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大日如来の「大日」は、摩訶毘盧遮那(まか・びるしゃな) を意訳したもので、インドの神話でヴァイローチャナ(Vairocana) と呼ばれる神である。
大日如来 http://dug.main.jp/sinma/ta.htm#dainitinyorai
マハーバーラタに太陽神として登場することから、漢語の「日」と訳され、「大日経」という漢文の経典となったのは、唐の時代724年に行なわれた翻訳による。
また、徳宗帝の勅命によりサンスクリット語経典から「六波羅蜜経」の翻訳が進められたが、
仏教側の言い分によれば、その前にインド人の仏僧・般若三蔵が親戚から請われて、ソグド語経典からの翻訳を試み、ソグド語に明るいペルシャ人の 景浄
という景教僧(メシア教徒)に協力を求めたところ、失敗に終わった。
景浄による歪曲を非難する声もある。
亀松歴史倶楽部 (松岡繁氏主宰) http://www.h5.dion.ne.jp/~kame33/
「密教伝承」 http://www.h5.dion.ne.jp/~kame33/kame8.htm
いずれにせよ、景教側による仏教解釈の試みによって、当時から問題が起きていたといえる。
「混ぜるな危険」というべきか。
「方壺島」(漢文愛好者のHP)
大秦景教流行中国碑
http://homepage.mac.com/two_yossy/fang-hu_island/02-sibu/10-shakushi/001-0-text_01.html
『貞元新訂釈教目録』巻17に、
「建中三年に■び、上国に屈せり。
貞元二祀に至り、訪れて郷親に見ゆ。
神策正将の 羅好心
は、即ち 般若三蔵
が舅氏の子なり。
悲喜相慰め、将きて家中に至り、用つて親親を展べ、延留して供養す。
好心
既に三宝(仏法僧)を信重すれば、仏経を訳すを請ふ。
乃ち大秦寺の波斯(ペルシャ)僧・ 景浄
と与に、胡本(ソグド語で書かれた本)・六波羅蜜経に依りて訳し、七巻を成す。
時に 般若
は胡語に閑(な)れず、復た未だ唐語を解さず。
景浄
は梵文(サンスクリット)を識らず、復た未だ釈教(シャカ教)に明かならず。
伝訳を称すると雖も、未だ半珠を獲ず。
図るに虚名を竊むも福利と為ること匪らず、録するに聞奏を表して意は流行を望む。
聖上
(徳宗帝)は濬哲文明にして、釈典を允恭すれば、其の訳する所の理昧く詞疎きを察す。
且つ夫れ釈氏の伽藍と大秦の僧寺とは、居止 既に別れて行法全く乖く。
景浄
は弥尸訶(メシア)教を応伝し、沙門釈子(仏僧)は仏経を弘闡すれば、教法をして人を区分し、濫りに渉ること無からしめんと欲す。
正邪異類は、■・渭 流れを殊にす。
網に綱在るが若く条有りて紊れず、天人の仰ぐ攸は四衆 帰を知る。
分けて有司に命じ、乃ち制を下して曰く、
『中書門 牒を下す。
王希遷
の牒して勅を奉ずるに、釈教の深微にして、道俗の虔敬なるは、皆な梵本に因りて法は中華に被ればなりと。
宜しく 王希遷
をして所司と与に道行有る僧を精選し、西明寺に就きて重更(かさ)ねて翻訳して奏に訖ぶべし。
牒至りなば勅に准ひ、故牒のごとくせよ。
貞元四年四月十九日 牒す』
と。
及び祠部に牒するに勅に准ふこと亦た然り」
原文
http://www.on118.com/wanfosi/jingshu.asp?id=814
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