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自主管理をしていると様々なドラマに立ち会う。先月初めにある入居者さんより離婚し別居してる息子の眼鏡が壊れて大変なんですぅ…と電話があった。・・この方、しっかりしてるというか、プチ?クレーマーというかやれ網戸が壊れた、自転車が無くなった、と大家との電話コミュニケーションは、頻繁にある方だ。月末までの入金が間に合わず、月初の入金となるがきっちりと入金する方ではある。「大変なんですねっ・・・」と話しを合わせていたら、「という事情なので、今回の家賃は飛ばしていただけますか?」ときた。飛ばすとは…家賃を払わないと言う事と判断するのに二秒かかった。根拠のない話しを延々続けた挙げ句に訳のわからない結論を言い出す。この大家なら、二つ返事で言うことを聞いて貰えると思ったのだろうか?その申し出を丁寧に断り、状況によっては退去勧告も有りうる、と伝えたところ退去の言葉が出て来るとは思わなかったのだろう。「長く住みたいと思ってるんですぅ」と言い、翌日には、朝一で支払った。自主管理の大家さんは人間勉強をする上で最高に思う。
2011.05.30
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本日、札幌のマンションで退去がありました。札幌の皆さんは、本当にキレイに退去してくださる。退去立ち会いを依頼したリフォーム業者兼管理人さんに「リフォームは必要ですか?」と聞くと『クロス交換必要なし、他もこのままで良い!』との回答でした。クツションフロアーの一部が凹んでいるが北海道の人間は気にしない程度だ、とのこと。私としての経費はサービスで付けるカーテンの購入費用と新設で交換するTVインターフォン費用の合計で約30000円程度。以前のリフォーム会社では比較にならないほどコストが掛からなくなった。遠隔自主管理の命は現地の関係者との信頼関係の構築にある。4年前までは、不動産会社に管理をお願いしていた。自分では出来ないのだからお願いすべきものだと思っていた。しかし、退去の都度、最低10万円以上掛かっていたリフォーム代金。今、考えると、ドブに捨てていたようなものだ。自主管理に変えてからストレスフリーだ。ところで、札幌の不動産業者の5社の担当者と昨日お話しをした。今年は皆さん良いですよ、と語る。私も良い波に乗りたい。
2011.05.30
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以前よりお付き合いのある方の紹介により会社を創る事にしました。その為の最終準備作業に入っております。外国人の100%出資で個人のリスクはありません。だが、目標値が高く、立ち眩みしそうではあります…定款・事務所契約・打合せ等があり日々楽しんでおります。しかし、不動産は手を抜いてません。なんと、ようやく58室満室太郎になりました。 しかし、来月には又、4室空きます。空室を埋めるはモグラ叩きの如くです。今回、札幌の退去者は交通事故にて住めなくなりました。私のマンションを大変気に入ってくれていました。とてもとても…(T_T) 悲しいです。相思相愛を引き割くなんて…ムゴイ皆さん、事故には気を付けて下さい。
2011.05.27
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未来に対して次の一歩をどう踏み出すか…よく考える。親愛するNORI5215さんは行動の人で、次の次まで考えて、数値を捉え、周りが驚く素早い決定判断される。又、常にアクティブに行動し高い視線を持つ人ひろ*さんもフィリピンの物件に買い付けを入れたと聞いた。皆さんスゴイ。 比べて、どうも私はビビり屋で不動産購入する際は相当に考え、最後は妻の直感をアテにして購入してきた。おかげで外れなく年間平均に96.5%の入居率を維持できている。海外に投資したい意向も強いが、1歩が行く気になれない。私個人はキャピタルゲイン(物件の価格上昇に得る利得)にはあんまり興味を感じない。又、売買を通して多くの税金を納めなければならない事に抵抗を感じる。やはり『大家さん』という毎月預金通帳に振り込んでもらえる、インカムゲイン(利子・配当から得る利得)を狙う手法こそ美しいと思う。だから、海外でもインカムゲインを狙える物なら挑戦したいと思い、毎年海外を歩いているが、海外で会う方々は『私に預ければ…3年待てば…最低2倍は確実と…』言われる。4年前に行ったカンボジアのみ20%のインカムゲインで狙える物件を真剣に購入を検討をしたことがあった。当時のカンボジアは外国人に不動産購入を進める雰囲気ではなかったので転進した。どうしても海外の場合はパートナーが必要となるケースが多い。カンボジアもそうであった。3年半前にもベトナムに株式購入検討の為、ホーチミンに行ったが地元民から遅いよ、もう止めたらと言われ転進した。従って大儲けはいずれもできなかったが、まずは日本で資産を作って卒サラはできた。次の一手は税金との戦いで安易に進めない。新たな事業で法人化することも視野に入れてここ数ヶ月思案している。
2011.05.23
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金州は大連から車で1時間ほど北に走った場所です。金州の南山には昔、ロシア軍の要塞がありました。日本軍は203高地を攻撃するに当たり、背景の不安から「落とさなければならない」要塞でした。南山の頂上には、日露戦争後日本国の記念碑が建っていましたが、中国の文革時に壊され、今はロシア記念碑が建ってます。そして、その回りにはロシア人墓地が泰然と取り巻いてます。中国は親ロシアの感覚である事を今回の旅行で感じました。実際にロシアの高級官僚は何かあると中国大連の病院で治療する話しも聞きました。日本人の墓地もありましたが、やはり戦後に破壊され今は大きな供養塔が旅順の白玉山に建ってます。最後に正岡子規の石碑が10年前に発掘され、今は金州の町の片隅に飾られてます。当時、従軍記者として日々の食事も苦労している時に酒の宴席に呼ばれ喜んだ心境を吟った物です。正岡子規は平和主義者であること、大連は俳句愛好家が多いと言う事で大切にされています。旅行の最後にこんな句碑を見れたのは幸せでした。最後に中国大連の食事はもちろん全部中華料理ですが、かなり美味しかったです。少しブタと言うか、ブースカになって帰ってきました。5月25日から大連の街はアカシアの花に囲まれるアカシア祭りです。どうか、一度訪ねて見て下さい。ちなみに、大連不動産情報はhttp://jp.runsky.com/070307-2.asp参考まで
2011.05.22
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旅順は日露戦争の激戦地です。まずは203高地から望む旅順港です。日本海軍広瀬武夫中佐の話しで現地の皆で盛り上がった。当時、旅順港に停泊するロシア艦隊と当時世界最強と謳われたバルチィク艦隊が合流する事は日本海軍としては何とか避ける必要があり、 旅順港の入り口を封鎖すべく、その港口に運送船を沈める作戦を実施。第一回は5隻、第二回は4隻、第三回は12隻が突入した。敵の探照灯の光芒が交錯し十字砲火が降り注ぐ中に突入する決死隊でした。広瀬中佐の福井丸は明治37年3月27日午前4時には旅順港口に辿りつき、船に爆弾を仕掛けて退去するため短艇に乗り移ったが、杉野兵曹長が戻らない事に気づいた広瀬中佐は三度船上に戻り探したが見つかりません。短艇に戻った広瀬中佐を敵砲弾が直撃し壮烈な戦死を遂げました。出身地大分県竹田市には広瀬をまつる「広瀬神社」が立っているのでいつか訪ねてみたいと思います。…日露戦争に関わる戦遺跡は文化大革命でかなり破壊され失っている事が分かりました。203高地の塔は乃木大将が書かれた事もあり今もしっかり残っていますが落書きもかなりありました。 又、川島芳子の事は今も中国人からはスパイと軽蔑されていて、旧宅も汚いままの廃虚をさらしていました。リフォームしたら良いのにと思った次第です。
2011.05.20
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大連は物凄く都会です。こんな町に行くと、まず不動産投資は気になります。しかし、5年前なら投資する価値があるが、今は高くなって旨味はないと地元の方に言われました。あのジャッキチェーンが5年前に大連の最高級マンションに投資して2戸を5000万円で購入したマンション。今や1億円だそうです。今も町が生き物の如く繁殖しつつあるイメージです。日系企業もパナソニック・東芝等、多数進出しており、市街を走る車の半分以上は日本のメーカーでした。交通渋滞も日本並みで自転車に乗る人はあんまり見ません。 古い建物は明治時代に日本が建てた建築物がほとんどです。満州鉄道の本社も今も地元の役所として使われていました。ヤマトホテルも当時のまま、今もホテルとして使用されています。設備は良くないそうですが、約6000円ぐらいで宿泊できます。夜に町中にある、看板が少し怪しいマッサージ屋に入りました。受付は女性でしたが、実際のマッサージ師は黒メガネの男でなんか損をした思いでした。全身を揉んでもらい60分で約3000円です。戦後、この大連港から日本の舞鶴港へ帰還船が出たそうです。当時11歳で当地より帰還した76歳のお爺さんと話しをしましたが、大連の彼が通っていた小学校に日本人が250人にいたそうですが、帰国し、消息が分かったのは50名のみだそうです。続く…
2011.05.19
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確か、先月ブースカ夫は「よう毎月、間違えるねえ」とこんなブログを書いた。今回も月の便りが来たので、深呼吸をして開封すると ・・・今月退去予定の部屋は未入金。修繕で「ブースカさん家には負担の無いようにします」と言ってた費用は、しっかり出金されている(*_*)週明けの入金できちんと出します!と聞いた気がするが家賃の未入金部分は、相変わらず入ってこない・・・。ACのCMじゃあないが「気持ちは行いになって初めて見える」のですよ。
2011.05.16
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ブースカ妻ですm(__)m 主人からの返信は帰国までお待ちいただくことになり申し訳ありませんm(__)m 今回の災害についての義捐金は、皆さん大なり小なり募金されているのだと思います。ブースカ家でもそうです。先日、我が町内会でも、ご丁寧に、定型内にびっしりとした字が書き込まれた「義援金のお願い」という封筒が、班長さんを通じて回ってきました。出さないで、ほおっておいたところ班長さんより電話があり「出さないのか?」とのこと。「他の所でも出しているので今回は出しません」と言ったところ「出さないなら、それでもいいが封筒はお金と一緒なので(え?何も入ってないのに?)封筒だけでも返して欲しい」と言われてしまいました。ん?と思いましたが、既にゴミ箱行きでしたので、その旨伝えました。なんか不穏な空気が・・回収する事も何も書いてないじゃないか、とも思いましたがご近所さん相手に、トラブルの元を作ってもいけないので。その1件があった翌日、今度はこんな投稿を見かけました。全然別の地域の方が町内会で義捐金を集めたそうです。約50件ほどの町内のうち出さなかったのは、ゴミ問題や、車の駐車場問題などでクレーマーもどきに問題になってる家庭ばかりだったそうです。その他の人達は大なり小なり渡してくれて、ある母子家庭などは、5000円を出したとのこと。こういうお宅でも出すのに、やっぱり問題がある家は出さないのね、人間性が出るわ、という内容の話でした。・・私も班長さんに、こんな感じで思われていたのかもしれません。勿論、義捐金を出す方の気持ちは尊いです。ただ出さないからと言って、それを人間性に結びつけるのはどうなのかなあと私は思います。横並びに同じじゃないと、、という想いが、この投稿者に見え隠れしているように感じました。私も、被災地に家族・友人・知人が大勢います。大なり小なり、今までの生活に戻すのにお金が必要です。まず同じお金を使うなら、その方達を優先したいと考えるのもまた人情なのではないかと・・・。 物事の一面を見て、いろいろ判断しがちですが自戒を込めて。。複眼的な見方をしたいなあ、と感じた出来ごとでした。
2011.05.15
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大連・旅順・金州歴史探訪の旅に今日から行って来ます。旅順港、旅順関東軍司令部、旧大和ホテル、203高地、川島芳子旧宅、日露戦争陳列館、正岡子規の句碑、旧満鉄本社など若い頃に読んだ『坂の上の雲』を実体験したいと思います。特に203高地は高校生時代に映画を見て、各種の本を読み、いずれ訪ねたいと思ってました。旅立つに当り、不動産会社に電話しました。5日後に帰国するので、客付けの電話は帰国時にと・・・。分かりました、それまでに何とかします。と言ってくれた。 旅行中は不動産は忘れたい。忘れよう。帰国後は、明るい声の担当者の声を聞きたいものだ。
2011.05.13
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GWネタはまだいっぱいあるのだが失敗したお店を敢えて教えましょう。沼津に寿司・焼き肉・カニサラダ・デザート・フルーツ食べ放題で1575円の店『伊豆海』があります。知り合いから紹介を受け行ってきましたが、全くダメでした。天ぷらぐらいかなぁ~美味しかったのは…。まずGWだった為、物凄い混雑で飢餓戦場みたいな状況でした。一応予約していきましたが満席で予約席がなかったのもがっかりです。さて、話しは変わってもうすぐリーマンを卒業して一年になる。好きな仕事を辞めた時に自分で今後の人生でやりたい25項目を書き出した。もちろん、まだ旅の途中であるが、もう一回就職するかも知れない。今月末には結論を出したい。
2011.05.13
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なぜ?3月に空いたアパート1室が埋まらないないんだ??と連日、不動産業者と打ち合わせをしている。そこで出てくる不動産管理担当者のセリフ『今の私にはブースカさんのアパートは 最優先物件なんです!』自社物件より私の物件を優先しているのだと言う。100の言葉より1の実行こそが真実である等、、、毎日バトルが続いている。 さて、GWの行動を振り返ります。甲府に行って来ました。おもしろいとこに行きました。『響の里』ここは太鼓ライブハウスです。この店は元々普通のドライブインだったのですが、経営者が特色を出すべく武田信玄をモチーフに光と映像を使って太鼓の演出をしています。 面白いのは太鼓の演者は全てお店の従業員さんです。売店の人や調理師さんの等の素人集団です。生き残りを賭けたドライブインの選択でしたが何より従業員がイキイキとしている点で経営者の選択は良かったのではと思います。
2011.05.11
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4月の中旬より空室は後1室までになり、追い込みしていたが未だ決まらず苦慮している。満室太郎は中々難しい、といっているうちに今月末の退去連絡が2室あった年度末の不動産需要は本当に厳しかった。しかし、基本に帰って頑張るのみだ。果報は寝て待たない!追い掛け、追い詰めろだ!しかし、GWは全く不動産状況は動かなかった。しかたがないので、韮山の江間イチゴ狩りと甲府を旅した。今年のイチゴ狩りは全く悲惨な状況で震災以降はほとんど観光客は来なかったそうだ。静岡でも風評被害があり可哀そうに思う。お客が来ていないから、イチゴ狩りのイチゴは甘く、大きく、最高に美味かった。最後の時期なので食べ放題で700円はお得だ。6月までイチゴは食べれるそうだが、一般向けのイチゴ狩りは先週で終わった。農家のおじさんに直接交渉したら、たぶん700円ぐらいで食べさせてくれると思う。なぜ、6月までイチゴ狩りをしないのか?と聞いたら、ハウス内が熱いのでお客さんに申し訳ないから、と答えが返ってきた。 震災以来、皆さん苦労している。
2011.05.10
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ブースカ妻です<m(__)m>我が家は名古屋時代から、青色申告会に入っています。最初は頑張って自分で申告していたのですがやはりブースカ妻単独の力で限界が・・・。そこで、最寄りの税務署に一番近い青色申告会を見つけ入会し、記帳指導を受ける事となりました。ここの会の場合、商工会議所の記帳指導を青色申告会で間借りして行うタイプのものらしく1ヶ月に一回、予約を取って行いました。まず、流れを覚える為に手書きで初めてみたのですが物件が増える度に、私が記帳方法が分からなくなりストップするので指導員の方は分かるように説明するのが大変だったようです^_^;半年に1回税理士さんが見えるのですが、その年によって担当税理士が変わるようです。最初の年は、仕事欲しいぞ~オーラ全開のおじいちゃん。名刺をいただいたり、いかに頼むと楽になるかを力説したり・・。疑問にも親切に答えて頂いた記憶があります。2年目は、いかにも数字が強いという外見の30代前半の税理士さん。話に入る前に電卓に入念に確認ししてたので「今年の税理士は色々聞けるかも??」と思ったのが大間違い。その当時専業になるかどうかを思案中だった我が家、分からないからプロの意見が聞きたくて相談してみたのです。そうしたら、この方「仕事が出来ない人に限って独立って言う」という類の発言をしたのです。経理の事柄で指摘されるなら分かりますが人柄に対して言われる言われはありません、相手を知らないのに何をもって出来る出来ないを判断するのででしょうか?さすがに私もむかっときて言い返してしまいました。。。横で指導員さんが雰囲気を察して、終了させてくださいましたが。この方、年末の確認事務の時も、えらくそっけなかったです。 2年の経験があったので、今の場所に来て1年間は何とか自力で決算まで出来たのですが、やはり物件を取得すると、帳簿処理が分からなくなるので青色申告会に入会。こちらは、広い駐車場も完備。時間中なら予約不要、いつ来てもOK。土曜日も付き2回なら開庁しています。以前は、仕事の時間を見ながら時間貸しの駐車場を探しながら、申告会に行っていたのでここのシステムは、とても魅力的に映りました。やっと(今さら??)パソコン帳簿にも取り組む事が出来ました。1人でやるのが大変だからブースカ夫に助けを求めていたのだが今年も何とか1人で出来そう・・。
2011.05.07
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毎日地元の方言をテレビで聞いてるのでとっさの時に方言が出そうになるブースカ妻でございます<m(__)m>こんな記事を見かけました。 名取市職員の3月残業代 市長が半額カット 県、是正指導 宮城県名取市で東日本大震災の対応に当たった市職員の3月分の超過勤務手当が1億6000万円に膨れ上がったため、佐々木一十郎市長が半額カットして支給したところ、市職員労働組合が反発、県の是正指導を受けて正規の通り支払われることになったことが27日、分かった。未払い分約8000万円は、5月支給の給与に上乗せされ支払われる見通し。市によると、削減対象となったのは3月11日以降の震災対応の残業や深夜・宿直勤務、休日出勤で発生した超過勤務手当。管理職を除く市職員530人分で、4月21日に支払われた。超過勤務は1人平均約100時間、約30万円だったが、15万円カットされ約15万円が支払われた。消防や水道復旧に携わった職員の中には、月200時間を超えたケースもあった。同市の超過勤務手当は年間約2億円だが、1カ月でその8割を占めたことになる。佐々木市長は「震災で無収入の市民が大勢いる。避難所では多くのボランティアが無給で働く。そんな時に基本給がある市職員が、割り増し手当を満額受け取るのは市民感情として許されない」と削減した理由を語る。削減に労組側が異議を唱え、事務レベルで交渉したが物別れとなった。その後、この情報が県に寄せられたという。県市町村課は「明らかな労働基準法違反で、罰則規定もある。市民感情というが、法令上は許されないこと」と市に是正を求めた理由を語る。市職員労組の足利弘昭委員長は「被災した市民のため、超過勤務手当の一部を役立てられないかと組合で検討しようという矢先に有無をも言わさぬ形でカットされたため、組合員の中に反発があった」と説明する。労組は支給される手当から復興財源として市に寄付するよう、組合員に呼び掛けていくという。市長も職員も被災者という状況の中で、皆さん24時間体制で家族より職務を優先もしたであろう。大変な中で仕事をされていたのだと思う。ただ、この記事は何回読んでも市長の大英断としか私には読みとれない。苦渋のトップダウンをしなければならなかったのだと思う。・・今までニュースで流れる自治体の職員を見るたび、この人達は公僕なんだ、頑張ってるんだと思いをはせ、遠隔地から応援をしていたが、これからは認識を変えなければいけないのだろうか?寄付を呼び掛けと言うのであれば、出来ればその額を公表して欲しいと思う。
2011.05.04
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3月の農産物の輸入を示す欄に過去最高の記録を更新した商品がある。切り花の『菊』だそうだ。菊の需要が東北地方で高まっていると新聞に書いてあった。日本に菊を最も多く輸出している国はマレーシアだ。常夏の国では年に4回も収穫できる。自分達の育てた花が何に使われているかは分かっているだろう。今、投資でマレーシアはブームになっている。しかし、経済的に発展している裏には近隣のバングラデシュなどの貧しい国の人の労働力も大きい。アジアを中心とした外国への投資の勉強をする度に日本のみが落ちこぼれて行くような感を覚える。しかし、振り返ってみると戦後の1946年末までに帰還した約500万人を越える民間人と兵士の一部は、ほとんど餓死することなく耐えて闘って今日までの繁栄に繋がった。今、日本国にとって第二創業時なのだろう。 特に白い菊が急ぐように消費されている情景を考えると痛ましい。
2011.05.02
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本田健のセミナーに2日間連続参加しました。 セミナーで自分の知らない理想のワクワク未来像を見る事ができました。誰かに喋ったらアホか宗教狂いに間違われそうですが参加者は皆、超まじめです。2日間で16時間のセミナーでしたが、途中にコンサートやお弁当・軽食や飲み物やフルーツ付きです。しかし終わると、腹八分ぐらいで終わった思いもあり、もっと食べたくなるように計算されている感もあります。機会があれば更に学んでみたくなりました。 さて、先般ノリさんと飲みまして、禁断の投資の一端を伺いました。エッ-マサカ…そんな!ノリさんはさすがに大きく洗練されています。やはり投資で大きく成功されている方は運が良いなぁと最近感じます。逆に言うと運が悪い方は投資に向かないかも知れません。えっ?私ですか? まっいいじゃないですか…フフフ
2011.05.01
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