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ここ数日、関校では、桜ヶ丘中学校の結果がどんどん判明&確定してきています。まぁ、みんなニコニコで分りやすいのなんのって・・・・。「自然と笑みがこぼれる」とは、よく使われる表現ですが、まさにそんな感じです。それだけに、塾内順位は、なんだか次元の違う戦いになりそうです。ふつうの塾だったら300点台後半ともなれば、けっこう上位に食い込める感じだと思うのですが、今回は、400点台に達していないと・・・・・。順位というのは、必ず、上下に分類されてしまうから、ちょっと残酷ですね。でも、こういう次元で切磋琢磨していけば、外へ出たときはきっと無敵ですよ。
2008.06.30
期末試験がすべての中学校で終わって最初の日曜日。さすがに、この土砂降りの雨もあって、関校、美濃校ともに自習室は、ほんとうにひさしぶりに閑散とした時間を迎えていました。ほんとうに目の回るような数週間でしたね。みんなが次々と質問や丸うちにやってきました。みんなが必死で熱気と活気にあふれていました。人の少なくなった自習室も、つかのまの休息をしているようにも見えます。スポーツでは、よく「グランドに礼」をしますが、僕は思わず自習室に礼をしていました。みんなのがんばりを陰ながら支えた自習室に、少しずつだけれど、「お返し」をしていこうと思っています。そうそう、でも、こんな日でも、やっぱり自習室にやってくる子が、どちらの教室にもいた・・・・ということは、みなさん、知っておいてくださいね。
2008.06.29
単語集で勉強していた高校生が、「これだけ覚えれば英語を話せるようになるかなぁ?」と、聞いてきました。答えは、Noです。しかし、それは、「それだけでは足りない。」ということではなくて、「英語を話すためのトレーニングは、まったく別物である。」という意味においてです。じつは、「英語が話せる」ということでいえば、中学3年生レベルの英単語と文法力があれば、日常で困ることはほぼ無いと思います。ただし、「英語が話せる」ためには、中学3年生レベルの英単語と英文法で構成された文を、ものすごい速度で扱えなければなりません。つまり、高校生レベルの英語力を持つ子であれば、「英語が話せる」ために必要なのは、単語力や文法力ではなく、<速度>の一点につきるということなのです。「じゃぁ、今高校でやっている英語の勉強って意味無いの?」と、その高校生は聞きました。もちろん、とても役に立ちます。「話せる」・・・・というのは、いろいろなレベルがあります。単語力や文法力は、より正確に、より深く会話していくのに、絶対に必要な力です。受験でこうした力を蓄えた人は、会話のための「速度」トレーニングさえすれば、圧倒的な「会話力」を手にすることができます。大学に進学すれば、かなり高い確率で英語を話さなければいけない局面にぶつかります。こうしたときに、力を発揮するのは、大学受験までに築き上げた英語力であることを、実感すると思います。「無駄な勉強なんてひとつもない・・・」と、僕は思います。英語は、そのことを、もっとも容易に実感できる科目かもしれませんね。今がんばっている人たちは、そのがんばりのすべてが、やがて自分の「力」となり「財産」となります。だから、僕たちは、みんなの「がんばり」を、がんばって、ひたすら応援していきます。そうやって、みんなで「力」と「財産」をきずきあっていければ良いですね。
2008.06.28
金曜日と土曜日は中学生の理科DAYです。理科は僕自身が大好きだった科目なので、とりわけやっていて楽しい科目ですが、この科目の魅力は、身近で体験していることが「そういうことだったのか!」という、驚きに満ちていることですね。今日の授業で言えば、中1は光の反射と屈折。物体が見えるのは、その物体が光を反射しているから・・・・という説明をしたあと、鏡の反射を利用して、「入射角」やら「反射角」やらを説明していきます。授業のあと、M君が質問にやってきました。「先生、物体が見えるのは、その物体が光を反射しているからだというのはわかったのだけれど、じゃぁ、なぜ鏡だけ『写って』見えるの?」うーん。とてもよい質問です!!!たしかに今日の授業の進行だと、この質問は当然でてくる質問なんですね。こういうことに気付けるというのは、授業で習ったことを、自分の中できちんと論理的に処理している証拠です。M君の質問に答えてあげると、M君はひどく感心してくれて、「先生、理科っておもしろいねぇ。」と、嬉しい一言。今日のM君みたいに、教室を「!」で、埋め尽くすような授業を毎回したいですね。
2008.06.27
ほとんどの中学校で期末試験が終わりつつあります。そんな時の自習室は、ちょっと今までと違う空気の色になります。期末試験前は、「やならいとヤバイ!」みたいな雰囲気の人たちであふれます。そして、期末試験後は「やってやるぜ~!」みたいな雰囲気の人たちが集まってきます。もちろん、人数は、期末前と比べるとぐっと減ります。この違い、わかりますか?無理やり名づけるのであれば、前者は「消極的ヤル気」、後者は「積極的ヤル気」といった感じでしょうか?試験終了後というのは、脳が活発になっているので、じつは、勉強の効率がふだんより上がるんですよね、じつは。しかも、どんな勝負であれ、「ライバルがやっていない時に、やる」というのは、勝者の鉄則です。試験終了後で、体力的には疲労がたまっていると思うので、こちらのほうでゆるいブレーキはかけてあげますが、自分で勝手に急ブレーキを踏んでいる人も少なくないはずです。急ブレーキって、姿勢が急変するから危ないんですよ・・・乗り物も、勉強も。
2008.06.26
「先生、電話借りました。ありがとうございました。」と、声をかけられて、思わず「え!?」と、驚いてしまいました。そんな僕の反応を見て、「あ、ごめんなさい。やっぱり勝手に使ってはいけなかったんですか?」と、不安そうな中1のUさん。「いやいや、そんなことないよ。そうやって、きちんと声をかけてくれたので感心しただけだよ。」Uさんは、明日を期末テストに控え、夕方から遅くまでずっと自習室で勉強をしていました。キリがついたところで、帰宅しようと、いつものようにおうちの方に教室の電話で連絡をとったのですが、僕らスタッフがみんな授業で教室に入っていたので、「電話を借ります。」と、声をかけられなかったとのこと。おうちの方が教室に到着される前に、たまたま僕が授業を終え、教室を出てきたところでの冒頭の出来事だったわけです。「人生は、どれだけたくさん『ありがとう』と、言えるかの勝負だ。」なんて、いつもひとりで勝手に思っているのですが、今回はUさんの勝利!?
2008.06.25
期末テストの結果はうれしい知らせがどんどん舞い込んできます。「今回の結果は自己最高です!」という声を何度も聞きました。中学1年生のときは、単語や英文はおろか、アルファベットを覚えるのすら苦戦していた子が、2年生の今回のテストでは97点なんて知らせを聞くと、こちらも思わずガッツポーズがでます。あまりにも追試が続くので、泣きながら暗記をしていた1年前の彼の顔が浮かびます。人は成長する・・・しかも、ときに、それは本人や周りの人たちが驚くほどに。それだから、僕らは、何度も何度も、時には耳当たりの良くない言葉も口にしながら、あきらめずに子どもたちにぶつかっていくことができます。そして、また、僕らが何か新しいことに挑戦しようとするとき、子どもたちが身をもって示してくれた「人は成長する」という確かな事実を勇気の源泉として、さらなる高みへ挑むことができるのです。塾生のみんなにあらためて感謝です。
2008.06.23
期末テスト週間最後の日曜日。自習室は中学生のすごい集中力のオーラで満たされていました。これは、関校も美濃校も同じでした。いつもは、集中力がイマイチな子達も、さすがにこうなると違います。この、「集中できている自分」というのを、ぜひ忘れないでいてほしいと思います。集中しているときの、頭の感じ、意識の感じ、姿勢の感じ、時間の感じ。さまざまな感覚を駆使して、どういう状態が「集中できている自分」なのかを、頭と体全部で覚えこんでいってほしいのです。そして、その感覚を、自らコントロールして、いつでも好きなときに「集中できている自分」に切り替えることができるようになってほしいんですね。そうなれば、勉強だけでなく、スポーツや様々なシーンで、いつも、「最強の自分」になれるということなのですから。ところで、ちょっと、世代的に古くて申し訳ないのですが、ドラゴンボールというマンガがありまして・・・・・・・・。あるとき、主人公が怒りに我を忘れて「スーパーサイヤ人」という、最強モードになってしまうんですね。まぁ、しかし、ストーリーが進むと、だんだん、この「スーパーサイヤ人」になる頻度が上がってきて、そのうち、いとも簡単に自分の意志で「スーパーサイヤ人」になるようになってしまうあたりは、いかにも少年マンガちっくです。自習室でいつも以上に集中力を発揮している子達を見ていると、つい、この「スーパーサイヤ人」を思い出してしまいました。今は、期末試験直前という状況があるからこそ、彼らは「スーパーサイヤ人」になれているわけですが、やはり、原作と同様、そのうち、自分のコントロール下で、いつでも簡単に「スーパーサイヤ人」になれる・・・・・・ようにと。そんなことを、自習室の様子を眺めながら、勝手に思ってました。
2008.06.22
期末テストに対する準備は、やはり2年生、3年生のほうが、1年生たちより一枚上手。自習室で、一旦勉強モードに入ると、2年生、3年生は手が止まりません。授業前も教室で勉強をしているのも、2年生、3年生。テキストの直しや「かこもん・よそもん」に手一杯になっている1年生たちを横目に、2年生、3年生たちは、「先生、ほかにも問題を解きたいので、何か問題集とか、まだ手をつけていない過去問題とか、あればください。」と、僕らにさらなる課題をせがみに来ます。やはり、子どもたちにとって、1年の年齢差というのは、とても大きいものだと実感します。しかし、「1年生」という総体ではなく、個々の子どもたちを見てみると、彼らなりに、この期末試験期間でも着々と成長しています。こうした小さな個々の成長が、彼らを、一年後に圧倒的に実力を伴った「センパイ」にしていくはずです。
2008.06.21
あいにくの大雨。お父さんもお母さんも仕事で家にはいない。いつも自転車で通っている塾へ今日は行けないかもしれない・・・・。そんなとき、あなたならどうしますか?小4のRちゃんは、こともなげに言いました。「今日、タクシーで来たんだ。」「え!?」僕は驚いて聞き返します。「だってね、こんな雨だし、お父さんもお母さんも仕事でいないから、おばあちゃんがタクシー呼んでくれたの。」ほんとうに頭が下がります。Rちゃんのおばあちゃん、ありがとうございます。そうまでして、塾に来てくれたRちゃん。今日も、「いいもの」たくさん、あまたの中に入れてくれたかな?
2008.06.20
小学生の国語の宿題で、漢字の部首について考えさせる単元ががあります。これをやってきた子が、開口一番「先生、『聞』の部首って、『もんがまえ』じゃなくて、『耳』なんだねぇ。初めて知った。」と、目を輝かせて報告してくれました。漢字の多くは「形声文字」といって、部首が意味を表し、他の部分が音を表すという構成になっていることに気がつかせる課題の宿題だったのすが、きっちり狙い通り理解してくれました。ちなみに、その前の授業のことです。「空」の部首が、「ウかんむり」ではなく、「穴かんむり」であることを説明しようと、「これ、『ウかんむり』じゃないよ。意味考えてごらん。」という僕の問いに、「わかった!『ハエ』だ!だって、ハエって、空に飛んでるじゃん!」と、答えてくれた子達です。ある意味、子どもたちの勝ちですね・・・・。
2008.06.19
早い中学校では期末試験の結果がどんどん返ってきてます。多くの子達が、自己ベストを更新しているようで、嬉しい限りです。Eちゃんは「今回、理科の範囲はだめだぁ~。難しいよ~。」と、嘆いていたのですが、嘆きつつも、きちんとやることはやり続け、期末テストの過去問の点数は上げ調子でした。そして・・・・本番では、1ミスのみ!おしい!その問題は、記述問題で、彼女が理解していることはうかがい知れる答案だったのですが、いまひとつ言葉足らずで減点。100点も十分可能な仕上がりだったわけです。おしい!嬉しくもあり、悔しくもあり・・・・と、いったところでした。そうえいば、Nちゃんは「今回も英語は90点台に届かなかった~。つまらないミスばかりで、ぜったい90点台いけたテストだった。くやしい~。」と、なげいていました。80点台から100点までの間には、また違った壁があります。この壁も、また、高く厳しいものですが、この壁のふもとに立っている子達は、厳しい壁を乗り越える悦びも知っている子達です。いつか、その頂に立つそのときまで!
2008.06.18
「英単語を覚えるのにはどうしたらよいですか?」ある高校生からそんな質問を受けました。じつのところ、僕自身、あまり暗記は得意ではありませんでしたので、単語を覚えていくのには苦労しました。たまたま、父親の仕事でアメリカに住む機会をえたからまだなんとかなったものの、日本で英語を勉強したらどうなっていたかと思うと、ぞっとします。とはいえ、苦手であろうと得意であろうと、最終的に「結果」を出さなくてはいけないのですから、なんとかしなければなりません。件の質問をしてきた子には、僕がやってきたいくつかの工夫を話しましたが、高校生くらいになると、同級生や先輩たちもいろいろと面白い方法を試していたりするので、彼らにも聞いてみることも勧めてみました。本屋に行くと、英単語というジャンルひとつとっても、中学生向けの参考書よりはるかに多種多様の高校生向け参考書があります。そして、そのどれもが、独自の方法論を紹介してくれていて、目移りしそうです。おそらく、どれが正しいとか、そういう問題ではなく、どういう方法論が自分と相性があうのか・・・という問題なんだと思います。自分と相性があう勉強方法にたどり着くまでは、試行錯誤でしょう。しかし、その試行錯誤もまた、高校生活の楽しみのひとつだと思います。その試行錯誤を楽しむくらいの感覚でやれればいいですね。
2008.06.16
少しずつですが、夏の足音が聞こえてきますね。子どもたちが帰宅した後の塾で一仕事していると、すぐにまわりが白んでくるのもこの時期。期末テストが終われば、夏休みはもうすぐそこ!昨年の夏期合宿の写真をスライドにして見られるようになっているのは、美濃校のみなさんは御存知だと思うのですが、もう、この写真が撮影されてからあと少しで一年という時間が流れたことになるのですね。写真の中の子どもたちは、たしかに、みんな、今よりちょっと幼く見えます。それだけ、今の彼らは、とても大人に見えます。子どもの成長は、ほんとうにはやいものですね。そして、子どもたち自身は、きっと気がついていないのでしょうけれど、その成長を支えてくださったのは、お父さんとお母さんをはじめとするおうち方々。日曜日は父の日でした。ひとりでも多くの塾生が、「お父さん、ありがとう。」と、言っていてくれればいいな・・・・。なんてことを思いながら、写真を眺めている自分がいました。
2008.06.15
週明けより、武芸川中学校、下有知中学校、緑ヶ丘中学校、美濃北中学校と、期末試験が一気に始まってきます。彼らにとっては、最後の土曜日。もちろん、塾で過ごすことを選んだ中学生たちが大勢います。14時関校開室を待ちわびていたかのごとくやってくるのは高校生が主なのですが、さすがに今日は、ほとんどが中学生たちでした。さっそく、僕らも、テキストの添削と解説で、子どもたちをサポートしていきます。息継ぐまもなく、授業開始時間がやってきて、夢中になって走り続けていると、「もう、こんな時間。」だったりします。真剣さが支配する時間は、ほんとうに早く過ぎ去っていきます。自分が、子どもの頃は、腕時計をしていることが、塾へ通っている子たちのある種の特権でした。ところが、授業中に腕時計が目に入ると、とたんに自分の集中力が切れてしまうことがわかりました。授業の内容に意識が行かず、「あとXX分。」という、残り時間をカウントするだけの時間になってしまうのです。しかも、そうなると、余計に流れる時間が遅く感じ、授業が、ただただ苦痛で耐え忍ぶだけの時間となり果ててしまったのです。解決方法は簡単でした。腕時計を外し、目に入らないところに隠してしまえばよいのですから。「時間を見ない。」たんにそれだけのことで、授業内容に対する理解度は飛躍的に上がりました。しかも、授業時間に対する体感速度も、これまた飛躍的に上がりました。授業が、よくわかるので、先生の話のひとつひとつが面白く、それゆえに、時間のすぎるのも忘れてしまう・・・。好循環でした。もうあれから何十年かたった今でも、僕は仕事や勉強をするとき、時計をいっさい見ないような環境でするようにしています。もっとも、時間は無限にあるわけではないので、次の行動に移る時間には携帯のアラームが振動ようにするのだけは忘れませんが。
2008.06.14
小学生の国語の授業では、文章を書かなくてはいけない課題がいろいろとでてきます。「文章を書く」ということは、国語の究極の目的と言ってもいいかもしれません。このメール全盛の時代だからこそ、以前にも増して、文章を自由自在に操れる力というのは、大切になっていると思います。とはいえ・・・・小学生の男の子たちです、やっぱり下ネタ大好き、「死んだ・殺した」ネタ大好き。ほんとうのところは、「周りの人たちを笑わせたい!」という純粋な思いだけなんですが、彼らが持っている人を笑わすネタと言えば、下ネタ大好き、「死んだ・殺した」ネタくらいしか無いわけです。そこで、こんな話しをします。言葉というのうはね・・・・・不思議な力をもっているんだよ。言葉にしたことは、良いことも、悪いことも、必ずホントウのことになってしまうんだよ。とくに、文に書いてしまうと、そのパワーは増大するんだよ。だからね、作文とかでふざけて「死ぬ」とか「殺す」とか書いている人はね・・・・実現しちゃうんだよ、それが・・・。しかも、その書いた人にとって、いちばん大事な人に、その力が働いちゃうんだよ。どういうことかわかるよね?この話しで、だいたい、下ネタ大好き、「死んだ・殺した」ネタは撲滅できます。まぁ、しつこく書いてくる子もいますが、もう、周りの子達が、それで笑ってくれないので、すぐに飽きてしまいます。昔から、言葉や文字には「力」がある・・・・と、言われます。よく、言いますよね。「『夢』は、書くと実現する」と。いや、これ、ほんとうですからね。ウソだと思う人は、関校の高校生自習室を覗いてみてください。そこには、みんなの「夢」が書いてあります。そして、やがて、そのみんなの「夢」が、実現していくのを目の当たりにできると思います。「夢」をかなえたい人たち・・・・もう、あなたは、自分の「夢」を書きましたか?
2008.06.13
高3生には、文法、長文読解ともに実戦的な解法技術を授業では説明しています。高3生くらいになると、文法や単語の「知識」的なものは、けっこう自分で身に付けてくれます。週1回の短い時間で、彼らをパワーアップさせるのであれば、やはり、いかに実戦的な解法技術を提示してあげられるか・・・だと思います。とくに、長文の場合、「内容の正確な把握のための構文分析の仕方」「選択肢の選び方・削り方」の2点を指導していきます。ただし、上記2者のうち、どちらか一方のみを選択しなければならないのであれば、自分は、後者の指導を選びます。なぜなら、正確に構文を把握できても、選択肢で間違えてしまえば、得点にならないからです。これは、極論ですが、内容が把握できていなくても、選択肢が正解であれば、得点になってしまうわけです、現状での入試のシステムでは。そんなわけで、高3生にはとくに、「選択肢の選び方・削り方」を中心に、長文解法の指導をしてきたわけですが、今日は、この選択肢が非常に難しい問題にチャレンジしてもらいました。題材にした問題が良くできていて、本文の内容は平易なのですが、選択肢の作り方がうまいところを突いてくるんですね。内容に合わない選択肢を3つ探すのですが、ぼんやり読んでいると、すべての選択肢が内容にあっているように読めるように作ってあるので、本当に難易度が高かったと思います。最初は、みんな本文の平易さに、なんとなく「楽勝ムード」なのですが、選択肢に取り掛かると、だんだん、みんなの顔が、苦痛にゆがんできます。いわく、「あれ~、おかしいなぁ~。本文の内容はよくわかっているのに、選択肢が選べないぞ・・・・」といった感じでしょうか。けっきょく、みんな、大幅に時間をオーバーしつつも、解けそうで、解けない悔しさみたいなのがあって、最後まで悪戦苦闘。最後に種明かしをすると、「あー、そうか・・・・」と、正解に納得しつつも、正解にたどり着けなかった自分に納得がいかないという表情になります。「難しさ」の正体を知るうえでも、今の彼らにとって、こういった問題に触れておくことはとても大事です。知っている知識だけでも、難問は作れるのだということを知れば、また、そのとき崩し方も、頭の中に入ってきます。あとは、訓練あるのみ!
2008.06.12
「暗記科目」・・・・という言葉がありますが、つきつめてしまえば、どんな科目にも「暗記」しなければならない要素はありますし、裏を返せば、どんな「暗記科目」でも、やみくもな「暗記」だけでは、おのずと限界がでてきます。塾講師の間では、「暗記科目」の授業こそ、いかにストーリーを組み立てることができるか・・・が勝負なんてことも言われます。まぁ、このへんの方法論にかんしては、議論の分かれるところですが。これは、塾講師の「講義」だけでなく、みんなの勉強方法にも言えることです。いろいろな知識を暗記していく段階で、きちんと整理して、頭の中においておかないと、だんだんちらかった部屋のように、必要なときに、必要なものがでなくなってしまいます。とくに、理科や社会といった科目は、本来は、きちんとした理論体系に基づいている科目だけに、知識を一本の糸のようにつらねていけると、暗記した知識の運用力が、まったく違ってきます。暗記した知識が、きちんと糸でつながっているかどうかを確認するのは、他の人に、きちんと、ストーリーを説明できるかどうか・・・で、わかります。「これがこうなって、ああなって、だから、こう!」みたいな説明ができるかどうか、必ず確認をしてほしいと思います。あ、でも、友達を相手に確認するのは無しにしましょうね。友達だってけっこう忙しいんです。それに、友達だと、「君の説明、わからないよ。」なんて言いづらいじゃないですか。やっぱり、年上の人に相手になってもらうのが理想です。でも、それも現実的には難しいかもしれません。では、どうするか・・・・?けっきょく、自分を相手にするのが一番現実的です。「自分相手なら簡単だよ!」と、よく言われますが、実際に、やってみてください。きちんと糸でつながっていない知識は、案外、自分相手にさえ、説明できないのだということを発見すると思います。まさに、そのときが、質問のタイミングなんです。先生に、どんどん聞いて、疑問点を試験までに完全につぶしておくわけです。期末前までには、みんなの前で授業ができるくらいまで、知識の吸収と整理に励んでくださいね。
2008.06.11
「無農薬トマトです」というお手紙とともに新鮮なトマトを先日いただきました。ありがとうございます。今朝、サラダにしていただきました。しっかり味があるのに、青臭さが無いことにおどろきました。身体が元気になっていくのがわかります。この元気を子どもたちに返していきたいと思います。
2008.06.10
関高校の定期試験が今日終わりました。これからは、武儀高生と中学生たちが定期試験勉強の主役になります。中3生は、修学旅行というイベントをはさんでのスケジュールになるので、気が抜けてしまっていないか心配だったのですが、杞憂でした。過去問題の結果を見る限り、今回も順調に仕上がっている感じです。新年度から入塾した子どもたちにとっては、「塾で勉強する」ことの効果と意義を実感しはじめるころです。そんな子のひとり、Kさんが、今日嬉しそうに報告してくれました。彼女の苦手科目は英語です。その英語の抜き打ち単元確認テストがあり、なんと、自己最高記録・・・・をとれたというのです。嬉しいですね。僕らはこの一言のために、精一杯仕事をするわけですから。もちろん、本番は期末テストです。こちらで成果が出れば、きっと嬉しさも数倍でしょうし、それが自信にもなります。期末テストを「結果」と「自信」と「やる気」の好循環のきっかけにしていきたいですね。
2008.06.09
関校だけでなく、美濃校だって負けてはいません。開室の17時になると、待ってましたとばかりに子どもたちが勉強しにやってきます。塾講師を初めて15年がたっていますが、教室が開くのを今かと待ち構えているのは、開智塾の子どもたちだけです。その姿には本当に感動させられます。日曜日の美濃校の自習室は、この時間帯だと、ふだんは中1の子達がよくやってきます。しかし、今日は違いました。開室と同時にやってきたのは、高校生たち!そう、武儀高の期末試験が来週に迫ってきているのです。とくにみんなで示し合わせていたわけではないようですが、つぎつぎとやってきます。そのたびに、お互いに「あ~、やっぱり!!!期末試験前はやっぱりこう(自習室で勉強)だよね~。」なんて言って苦笑しあっています。もちろん、勉強しているときの集中力はさすが高校生。先輩たちが放つオーラに励まされながら、中学生たちも期末試験にむけて勉強をがんばっていきます。ちょっと、勉強には関係ないかもしれませんが、高校生の女の子たちが、「ここの塾のトイレはほんとうにきれいだよね~」なんて話しをしていました。塾ってのは、ソフトウェアだけでなく、こういったハードウェアも大事です。ちょっと嬉しかったです。今日も、トイレを始め、教室中ぴかぴかに掃除をしておきましたからね。明日も、塾へ来てがんばってくださいね。
2008.06.08
各中学校の期末試験が迫ってくる中で、授業でも期末試験の過去問をとりあつかっていくことが多くなります。とくに初めて期末試験を受けることになる中学1年生は、一方で、まだ小学生らしさというか、幼さが残る中で、どんな戦いをしてくれるのか、その戦果を占う意味もあります。それは、「何点取れるか?」ということだけでなく、「<自分が他人から明確に評価される>ということに対して、どれだけ自分の全力をぶつけることができるのか?」という受験勉強を通して、いちばん学んで欲しいことのひとつだったりします。今シーズン、真っ先に試験に入る緑ヶ丘中学校の期末試験問題を、今週は題材に使うことが多かったのですが、「緑ヶ丘中学校ばかりでずるい~。」という声がほかの中学1年生の子どもたちから上がったのは、ちょっと嬉しい誤算でした。こちらとしては、テストが実施されていく順番に、すべての学校の問題を授業でも取り上げていくつもりなのですが、「自分たちの学校の問題も早く題材としてピックアップして、解説してほしい!」という子どもたちの声は、彼らの中で、期末試験という課題に全力で取り組んでいるひとつの証左といえると思います。いいですね!!!
2008.06.07
心当たりのある人はお早めに!
2008.06.06
小学5年生のクラスに入ると、ある子が本を読んでいます。聞くと、最近赤川次郎にはまっているといいます。僕の世代だと、中学校時代にかなり多くの人がはまっているはずです。どれくらい、赤川次郎のブームがすごかったかは、今の子どもたちには想像もできないかもしれませんね。なにせ、長者番付でも、作家部門はもちろんのこと、総合部門にもトップ10にランクインするほどの売れようだったわけで、右を向いても左を向いても、みんな赤川次郎を読んでいる・・・・・というくらいでした。当時は、「赤川次郎なんて・・・」という言われ方・・・というより嘆かれ方をするくらい、エンターテイメントに徹していた作家でしたが、今や、漫画すら読んだことが無いという子が決して少なくない活字離れ現象の中、開智塾の子達が、一生懸命本を読んでくれているというのは心強い限りです。教育に携わる現場の人が、あらゆるところで、何度も発言していることですが、国語力こそが、すべての科目の原動力であり、その国語力を育むのが読書であることは、周知の通りです。自分の場合もそうでしたが、本を手にするというのは、それ以外に楽しみがあまり無い状況にあったからというのが大きくありました。あらゆるメディアが発達した現代において、「本以外に楽しみが無い」という状況を作り出すのは、限りなく困難だと思いますが、なんとかして、まわりの大人たちが、子どもたちを読書の世界へいざなえるような工夫をし続けていかないといけないと思います。読書は、苦痛でもなんでもなく、楽しくて仕方がないエンターテイメントなのですから。
2008.06.05
みんなが来る前に僕らはいろいろと授業の準備をします。みなさんも御存知かと思うのですが、ときどき授業中にビデオを撮っているのもこのためです。撮影した授業の様子は、他の先生たちにいろいろと批評されたりするわけですが、自分で見ていても、「ああ、あそこはこうしたほうがいいな。」といった点が見えてくるものです。人間というのは、自分の姿だけは見られません。だから、こうしてビデオという機器を使って自分の様子を見ることができるというのは、とても役に立つことです。僕らが教壇に立つと、子どもたちの姿が見えます。自分が子どもで授業を受ける立場だったときには想像もできないほど、教壇からはいろいろなことが見えます。とくに、授業に対して、どれくらい集中しているか、ということは、誰が見ても分るほど、はっきりします。「ちゃんと聴いている?」と、僕らが声をかけるのは、ちゃんと聴いていないからです。「ちゃんと聴いているよ~。」たいていの子は、そう返しますが、一度ビデオで見せてあげたいものですね。成績が上がっている子と、成績が上がらない子。ものすごくはっきりわかります。とくに、成績が上がらない子は、成績が上がる子たちの授業態度を見ると驚くかもしれませんね。成績は、「頭がいい。」「頭が悪い。」ということではなく、もっと別の要因で決まるのだということが、きっと明白になると思います。とは言え、実際に授業中にカメラを子どもたちに向けているのも何なんですから、結局、僕らが子どもたちのビデオカメラの役割をしてあげることになるんですけれどね。「ほら、○○○ちゃん。ちゃんと聴いている?」
2008.06.04
やはり高校生の集中力は一味違います。今、関高の期末テスト週間で、自習室に高校生たちがあふれています。彼らが出すオーラは確実に中学生や小学生に伝わるんですよね。大人たちが「静かに勉強しろ~」と言うより子どもたちにとっては、年齢も近い身近な人たちが自分とは圧倒的に違う次元での集中力を発揮していることのほうが、迫力も説得力もあるのだと思います。「同じ年齢であること」を、日本の教育現場ではとても重要視されているのですが、その垣根を良い意味で取り払ってしまえるのも、「塾」というところの良いところであり、たぶん、僕自身が、学校の先生より、塾の先生を職業として選んだのも、塾のそういうところに惹かれたような気がします。学校は学校で魅力的なんですけれどね。
2008.06.02
今日までに全丸という宿題が出ている中学1年生たち。量的にも、内容的にも、かなり苦労していました。とくに今年から塾に通いだした子たちは、小学生の算数内容にちらほらと穴があるために、なかなか先に進みません。気付くと今日だけで4時間近く奮闘している子達もちらほら。そうなると、おうちで待っている親御さんは不安になるもの。何人かの親御さんから塾に心配の電話が入ってきます。(ご心配おかけして申し訳ありません)ちょっと前までは小学生だった子が、いきなり1日に何時間も塾で夜遅くまで勉強している・・・・という事態に、うれしいという気持ち、ほんとうにちゃんとやっているんだろうかという不安な気持ち、こんなに遅くまで勉強して身体は大丈夫だろうか?という気持ち・・・・。電話の向こうの親御さんの複雑な気持ちが伝わってきます。教室の子どもたちはというと・・・・「塾で勉強しているんだから心配しなくていいのにねぇ。」とか「うちなんか、ぜんぜん心配してないから、塾へ電話なんかかけてこないんだ。」とか、まぁ、すき放題言っています。「もうそろそろ帰って来いと言われたけれど、今日中に全丸にしたいから、絶対に帰らないって、親に言ってやった。」などと息巻く子も・・・・。おいおい。さて、残念ながら、何人かの子たちは時間切れになってしまいました。「時間切れ」という体験も、この時期の子たちには大切です。「どうしたら期限までに終わらせることができるのか・・・?」ということを考えるきっかけになりますから。そんなとき、「うちなんか、ぜんぜん心配してないから、塾へ電話なんかかけてこないんだ。」なんて言ってた子の表情が、ふと緩みました。じつは、お父さんが、こっそりお迎えに来てくれていたのでした。親心も、子心も、複雑ですね。でも、とってもあたたかい。
2008.06.01
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