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節約生活でも、美味しいものはちゃんと食べたい。
それは「我慢して削る暮らし」ではなくて、「選び取っていく暮らし」に近いのかもしれないと思う。
コミックやドラマの『天狗の台所』が好きだ。
あの世界には、派手なごちそうや贅沢な演出はほとんど出てこない。それでも、食べ物がちゃんと生きている。旬のものを、あますことなく、丁寧に受け取っていく。その静かな手つきが、見ているこちらの暮らし方まで少し整えてくる。
「貧乏生活の話ではない」というところが大事だと思う。
節約という言葉には、ときどき“足りなさ”の匂いがついて回るけれど、本当はそうじゃない。足りないから削るのではなくて、必要なものを見極めて、余計なものを手放していく。工夫をする。その先にあるのは、むしろ豊かさに近い感覚だ。
旬のものを、あますことなく食べる。
その考え方は、ただの料理の話ではなくて、生き方そのものだと思う。野菜も、季節も、時間も、ちゃんと「今あるもの」として受け取る。無理に遠くへ取りに行かなくても、手元にあるものを見つめれば、食べることはもっと面白くなる。
基(もとい)兄様が畑をしている姿を思うと、それはさらにはっきりする。
土を触り、季節と一緒に働き、実ったものを受け取る。そこにはデパ地下のきらびやかさとは違う種類の確かさがある。どちらが上とかではなくて、「どこから来た食べ物か」が見えることの安心感だ。
デパ地下に行かなくても、貧乏臭くない。
その感覚はとても大切だと思う。むしろ逆で、丁寧に選んで、育てて、食べている人の暮らしの方が、静かに格好いいこともある。
今日は植木鉢に小松菜の種を蒔いた。
土に指を入れて、小さな粒を落としていく。その行為だけで、少し未来が増えた気がする。うまく育つかどうかはわからない。でも、育つかもしれない時間を持つこと自体が、もうすでに食卓の一部になっている。
育つといいな、と思う気持ちは、たぶん料理より先にある。
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