていたのでそう快に下道走行。ここで昼食を取った。ここにはおにぎり屋さんがあるのでそこでおにぎりを買い、屋外でイワナの塩焼きがあったのでそれを2匹買った。みんなで食べたのだが、息子二人がまずイワナをがぶりといった。しかし二人ともいきなり「もういらない」の一言。どうしてと聞くと塩っ辛い」とのこと、、よくよくイワナの塩焼きを見てみると2匹ともしっぽがなかった。化粧塩がしてあったはずのしっぽがなかった。行きよいよくしっぽをがぶりといったのだろう。塩っ辛いの当たり前。串に刺してある魚の塩焼きを一匹丸ごと食べようとしたのは初めてだったかも知れない。笑いながら説明して横からかぶりつかせた。そうすると美味しそうにかぶりついていた。知らないからの出来事でした。シッカリ笑わしていただきました。サンキュー
2005年09月05日
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今ニラの花が満開です。ニラはプランターに植えてあります。今年の春、大きなものに移し替えました。その成果ちょっと生長が悪かったので、今年はそんなに食べれませんでした。もしかしたら育っているのに採らなかったのかも知れない…。 ニラにはあまり虫が付かないといいますが、その通り本当にてのかからないやつです。葉っぱを切ってもまた伸びてきますし、重宝します。この後種が出来ます。来年は畑にも植えてみようかな。 写真はちょっと見にくいですが、何せ波板をバックに撮らざるを得ませんでしたので、ちょっとお見苦しいですね。
2005年09月05日
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朝から今日もテレビは選挙のことばっかり、いやになってくる。テレビをぼっと見ていながら、外を歩きながら考えた。やると決めたことを最後までやることも大事なことなのかもしれないが、もっと大事なのはやると決めたことを自分の意志で止めることでないだろうかと思う。郵政民営化のことも私は賛成であった。その中でいろいろな人の話を聞く中で、いろいろ考えていく中で国民の利益としてメリットはないんではないかと思うようになった。小包業務、郵便事業については民営化してもそんなデメリットを感じはしない。ヤマト運輸が主張するように同じ土俵で戦うべきではないかと思う。後ろ盾に国というつっかえ棒があるままで戦うことは誰の利益にもならないように思う。ただ、郵便貯金をどうするのかということが気がかり。その資金を誰が運営するのかと考えると不安ばかりが募る。国に運営を任せ気入りなら意味がない。日本にこのお金を運営できるものがいるのかといえば「?」どこか海外に流れていくしかないんではないだろうか。そしてコイズミクンは郵政民営化をブッシュクンと約束をしている。何故、何故。何か臭いがする。国民の利益にならないことは国益とはいえない。一部のものだけ、力のあるものだけが利益を被ることを国益とは言わない。国家としての国民サービスとは何なのかそのことをしっかり見すえなければいけない。人間は変わり続けるもの、変わり続けていることが生きている証し。意固地になって変わらないのは成長を拒否していること。人として生きることを拒否すること。他なる存在と出会い、知り合い、その中で人間は成長していくのだ。変わることは当然なんだ。人間の宝は他なる存在と、そして自分と出遇い続けられること変わっていいんだよ!選挙に投票することは国民の義務ではない。国民の権利である。そして人類の先輩達が勝ち取ってきたものである。だからこそ選挙に行こう!自分の利益のために選挙に行こうその中で民衆の利益が生み出されてくるのだ。自己表現しよう!選挙に行こう!
2005年09月04日
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畑にニンジンを植えている。でもニンジンをイッパイ食べようというので植えているのではない。私の目当ては葉っぱ、人人の葉っぱが食べたくて植えている。ニンジンがそううまく育つとは思っていないこともあって。でも私はニンジンの葉っぱが大好きなんだ。香り最高!ごま和えしたりして食べたら最高ですよ。しばらく茄子やゴーヤに気がとられていて世話が出来ていなかった。昨日しばらくぶりに顔を見に行くと、びっくり。葉っぱがないんです。枝というか筋だけはあるんですが、お借り高い葉っぱがほとんどありません。大きな声を出そうかと思ったぐらい。よくよく見てみるとうまそうにニンジンに青虫が実っているではないですか、そんなもんをならそうとして俺はニンジンを植えたんじゃな~い。おまえはどうしてそんなにうまそうに太っているのだ。俺が楽しみに食べようと思っていたニンジン菜を食べたからではないのか!悔しーい!腹がたって部屋の中へ帰って行きました。翌朝というか今、青虫を駆除してきました。あたりにはかいたことのある、へ~んなにおいが漂っていました。今からでも葉っぱが育てはいいな~
2005年09月04日
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今iPOdの中に入っているアルバムの中でつい聞いてしまうのはランキンタクシーの「アミシャツ魂」だ。レゲエである。正直あまり得意でなかったジャンルであるが、七月の終わりにFMラジオを聞いていてこれいけるって思って早速買ったアルバムだ。どうもジャパレゲの大御所らしい。50歳を過ぎ、若さの秘訣はレゲエと言い切る彼、すごい。そして「ネバギバ美ら島」ではアオキナワの問題、「 FALLUJAH」ではイラクの問題もシッカリ見抜いて歌っている。それもレゲエで。この親父に完敗、乾杯。レゲエのお気楽さのかなで社会に起きている様々な問題も歌にしていく。レゲエの思想性というものも伺うことが出来たような気がしたアルバムだ。このアルバムでは「実の娘をナンパ」「ハートブレイク・ホスピタル」がおすすめ。一度お聞きになってください。藤田正氏のコメントもお読みください
2005年09月03日
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昨日高岡教務所において同和小委員会があったのでいってきた。その時宗務役員(職員のこと)の藤原君からCDを買わされた、買った、どっちだろう。とにかく二千円を払ってCDを手に入れた。「いのちのうたlive」という題名であるこれは一般のレコードやさんに売っていない、自主制作のものである。鈴木君代さんと天白真央さんのものである。鈴木さんとは数年前、何時だったか忘れたが研修部で出会った宗務役員。今は教学研究所にいるのかな。何度からイブに行ったことがあるので聴いた曲がほとんどである。さっそくiPodに入れた。今ネットを検索してみると小堀仏壇店にて獲っているようだ。興味ある人はそちらに行ってみてください。そうiPodに入れるとちゃんと局名が出てきた。すごい、今のシステムはどうなっているのだろう。自主制作でもちゃんと登録されているのだろうか。それともCDに書き込んであるのだろうか、不思議だ!最近iPodのミュージックストアーで曲をというかアーチストの検索をするのが私の暇つぶしになっている。この人引っかかるだろうかという怪しげな人の名前で検索する。検索して出てききた人は、谷山浩子・ハイポジ・ランキンタクシー・高石ともやこの人達は引っかかった。だが、梅原司平・笠木透が引っかからない。またメジャーなところではサザン・ブルーハーツなども引っかからない。
2005年09月02日
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友人のブログを見ていたら中越元気村が先月末で活動を停止したそうだ。私もちょっとだけ中越元気村でボラをさせてもらったのでちょっと寂しい気がする。といっても正直私もここ半年は中越元気村に行っていない。人も集まらないし、ニーズもなかったのだろうか。でも、寂しい気がする。当然ボラセンもないし、そして元気村も閉村。ただでさえ関わらなくなった私、でも関わりたくなったらどこを頼りにしていったらいいのだろうか。中越地区にはまだまだ震災の傷跡があると聞く。民間の手ではもうどうもならない所ばかり残っているのだろうか。行政がするしかないことばかり残っているのだろうか。このあいだ新聞を見ていると、選挙関連でこのような記事があった。元山古志村の村長さんが衆議院選挙に立候補したのは自民党本部がが中越地震の復興を餌にされたからだ、ということが書いてあったような気がする。そういう記事を目にした覚えがある私は行政に任せて大丈夫なのだろうかと思ってしまう。中越地区の山間部には一人暮らし、年老いた老夫婦だけが生活している家屋が沢山ある。その人たちは田んぼや畑の復興費を負担できるのだろうか。どうなのだろうか。富山で心配はしているが身が中越に身が動いていない自分の在り方も問題だ。中越への一つの入り口であった中越元気村が無くなり、私個人がどう関わっていくのか、団体に支援を任せっきりだった在り方、…。一つの節目に合い、私のあり方が問われているのだろう。
2005年09月02日
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今日から二学期が始まりました。小学校に通う二人はもう学校へ行きました。今は保育所に行っている三番目が家にいるだけです。勿論連れ合いもいますが。三番目の瑞生はおかあさんといっしょを見ています。今までお兄ちゃん達に阻止されてみることが出来なかったので、余裕をかましてみています。お兄ちゃん達は何故かケーブルテレビで放映されていた「ちゅらさん」を見ていました。お兄ちゃん達が学校に行ってから瑞生は我がもの世界。今連れ合いと保育所に行く準備をしています。この子が保育所に行ってしまうと、しばらく2間ちょっと休憩タイムにはいるのです。夏休みの間この時間が出来ませんでした。これから私達親子はリハビリが始まります。夏休み期間の変な生活リズムから「いつも」の生活リズムに戻るため。ちょっとリハビリ期間中は疲れるかな。これからちょっと珈琲タイムをしてぼちぼちと仕事を始めようかな~重いお尻が上がらないです。やれやれ
2005年09月01日
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