2006年03月14日
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 先日、何気なく見ていたテレビ番組で、広島の原爆に被爆した女性で現在生きている人の語る話を知った。
 その人は、爆心地からやや遠いところにいたため、即死ではなかったが、家が倒壊して火事になり、小さな娘(5~6歳くらいか?)と一緒に燃える家の中に閉じ込められた。

 自分は逃げられるのだが、娘が倒れた瓦礫に足を挟まれて動けない。死に物狂いで瓦礫を取り除いて助けようとするが、全くかなわない。誰も助けに来ない。そうしている内にいよいよ火が回っていた。
娘が泣き叫んでいる。
「アシガイタイー! アシガイタイー!・・・」。
さらに火が回ってくる。このままでは2人とも焼け死ぬ。

「一緒に焼け死のうかと思いましたが、私にはそれはできなかったです。」と本人がカメラの前で語った。
 娘だけが焼け死んで、母親は逃げた。戦後は広島から離れ、一生このこと悔いて、一度も広島に帰ることができなくて今に至っている。

 広島でも長崎でも、同じようなエピソードはきっとあるに違いない。原爆の犠牲者の、戦争犠牲者の内のほんの一つのものだ。


 ソ連の独裁者、スターリンが語った言葉だ。
 人間はいろんなことを、頭の中で、抽象化したり、整理して、世界を認識している。だが、何もわかっていないのだ。
 いや、正しくこの世を認識すると、正気ではいられないのだろうか。

 僕は、この生き残った母親の苦悩を思うと、人はこんな時に宗教を必要とするのだということを思った。
 たとえ、その宗教が、傍から見て、少しいかがわしいところがあったとしても問題ではない。

 キリスト教だったらこう説くだろうか?
「人は皆、罪を抱えている。それをちゃんとわかりなさい。そして神だけがそれを許すことができる。だからただただ祈りなさい・・・」。

 仏教者ならこう語るだろうか?
 瀬戸内寂聴だったらこんなことを言うのだろうか?
「あなたはその悲しみを忘れようとしても忘れられません。だからそれを徹底的に大事にして涙が枯れるまで泣きなさい。この試練はあなたを去りません。でも、仏様は人が耐えられないような試練をおあたえにはなりません。毎日、娘さんのことをお祈りしなさい。お菓子でも何でもその子が好きだったものをお供えしなさい。そうするとね、仏様になった娘さんが、これからのあなたを見守ってくれて、あなたを助けてくれる。そんなふうに思って見なさい・・・」。

 もし、僕が、この母親のような試練を背負っていたら、上のどちらの言葉にも、心酔するだろう。





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最終更新日  2006年10月09日 20時46分30秒
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