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久しぶりに ビーズのネックレスを作った。娘に作ってくれと言われて、淡水パールで、2連作った。一連だけでも掛けられるように、素材と、色の組み合わせに迷ったが、娘の要望で、春らしい明るい色にした。外は、寒くて、雪だらけ、さくらの季節が、待ち遠しい。
2011年01月23日
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家人の高校の同級生の無尽仲間が、市長選の候補として、地元新聞 一面トップ記事に写真入りで載ったのは、2か月ほど前のことだった。それから、家人は、まるで自分が選挙に出て、市政を司るように熱く燃え上がってしまった。無尽仲間も、会えば、いかに票を集めるか、選挙の話だけになってしまった。ところが、昨日の新聞に、健康上の理由で渋川さんの不出馬の記事が出た。実は、一昨日、無尽仲間から携帯電話に不出馬の連絡が入っていて、家人のあの気合の入れ込みようは一気にしぼんでしまっていたのだが、(今まで、私のブログは、個人名は書かないボンヤリ、漠然の隔靴掻痒のボヤカシ文であったが、渋川さんは、もう新聞にも出ていて、周知の人だし、家人のブログなんて、個人情報 全く関係なしに、自分の名前まで公表しているし、他の人のブログも結構名前をかいているので、もう、適当に 迷惑にならない程度に書いてしまおう。)渋川さんは、観光カリスマの名を持ち昔はすたれて誰も通らなかった七日町通りを、観光客が来るように町おこしを成功させた立役者である。今や渋川問屋といえば、「るるぶ」などの観光案内雑誌に必ず載っているお店である。七日町通りには、いろいろなお店ができ、パンフレットを持った観光客が、そぞろ歩きをしている。昔の人っ子ひとり通らない町を知っている地元民には、信じられない変貌としか言いようがない。町おこしの経緯は、地元の民友新聞に、彼の半生が連載され、詳しく書いてあった。その30回の連載は、かなりおもしろかった。当然、同級生の話も出ていて、同級生をメッタ切りしていたが、そんな中で、家人については、当たり障りなく書いてあり、家人は気分を良くしていた。彼は高校時代には、ボート部にいて、そのころは全国大会で優勝するほど強かったという。彼の大学受験の話はおもしろかった。明治大学を受験するのであるが、先輩に、ボート部であれば、試験問題用紙に名前だけ書けば、合格できるから、と言われ、試験日に 名前を書いて、時間が余ったので、近所の喫茶店で時間をつぶしたそうだが、その年から、スポーツ対象の受験制度が、学力も加味することに変更になっていて、合格確実と思っていたのに、不合格になったというものである。それで日本大学に進学したのであるが、その時のショックは、若いだけに、いかばかりであったろう。また、彼の叔父さんは、2.26事件に参加した人で、その当時は、近所の人も近寄らなかったという。まあ、逆境の時代もあったらしいが、いろいろな障害を物ともせず、町おこしを成功させた彼の行動力、実行力は証明済みであるから、市長選候補の新聞記事で、彼が、自分の町内だけでなく、市全体を活性化させてくれるかもしれない期待感は、一気に高まったのである。 家人は、市長選候補の記事が出た時から、資金はどうして集めるか、同級生でカンパするか、渋川問屋は観光客が団体で食事に来て、儲かっているから、お金はあるだろうから。でも、選挙はお金がかかるから、オバマ大統領の選挙資金集めのように、インターネットで集めるか、票は、彼は地元では知名度があるから、ある程度はとれるだろう。とか、しばしば訪れるFさんと何かにつけ、、電話で、渋川さんの市長選の話をしたり、仙台にいる竹馬の友に、「こっちにいる兄弟に、渋川君に投票してくれって頼んでおいて。」とか電話したり、東京の吉祥寺で手広く不動産などを経営している同級生の荒井さんとかに、わざわざ「渋川くんが、市長選に出るって新聞にでたんだ。」とか言って、記事のファックスを送ったり、「市の財政は、どうなっているんだ。今年の大雪で除雪費、もう使いはたしてしまったというが、これからどうすんだ。」とか、「市長の交際費は、年間、どのくらいだ。」とか、家人の頭は、選挙モード満載になっていたし、12月の無尽で、渋川さんが、「前向きに検討したい。」と言っていた。とか、「1月に親族会議を開いいて、そこで決めたい。」と言っていた。とか、家人の話を聞かされた。「ただ、渋川家には、2.26事件のことがあって、政治にはかかわるな。という家訓があるそうだ。」とも、家人は言っていた。渋川さんの他に栗城さんと平出さんも候補になっていた。丁度高校で体育の剣道を教えていた同級生も無尽集まりに来ていて、栗城さんと平出さんは、教え子でよく知っているという。剣道の新年会だかの集まりの飲み会で、丁度2人も来ていて、「市長選に渋川が出たら、俺は、同級の渋川を応援するからな。」と言ったら、2人の顔色が変わった。という。家人は、無尽で出たことを、話す。それで、選挙にお金のかからない選挙にするには、無投票当選に限る。ということで、家人は、「2人に、渋川が出たら、勝ち目はないから、お金を使うだけ無駄だから、立候補を取りやめるように、言ってくれ。」と、剣道の同級生に言ったら、「それは、言えないな。」と断られたという。無尽のあとで、渋川さんと町おこしを一緒にした やはり同級生の無尽仲間のSさんが、早速、選挙の票読みの名簿集めの用紙を作って持ってきた。Sさんについては、あの吉永小百合とうわさになって週刊誌に出たという、こんな田舎にそんな人がいるんだ。というような信じられない話がある。Sさんの奥さんは、、私の高校時代の同級生で、席が私の隣で、かわいい顔をしていて、おもしろい人だった。お嬢さんタイプなのに、突然、「ふんどしって、英語でなんていうか、知ってる?」とか、聞いてくる。あっけにとられていると、「ジャパニーズ パンツっていうんだよ。」とか、澄ましていう人である。映画も、「アラビアのロレンス」のピーター オトールとか、「ベン・ハー」のチャールトン ヘストンとかのファンであった。チャールトン・ヘストンがアメリカの銃規制に反対したのには、ガッカリしていた。彼女が、地元商工会の集まりで一目ぼれした 彼女のご主人Sさんは、地元の広告会社のキャップで、早稲田大卒である。その昔、家人の同級生から、Sさんが、学生時代、吉永小百合の交際相手として、週刊誌に書かれた。ということを聞いて、ビックリした。 吉永小百合とうわさになり、しかも、全国版の週刊誌に出るなんて、どんな旦那さんなんだろうと思ったが、会って納得した。ピーター・オトールに似ていた。俳優でいえば、山下真司似である。これでは、彼女が一目惚れしたのも、納得できる。Sさんは、広告会社だけに、文章うまい。 我が家の正月の身内の集まりは、渋川さんの選挙の話で盛り上がっていた。家人は、早速、母親や姉や姉の旦那に、名簿に名前を書いてもらっていた。そして、私の母や、義兄に、10人書ける用紙を渡して、知ってる人に書いてもらってと言っていた。「知ってる所、個別訪問、いつ、するかな。誰と行くかな。」「選挙違反は、どういうのかな。」「もう、退職しているから、自由に選挙運動してもいいんだよな。」とか、完璧、家人モードの選挙戦突入である。それが、不出馬ということで、一体 あの騒動は、どこへ、行ってしまったのだろう。である。
2011年01月20日
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明けまして、もう、六日です。昨年は、このトシにも関わらず、豪華絢爛、気分は宝塚で、こわくびホテルで、ドレスアップ。暮れには、ホテルから、クリスマスカードを頂き、お礼に、手製のつたないビーズを、お送り致しましたら、おかみさん、お忙しいのに、ホテルの日記に書いていただいて、恐縮しております。久しぶりに、こわくびホテルのホームページを見ましたら、ドレスの動画がありまして、やはり、スタイルのいい人は、ドレスの肩とか袖回りに、ゆとりがあるのに、私は、なかったな。 やはり、気晴らしに、ダイエットしなきゃいかんかな?でも、それなりに、写真を見た人たちから、「別人みたい。」とか、「美人に撮れている。」とか、言われて、オッホッホ 気分、ざあますなんす。ホテルのみなさま、おかみさん、ありがとうございました。ひとえに、おかみさんの化粧、小物、ポーズ指示と、ご主人の撮影技術のおかげでございます。コタツにあたって、目の前の壁に、ドレス写真。振り返れば、ドレス写真。横を見れば、ドレス写真で、正月から、ウッフッフ、な、気分でございます。
2011年01月06日
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