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懐かしい。 ジャッキー・チェンが本格的に監督業に乗り出した作品。 低予算ながら、作りたいように作ったのだろう。 物語としては、カンフー映画の既存のパターンの組み合わせだが、ジャッキー・チェンの魅力で新鮮で面白い映画になっている。 特に、修行の場面など、上半身裸で型を演じるが、これがこれだけで見せ場になるのだからすごい。 流派は「行意門」となっていた。「心意六合拳」というのはあるし、「行意」と「形意」は同音なので、それらしい流派名をこしらえた、ということなのだろうか。 この映画で一番覚えているのは、石天(ジェームス・ティエン)が出ている、葬儀屋の場面だ。 このシーンにだけ出てくる。前後のつながりがないもない不思議なエピソード。 石天が好きなので面白かったのだが、地上波で放送されたときには、この場面はまるっきりカットされていた。テレビの出演者の欄には「ジェームス・ティエン」と書いてあったのに。 今回の放送ではカットされていなくてよかった。
2025.09.30
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朝ドラ関連ということで、NHKで放送された。 このアニメはコドモの時に見た記憶がある。親子と信じていたのに、水に映る姿を見て、あまりの違いにショックを受ける場面は覚えている。 そうだった、会話形式だった。 これがやなせたかし作品とは知らなかった。 しかも、手塚治虫がやなせたかしを見込んで起用した作品だったのも驚きだった。 今回それを知ることができ、もう一度見ることができたのは幸運だった。
2025.09.29
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竹生島からの帰りは長浜港へ。 港に着くと大木に船が泊まっていた。 滋賀県の小学生は、必ず、琵琶湖で船に一泊する行事があると聞いていたので、案内してくれた人に聞いてみたら、思った通りだった。 五年生の時に一泊するのだそうだ。
2025.09.28
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竹生島は、行ってみてびっくりで、急斜面に神社があるのだった。 かわらけ投げのできる地区節な神社には御朱印があったが、写真のように、セルフサービス方式。 コゼニがない場合に備えて、両替用の百円玉も用意してあった。 島には売店もあり、ゆっくり休むことができる。
2025.09.27
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竹生島に渡るための船着き場。 待合室はエアコンは効いているが、あまり広くはない。 売店もないが、コンビニは歩いて行けるところにある。 すぐ前のそば屋には、写真のように、火野正平を偲ぶ写真があった。
2025.09.26
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延暦寺に続いて、琵琶湖畔の白鬚神社へ。 この神社のことは全く知らなかったのだが、なかなか立派な神社だった。 琵琶湖に鳥居が発っているのだが、神社との間に道路があり、近くには行けないのが残念。 紫式部の歌碑。このあたりを通りかかったときの者で、都が恋しいというもの。 公式サイト
2025.09.25
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二日目は昼食を食べる場所や買う場所がないということで、事前に弁当の予約を取っていた。 食べ損ねるのは困るので、注文しておいた。 道の駅で業者から受け取ったのは「鴨めし重弁当」というもの。 外観はこんなもの。 食べてみたら、これが意外によくできている。 滋賀県名物の「えび豆」や「赤こんにゃく」が入っているだけでなく、甘いものもついている。 よくできていて満足。
2025.09.24
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ケーブルカーには乗らず、バスで根本中堂へ。 かえってそのおかげで、いかに広大な敷地の中に施設が点在しているのかということがわかった。 根本中堂は大規模改修中だったのだが、改修の様子を見ることができるようになっていた。 出入り口の両脇のちょっと離れたところに階段があるので気づかない人が多かったのが残炎。 延暦寺には消防車があるのだった。 駐車場のカフェにあったメニュー。 なかなか苦心の訳である。
2025.09.23
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泊まったのは近江八幡のグリーンホテルYes近江八幡。 駅から近いらしい。 観光ホテルではなくビジネスホテル。 人工温泉の大浴場がある。 早い時間運んでいるようだったが、九時過ぎにいったら貸し切り状態だった。 朝食はバイキング。贅沢なものはなかったが、いろいろ工夫してあり、和食も洋食も楽しめる。 パンケーキも小さい焼きたてが食べられた。 写真にあるように食べるべきは牛すじカレー。 ホテルのバイキングのカレーで、こんなに具が入っているのは初めてだった。 ただ、これを食べてしまうとほかのが食べられなくなってしまうので、ほかのものを食べてから最後に食べよう。 ツアーの添乗員はこれをメインに食べていた。 興味深かったのは併設の中華レストランが「是的菜館」という名であること。 泊まった日は休業日だった。 「是的」とは日本ではあまり聞かない中国語だ。強いていえば「イエス」ということで、ホテルの名を中国語にしたのだろうか。 中国系なのかと思ってフロントで聞いてみたら、ホテルとレストランは経営母体が異なるのだそうだ。公式サイト
2025.09.22
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夕食は、ホテルではなく、「いけす活魚料理 海水園」というところで。 目立つ看板がある。店内には生け簀もある。 近江牛を使った料理ということで、写真のような鍋料理。 あとで公式サイトを確認したら「近江牛すき焼き御膳」というものだったが、東日本の「すき焼き」とはちょっと違う。 割り下がとにかく甘いのだ。おいしくないわけではない。ただ、こちらが予想する味ではないので戸惑う。 写真のほかに味噌汁がついた。 若い人には物足りないかも知れないが、中高年にはちょうどいい分量。
2025.09.21
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彦根城天守閣見学の後は玄宮園へ。 ここも城内ではあるので彦根城の一部なのだが、観光地としては、この庭園を天守閣とは別にしている。 案内を聞きながら巡って思ったのは、「見立て」が大事だということ。 島や岩を鶴や亀に見立てることによって造園の意図を読み取るような仕掛けになっている。 池に映る天守閣。 不思議なのは、城跡の随所にトイレがあるのに、玄宮園にはトイレがないこと。
2025.09.20
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滋賀県旅行と言えば彦根城。 天守閣としては小さめだと聞いていたのだが油断大敵。 そもそも「城」というのは軍事拠点とか砦とか要塞とかいうようなもので、天守閣はその一部であったりなかったりする、とは知っていた。 従って「彦根城」というのは、天守閣以外の部分も含まれるとは思っていたが、これがとんでもなく広い。 ガイドの話によると、外堀はうめてしまったが、中堀と内堀は残っていて、内堀の中が保存されているのだという。 これが広い。 天守閣に行く途中にあった鐘楼。 決まった時間に鐘を撞くということで運良く聞くことができた。 天守閣内はいろいろ紹介されていると思うので省略。 ただ、階段は急なので、気をつけなくてはならない。
2025.09.19
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滋賀県に行ったことがないので、伊吹山と琵琶湖周辺を巡る一泊二日のツアーに参加してきた。 まずは伊吹山。岐阜県と滋賀県の県境らしい。 有料道路をかなり登る。けっこうな山なのだ。 長いこと登ってやっと駐車場に到着。眺めはいい。 登山道は三種類あり、うち一本は下り専用。 緩やかな坂道を登るコースと階段のコースがある。 添乗員には1キロで40分のコースを登るように言われ、そちらから登った。 眺めが良く、傾斜は緩いのだが、山全体が岩山らしく、大きな石が顔を出していて、その隙間に砂利が敷いてあり、歩くとそれが少し動く。歩きにくい。 大きな石を砕いている業者がいた。 途中で諦める人もいた。 伊吹山は、ヤマトタケルが大きなダメージを受けた場所。うっかり言葉に出してはいけないという話。 頂上にはヤマトタケル像があったが、老人のようでイメージが違う。 山の神が姿を変えたイノシシの像もあった。 イビキ山の神を祀るなら、こちらをメインにすべきではないか。 頂上からの眺めは素晴らしい。 ただ、そこらじゅうに、獣害を防ぐためのフェンスが張り巡らしてある。 どうにか無事に頂上まで往復できたが、思いのほかハードだった。
2025.09.18
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懐かしい。 ジャッキー・チェンが人気になってから公開された古い主演映画。 昔の顔をしている。 全体的に作りが古くさいのだが、少林寺の伝承というのはこういうものかという雰囲気がある。 ジャッキー・チェンが出ているということ意外に映画としての売りはないのだが、香港映画とはこういうものだ、功夫映画とはこういうものだということを感じさせるえいがなのだ。 日本で入れた主題歌・謝花義哲「ミラクル・ガイ」がなかなかいいのだ。 映画の雰囲気に合っている。「酔拳」の四人囃子といい、当時の東映にはミュージシャンのめききがいたのだろうか。 懐かしい。ただただ懐かしい。
2025.09.15
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大分前に放送された者だがやっと見た。 このシリーズを見るのは始めて。 白蓮教、イギリス統治、孫文と、清末の中国の状況が背景にあり、西洋文化になじんでいる娘と、それがわからない主人公という対比が、西洋と中国の対比の象徴になっている。 イギリス統治に対する複雑な心境が描かれており、中国文化を否定する西洋人もいれば、評価する西洋人もいる。 中国人なら正義というわけではなく、中国人の悪人の方が悪い。 銃の有効性ということについても、西洋と東洋の対比が投影されている。 映画としてはワイヤーアクション満載で、見所が多い。これでもかこれでもかとアクションが続く。 最後は、孫文や西洋文化を受け入れられる娘に未来を託すという雰囲気で終わる。 守ろうとしても守り切れないせつなさがある。 主題歌は知っていたが、北京語版はジャッキー・チェンで、広東語版は林子祥なのだった。 ここにも、香港の立場が投影されているのだろうか。
2025.09.12
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NHKラジオ「あとは寝るだけの時間」で、麒麟の川島がカバーした「若者のすべて」が紹介されていた。彼の歌を初めて聴いたが、悪くない。 聞いていて印象に残ったのは、「まぶた閉じて浮かべているよ」という歌詞。 「瞳を閉じる」のではなく「まぶたを閉じる」のは珍しい。 私の感覚では、本来は「まぶたを閉じる」というべきものであり、「瞳」は黒目の部分だから閉じることはできないと思うのだが、「瞳を閉じる」の方が主流のようだ。 私が初めて「瞳を閉じる」という表現に触れたのは、荒井由実の「瞳を閉じて」だと思う。 あえて「まじたを閉じる」という表現を選んだのはなにか理由があるのだろうか。
2025.09.10
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「最後の西部劇」とも言われるようだが、西部劇の定石を外した不思議な映画。 かつて悪名をとどろかせた男が、今では二人の子を持つ農民として生きている。 そこで、娼婦たちのかけた懸賞金目当てに、悪党のカウボーイを殺す話が持ち込まれる。 ここまでが西部開拓時代末期の世相を表しているのだろう。 鉄道が普及し、十に頼る世界から脱却しようという機運がある。その一方で、ちょとした町には売春宿がある。 西部劇の世界でスターになったクリント・イーストウッドが、西部劇への決別を映画にしたものとも思える。 主要な登場人物の設定も複雑だ。 保安官(ジーン・ハックマン)は、家を自分で建てている人のいいおじさんのようでありながら、自分の指示に従わない者、町の治安を乱しそうな者には容赦ない、執拗な暴力を振るう。 トラブルを起こしたカウボーイも根っからの悪党とは言い切れず、被害者の娼婦にも複雑な思いがある。 珍しいのは、若い男が近眼であること。また、めったに画面に登場しないトイレが出てくる。 そもそも「許されざる者」(現代は「Unforgiven」)が誰のことなのかわからない。 過去を悔い改めたような主人公も、結局は酒を飲む。この、酒を飲むことにも意味があるはず。 改心しても許されることはない、ということなのか。 それとも、西部劇の世界そのものが、現実から見れば許されない世界だというのかもしれない。 こんなに人を殺しても全国に指名手配されて捕まる、ということがない世界など許されない、ということなのだろうか。 全体の構成も謎である。 冒頭と最後に名前だけ出てくる亡き妻の存在の大きな意味を持つのだろうが、よくわからない。 物書きの男は、最初は嘘つきの男について歩いており、その男の嘘がばれると保安官にくっついている。 保安官も主人公も、「物書き」と聞いて手紙を書くのか、というが、まだ識字率が低く、手紙の代筆を生業とする人がいた時代なのだろう。 この男が、最後は主人公に着いていき、物語の全体像は実はこの男が記録したもの、ということなのかとおもったらそういうわけでもない。 西部劇から連想する類型が、誰にも当てはまらない。 印象に残る映画ではあるが、謎は謎のまま残る映画でもあった。
2025.09.09
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大分前にBSで放送されたもの。 懐かしい。日本公開は1983年。その時にも見た。 覚えているのは断片的。清朝に抵抗する人たちの話で、台詞にだけ鄭成功が出てきたこと、水を運ぶ訓練があったこと、主人公が三節棍を発明すること、洪熙官が出てくること。袁小田が一シーンだけ出ていたはずだと思ったが、そこは記憶通り出ていた。 見直してみると、少林寺入門前、修業時代、復讐、その後、少林武術普及につとめるという、人つながりでありながら、主人公の成長に合わせた物語があることがわかる。 主役のリュー・チャーフィー(劉家輝)は生真面目な主人公にぴったりだ。動きも実に安定している。 不思議なのが、ほとんどがスタジオ撮影なのに、桶で水を高いところまで運ぶ訓練の場面は、大きなセットを組んだ屋外撮影であること。屋外撮影は、ほかには敵との決戦ぐらい。 懐かしい。 いい映画を見た。
2025.09.08
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橋幸夫さん死去 吉永小百合、石田社長、ザ・ぼんち…悲痛 ゆかりの人々悼む声が続々とコメント|Infoseekニュース歌手の橋幸夫さんが4日午後11時48分、死去した。82歳。東京都出身。通夜は9日午後6時、葬儀・告別式は10日正午、東京都文京区の無量山傳通院で営まれる。喪主は妻・橋真由美(まゆみ)さん。橋さんは今年5月にアルツハイマー型認知症の闘病を公表。その後もステージに上がっていたが、再入院していたことを夢グ…【全文を読む】 橋幸夫さんのデビュー曲は「潮来笠」である。 ものまねでもよく歌われ、本人もものまねのまねをするCMに出ていた。 不思議に思うのは、歌われている「潮来の伊太郎」とは何者なのか、ということだ。 股旅物だということはわかるが、沓掛の時次郎のような、作家の生み出したキャラクターではにらしい。 かといって、潮来で語り伝えられた人物でもないようだ。 笹川の繁蔵のような実在の人物ではないらしい。 小説では、笹沢左保のものを読んだことがあるが、ほかには見当たらない。 謎のキャラクターだ。
2025.09.07
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【悼む】橋幸夫さん死去 親の介護、認知症…当時の言葉を今かみしめて|Infoseekニュース歌手橋幸夫(はし・ゆきお)さん(本名橋幸男=はし・ゆきお)が肺炎のため、都内の病院で4日午後11時48分に亡くなったことが5日、分かった。82歳。所属する夢グループが発表した。◇◇◇今月1日に所属する夢グループの石田重廣社長(67)が「私の顔も分からなくなっている」と説明していたが、あまりにも早い訃…【全文を読む】 橋幸夫さんが亡くなった。 前日、テレビで、夢グループの社長が、大きなイビキをかいて寝ていると話していたばかり。 認知症を公表しても元気そうだったのに。 母親の介護で大変な思いをしただけに、本人は家族に同じ思いはさせたくないと思っていたのだろうか。 ただただ冥福を祈るばかりだ。
2025.09.06
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白内障の手術を終えてものがはっきり見えるようになって気がついた。 自分では見えていると思っていたけれど見えていなかったものがいろいろあった。 そうか、言ってみれば印象派の絵のような世界に生きていたのだ。 それで思い当たった。「睡蓮」のように輪郭線を描いていないのは、輪郭が見えていなかったからではないのか。 そうか、モネは白内障だったのだ。 大変な発見をした、と思ったのだが、検索したら有名な事実だった。 ただ、画風が年齢で変わることがある人がいるのは、白内障が関係しているのではないかと思う。
2025.09.05
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右眼を手術した次の週に左目も手術。 手術後一週間は洗顔も洗髪もできないのだが、次の手術は八日後になったので、一週間後にじっくり髪を洗って手術に臨んだ。 前回と同じく、手術はあっという間に終わった。 翌日、眼帯を外してもらい、両目でものを見ることができるようになったが、見える世界が今までと違う。 明るさが違う。色が違う。 手術から四日目に検査を受けて、とりあえず車の運転ができるようにするためのメガネを作った。 遠近両用ではなく、遠くを見るためのもの。 入れたレンズは4,50センチの距離に焦点が合うものなので、テレビは見ることができるが、遠くは見えないのでメガネが必要。 単純なレンズなので在庫があり、すぐにできた。 車の運転もできるようになって、生活に不自由はない。
2025.09.04
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手術の翌日、眼帯を外してもらいに行った。 とくにどうということもなく、眼帯を外してもらった。 左右の視力が違うようだが、まだよくわからない。 肉眼で歩けるので、そのまま帰宅。 家に帰ってみると、右目はよく見えるようになっている。 それまでは、家の中でもメガネなしでは生活できなかったのに、メガネなしてテレビを見ることができる。 翌日さらに落ち着いてみると、右眼と左目では見える世界が違うので驚いた。 それまで、薄いクリーム色だと思っていた紙が真っ白だったことを知って驚いた。 手術から四日後、検査。 右眼と左目の差が気になるので、左目も手術したいと申し出ると、よくあることらしく、すぐに翌週の手術の予約ができた。 視力が落ち着くまで、とりあえず間に合わせのメガネを作るのだが、両目の手術をしてしまえばそれが一度で済むので、その方がいいということだった。 事前の説明で、両目の手術をするのなら、右眼の手術の次の日に左目の手術をしてしまうこともできる、ということを聞いていたのだが、そうすればよかったと思った。 ただ、こればかりは実際に手術を受けてその結果を体感してみなければどういうことなのかわからないことだ。 すぐに左目も手術できることになったのはよかった。
2025.09.03
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手術の三日前から指定された点眼薬を使い、当日も朝から別の薬を十五分おきに点眼。 当日は早めに行ったが、すでに何人も手術を受ける人がいた。手術は日帰り。 最後の検査を受けた後、手術室の隣で待っていると、どんどん人が入っていき、出てくる。一人あたり十五分ぐらいではないだろうか。 自分の番が来て、椅子に座り、体を倒して目に麻酔の点眼を受ける。 目が見えるままの手術とはどういうものかと思っていたが、ぼんやり見える光を見ているだけ。 瞬きも自由にできる。 手術が始まっても痛みもなにもない。時々、「目が押されるような感じがするかも知れない」と言われるが、特になにも感じない。 あっという間に手術は終わり、しばらく休んで会計を済ませて帰宅。 当日から一週間は洗顔も洗髪もできない。 夏だが、連日の猛暑でクーラーの効いた部屋にいるだけなので、特に不都合はない。
2025.09.02
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右目の視力が落ちてきているのを感じ始めたのは一昨年のこと。 なぜか右目だけがよく見えない。 メガネを作り直すためにいつもいっている眼鏡店に行ったところ、視力検査をした店員が、「右目だけ以上に視力が下がっているから専門医に診てもらった方がいい」と忠告してくれた。 メガネを作り直すことはできたが、念のため眼科に行ったところ、いろいろ検査した結果、右目は「核性白内障」だということだった。通常、白内障は水晶体が白く濁るのだが、濁りはあまりないので歯科医の明るさは変わらない。 まだ手術するほどではないと言うことで、作り直したメガネで生活に支障はないため、そのままにしていた。 ところが、その一年後。つまり去年。また右目だけ視力が落ちてきた。 今度は少し大きな、手術もしている眼科へ行き、診てもらったら、やはり核性白内障だという診断で、これまた、まだ手術は必要ないという。 再びメガネを作り直して終わった。 しかし、今年3月。やはり不便なので、手術した方がいいのではないかと診察を受けたところ、前回より視力は落ちているがまだ手術は必要ないという。 経営を考えれば手術した方が収入になると思うのだが、手術しなくていいというのでやはりそのままになった。 その後、右目の視力が落ちるスピードが速くなった気がして、6月にまた診察を受け、手術したいというと、今度は手術することになった。 医師の話では、今は右目だけだが、いずれ左目も手術することになる、ということだった。 とりあえずは右目だけ手術することにした。目の手術は始めててどうなるのか不安。右目の手術のあと、様子を見て左目も手術すればいいかと思った。 いよいよ手術が決まり、事前の検査や面談があり、「片目を手術したらもう片目も手術したくなる」「メガネなしで生活できるようにする多焦点レンズもあるが一長一短。単焦点レンズの方が鮮明に見える」などいろいろ説明があった。 メガネなしで生活できるのは魅力だったが、医師は保険でできる単焦点レンズで十分だろうというのでそれにした。 手術の三日前から使う点眼薬や、当日使う点眼薬を用意。 内心ビクビクしながらとうじつを待った。
2025.09.01
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