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おもしろい木を見つけた。 なかなかの 迫力。木の鳥羽ばたきの舞 飛翔とも 言うべきか こういう木は、木の精霊が 宿るという 山奥深くにしか、ないのか と 思っていたら、車の往来の激しい 市街地にも、あるのである。 雪が かかっていなかったら、車で、通り過ぎても、気が付かなかった 木でした。 それにしても、またまた、大雪でした。雪国だから、いつものこと。何十年も 毎年 大雪を 経験していて、大雪なんて 慣れてもいい と思うのであるが、いっこうに、慣れずに、ため息、ああ、いやだ。いやだ。雪の壁、雪片しが、大変。 いやいや、何事も、貪欲に 人生 楽しまなければ、雪かたしも、冬の運動不足 解消、長生きの為の 健康法と、発想を 転換しなければ、
2013年01月28日
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何故、空爆、テロというもので、 人類の幸せのために、もっと、もっと、貢献できる 健康な人々の命が、奪われなければならないのだろう。こんなに文明も、宇宙に行く 科学技術も発達し、病気の人々を助けるために IPS細胞という再生細胞の研究も、世界中の学者が、取り組んでいる現代、インターネットで、いろんな情報が、世界を 瞬時に 駆け巡っている中で、何故、このようなテロという原始的な 悲惨なことが、起こり、その犠牲になった家族は、なんの罪もないのに、想像を絶する悲しみ 苦しみを 受けねばならないのだろう。平和な日本に住んでいる者にとっては、携帯電話、スマホの時代に テロで、訴えるということが 理解できない。暴力、力の圧政でしか、平和な国を築けない、と 信じている人々を日本に招いて、今の日本人の暮らし、政治状態を知ってほしいと思う。暴力による圧政を信じている人々が、もし、日本に来て、視察したら、空爆とか、テロという行為が、罪も無い、善良な人間の尊厳を、一瞬のうちに ほうむるということに、、、いくら、後悔し、懺悔しても、しきれないだろう。、いつの時代も、怨みは、存在する。第二次世界大戦、日本は、アメリカから、日本国中、至る所に、空襲を受けた。会津は、免れたが、50キロ離れた郡山市は、空爆された。多くの犠牲者を出し、辺り一面 焼け野が原になった。日本で、空爆された都市は、今も、一目瞭然、よく 分かる。道路が、広く整備されているのである。イギリスを 旅行した時も、ロンドンの町並みで、道路が、広いところがあった。たぶん、第二次世界大戦で、ドイツの空爆にあった所だろうと思った。トラファルガー広場など 古くて狭い道路は、ロンドン空襲を 免れた所である。日本は、アメリカからの東京大空襲で、徹底的に破壊された。多くの、数えきれないくらいの国民が 犠牲となった。今の、テロどころじゃない。親、兄弟、日本国中 身近に、みんな その悲しみ、苦しみを経験している。私の、生家の隣の家でも、息子が戦死している。近所の同級生の叔父さんも戦死している。兄嫁のお父さんは、東京生まれ、育ちで、東京大空襲に会い、一命をとり止め、会津に来たのであるが、空襲の地獄絵図に しばらく、茫然自失の状態が 続いたそうである。戦争とは、残酷なものである。日本は、東京を 壊滅させても、まだ、足りず、2個の原子爆弾が、落とされた。これほどの打撃を受けたのであるが、不思議なことに、日本は、今や、アメリカと 友好国である。戦後 生まれの私には、それは、ある意味、有難いことである。もし、そうでなかったら、、日本人の一部の人々は、怨みを晴らす為に、地下組織を作って、アメリカへのテロ行為を、続けて、日米双方、るいるいと死体を築き続けて いたのかもしれない。文明、科学、インターネットの駆け巡る現代、世界は、狭い、世界は、一つ。世界中の みんなで協力、助け合って、世界中の人々、すべてが、テロによる 生命の理不尽な危険もなく、安心して 健康で 長寿に 暮らせるように、何故、ならないのだろう。協力、助け合って、より快適な暮らしを、地球上のすべての人々が享受できるように、いろんな分野で、研究している人々がいるのに、それを知らないで、戦争、殺戮、暴力の力で、制圧できるという、前近代的な考えの指導者もいるのは、何故だろう。今の時代、もう、国境などという、狭い考えでは、地球全体の平和、発展、人々の幸せな生活は、維持出来なくなっている。地球のすべての人々が、みんな、平等に、平和で、安心して、健康で、長生きして暮らすには、地球規模、国連の活動、宇宙規模の広い視野が、必要ではないか、もう、中国だ、日本だ、韓国だ、北朝鮮だ、アルジェリアだ、フランスだ、アメリカだ、イギリスだ、アフガニスタンだ、尖閣諸島だ、竹島諸島だ、その他、全世界の国、エトセトラ、エトセトラ、という時代ではない。みーんな、同じ地球の住人である。宇宙から見たら、小さい、小さい、「井の中の蛙、大海を知らず」 である。
2013年01月22日
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「八重の桜」 は、いわゆる、会津弁 満載で、標準語になれてしまった地元でも、聞き取りにくいところもある。まあ、埼玉県生まれの、弟の嫁さんは、会津に来て、祖母の話す言葉が、何を言っているのか、外国語のようで、まったく、分からなかった。と、いうから、そんなもんだべ。と、そこで、またまた、疑問が、わいた。昔は、階級制、 士 農 工 商、先祖が、農民の私は、祖母の 純然たる会津弁で育った。そして、農村の言葉は、会津の商人階級の言葉とも、違う。 同じ、会津育ちでも、家人と 私の 言葉使いも 違う。「そうだべした。」 とか、「そうだげんじょ。」 などと 農家育ちの私が、連発する言葉を、町育ちの 家人は 使わない。 何故だろう。こんなに狭い会津盆地で、 と、そこで、もしかしたら、士族階級は、庶民とは、言葉使いが 違っていたのかもしれない。会津士族には、江戸の言葉使いが 交じっていたのかもれない。何故なら、江戸に、会津の江戸屋敷があり、殿様や、その家族、奥方様は江戸で暮らし、また、江戸詰め家老も いたのであるから、そして、日新館で、論語の素読などで、教育を受けていたのである。論語に、「べした」は、使われていない。士族は、「そうだべした」 などとは、言わず、「そうであろう。」 と、言っていたのかもしれない。「ならぬことは、ならぬべした。」 とは 言わず、「ならぬことは、ならぬものです。」 と 言っていたのだろう。 ということで、 「武士の言葉 会津」 で ネット検索したら、興味深い記事を、見つけた。 昔のほうが、教育が しっかりしていた。こんなに 素晴らしい 含蓄のある教えが あったなんて、地元にいて、まったく、知らなかった。今の教育に、喝を入れたいくらいである。暇で、関心のある方は、少々長い文ですが、読んで下さい。「会津武士」作成レシピ 副題:正しい会津武士になる為の心得書き 今日は簡単な会津藩士作成レシピをご紹介します。会津藩では人間の性格形成に大事な幼児よりしつけが厳しく種々の決まりごとがありました。読みやすいように全文、現代文で掲載します。さあ、今日から貴方も実践。そして会津武士の仲間入り。幼年時代:「什の教え」6歳~9歳迄。毎日什長(年長者)が復唱する。残りの子供は一つごとに「へい」と返事をする。もし、この教えを破れば軽い罪は「しっぺ」から「無視」まであった。思い違反の場合は親を伴い什長に侘びを入れなければ許してもらえなかった。幼い頃よりてきめんに「罪と罰」を仕込まれるのだ。一、年長者の言うことは聞かねばなりませぬ。一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。一、嘘を言ってはなりませぬ。一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。一、弱いものをいじめてはなりませぬ。一、戸外でものを食べてはなりませぬ。一、戸外で婦人と話をしてはなりませぬ。ならぬことはならぬものです。以上が俗にいう「什の教え」です。「什」についてはまた違うレポートで後述します。今は遊びグループとでも思っていてくれたらいいと思います。ちなみに「戸外で話してはならない婦人」には母親、祖母、女兄弟も含まれます。しかしこれではまだ、終わりません。上級生になると「六行」というの増えます。つまり守るべき6つの「行儀」の事です。一、親は自分の体の元であり、自分は親の枝である。よく父母に尽くして孝道に励まねばならぬ。一、弟は兄を敬い、兄は弟達に恵みを与えなければならぬ。一、わが身を愛するように、家庭親族に親しみ、睦まじくせねばならぬ。一、外親まで親しみ、睦まじくせねばならない。一、人に信用される人間にならねばならない。一、親族や友人が災難や病、貧窮などの不幸に見舞われたときは、救済の手を差し伸べねばならぬ。会津では子供のころからきっちりと「親の恩に対して孝を。師の恩に対して敬を。また主君に対して忠を。」と教えられて育つ。つまり「親なければこの身は無い、主君なくてはこの身を養うことができない。その恩に報いるためには忠孝礼儀の道を知らねばならないから師の教えに従って聖人に道を学ばねばならない。」この教えは日新館での教育の基本ベースとなっています。日新館で教科書として採用されている「日新館童子訓」という書物は五代藩主松平容頌(まつだいらかたのぶ)公が編纂したもので主にこの3つの恩が主体で書かれています。この内容がまた少し面白いので後日レポートを提出することにします。日新館入学後:「日新館心得」10歳より。一、毎朝早く起きて手を洗い、口をすすぎ、髪を整え、衣服を正して父母に挨拶し年齢に応じて家の掃除をしなさい。一、父母や目上の者には朝晩、食事の給仕をしなさい。父母と一緒に食事をする時には父母が箸を取ってから食事をしなさい。早く食事をする時は、その理由を告げなさい。一、父母や目上の者の出入りには必ず送迎しなさい。一、家を出るときは、父母に行き先を告げ、帰ったときも報告しなさい。一、父母や目上の人の前では立ちながら物を言ったり、立ちながら物を聞いてはならないい。寒くても手を懐に入れず、暑くても扇を使ってはならない。肌を見せたり、衣のすそを上げたりしてはならない。一、父母や目上の言いつけは謹んで承り、呼ばれたときは、速やかに答えて走って行きなさい。一、父母から重ね着を命ぜられたときは、寒く感じなくてもその命に従いなさい。新しい衣服を賜ったときは好みでなくても謹んで頂きなさい。一、父母がいつも座る畳に座ってはならない。道の真ん中は身分の高い尊者(そんじゃ)が通る道なので片側を歩きなさい。一、身分の高い人に出会った時には道の傍らに控えて礼をしなさい。一、人を謗り、人を笑い、あるいは戯れに高いところに登ったり深いところへ行ったりしてはならない。一、学習する際は顔を正し、自分はへりくだり相手を敬ってその業を受けなさい。一、人に逢う時は不敬不遜な態度をとってはならない。どんなに親密に交わっていても言葉を崩したり野卑な言葉を使ってはならない。一、父母がいるときは、贈り物の類を自分のものにしてはならない。「父母が喜ぶでしょう。」といってこれを拝受しなさい。一、父母の助けになることは労を厭わずまめに務めを行いなさい。一、身分の高い人の見えたときには、立って出迎え、帰るときも立って見送りなさい。一、客人の前ではいかなる人をも叱ってはいけない。たとえ犬猫でも叱ってはならない。一、身分のたかい人が問うた場合は、周りをよくみて、先走って答えてはならない。一、酒宴や色欲も慎まなければならない。特に色欲で一生を誤るときがあるので、みだりに色欲の話をしてはならない。また人と争ってはならない。・・と、ある。どうだろう。お子様をお持ちのご家庭では是非にでも壁に張って一家で実践をしてみたら如何だろう。子供は素直に育つかグレるかのどっちかになると思うが・・・。ちなみに私はこのレポートは絶対に親には見せない。(うちの親は図に乗りそうである。)それからまだある。今度はちょっと大人向けであるが、やっていけない事「八則」である。一、言行を慎まず、父母に迷惑をかけ物事に率直ではなく、人の死に際して悲しみを知らず怠けてはならぬ。一、薄情であってはならぬ。一、兄弟を愛し、師を尊敬し、年長者を侮ってはならぬ。一、言行不一致ではならぬ。一、心が残忍であってはならぬ。一、みだりに風説を流してはならぬ。一、徒党を組み、他人を誹謗し、政令を批判し、己の智謀を誇り弁舌で物事を破壊してはならぬ。一、他人を妬み、みだりに偏執の心を抱いてはならぬ。さあ、そろそろ嫌気がさしてきたかもしれない。しかし、よく読むとちゃんと現代社会にも通用する内容となっているのに気が付かれると思う。繰り返し繰り返しこの内容を見聞きしていく間に会津藩士は見事な「清廉潔白」さを身に着けて成長するのだ。そしてとどめの会津の憲法とも言うべき「家訓15ヶ条」。藩祖保科正之公により1668年、制定されました。しっかりと幕末会津でもこの家訓は生きていたのです。何故か会津では「家訓(かくん)」と読まずに「家訓(かきん)」と発音します。この理由をご存知な方は是非、掲示板にご一報を。咲耶は特に疑問にも思わずにそーゆーモノだと覚えてしまいました。一、徳川宗家(将軍家)に対して忠勤を励むこと。他所の藩がそうだからといって同程度で忠義を済ませてはならない。会津藩はそれ以上に尽くすべきである。もし将軍家に対し二心を抱かばわが子孫にあらず。部下の面々は決してそんな藩主に従ってはならない。一、武備は怠ってはならない。士を選ぶのを本筋とすべきで上下の分を乱してはならない。一、兄を敬い、弟を愛すべし。一、婦女子の言、一切聞くべからず。一、主人を重んじ、法を畏れよ。一、家中では風儀を励むべし。一、賄賂のやり取り、媚を売ってはいけない。一、面々、エコヒイキをしてはならない。一、武士を選ぶには口先の達者なもの、正直でないものを採用してはならない。一、賞罰には家老以外の者を参加させてはならない。その地位以外の者がいたら厳しくたださねばならない。一、近侍のものに人の善悪を告げてはならない。一、政治には利害関係で道理を曲げてはならない。会議には私意を挟んで他人の言を拒んではならない。思うところはかくさずに争うべきだが我意を超えてはならない。一、法を犯すものを許してはならない。一、社倉は人民の為に置き、将来永遠の利益となるものである。凶作の折、民を救う米であるから他用してはならない。一、もし志を失って遊楽を好み、驕奢に流れて武士と人民とにその安住の地を失わせたらなんの面目があって封印を頂き、領土を領しておられようか。必ず藩主の職を辞し退隠すべきである。右、15条の精神は堅く守り、その後の同職の者に申し伝えるべきである。 保科正之 印毎年正月11日、歴代の藩主は家訓の拝聴会を行います。読師は大目付、学校奉行、もしくは学校奉行添役で藩主、読師も正装で「御家訓」と読み上げると藩主は平伏低頭して謹んで聞く事になっていたそうです。また家臣にあっては藩の重役に任命されると政庁の奥の間の土津神君(正之公の尊号)の肖像画の前で御家訓を出され、決して違反しないと誓詞に自署し血判を押したとの事です。四つ目の「婦女子の言、一切聞くべからず」に対して「引っかかるなー。」と思っているそこの綺麗なお嬢さん。「時代が時代だしね。」というわけではありません。実はこれには深いわけがあるのです。事情があるのです。今はただ「単なる男尊女卑の言葉ではない。」とだけ、書いておきましょう。これはまた長くなるので後ほどレポートをまとめることにしましょう。さて、つらつらと書いてきましたがどーです?なかなかの心得書きでしょう。会津では教育水準の高さもさながら、礼儀作法でも他藩に負けずとも劣りません。そういった藩風が幕末の戊辰戦争で色濃く出ていると私は思います。つまり質実剛健、清廉潔白そして頑固者。以上が「正しい会津藩士育成レシピ」でした。まだまだ会津レポートは続く・・・ レポート ばーい 咲耶:2002年9月8日(参考文献:「保科正之公と土津神社」「幕末における会津藩」「白虎隊と会津武士道」)
2013年01月20日
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昨日は、年甲斐もなく、「純と愛」のドラマが、明日は、どうなるのだろう。と、ハラハラ、ドキドキ してしまったが、 純さんの お父さん役の 武田鉄矢さんが、危機一髪、迫りくるトラックから、マリアさんと 赤ちゃんを 助けたので、本当に、良かった。良かった。 でも、何故、あそこに、あのタイミングで 純さんのお父さんが いたのか、よく分からないのだが、 そこは、やはり、ドラマだなぁ~。 そして、それでもって、何故、純ちゃんの 父ちゃん役が、武田鉄矢さんで なければ ならなかったのか、 この場面で 納得、 他局番組の パロディーでした。 これには、笑っちゃいました。 昨日の切実、悲壮感から、一発逆転、アッハッハ、アッハッハなのです。心配したり、笑ったり、人生は、あくせく、あくせく、忙しい、忙しい、 それにしても、あ~あ、あんなに、心配して、損した。心臓に悪い。 心配して、免疫力を 減らした分、今日のパロディー、ギャグで、意地でも 笑って、免疫力を 回復、倍増しておかなければ、 ということで、国営放送、NHKの朝ドラに ハラハラ、ドキドキの心配は、杞憂でした。 これから、どんな展開になろうとも、安心して、笑って、免疫力 増やして、見ていていいのだと 納得しました。 それにしても、 ハラハラ、ドキドキは、還暦の老体の身にこたえ、健康に良くない。 浮気だの、不倫だの、当人同士は、どんなに幸せかしれないが、回りのすべてを 不幸にして、ひいては そんな背徳行為をする おのれ自身を 最も 不幸にする 不健康なものでなく、 純真無垢な 赤ん坊や、子供たちの 天真爛漫な 心底から 幸せを感じるものに 囲まれて、暮らしたい。 それにしても、生まれて、4か月の孫は、かわゆい。かわゆい。世界中の、みんな どんな人も、かく言う わたくしも 赤ちゃんの時は、こんなに この上なく 可愛いかったんだ。
2013年01月17日
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ドラマ、「純と愛」 NHKの朝ドラとしては、異色である。コメディータッチではあるが、さわやかな 朝の時間帯にしては、ある意味、過激ではある。のだけれど、現実の不幸な社会を、そうとう リアルに描いている。 マンガチックな展開と 思いつつ、毎日、目が離せない。 笑いながらも、共感する反面、深刻に、身につまされてしまう。 大人社会のエゴ、犠牲は、か弱い子供。 それで、今日のテレビの話の展開は、衝撃的であった。 純さんの兄嫁が、夫の浮気、不倫で、離婚届けを出して、絶望して、赤ん坊と一緒に、道路に飛び出し、後ろから、トラックが迫ってくるところで、「つづき」のロゴ。 どうか、助かりますように、 何でもありの 民放の昼ドラや、夜ドラじゃないんだから、 由緒正しい、国民の手本、国民の教養をより高め、 国民の幸せな生活を サポートする為に、 国民からの受信料で 運営している 国営放送、NHKの朝ドラで、残酷なこと しないよね。 マリアさんも、赤ちゃんも、みんな 幸せになって、ハッピーエンドだよね。 「家政婦のミタ」さん の時も、救われ、希望が持てる最終回にした脚本家の方だから、 でも、明日の展開が、こわい。 安心させてほしい。 しかし、人類が誕生して、婚姻制度が整ってから 今まで、浮気、不倫で、どんなに 多くの悲劇を 人類は繰り返してきたことか。 ゆえに、世界中の戒律は、同じ。 モーゼの十戒 「なんじ、姦淫することなかれ。」江戸時代では 「不義密通は、重罪、死罪」である。 シェークスピアの不義 密通疑惑の悲劇など、イギリスばかりでなく、世界中、至る所、ごろごろで、なのだろう。だから、禁止の戒律、法律ができるのであろう。 でも、ドラマは、現実ではない、一応、作り話なのだから、「純と愛」も、品行方正のNHKの朝ドラに免じて、ショック展開は 避けてほしい。 だが、しかし、 脚本家の方は、「家政婦のミタ」さん、では、4人の子供がいる父親が浮気して、それを苦に、奥さんが自殺してしまい、子供たちの家政婦として、ミタさんが 雇われる話だったから、 その展開でいけば、夫の浮気、不倫で、奥さんが自殺 ということもありうる。 明日のテレビは、 「恐いもの見たさを、見る」 心境である。 どうか、救われますように、と、祈る心境である。 このドラマが、浮気、不倫をしている 御両人にとっては、快楽、喜悦、歓喜の極みで、楽しくて、楽しくて、しょうがなく、止められない かもしれないが、子供にとっては、夫婦げんかが 絶えず、 どれほどの不幸、狂気、取り返しのきかない死を 招くか、 という警鐘になって、 浮気、不倫の横行に、歯止めをかけてくれる ドラマになることを 期待する。 夫婦が信頼し合える 健全な家庭で、健全な子供たちが育ちみんな平和で 幸せに 暮らせる社会になってほしい。
2013年01月16日
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冬期間の食糧に、大根をまとめて、凍結予防に、畑の土の中に 入れておき、必要な分だけ、掘って取り出して、食べるのであるが、先日、大根を掘ったら、大根の先が、ネズミか、モグラか、分からないけれど、食べられていた。 あ~あ、これから、毎日、土の中で、ネズミ、または、モグラが、我が家の大事な食糧を、カリカリ かじり続けることだろう。 春先まで、家で食べる分、残っているのかなぁ。 まあ、なるように なるさ、 干し柿も、二階のベランダに 下げておいて、食べ頃になったら、鳥が つつきに来たので、慌てて、防鳥テープを、ヒラヒラ 取り付けて、難を逃れた。 今年の干し柿は、昨年と違い、羊羹のように それなりに 甘く出来た。自然は、すごい。 いっぽう、家人は、いつものごとく、「おいしくできた。これは、干し柿専用の箱を作って、詰めたら、売れる。」などと、申して、バクバク 食べております。
2013年01月15日
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ドラマ、「八重の桜」では、会津弁が、満載で、俳優さんたち、覚えるのに 大変じゃねえべか。その映像で、磐梯山が、よく出てくるんだげんじょ、、若松市内から見る磐梯山とは、形が違う。磐梯山は、郡山方面からや、猪苗代からなど 見る場所によって、形が変わる。 若松市内の 会津大学の辺からみた磐梯山先日、撮ったもの、磐梯山は、明治時代に 噴火したから、江戸時代に 若松からみた磐梯山の形は、分からないんだげんじょ、テレビに映る磐梯山は、若松城下町からの眺めではなく、猪苗代辺りから見たバンデエヤマみたいに 思われるんだげんじょ、 本当のところは、なじょだったんだべな。 午後7時から、歳の神だった。火にあたると 風邪を引かねえ、というので、雪の降る中、サッとあたってきて、7時半から、「鶴瓶の家族に乾杯」を見た。綾瀬はるかさんも出ていて、これからの「八重の桜」が、楽しみだべした。
2013年01月14日
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朝食の時、 家人、「お母さんは、荒っぱしいんだから、そそっかしいんだから、雑なんだから。」とか、言い、言い、食べている。今まで、ずーっと、長い間、そんなこと言われても、気にもとめず、さらりと、聞き流していたのであるが、虫の居所でもわるかったのか、なぜか、カチンときたので、家人に言った。「私のこと、そんなに けなしながら、よく、私の作ったものを、おいしい、おいしい、 などと言いながら、平気で食べていられるわね。ふつうの奥さんなら、そんな悪口言われたら、怒るわよ。すねて、口もきかなくなるから。わたしが、あんまり お人好しというか、鈍感で、バカで なにも言い返さないから、どんなことを、わたしに 言っても、わたしは 気にしないと思っているんでしょう。わたしに、いつも食事作ってくれて、ありがとう、って、感謝してくれるなら ともかく、わたしは、けなされ、けなされ、食事作ったり、洗濯したり、家族がこまらないように、家計のやりくりしたりしているの、ばからしくなった。そんな悪口しか言えないような奥さんの作った料理なんて、マズくて、マズくて、のどを通らないでしょうから。悪口言うなら、これから、わたしの作ったものは、絶対、食べないでよ、」と、いつもに 似合わずに、はっきりと言った。 兵糧攻めにでもしないと、食事を作ってもらえる有難さが分からないんじゃないのか。 と、そこで、あの こがい神社の石碑の言葉が、頭をよぎった。 「恩は、石にきざみ、怨みは、水にながせ」 そうだ、けなされたからといって、怨んで、私の作ったものを食べるな。などど、言ってはいけないのだ。 怨みは、水に流す。 こりゃ、しかし、今までのことや、これからのことを考えると、怨みを流す水は、大量にいるな。 4大文明の発祥地の川ナイル川、チグリス ユーフラティス川、インダス川、黄河 これらの大河を 合わせたら、足りるだろうか?
2013年01月13日
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今日は、十日市。ふり仮名 ふれば、「 と お か い ち 」かざぐるま とか、だるま、とか、縁起物の市。例年、何となく、出かける。それで、今年も、家人と出かけ、「起き上がり子法師」 を買った。通称、地元の発音、、「 お き あ が り こ ぼ し 」「子法師」を、「こぼうし」 とは、言わず、なまって、短縮して、「こぼし」不撓不屈。 ふり仮名 ふれば、 「 ふ と う ふ く つ 」倒しても、倒しても、起き上がる。その仕組みは、底の形の丸さと、重心のおもりの 具合だろうか? 子法師の下の 手習い半紙は、手本の 写し書き原本、平安時代の 藤原行成の 和漢朗詠集手本、流麗、写し書き、下手くそ。でも、自己満足で、ヒマな時に、トレースして 楽しんでいる。 平安の 筆跡たどり、いい気分。まあ、10年も書いていれば、仮名の神髄の何かが、見えてくるだろうか? でも、私の いい加減な性格、 いい加減な練習では、無理だろうか?
2013年01月10日
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やはり、新年、正月は、納豆状態で 絡み合っている 世界中は、それぞれの国が、それぞれ、どんな 状況にあろうとも、とりあえず、みんな、文句なしに、めでたい。めでたい。 ハッピー、ニュー イヤー。 まさしく、世界中、みんな、ハッピー。ハッピー。 世界各国、全住民、国連決議も、「新年、明けまして、おめでたし。」 に ついては、満場一致で、異議なし、即、可決。全世界、異議なし。共通理解。 まさに、新年、めでたし、めでたし、全世界、共感。 それは、さておき、 昨日の大晦日は、それなりに、過ごしました。 松と南天は、自家の庭ので、下手な生け花で、恥ずかしいのですが、一応、床の間に 飾り、 お節料理も、 ボウタラや、黒豆の煮物とか、 干ぴょう無しの 手抜きの ニシンの昆布巻きとか、 こずゆとか、一応、作りました。 大掃除は、今年は、サボってしまいましたけれど。 神棚の掃除は、家人がしておりました。神棚 掃除だけは、いくらなんでも、サボれませんから。ということで、 今年も、良い年を過ごせるよう、まずは、元旦の今日から、めでたく、穏やかに、過ごすということで、神社にも、お参りに行ってきました。 「一年の計は、元旦にあり。」 ということで、今日が、良ければ、今年 一年、すべて良し。
2013年01月01日
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