JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 予約時に保養所から確認の電話があるけど…
JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2020.12.11
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カテゴリ: 国内旅行
「閻魔堂」前の陽光が降り注ぐ「赤の世界」。



「総門」を振り返る。
様々な色合いのモミジ葉に囲まれて。



「総門」を様々な角度から。



輝く緑葉も追う。







そして「六地蔵」への小径の角の地蔵像群。



正面から。



そして「六地蔵」への小径を。



小径の両脇にも地蔵様が。







そして奥には六地蔵が並んでいた。



六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)の入口に立ち、衆生の苦を救うと言う有り難い
地蔵様たち。



「六地蔵」から引き返す。



「延命地蔵」が乗っている江戸十夜講の「三界万霊塔」。
「三界万霊塔」とは、路傍や寺の入口、あるいは墓地によくみかけるもので、次のような意味を
持っている。三界とは仏教の言葉で、欲界(食欲、物欲、性欲の世界)、色界(物質の世界)、無色界(欲も物もない世界)の三つの世界をいう。また、過去、現在、未来をいうこともある。
これらの世界の霊、この世の生きとし生けるものすべての霊をこの塔に宿らせて祀りするために
建てられた塔である。多くは寺の境内や墓地に建てられて、万霊の供養や無縁仏を供養するものと
されている。



ズームして。




「2014年~ 2034年 浄真寺「平成令和九品佛大修繕事業」大勧進
九品佛像(上品上生仏より下品下生仏)及び釈迦如来像、計十躯の大修繕が始まりました。
ー躯ずっ修理所に搬出し、一躯当たり一年半からニ年の修繕となります。
この稀代の「平成九品佛大修繕事業」広く浄財の勧募(大勧進)をお願いしております。
浄財を喜捨された方の芳名は、結縁高名帳に記録し、九品佛像の臺座内に永久に奉安されます。何卒この勝縁に、格別のご協賛を賜り度く存じます。

「未来に残す『貴方の化佛』
2881軀の化佛寄進をお願いしております。
三百年前の寄進者芳名が背面に記録されております。」



「三界万霊塔」を裏側から。



右には「東門」が建っていた。
東横線自由が丘駅から来るとこちらの門をくぐることになる。



左側の「仁王門」を見る。



「東門」に向かって進むと、左側の駐車場入口の紅葉。



「東門」を出て正面から。



「九品佛浄真寺東門」。



扁額には何と書かれているのであろうか?
『釈迦如来 転法輪処 当極楽土 東門中心』
意味は
『 お釈迦様が説法を説く所であり、ここが極楽の東門の中心である』



そして「仁王門」方向に引き返す。



左手に石塔が。



手前に「禁銃猟 警視廳」碑とその先に十三重石塔。



「総門」方向の絶景。



真紅の紅葉を見上げる。



「愛心講 講元 鳥海はま先生頌徳碑」。
後ろに「閻魔堂」が見えた。



銀杏の「黄葉」の先には「下弦の月」が見えた。



「仁王門」手前には大きな銀杏の老木が。



再び左手に石塔。



右手に開山堂への中門が。その手前には石碑が。



「珂然和尚編珂硯上人行業記に曰く
元禄七年六月二十ニ日に珂硯上人疾有り日と共に進む。九月二十三日高弟珂憶上人河内国より
来る。師珂憶上人に告げて曰く九品佛像造佛の本誓已に成就せり。堂宇荘嚴志有って遂げず。
老朽体疲れて今往生の素懐を遂げんとす。汝宜しく修立せよ。



「中門」
「珂硯上人 安産厄除開運」(右)と「九品山事務所」(右)



正面に「開山堂」。



「開山堂
当寺開山珂碩上人のお像を安置する。このご尊像は上人自彫のもので、お姿は合掌する上人
御年42歳のときのものである。この像も文化財に指定されており、万治元年( 1657年)上人が、
如来のお告げ三度により、水鏡に御姿をうつし彫刻されたものであって、古来より安産・厄除・
開運としてひろく信仰をあつめている。なお、開山堂では、上人のご命日に当る毎月七日の開山忌に開扉して、午後一時より法要とご法話及び写経が催されており、一般の方の参加を望んでいる。上人は元禄7年(1694年) 10月7日、御年七十七歳にて示寂され当山の西北にその御廟がある。」



屋根上の黄金の「宝珠
宝珠とは方形屋根の頂点部分や塔の頂部等に置く玉のこと。
放射状の物は何を表すのであろうか?



開山堂の前にある「手水舎」と「手水鉢」。



「手水鉢」には寺紋の「龍胆車(りんどうぐるま)」が刻まれていた。



鷺草(さぎそう)がモチーフに。
浄真寺は鷺草の寺と呼ばれ、シーズンには鷺草の鉢が本堂脇に並ぶのだと。



そして銀杏の「黄葉」の先に巨大な「仁王門」。



楼門ということで、二層に分かれ、下層は通路の両側に金剛力士像が。
上層は見ていないが、中央に須弥壇が設けられていて、お面かぶりで有名な阿弥陀如来像
および二十五菩薩像が参拝者を迎えるように安置されているとのこと。



「仁王門
重厚荘重なる仁王門(山門)は別名「紫雲楼」とも呼ばれ寛政5年( 1793 )の建立である。
一対の仁王像、桜上に阿弥陀如来とニ十五菩薩像が安置されているほか、風神・雷神の像も
あって、寺域全体の安全が意図されている。」



「紫雲桜(仁王門)桜上のニ十五菩薩
当山に参詣される人々は、この桜上に安置してある阿弥陀如来とニ十五菩薩に迎えられて、
三仏堂へと足を運ぶことになる。すなわち紫雲の門より内は荘嚴の浄上(彼岸)であることを
示している。この桜門は寛政年間の建立である。当山の伝統相続行事である「ニ十五菩薩来迎会」
(お面かぶり)は無形文化財に指定せられ、この桜上のニ十五菩薩は、来迎の真髄を示現している
ことになる。」



「仁王門」横の庚申塔群。



「仁王像・阿形像」。



斜めから。



お顔を。



「仁王像・吽形像」。



斜めから。



お顔を。



「仁王門」を斜めから。
桁行3間(8.1m) 梁間2間(4.2m)、入母屋造、銅板葺。



近づいて。



正面から「仁王門」を見上げて。



扁額は「紫雲樓」。



見事な仁王門正面の竜虎の彫り物は金網に守られて。




                              ・・・​ もどる ​・・・


                  ・・・​ つづく ​​・・・





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Last updated  2020.12.12 23:31:13
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