2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全8件 (8件中 1-8件目)
1

四万十川沿いの秘湯・柳瀬温泉は、木々に囲まれて、マイナスイオンたっぷり。いつもより深く眠ることができたせいか、目覚めスッキリ。午前9時過ぎに宿を出て、雄大な四万十の景色を眺めながらゆっくりと車を走らせました。四万十川名物の欄干のない橋、沈下橋の近くで車を止めて、少しだけ川の中に入ってみました。水が透明で、気持ちよくひんやりとしていました。その冷たさを受け止めようと、その川の水で顔を洗いました。自分についていた猥雑なものすら取れるような気がしました。流れが静かだったので、カヌーをしてみたかったのですが、所要時間がかかるということで断念して、遊覧船に乗ることにしました。遊覧船と言っても、小さな屋形船。旧中村市街へ向かう途中に何軒か遊覧船を運航するところがあって、そのうちのひとつ「四万十の碧」に乗ることにしました。特にここにした理由はありませんが、団体客と、個別の定期便利用客に分けていたところが非常に良かったです。川沿いには、ガイドブックに載っていないような小さな運行会社もありますので、少人数で屋形船を独占したい場合には、そういう試みをしたほうがよいかと思います。出航を待つ間、川から上がったところの岩場に、去年の台風で上昇した水位の高さが記されていました。その高さは、周囲の畑や民家を飲み込むほど。水をせき止めるダムがないため、大雨が降るとたちまちのうちに水位が上がるのだそうです。そのために増水時には水面下に沈む橋、沈下橋が20以上もあるのです。車道から見る四万十川も雄大ですが、船から見る四万十川もまた良し。水面は周囲の緑を反射し、流れがないように見えるほど水面は穏やか。その中を船はスムーズに進んでいきます。吹き抜ける風はさわやか。自然と一体化するような気分になって、深呼吸を繰り返しました。ここでは自然の豊かさ、大きさ、恐ろしさ、すべてを感じることができます。日頃街で暮らす自分にとっては、非常に貴重な体験でした。四万十市の中心街の食堂で、昼食を食べました。鰹のたたきと鮎の塩焼き、あおさの天ぷら、ごりの佃煮...すべてこの土地の近くで採れるものばかりで、鮮度があって非常においしかった!
2006年08月27日
コメント(0)
日本最後の清流と言われる、四万十川。川にふれやすい夏に行ってみたいと思っていました。週末の天気予報で台風が来ないことを確認して、宿を予約しようとしたら、高知・中村周辺の宿はすでに一杯でした。夏休み最後の日曜日、自然を楽しもうという家族連れが多いのでしょうか。現地の事情もわからず、とりあえず検索サイトで「四万十川・直前予約」と入力して、最もリーズナブルな温泉宿を予約しました。これが後々に大きな影響を与えることになるとは知らずに。大阪から四万十川の河口、中村までは、電車を乗り継ぐと6時間くらいかかります。これでは週末が移動で埋もれてしまう。ということで、今回は伊丹空港から飛行機で高知まで飛び、そこからレンタカーで回ることにしました。全日空の機体は意外なことにプロペラ機でした。大丈夫かいな、と思いましたが、乗ってみると意外と快適。フワッと離陸してくれます。しかも時間がかからなくて、50分で到着します。週末2日間で高知を回るなら、多少お金がかかりますが、時間を買ったと思えば、飛行機はオススメです!1)龍河洞いきなり中村へ向かうのではなく、2週間前によさこい祭りを見に行ったときに行きそびれた「龍河洞」という鍾乳洞に行きました。ここは最寄り駅からの定期バスが1日に3本しか走っていないため、レンタカーでないと行きづらいところです。高知空港からは20分ほどで着きます。入口の手前には、セールス旺盛な土産店が立ち並びます。軒先を歩く自分を追いかけては「いいお土産あるよ、どう? ほら見てみて」と声をかけてきます。人の良さそうな店員さんで断るのは忍びないのですが、かといって自分に必要なものでもないので、丁重にお断りしました。ここでは刀や包丁、鰹などが名産品ですが、お店の「いのししラーメン」という面白いメニューのあるお店もありました。入洞料はひとり1000円。入ってみるとひんやりとして気持ちいい。中の温度は18度でした。鍾乳洞は冬になると逆に暖かく、14度くらいまでしか下がらないのだそうです。ここにいれば暑さ寒さはしのげる、ということで、鍾乳洞自体は昭和9年に見つかったのですが、弥生時代のが住居跡があります。驚いたのは、当時使われていた土器が石灰石と同化してしまっていたこと。凹凸の激しく、小腸の柔突起のような壁面は、見ていて非常に不思議。ビロードのような形や、鬼面のような形などもあって、そういう箇所にはネーミングがされています。見慣れない奇抜な地形を歩くと、インディ・ジョーンズのように探検をしている気分になります。天井からは水滴がポタポタと垂れてきて、ひんやりと気持ちいい。こうもりが住んでいるそうですが、昼間は飛んでいないそうです。およそ1キロ、30分ほどの洞窟体験は、非常に新鮮でした。 2)秘湯・柳瀬温泉へ。龍河洞から、今回宿をとった、四万十川沿いの秘湯・柳瀬温泉まで車で向かいます。120キロほどの道のりのうち、高知自動車道が通っているのは、最初の40キロ程度。あとは一般道。高知は山がちな土地で、人の往来もそれほど激しくないためか、交通の便の開発が進んでいないのがわかります。それがかえって、四万十川のような素敵な自然が残される理由になるわけです。やはり人間にとっての利便性と自然環境は相容れないものなのでしょうか...四万十川は全長120キロ余りの長さですが、柳瀬温泉への道のりでは、四万十川の上流から寄り添うようなルートをとりました。この眺めがすばらしい。両脇には緑豊かな山、中央に深緑色の穏やかな水面の川が流れて、堤防がない。ドイツのライン川で見たときよりも雄大な景色です。人家はあるものの、雄大な全景のなかでは本当に小さく見えます。ここでは、自然が人間の生活を圧倒的に凌駕しているのがわかります。日本版の山水画が描けるような感じです。まさに山紫水明。あとでわかったことですが、四万十川の中心都市・中村からは道が狭くて、観光バスなどの大型車が入れないため、あまり多くの観光客が目にすることのない地帯です。つまり穴場。本当に気持ちよい眺めでした! 柳瀬温泉は、四万十川の中流にある、ごく小さな温泉です。カーナビで探しても見当たりません。ネットで探しても行き方が一切載っていません。まさに現代の秘境。国道沿いに小さな看板が出ていたので、それを頼りに、四万十川を渡り、細い道をたどっていくと到着します。夜だと看板が見えず、周りが真っ暗なため、初めての人がすんなりと着くことは不可能だと思われます。ちなみに、龍河洞からは4時間弱かかりました。宿は全部で4室ほど、こぢんまりとした簡素なつくりです。この大自然の中で大理石風呂を期待する方がおかしいと思いますが、どこか懐かしい感じがします。携帯の電波は届きません。早速お風呂に入りましたが、これが実に滑らかな硫黄泉。少し入るだけで肌がヌメヌメとしてきます。保湿効果は抜群なのではないかと思われます。これで朝食付き1泊3500円は安い!柳瀬温泉から、四万十川観光の中心都市・中村に出ることにしました。これが大変。四万十川沿いに国道を走るのですが、途中、乗用車がすれ違うのが困難なほどの狭い道が10キロ近く続くのです。対向車が来てはスピードを落として、山肌を擦るように車を寄せなくてはいけません。ここでは地元の人が使う軽自動車が非常に小気味よく走るため、僕らのような慣れない車は鈍臭くストップ・アンド・ゴーを繰り返します。そうしていると、やはり自分の車を先頭に数珠つなぎになっていきます。これがプレッシャーになります。でも事故れないので、申し訳ないと思いつつも、マイペースでいきました。中村までは1時間近くかかりました。途中は雄大な景色とさみしい街がモザイクのように続きます。驚いたのはコンビニが一軒もなかったこと。流通も難しいエリアなのでしょうか。中村も想像以上に小さな町で、全国展開の大手スーパーは見当たりません。コンビニはスリーエフとサンクスが2軒ほど。レストランというよりは食堂が数軒。地方都市にありがちな大型店もほとんどありません。ただ、寂しさを感じるこの町が賑わいを見せたのが、この日の夜に行われた花火大会でした。いったいどこにいたのか、と思うくらいの人が、四万十川の河川敷公園に集まってきました。3)四万十花火大会この日は、年に一度の花火大会。通算でも第二回という、まだまだ始まったばかりのイベントですが、地元の人たちや観光客で河川敷の屋台村は賑わっていました。午後8時に花火が上がると、立て続けに大きな花火が大輪の花を咲かせました。失礼ながら、町の規模の割には(失礼)かなり本格的な大玉が多く、見応えがあります。人が集まっているとは言え、東京や大阪のような都市で行われる花火大会に比べれば、圧倒的に少なく、そのために花火からすぐ近くで見ることができました。しかも、自然の豊かな土地で、人口密度も低いからか、真っ暗な空と鮮やかな花火のコントラストが見事。花火の絵柄がはっきりとわかりました。今はドラえもんやアンパンマンの顔が出てくる花火があるんです。花火大会のクライマックスは息もつかせぬほどの連発。街全体が明るくなるほどの迫力でした。これはかなり満足のいく花火大会です。花火が終わったあと、柳瀬温泉までの道のりが大変でした。細い国道を通り、真っ暗な道を心細い思いで走りました。ここで迷ったら野生動物に教われるのではないか...そんな恐怖感すらありました。なんとか1時間余りで着くことができました。
2006年08月26日
コメント(0)

国の天然記念物に指定され、年間12~13頭しか食用に供されないという幻の和牛「見島牛」(みしまうし)を食べる機会に恵まれました。見島は山口県萩市から日本海沖にある離島です。このため、他の和牛で進んだ交配が行われず、見島牛はそのまま純粋和牛として残されました。筋繊維の細かい肉質は、「究極の霜降り肉」と評価されています。あまりにもレアなため、市場に出回ることはなく、もちろんレストランのメニューに載ることはありません。ですから、非常に稀な機会でした。今回、そんなレアな機会を提供してくださったのは、見島牛の生産農家とのパイプをしっかりと持ち、安定的に肉を手配しているというMさん。仕事とは全く関係なくこういう活動をされているところがすばらしいです。だからこそ、農家の方とも仲良くしていられるのかもしれません。会場は横浜?関内にあるフレンチ「エルミタージュ」。今回の部位は、ハラミ ・しんたま ・タンでした。まずいただいたのが、しんたまを生かして握られたにぎり寿司。見た目からして極上のトロのような色とつや。醤油をつけずに、そのままパクリ。ツルッとなめらかな舌触りが最高で、本当に飲み込みたくないくらいのもったいなさ。続いて、カルパッチョ。とうもろこしのたれが香ばしい。肉の良さをさらに引き立てる味わいで、シェフの腕の良さを感じます。タンは、先、真ん中、付け根の3カ所にわけて焼かれてきました。先が一番固くて、付け根がやわらかい。塩をふっていただきましたが、程よくさっぱりとした脂、食感はタンらしく、しっかりとした感じでした。その次のハラミも焼かれて出てきました。とろけすぎず、固すぎず、少しだけジューシーだけど脂っこくない。脂も嫌みがなくて、どこかさっぱりしている。天然の霜降りの良さが、全身に染み渡るように広がりました。いや~、本当に史上最強の和牛を食べられて幸せです。しばらく牛は食べなくてもいいな。ところが、2日後に神戸牛を食べる予定が入ってます...うれしい悲鳴です。
2006年08月19日
コメント(1)
高知でよさこい祭りを見た翌日、徳島へ移動して阿波踊りを見に行きました。祭りのスケジュールと曜日の巡り合わせが合わないのですが、今回は四国を代表するお祭りを立て続けに見られる機会に恵まれました。「見る阿呆」も忙しいのです。高知から特急を乗り継いで3時間、祭りの期間なのに、阿波池田からの特急「剣山」はガラガラで寂しい感じ。徳島駅に着いて、阿波踊りの案内テントを発見してようやくホッとしました。有料観覧席で良い席はすでに満席とのことで、祭りの開始時間前に無料観覧席に行くことを勧められました。祭りの開始は午後6時。それまで阿波踊り会館に行ったり、徳島ラーメンを食べたりして時間をやり過ごしました。それにしても、その時間が間延びして感じられるほど、この町は観光したいと思うスポットが少ないのが残念です。祭りの始まる10分前(午後5時50分)、案内のおじさんに勧められた「新町演舞場」に行きました。演舞場と言っても、駅前からの広い目抜き通りの一部のことです。観客はあっという間に集まってきて、道路脇の仮設の観覧席はすでに一杯。そこで(まだ車が通っているにも関わらず)中央分離帯に座っている人たちの間に割り込ませてもらうことにしました。午後6時になって車両通行止めになると、それぞれのチームの衣装を来た踊り子や囃子方がぞろぞろと出てきました。テンポの良い鉦の音をきっかけに、笛と太鼓、三味線が続き、踊り子たちが現れます。女性は編み笠を目深にかぶり、両手を高く上げて小股で上品に踊ります。男性は浴衣や法被姿で、腰を落とし、がに股で交互にステップを踏んで出てきます。男踊りをする女性は多いのに対して、女踊りをする男性はいませんでした(当たり前?)。それぞれのチームの名前には「○○連」と、最後に「連」がつきます。地域による結びつきや、企業チーム、大学チームなど、チーム構成はまちまち。登場の仕方や踊りの構成もチームによって異なりますが、踊り方の基本ルールは共通しています。踊りのうまいチームは「有名連」として人気があって、毎年注目を集めます。かと思えば、「れれれの連」というダジャレのような名前をつけて、踊り方もバカボンのレレレのおじさんのように箒を持ち「お出かけですか?」と言いながら踊る集団もいました。そういえば、女優の水野真紀さんも参加していました。踊る前に、多くの人に囲まれて、携帯写真のフラッシュを浴びてました。議員の妻は大変です。リズムはアップテンポでわかりやすく、「踊る阿呆に見る阿呆」というくらいに陽気なので、見ている人も隊列に加わって踊ってみたくなります。そういう人たちのために「にわか連」として、簡単なレクチャーを受けたあとに参加できるような仕組みもあります。よさこい祭りとの最大の違いはここにあって、参加する楽しさはあっても敷居の低さが違うように思いました。結局、大阪へ向かう最終高速バスに乗るため、2時間弱しか見ることができませんでした。この祭りを語るには短すぎる時間かもしれません。でも祭りの持つ陽気さに元気をもらったような気がします。(UPが1ヶ月も遅れてしまいました)
2006年08月13日
コメント(0)
よさこい祭りは、いまや全国各地のお祭りに登場するほどの影響力を見せています。派手な衣装とアクションが印象に残っていますが、本家本元のお祭りはどうなっているのか、この目で見てみたいと思いました。今年は9日から12日まで、4日間、187チーム、約2万人の踊り子が参加するという規模です。踊り子の数にビックリ! 12日は全国大会ということで、全国各地から参加したチームと高知県の優秀なチームが合計5箇所の会場に順番に登場しました。よさこいのルールは非常に自由度が高くて、「よさこい鳴子踊り」のフレーズをどこかに入れればOK、音楽のアレンジはどういうテイストにしてもOK。踊りも、衣装も、チームの先頭を走る派手なトラック、地方車(じかたしゃ)も、チームによってデザインや色使い、演出が全く異なります。まだ夕日がまぶしい午後6時。よさこい祭りの会場に近い、はりまや橋に向かいました。この付近では、踊りの合間に休息を取る踊り子でいっぱいで、観客の数と変わらないくらいです。より大きな音のする方向へ向かっていくと、PAを積んだ大きな地方車と、その後ろに激しく動く踊り子たちが、商店街の中を通っていくのが見えました。とにかく音が大きくて腹にズンズンと響きます。衣装はどのチームも極彩色で、踊りはチーム毎に統一されています。こうやって見ていると、かなりエネルギッシュで踊り子たちは楽しそう。おばちゃんから、子供まで、チーム毎にメンバー構成もいろいろ。全体的に見ると20代、30代が中心になっていると思います。曲の間には、「きょう、ここで踊れることが本当にうれしいです!」というアナウンスがあります。何ヶ月も練習した末にこの日を迎えたんだろうなと思いました。会場は5カ所に分かれていましたが、メインは高知城から伸びる追手門前会場です。片側2車線の両側車線にそれぞれチームが登場して踊っていく様は壮観です。ただ、有料観覧席のチケットがないと入れません。僕も、観覧席の脇から見るにとどまりました。はりまや橋近くのステージは、祭のフィナーレに使われていて、他会場が終わった後、最後まで踊りが披露されてました。見ている自分にとっては、どのチームの何がすごいのかがわからず、チームごとの特色も注意して見ないとよくわかりません。違いを見つけるとすれば、チームごとの統一感と、音楽やダンスのアレンジ、予算のかけ方などなどですが、これを一度に見つけ出すのは大変です。よさこい専門家の解説がほしいくらいにわかりにくく、親しみやすさという意味では、原宿の竹の子族を見る視線と(古い例えですが...)あまり変わりませんでした。でも、それでいいのかもしれません。よさこい祭りはそもそも盆踊りの延長にあったわけですし、盆踊りの櫓が地方車になって、踊り方がエネルギッシュになって、曲が現代的になって..と盆踊りが現代的に進化したものだと考え直しました。他人の視線を気にせずに、自分を表現できれば、それで満足できるのでしょう。まあでも、観る側の論理としては、もうちょっとリズムや踊りが、普通に見に行った人にも親しみやすいようにアレンジされてほしいし、5分も練習すれば参加できる形も残してほしいと思いました。
2006年08月12日
コメント(0)
お盆の帰省ラッシュの真っ只中、ひとり高知へ向かいました。大阪からの新幹線は前夜の予約でなんとか指定席が取れて、岡山からの特急「南風」は自由席に乗ったものの、当然のように通路で立ちっぱなし…と思いきや、出発後20分で目の前の座席が空くという幸運に恵まれ、高知までゆったりと座っていくことができました。特にこういうときは、一人旅のほうが、フットワークがよくて気楽です。高知駅は改札がひとつで、列車の本数もそれほど多くありません。駅から繁華街までは徒歩10分ほど離れていて、駅前も少しローカル感があって、県庁所在地の駅としては少しさみしい印象をうけました。午後1時半に着いて、すぐによさこいを見に行くよりも、どこかデイタイムで行けるところはないかと探しました。結局、1日に5本くらいしかない周遊バスが午後2時に出ることがわかって、桂浜に行くことにしました。台風がやってくると、中継されるようなところです。○桂浜へ高知から「My遊バス」という周遊バスに乗ると、桂浜には約45分で着きます。「月と龍馬の町」というのがキャッチフレーズで、バスを降りると「龍馬の店」とか「龍馬とプリクラ」などの売り文句が並びます。坂本龍馬ゆかりの地なんですね。キューバに行くと、チェ・ゲバラのTシャツが売っていますが、ここ桂浜では坂本龍馬のモノトーンのTシャツがあちこちで売られています。いっそのこと、「日本のチェ・ゲバラ」みたいな感じで売り出したほうがいいかもしれません。時代は龍馬のほうが先ですが...土産屋が並ぶ一角に「闘犬センター」という文字が躍っていました。「ほほう、確かに土佐に来たらやっぱり闘犬だな」と近寄ると、ちょうど午後3時から横綱土俵入りと闘犬一試合が見られることがわかって、入ってみました。入場料1500円。闘犬場に入ると、冷房がないため、むわっとした生暖かさと湿気、それに生臭い(魚とは違う感じの)においがします。直径3mくらいの円形のリングと鉄柵が中央にあって、その周りに3列の観客席が囲みます。ほどなくして、リングサイドからアナウンスがあり、最前列の観客には、闘犬のよだれや血が飛んでしまうことがある、とのことでした。ひえ~、生々しい。あの独特のにおいは、闘犬のよだれや血が混ざっているんですねぇ。ほどなくして、横綱土俵入り。65kg以上という超重量級の犬を見ましたが、体は締まっていて65kgもないように見えます。それだけがっしりとしているということなのでしょう。ひと頃の千代の富士のような精悍さと生命力を感じました。闘犬のルールは、鳴き声をあげたり、戦意をなくしたほうが負け。前半の2分間は、はっきりと勝負がつかない限り決着をつけない時間帯で、後半の2分間は少しでも鳴き声が聞こえたらアウト、という決戦タイム。試合では、お互いが首元を噛んで離さず、両者くんずほぐれつしながら荒い息遣いだけが聞こえてきました。噛まれて痛いはずなのに声が全く出ません。結局は引き分けでした。非常に息詰まる競技でした。桂浜に出てみると、扇状の浜と松林のコントラストが視界いっぱいに広がります。日本古来の美しい海辺の風景です。昔の歌人は、ここで月を眺めるのが美しいと褒め称えています。いまは、水族館のショータイムの音が響き、浜辺には「高知名物 アイスクリン」の簡易屋台が2つありました。桂浜に滞在した時間は1時間半ですが、これらのものを見るのに充分な時間でした。長閑でありながら、その土地の特色がはっきり出ているところが非常に良いと思いました。
2006年08月12日
コメント(0)
これは全く知らなかったことですが、岩国は広島から電車で50分足らずなんです。岩国には日本三名橋のひとつ、錦帯橋(きんたいきょう)があります。近くには幻の白蛇もいるそうです。広島に行く機会は初めてでしたが、あえてさらに足を伸ばすことにしました。日曜の午後、岩国駅は人影もまばらで、地方独特のどこかうら寂しい雰囲気をもっていました。駅前のロータリーに出ると、この町のシンボル・錦帯橋に向かうバス乗り場がわかりやすく表示されていました。停車していたバスに乗っておよそ20分、錦帯橋に着きます。バス停を降りてすぐ、美しい5連のアーチが見えてきます。長さ200メートル、幅5メートル。1673年に建設され、2年前に架け替え工事が終了しました。橋の裏側に木組みが見えますが、これが非常に緻密にできています。アーチの形も美しい! 日本古来の建築技術の高さと造形美が見事に表現されています。下を流れる錦川の水は澄んで、周囲の緑も豊か。山の上には岩国城が見えます。そもそもこの橋ができたのは、城と城下町をつなぐためだったのですが、橋を含めた眺めは美しく、おそらく昔からそれほど変わらない景色なのではないかと思います。美しい風景は美しい建造物を呼ぶのかもしれません。錦帯橋を渡ると、吉香(きっこう)公園があります。この一帯は、吉香神社や白山比?神社といった、小さくてもどこかスピリチャルな空気を持った神社や、江戸中期の武家屋敷(目加田家住宅)、そして岩国城につながるロープウェー乗り場がありますが、基本的には公園なので整然とした区画で、緑が多く、歩いていて非常に気持ちの良いエリアです。この一角に、岩国にしか棲息していないというシロヘビ(国の天然記念物)を展示している白蛇観覧所があります。シロヘビは、アオダイショウの色素のない変形の一種だそうです。中国の説話にも登場するという幻のヘビが、なぜ岩国にしかいないのか、その理由はよくわかりません。遠くから見ると、ヒルのように見えて、グロテスクさが半減しますが、近寄るとさすがにヘビそのものでした...でも、どこか神々しさを感じたので、お守りを購入しました。金運が向上するということですが、そのご利益が早くも現れて、1週間後にある懸賞に当たりました。感謝感謝!岩国城にも登りたかったのですが、残念ながら、ロープウェーの営業時間が午後5時までで、充分に歩き回れないことから断念しました。錦帯橋から吉香公園にかけては、景観を壊すような看板や建物がないため、歩いていて非常に気持ちのいい場所です。広島から半日で行って帰って来られる場所ですし、穴場としてオススメ!です。
2006年08月06日
コメント(0)
毎年8月6日は広島で原爆慰霊祭が行われます。61年前、アメリカの投下した核爆弾により、一瞬で20万人を超える人たちが犠牲になり、多くの人が被爆の後遺症に苦しみました。テレビで慰霊祭を見ると、人類で初めて原爆の被害を受けた、その歴史的な重さがいまひとつ伝わらないため、現場はどのような空気に包まれるのか、行ってみることにしました。この日の天気は雲ひとつない晴れ。61年前と同じです。朝7時45分、広島駅には平和記念公園に向かう人たちが、市電におしかけるように乗りこみます。お年寄りだけでなく、高校生や大学生らしき姿もちらほら。原水禁運動のベストを着た人もいました。市電は通勤ラッシュのような混雑ぶりです。原爆ドーム前までは約20分かかります。原爆ドーム前の停留所を降りると、さまざまな団体の主張がスピーカー越しにワンワンと響きます。中には「中国共産党の法輪功迫害を追及せよ」とか、新興宗教団体がおそろいの格好で集まっていたりと、様々な主張を携えたNGOなどが集まっていました。慰霊祭を機会として利用しようとするような人たちもいて、本来の核廃絶の願いはどこに行ってしまったのかと残念な気持ちになります。平和記念公園に入ってすぐ、爆発の起きた午前8時15分を迎えました。黙祷のときを告げる鐘が1分間鳴りつづけます。辺りは静まりかえり、周囲のデモ行進の叫び声が遠くに聞こえます。みな下を向き、両手を合わせたり、胸に手を当てたりして黙祷をささげます。非常に厳粛な空気が流れました。慰霊祭は続いて広島市長の平和宣言、総理大臣、子供たちの平和への誓い、国連事務総長のメッセージと、「粛々と」という言葉がしっくりとくる進行ぶりでした。川の中州にある平和記念公園は非常に広く、慰霊祭が終わっても参列者が多く会場からなかなか退場できません。慰霊碑に参拝する人の列の後ろに加わりましたが、その列は太く長いものでした。日差しが強く、会場にはおしぼりと飲み物が用意されていました。会場の横にある原爆資料館には、慰霊祭が終わって、ある程度混雑がひいた後で入りました。それでも非常に混んでいましたが...入館料が50円という安さにびっくり。タダみたいなものです。女優の吉永小百合さんの声が入った音声ガイドが300円。この音声ガイドは、非常に素晴らしい内容でした。音声ガイドは普通のナレーターが読む事実の部分と、吉永さんのパートに分かれていました。吉永さんの朗読が、被爆の悲惨な実態や、家族の悲しみをリアルに感じさせてくれます。たとえば、被爆者の遺品が置かれ、その近くに表示された番号を音声ガイドに入力すると、このようなナレーションが聞こえてきます。「△△さんは、爆心地から○mの学校で朝礼に参加していたときに被爆しました。衣服はボロボロになり、肌は焼けただれ、自分が生きているのかどうかもわからないまま、焼け焦げた町をさまよい、家にたどり着くことなく、力尽きました。母親の○○さんは、1週間後、△△さんの衣服の切れ端を見つけました。その日の朝、体調が悪いと言って学校に行きたがらなかった△△さんを『お国のために勉強しなさい』と無理に行かせたことを、亡くなるまで後悔していました」ボロボロの衣服や、中身が黒焦げになってひしゃげた弁当箱…被爆者の遺品を見るだけでなく、そこに隠された悲劇を、吉永さんの語りで聞くことで、遺品はまったく違うものに見えてきました。ですから、資料館のなかでも、音声ガイドをつけている人は、目頭を抑える人が多くみられましたが、音声ガイドをつけないで普通に見ている人は、漫然と遺品を眺めているように見えました。これこそ、被爆の悲惨な実態を伝える、確かな方法なのかもしれません。原爆の悲惨な被害を伝えられるのは日本人だけですから、日本人なら一度はここに来るべきでしょう。音声ガイドも必携です。平和記念公園の横にある、原爆ドームは、骨組みだけ残された頭頂部の印象が残っていましたが、その横に視線を移すと、壁が崩れ、大きく欠けた状態のまま立っています。想像していたよりも小さく、それでいて廃墟のような状態で残されていました。後日のニュースで、このドームの近くにマンションが建設されることを知りました。我々日本人は歴史的価値を尊ぶことを忘れてしまったのかもしれません。
2006年08月06日
コメント(0)
全8件 (8件中 1-8件目)
1
![]()

