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書き込んでる時点で既に7月ですけど、要するにもう2005年は半分終ったということですか。はぁ~。この年になると、っていうか30歳を過ぎてからは兎に角1年がどんどん短く感じられるですよ。これは一説によると、その人の一年/その人の年齢(分母)が1年毎に小さくなって行く為だとか。なる程ねぇ。そりゃ、3歳の子供にとって1年は人生の1/3だけど30歳の大人にとって一年は1/30、つまり3歳の子供の1/10って事ですもんねぇ。毎日「いかに充実感と達成感をもってその日一日を終えられるか」これが今のオイラにとってのテーマですが20代30代40代、年齢を重ねる毎に「ハードル」は高くなって行くんですよねぇ。それはごくごく自然なことですよね。だって20代の目一杯はそのあとの経験値によって目一杯ではなくなる訳だから自分にとっての目一杯は先へ先へといってしまうじゃないですか。「これで良し」って自分に○を出した瞬間は止まるけど、それで終ると多分それより低い価値観で妥協できてしまうでしょうねぇ。常に「前へ」常に「変わりゆく事」を自分の仕事の軸に据えてしまうと自分を追い込む事になるけど、そういう方が老け込まなくていいかなって思ったりします。あっ!「変わりゆく事」って別に価値観の基本になる自分の生い立ちや様々な幼少時に形成された「コア」な部分を変えるという事ではなくて「新しい表現」にTRYするっていう事です。守りに入らずに(サラリーマンはサラリーマンの立場で、お店をやってる人はお店をやってる人の立場で)経験年数が経てば経つ程守りに入り易い自分を奮い立たせてそれまで積み上げてきた価値観をぶっ壊してもう一度再構築するという作業、これは年を重ねる程難しくなってくるなぁと今実感しているので、そこで「妥協」しないでROCKできるか?こういう考えって今の20代前半の人達にとっては「ウザい」l事かもしれないけれど(自分の20代を思い起こせば尚の事)「新しい表現」に対してもアンテナを張りつつ「温故知新」も心に留め置いて次の世代、更にその下の世代に対して「新しい常識、スタンダード」をぶち壊す快感は年齢を重ねる程に感じます。まだまだ現役感バリバリで下の世代に対して勝負掛けなくちゃ!ロートルなんて言わせないゼ
June 30, 2005
G・W・ブッシュという人は僕は好きではありません。ですから、先般のアメリカ大統領選挙、勝ってほしく無かったです。残念ながら再選されてしまいましたが。先日のNHKスペシャルで放送された民間警備会社のイラクでの実態を描いた作品はなかなかに強烈でした。御覧になった方、それぞれ感想はあるでしょうが、結局イラクというより中東の石油とそれに関わる人々の利権が最も重要だと考えている人々の為にしかならないという意識が無い「戦争の犬」達がこの世の中には沢山いるんですね。実態として見せられるとかなりなインパクトでした。イデオロギーの対立から民族・宗教の対立へとシフトしてきた対決構図の中で僕らが何を選択しなくてはいけないのか?「倫理観」という言葉の意味を共有出来ない者同士の終わりの見えないこの状態はどうすることで解決できるのでしょう・・・「解決」とは誰にとってのものなのか、それすらわからなくなってきました。とりあえず、そんな時これを見て笑うことにしています。http://bobclearmountain.com/bobframeset.html
June 29, 2005
職場近くにオコチャマがこないステキなお店をついこの間見つけたので今日も仕事終わりにふらりと寄ってみた。職場を出て店に着くまでipodで聞いていた音楽は甲斐バンドの「リピート&フェイド」のPROJECT1大森信和。そう、去年の7月5日に星になった大森さんのギター。で、そのお店についていつもの様に2階に上がるとそこにいたのは、なんと!あの久石譲氏。「リピート&フェイド」PROJECT1のアレンジを担当したのはその久石氏なのであります。まもなく一周忌、そんな想いで入った店で大森さんに縁のある方に偶然遭遇するなんて、本当に驚いた。
June 27, 2005
金曜日に終ったNBA FINAL、まとめを作りました。前週が第2,3,4戦で、今日は第5,6,7戦。前週作った時音楽を乗せるというので音響効果さんに「実はこの試合はこの曲で、この試合はこれで」とリクエストして音アテてもらいました。普通はお任せになりがちなんだけど、NBAって結構B・BOY&GIRLの音楽の好みと真部分集合重なるなって感じてて。その辺かなり意識してやってみました。今回片方のチームがデトロイト、もう一方はテキサスという事でその土地とリンクする曲を指定してみたです。内輪的には越権行為だという意見とこだわりは大事だという意見に分かれて。音効さんは好意的に理解してくれたので問題は無く製作できたんですが。問題は今日の分。同じ手法の進化系を目指したいとは思ったんですが実は先週の段階でアイデアのかなり濃い所をぶつけてしまい「さぁどうしよう?」かなり悩みました。結局CDショップの専門家に相談し、生まれて初めて!HIP HOPのCD購入しました。後は自前のCDから毎日悩みながら選曲してCD3枚持参で、曲の使い出しから終わりまで細かく計算して。前回と同じ効果さんだったのでこちらの意図していることを改めて説明する必要が無く「何故そこまでこだわるか」理解して頂けて助かりました。見てくださった方どれ位いるか分かりませんが、まぁ当分バスケットはいいなぁ西武ライオンズの中村選手じゃないけれど「結構おなか一杯」です。PS:今回生まれて初めて「ワッサッ!」な音ってのがある事を知りました(笑)
June 26, 2005
この拙blogも3,000HITを越えました。御覧頂いた方々、どうもありがとう。誰も訪れていただけなかったならきっと飽きっぽい性格ゆえ、とうに頓挫していた筈。これからも懲りもせぬ理屈屋にお付き合いくださいませ。それにしても、キリ番の方、ゲストさんで、御挨拶も御連絡も出来ず・・・・・・とりあえず気象庁の梅雨予想は見事に外れてます。農家の方々は大丈夫でしょうや?親友の住む香川県、水あるんでしょうか?太陽がスカッと出てるなら暑くても平気なんだけどこのまとわりつく様なジメジメした感じはやっぱり苦手だぁ。茗荷と青葉を薬味に素麺が食べたい・・・・・・あっ、缶詰のみかんは要りません!
June 25, 2005
2対2。2対5で負けていた可能性も大。3対2で勝てた可能性も無くは無い。色々なサイト、新聞、テレビ等報道はおおむねZICO・JAPAN良く戦ったりって論調な訳で。異論反論唱えるという気は無いが、今の段階ではブラジルとの間に埋めがたい差がある事は織り込み済みではあったが、なんだかモヤモヤした気分が。何でかなぁ。宮本キャプテンのコメントでは「2点目の奪われ方が悪く、チームがショックを受けてしまった」と語っているが確かにあの時間帯に奪われたのはダメージは大きかっただろう。問題はそこなんだろうなぁ。多分ブラジルとの公式戦で勝ち点を取ったのは史上初じゃないかな?と思うけれど、(訂正:日韓でのコンフェデで引き分けていた。ただしあの時のセレソンは今回のメンバーと比べると天と地ほどの差があるけれどね。間違いました。失礼!)世界が目を見張ったこの試合での日本代表の戦いは今現在の代表のポテンシャルの限界MAXだったかもしれない。このパフォーマンスに近い水準で常に世界と戦えるだけの自力があるとは思えなかった。多分アルゼンチンとやっても、ドイツとやってもそこそこのパフォーマンスを見せることは出来たという確信に近い感覚は残ったけれど、やっぱりメキシコ、ギリシャと戦った後という事、そして上に行く為には勝たなくてはならない状況にしてしまった事にまだまだワールド・スタンダードとの間に差があると感じた。これを後1年でどの程度埋められるのか?次の国際大会は東アジア大会。なんだか、麻雀と同じでレベルの高い相手と試合をすると自分の持ってるポテンシャル限界かそれ以上を出せるのに、そこその相手だとそのレベルまで自分達の力を出せない様なそんな感じかなぁ。個々がどれだけそれぞれのクラブで意識付けを持って成長できるのかその一点にかかってるなぁ。いずれにせよ、多分ZICOは8月のアジア最終予選、ホームでのイラン戦後には選手の洗い直しをするだろう。ベースとなる選手は大幅に変わらないだろうが、JFAも日本B代表を編成する意向との事、リーグでの争いはそのままドイツへの切符を手に出来るかどうかという事に直結していく。アテネ五輪世代、ユース世代、それぞれの年代での世界基準に触れた若手の中から今の代表を脅かす存在がどんどん出てくる様になると国内のリーグも活性化していいんだけど。注目はWORLD YOUTHに参加した、ジェフ千葉の水野と、アテネ五輪代表のジェフ千葉の阿部、スペインで頑張ってる大久保、浦和のトゥーリオ、辺りかな?
June 23, 2005
黒葛原りつ姫のライブ、久しぶり。4月の下北沢以来だ。約2ヶ月かぁ・・・・・・今日は相方の都合がつかず単独参戦だったけど、とにかく「本命」が出て来る迄の時間の長く感じた事よ。TOPバッターは4月、同じ小屋で見た子だったんだけど、服装も髪形も全然違っていて自己紹介するまで同じ人だとは思えなかった。今回のライブのサブ・タイトルが「ステキな星空」だったんでどんなんかなぁと思っていたら、とにかく甘ったるいのばかり出てきちゃって「アイタタタァッ」多分、相方は2番手で「帰る」と言ったに違いない。3番手の時は俺も腰が浮いた。「つ、辛い。辛すぎる・・・・・・・」とにかくりつ姫の出演が終ったら帰ってきたので確かなことは云えないけれど1,2,3と兎に角スカート、フェミニンな服装で「ステキな星空」を一生懸命歌ってくれるんだけど、「痛い」。まぁそれぞれ好みはあるからいいんですけどね。で、りつ姫のシルエットが緞帳越しに。「まさかスカートじゃないよね(疑)」を払拭する、すらりとしたパンツ・ルック。まずこの時点で「助かったぁ・・・・・・・」師匠JAMES氏のBASSが少し唸る。パーカッションの音が小屋の空気に緊張感を与える。予定より15分押しでゆっくりと緞帳が上がり多分これで来ると思ってた曲で観客が一気にステージに釘漬けになったのがわかった。30分ほどの短いステージだったけど、来て良かった!それまで出たどのシンガーよりも小柄で細い体からは想像もつかない迫力のある声がビシビシッと来てました。8/6下北沢440でのワンマン、今から楽しみ!りつ姫のHPhttp://www5d.biglobe.ne.jp/~gigan/rituindex.htm
June 23, 2005
FIFA WORLD YOUTHBEST8入りをかけてのモロッコ戦。テレビ観戦だけで全て片付ける気は無いけれど勝てる試合を落としたというのが、正直な感想。予選グループリーグでの闘いが余りに不甲斐無いのでどうなる事かと思っていたが、あにはからんや、前半だけで3点取るチャンスはあった。取るべき時に取っておかないと危ないなって思っていたら、後半は向こうのペースに翻弄されてしのぎきれずロスタイムの決勝弾・・・・・・・ここを勝ち抜けるかどうかが世界との差を埋めるチャンスを手にできるかどうかの境目。残念だ。大熊監督は2大会連続の指揮だったが、どうしても理解できないのは、増嶋を使い続けた事、そして名古屋グランパスエイトの本田を使わなかったことだ。「中盤の軸は梶山」って事は「ファンタジスタ」は要らないという事なのか?Jリーグで結果を出しているかどうかという基準も選考の中に入っているのなら、増嶋は俺の中ではアウトだし、よく解らない。経験を積ませる為に守りを主にしたという事なのか?この大会を通じて最も輝いていたのはジェフ千葉の水野だ。Jリーグでも結果を出しているし、彼が出てから完全に中盤の構成力が高まった。後は、58キロという軽量をいかに筋肉の鎧で覆い世界の辺りに対抗できる身体を作るかだと思った。ガンバの家長もよかった。さて、このメンバーの中から北京五輪代表に何人残るかな?
June 21, 2005
さっきフィットネスジムでエアロやった後ストレッチしていたら常連の女性から、「この間、ラーメン屋でご飯食べてたら隣にいる人、JOVA君そっくりで思わず声掛けそうになったけど、その人スカート履いてたの(笑)」周りの皆、爆笑。「ありがち~!」とか「実は外で女装してたりして」とか云いたい放題。ガクッ。そう云えば高校生の学園祭で組対抗仮装パレードでワンピース着たことが一度だけあった。ちょっとだけ化粧もしてもらった。その時、そのワンピースを貸してくれたクラスメイトの女子(って言葉、懐かしー)が、「あたしより似合う!」ってショックを受け、いよいよパレードが始まる時にすれ違った女子が「うっそぉ~!可愛い・・・・・・」喜んで良いのやら、悲しんで良いのやら、胸中複雑であったですよ。そのパレード、高校の回り約三キロくらいぐるりと回るんだけど、俺の事見て沿道のオバちゃん達が「まぁ可愛い女の子だね、でも仮装してないんでないの?」とか云ってるの丸聞こえだし。阿藤海じゃないけど、「なんだかなぁあ~っ!」なんか凹んだ。
June 21, 2005
夏至っていうと、一年で一番長くおてんとさんが出ている日ですね。梅雨の時期だけにあまりその恩恵を受けることは少ないけれど、今年は例年に無く雨の少ない日に夏至が来ました。こんな時はゆっくり太陽とお喋りするのも悪くない。ちなみに夏至って言葉を調べてみたらネットでこんな事が書いてありました。「夏至」春とは、四季のひとつで、冬と夏の間の季節。現行の太陽暦では三月から五月まで。陰暦では正月から三月まで。二十四節気では立春から立夏の前日まで。天文学上では、春分から夏至の前日までをいう。へぇ、夏至は天文学用語って事?二十四節気かと思ってました。まぁこの町は薄曇りだけどしとしと雨の夏至よりはいいよね。
June 21, 2005
父の日である。全国的に。何故か母の日より扱いが悪い様な気がする。というか自分自身、母の日は意識するのに父の日はあまり意識してこなかった気がしてる。世間もそうだろうか?オイラの場合は父の日の6月が父親の誕生日と被ってる事も理由の一つだと思うが、息子からすると、父は常に超えるべき存在みたいな感覚があって、なかなか父の日にありがとうなんて照れくさい時期が合ったのもまた事実。この年になると、そういう体裁とか関係無くありがとうって云えるけど若い頃は随分と面倒ばかりかけたからなぁ。今更って気がしないでもないが、ありがとうといえる事にありがとうだ。もういい年だからって老け込まないで欲しいのでちょっとばかり若者風のシャツを送った。「おう、ありがとう。銀座に絵でも見に行くときに来て行くよ」ちょっと電話の向うの声が照れている。こっちこそありがとう、親父。
June 19, 2005
去年のヨーロッパ選手権で、大アップ・セットの連続でまさかまさかの欧州チャンピオンになったギリシャ。来年のW杯出場をかけた予選でも苦戦中。今日はメキシコ戦よりボールもキープできたし、何より相手が先に足に来ていたな。高さ勝負を挑まれたら苦戦すると思ったけど意外なほど、日本がギリシャDFの裏に走りこめた。また、4-4-2のシステムも機能している時間が多かった。その上、「大黒」様!本当にZICOの選手起用は当たるねぇ。欲を言えばもう少し点は獲れたし、GKとDFの間での不注意も何回かあった。今度の相手、ブラジルは例え日本を舐めてかかってきてもそういうチャンスは逃さない。セレソンを本気にさせるような戦いが見たいゾ!オイラがここ数年一番信頼して読めるライターのギリシャ戦のリポートがここで読めます。http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/confede05/column/200506/at00005123.html
June 19, 2005
高校生くらいの女子サッカー選手達。試合の後か、汗ばんだ顔、髪もほったらかし、大きなバッグを担いで電車を待っていた。なでしこJAPANの次は彼女達の様な世代からどんどん世界を目指して頑張れ!
June 18, 2005
一日に3試合見るのはキツい・・・・・・ただ見てればいいなら楽かもしれないけれど。ノート1冊半、びっしりキャプションとって、目はしょぼしょぼ、肩はパンパン、帰ってきたらこの時間。で、昼から仕事かよっ!頭は閉店状態。取り敢えず、寝る!
June 18, 2005
やっぱり亡きスティービー・レイ・ヴォーンデトロイトといえばエミネム!という事でNBA見てくださいね~(^-^)v<終>
June 17, 2005
yahooのNEWSで、コンフェデ vsメキシコ戦後に「俊輔、ZICO・中田英批判」の文字。一応読んでみたけど、「判断しかねる」というのが正直な感想。俊輔自身が腰痛だったし、プレー面でもいつもより持ちすぎな印象。果たして記者ののコメント通りに俊輔がいったのかも?マークのまま。気になったのは、戦術的な面で自分より後ろのポジションの中田英の動きに言及した点かな。この所日本代表の中で今ひとつ中田英の場所(戦術的ポジションと代表の中での立場の両面で)がはっきりしなかった事もあったしそれによって彼の発言の影響力も↓的に捕らえられていたから。それがキリンカップ連敗後の合宿、そしてW杯アジア最終予選のvsバーレーン戦とその後のvs北朝鮮戦前の練習によって何だか「復権」した様な印象が残っただけに、俊輔の中にTOP下の低位置はもらったという意識があったとすればヒデ復権はちょいと目の上のたんこぶ的になりかねない。上記の記事でいえば、「ヒデがどんどんポジションを上げてくるので、自分が下がらなくてはならなくなった」という要旨だったが・・・・・・果たして欧州チャンピオン、ギリシャ戦俊輔の先発はあるのか?まぁゴシップに近い記事だと思いたいがね。
June 17, 2005
コンフェデレーションズ・カップ緒戦。うーん、仕事速攻仕上げて帰宅して観戦も、メキシコの老獪な試合運びにやられたなぁ。得意のショートパスで、プレスのかけるタイミングが微妙にずらされてスペース開けられた。俊輔もちょっと気負いすぎだった気がする。もっとダイレクトのプレーを入れていかないと、柳沢1TOP、小笠原、中村の2シャドー、このトライアングルが機能しない感じ。それにしてもやっぱり伸二の不在は大きい。そして祐二も。茶野も悪くなかったけど、何かDFラインの安心感という事より彼の存在そのものがチームに与える安心感の大きさみたいなものを感じた試合だった。次は、昨年のヨーロッパ選手権で世界をあっといわせたギリシャ。1対1でゴリゴリくるし、高さもあるし苦戦するなぁ。負ければリーグ敗退。かっても次はブラジル。足りないものを見つけるためにも数多くの試合が出来るように頑張れ日本!
June 17, 2005
上手く言葉に出来ないなぁ。大切な人を亡くしてまもなく一年。後輩の方々有志によって発売される未発表音源が収録されたCDがついに完成したとの事。更に井出氏の写真も公開された。嬉しいって手放しで喜べないのは、もう彼の新たな音を聞くことが出来ないからで、おおっぴらに嬉しいといえないけど口元が少し緩むのはあの音にまた出会える事の喜びからか。客席から声が潰れ血が出るほど叫んだあの人から最後の贈り物。「STARS」のギター・ソロで健在だとほっとして、今となっては最初で最期のソロ・アルバムで、「left alone」で泣きのフレーズを決めまくり最後は短いアコースティック・ナンバー「blue sky」・・・・・・あの人は去年の夏、俺たちを残し、星になっちまった。青空の中にその影を見つけることは難しいけど、星はそこにある。「嵐の季節」でおおらかに高らかに歌い上げるフレーズ、「最後の夜汽車」で聞かせてくれたブルージーなフレーズ、「100万$ナイト」ミラーボールのまばゆい光の中、KAIの叫びとそのギターの絶叫するようなチョーキング・・・・・・彼がプロデュースしたミュージシャンは沢山いるが、その一つがビギン。CDシングルのB面に彼にささげた曲が入っている「星空のギター弾き」http://www.teichiku.co.jp/artist/begin/disco/ci78.html
June 14, 2005
ひっさしぶりに2丁目界隈で呑んで来た。で、帰宅がこの時間。いやぁ妻子持ちだったら完全に夫、父親失格ですなぁ・・・・・・こういう時は独り者の気楽さが堪能できたりして。別に堪能したくない?あぁ、まぁねぇ。2丁目で遊べるかどうかは選ぶ店と本人の意識の問題だから。色々な人、様々な考え方あって然るべし。ただし、喰わず嫌いな偏見は駄目でしょ?随分昔にいったお店のチーママがお店を出した事は風のうわさに聞いてはいたものの、随分と無沙汰をしてしまった事とノンケのクセにっていう町の秩序迷惑な、お邪魔虫になりたくないのとで、あれよあれよというまに月日は経っていて、非常に他人から見れば?謎?に包まれた形で仁義を切って。ウィーク・ディの深夜っていう事もあってか、時間帯の問題か、一組の中年カップルだけ。おいらが入って10分位で帰ってしまい、それからママとチーママとオイラの3人の真夜中のお喋り倒しまくりタイム^^)また行こうっと。楽しかったなぁ~。ジャスミン・アゲインって事で。ね、カツコ姐さん!
June 14, 2005
って武道館のステージからKAIが呼びかけたのは、1981年暮れ。この間のスポーツ番組で宮本、中田英の証言を基にした日本代表W杯出場決定の裏側を描いたドキュメントを見たけれど、時間の無い中でいかに良い物=組織の意識統一と戦術の確認が大変か、その中でやはり必要なのは「阿吽」の呼吸が出来る前の徹底したコミュニケーションなんだなぁと実感。最近中田英の生の板付きインタビューも久しぶりだったしモノローグでの三浦アツの想いも良く伝わってきた。建設的に意見を交換する、その中で納得できること出来ないことお互いの感情がもつれるかもしれない激しい言葉のやり取り。中々サラリーマン社会では出来ないことが多い、というか、それをすることで火中の栗を拾う事でのリスクを考えて自ら行う事が出来ない自分も時々いて。あぁ妥協点が低すぎると反省。「良い物を作るための時間をくれよ」時間がなくても良い物を作る為にはやはり皆が同じベクトルを向いて情熱を込めるしかないんだな。このインサイドってコーナー、情熱スポーツ大陸より面白い。http://www.nhk.or.jp/sunday/
June 12, 2005
我が家のパートナー、スナの一番のやんちゃ者、小太郎。こいつは一度脱走してから味をしめて、これまでも数回大概出社する前に脱走してくれまして。お蔭で何度遅刻しそうになったことやら。見た目は可愛いんだけど、脱走したとたんに顔つき変わります。ペットから獣に変わります。追う方も必死なら逃げる方も必死。とりあえずこれまで電気コードの類を噛んで感電死しなかったし部屋のどこかをかじってしまったことも無いので助かってますが。今はケージの上にどうやってものがれられない重さのもの載せてます。だけど、重石を載せた網の隙間に鼻を突っ込んで、網をがりがり噛んで抵抗してます。小太郎、そりゃ無理だっつうの。来月くらいになったら新しい毛色の子を買って、5人の姫とお見合いさせて新家庭を作ろうと考えてます。色は、ゴールデン・パイドで白いスポッテッドが候補。上手にお見合い成功すれば秋口にはBABYが誕生するでしょう。さてさて、何処まで増える事やら^^;
June 11, 2005
今日、関東甲信地方と九州北部および山口県に対して梅雨入り宣言。何気なくテレビを見ていると「梅雨」という言葉についてのミニ・コーナー。もともと「つゆ」という季節用語は大陸から日本にもたらされたとの事だった。梅の実が熟す頃に始まる長雨の時期を称して「入梅=つゆ」と。実際には日本ではこの時期の事を「つゆ=梅雨」と呼ぶようになったのは、江戸時代だそうで、それまでは「入梅(にゅうばいorつゆ)」だったのだとか。「ばいう」と書いて「つゆ」と呼ぶようになったことには諸説あるらしいがその季節柄「つゆ」=「露」からという説や、音の響きから「汁(つゆ)」が変化して「梅雨」と書いて「つゆ」と呼ぶようになったとか。ただし、この入梅という言葉は関西以西では使われなかったらしい。また「入梅」と書くと「梅雨の時期に入った事」を意味する様に思われているが実際には「梅雨」の時期、季節全般を指し示す言葉なので、「入梅に入った」あるいは「入梅が明けた」という表現を一概に間違いとは言えないとの事。そういえば、もう亡くなったバアちゃんが「今年の入梅は遅いね」とか使ってた記憶がかすかに甦る。いずれにしろ、梅の実が熟すこの時期を指していることが解っただけでもへぇ×250。多くの人がそうだと思うけど、「梅」の季節って、冬の終わりのサイン、あるいは春の訪れの最初の合図っていう気がするじゃない?その花の咲く時期からさ。実の事なんかチョーヤの社長か、菅野美穂が気にしているだけじゃないの(笑)今年の関東の「梅雨」は久しぶりに梅雨らしい梅雨、しとしと雨が長く続くらしい。って事は梅雨明けしたら思いっきりサウナ状態って事だね。まぁ汗をかくことは好きだし、夏自体大好きだから俺はかまわないけれど、農業関係者の方々は日照時間とか色々気をもむだろうねぇ。先だって訪れた北海道も例年になく雪が多くて、春の訪れも遅く苗つけ、種まき、ここ数年で一番遅いって云ってたし。女の子は、これから傘ファッション勝負かな?今年は和傘がちょっとしたブームになるらしい。俺も番傘買おうかな、なんておもったりして。できれば花菖蒲な色とか、いいかも。目だって(笑)オイラはこの季節なると必ず頭に鳴り響く歌があるけど皆さんはありますか?「あの日からの便り」♪アジサイの花の香りが残る中で、水色の夏に寄り添った 君が帰らないくらい、僕は知ってる♪大森さんの一周忌がもうすぐだ。
June 10, 2005
サッカー日本代表が来年のドイツ大会への出場を決めた。テレビも新聞も何もかも皆、浮かれ気分になるのは致し方ない。そんな時に、独り「自己流」なライターがいる。もともとさしたる知名度も無かった男だが、中田ヒデに取り入ることが金になると打算を踏んで行動したんだろ?としか思えない男。おかげで随分稼いだようだな。「ヒデ礼賛」マネーで着る服もご立派になり、耳にはピアスが光り、テレビのCMにもそのツラをだして、いい金ずるが出来たということか。まぁ事務所サイドからすれば都合のいい宣伝マン位の認識だろうが。彼は世間が「結果」に重きを置いていると「過程」を見過ごしてはいけないという。逆に「結果」のみがもとめられる状況であってもまるで重箱の隅を突付くがごとく、その内容に「自己流」な批判を展開する。そうまでして己は他者とは違うとアピールしたいのかね。今回は「結果」のみが求められていたにも関わらす彼の論調はこうだ。「シュートを打つ勇気が足りない」あきれて物も言えん。合宿を組み、テスト・マッチでその成果を確かめ、不足している点を洗い出す、そういう大会ならその試合内容について「シュートを打つ勇気が足りなかった」といえばいい。今回は過程や戦術、試合内容などどうでもいいのだ。彼のいう「勇気」とは何を持って勇気とするか全く解らないがシュートを打つという事は大前提としてゴールを奪いに行くという事だ。シュートが決まる確率はハーフ・ラインからよりペナルティー・エリアに近付けば近付く程高いなんて子供でもわかる。ならばハーフ・ラインから10メートル前でシュートを撃とうとする事と更に10メートル前で撃つ場合は逆にどちらが失点に結びやつきすいのか。普通の義務教育を受けた人間なら誰でも解る事をしたり顔で書いている自分が情けないが相手からゴールを奪おうとすれば必ずリスクを背負うことになる。ゴール前を相手が固めていれば、こちらは人数をそれなりにかけざるを得ない状況が増える。自分達のゴールの前に広大なスペースを相手に与える事は十分に想定さえる。つまり大きなリスクを背負う覚悟をしなければシュートがゴールマウスをこじ開ける確率は高まらないのはスポーツ・ジャーナリストでなくてもごく普通の人間ならわかる話だ。目的はなんなのか。それはワールドカップ本大会に出場することだ。その必要条件は何か。負けないこと。今回の試合で言えば少なくとも勝ち点1を積み上げること。これ以外に無い。そういう状況下での試合を行っている選手に「シュートを撃つ勇気が足りない」と、さも訳知り顔で新聞の紙面を飾っている、その男の見識を疑わざるを得ない。その「勇気」とやらを持ってシュートを打ちに行き、負けた場合はなんとコメントするのやら。更に言えば、シュートなぞ、「勇気」など無くても打てるのだ。実際、このワールド・カップ一次予選から最終予選の北朝鮮との試合の中でも「勇気」のあるなしに関わらずシュートは撃っている。そこに結果としての得点が伴わなかっただけで。1次予選、アウェーでのシンガポール戦を彼は覚えていないのか?日本がシュートの雨あられを降らせながら、一発のカウンターで同点にされ、藤田俊哉のゴールによってヒヤヒヤの勝ち点3をもぎ取ったことを。かつてサッカ-界には「アジア病」なる言葉があった。シュートは撃つものの枠に飛ばない。得点力が低い→アジアでの力の拮抗した国同士、あるいはアジアvs世界の1・5流以上の国との対戦において。日本もご多分に漏れずその仲間だったが、Jリーグ発足後の数字を見ればはっきりしているが、あきらかにその病を克服する右肩上がり状態。確かに親善試合キリン・カップではオイラは苦言を呈したがあの大会は過程なのであって、負けた事は非難していない。負け方を非難したのだ。それは今年はあの大会はそういう性質を持った大会だったからだ。その男の云う「勇気」なぞ、如何程の価値があろうか。その程度の駄文で1面を飾る新聞社の見識も疑われるがあの程度の筆力が生業となるからつけあがるのだ。なにもすべからく結果が出たから細かいことはいいジャンなどと「流行り病」にのっかって浮かれ舞い踊れといいたいのではない。喜びながらも次への提言するのならばもっと中身のある説得力のある言葉を発してくれといってるのだ。こんな素人に突っ込まれる前に。1986から生でワールド・カップを観戦してるのが売りなら南米の、欧州のレベルの高いサッカーを見続けてきたことを自負するのなら。プロの文章を書いてみろ。
June 10, 2005
今日、日本代表選手の一人に逢った。代表のスーツに身を包んだ長身の男の歩く姿の美しい事よ。すれ違いざまに振り返った目に映ったその背中は広く逞しく、目に見えない大きな物を背負っている事をはっきりと自覚しているように見えた。その精悍な眼つきと年齢にそぐわないくらいしっかりした言葉を持って一つ一つ応える姿は次期主将候補ナンバーワンだね。彼が言った言葉。「とにかく次へ向けて今出来る事、しなくてはならない事たとえそれが小さな事でもコツコツと積み上げていかなくてはならないと思っています」いやぁ~、この男からそういう言葉を聞くと10何歳も年上のオイラも背筋がシャンとするなぁ。かつて雑草といわれた男は今は日本代表に無くてはならない太く高く天を目指しすっくと立っている巨木の様だ。追記:ドイツでのコンフェデ出場を辞退・・・。無念。一日も早い回復を願う。
June 9, 2005
一番乗り! って事で(喜び!)やっぱり銭湯も一番湯が気持ち良いし(関係ありませんね、スンマセン^^;)バーレーンに勝った時点で日本国内報道は「引き分けでもいける=楽観的な雰囲気充満~伸二離脱で、どうする中盤?~1TOPか2TOPか?~とにかく前例の無い、「第3国」での「無観客試合」で、「審判はFIFAから派遣されたUEFAの審判」想像つかない中で始まった試合。前半は重かった。走るスピードも、パスのスピードも、アイデアのひらめくまでの時間も、全てがまとわりつく湿気のせいなのかバーレーン戦で見せたスピード感溢れるプレーでゲームを支配する事は出来ていなかった。バーレーン戦と同様に良かったのは1対1の局面局面でとにかく負けないんだという共通意識があった事とそれに伴うカバーリングの意識の高さかな。前半で唯一の危険なシーンは右サイドからのクロスに中のマークがずれてDF2人の間にすっぽり入り込まれて打たれたヘディングシュートのシーンだけ。逆に日本もこれって言う決定的シーンはなかったなぁ。唯一可能性が一番高かったのは小笠原のFKに中田浩二がヘディングで合わせたシーン位だ。流れの中で相手を崩しきった形はバーレーン戦のときよりは少なかったね。ハーフ・タイムに後半について同僚と考えてみた。この試合のベンチ入りサブはGK楢崎、DF坪井、茶野、MF三浦アツ、遠藤でFWの玉田、大黒だったかな?鹿島トライアングルの一角、FWの鈴木隆行が今ひとつ攻撃の起点に慣れていない印象で同僚と一致。「じゃぁ、お前ならどうする?」と俺。「う~ん、、、、、難しいなぁ。勝って決めたい気持ちは伝わるけど、かといってリスキーにラインを上げることも避けたいしねぇ・・・・・・」もう一度メンバー表を見直す。GK~DFこの4人については動かせないなぁ。本当は鈴木隆行に代えて俺なら本山入れたいな・・・・・・糸の切れた凧、足元のテクニックは国内組/海外組の中で一番だと思うし。パッサーにも成れるしドリブルで相手をひきつけてファールもらえるドリブルも得意。スルーパスへの反応も早くシュートも枠を捉える確率が高い。しかし、サブに入って無いじゃん。どうしても後半にメンバー交代するという前提で考えた。稲本の前線への飛び出し、1対1の強さ、シュートの意識の高さは十分理解してるけど、この試合の目的を考えると、「勝ちを狙いながら、絶対に失点しない」バランス感覚が重要な試合。となると、中盤でのボール・ポゼッションを高める為には左SBの中田浩二は本来のDMFに入れて福西と組ませ(これで右利きと左利きのコンビになるし)中田浩二が前半勤めた左SBは今日のメンバーでは三浦アツしかいないなっていうのが俺たち二人の予想。この時点で、「鹿島トライアングル」をZICOは後半頭からいじることはしないだろうという気分だった。で、結果は皆さんご存知の通り、後半開始から鈴木OUT→大黒IN。試合後のミックス・ゾーンでのインタビューでも全員が勝ち点3を取って決めたかったとの事。つまりは大黒の貪欲なゴールへの意識がチームにスピード感とテンポを注入。まさにZICO采配ずばりだもんなぁ・・・・・・後半開始早々、小笠原・柳沢・大黒3人の距離感、タイミング、ゴールへの意識がばっちりはましたなぁ。前半より確実に得点の臭いがし始めた事で、俺達のいるフロア全体の空気感が熱を帯びてきて。大黒も柳沢も前半に見られないタイミングでのシュート、小笠原へのファールからのFK、オガから右にいたイナへ。イナ、すかさず相手DFの陣形が整う前にゴール前へ浮き球の縦パス、大黒がそこへ走りこむと相手DF2人がそれに引っ張られ、大黒はボールに触ることは無かったが、相手DFが下がりながら頭でクリアしたボールの落ち際に疾風のごとくスライディングしてのシュートを柳沢!日本、あの瞬間に軽く震度1位の揺れありませんでしたかね?とにかく点を取れないFWの代名詞みたいにこき下ろされても「FWの仕事は点を獲ることだけじゃない」とガンコにプレーしてきた男がこの試合前には「点を取る」って言うんだから、相当な思いがあったんだろうなとは思っていたけど。この大事な局面でよく決めてくれました。富山県小杉町の皆さん、良かったですねぇ!!!柳沢敦選手のオフィシャル・ホームページはhttp://sports.nifty.com/atsushi/index.htm下の写真は、その日の若手達の様子。バンコクへ行けずとも気持ちは一緒に闘ってました!!
June 8, 2005
いやぁ笑った笑った(笑)こういう人いるのですなぁ。本人もかなり自分の事自己分析できていながらこれは凄いっす。まぁお子様向けじゃないけど、成人の皆さんなら十分堪能できますね。なんか最終回って書いてありましたからお早めにお召し上がりください(^^)http://nana.cocolog-nifty.com/nana/そういえば「侍魂」最近覗いて無いなぁ・・・・・・
June 7, 2005
渥美清氏が亡くなってもう随分経ちますね。NHK、民放各社が今年も映画特集。で、こんなもの見つけました。題して「失恋48連発!」2年がかりで全部放送するのだとか。今の若い視聴者層を狙っているとはとても思えない。DVDってなんじゃ?世代の方々ターゲットなのでしょうねぇ。しかし「寅さん」って映画なのかね。映画でしか描けない美とかフレームワークとか関係ない様に思えてしまう。あの程度の話、映像ならテレビで十分な気もする。というか話そのものがスクリーンに向いてない気がするんですけどね。僕はお金払って「寅さん」見た事ありません。多分この放送も見ないだろうと思います。
June 6, 2005
先輩宅で一泊、朝8時半に起床。(単に睡眠導入財が切れただけです^^;)勿論、お子達は学校に。先輩爆睡中。奥様に「おはようございます。昨晩は遅くなっちゃってスイマセン」「なんも、意外に早かったね」ズルッ。「あ、ぁ、そうですか?」期末試験だって言ってたんでちょっと罪悪感が」「あの子、殆ど勉強しないで寝てたよ」ズルッズルッ。朝食の仕度もしていただいてました。だけど先輩起きてくる様子無い・・・・・・とりあえずコーヒーをいただき、ボーッ。その後、シャワーを借りてとりあえずヒゲをそって髪を洗って水を浴びてシャキッとして目がすっきり覚めました。札幌、快晴。今回の北海道で見た初めての青空。先輩宅タワー型マンションのベランダから近くの山の頂にまだ残雪が。今年は随分振ったんだなぁと実感。奥様、所要で9時過ぎにお出かけ。先輩起床まで新聞読んでテレビ見て・・・・・・・・10時半頃、「おう、起きてんのか」二人で奥さんの作っておいてくれた朝食を頂きながらテレビのニュース見て突っ込み。今日は先輩の職場見学とうわさのチーズ・ケーキ購入、これを絶対にしなければ。でもなかなか先輩が動かない・・・・・・・朝食後、またパジャマのままソファーでマグロになってる(ToT)昼ニュースが終った頃、長女ちゃん、帰宅。???あっ、試験期間は学校終るのはやいのかぁ!俺の時代はどうだったかなぁ?試験期間といっても2日間で8教科くらいやっていたから早く帰るようなこと無かったかもしれない。時代は変わったのねぇ。「英語、真ん中の蘭、一つも書けなかった(笑)」父!「え”!、一つもか?真ん中だけか?」「いや、本当は右も半分しか書いてない(笑)」父「・・・・・・・・・お・ま・え!」「だけど、倫理社会完璧だったぁ、一夜漬けなのに。あと数学の難しい照明も2つ完璧だった。」仕事の鬼の顔しか知らないおいらにとって過程人の姿を見るのはとても新鮮かつ羨ましい光景。それにしても素直ないい娘さんだなぁ。結局先輩宅を出たのが1時過ぎ、そこから地下鉄使って局へ見学。そこで目にしたものは驚愕のシステム。凄いの一言。確かに地方の局だから全体の規模は小さいけれど、ノン・リニアの導入、稼動、送出、全ておいらの今の環境を遥かに超える凄いシステム。これは参った。これが当たり前になってくると俺みたいにリニアしか出来ない人間はお手上げ。ちょっと触らせてもらい1シーン編集してみたけどとにかくこれは凄い。各編集室同士が連結していて別の編集に割り込んで相手が手の届かない部分のシークエンスを編集して放り込めるし、音と映像ラインの分化もリニアより簡単。ノン・リニアだからエフェクトも素材1つで簡単に加工できるし。恐るべし。そんなこんなしてたらあっという間に時間が過ぎ、どう考えても17:00の千歳発に乗れない!で18:30分に変更。その後、買いに行きました。「ドゥーブル・フロマージュ」小樽のお店が本店だけど、そこまで買いに行く時間が無いので札幌市内の百貨店で。自分用と頼まれたものと。生なので日持ちがしないですよ!と何度も何度もお店の人。「だから保冷剤入れてラッピングしてください」とその度同じ事。その聞きなおし、口を動かす前に手を動かしてください!チーズ・ケーキ、お取り寄せも可能なんだけどそれは生ではなくチルド冷凍されていて回答しないと駄目。おまけに直径12センチ程度で、とても薄い。値段と送料を合わせると、生の奴と価格は変わらない。やっぱ、生の奴に限る!3つ購入して千歳へ。後は空港で両親に蟹、妹夫婦にはラーメン、その他生チョコやらなにやら色々買って、慌しい3日間の北海道も最後。飛び立った飛行機から綺麗な夕焼け。次に来るのは何時かなあ・・・・・・東京についてすぐ職場へ向かいチーズケーキ頼まれていた人に渡し電車で自宅へ向かう。電車の中で考えた。このケーキ、俺一人で自宅で食べるの?かなり侘しくない?かなりショボクない?で、通ってる語学学校へいってお世話になってるスタッフの人と食べようと思いつきその足で学校へ。すると女子高生がレッスン後の復習で残っていたのでその子も巻き込んでチーズ・ケーキパーティー!俺は基本的にケーキなんてよほどのこと無ければ食べないけどこの旨さはわかる!最初口にした瞬間雪解けの様なふわっとしたものが次に3層になったケーキの濃厚なチーズの甘さが。しつこさも無く旨かった。ご一緒して貰った女性二人も感激してました。こんなケーキは初めて!やっぱり女の子はケーキだけは「別腹」。好評でよかった。ちなみにそのチーズ・ケーキはここです。http://www.letao.jp/札幌近郊に行く機会があれば是非御賞味あれ!
June 6, 2005
先輩宅でのご馳走たらふく頂いて、いざ夜のススキノへ。いやぁ電話では聞いていたけど、こんなにさびしいススキノの姿は見た事無い。小雨混じりの天気のせいかもしれないけれど人通りが少ないし、ネオンも随分と消えていてあの北の歓楽街「ススキノ」の面影なし。先輩が携帯で部下に何処が開いてるかTELしてくれていってみると営業していないってのが4,5軒続き、いい加減酔いも醒めそうだったので行ったこと無いけどとりあえずお姉ちゃんのいる店へ。まぁ普通でした。特に美人はいなかったなぁ・・・・・・指名なしのフリーの客だから女の子入れ替わり立ち替わり。オイラについてくれた2人目はちょっと好みだったけど(笑)朝までやってる店ではないようなので、アフター誘ってみました。先輩も(笑)氏曰く「この時間に呑みに出たら、娘と息子のこと考えてニョウボは帰ってこないでくれって思ってるよ」あぁ、そういえば長女ちゃん、月曜から期末試験だって言ってたなぁ。中途半端に帰ると帰って迷惑かぁ。で、とりあえず気に入ったおネエちゃんに声だけ掛けてみたけど、どうも脈なしの気配。案の定教えた携帯に営業終了後「キャンセル」のお知らせ。まっ、こんなもんですね。この時間になってジンギスカンなど喰う気もなく、かといってこれから呑むにも開いてる店を探すのが一苦労。結局札幌ラーメン喰って3時半位にこっそり帰りました。長男君の部屋を拝借してそれではおやすみなさいzzzzzz
June 5, 2005
そろそろ遠軽へのバスの時間もあることだし、宿の貸しチャリを漕いで戻る。と、灰色の空からボツッ、ボツッときやがりました。宿を出るときからちょいと嫌な予感もしていたので、服は濡れても構わない格好で、普通のハンカチ以外にバンダナ一枚とタオル生地の小さなハンカチを持って来ていたのです。用意周到。あ、帽子忘れてるジャン・・・・・・とりあえず、頭に軽くバンダナ巻いて(でないと雨にぬれてパーマ爆発しますので)宿まで大急ぎ!でも15分以上かかったなぁ。結構濡れました。宿にチャリンコ返却して、ご主人とバスが来るまで最後のお喋り。「で、JOVAさん、何処まで行ったのさ?」説明すると「え”~っ、そんなトコまで行ったのぉ?疲れるしょや!」いやいや、中々に楽しんで来ましたよ。「ならいいけどねぇ、天気が良かったらもっとよかったのにねぇ、週末ずっと天気優れないんだわ。」一晩だけだったけど、優しいもてなしに感謝。また来たくなっちゃった。感謝の気持ちを込めて「それじゃ、お世話になりました!」「じゃね、気をつけてね、いやぁ内地からねこちらこそ、ありがとうございました。それじゃ、どうもどうも(笑顔)」宿の前で小降りになった雨の中を待つこと1,2分。の~んびりした様子のバスが一本道をやってきた。乗り込むと、お客さんは最前列にちょっとお年を召した女性が一人。オイラは運転手さんの2列後ろの席に座った。運転手さんとその女性客はすっかりの顔見知りというか、ご近所付き合いなのかわからないけど、湧別のバスターミナル(っていっても皆さん、ご自宅駅付近のターミナル想像しちゃ駄目ですよ!)まで、運転手含めて3人状態で、俺の存在は全く眼中に無く(笑)どこそこの爺さんは今何々の病気で云々、今年の畑仕事は冬が長くて困るよ云々。お宅の娘さんは元気かい?云々。ずーーーーーーーーーーーーーーーっと、世間話。その間、角を曲がった記憶が無い!およそ20分で、「ターミナル」!!に到着。宿のご主人が、「遠軽行きのバスまでの時間、お昼食べるならターミナルの前の○○っていうところがご飯やってるから」情報で、目の前のその店に行くと、「御免ねぇ。今日日曜だからやってないんだわ」ありゃ!「どこかこの辺りでやってるところ無いですか?」「この先に『茂加(もか)』っていうところあるから、そこ開いてるよ。行ってごらん」????「茂加」?・・・・・・・あっ!昨日コンサート前にちょいと小腹が空いていたので入ったあの店ジャン!昨日は宿のご飯の事もあるので、手を出さなかった海の幸系どっさりのメニューの店・・・・・・因みに前日は、ネタケースに入ったすしネタを指をくわえて見送って私、カレーライス食いました(笑)今日はもう縛りありませんから、食いましたよ。寿司!オホーツク前の新鮮なネタの上寿司一人前!冷酒一本!お吸い物には、可愛いホタテちゃんが二人(くうううううううっ)シャリもでかすぎず、ネタはぷりぷりで、し・あ・わ・せ!このネタ、ザギンで喰ったら・・・・・・諭吉さんとサヨナラするんだろうなぁ。美味かったっす。掛け値なしに美味かった。こんな昼から幸せでいいのだろうか?いい!誰が何を言おうと良いのだっ!んでもって値段が、¥2,500位だもんなぁ。タクシー初乗り¥430だし。いやぁ~、美味くて安井は当たり前!!暮らしてゆくのは大変だけど、旅に訪れるならいいなぁ。道産子だけど、オイラ。お腹も満足。いざ遠軽へバスに乗り込む。お客、オイラ一人。運転手さんが話し好きと来たもんだ。湧別町のそこここの停留所を巡りながらあれこれお喋り。種まきを待つだけの畑を通り過ぎ、湧別川を渡り、廃線となったかつての駅跡(今は資料館)を過ぎ、徐々に湧別と遠軽の間の人っけの無い道を通り過ぎ、遠軽の標識を越えると徐々に人の気配が感じられる風景に。そのうち徐々に乗り込む人も増えてきた。約30分、楽しいお喋りも終わり、遠軽駅前で下車。湧別よりは大きな町だけど、日曜日という事もあって人通りは殆ど無い。駅に着くと、オイラが乗る汽車を待つ人が待合室に20人位。始発は北見、終点は札幌行きの特急オホーツク。でね。北海道はさむいぞう。待合室に「なに?なんか文句あんのかい?」って顔してストーブガンガン燃えてましたから(笑)いやいやユルクないねぇ。15時30分位に遠軽を出発。車窓は相変わらずの曇り空。途中標高1,600m付近の山間に入ると携帯が圏外に。ラジオも入らない。針葉樹と広葉樹が入り混じる山間を抜け北海道の真ん中、富良野の北の一番大きな町、旭川に。ここから南西にむかって走ると、今まで見てきた景色から、徐々に線路脇に畑や水田が広がり始める。なだらかにサツポロベツ一帯の平野へ向かっているのが解る。育った慣れ親しんだ風景に近いものが多くなる。16時半頃になると、ようやく夕暮れに向かう途中のお日様が雲の切れ間からちょっとだけオレンジの色を放ち、遠くに見える山の稜線とその手前に広がるのどかな田園風景に色を挿してくれる。17時55分、ようやく札幌駅に到着。先輩が迎えに来てくれた。そこから電車で二駅のご自宅へお招き頂く。湧別行き決定して直ぐ先輩に連絡した時には「お前、札幌で何が食いたい?」と聞かれたので「そりゃぁもう、やっぱ旨いジンギスカンですぅ!(ジュル、勿論ラムだべさ)」先輩Y氏、「あのなJOVA、お前日曜日に札幌来んだろ?今、ススキノ景気悪くてやってる店殆ど無いんだゾ」え"っ、そうなの?北海道景気は悪いとは聞いていたけど、あの高校時代の不夜城の様だったススキノも?Y氏、「あのな、お前がジンギスカン喰いたいって云ってたろ。うちの奴(奥様)、何だか知らないけど、『JOVA君くるんでしょ?』っていって何だか色々用意してるんだ。まぁ取り敢えずウチでジンギスカンはしないからそれでもいいか?」え"え"~!奥様の手料理ぃ~!めちゃくちゃ上手なんですけど!今夜それ食わしてくれるの?はい、ジンギスカン消えました!ご自宅にお邪魔すると奥様、「いやぁ久しぶり、JOVA君、ちょっと痩せた?でもあんま変わんないねぇ」高校2年の長女ちゃん、中学1年の長男君と会うのは5,6年ぶり。長男君はともかく長女ちゃんはおいらのことを覚えていなかったが、Y先輩と職場がご一緒だった時代に初めてお宅に夜中押しかけた時にまだ2,3歳だったあの子がおいらを見て云った一言伝説が、Y氏宅でも残っていたらしく、ニコニコしてる。伝説とは!Y先輩が玄関を開けて「かえったぞ、おう、入れ入れ」と俺を含め3人の後輩が押しかけた夜中2時頃、寝てるところを起こされたベイビーは、俺の顔をじっと見て、おもむろに指差しこういった・・・・・↓↓↓「バ・イ・キ・ン・マ・ン」 ・ ・ ・ ・ ・一瞬の沈黙の後、全員大爆笑!(俺を除いてね)まぁ一日現場を走り回って、汗だくで仕事前に剃ったヒゲが青々と鼻の下から口の周りから喉まで浮き上がってるし、髪はパーマの取れかかったロンゲ(みうらじゅん画伯風)なので致し方ないが。で、その時、パパに抱かれて「アイシュが食べたい」ってグズッてたあの娘さんが花も恥らう17歳!今時ちょっと見る事は無いある種天然記念物に指定してもいい位ピュアな眼差し。ご両親の愛を受けてお日様に顔を向けてる向日葵みたいな笑顔。前回あった時はちょっと反抗期風で俺の存在も「ウザい」感じの目線だったけど今回はニッコニコしてて「オイラの事覚えてる?」「(笑)いやぁ、覚えてない(クククッ)。でもバイキンマンでしょ?(笑)」昔からバレエを習っていたの知っていたので、「バレエは今も?」「うん、勉強は嫌いだけど、バレエは大好き^^)」Yパパ、娘さんの頭をちょっと乱暴に撫でながら「お前のその頭の悪さは俺に似たんじゃないよなぁ!」「いや、パパに似たと思う(笑)」父親に触れられる事を嫌がるそぶりも見せずというか、嬉しそうに話してる。へぇ~×10,000。今時の女子高生ってよく「父親の下着とあたしのは一緒に洗わないで」とか「半径2メートル以内に入ってこないで」とか平気で云うじゃない。そんな感じ全く無いから、びっくり。名前通りの女の子。奥様、着々とお料理を出してきてヒロイダイニングテーブルがあっというまに埋まってしまった。おおっ!アスパラのソテー!おお!ホタテ、海老、蟹、イカ、刺身にしてよし、手巻き寿司も出来るセット、おお!これは、もしや?「奥さん、このカレイ・・・」「そう、白カレイ、中々手に入んないんだけど、今が旬だからね」くぅぅぅぅ、旨いっす(感激)ビールを片手に湧別のコンサートやそれにまつわる話とこれまでの4年の事と復帰してからの仕事の事や身体の事なんか取り留めなく話しているとドカドカッと廊下に足音、「あぁ~!英語駄目だったぁっ!」塾の試験から長男君帰宅。彼にとっては全く初めてに等しい得体の知れないおいらを見ても臆することなく「いらっしゃい!」ハキハキ。笑顔まんまる。「長男君、こんばんは。昔会った事あるけど覚えていないもんな。じゃ、今日は宜しくね」がっちり握手。小学校時代はサッカー少年、転居に伴って転向するとサッカー部が無く、水泳部に入り一年でものすごい進歩したらしいが、突然水イボ発生により泣く泣く水泳断念。で、中学入学と同時に剣道部に。俺も剣道少年だったけど、剣道部というと「臭い」と女子に不人気なクラブ(笑)「長男君、なんで剣道なの?」「ん?何となく。」多分父親の格闘の血を引いてるんだなぁ…「でも女の子からは臭いって言われない?」長女ちゃん「いや、札幌は結構剣道部人気ですよ」奥様「そうなんだわ。この娘、この間、高校の剣道部の応援で○○までいったし」へぇっ!×100.000俺もそんな時代に生まれたかった(遠い目)しっかし、奥様料理上手いわ。残さず頂きました。本当にご馳走様です。あ、一応形ばかりで申し訳ないんですが、一宿一飯の恩義、こんなもんで恥ずかしいんですが・・・・・・「あっ!「東京バナナ」!あたしこれ大好きっ!」長女ちゃん、バレリーナがそんな甘いもんバックバク食べちゃって(汗;)奥様、「いや、JOVA君来る前、この娘、メロンパン食べてるし(笑)」そうだよなぁ。ティーンだもんねぇ。舞台で踊っているときの写真を拝見。綺麗・・・・・・です、凄く。笑顔がはじけてます。手足が細くて長くて可憐なスミレの様です。いやぁ、あの「バ・イ・キ・ン・マ・ン」って言ってた幼子がねぇ(しみじみ)長男君も長女ちゃんも、両親を尊敬してるのが凄く伝わってくるし、Y氏ご夫妻の教育っていうか、心の部分を大切にした子育ての成果っていうか、とにかく食卓の周りに「無償の愛」が飛び回ってました。いやぁ、羨ましい。
June 5, 2005
4日の夜、22:00頃、今日の宿へ。サロマ湖の近くのペンション風の素泊まりも出来る宿。予約の時点でご主人、「????なしてコンサートの為にわざわざこんな来んのサ????」状態。でも、予約した後、遠軽からのバスの時間や、地元のタクシーの電話番号から何から何までお世話してくれて。KAIのいう「なんでこの町の人はこんなに温かいんだ」は生まれ育った大地の人柄を再認識する事で、人がいいというか、なんというか、とにかく「優しい」んだな。見返りの報酬なんて爪の先ほども無いストレートな気配り。都会で暮らしているとついつい忘れがちになってしまうもともとこの国の何処にもあったはずの優しさが地元言葉と共に今も変わらずにある。んで、北の大地の人っていうのはどっかアバウトなのね。良い意味でも悪い意味でも。悪いっていうのはこちらを不快にさせるという様な次元の事ではないんだけど雑駁というか、ありていに言うと思いっきり「どんぶり勘定」(笑)箱根から東の人間にとって関西ってある意味「鬼門」的な部分があると俺は思ってるんだけど、あの「土足で人の胸のうちに入ってくる感覚」関西では当たり前のやり取りも「関東以北」の感覚からは大分違うのでなじめる人となじめない人がはっきりしてる。オイラの中学の時からの友達は関西の大学に行ってその壁に打ちのめされて心に大きな傷を負って学校を中退して戻ってきてしまったりもしたし。京都は関西でも特別らしいけど(後のリサーチに寄るとねって、その基数少なすぎって怒られるかもしれないけどm(__)m)関西の人は江戸に対しては特にライバル心というか「所詮うどんの汁は醤油で真っ黒」な所的な(笑)あ、ここで別に「ここが変だよ関西人」語るつもりはありませんので(陳謝)北海道の話に戻ります!思いっきり「どんぶり勘定」で「いやぁ~、まだ足りないんでないかい?」って感じで接してくるから相手の悪意の無さに「いやもういいです、充分過ぎます」といえず、死ぬ程飯食わされたりするの(笑)とここまで書いて、タイトルの探訪記になっていないジャンと独り突っ込み。えっ?気がつくの遅い?すいません!もうちょっとだけ4日の夜の話を・・・宿に着くなりご主人「いやぁ~遠いトコ大変だったしょ!とにかくまずご飯だね。部屋の方は後でいいしょ?お母さん、JOVAさん、東京からのJOVAさん今着いたから、ご飯よそって!」「荷物はここに置いておけばいいから。で、コンサートお客さん来てたかい?えっ?満員だったの?へぇ!!私この町にいてあのホール行った事無いけど、音良いんだってね」北国の懐かしい料理が用意されていて、話をしながら箸を進める。いやぁ、羊食べるの久しぶりぃ~!あぁ取れたてシャキシャキのアスパラのソテー!素朴だけど大地の匂いがするぅ!「あのさ、あのこないだ電話頂いた時JOVAさん、『KAIで泊まる人いますか?』って訊いてたしょ?あの時「いませんよ」って言ったけど、あの後さ3組予約入って皆さん、KAIさんのファンの人なんだわ。内地の人はJOVAさんだけだけどさぁ北見の人とか泊りに来てくれてさ。こんな時期、お客さんあんまりいないんだけどね。いやぁ、そうかい東京からだもねぇ。疲れたしょ?ご飯おかわりなんぼでもいいからね。へぇ~。で、何曲位やったの甲斐バンド?(グッ!by JOVAの喉の詰まる音)えぇ、そんなにやったのかい!すっごいねぇ!そのカレイ上手いしょ?この辺で摂れるカレイなんだわ。今旬だからね、美味いんだわ。甲斐バンドっていったらあれでしょ?あの、ほら「あんなぁ~♪」って歌うあれでしょ?でもそんなに沢山歌う曲あるんだねぇ(シミジミ)(ゲホッ by JOVAむせる音)ご主人との楽しい夕餉のひと時を終えて部屋へ。ごくごくシンプルな和室で。北海道限定のビールを買いテレビのスイッチを入れる。スポーツニュースのTOP ORDERは勿論!4日未明にあったWORLD CUPアジア最終予選バーレーンvs日本!布団を敷きながらまたまた感動の余韻に浸る!2,3の局を見て、東京のTBS系列「スーパーサッカー」を見る。と!スタジオゲストは元日本代表FWの城!爆笑!!何故かって?いや、さっきのKAIのMC、当然の様にその予選の話になって。「ヒデ、俊輔、ねっ!。才能が有ってもそれを超える努力をしなくちゃ駄目っていう事ですね。練習しないと才能が有っても前園とか城になっちゃうから」思いっきり駄目出しされた城がテレビで予選の事語っちゃってるからさぁ笑っちゃいました(城、タイミング悪いよっ!笑った事に悪意ないからね)彼も道産子なんだけどね。出身高校は鹿児島実業だけど、生まれ育ちは北海道・室蘭。ZONOは鹿児島生まれ鹿児島育ちです、因みに。俺は二人とも努力しなかったとは思わないけど、結果ZONOは31歳で引退。城は元日本代表でもJ2のFC横浜で昇格争いとは全く関係ない1プレーヤー。1998フランスW杯で予選敗退した日本代表のFWに向けられた視線は厳しいもので成田では心無い奴が水をぶっ掛けたりした事をどれだけの人が覚えてるかな?ラモスが日本のスタジオで城の表情やガムを噛んでる事まで引き合いにして、感情爆発させたもんだから当時の日本の異様な状況の中で城は辛かったろうなぁ。帰国したその足で当時の所属チーム、横浜マリノスの練習場で独り黙々とシュート練習した城の事をもう誰も覚えていないかもしれないね。多分KAIはそんな事は全て知っていて発言している。あの人、サッカー・フリークで有名ですから。あっ、またヨレた・・・・・・。ひとしきりスポーツニュースを見終えて、布団を整え、もう誰もいないお風呂場へ。代表戦での興奮、久しぶりの飛行機、長距離移動、KAIの興奮、大きな湯船に浸りながら「あぁぁぁぁぁ・・・・・・・」「開放しろ!」はい。しまくってます。「KAIよしひろ!」はい、もうトロトロです!心も身体もすっかり緊張状態から解き放たれ薬を飲んで就寝したのが、午前3時過ぎ。・・・・・・バチッと音を立てる様に目が覚める。薬切れたのね。速攻で風呂!ざっぱぁ~ん!んで、飯!バクバク喰いました。布団を上げて、お茶飲んで、荷物を整理して うぉぉぉぉぉぉりやぁああああ!宿の無料自転車をお借りしていざ行かんオホーツクへ!待ってろ千島の島々よ!プーチンの馬鹿たれから取り戻して見せるぞっ!あ、嘘。そんな力ないし、日本地図にちゃんと自国の領土として書いてますから。まぁ当たり前ですけど。チャリを走らせると、絶対見たかったものリスト上位に入る鮮やかな紅色の低木発見!千島桜・・・初めて目にするその姿。その色合い。「桜」といえども南の石垣島で「桜」の開化宣言出たのは今年の1月ですから!半年かかってます!種類勿論違います!沖縄の方は確か八重山桜、そしてこちらは千島桜。妹、否、姉の様な妹に借りたデジカメで早速パチリ!しばしの間、色んな角度から眺めたりして。で、左はオホーツク海、右手はサロマ湖、つまりその二つを隔てている砂州沿いに伸びる一本道をずんずん進む。それまで道の左側に沢山生えていた白樺や松の類は徐々に姿を消してゆき、生えている木もどんどん低くなってゆく。鼻を突く潮の香りが深くなる。そして港が見えてきた。久しぶりに見る海。それがオホーツク海になるとは・・・天気はあいにくの曇り空。サロマ湖は淡水と海水が混じりあい、栄養分たっぷりの湖。ホタテ貝が有名。サロマ湖の湖畔に立ち寄る。鷺の仲間が浅瀬で餌をついばんでいる。上空には何羽かの海鳥が啼きながら低く旋回している。堤防に沿って進むと、サロマ湖からオホーツクの内海へ出る漁港が見えてきた。大型の船はない。小型の船ばかり。○○丸といった名の入った旗が強い風にあおられている。港を後に、砂州を更に先端方向へと進む。左手に、2階建てくらいの小さな展望台。土手を登ってみると、眼下に広がるオホーツク海の海岸線・・・・・・北海道はでっかいどう!何のコマーシャルだったっけなぁ^^);結構波はしけていて白く波頭が砕けてゆく様が左右にずっと続いている。うーん、これで太陽が出ていれば最高だろうなぁとちょと残念。堤防を乗り越えて浜辺に下りてみる。砂浜というには少し粒の大きなスナ。緩やかな勾配を降りて行く。足が少しとられるくらいな感じ。サクッサクッと音を立てる砂。何だか靴底の感じが変だな?立ち止まって砂を手にしてみる。両手で左右から深めに砂に手を入れてみた。おっ、温かいゾ。2,3箇所でやってみたが、やっぱり温かい。この辺の温泉の関係なのかなぁ。それともかなり低い気温のせいでそう感じるのかなあ・・・・・・木石になるような素晴らしい流木は無かったけれど、ゴミも無くとにかく左右に見渡す限り緩やかに円を描くように続く海岸線に波の音だけが響いている。少し考えてデジカメで何枚か写真を撮って、今度はムービー・モードで撮影。5分ズーム使用無しでのワン・カット勝負!さて、ファースト・カットどうしようかなぁ?ちょっと思案・・・RECスタート。足元より少し先の砂浜をFIXで撮影。ゆっくりと歩く。まだ波に現れていない砂浜が徐々に色を濃くしてゆく砂浜のイメージが出たところを見計りながらレンズを海に向けてゆく。レンズを水平線と平行にした処で目の前に広がる海と波打ち際をワン・フレームに。しばらくFIX。そしてゆっくりと身体を左へまわし雲と海と陸地が水墨画の様にぼやけて見える遠景からオホーツク海の外側へとゆっくりパン。そのまま、波打ち際へと歩く。波の砕ける音と、強く吹く風の音だけ。少し腰を落としながらレンズを波へと向ける。寄せながら白く波頭が出来る辺りから身体に正対する波へとゆっくり身体を左へまわし波が打ち寄せるタイミングに合わせレンズをドリー。押し寄せてくる波に向かってもう一歩進み、足元近くまで寄せて引いてゆく波を撮る。それから、もう一度水平線へとレンズを向けてそのままずっと最後まで。あぁあ、晴れてたらなぁ・・・・・・絶対空からパン・ダウンだよなぁ、ちぇっ。しばらく海を眺めてひとしきり落ち着いたので、今度は砂州の突端まで行く事に。チャリを漕いでしばらくするとどんどん道路脇の木々が低くなってゆく。砂州の先端手前にはオート・キャンプや普通にテントを張るキャンプ場、小さなバンガローなどが立ち並んでいる。更にそれを進んでいくと工事現場に出た。10メートル程度の灯台と陸に置かれたままの沢山のテトラ・ポット。現場の人達が休憩や食事をすると思われるプレハブ小屋。何台かの重機。しかし日曜の為、誰もいなかったのでそのまま工事現場に潜入した。灯台に登って「見張り塔からずっと」写真撮りたかったけどしっかり施錠されていて残念。灯台越しに堤防を上ると錆びて朽ち果てた鉄のむき出しの橋が。一部は欠損し、部分部分で大きく傾いたりしてる。その橋を恐る恐る渡って更にその先のテトラポットまで。流石にそのテトラ・ポット、2,3個先まで行って恐怖心に打ち勝てず前進は断念。底からずっと見渡す限り水平線のオホーツク海の波の音を聞いてボケー。
June 5, 2005
KAIの歌声がホールの隅々まで染み渡る。マエストロ前島氏の照明が歌の世界観を見事に表現する。バリライトもレーザービームも、ミラーボールも無い。しかし、バックがオレンジに染まり、青に沈み、両袖から白い矢が放たれ、歌がどんどん迫ってくる。松藤大先生、ギターは3本。そのうちの2本で大部分の曲をプレー。オリジナルチューニングのマーチン使用(マーチンと描かれている筈の所にmatufujiの刻印特注品)とジャンボなボディーのギター、こっちは2カポ。KAIのMCに会場がどっと沸き、野太い男の声で、「待ってたぞぉっ!」すかさず拍手の嵐。前日に湧別に入り町をくまなく歩いて回ったとKAIが語ると会場が異様などよめき。「昨日の夜、バーに入ったらロシア兵がいて」松藤「兵じゃないジャン!」突っ込み。近くにいた高校生くらいの2人の少女爆笑。あ、そうだ。このコンサートの値段、¥3,000って書いたけど、中学生以下¥2,000!ブルーレター、シーズンと舞台が海の歌が続くと、漁師町の観客席が今までに無いウェットなテンションに。去年の武道館ではトリビュート組から5人参加した話になると、随分とKAIの情報から離れていたオールド・ファンが「へぇ~!いいなぁ・・・・」北海道出身のゲスト、大黒摩季、mcATなどの名前を挙げ、最後に「酔っ払って人の家に突っ込んだDA PUMP(笑)」松藤先生、3本目のギターを手にする。「松藤×甲斐」でも取り上げられていたPYGの「花・太陽・雨」照明が後ろから強く透明な光を放射状に放つ。鋭利な刃物のような少し金属音の強い弦の響き。絶妙なリズムと美しいハーモニー。空気はまるで流氷に閉ざされた厳寒の海の様。「貴女の花、貴女の太陽、貴女の雨、花・太陽・雨」ギターのボディーを叩くカウントの音が聞き入る観客席にまるで心臓の鼓動のように響く。「迷える人よ・・・」ここからステージのヴォルテージが一気にヒート・アップしてゆく。「車のラジオが言ってる 命の値段も下がったと 愛こそ救いだとしゃべってる」「生きることを 素晴らしいと思いたい お前と行きたい 一人ぼっちじゃ嫌だ」前野、松藤氏が一足先にステージ袖へ手を振りながら去ってゆく。KAIは独りステージに残り、後ろの席の方へ向かって深々と頭を下げ、強く拳を突き上げ、両手を広げ「THANK YOU!」と叫び、ステージを去る。照明はそのまま、歌に合わせて叩いていた両の手のひらがいつの間にか、もっと聞かせてくれと催促する手拍子に。最初からフル・スロットルで叩き続けている。母親より少し背の高い娘が、控えめな父親の横で少し上気した顔で激しく手を打ち鳴らしている。一度も途切れる事無く、テンポが乱れることも無く、今まで良く聞いてきた「KAI」コールも無い激しい手拍子。期待で胸が張り裂けそう。スポットが舞台袖を照らす。KAIは独りマイクスタンドの前に立ちギターを握り無言でEmのリフを弾き始めた。「明日は何処へ行こう 明日は何処へ行こう 俺の海に翼広げ 俺は滑り出す こらえきれず、側にいたいと 叫び続ける」「HERO 空はひび割れ、 HERO 太陽は燃え尽き HERO 海は枯れ果てて 月は砕け散っても HEROになる時、それは今 HERO 引き裂かれた夜に お前を離しはしない」アンコール3曲を熱唱して、KAI達はステージから姿を消す。しかし、HEROのリズムそのまま、更なるアンコールを求めるスタンディング・オベーションは終らない。1分が1時間にも感じられるほどもどかしい。3人がツアーTシャツをおそろいで着て登場。会場の歓声でホールの温度が上がる。KAI、松藤氏に向かって一言「いいよ」松藤静かに旋律を爪弾き始める。このツアーの途中からセットリストに入ったあの曲「働く全てを持ち帰る 寝ている君の顔にかかる 髪を払い 消えない様にと 今夜君を抱く」「終わりを告げるアナウンス それをかき消す嵐の声 今夜の客は素敵だった 熱い夜が溶けてゆく 冷たい雨の降る中を 長い列を作ってくれた だから俺たちを呼ぶステージへ 俺達を呼ぶ声に手を広げて 次の町へ 次の町へ バスに乗って夜汽車に揺られ 俺達が生きる場所へ 俺達が歌う場所へ 目指して進んでゆく」
June 4, 2005
♪お茶を飲むのも、 映画見るのも、 恋をささやくことさえも 窮屈すぎる町♪アコギなPARTY30ツアーが6/2札幌ペニーレインで終了。その二日後、ツアーの料金の半分、¥3,000で道東、サロマ湖のある町、湧別で甲斐よしひろ アコースティック ナイト2005会場18:30開演19:10(予定より10分おし)KAI、MCで、最初に歌った「ちんぴら」の歌詞になぞらえて、「まさに『お茶を飲むのも、映画見るのも、恋をささやくことさえも窮屈すぎる町』の究極がこの町でしょう」って言ってたけど、会場は、「そうなんだよねぇ、ホントなんも無い町だからねぇ」っていう感じの暖かい笑い声に包まれて。2日前にはアコギなPARTY30ツアー@札幌がオーラスですって札幌では言ったみたいだけど、KAIステージから皆にはっきりと今日がラストですと宣言。「今日が、本当に最終日ですから。ほら、一応さ、札幌の皆にここ(札幌)が最後だって言っておかないと、あれだから、あっちはこのツアーのチケット代¥6,000じゃん。でも、ここ¥3,000だから!ね!ここのステージもアコギな~っていえないじゃん(笑)アコギなツアーで料金もアコギっていう事だから(笑)」セットリストは荒川でやったときにかいたものと同じ。曲を足しもし無ければ引きもしない。完全なアコギなPARTY30のラスト・ショー。ワンフロアーの1、200人収容の湧別町文化センター『さざ波』大ホール、満員。駐車場の車のナンバープレート、大半が紋別、北見、帯広といった道東ナンバー、なかにちらほら旭川ナンバーや札幌ナンバーが混じる感じ。最近のKAIのステージではよく親子連れを見かけるが、大都市圏では、30代後半から40代前半の父母に上はいっても中学生くらいが多いのだが、湧別では高校生位の年齢のお子さん連れの家族が凄く多かった。湧別は、サロマ湖にあるわけで、完全な漁業の町。ホタテ、ホッキ貝、ぼたん海老、蟹etc・・・。町の殆どが漁業を営んでいるからなのか多分結婚される年齢が都市部より若いのかもしれないなぁなんて推察してみたりして。
June 4, 2005
ZICO!えらい!満男、ヤナギ、よくやった!日本代表最高!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
June 4, 2005
えらい!ヤナギも良くやってる!ZICOはやっぱり凄い!!!!!!!!さぁ後半だ!!!あと2点くらいとっちまえ!
June 3, 2005
思う。伸二。本当に辛いね。シドニーオリンピックの予選でのフィリピンとの試合で、ひざに大怪我をうけトルシエ・メンバー落ち。五輪での舞台、アテネ代表のオーバー・エイジを望んで参加したのに、シドニー以下の成績しか上げられず。所属クラブではなくてはならない存在となり、今回のキリンカップでも抜群のプレーを見せていたのに、ここにきて疲労骨折だなんて。vsバーレーン(away)、そして連戦となるバンコクでの北朝鮮戦も絶望。来年ワールドカップが開催されるドイツでのインター・コンチネンタル・カップ(これもドイツ開催で、オリンピックで言えばプレオリンピック)も多分絶望。オランダの所属クラブも伸二のステップ・アップへの気持ちを考慮して、より大きなリーグでのプレーに関してオファーがあれば検討するとまで言ってくれていたのに、完全復帰の目処がたったとしても欧州サッカー市場では伸二をリスク覚悟で獲得に動くビッグ・クラブの数は減ってしまったし。努力とイマジネーションと熱い思いで勝ち取った「天才」の称号。それを世界に披露するチャンスを逃してしまった。今朝のニュースだと、伸二のポジションにヒデ、ZICOプランでのヒデの位置に小笠原。でも1トップだから、鈴木が削りまくられたら前線でポイントが作れない。おれなら鈴木と柳沢と小笠原、鹿島アントラーズのトライアングル、これはかなり機能すると思うんだけど。伸二、人生悪いことばかりじゃないから、下を向かずピッチに立っている選手に力を与えてくれ。そして、マリノスの久保、もたもたしてないではやくフィジカル立て直して帰って来い!
June 3, 2005
今週のスマスマに、新コーナー「トリビュート70’s」第2回のゲストとしてKAIが出演した。見た人もいるかな?SMAP & KAIで「HERO」バンドはいつものDr:ジャラ、Ba:坂井先生、Key:前野ポルナレフCho&Per:松藤大先生、Guitar:土屋“蘭丸”公平氏。去年のPARTY 30 TOUR以来久しぶりにエレクトリック・セットの「HERO」だったけど、この歌に関しては、吾郎ちゃんが一番上手かったね。剛くんが「今のROCKより新しい感じがする」って云うのは、番組を見た人達の感想に近いのかなぁ・・・日本のROCKでは「マスターピース」な曲だけど、当時のアレンジとは全然違うから、その曲の良さを消さずにスピード感、疾走感はグレード・アップしてるって事?温故知新?最近の日本の音楽シーンについて語れるほど若いミュージシャンの音楽をちゃんと聞いているわけじゃないんだけれど、今日、バイトの女子大生と話をしてて、彼女は友達の薦めでレミオロメンを聴き今はいいなぁって思ってるといってた。で、オイラが「今のバンドってギターはコードかき鳴らす系が大半でリフで勝負してる感じのバンド少ないって思うのは間違い?」って尋ねたら「そういわれればそうですね。あんまりリフで残ってる曲って無いかも」あぁ、やっぱそうなのかぁ。じゃあ「ポップコーンをほおばって」とか「一世紀前のセックスシンボル」とか聴くと新鮮なのかもしれないなぁなんてつらつら思ったりして。で、帰宅したら郵便受けに待望のブツが。「アコギなPARTY 30」札幌公演の2日後の土曜日の「甲斐よしひろ アコースティック・ナイト2005」湧別町芸術文化奨励事業 企画委員会ビッグ・ウェーブ自主事業Vol.31ビッグ・ウェーブ!BIG GIG+NIGHT WAVE÷2じゃん!わかる人だけ笑ってください^^)会場の名前は“さざ波”大ホール(笑)さざ波なんだけど「大」がつくという(笑)今夜も目一杯演るからねっ! でしょ甲斐さん。「熱狂(ステージ)」聴いたら多分泣くな。
June 2, 2005
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