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創造の草笛あなたはしづかにわたしのまはりをとりまいてゐる。わたしが くらい底のない闇につきおとされて、くるしさにもがくとき、あなたのひかりがきらきらとかがやく。わたしの手をひきだしてくれるものは、あなたの心のながれよりほかにはない。朝露のやうにすずしい言葉をうむものは、あなたの身ぶりよりほかにはない。あなたは、いつもいつもあたらしい創造の草笛である。水のおもてをかける草笛よ、また とほくのはうへにげてゆく草笛よ、しづかにかなしくうたつてくれ。大手 拓次
Feb 17, 2011
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追憶より 芥川龍之介 夢中遊行 僕はその頃も今のやうに體の弱い子供だつた。ことに便祕しさへすれば、必ずひきつける子供だつた。僕の記憶に殘つてゐるのは僕が最後にひきつけた九歳の時のことである。僕は熱もあつたから、床の中に横たはつたまま、伯母の髮を結ふのを眺めてゐた。そのうちにいつかひきつけたと見え、寂しい海邊を歩いてゐた。その又海邊には人間よりも化け物に近い女が一人、腰卷き一つになつたなり、身投げをする爲に合掌してゐた。それは「妙々車」と云ふ草双紙の中の插畫だつたらしい。この夢うつつの中の景色だけは未だにはつきりと覺えてゐる。正氣になつた時のことは覺えていない。 「つうや」 僕がいちばん親しんだのは「てつ」の後にゐた「つる」である。僕の家はその頃から經濟状態が惡くなつたと見え、女中もこの「つる」一人ぎりだつた。僕は「つる」のことを「つうや」と呼んだ。「つうや」は當り前の女よりもロマンテイツク趣味に富んでゐたのであらう。僕の母の話によれば、法界節が二、三人編笠をかぶつて通るのを見ても「敵討ちでせうか?」と尋ねたさうである。 郵便箱 僕の家の門の側には郵便箱が一つとりつけてあつた。母や伯母は日の暮になると、代る代る門の側へ行き、この小さい郵便箱の口から往來の人通りを眺めたものである。封建時代らしい女の氣もちは明治三十二三年頃にもまだかすかに殘つてゐたであらう。僕は又かう云ふ時に「さあ、もう雀色時になつたから」と母の言つたのを覺えてゐる。雀色時と云ふ言葉はその頃の僕にも好きな言葉だつた。 灸 僕は何かいたづらをすると、必ず伯母につかまつては足の小指に灸をすえられた。僕に最も怖しかつたのは灸の熱さそれ自身よりも灸をすえられると云ふことである。僕は手足をばたばたさせながら、「かちかち山だよう。ぼうぼう山だよう」と怒鳴つたりした。これは勿論火がつく所から自然と聯想を生じたのであらう。1926年『文藝春秋』連載文より 抜粋
Feb 16, 2011
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今年の米グラミー賞はある意味ビジネス背景の匂いがしないでもないがそれはそれか。正月に甥のケースケとB'sの松本について話したばかりだった。楽曲をコピーしてデュオしようと約束したが彼は松本をどう思っただろうか。上原にしても最近何度も聴いている。この二人の真ん中にチックコリア作曲の「SPAIN」という楽曲があるからだが。スタンダードに数えられるくらい有名な曲なのだが、自分がボサノバにのぼせている頃には聴いたこともなかった。この曲にハマったのはつい最近のことだ。ギタリストを憧れた時代。そういう時があった。その頃の音は澄んでいたし、響いた。音楽から逃げ出してから、自分と自分の周りの音源を絶った。それ以降、BGMで音楽を聴けなくなってしまっていたのでこの曲も聴いたことがなかった。暮れにたまたまギターを弾く気になってスコアを探すうちに、チューブでこの曲にぶつかった。ショックだった。弾きたい。指が動けばの話だが。よく見つけたものだと思えたが、正確に言うとアーカイブされた音源、時間を遡って取り巻くその背景までも労なく入手できたからこそ出会えたのかとも言える。ネットは逆玉手箱なのか。もし、当時、今のネット環境があったなら、おそらく自分は音楽で食っていたに違いない。あと、アルディメオラの音が、あのオベイションの音で「Mediterranean Sundance」と、ピアソラの「Libertango」こちらは自分なりに編曲しなければギターではしんどいかも。とりあえず、松本の「SPAIN]と、john&pacoの「SPAIN」の融合点を探すことから。時代に乗り遅れたおっさんはそれくらいしか能がないので。(笑)http://www.youtube.com/watch?v=aSMce72P8H0&feature=relatedhttp://www.youtube.com/watch?v=BRU1o-sCnqY&feature=related
Feb 16, 2011
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