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xuxu(シュシュ)という不思議な響きの名前を持つグループをご存知でしょうか。伴奏を伴わない3人(現在)の声だけで、変化に富み、美しいハーモニーに満ちた音楽をきかせてくださるアカペラ・ボーカルユニットの皆さんです。さまざまなジャンルの曲が自在にアレンジされるかたわら、オリジナル曲も少なくありません。その一つが「camellia ~ 椿の歌」です。 この歌は大船渡で開催が予定されていた「椿サミット」に向けて作られました。大船渡では多くの椿を見ることができ、市の花にも指定されています。サミットのためにと、三陸とのご縁が深いメンバーを通して作曲が依頼され、参加する人に配るためのCDも作られていました。 このサミットの開催予定日は2011年3月19~20日。開催に向けてCDも数日前に発送されました。しかし、大地震と津波で状況は一変し、サミットは中止となりました。現地到着直前だったCDも一時は行方が分からなくなってしまいました。 サミットを目的とした歌でしたが、中止になったからといって、埋もれることはありませんでした。むしろ、初めの目的を超えた意味を込めて、歌われ、耳を傾けられてゆきました。行方不明だった1,000枚のCDはその後無傷で発見され、xuxuの皆さんがそれを買い取りました。コンサート会場などでチャリティ販売され、売り上げ金は大船渡市に寄付されています。大船渡の街では、臨時に設けられた地域FM局から、この曲が繰り返し流されていたそうです(今もそうなのでしょうか)。ここには書きませんが、歌詞を読むとこの歌の持つ力を実感できます。 9月23日、今年も東京タワーの駐車場広場で「さんま祭り」が開催されました。大船渡市から届くさんまが炭火焼で提供され、多くの人が行列を作るイベント。傍に設けられたステージでは毎年様々なゲストが登場し xuxu の皆さんも毎年舞台に立ちます。「椿のうた」は、xuxuの歌だけでなく、昨年からは事前に練習に参加した有志の方々による合唱でも披露され、本場仕込みの炭火焼に取り組んでいた大船渡の皆さんも、耳を傾けてくださるとのこと。震災そのものだけでなく、力強く立ち上がろうとする人達、その力になろうとする人達の奮闘も忘れてはならないと、心を新たにするイベントですが、「椿のうた」はそのイベントの中でも存在感を放っています。 震災の前、既に出来上がっていた歌に、人の心を打ち、支え、奮い立たせる力が込められていた。そのことに驚くとともに、それを可能にした感性に感動さえ覚えます。同じようなことが、私が知らないだけで、色々な形でたくさん起きていて、それらが大きく傷ついた東北と日本の支えになっていたことを、感じさせてくれます。追記:xuxu 、日本ツバキ協会ウェブページの記述を参考に致しました。 「椿のうた」のことばかり書くと、xuxuの世界について誤解を招いてしまうかも知れません、迫力やユーモアに満ちたアップテンポの曲も楽しむことができます。大船渡市との関連では「オラ、さんま」という名前を聞いただけで楽しくなる曲が、本文で紹介したCDにも収録されています。
2014/09/23

昨日まで、三角形の色々な「心」を考えてきました。ところが、求め方によっては1つに定まらない場合があります。 頂点からの距離で求める外心の場合は1つに定まります。頂点Bと頂点Cから等距離にある点の軌跡は線分BCの垂直二等分線です。これと例えばABの垂直二等分線の交点は一意的に定まり、これが外心となります。 垂心の場合も同様です。垂心を求める辺からの隔たりは昨日考えたとおりですが、線分AB、BCからの(この意味での)隔たりが等しくなる点の軌跡はAからBCに下ろした垂線であり、これら頂点からの垂線が一通りであることから垂心も1つに定まります。 では内心の場合はどうでしょうか。直線AB、直線ACから等距離にある点の軌跡、まず思い浮かぶのは角BACの二等分線ですが、これだけではありません。図における角BAC'の二等分線上の点も両直線から等距離にあります。軌跡は2本の直線からなるわけです。 他の辺の組、例えばABとBCでも同様に2本の線が直線から等距離となる点の軌跡となります。従って交点は4通り得られます。この中で三角形ABCの内部に存在するのは1つでこれを内心と呼んでいます。そして、他の3点が傍心と呼ばれる5番目の「心」です。真中にもないくせに「心」と呼ばれるのは等距離性を満たすという条件を一応は満たしているためかもしれません。 実は重心についても同じことが発生します。線分を底辺とする三角形の面積で距離を定めていましたが。これが等しくなる点の軌跡も2通りです。図には書き込んでいませんが、AB、ACで考えると、まず思いつくBCの中点とAを結ぶ中線とともに、Aを通りBCと平行な直線も、この意味で両線分から「等距離」にあることが容易に確認できます。ただし、重心については外部にできる「心(もとの三角形をそれぞれの辺を共有するように並べたときの残る頂点)」を特定の名前で呼ぶことはありません。あまり発展性がないからでしょうか。 3つの傍心が作る三角形の垂心は、もとの三角形の内心となります。また重心の場合に作られる類似の3「心」が作る三角形については、外心がもとの三角形の垂心になります(これは垂心の存在を証明するときによく使われる性質です)」 こうして三角形の五心が一通り特徴付けられました。その過程で、三角形のような単純な図形であっても、何による「等距離」とみなすかによって、いくつもの「心」が得られることが確認できました。【未定稿】
2014/09/22

内心の求め方を少し変えると重心が得られることを昨日確認しました。鍵は「直線からの距離」を「線分からの距離に変更することでした。 ところで、「線分からの距離」を考えることにすると直線の場合には意識しなかったことが気になってきます。図でABとGHが平行であれば2つの三角形ABGとABHの面積は同じです。従って、昨日の定義に従えば、GとHは線分ABから等距離にあります。ところが、図で線分ABとの位置関係をみると、Hの方がGより離れています。そのような場合にGとの距離よりHとの距離の方が大きくなるような実感に合うような距離の定め方はないだろうか。 こうした発想にかなう方法として、線分の中点からの距離を線分からの距離とみなすことが考えられます。しかし、例えば点Aとの距離は線分の長さの2分の1となりますが、Aは線分の上にある点、すなわち離れていない点で、距離が発生するのはおかしいという疑問がでてきます。かといって、線分上の点との距離をすべて0とみなすのも、距離の大小関係を損なってしまいます。 いっそ、両端(と中点)との距離を引いてしまってはどうだろうか。中点に近づくとマイナスになってしまうのでもはや距離とは呼べなくなりますが、隔たりの指標としての大小関係は成立します。この引き算は、2乗した上で行っても、大小関係は損なわれません。 こうして、中点からの距離の2乗から[線分の長さの2分の1]の2乗を減じた数値を、線分からの隔たりとみなす考え方が生まれます。これは例えばGとの隔たりをベクトルGA とベクトルGBの内積として定義していることになります。ABを直径とする円の内部にある場合、この数値は負となり、円周上にある場合が隔たりが0となる時です。 この評価法によって三辺からの隔たりが等しくなる点が、実は垂心です。 こうして「辺からの距離」の定義を見直すことによって、内心、重心、垂心という3つの「心」が得られました、「心」が何通りも考えられる理由の一つには、「辺からの距離」「線分との隔たり」の定め方を複数考え得ることもあったわけです。【未定稿】
2014/09/21
より考えを進めるため、「円」の中心という考え方から離れることにしましょう。外心は「三頂点から等距離にある点」、内心は「三辺から等距離にある点」と言い換えることができます。すると、「辺からの等距離」の定義について、選択の幅が広がります。内接円の中心と考えていた時には、辺からの距離をごく自然に辺が含まれる直線からの距離と考えていました。しかし、考え直してみると、辺を2頂点を結ぶ線分と考えることもできます。この場合、辺からの距離も線分からの距離とみなすことで、別の三角形の「心」が現れる可能性がでてきます。自然な考え方の一つは、線分の長さを考慮して、線分を底辺とする三角形の頂点について、その面積を線分からの距離とみなす考え方です。この定義から、得られる三角形の「心」は中線の交点である重心です。物理の考えを持ち込むと、これは三角形を剛体とみなした場合の重心でもあります。こうして第3の「心」である重心が得られました。これは辺からの距離の意味を再考することによって得られた点の1つです。
2014/09/20
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