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伯父が逝ってもう七年になろうとしている。通夜の席で初めて聞かされた本家のエピソードは、いまでも自分の中の血と混じり合って、強い磁場を共有して来た。読経の後、線香の守をつとめながらひさしぶりに会う従兄弟たちと思い出話に耳を傾ける。初めての伯父のエピソードは、自分のなかに残る印象よりも、はるかに色濃く、そして確実な実体を持っていた。吉野の山間にある過疎の村からの出奔。丁稚修行。伯母との出逢い。出征。中国戦線。負傷。再度の従軍、そして復員。伯父は生存中にまめに子供たちにそれらの話を聞かせていたのだろう。すぐ下の弟にあたる父は経験者でしか語れない重みがある言葉で少しだけ語ってくれたことがある。戦争の話は話したがらない。戦後6人残った兄弟が、この日、ついに父だけになってしまった。しかし、残された者が勤める役割に、父はもう力を失っている。話題は崩壊する山の話になっていた。祖父から100年を超える吉野白屋の物語は、立ち退きが決まった時点で、時計の針を止めた。既に都会で便利に暮らしている従兄弟たちが、本家から家具を運びだし、父や伯父たちが生まれ育った家を去るとき、つぎからつぎに涙がこぼれて止まらなかったという。その涙の意味は、故郷を失うものが感じる哀愁と同じなのかもしれない。そしてそれは、絶えず私のなかに存在する、制御できない、放浪をつづけている意識でもある。だからこそ、私にしかできない勤めを果たす決意を公言したのだ。白屋に住んだことは、ない。が、40年前の古い石垣の写真を見るとき、私はまぎれもなく、吉野であり白屋なのだ。夜半、家族が寝静まってから家出し、月明かりさえない真っ暗な細い岩山道の崖を、石垣を手さぐりしながら歩いて下山した伯父。持っていたのは希望という名の小さな灯りだった。記憶と記録。そこにある白屋。私は誰なのだろう。
May 24, 2010
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初めて宮沢賢治に触れたのは五年生くらいだったと思う。よだかの星、気のいい火山弾、だったか、童話集だったような気がする。切なさの残る物語が妙に心に影を落としたのだった。イツモシヅカニワラッテヰル この意味がやっと理解できたのは最近になってからだ。死と向き合ったとき、自分はその詩人たる所作の気配を姿することができるのだろうか。吉野弘の言うところの疑問符の自然なかしげでそれを迎えることができるのか。詩を詩することは難しい。死は容易いのにどうして詩はこんなに責めるのだろう。追い込んでしか見えない、見えて来ない許しに、解はあるのか。否、無いのかもしれない。あるのは、晦だけか。
May 22, 2010
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やっと五月らしい天気になった。やわらかな陽を受けながら、早朝、雑草の萌えるグランドに向かう。目的は、ない。ただ、肌で感じる五月を享受したい。駐車場の脇、民家の庭に植えられた夏柑の木に、白く可憐な花が咲いている。五弁の白い小さな花。ジャスミンの花のような、くちなしの花のような、柔らかな花弁。その木の足元に植えられたカラーがまっすぐに咲いている。小さな白と大きな白の対照が周辺のブロック塀から浮き立つ。やわらかな斜光線はそのものの質感を視角化させてくれる。自然だけが描くことのできるマチエール。触感を思い出そうとして自分を消す。現れてきたのは、幽かな香りだった。薔薇。その匂いの方向へ無意識に引き寄せられる。十数メートル離れた家に、塀に、庭に、それはあった。 深紅の薔薇の撩乱。 悩ましく狂わせる背徳の香り。 五感が麻痺していく。 声が欲しい。
May 15, 2010
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「バトパハ河の埠頭にそう日本人倶楽部の三階に私は、旅装を解いて、すでに二週間近くになる。鎧窓をひらくと、そとは、いちめんの朝霧であった。 それは、屍体の鼻孔や、口腔に填めるつめ綿にも似た、陰気くさい北欧あたりの黄っぽい霧とはまったくちがう。晴れ間をいそぐ、銀色がかったうるみがちな川霧である。ちぎれては、ちぎれては、すばらしい速さで、それは翔ぶ。 霧のうすれてゆく尻尾の方から、墨で画いた水駅の欄干がすこしずつみえてきた。荷船のへさきや、斜にかしいだ帆柱や、赤い三角旗や、カラッパ葺のサンパンの苫などが、表情だくさんに、入墨ぐらいの淡さであらわれたかとおもうと、小姑(こむすめ)の吐く息ぐらいの、かすかな霧でかき消されていってしまうのであった。」『マレー蘭印紀行』(金子光晴・中央公論社)よりやはり金子は凄い。叙情を文火で料理するということは透徹に醸すことだといまさら思う。いや醸造だからこそ時間をかけてなお書けるのだろう。研いで研いでそうして醸す。紀行文としては最高なのではないかと。詩集のうち「女たちへのエレジー」は金子ならではの叙情を見せている。私感をひょいと表出させて。有名な「洗面器」も収録されている。洗面器(僕は長年のあひだ、洗面器といふうつはは、 僕たちが顔や手を洗ふのに湯、水を入れるものとばかり思つてゐた、ところが、爪哇(ジヤワ)人たちは、それに羊(カンビン)や、魚(イカン)や、鶏や果実などを煮込んだカレー汁をなみなみとたたへて、花咲く合歓木(ねむ)の木蔭でお客を待つてゐるし、その同じ洗面器にまたがつて広東(カントン)の女たちは、嫖客(へうかく)の目の前で不浄をきよめ、しやぼりしやぼりとさびしい音を立てて尿(いばり)をする。) 洗面器のなかの さびしい音よ。 くれてゆく岬(タンジヨン)の 雨の碇泊(とまり)。 ゆれて、 傾いて、 疲れたこころに いつまでもはなれぬひびきよ。 人の生のつづくかぎり 耳よ。おぬしは聴くべし。 洗面器のなかの 音のさびしさを。
May 3, 2010
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