全56件 (56件中 1-50件目)

狛犬の代わりに兎が出迎えてくれる調神社(ツキノミヤ)に初詣に行きました。至る所に兎がいました。ブログが開店休業中になってしまいましたが、暮らしぶりは相変わらず、です。
2011年01月06日
コメント(0)
造花のようですが、秋の帚木(ははきぎ)は美しい!「ゆけど逢はぬ君」とうたわれた。 遠くからは見えているのに、近寄ると見えなくなる、 源氏物語の空蝉、ですね。帚という現実的な日用品にしたのはいつごろなんでしょうね。中古ではきっと紅葉する帚木、を真っ先に思い浮かべたことでしょうに。
2009年11月09日
コメント(2)

今日は中秋の名月、台風の合間で、夕方明るく輝く月、見えました。雨で危ない、といわれていたので、13夜をしっかり見ておいたのですが、やっぱり、満月は輝きが違います。でも、写真にはなかなか難しいですね。旧暦の8月15日が今年は今日に当たる、ということになるのですが、正確には陰暦をグレゴリオ暦にあらわすのは無理があるようです。旧暦にもいろいろあって、平安期には閏月で調整していて、自然界に暦を合わせていたのですね。今日は満月とはいえ、ほんの少し、楕円気味でした。月足らずなのか、満ちたあとなのか、見た目には、右側の膨らみが少し欠け始めたように、見えましたが、どうも、月齢15は4日の昼頃にずれ込むようです。
2009年10月03日
コメント(3)

久しぶりのphtoブログ更新です。真田鉄砲隊のイベント、偶然見に行きました。上田城址での初めての試みだそうですが、アニメや歴女とかで真田ブームと言っていいのでしょうか、義に生きた真田幸村を支えた鉄砲隊の砲術が披露されるイベントです。火縄銃で連弾する真田鉄砲隊は、火縄銃世界大会で負け知らずとか。上田城址真田太平記の記念館も近くにあります。池波正太郎の直筆の原稿やユーモアあふれる池波の画が面白かった。ちょうど蓼科高原でイングリッシュガーデンのダリア園も開催されていました。こんなお庭を演出できたらどんなにいいでしょう!ヤマボウシの実ここから全国に広がったそうです、黄金アカシアホントに黄金色でした。そして車窓から見える稲穂もまさに黄金色、信州の刈入れはちょっと遅めでしょうか、まだグリーンが混じっていて、美しい田園風景、が広がっていました。
2009年09月22日
コメント(2)

2ヶ月ぶりの信州の山あい樹々は青葉、若草色が目にやさしいミヤマザクラが満開、大きな樹木も花が咲いて初めて、ミヤマザクラとわかります。コナシ、サラサドウダンはもう終わっていました。少し里に下ると、ヤマボウシ、ニセアカシアがいっぱい花を付けていました。温泉も満喫、明神館、御牧之湯、でリフレッシュ。
2009年05月31日
コメント(2)

今日から古典講読会枕草子、が始まりました。(先月源氏物語、完読したのです!)図書館に向かう道すがら、人家の垣根、白いつる性の変わった花に出会いました。花が開き切ったもの咲き始めの花とつぼみ垣根を遠目にみたところクレマチスの一種のようにも見えるのですが、葉とおしべがちょっと異なるような…、初めて見る花です。古典講読会については→いま枕冊子、が面白い!
2009年05月27日
コメント(2)

高遠の桜はコヒガンサクラ一種ソメイヨシノとはちがって、花びらは小振りなのですが、房状に連なるように隙間なく咲きほころびているのです。園外からのほうがこんなに見応えあり、開放的なのでした。高速から見えた南アルプス、高遠城址からのスポット、中央アルプス帰りに立ち寄った八ヶ岳山麓の牧場からは北アルプスの圧巻いまの季節は雪をかぶった山がくっきりと聳え、美しい!くわえて、久しぶりの山の温泉でリフレッシュしたのでした。
2009年04月16日
コメント(2)

賑やかな湯島天神の梅まつりに行ってきました。梅は7分咲きというところでしょうか。女坂の白梅ここは男坂、夫婦坂、切通坂、近くには無縁坂と、明治文学に馴染みの坂のある風景が見られます。園庭ではアトラクションが催されていました。薩摩琵琶語り美しい衣装をつけて「那須の与一」を語ってくれました。この方は昨年の琵琶のコンクールで1位を取った桜井亜木子さん、めったにお目にかからない琵琶をこうして大衆に広めようと活動されているのですね。平家の落人伝承の温泉地で氷瀑上で生演奏、ということもやっているようです。わたしは一度だけ薩摩琵琶の平家物語りを聴いたことがありますが、そのときは音色がとても素朴だと感じましたが、いまの若い演奏者の琵琶は、力強く張りのある音色で、ドラマチックでした。このあと、日舞を見て久しぶりに上野松坂屋の前のうさぎやさんの生菓子を並んで買って、病後の友人を訪ねて根岸へ笹の雪の豆腐料理を食べながら、朝顔御膳(中桶 あんかけ豆富 胡麻豆富 雲水 うづみ豆富の豆腐づくし)共通の友人である昨年亡くなった故人を偲んだのでした。春のように日差しの暖かい一日でした。(2009/2/21)
2009年02月27日
コメント(2)

投扇興、というお正月の遊びです。松の内ももう過ぎていますが、着付のお稽古初めに、先生が持ってきてくださいました。この台に乗っている飾り(蝶というらしい)を落した扇との位置で得点がつくのです。得点のときに、源氏の巻の名前がつけられています。マイナス20点(野分)から最高は夢の浮き橋の50点です。ともかく和服で着飾っての座敷遊びですから、優雅さがその名にぴったりです。ただし、なかなかむずかしいのです。2回の練習の後、5色の扇で5回勝負、わたしは花散里の1点しかとれませんでした。仲間うちでの最高点は薄雲の8点でした。
2009年01月15日
コメント(4)

今年の歌舞伎初めは国立劇場でした。27年ぶりの上演という象引、團十郎の半年ぶりでの復帰、おめでたい演目が並びました。恒例のNHKの生放送もありました。花束が渡された團十郎さん鏡開き左から橋之助、三津五郎、芝翫、團十郎、福助会津の末広という樽酒、サインは外れましたが升でいただいたお屠蘇のおいしかったこと。後ろ姿ですが、獅子舞にお祝儀を渡しているテレビでゲスト出演していた高畑淳子さんテレビのほうは家に帰ってビデオで見ましたが、高畑さんを前から写しているショットに私が写っていましたのよ。本人しかわからないのですが…。
2009年01月06日
コメント(6)
↑こんなクリスマスオーナメント(七宝焼)を童心に帰って作りました。師走あわただしさの只中、全然余裕がなくて、ブログ更新できないままにきてしまいました。歌舞伎などの観劇はしっかりこなしているのですが…。永田町ー日比谷ー東銀座界隈を東奔西走、我ながらあきれかえっています。そして源氏千年紀の最後を飾って、明日は京都です。 石山寺ー野々宮神社ー清涼寺 京都御所ー南座千穐楽(海老蔵の光君)どうぞよいお年を!
2008年12月24日
コメント(2)

今日は生憎の天気でしたが、旧暦の十五夜は昨日、昨夜はきれいに見えました。十五夜は仏滅が多いとか、花鳥風月というけれど、いにしえの月は、風流というのとは、ちょっと違うらしい。月の光はむしろ怪しげで恐ろしい、喪失感を感じさせるものであったようである。かぐや姫がそうであるように、異空間、別世界をあらわし、不思議な霊力をもつものだった!月影とは亡き人の面影を写したのですね。源氏物語の月は、まさにそうしたシーンをいっぱい用意しています。須磨で迎えた八月一五日の月を眺める源氏は、過去の追憶に涙する、鈴虫の段では、月を見て源氏は死に追いやったにも等しい、柏木のことを思い浮かべて、ひとり複雑な思いとらわれる。現代人は、そういう月への想い、分からなくなっているのでしょうね。しばし、源氏物語の絵を観賞して、日本人の美意識、について想いをめぐらしてみましょう!横浜美術館にて源氏絵の屏風、工芸調度品の展示会開催されています。↓「源氏物語の1000年-あこがれの王朝ロマン」源氏絵を楽しむ
2008年09月15日
コメント(4)

夏のアルバム続編です。2日目清里~信玄湯3日目白樺湖ー花火4日目萌木の村~薬師の湯清里清泉寮の奥、森の中に「おばあちゃんの家」がありました。この門から入りますすると、こんな一軒家があり、中を拝見すると、日本家屋に北欧のキッチンのような造りがあって…ご存知ですか? 「西の魔女が死んだ」の撮影セットが残されて公開しているのです。森のバレエで有名な萌木の村、野外の舞台セットを取り外している最中でしたが、ここはいろんなお店を見て歩く、楽しみもあるのです。家族揃って買物するって、なかなかないものですから。それにひきかえ、もう終わって1年以上経ってしまっている風林火山の撮影セットはだ~れもいなくて、500円の史跡パンフを100円にダンピングしたりして…。夜は、久しぶりに湖上花火を楽しみました。昔ながらの4尺玉の花火、近ごろは裾を引いた連発花火が人気、最後はナイヤガラと決まっていたのは昔、湖面に打ち上げる、その音の迫力が景気がいいのでしょうか。そしてわが家族はいつもの極楽、温泉へこれまでで10指に入るいい湯でしたゾ!!入ってびっくり!! きゃっ!冷たい!10度というけど…、しかし、これが湯上がりサッパリ、くせになりそう!この湯は信玄の隠し湯、しかしそもそもは…、なになに、すくなひこなの神ーー小人の神様、おおくにぬし神と国づくりしたあの神様がーー信濃の国に薬効のある湯を見つけた、そうな。それでお祀りしてあるのね。
2008年08月21日
コメント(4)

立秋が過ぎて処暑、昔の人の季節感はニクいですね、涼風に触れて、その後にまだ終わらない暑さを感じる、そんな今日この頃、夏休みが終り、普段の生活が戻ってきているのに、ちょっと身体がまだ馴染まない、ブログのほうもなかなか更新できずにいました。この夏の猛暑に耐えかねて、いつもの信州に家族(3人と一匹)で逃げ出しました(正確にいうと車で夜逃げ~計6日間)。その折のアルバムです。1日目 立山アルペンルート扇沢~<トロリーバス>~黒部ダム黒部胡~<ケーブルカー>~黒部平~<ロープウエー>~大観峰~<トロリーバス>~室堂 黒部ダム 壮大な虹が二つ、上に上がって行くところ 黒四だけになったトロリーバス みどりが池雪の残る池に雲が霞む みくりが池と立山連峰幸運にも雲が切れる、そして写真にはよく撮れなかったのですが、雷鳥の親子を見ました!! 雲の切れ間から立山頂上の社が見える8月の高山直物は意外に少ないのです。 チングルマ 信濃撫子
2008年08月18日
コメント(4)
ここ2、3日、冷房なしで過ごせる宵、源氏を紐解きながら、ときどき夢うつつの、いにしえに遊びに行っています。(写真↑ろうそく能「葵上」)ひと頃の猛暑、ぶり返さなければいいのになー、明日8/1から大雨時行(大雨時々に降る)だそうですが、もう来週は立秋、です。このところの大暴れの豪雨、どうもこれは中国チベット高原あたりの乾燥化による高気圧の暗雲の巨大化、これが日本上空の高気圧と重なり、まるでスコールのような雨を降らせているとか、テレビで、日本の四季が危ない!と驚かされて、地球温暖化、いったい私たちの暮らしをどう破壊していくのだろう、と暗澹たる思いになりましたが、ほどよい夕立と、陽射しのわりに涼やかな風が髪をなでてくれると、ホッと一息つきます。いえ、紫式部のこと、あれこれ思いをめぐらせていること、書くつもりでした…。道長との関わり、彰子中宮との師弟関係、今、千年紀で、いろんな人のいろんな説をあちこちで小耳に挿むようになってますので、多少混乱気味ですが、少し整理してみたくなりました。彰子中宮の男子皇子誕生を書き留める任についていた式部ですが、宮中に凱旋よろしく手土産に持ち帰ったのが、清書して綴じられた源氏物語、この宮中に献上したものがいまに残されたもの、と思っていました。ところが、どうもそうではないらしい。清書する元になった式部自身の手になる草稿本、これを道長が式部の居る局から勝手に持ち出して、彰子の妹の妍子に与えた、という、これが残ってきた、ということのようです。式部自ら編纂と製本にあたって装丁された完成本がどのようなものだったのか、どちらが残ったほうがよかったのか、今となっては、草稿本でよかった、と思うしかありません。なぜなら…道長との関係、微妙なところがあります。召人(愛人となった女房)かどうか、ということとは関係なく、男子誕生ー東宮、これを強引に成し遂げた道長の政治力、これには、彰子中宮の意向(定子の御子を推していた)を無視、ということですし、式部の教育係、宮廷文学も任を終えた、したがって、東宮決定、この時点で式部はお払い箱だったのでは?これも頷ける話です。なにしろ、源氏物語は、道長一族の栄華を逆なでするような構成になっていたこと、ながく謎とされていたんですね。その謎のひとつは、桐壺帝がうちたてようとしていた王権は、藤原摂関政治とは相克するもの、いまひとつは、桐壺帝ー冷泉帝ー今上帝この東宮を産んだ后(中宮)はすべて皇女、藤壷ー秋好ー明石摂関家の娘ではない、これが道長の機嫌を損ねないわけがない、とまあ、そういう論理です。というわけで、草稿本のほうが残った、から世俗の要請とは自由な、真理を物語ることができたのですね。
2008年07月31日
コメント(4)
めずらしく、仕事に精出しています。といっても、SOHOなので、外へは観劇に趣味に出掛けているんですけど…。真夏日が続いたり、雨になったり、うっとおしいですね。早いもので、7月、折り返しの夏ですねところで、半夏生(はんげしょう、はんげしょうず)という言葉、知られているのですか?わたしは、ブログで知りました。夏至から数えて11日目、ちょうど7月1日ごろから七夕の今日あたりまでの、旧暦の七十二候をいうようです。半夏(はんげ)という植物、烏柄勺〔からすびしゃく〕、それとは別に半化粧、とも書いて、その名をもらった花も、あるのですね。それも知らなかったのですが、偶然その花いただきました。ちょうど半夏生のころに、白ショウマのような花の側の葉が、顎が花化するように、元のほうから葉先に向かって白くなっていって、わずかの葉先を残して真っ白になるのです。片白草ともいうようです。めずらしい花化をするんですが、これは毒草とのこと。そういえばドクダミに似ていなくもないですね。
2008年07月02日
コメント(4)
渋谷bunnkamuraのシアターコクーン、劇場の造りは演じられる舞台にとって、とても重要です。ここで毎年、コクーン歌舞伎があります。中村勘三郎率いる平成中村座が新進の演出家とジョイントして作り上げる歌舞伎です。今年は第九弾です。2、3年前ニューヨーク公演で一躍世界に知られるようになった(一般にもそう言えるかどうかはわかりませんが)「夏祭浪花鑑」の再演、大坂を舞台にした世話物で、串田和美演出です。再演に当たって、さらに進化させたと胸を張って言うので、それを愉しみに足を運びます。この劇場は、洋物ももちろん演じられ、雰囲気がちょっとアングラっぽく、ユニークです。黒を基調とした内部、座席数は6,7百ぐらいではないかしら?お座布団の桟敷席が前10列ぐらいあって、舞台との差が1,2段の差しかなく、観客を巻き込むのね。花道も客席の通路を使うので、ここでしか味わえない、舞台との一体感、役者と観客とのキャッチボールが濃厚です。自然にカーテンコールが起こり、みんな総立ちになって拍手したり、手を振ったり…、観客が湧きます。まあ、これも儀礼的になりがちなのですが、芝居が大いにウケたからこそなのです。一座の端役の人たちの手踊りも始まって、文字通り、お祭り気分、高揚しきったところで…、舞台をあとにします、と、ーーー劇場の前に、大阪から「くいだおれ太郎」が駆けつけてきたようでして…(写真)お芝居のほうはこちらに書き込みしました↓紫苑の部屋)
2008年06月17日
コメント(4)

蓼科で見た山桜、ミヤマザクラでした。 山間部とはいえ、6月にサクラが珍しく、今年春、いろんな種類のサクラを満喫し、少しその名を覚えたので、何のサクラか、気になっていたのですが、もしかしてミヤマザクラかもしれない、と教わって、ネット上の写真で確認して、間違いなくそれと知りました。やはり最も遅咲きとか、直系2~2.5ミリの小ささ、花しべがながく、白い美容柳のようでしたが、幹は明らかにサクラ、今まで見たことのないサクラ、と思ったら、これは、原種のサクラ、昨今のサクラは掛け合せがほとんどになっているので、とても希少のようです。そうとわかると、いとおしくなります。高ーい樹々の中をくぐって陽を浴び、やっと花を付けるに至ったであろう、一本の細いサクラ、 (写真右側手前の幹がそうです)その花の白さが、いっそう可憐に思えます。
2008年06月12日
コメント(4)

六月の信州の山は目にも鮮やかな新緑です。牧場から見た蓼科山蓼科は、北八ヶ岳の北端に入るのですが、他の山が雪がまだ残る、すっきりと聳えているのに、どってっとなだらかな弧をえがいて、なんだかとてもほほえましくあったかです。牧場から見た蓼科山 牧場の新緑 コナシの花ー咲き始めはほのかに紅色 山桜ーホントに小さな花びらです ロープウェーで北八ヶ岳の横岳坪庭へ縞枯山は世代交代を上手に行う山の森林の知恵。枯れた親世代の樹々の根元には若い芽が萌えいでているはずです。 坪庭からみた縞枯れの筋 坪庭には、ミネズオウ、コケモモ、コメバツガザクラのそれぞれが白い花を咲かせていました。 ミネズオウ ツガザクラかコケモモか 坪庭から雪も残る山道を北横岳へ 山頂 山頂付近から見た蓼科山 帰りも、新緑のなかを山麓ドライブ、車窓から、ヤマフジ、レンゲツツジ、白い房状の花の高木、色とりどりに…、この高木は? 意外なことに、どうもニセアカシアなんですね。長野の地にも随分と植林されているのねー。一時期のはやりでそうなったのかしら?!もう少し前は、たぶん白いフサフサした美しい花だったのでしょうが、今の時期、遠目ではあっても、明らかに盛りを過ぎて黄ばんでいます。それでも房々と、花をいっぱいつけたままです。2008/06/06-07 梅雨の晴れ間に
2008年06月08日
コメント(4)
源氏物語千年紀、よく誤解されるのですが、源氏物語が成立して千年、ではないのですね。正確には、源氏の存在が記録に残された(紫式部日記)それから千年、なのですが、2年から4年ぐらいの誤差ですから、たいしたことではないですね。さて、世間的にはどのくらいの関心が集まっているものなのでしょうか。テレビでは人気のある瀬戸内寂聴さんが、これまた美しい源氏を写したジュサブロウ人形とともに、源氏の世界を語りました。ラジオでは、田辺聖子の新編源氏物語の朗読、これは結構おもしろい、作家さんですので、思い入れの強い女主人公にはとびっきりのセリフをいっぱい用意しています。六条御息所、なんぞは、その典型、野宮の別れでは、美しい情景とともに、源氏との逢瀬を思うがままにつづってます。そこでの御息所は、源氏の未練をさらりとかわす言葉を残し、美しく去っていくのです、気持ちはよーくわかりますが(こんな御息所であってほしい!)こんなきれいな別れ方では、あとで死霊となって源氏につきまとう、必然性がなくなってしまうのです。それに比べて、同じくラジオの古典講読、原典をかいつまんで読み、1巻ごとに進めていく、これが、やはりいちばん紫式部にせまる、ものでしょうか、しかしこれとて、どこに注目し、どこを省くかで、学者の考えが濃厚にあらわれます。源氏関連の催し物、京都では盛んのようで、行きたいのはやまやまですが、私の場合、南座とセットでなければ、なかなか腰は上がりません。首都圏でも源氏関連の企画、京都からの出張も含めてちらほらあります。でも、機会が少ない分、抽選に殺到するんですね。やっと聴きたい講演会に行くことができました。会場は、ご年配の男性が結構多いのです。源氏の研究者も男性多いですし、この人気は?!源氏が男だから?!わたしなんぞは、源氏その人よりそのかかわった女性たちが面白いですけど…。JR東海がなかなかいい企画するんですね、京都に来てほしくて。題して、源氏物語を味わうー光源氏の光と影、もののあはれの情動、わたし的には、もうこの題だけでも惚れ込んでしまうのでした。中身濃い講演で、大いに満足したのでした。(講演の内容は→紫苑の部屋)
2008年06月05日
コメント(4)

5月あっちこっち出掛けてまして、といっても近場ですが…、出先でケータイカシャ!連休に出掛けた有楽町のデパート前で、舞妓サンのお茶キャンペーン 人形町界隈の日本橋劇場に出掛けたとき、すぐ近くの水天宮で。5か月過ぎに腹帯と安産祈願の若夫婦、お宮参りのご一家揃って、ほほえましい風景で、いつも人がいっぱい! 子宝いぬ 千穐楽の歌舞伎座では、音羽屋菊五郎の弁天小僧菊之助はポスターですが、 その奥様、自ら接客の姿、正面からは肖像権おありでしょうから、後姿を…。 お芝居の詳細はこちら↓観劇日誌
2008年05月28日
コメント(4)
文楽、ってどこが魅力なんだろう、観に行くたびに、感激するたびに思います。浄瑠璃がよくなくっちゃ、まずいけません。竹本住大夫、とにかくこの人のは浄瑠璃だけで感情の周波が直に届くのです。文楽三味線、一の糸の最低音、これは文楽の劇場で聴くのが一番、歌舞伎座で聞くのとどうして違うのか、これまた不思議、これは鶴澤清治、いかんせん、住大夫&野澤錦糸、豊竹呂勢大夫&清治、決まっているから、残念ですね。よくわからないけど、最強メンバー同士ではダメな部分ってあるんでしょうかしら?いつかどこかで夢の競演、観たいもの。語りと鳴り物、そしてもちろん人形です。吉田蓑助さんの遣う人形は、宿る魂が格別かといつも思います。物語りの神霊が降りてくる、神事としてのお能と同じようなある種の神聖さを感じます。お能よりのちの時代、ですけど…。近松ものは、多くは心中、今で言えば三面記事をいち早く舞台にのせる、現代演劇だったわけですが、それだけではなかった!昇華された何かが真実をあらわしている、百年単位で残ったものの真実、その重み、蓑助さんの人形は瞬時にそれを観客に伝えます!五月の国立小劇場、住大夫&蓑助の絶品「心中宵庚申」が観られます↓観劇日誌
2008年05月22日
コメント(4)

曇り空です。鯉のぼりもさっぱり見かけなくなりました。とくにあの5色の吹き流し、見かけないですね。ところで、お能を観ていて思うこと、鏡の間から舞台に出て行く揚幕、あの五色は、際立って鮮やかです。この色の意味は?舞台、橋懸かり、背景の松がかかれた鏡板、その中でひときわ映えるのは、もちろんシテといわれる女面の主人公、その登場は、揚幕の向こう鏡の間から始まる、といわれます。この揚幕の色彩は舞台を華やかにする効果、あります。5色の揚幕がさっと上がる、ここは、此岸から彼岸への橋懸かりに向かう一足を踏み込むポイント、なのです。ところでこの五色、緑黄赤白紫(逆もあります)鯉のぼりの吹き流しと全く同じです。そして、韓国のハンボク、チマチョゴリ、の色彩とも共通しますね。古色、古くからある色の組み合わせであることがわかります。陰暦、神事、神話、高松塚古墳壁画、に通じます。そう、陰陽五行説、ね。玄武 青龍 朱雀 白虎 そして黄麟黒=紫 青=緑 赤 白 黄北 東 南 西 中冬 春 夏 秋 土用というわけです。五節句のように中国の今に残る思想よね。最近、このことがわかり、溜飲を下ろしたんです。最近の、眼からウロコ、の話題、ふたつ、古代インド、インド・ヨーロッパ語群、の根拠、アーリア系の民族移動の歴史、これが揺らいでいるそうな…。遊牧民のアーリア人が南ロシアから南下してインダス文明を滅ぼした→古代インダス文明はもともとアーリア人によるもの、征服の事実はないとなると、どうひっくりかえるのか?アーリア人優越民族の神話が崩れるーーヨーロッパ人の優越民族観ーーインドのカースト制のイデオロギーーーイランの人種差別のイデオロギーこれらの依拠する神話が崩れる、のだそうです。(古代インド文明の謎 吉川弘文館 この新聞書評より)いま、古事記が何かと話題になっているのでしょうか?古事記の謎、ちょっと前にNHKで古事記が献上されるまでのこと、やってましたが、切り込みが浅かった!でも、太安万侶の口述筆記のなかから、万葉がなが生まれていくとの解釈、謎解きになるようです。以前、ラジオドラマで古事記の神代篇、やってましたが、このほうが面白かった!稗田阿礼が巫女、女であったとの解釈してたのです。あり得た!私だけが眼からウロコかもしれませんが…、鎌足の命ではじまった口述筆記、阿礼の宣托に魅せられた安万侶は命から外れていってしまう。そうすると、鎌足は勅命の別の歴史書をはじめたから、かってにせい、ということになった…、まあ、そんなおおらかであったかどうか、疑問ですが…。いずれにせよ、これまで常識とされた歴史的事実、定説の多くは、所詮後世の主観、あるいは政治的意図によるもの、そういうものはいつかきっと検証され、真実の光が充てられ覆される、…とは限らない、科学的に実証するのはむずかしい、と思うか、…だから後世の楽しみがある、180度ひっくり返る醍醐味!と思うか、時代劇のように、楽しむほうにしましょうか。
2008年05月05日
コメント(4)

先週は冷たい雨でしたが、ようやく春らしい頃合い、東大大学院理学系研究科附属植物園、通称小石川植物園に行ってきました。樹齢百年はありそうな立派な桜並木が名所なのですが、それも終わり、ヤマフジ、ツツジが咲き始めていました。名残りの桜、一葉と紅普賢象、ウコンヤマフジが綺麗、紫美短と白花美短映画「外科室」の舞台になった所でも有名、5月5日ツツジが満開のころ運命的な出会いをする、その場面、池の対岸でのあちらとこちらの位置関係ね。ツツジが開花、レンゲツツジ、ミツバツツジ系は終わりかけ、東国ミツバ白花トウゴクミツバケラマツツツジ可愛い花韮の群生こんな大木のマンサク初めて見ました。ムレスズメ半八重の白い花 ウンナンオウバイタンチョウソウ
2008年04月22日
コメント(4)

多摩のほうに桜を求めて行きました。知る人ぞ知る、という全国から集められた250種、1700本の桜が咲く多摩森林科学園、です。古くは北条氏との古戦場、江戸幕府の直轄地、明治の宮内省に引き継がれて、以来百年余の歴史があり、国立の林業試験場から、いまは、例の独立法人化、というわけです。口コミできっと広がってきたのでしょう、駅から人が同じ方向にぞろぞろ、ですが、何しろ自然の森林を手入れするようにしてつくられているので、人が気にならないほど、広大なのです。一周するのに、たっぷり2時間はかかりました。サクラの種に当たるものは、ヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガン、マメザクラをはじめ、11種もあり、長年それを掛け合せて、これだけの種類をつくってきたわけなのですね。11種もあればもうそれはたくさんの桜をつくれるわけですよね。もちろん、ソメイヨシノも江戸染井村で、今の豊島区駒込にありますが、掛け合わせてつくられたものです。 楊貴妃 福禄寿 太白 三ヶ月 大提灯 八重紅枝垂 雨情枝垂 白山大手鞠 大提灯 兼六園熊谷 枝垂桜遠景咲き乱れるの桜、でも、散りはじめるとあっという間の時の流れ、そしていつの間にか、新緑が芽吹く、春爛漫、季節の移り香、08/04/16 高尾にて
2008年04月20日
コメント(4)

今年で17回目だそうですが、靖国神社の内苑での、夜桜と火入れの薪能。ここのがいちばん、神事らしいお能で、気に入ってます。夜桜能へのアプローチは、千鳥ヶ淵の桜、枝先には新芽、枝元は今真っ盛り、お堀に散り花が積もり、菜の花と諸葛菜が彩りを添えていました。今夜の番組は1番、舞囃子「岩船ー棹の型」 住吉の浦、 天の岩船、 これらは源氏物語や古事記につながります。2番、野村万作・萬斎の狂言「水汲」 萬斎さんの謡のいいのど、3番、能「杜若 沢辺の舞」 大鼓の亀井広忠、ファンです。帰りにはやはりライトアップされた千鳥ヶ淵の桜見、毎年見ているのに、今年の散りはじめた桜の掘割にうつる見事さ、感嘆の声、あちこちであがってました。そこで1首 散り染めし 水面にうつる 夜桜の 重なり映える すがた静かなり
2008年04月07日
コメント(4)

今日は花冷えの一日です。昨日はホントに暖かな花日和、でした。いつになく寒く、長かった冬、そのせいでしょう、梅も桃も、そして桜と、一斉に咲きました。桜の開花宣言と思ったら、あっという間に満開に近くなっています。お花見に、おにぎりと卵焼きのお弁当もって、遠足に出掛けました。万歩計を買って、歩くのが楽しみになり、ちょっと図に乗り、くたくたに家にたどりついたら、2万歩超え、しっかり歩きも1万4千強、でした。春の野は、いっぱいの花で彩られていました。菜の花、レンギョ、サンシュ、日向ミズキ、ユキヤナギ、うす桃色のユキヤナギもありました。ハクモクレン、ニシキモクレン、コブシ、桜も、山桜、大島桜も咲き、ミツバツツジまで咲きほころびています。なんの変哲もない野にひろがる、菜の花の黄、ユキヤナギの白、桜の薄紅色、桃、色とりどりの花霞み、なんて美しい眺めでしょう!! ミツバツツジ ニシキモクレン コブシ オオシマザクラ 桜並木 花霞み 私は花霞みの桜がいちばん好きです。
2008年03月30日
コメント(6)

早咲きのサクラ、満開ですなんという種類なのでしょう、寒桜の一種かしら。花びらがハラハラと散るのではなく、ひとつひとつ、ポトンと落ちていくのです。でも八重よりも、さわやかに落ちています。そんな彼岸の中日、雨の中、山のほうにドライブに出掛けました。浅間山麓の露天風呂、山は見えないですが、眺めがいい!山荘までの道のり、強い雨から吹き付ける雪になってしまいました。さて、翌朝晴れましたよ。白一色の世界、枯れた小木は赤茶の線画になり、白に映えている景色、この時期もなかなかよろしいようです。と思っていたら、車止めになってしまいました。まだ氷っている白樺湖八ヶ岳はくっきりと、鮮やかです。南八ヶ岳を中心に、南から編笠山・権現岳・赤岳・阿弥陀岳・横岳・硫黄岳 北八ヶ岳の天狗岳・北横岳を総称して、八ヶ岳というのが一般的のようです。八ヶ岳の中心の赤岳だと思います。南八ヶ岳を見晴らして縞枯山蓼科高原の小さな温泉にも入りました。その近くに、冬眠中の喫茶店がありました。おむすび山の蓼科山山の月は限りなく澄み切った満月でした。帰りの里でハクモクレンが満開!家に帰ってみたら、わが家のハクモクレンも留守のあいだに咲いていました。
2008年03月23日
コメント(4)

梅が満開、桃も可愛く咲きほころび少しずつ暖かい日差しになってきました。寒さのぶり返しもありますが、それでも確実に節季の春分が近づいています。 馬酔木アセビはどうして馬酔木というんでしょう。…アセビに含まれる有毒物質を、馬が食べると酔って足がなえる、からだそうです。へえー 沈丁花ふと気がつくと沈丁花が匂ってます。暖かい春の日、ああー、ということは花粉の赤マークが付くのですねースケッチに出掛けました、マスクして。昔は湿地の広がる沼だったのが、今はすっかり自然公園という名の人工の植栽がなされ、メタセコイヤの風景が広がっています。わずかに沼に憩うカモたちの群れに名残りが見られます。メタセコイヤはスギ科ではありますが、日本杉のスギ属ではないので、花粉は心配ありません。 (2008/3/11)
2008年03月14日
コメント(4)

着付で、子どもの向けの変わり小菊結びを披露してもらいました。かわゆいー!先生は節季の行事にお詳しく、いろいろな話をしてくださいます。また、おばあさまの着物をほどいて反物にして、保存していたり、今年のおひな様はお孫さんのために、手作りの木目込み雛を送られるとか、和の暮らしを楽しんでおられる。そんな先生と一緒に、着物を自分で着てお出掛け、おひな様を室礼(しつらい)した会席料理、堪能しました。 変わり小菊結び 手作りの木目込み雛 庭石の雛 舟上のひな飾り 庭の八重のしだれ梅 殿方だけの雛天神 室内のひな飾り【会席のメニュー】題して「鹿児島」箸付:翡翠寄せ 凌ぎ:蟹のちらし寿司 前菜:三味官女 お椀造里(つくり):鰆の焼き霜 槍烏賊(いか) 進肴(すすめざかな):穴子の健珍(けんちん)焼 煮物;筍饅頭強肴(しいざかな):鹿児島牛素焼きステーキ食事:籾殻竃焚きご飯甘味:杏仁豆富この料理用語、脱帽もの!これらのお料理、ほんのちょっとずつ(平日のランチ向けに)、でも素材だけでなく竃の中にもこだわり、調理に盛りつけにこだわりつづける、和の暮らしのすばらしさは、日本料理にあり! 翡翠寄せ ハイ、確かに三味官女 筍をお饅頭にしたもの お祝い事にはお餅です。少量でもこれがメインディッシュ 素焼きというのがご自慢調理最後にご飯をもってくるのが会席、最初に食べるのは懐石とか、籾殻の火種はじっくり焚け、一粒一粒ほっこり保つため茶碗に蒸気穴、このこだわり、脱帽ですよね。この料理屋の室礼、旧暦の4月3日までお雛飾り、曰く、3月3日中に片付けないとお嫁に行き遅れる、は人形業界の陰謀、うちでは旧暦の雛祭りまで飾ります!!だそうです。
2008年03月07日
コメント(4)

今年は引越しや何やらで慌ただしく、スポーツクラブでのウィンドウのお内裏様で代用、その代わり、娘とランチ、美術館散策に出掛けました。ネットで人気のウィークデーランチサービスを探しだしました。青山通りを一筋奥に入った路地、マンションの一角に庭をテラスにしたレストランがありました。【コースメニュー】人参のポタージュ、メインディッシュ、紅茶のプリン、コーヒー焼きたてのパンがおいしかった!青山ユニマット美術館で、シャガールとエコールドパリの画家たちの絵を見てきました。藤田嗣治の「乳白色の肌」のタペストリーと組み合わせたバラの絵、やっぱりいいですね。娘がほしがったんですが、藤田嗣治の絵は、著作権がとれないとかで、グッズ商品ないんですね。帰りに、明治外苑前の銀杏並木を少し歩きましたが、すっかり枯れ枝の並木、それもまた風情でしょうか。(2008/02/29)
2008年03月05日
コメント(4)
舞踊フォーラムー小道具、人気の歌舞伎かげの主役(日本舞台監督協会主催 2/25 俳優座劇場)というのを見てきました。六本木の俳優座に行くのも何年ぶりか、というところ。500人規模の劇場はいいですね。歌舞伎座の2000人規模は、あれは江戸芝居ではないわね。歌舞伎の小道具は楽しい、歌舞伎には欠かせない、小道具大道具、衣装、鬘・床山、いずれもそれ自身伝統芸術です。仕掛けもさまざまな工夫が凝らされ、面白い。小道具がいっぱい使われる歌舞伎舞踊「関の扉」その素踊りが披露されました。フォーラムそのものについては、下記のブログに譲るとして、紫苑の部屋ここでは、最近知った面白い話題、をひとつ。この「関の扉」の登場人物は、大伴黒主、小野小町、宗貞のちの僧正遍昭、いずれも六歌仙に数えられている。また、六歌仙は七福神にたとえられ、七福神は記紀の神話に祀られる神々、これは最近知ったことです(他の方のブログで)というわけで、 大伴黒主ー大黒天ー大国主、 小野小町ー弁財天ーこれはヒンドゥー教の神、日本では? 僧正遍昭ー福禄寿演目は別ですが、歌舞伎舞踊には、六歌仙容彩というのがあり、喜撰、文屋が人気で上演されています。 喜撰法師ー布袋 文屋康秀ー恵比寿ー蛭子神(オオ!そうなんだ) 在原業平ー寿老人 惟喬親王ー毘沙門天ということになりますか。祀られる神々が埋まらないなー。ここで忘れてはならないのは、関の扉の大伴黒主は天下の謀叛を企む悪漢ということ。青い隈取りで、名前に黒のつく役名は皆これで、悪者です。
2008年02月26日
コメント(4)

歌舞伎座昼の部の始まるちょうど10分前、東京マラソン、先頭が駆け抜けていきました。歌舞伎座の前は35キロ地点でした。江戸市民にとって、歌舞伎は即興芝居的要素、大いにあったのだと思います。うまく今日のトピックスを取り入れます。楽しみでもあります。今月の演目のどこにでてくるか、どうかなー、と思っていると、思いがけないところで…。岩の影から東京マラソンの旗2つとりだして、花道を引っ込んでいきましたよ。茶屋の遊び(駄洒落のことば遊びとでもいうのでしょうか)で話題にだしましたね。現代の流行語などもうまく入れ子にしたあそびごごろ、これも江戸市民には、粋とされたのですね。
2008年02月17日
コメント(4)

昨日、展覧会の帰りに上野の東照宮、雪のまだ残る境内の牡丹を見てきました。今夜もまた雪が降り積もってきました。ほころびかけた寒梅はどうしているかなー。↑まだ雪の残っていた藁傘つけた牡丹↑こんなふうに藁傘被って咲いている牡丹↑蛇の目も差しています。向こうに見えるのは東照宮の五重塔確かに牡丹が見事に咲いていました。春たけなわの時に見る牡丹がそこにありました。雪も残るその境内で、いくら藁傘つけたからって、ホントにこんなふうに咲くものでしょうか?境内で花芽のついた牡丹を売っていたおばさんに思わず訊ねました。「育て方で早咲きになるのですか? ふつうのと種類が違うのですか?」おばさん、とっても誠意ある方でした。「これらの牡丹は別のところで育てて、ここへ移植したの。 寒牡丹だけじゃ、地味なのよ。もう終わってしまったし。」えっ! そんなのあり?!どおりで、端正に咲いているのに、なんか感激がなかった!そういえば看板に、冬ぼたん、とあった!寒牡丹とは確かにいってなかった!顔に出てしまったのね、おばさん、気の毒そうにまだ咲いているかもしれない、と案内してくださった。↑これが寒牡丹、右が花の終わったもの。 寒牡丹は、花が先にさいて、花が終わると葉が出てくる、そうです。地味でもこの場所で一生懸命花を咲かせてこそ、花の命でしょうに。やっぱり自然に植わっているのが一番です。地味なロウバイ、わずかに咲き始めた寒梅がいとしい。↑?梅(唐梅)↑寒梅 紅千鳥↑しだれ梅 玉垣枝垂
2008年02月09日
コメント(4)
予報どおりとはいえ、雪の節分です。明日は立春でいいのかな?この寒さと一緒に、邪気を追い払いましょう!このごろは、皮付き落花生、なんですってね。豆、拾うの大変ですものね、知恵のうちです。鬼に豆、考えたらどうしてなんだろう、って思いますね。ラジオで説明してました。鬼は陰(おん←おに 目に見えない邪気)に由来し、その鬼の目(鬼目=まめ)めがけて、豆をぶつけて、魔を滅する(魔滅=まめ)、という意味があるそうよ。なるほど、奥が深い!もともとは平安期の宮中での疫病をもたらす鬼の厄払い、だったのが、後の時代に庶民にも広まった、ということみたいです。鬼も、姿の見えない災いのような抽象性のあるものだったのが、陰陽五行説でいま私たちが想像する具体的な形になった、のだそうですよ。豆まきにも千年の歴史があるのね。
2008年02月03日
コメント(4)

横山大観展の夜桜がよかったですね。新国立美術館は六本木ミッドタウンの側にあります。今日は休館日、時間別の五月雨式特別展覧、ネット抽選で当たったのでした。ちょっといい気分味わえる、と思いきや、やっぱり人ヒト、でもまあ、そんなに並ばずに「生々流転」巻物全部をたっぷりながめてたどれていけるのは、やっぱり幸運でしょうね。「夜桜」は六曲屏風一双、これは実物で、本来の屏風を立てて、見るからいいのですね。かがり火がちょうどよく桜を照らしている、立体だからね。(平面で見ると邪魔です、不思議ね)山の向こうの月が照らす空は、驚くほど青く澄んだ色です。これは実際見ないと気づかなかったところです。今回ボストン美術館から里帰りした「月夜の波図」これがまたよかったですね。「朦朧(もうろう)体」といわれた線をはっきりくっきりさせないでぼかした技法、見えるか見えないかわからないような月影に、さざ波の海が下方にあるだけのほかに何もない、でも、ここちよい音楽が聞こえてくるのですね。しばし夢ごこちにしてくれます。何度もその前に立ってしまいました.主な作品UPしてます(朝日新聞)そのまんま街にでれば、ミッドタウンの公園にはライトアップの芝生(昼はただの芝生がこんな仕掛けがあるとは!!)シンセサイザーの音楽とともに、夢ごこちが続きましたわー!
2008年01月29日
コメント(6)

予報が出ていたので,今朝期待して窓を開けてみましたら、空振り、人びとが活動しはじめるころに、積もる雪になりました。雪は音を消す、久しぶりにその感覚蘇ってきます。しんしんと、牡丹雪になりました。いつも母と子が憩う公園が静けさのなかにありました。平凡な風景が墨絵の世界に。
2008年01月23日
コメント(4)

新春歌舞伎第三弾は、浅草です。雷門から仲見世にかけて、浅草若手歌舞伎、もうそこから始まります。この商標も変えるのでしょうかね?俳優の名が並びます。亀治郎、男女蔵、獅童、勘太郎、七之助、亀鶴、愛之助の七人です。今年のレベルUPは目を見張るものがありました。昨年までと明らかに違っていました。1部2部の番組全部違うものをもってきた、というだけではありません。7人それぞれの俳優のステップUP、とりわけ七之助の芸が充実してきた、ことに感激しました。本当に楽しみになってきました.もちろん、亀治郎の芸域が広がり、勘太郎の奮闘ぶり、もうれしいことではあります。獅童は歌舞伎本腰入れてきたかなー、いい面構え歌舞伎に生かしてほしいなー、etc、あれこれ思うのも楽しみのひとつね。この日、浅草の芸者衆の総見という幸運に出会いましたよ。入口で出迎えてくれて、舞台以上に客席が華やいでいました。↑写真掲載のお断りしました。
2008年01月22日
コメント(8)

海老蔵5役「雷神不動北山櫻」今年は、3日、新橋演舞場にて歌舞伎観劇事始め、お正月ですので、桃割れを結った若いお嬢さん、お見かけしました、いいものねー。そのうえ、帰りに三越に寄りましたら、金髪のお嬢さんがね、きれいな桃割れ、ホントに絵のように美しかった!「小町村芝居正月」8日、国立劇場の復活狂言の大歌舞伎、これは見事でした!二百数十年ぶり、の上演という、まだまだ埋もれたものがあるそうですので、これはずーと続けてほしい!今年も歌舞伎三昧、12ヶ月、追っかけますよー!
2008年01月12日
コメント(4)

ハングルがすこーし、わかってきました。ラジオのハングル講座、なんとか、半年続けて聞けたかなー。といっても、読めるようになったけど、意味がわからない、というもの。ヒアリングも聞き取れるのは、ほんのひとこと、ふたこと。ハングルは15世紀につくられた言語なので、かなり論理的なんです、だから、理屈を覚えれば読めるんですね。それはともかく、チマチョゴリを着る機会があったのは、うれしかったかなー。日本人のチマチョゴリ、だれが着ても似合うのね。着付、女袴に入りました。この段階で、上級クラスということらしいのです。月謝もランクUP。袴は、胸のすぐ下のところを紐で結びます。この高さ、チマを結ぶ位置に近い。日韓の伝統服、高松塚古墳壁画の服装、にもみられるように、ルーツは同じかもしれないですね。唐の壁画も楊貴妃の絵画も、あの服装は万葉の女性たちと同じよね。四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)も、中国・朝鮮・日本に共通するのと同じように、漢民族の文明、文化、に拠るところが大きいのでしょう。平安の十二単も、万葉の頃の服装が元になって、よりゴージャスになった。江戸に完成された着物の達した域は世界に冠たるもの、お能の衣装に、それに負けない歌舞伎衣装、底辺に生きる花魁の打掛とか、誇っていい文化ね。とはいえ、フランス宮廷サロンでの服も、韓国の宮廷服も、かなり豪華です、たしかに。髪型も日本髪の型、老若男女、職業身分によるし、格式と風雅の使い分けも、すごいよね、文化そのものです。
2007年12月18日
コメント(4)

イチョウの木も、個性があるのでしょうか、成長?にズレがあります。すっかり枯れ木になってしまうのもあれば、いまがチャンスとばかり、おやおや、お前はここでみずみずしく、黄金色になっていたかー!と、存在感を示しています。どうも今年は、暑い秋から急に初冬になってしまったため、こんなにも紅葉がきれいになったみたいです。色づく木々にいろいろ思いがよぎります。先日の根津神社の境内、木々が成長して鬱蒼とした杜になっていたのには驚きでした。考えてみたら、20年ぶりだったのでした。 吾子抱きて 花を愛でしはひと昔 高く色づく神社の杜根津神社の境内この辺りはツツジが満開になるのです。
2007年12月08日
コメント(2)

なんだか、今年は家の近くの紅葉にもしみじみと見入ってしまいました。去年まで木々が色づくのをゆっくり眺めていなかったのでしょうか?歳月がそういう気持ちにさせるのでしょうか。スケッチに目覚めた?、からかなー、描いているときの自然と自分の空気、とでもいうのでしょうか、それが心地よい。技術があまりにもつたないので、どう描いたらいいのか、さっぱりわからなくて、いつも悪戦して、うーんって、うなってばかりいるのです。11月のスケッチです。ノブドウ 11/17富有柿 11/17大イチョウ 11/27
2007年12月05日
コメント(4)

東京国立博物館平成館で大徳川展を見に行ったのでした。源氏絵巻東屋二、だけ見ればそれでいいんです。なのに、どこからこんなに人が集まってくるのでしょう、徳川家のお宝、そんなに人気とは?そそくさと見終わって、木々が色づく上野、谷根千界隈、歩きました。寛永寺、谷中霊園で徳川慶喜と中村仲蔵のお墓そのあと、谷根千(やねせん)そぞろ歩きしました。谷根千とは、谷中根津千駄木のこと、この辺と浅草を結ぶ東京ローカルバス「めぐりん」も走っています。面白い店が並ぶ諏方の道、夕焼けだんだんを降りた谷中銀座、へび道といわれている川を埋めた道路、谷根千の終着は、根津神社、大木の銀杏が見事です。近年上野公園内がすっきりきれいになりました。青テントの人たちはどこに行ったのでしょうね。寛永寺は上野戦争で1/10に。上野駅から西郷さんの像あたり、芸大も含めて、そのあたり一帯全部寛永寺敷地だったのです。谷中霊園ー桜並木中村仲蔵のひっそりとしたお墓浅草と結ぶ東西めぐりんバス夕焼けだんだん、と名付けられた(森まゆみさんらしい)谷中銀座を見下ろす階段別の道筋には江戸の名残りのお店と寺が並ぶ小倉屋さんの倉庫はいま画廊そこで求めた七福神のカード千駄木界隈のへび道 暗渠ではなく、川をすっかり埋め立ててしまった高度成長期の東京そのツケを引きずって、蛇行する道路、川の突き当たりで橋名だけ残る,枇杷橋跡(合染橋)江戸の頃はどんなふうだったのでしょう!根津神社{/hiyoko_cloud/}のち{/kaeru_rain/}(2007/11/30)
2007年12月02日
コメント(4)

今年の紅葉の色はあまり鮮やかでない、と思うのは気のせいかしら?それでも銀杏の黄、もみじの赤、かえでの朱、錦に染めています。出掛けなくちゃー、というわけで、深川めぐりをしました。題して、江戸深川を偲ぶ散策コースです。東大島駅は中川をはさんで江東区と荒川区にまたがっています。出口まで端から端まで2つの区と川を越えていきました。↓中川船番所資料館↓荒川ロックゲート↓清澄公園↓深川江戸資料館 ここで「新内流し」の生演奏を聴くことが出来ました。 まさに深川江戸の粋、です!!↓門前仲町界隈 富岡八幡宮、深川不動堂 中川船番所資料館中川の風情 川縁の紅葉 荒川ロックゲート海側 塞き止めてあるので海のほうが高い荒川ロックゲート中川側 ゲートが少しずつ上がっていって船が川上りする。浅瀬となったゲート内に白鷺が… 清澄公園 ゆりかもめの群れが我が物顔に… マガモのお行儀のいいこと…ゴイサギ幼鳥 彫り物かと思ったのです、首が動いた! 図鑑で調べました。深川江戸資料館内の火の見櫓 実物模型の船宿の前の川岸から、新内流しが来て 噺しと一曲唄って、通り過ぎていく、というオツな趣向です。富岡八幡宮 池波正太郎&鬼平がよく歩いたという深川の八幡さま。深川不動堂 江戸情緒を残したお不動さまです。 わらじのお守り 足の災いから守ってもらうのです。
2007年11月27日
コメント(4)
急に冷え込んで、木々がすっかり色づいてきました。紅葉狩りをして、月を愛でて、物悲しげな物語にひたり、いろいろに思いがよぎり、時は移ろいます。ときに、絵何ぞも描いてみたりして…、つれづれに日々を送ります。
2007年11月17日
コメント(3)

ようやく秋らしくなったこのごろ、5人連れの仲間で東京再発見、してきました。その1 小石川後楽園後楽園といえば、岡山の後楽園のほうが規模といい、名園の誉れ高いのでしょうか?こちらは今でこそ、東京ドームなどの陰に隠れ、ビルに囲まれてひっそりとしたたたずまいですが、がんぱって、都心のオアシスを保っているのです。水戸藩の上屋敷のお庭、回遊式築山泉水庭、ということです。小規模ながら巧みに起伏をつくって変化に富み、日本各地の絶景を見立てて、かなり見応えあるのです。↑中国廬山に見立てた小廬山と枝垂桜↑白糸の滝 石の形を変えて滝の姿を変化をもたせている。↑通天橋↑小鷺
2007年11月10日
コメント(3)

正確にいえば、文京区本郷界隈の坂道、散策コース小石川後楽園↓新坂(文京6坂のうちの1つ)写真01↓文京ふるさと歴史館↓炭団坂 02 坪内逍遥旧居跡(看板だけ)↓菊坂界隈 一葉旧居跡(今に残るのは井戸だけ) 03↓鐙坂 04 金田一春彦生家跡 05↓大階段 06 クロサギ撮影地?↓京屋いんちきそば 07↓湯立坂 08 銅御殿 0901新坂 外記坂ともいう02炭団坂03一葉旧居跡菊坂路地菊坂長屋04鐙坂05金田一京助生家06大階段07いんちきそば 京屋 なにがいんちきか?ざるそばを温かい汁で頂くからです。08湯立坂09銅御殿表門(ブログ掲載許可済み) 国の重要文化財に指定されたので、これからですが、大分手入れが必要に見えました。無造作にポリバケツがあったり…。小滝が流れていたという隣りの敷地が売られ、高層マンション建設問題が依然としてあります。(2007/11/09 曇り)
2007年11月10日
コメント(4)

ナガーい付き合いの友と語らいながら、一日ゆっくりと、川越のまちを歩きました。まずは骨董美術館、でも普通の人家の一角、コーヒーをいただきながら歓談。そして、喜多院、五百羅漢です。町の人たちの大事な秋祭りに便乗させてもらったお礼も兼ねて、買い物も楽しませてもらいました。重要文化財に指定されても、人も山車も維持していくのはなかなかたいへんなことでしょうが、山車引く茶髪のお兄さんも、笛太鼓、神楽、神楽舞う人もみな地元のひと、とっても良い雰囲気でした。2007/10/21 秋晴れ↓フォトアルバム
2007年10月27日
コメント(4)

今日は、秋晴れのいい天気、すこーし色づきはじめた木々、フェルメールの絵に何年ぶりかに、逢いに行きました。傑作中の傑作とされる「牛乳を注ぐ女」がやってきたのです。その帰り十三夜の月をあおいでしあわせ気分Wでした。
2007年10月24日
コメント(4)

紅葉前線は今は1000メートルぐらいまで降りてきましたでしょうか?先週12日那須岳の紅葉を見に行きました。茶臼岳1915m、朝日岳1896m、鬼面山1616m1500メートル級まで紅葉前線が来ているということになりますか、錦織の那須連山を見ることができました。ロープウェーで茶臼岳まで、登山の格好はしていないので、そこまで、瓦礫の茶臼はほとんど紅葉する木がありません。向こうに見渡せる朝日岳のほうに少し歩いていきました。茶臼は大きい山です、稜線に出たつもりでも、朝日岳の全容は見ることができません。皮肉なことに、下りのロープウェーからよーく見えました。そこで一首 錦なす 彼方の山をのぞまんと すすむ足許小花咲く可憐な花は、白玉の木 でした。 ↓アルバム 白玉の木、茶臼から見た朝日岳、鬼面山、大丸温泉
2007年10月20日
コメント(4)
全56件 (56件中 1-50件目)