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ハイチの地震のニュース各国の救助隊が、懸命の救助活動を続けている。一人でも多くの命を 救ってほしい。日本の自衛隊も、出発した。アメリカのクリントン元大統領も娘さんと一緒に現地を訪れた。一刻を争う状況のなかで、各国の救助隊が懸命の活動をしている。世界中の人々が、一人でも多くの命が救われるよう祈っている。軍隊の救助隊も活躍している。この際、世界中の軍隊は、国際 救助隊にヘンシーン。災害、その他の事柄で、地球の人命を救う救助隊にヘンシーン。アルカイーダも、タリバンも、みんな、命を救う救助隊にヘンシーン。永久に、ヘンシーンのまま。 世界中の母親が、そう願っていると思う。
2010年01月22日
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ハイチの地震の募金の電話したら、なんだら、かんだら、前置き、説明が長すぎ。まだるっこしい。 途中で、電話を切りたくなった。ゴチャゴチャ、説明している間に、電話が通じなくて、募金できなくて、後からしようとして、忘れてしまう人もいるだろうに、全国放送のテレビで、呼びかけているのだから、まさか、詐欺の心配をする人はいないだろう。テレビで、100円位と言っているのだから、金額など了解済みで、募金の電話をしているのであるから、電話したら、「募金ありがとうございます。○○円はハイチの地震の復興に使わせていただきます。収支につきましては、新聞などでご報告いたします。ピー。」 くらいでいいな。 状況に応じて、災害の電話募金の応答音声を工夫してほしい。
2010年01月19日
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0990 513 006テレビのハイチの地震のニュースで、募金出来ることを知り、すぐ、電話したら、混んでて、通じませんでした。今、午後11時半、電話したら、通じました。
2010年01月18日
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12日の写真、自助努力で、出ました。適当、感で、ゴチャゴチャ、キーを打ってたら、なんとか、なりました。 サイズが大きすぎ、でも、小さくするのわからないから、映像出せただけでも、上出来。上出来。12日のブログ見て下さい。 バッチリです。
2010年01月14日
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雪が降っている。外はふぶきの白い世界。 雪国では、暖房なしの生活は、出来ない。昔から、いろり、ひばち、かいろ、こたつなど、いろいろの暖房器具があった。今は、石油の温風ヒーターが多い。このヒーターで思うのだが、下からヒューヒュー吹き出すものでなく、温風ヒーターの上から、斜め60度位、まあ、角度は羽根の向きで、自由調節として、微、微、微風くらいの温風 (線香の煙が、ゆるやかに曲がる位) も出る製品がないだろうか?何故なら、下から、温風が出ると、ほこりも、巻き上げられているような気がしてならない。 ちり、ほこりのない掃除のいきとどいた家なら、別に気にすることもないのだが、イヌ、ネコと同居していて、ちり、ほこり、一つなく掃除できない私家では、??????である。いくら、空気清浄機、とか、ダストのでない掃除機を使っても、限界が、、、、、。と思ってしまう。 こういうことを、姉や母に言っても、「そんなことない。石油温風ヒーターは、便利でよい。バカなことばかり、言ってる。」と、相手にされないまま、我が家だけは、反射式の石油ストーブを、使っている。 昨日、アトピーの写真を載せたが、出ていない。書いたパソコンには、映像が映っていたが、もう一つの家人のパソコンを見たら、映像がない。どうしてだろう。分らない。うちのパソコンから、どの段階で映像なしになったのか、知ってるパソコン通の方がおられたら、映像でるようにして欲しい。映像は、本人の許可がでている。 まあ、そのうち、なんとかなるだろう。
2010年01月13日
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脱ステロイドを始めた頃の手。本人の携帯にあったので、メールで送ってもらい、なんとか表示できた。(パソコン音痴の私だが)体は洋服で隠れるが、手は隠せないので、仕事では、袖を長くして、指先ぐらいしか見えないように、手を隠していたらしい。体全体もこのようなものだった。背中も、よくここまで手が届くなあ。と思う所まで、掻き傷をつくっていた。ひたすら、熊の油を塗って、しのいでいた。掻き傷に、熊の油は利いたようだ。傷跡が良くなると、また掻いて赤いキズだらけ。熊の油を塗って、キズがよくなると、また、掻いてキズだらけ。その繰り返しだった。馬の油でもよかったかもしれない。クマもウマの油も、ヤケドに聞くと言われていたから、 あまりにカユミと寒気が、ひどい状況だったので、「医者の薬を 少しは、つけたら。そうすると、カユミも止まり、肌もきれいになるのに、」と、言ったが、本人は、つけなかった。「ズーっと、このまま治らないのでは、、、」と、弱音を吐くこともあったが、深谷氏の本の写真から、きっと治るという希望が、持ち続けられたようだ。食生活では、納豆など、タンパク質も取るようにした。 きれいになった現在の手。
2010年01月12日
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先日の深谷元継氏の本の題名。「ステロイド依存 -ステロイドを止めたいアトピー性皮膚炎患者のために」だと思う。この本は、やはり症状がひどい知人にあげたので、今、手元にはない。「カラーで見るアトピー性皮膚炎のステロイド離脱」は、間違いだった。訂正である。
2010年01月09日
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今日も、またまた、脱ステロイドの話。今だから話せるが、治す過程中は、治るかどうかも分からず、暗闇のどん底で、もがいている状態で、身内以外、話せる状態ではなかった。アトピーとか、ステロイドに関するものが、これほどまでに、大変な病状とは、身近に経験するまで、想像もつかなかった。傍らで見ているだけでも、どうしてよいか分らなかったのだから、当の本人は、どんなに辛かったことだろう。 いや、辛いという言葉さえも、そらぞらしく、無意味なものだったろう。皮膚科の医院では、保湿剤と飲み薬を出してくれていた。総合病院では、写真を撮られ、医師の指示通りにきちんと薬を使用しないなら、「治療はできない。他に行きなさい。」と断られた。家の風呂は、肌が痛くて入れないというので、車で40分位の山間の一軒家の温泉に行った。「洲走りの湯」で、泉質が、アルカリ性なのか、お湯がヌルヌルしていた。平日や、週末の夕方に、私の運転で、よく出かけた。本人は、痒くて、人目がないと、体中かきむしっていて、車の中でも、手、足を掻いていたし、シートベルトも出来なかった。体全体の皮膚が弱くなっていて、シートベルトが当たると、皮膚が痛いといっていた。それが、10月頃から、運転できるようになった。そうすると、娘の運転で行けるようになり、温泉の帰り、途中のコンビニで、缶ビールを買って、助手席で、娘とたわいのないことを話しながら、チビチビ、ビールを飲んで帰ってくるのが、ささやかな楽しみにだった。冬期は、雪は降るし、道路も危ないので、しばらく温泉には行けない。
2010年01月08日
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昨年は、娘と共に、脱ステロイドによるリバウンドとの戦いであった。幸い、今は、薬なしに、肌も健康になって、正常な状態になっている。今、思えば、狂気と無謀の長い時間であった。娘は、20歳頃から、夏になると、ひざの後ろ側や、腕のひじの折り曲げた内側が、あせものように、赤くなり、かゆがって、薬をつけていたようだ。私も、子供のアトピーとは、無縁の生活だったので、全く、気にも止めていなかった。それが、だんだん、一年中を通して、薬をつけるようになっていたらしい。風呂に入ると、肌がヒリヒリして痛い。といって、風呂あがりに、医者からもらってきた保湿剤を体中に塗っていた。一年前、ぜん息の発作を初めて起こした時、アトピーの人は、ぜん息になりやすい。というのを知って、去年の3月の半ばから、「アトピーの薬止めたら、ぜん息にもならないのでは?」という、単純な考えで、風呂上りの保湿剤の使用を止めた。 医者から処方された飲み薬は、そんなに飲んでいなかったようなので、 保湿剤を止めれば、すぐに、肌のカユミも治るだろう。と、軽く考えていた。それが、半年以上の長い戦いになるとは、思ってもみなかった。全身のかゆみが24時間襲い、全身にかきキズが出来た。夜もほとんど寝ないで、体をかきむしっていた。余りのかゆみで、夜中に、絶叫していた時もあった。足や腕も、赤くパンパンに腫れあがっていた。夜は、家人と交代で、つめで目を引っ掻かないように、一晩中寝ないで、手を押さえていた。本人も、爪は、いつも短くというより、もうこれ以上切れないくらい切っていた。保湿剤の代わりに、偶然手に入れた「熊の油」を塗った。夜、塗って、朝、塗って。 薬を止めたら、「寒い、寒い。」と言い出した。これは、アトピーではなく、他の何か悪い病気ではないか?と、ネットで調べたら、脱ステロイドのリバウンドで、起きる症状だと分かった。ネットで、「脱ステロイド アトピー」で検索したら、深谷元継医師の「ステロイド依存 -ステロイドを止めたいアトピー性皮膚炎患者のために」という本と、患者の写真がでていた。早速、注文した。もし、この本がなかったら、挫折していただろう。「治療法といわれても、なにもなかった。ただ、患者の写真をとって、話を聞くだけだった。」という、本の中の言葉がよりどころだった。本の中で、感染症に気をつけなければならない。というのが、あったので、食事時に、梅干しを食べさせるようにした。なんの根拠もなく、たぶん、気休めだと思うのだが、ウメ干しの酸が、感染症対策になるのでは、という、他の人が聞いたら笑ってしまうことでも、真剣だった。もしもの時は、すぐに、医者に行けばいい。とは思っていたが、「熊の油」は、5個ずつ、何回か、買いに行った。はじめは、顔の額のあたり、首や、耳たぶから、滲出液が出て、朝に白くガバガバに乾いていた。夜もろくに寝ないで、仕事によく行っていたと思う。仕事中は、マスクをつけて、髪を前に垂らして、なるべく、顔を隠し、何度か、トイレに駆け込んで、掻いていたらしい。休みは、寒い、寒い、とコタツに横になって、掻きむしっていた。散歩がいい。運動がいい。というので、散歩に連れ出した。さすが、歩いている時は、掻かない。ぬるっとした、気持の悪い汗をかく。とも言った。そんな状態が、2か月位、続いただろうか、顔と耳、首の浸出液が出なくなり、朝、白いガバガバが無くなった。もちろん、深谷氏の本に出ていた、長い筒を腕につけて、腕が曲がらないように、顔をひっかかないようにしていたのだが、夜も、30分くらい熟睡できているようだった。それから、うす皮を剥ぐように、良くなった。7月末に、ベトナムに行った時も、足は、腫れていて、時々掻いていたが、旅行で気が紛れることもあったらしい。だから、買いまくっていた時も、それで、少しでも元気になれるなら、お金より健康だ。と、うるさく言わなかった。 旅行できるようになっただけでも、有難かった。食事については、痒くなるからと、肉や魚、卵を避けていたのだが、ネットに、青味の魚、ナッツ類は、痒みによい。ということが、でていたので、豚肉、鶏肉、サンマ、サバ、カシュウナッツやアーモンドなどを、よく食べるようにさせた。つまり、好き嫌いなく、なんでも、まんべんなく食べるように言った。10月ごろには、治って、普通になった。たぶん、治療方法は、いろいろあるだろう。いちがいに、これがいいとは、決められないだろう。あまりよくアトピーとか、ステロイドとか、知らなかったから、突然に 脱ステロイドに走ることができたのだ。今にして思えば、狂気としか言いようがない状態だった。
2010年01月06日
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夕方、家人、子供のアパートに泊まりに行った。おせち料理の残りをタッパーに詰めて、一升瓶のお酒(お神酒用の残りのお酒)を下げて、子供は、ぜん息の要因が分かるまで、(分らないかもしれないが?)家から、通うことにして、アパートの様子を知るために泊まるということであるが、本当のところは、久しぶりに、一人で自由に過ごしたいということらしく、張り切って出かけた。こちらも、今夜は、親のスネかじりの息子達も午後に帰り、犬と猫と娘と、のんびり過ごせそう。犬は柴犬ということだが、オオカミに似ていて、図体もデカイ雑種である。
2010年01月04日
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元旦の午後は、子供を連れて、医者に行った。レントゲンを撮って、ぜん息の薬を出してもらった。ノドにシュッと噴射するのを、1回したら、夜も呼吸が静かで、楽になったようだ。去年より、症状は、軽いようで、一安心である。まったく、アパート暮らし始めると、具合悪くなるなんて、どういう訳なのだろう。ハウスシックか? 化学物質過敏症か? 医者は、「アレルギーとか、心因性も考えられる。」と言った。ストレスもあるのか?ストレスなら、家にいた時 発作が、頻繁に起こっているはずなのに、昨日で2回目である。とにかく、元気になって、良かった。良かった。「しばらく、家にいてくれ。アパートに帰って、また、具合悪くなると大変だから、」と、懇願してしまった。健康の大切さ、有難さは、具合が悪くなった時、分かる。元日も働いている病院の人々に感謝。感謝。様々な、多くの人々に支えられて生活出来ていることに感謝、感謝。
2010年01月02日
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明けまして、おめでとうございます。今年も、元気に、と思ったが、昨年同様、子供がというか、もう大人なのだが、ぜん息の症状になってしまった。 前のアパートを昨年3月で解約し、ずーっと家から仕事に通っていたが、また、一人暮らしをしたくなったのか、12月に別なアパートを借りたのである。それなのに、一か月もしないのに、 昨年と同じようなパターン。家にいる時は、なんでもないのに、アパート暮らしを始めて、家に帰った途端に、呼吸をするたびに、ヒュー、ヒューと音をだすのは、何故なのだろう。 「早く、医者にいって、吸入して、薬もらってきたほうがいいんじゃない。原因も、血液検査で調べてもらって、」と、言うが、本人は、コタツで、横になっているだけ。正月早々、困った事態である。 しかも、外は、吹雪で、冷え込んでいて、外出もおっくうである。
2010年01月01日
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