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11月26日、土曜日、ふく刺しとふく鍋をたっぷりと堪能し、酒を楽しんでいるメンバーを残して一人ビヴィサックで静かに寝ていた。夜中に突然、『ザー』という音とともに、『ドシャドシャドシャ』というビヴィサックを叩く振動で目が覚めた!離れた所から、ダイドックの『こちらにきませんかー』との声が聞こえてくる。 すごい雨で、ビヴィのジッパーから水が滲み出してきた。 緊急事態だ。さすがにテントに入れてもらおうと思い、出口のジッパーを開けようとするのだが、まだ頭が寝ぼけていて、なかなかジッパーのつまみが見つからない...『行きまーす』と返事をしながら悪戦苦闘の末にジッパーを手探りで探しだし、なんとかビヴィから這い出した。 すごい雨だ。シュラフを持って這々の体でダイドックのテントに入れてもらい、マットを忘れていた事を思い出して取りに戻る。 雨はザーザー、雷も鳴り始めた。3人用のテントなので、スペースは充分ある。 ありがたい。が、人のテントで一緒に寝るなんて、初めてかもしれないなー(小学校の時の野外学校は別にして)。『ゴロゴロ、ドーン!』、『ザー、ドシャドシャドシャ!』。。。『ゴロゴロゴロー』、『ピカッ』、『ドドーン』。。。朝方まで、この繰り返し。 寝そうになると雷で起こされる。 アー、疲れた。用事があるダイドックは、朝6時過ぎには荷物をパッキングして、雨の中を地方に戻って行った。朝7時過ぎ。 雨も上がり、空も少しずつ明るくなってきた。三々五々に残ったメンバーは起き出し、各自で適当に朝食を準備する。 私は、具沢山のシチューで体を温め、ウドンをつくって啜り込む。 うーん、体が温まるー。朝食の後は、道具を片付け、パッキングして8時過ぎには出発だ。3人で出発した公園に向かって漕ぎ出した。到着の直前には、風が強くなって白波も立ち始め、気温も下がってきたが、無事に浜にたどり着いた。 お疲れさまでした。***美味いふく刺しとふく鍋、酒の後は、雷雨の中のキャンプ。 今回も、いろいろなハプニングがあり、思い出に残るツーリングだった。これで今年は、50日位は海に出ている事になるだろうな。 まだまだ、来年までは一ヶ月もある。冬のキャンプツーリングは、焚き火が最高だ。 瀬戸内を、もっと楽しもう!
November 27, 2005
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26日土曜日は、ダイドックのふく鍋ツアーに参加。 横断隊が終わり、このふく鍋ツアーがやってくると、瀬戸内の冬が始まるような気がする。朝10時、参加者は佐合島の対岸にある小さな公園に集合した。今回は、参加者4名、ガイド1名のツアー。 基本は日帰りで、昼食にフクを食べるのだが、希望する参加者は島にキャンプすることも可能との事だったので、キャンプ道具一式を準備してきた。今回は、私としてはフクを食べるのが主目的で、漕ぐ距離も短いため、久し振りにレンタルカヤックで参加させてもらった。 漕ぐのは、先週末にたっぷりと漕いだからね。フネを降ろし、荷物をパッキングして穏やかな海に漕ぎ出す。風もなく、波もない。 暖かく、のんびりとした瀬戸内らしい海だ。 横断隊でも一緒だったダイドックさんと、やっぱりこんな静かな海をのんびりペースで漕ぐのが良いねー、と頷きあう。佐合島を直接目指そうかという話しもあったのだが、あまりにも距離が短いという事で、島を一回りしてからキャンプ地に向かう事となった。馬島と佐合島との間を抜け、牛島、祝島を眺めながら佐合島の岸沿いに進み、ちょうど昼頃キャンプ予定地に到着。***食事の準備が進んでいる間に、まずはプシュ!そうこうしている間に、フク刺しが並べられ、鍋の準備も整ったようだ。みんなそろって再び乾杯!フク刺しは、去年よりさらにグレードアップしている。 旨ーい。鍋。 アラが最高だ。 いろいろな魚のアラを鍋で食べるが、このフクのアラはプリプリしていて本当にウマい。グビッ、プリッ、サクサク、グビッ。 アー、真っ昼間から酒を飲み、うまい料理を食べて、きれいな海を目の前に幸せな気分。***食事の後は、島を散策。 ダイドックの知り合いに会うたびに挨拶を交わす。ダイドックがつくっているという畑を見学し、大根の葉とわけぎをゲット。島唯一のタバコ屋さんに行ったあとは、神社にお参り。 小さい島にしては立派な神社である。この佐合島は、周囲5.5kmほどで、住んでいる人は30人ほど。 そのほとんどがお年寄りだ。今でこそ住んでいる人は少ないが、天保13年には694人、明治22年には975人もの人が住み、賑わっていたとの事。 また、上関の室津に連絡するための狼煙場跡もあるそうな。静かでのんびりと時が流れて行く。 なんともいえない独特の島時間。 こんな所に住んでみたいものだ。***浜に帰ると、参加者の一人の人が地方(本土)に戻る事になった。 みんなで見送る。夕方からは、ふく鍋の出汁で雑炊だ。 畑から採ってきた大根の葉とわけぎを入れて食べると、これまたウマい。うれし涙の一日である。ビール、ふくの鰭酒、ワイン、ラム、カンパリ... もう、なにもいう事は無い。昼間から飲んでいたからか、平日の仕事の疲れか、早くから眠くなった。 天気も良く、それほど寒くもないので、今日は久し振りにビヴィサックで寝る事とする。みんながまだ飲んでいるなか、独りでそそくさとビヴィにもぐり込む。またまた、なんて楽しい一日だったのだろう。 最高やー!
November 26, 2005
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小豆島から出発した、第3次瀬戸内カヤック横断隊の3日目。 明日から仕事が待っている私は、今日の途中で離隊する予定。瀬戸内海の分水嶺を越えたため、今日から午前中は逆潮となる。 そのため、因島と向島との間の瀬戸が最初の難所であり、少しでも余裕を持とうということで、今朝は6時30分出発の予定。いつもより30分ほど早い4時半に起床し、日課となった片付けと着替え、朝食を済ませて、これまた毎朝日課となっている、出発前のミーティングだ。今日は、村上さんの所のお客さんであるKさんが、途中までの見送りという事で、まだ暗いうちから仙酔島の浜に来られていた。久し振りなので挨拶を交わし、近況を交換する。今日の予定を確認すると、阿伏兔観音を経て、田島の南岸を進み、横島と田島の間を北上したあと、向島へ向かう。そこから、因島大橋の下をくぐり、向島側に沿って岩しじま、佐木島、生口島、大三島と進む予定だ。その予定を聞き、一番地方(本土)からアクセスしやすい、向島と岩子島の間の小さな浜を、今日の私のゴールとする事とした。***ミーティングが終わり、予定取り6時半過ぎに出艇。まだ早いため、たいして潮の影響も無く、朝焼けの中を順調に漕ぎ進む。阿伏兔観音が近づいた頃、一緒に漕いでいた見送り隊のKさんがGPSを持っていたので(小豆島から出発した隊員は、だれもGPSを持っていないのだ)、今どれくらいのスピードですか? と聞くと、『8km/hくらいです』との答え。そうか。 道理で、いつもマジに漕がないとついて行けない訳だ。荷物満載のカヤックで、時速8kmで日の出から夕方まで一日中漕ぎ続けるこの横断隊。 いやはや...***田島、横島、百島と順調に進む。 昨日サポートを受けていたMさんも、遅れながらもなんとか付いてきている。 向島の観音崎の近くの小さな浜に上陸して、10分程度、女性メンバーのためのレストタイム。この浜では、最後の難関越えに備えた行動食として、バナナにコンデンスミルクを付けて胃に収める。 普段ならぜったいにこんな甘いものは受け付けないのだが、この時ばかりは、体が欲しているのが実感できるのだ。再び出発し、観音崎を越えても、あまり強い流れは感じられない。これは何ともないのか? とみんなが思っていた所、因島大橋の下では、やはり逆潮が待ち受けていた。岸沿いのエディーを利用して少し遡り、本流とエディとの境目を漕ぎ上がっていた所、潮に流されたMさんが、私のフネの横っ腹に向かって突進してきた...あー、来ないでくれー!!!!ドン! という軽い衝撃はあったが、スピードもそれほどではなく、心の準備もできていたため、なんとか沈は免れた。 が、こんな所でひっくり返ったら大変なことになるところだ。ホッと、胸をなでおろす。その後は、橋の下の逆潮を気合いを入れて漕ぎ上がり、向島と岩子島との間のブイの所で、みんなとお別れの挨拶を交わす。ここでは、腰を痛めたTさんも一緒に上がる事となり、みんなを見送ったあと、上陸地点へと向かった。***小豆島から尾道まで、3日間で約110km。 今年も部分参加ではあったが、学ぶ事、考えさせられることの多い、充実した毎日であった。昨日24日には、予定通り山口県の祝島に到着したとの連絡が有った。 よかった!3年前にこの瀬戸内カヤック横断隊が始まった事で、瀬戸内のシーカヤッカーのメンタリティやモチベーションが高まりネットワークが強くなっている。 それに加えて、海沿いに住む人々のシーカヤックや海への理解が深まっている事も感じられる。横断隊に参加する事で、瀬戸内の海洋文化の未来につながるうねりが、少しづつではあるが、確実に成長していることを実感している。
November 25, 2005
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横断隊2日目の朝。 今日は瀬戸大橋越えという難関が待っており、潮流のきつい大潮の時期でもあるため、余裕を持って少しでも早く出ようと言う事で、朝4時半過ぎに起床した。いつもの通り、シュラフの片付けから始め、テントを畳んでから食事の準備。今朝も、餅入りの塩ラーメンだが、横で食事の準備をしている若いプロサーファーは、生味噌を使ってみそ汁を作っていた。『味噌からみそ汁を作るなんて本格的だねー』 すると、 『みそ汁は体が温まりますからね』そうか、味噌は体を温めるのか。 それを聞いた私は、さっそくインスタントのみそ汁と乾燥ワカメと麩の具を取り出し、塩ラーメンに投入した。このような厳しい状況での旅では、年齢は関係ない。 厳しい状況を切り抜けてきた経験と正しい知識がモノを言う世界なのだ。そういうことを、これまで2回の横断隊経験で身にしみて知った私は、すぐに彼の言葉を自分の食事に活かす事にした。味噌味となった餅入り塩ラーメンを食べ、行動食を準備し、着替えて出艇を待つ。昨日遅れたHさんは、一日だけの参加予定だったので本日は離隊。 14名で漕ぎ出す事となった。本日のリーダーは、村上水軍商会の村上さん。簡単なミーティングの後、渋川海岸を出てまっすぐに最短距離で瀬戸大橋へと向かう。途中、経験の浅いMさんのフネが、独り右方向に離れて行く。 みんなでどうしたんだろうと気にしているのだが、それでもドンドンと離れて行くのだ。 これはおかしいという事で、ストップし、数人が様子を見に行くと、ラダーケーブルの調整が上手く行かず、左に舵が切れない状態になっていたようだ。ケーブルを調整し、Mさんの合流を待って再出発。幸いなことに、潮流も風もそれほど影響を受ける事無く、無事に瀬戸大橋の近くまで漕ぎ進んだ。釜島の近くまで来た時に、一艘の漁船が近づいてきた。『どこまでいくんか?』 『山口までです』 『瀬戸大橋の下の下津井瀬戸は、大潮で渦ができているぞ。 わしらのボートでも交わしながら抜けるのに、そんなフネじゃ沈む。 もし行くんなら、あの橋脚の方に行った方がええ』 『そうですか。 ありがとうございます』ということで、せっかく地元の海に詳しいプロのアドバイスを頂いたのだから、下津井瀬戸の南側になる櫃石島側を抜けて行く事とした。でも、久須美鼻の所から松島まで航路を横断しようとする所で、下津井瀬戸からバンバン本船が出てくる。 うーん、やっぱりなかなか難しい場所だ。それでも少し船と船との間が空いている時間を狙い、コンパクトにまとまって全速力で一気に横断した。 やっと松島。 ここまで来れば一安心だ! ホッと胸をなでおろす。瀬戸大橋の下は、追い潮だが川の様に流れ、橋脚の向こうでは白波が立って渦を巻いている!!!ここは海なのだが、まるで川の瀬を下っているような感じで、渦に巻き込まれないよう慎重なパドリングで漕ぎ抜けた。 瀬戸内が初めての人には、驚くほどの潮の流れだったようだ。 ここまでで、8時過ぎ。私も、初めて一人でこの瀬戸大橋を越えたときは逆潮で押し戻され、橋脚の裏のエディーに避難したのだが、そこに渦が巻いていて、フェザークラフトK-1のスターンが引き込まれそうになり、ヒヤッとしたことを思い出した。 あの時は初めての場所だったし、また独りだったので、本当に心細かったなあ。その後は、本島の北側で小休止し、広島、手島、北木島の北岸に沿って白石島を目指す事になった。***風もなく、潮の影響も無い状態でのパドリングなのだが、単調で長い時間が過ぎて行く。昨日は、経験の少ないHさんが向かい風と逆潮で遅れ、他の隊員にサポートされる事になったのだが、今日は、同じくカヤック経験の少ないMさんが遅れ気味。進んでは待つ、進んでは待つを繰り返していたのだが、結局最後は、今日のリーダーである村上さんの判断で、Mさんがサポートされる事になったようだ。最初は、村上さんと女性の乗るタンデム艇でサポートしていたが、途中からは、他の2艇も加わり、3重連状態となった。昼前にようやく白石島に近づく。 この白石島の手前で潮が変わり、逆潮になった。 パドルが重い。地元のHさんの、逆潮が強くなる前に白石瀬戸は越えておいた方が良いとのアドバイスで、上陸して休憩せずに、白石島を抜けて鞆の浦に向かう事となった。***わずかな休憩に、バナナを食べ、カロリーメイトを胃に収め、飲料水を口に含む。白石島を越えてからは、思ったほど潮はきつくなく、風も穏やかで順調に進んで行った。 Mさんも、途中でサポートから解放されたようだ。 頑張れ。沖合には、『ふくやま』と書かれたブイがある。 そう、もう広島県に戻ってきたのだ!!感慨無量。 夕方も近づいており、今日の目的地は仙酔島のビーチと決まった。しかし、あともう一踏ん張りなのだが、疲れもあるのか、目指す仙酔島はなかなか近づいてこない。それでもようやく浜にたどり着き、3時過ぎにはフネを引き揚げた。本日の槽行距離は、約50km。そそくさと荷物を降ろし、テントを張り、着替え、山道を越えて国民宿舎の風呂へと向かう。疲れた時の風呂は最高だ。 凝りに凝った肩甲骨あたりの筋肉もほぐれて行くのが実感できる。幸い先週痛めた腰は、漕ぐほどに調子が良くなっている。 ちょうど良いストレッチになっているのだろうか?一緒に入った仲間と、昨日、今日の四方山話しをしながら、浴槽に使ってのんびり、ゆったり。 あー、まるで天国のようだ。風呂上がりには、椅子に座って冷えた缶ビールを『プシュ!!!!!』 『ゴクリ』 『グビグビ』 これが、いつもに増して旨いのだ。再び山道を越えて浜に帰ると、Hさんとその知り合いの人から、ビール、ワイン、大きなスズキの刺身、つまみの差し入れがあった。 ありがたい。感謝。しばし仲間達と軽い酒宴を楽しみ、明日の早い出発に向けて、今日も早めにシュラフにもぐり込んだ。明日3日目は、今年も横断隊部分参加の私にとっては、とうとう最終日。昨年は、3日目の午後に強い向かい風の寒波の中で疲労のピークがやってきて、いくら漕いでも遅れてしまい、メンバーに迷惑をかけてしまった鬼門の日だ。 上陸した倉橋島で離隊を決意した、あの時の辛い思いは、今も忘れられない...幸い今年は体調は問題ない。 明日も頑張るぞ。***なにはともあれ、今回、小豆島から白石島まで漕いだ事で、3年かけて瀬戸内横断隊のルートである、祝島から小豆島までの区間を、横断隊の隊員としてつなぐ事ができたことはうれしい。第1回目は、3日間で、蒲刈~白石島。第2回目は、4日間で、上関~祝島~蒲刈。今回の第3回目では、2日間で、小豆島~白石島(~仙酔島)。その前に個人的に行った、兵庫県家島から山口県下関までの尺取り虫方式での旅とは違う感慨が有る。
November 19, 2005
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18日、金曜日の朝。 小豆島の池田町にある『ふるさと村』の海岸に張ったテントの中で、5時前に起き出した。瀬戸内カヤック横断隊、初日。***3年前に始まったこの瀬戸内カヤック横断隊は、毎年行われている『シーカヤックアカデミー』の実践版と位置付けられている。隊長である内田さんは、これはイベントではなく、チームでの厳しい旅の体験を通じて、リアルなシーカヤックの世界を知り、またシーカヤックに必要な航海術「スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り」という、あの精神を理解することが重要な事であると言われており、まさに第一次、第二次の参加メンバーは厳しい旅を通じてその事を実感し、前回の経験/反省をふまえる事で、回を重ねるごとにそれぞれが成長/進化していることを感じている。***横断隊の朝は早い。 基本的に毎朝5時に起床。 各自で装備を片付け、食事を摂り、着替え、荷物をカヤックにパッキングして、7時前に出発する。11月半ばの日の出前は寒い。起きると、まずシュラフ、シュラフカバーやマットを片付け、テントを畳む。 バーナーでお湯を沸かし、餅を入れたラーメンを胃に収める。パドリングパンツとスカノラックに着替えると、まだ暗い中カヤックに荷物をパッキング。横断隊では、食材も水も各自で準備し、全てを自分のフネで運ぶ。 装備満載の状態で、普通では考えられないような早いペースで漕ぎ進むため、装備の軽量化も重要な問題となる。去年は、ソルスティスSSのバウ/スターンハッチが満杯になる状態となり、パッキングに苦労したため、昨年使わなかったモノを思い出しながら、ウエアや装備を切り詰め、必要最小限となるよう工夫した。その甲斐あって、今回は、バウ側のスペースにはかなり余裕ができ、パッキングの時間も大幅に短縮することができた。 積載状態でのフネも軽くなった。7時前、全員集合して簡単なミーティングが行われる。 今日のルートを確認し、リーダーを決め、記念撮影をして海に漕ぎ出す。今回の横断隊は、これまでより参加者が多く、初日から、女性2名を含む15名ものメンバーが漕ぐ。 壮観。ふるさと村を出発し、黒崎を越え、豊島、直島の南端をかすめて漕ぎ進む。豊島から直島までのルートは、追い潮となり、グングンと直島が近づいてきた。 順調な滑り出し。10時過ぎに到着した直島の南端で小休止し、再び出発。直島から荒神島を抜け、地方(本土)に渡るルートが、今回最大の難所。宇高連絡船や宇野港に向かう本船が頻繁に行き交い、潮も強い。直島の西側を漕ぎ上がり、向かい風と逆潮が次第に強くなって行く中を、後ろから来るフェリーに注意を払いながら、荒神島へと漕ぎ渡る。荒神島から地方に渡る時も、本船をかわしつつ、なんとか無事に横断した。疲れも出たのか、この辺りから、カヤック経験の少ないメンバーの人が遅れ始める。そのため小さな浜に上陸し、しばし休憩する事となった。 ホッとする。バナナ、クッキー、魚肉ソーセージなどの昼食。今日は、渋川海岸にある海水浴場をゴールにしようということとなり、再び出発した。 ゴールは近い。しかし、松ヵ鼻を越える辺りから風と潮が一段と強くなり、しっかりとキャッチしないと進めない状態となってきた。初参加で経験の浅いHさんが遅れ気味になり、プロガイドの人たちがサポートすることとなった。製錬所の前をなんとか漕ぎ上がり、花繰鼻を越えると、ようやく目指す渋川海岸。3時前、少し早いがフネを揚げた。 進んだ距離は約35km。濡れたウエアを着替えるとホッとする。 陸の上は天国だ!目の前に見えている瀬戸大橋を眺めながら、ビールを酌み交わし、暖かい日の光を体に受けて今日一日を振り返る。テントを張り、夕食を食べ、もう少しだけビールを胃に流し込んでテントにもぐり込んだ。明日も5時起床だ。難関であり、楽しみでもある久し振りの瀬戸大橋越え。 明日はどこまで進めるのだろう。
November 18, 2005
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11月17日、小豆島の『ふるさと村』に続々と隊員が集まって来る。 そう、始まったのだ。今年で3回目となる、『瀬戸内カヤック横断隊』の季節が!今年は、11月17日に小豆島に集合し、18日から24日までかけて、ゴール予定地である山口県の祝島まで漕ぐスケジュール。私自身は仕事の都合も有り、17日から20日まで参加(実質、18日~20日まで3日間漕ぐ)予定。17日の朝、いつも通り5時に起床。 先週痛めた腰も、初めて通った接骨院での治療のおかげでほぼ完治した。会社で一緒に仕事をしており、横断隊に参加する事を知っている人には、『気力で直しているでしょう!』とからかわれる始末。 今回は腰の状態を常に意識し、治療に専念した事で、驚くほど短期間で回復することができた。在来線と新幹線を乗り継ぎ、岡山駅からバスで新岡山港に移動。 そこからは大型のフェリーで、小豆島の土庄港へ1時間とチョットの船旅だ。土庄港では、食材を買い出しする予定なのだが、見渡してもスーパーやコンビニが見えない。 地元の人に聞くと、歩いて15分ほどの所にスーパーがあるということで、重い荷物はバスの待合所に置いたまま、貴重品だけを持って、スーパーに向かった。温めるだけのご飯や、レトルト食材、オールレーズンやチョコレート、バナナ、カロリーメイトなどの行動食、水、ウイスキーの小瓶などを買い込み、再び港へと戻る。小豆島は初めてだったので、時間が有れば観光でもしようかと思っていたが、思わぬ遠出の買い出しで疲れ果て、遅い昼食(小豆島名物の一つであるソーメン/暖かいニューメンとたっぷりの刺身の付いた定食)を食べるとタクシーで集合場所である『ふるさと村』へと向かう事とした。移動の途中に、タクシーの運転手さんから小豆島の観光についての話しを伺ったが、最近は訪れる人も減っているとの事。 昭和の頃は、海水浴に来る人、秋に寒霞渓を訪れる人などで、タクシーも大忙しだったようだが、平成に変わる頃から状況が変わってきたのだとか。のんびりできる島の雰囲気ときれいな海の魅力で、再び活気を取り戻す日が来ると好いな。ふるさと村に到着すると、すぐ後に、池田港からやはりタクシーでやってきた四国のTさんが到着。 その後も、FM番組の取材をする人、兵庫から来られたHさん、隊長である内田さんなどなど、ぞくぞくと隊員が集まってきた。 地元でカヤックツアーを行っているHさんも顔を出し、しばし旧交を温めた。海岸沿いにテントを張り、挨拶を交わした後は軽く酒を酌み交わし、横断隊出発前夜を静かに楽しむ。今年もやってきたこの季節。 瀬戸内カヤック横断隊。メンバーは、内田隊長を始め、プロカメラマン、複数のカヤックガイド、造園業の社長さん、民宿経営者でありヨットマン、理学療法士の人、プロのサーファー、そして中年サラリーマンカヤッカーである私などなど、多様な顔ぶれだ。明日から、どんな日々が待っているのだろう。 期待と不安が交錯するなか、シュラフにもぐり込み、眠りに入った。
November 17, 2005
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先週末。 クルマから降りて立ち上がった時、 クキッ! 腰に違和感を感じた。『ウッ、なんなんだこれは?』これが所謂 ぎっくり腰? か。会社でも、私より若い人が時々ぎっくり腰になって動けないとかで、会社を2、3日ほど休む事が有り、大変そうだなとは思っていたのだが、まさか自分にそんなことが起こるなんて、想像もしていなかった。幸い、動けなくなるとか、激痛で耐えられないという状態ではなく、普通に歩く事も出来るのだが、座った状態から立ち上がるときや、姿勢を変える時に、腰に痛みが走る。普段なら、このまま様子を見るのであるが、来週後半には、楽しみにしている瀬戸内横断隊が待っている。もし直らなければ、腰を痛めたので今回は欠席しますと連絡すればそれで済むのだが、それでは自分が納得できない。できるだけの事をして、それでも直らなければ諦めもつくというものだ。***という訳で、生まれて初めて接骨院というところにお世話になる事とした。金曜日の仕事を終えた後、妻が時々お世話になっている近くの接骨院へ。腰を痛めた事を伝え、ベッドにうつぶせになって先生が触診。『あー、これはズレていますねー』ということで、まずは腰や腿のあたりに吸盤のような電極を付けられ、しばし低周波でのマッサージ。 リズムも変化し、なんともいえず気持ち良い。その後は、先生の手によるマッサージ。最後には横になり、手を持たれ、『はい、息を吸って、息をはいてー』を合図にグッと押されると、『ポキッ』と腰が鳴った。『はい、今日は入れておきましたから』***土曜日も、午前中に再び接骨院でマッサージを受け、再びズレを矯正。 昼寝の後、夕方は銭湯でゆっくりと足と腰の筋肉をほぐした。今日の朝は、横断隊に向けた装備の準備と荷造り。 昼はゆっくりと休養し、夕方再び銭湯に行って、ゆっくりとストレッチ。二日続けて銭湯で療養だ。痛めてはじめて分かる、腰の重要さ。 でも、少しずつだが、良くなっていることが実感できる。 横断隊にはなんとか間に合ってくれ!
November 13, 2005
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土曜日は、山口にあるダイドックの日帰りツーリングに参加。今年で第3回目となる瀬戸内横断隊に部分参加を予定しており、出発地点までフネを運んでもらうために、ダイドックさんに艇を預かっていただくことになった。 という訳で、せっかく山口までいくので、久々にツーリングに参加させていただくことにした。今回のゲレンデは、上関。 きれいな海と、”すなめり”で有名な海域だ。出発地点は、中の浦海水浴場。今回のメンバーは、ダイドックのイベントでお会いした事のある懐かしい人、今回が初漕ぎの人、上関あたりで良く遊んでいる人などなど。 天気にも恵まれ、にぎやかで楽しいツーリングになりそうな予感!秋の空と瀬戸内らしい穏やかな海、透き通った水。 山の木々も紅葉が始まっており、絶好のツーリング日和だ。 初めての人たちも、安定性の高いタンデム艇で、順調にパドリングしている。昼になり、小さな浜に上陸。今回のツーリングは、食事は各自で準備ということなので、コンビニで買った鍋焼きうどんをバーナーであたため、おにぎりとうどんの昼食とした。その横では、グループで参加した人たちが、ダッチオーブンで、もつ鍋を作っている。新鮮なモツと、たっぷりの野菜。 自分で仕込んだという出汁。 見ているだけで旨そうだ。 たまらん。 こんなの食べたら、絶対ビールが欲しくなるよね!!後で、お裾分けを頂いたが、もつが最高に美味しかった。 ごちそうさまでした。タープの下では、川下りや海旅の話しで盛り上がる。夏のような日差しと、目の前に広がるきれいな海、かすかに色付いた山。 そんななか、三線の音が静かに鳴り始めた。沖縄生まれのGさんとその友人が、三線を鳴らし、唄う。上関の海が、いつのまにか沖縄の海に変わって行った。昼寝する人。 シングル艇を漕いでみる人。 三線で唄う人。 ビーチグラスを集める人。 写真を撮る人。みんなそれぞれに、自分の時間を過ごしている。 うーん、良い休日だ。***さあ出発しましょう、ということで、再び海に出る。傾き始めた日差しの中、出発地点にゆっくりと戻って行った。のんびりペースで、往復3時間ほどのパドリング。 良いメンバーと天気に恵まれ、良いツーリングだった。***その夜はダイドックに泊めてもらう事になり、ツーリングでご一緒させていただいたGさんとその友人、ダイドックさんの友人などと、焼き肉屋さんへと繰り込み、ビールと焼き肉、面白い話しで盛り上がった。 最高に楽しい飲み会だ!ダイドックさん、楽しい週末を過ごさせていただきました。 ありがとう!
November 5, 2005
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ツーリング二日目となる、日曜日の朝。 今日は、桜江町からゴールとなる河口の江津市まで漕ぐ予定。他の人たちが起き出した音を合図にテントから這い出すと、ひんやりと涼しい秋の空気。 天気予報通り空は曇っていたが、風もなく、漕ぐには良い状況だ。ゴールまでの距離は、十数キロ程度しかないので、朝食を食べ、昨日起こった様々なエピソードを話し合いながら、ゆっくりとコーヒーを楽しむ。近くに、朝早くから釣りをしていた人が居たので、浅瀬を渡って『どうですか?』と話しかけてみた。 すると、『だめだ、あんまり釣れん』とのこと。『あんたらはあのフネで川下りか?』、『昨日はここで寝たのか?』、『あんたらも好きじゃのー』と言われた。私たちから見たら、朝5時過ぎからずっと竿を振り続けているおじさん達の方が『ほんまに好きじゃのー』なのだが! まあ、お互い様か。また、このおじさんたちの釣りは、エサなしで、おもりと複数の針の付いた仕掛けで鮎を引っ掛けるという、ある意味原始的な方法だ。 こんな仕掛けで鮎が釣れるのだからすごい。 機会があれば、体験してみたいものだ。装備を片付け、10時過ぎには川に漕ぎ出した。空は晴れて来た。 気温も上がり、スカノラックを脱いで半袖姿で漕ぐ。もう秋なので、今日は瀬で『鮭』を探しましょう、ということになった。地元の人以外にはあまり知られていないのだが、この江の川には、秋になると鮭が遡上するのだ。 カヌーの里では、昔から鮭を見に行くツーリングをやっていて、私も時々通ったものだ。ガイドの人も、今年はまだ見ていないという事なので、ぜひ見つけよう。とろ場では、おだやかな川面に、紅葉の始まった山の姿が映り、なんとも言えず美しい景色だ。 あー、本当に川下りって気持ちいいな。 最近は海ばかりに出ていたが、これからは、昔のようにもっと川にも行こうと決めた。川を下っていると、川漁師さんが使う川船が所々につながれている。 瀬を登ったり、下ったりする事も有るため、全体的に細身で長く、バウは尖っており、シーカヤックとの関係を感じさせるようなデザインだ。途中、川幅ほぼいっぱいの浅瀬になっているところがあり、そこに近づくと、瀬の登り口でバシャバシャとなにかが水を跳ね上げているのが見えた。ガイドの人に、『あれは鮭じゃないですかねー』と伝え、瀬を下って行くと、いくつも特徴のある大きな背びれが見えた。あーっ、やっぱり鮭だ!! 今年も帰ってきたのだ。 そうかそうか、良かったよかった。その後、遡上を邪魔しないよう、川岸に着けてしばし観察し、しずかにその瀬を後にする。午後になると、向かい風がでてくるので、午前中にがんばって行ける所まで行きましょうとのガイドの人の提案で、時折休憩しながらも、たんたんと漕ぎ進む。昼前には、最後のカーブを曲がり、河口の町、江津が見えてきた。もう、波の影響が川面に現れ、少しだが波打っている。 水も少し塩辛い。休日のハゼ釣りを楽しんでいる家族連れと挨拶を交わしながら、鉄橋や橋をくぐり抜け、12時半過ぎには、河口近くの川岸に上陸した。『お疲れさまでしたー』。 無事ゴール!!!川本町から40km弱。 一泊二日でゆっくりと楽しむができる、なかなか良いルートだ。さあ、昼飯を食べましょう、ということでガイドの人が2バーナーで食事の準備をしていると、次第に空が暗くなり、風が出てきた。なんだかあやしいということで、スカノラックを着込むと、もう雨がポツポツと落ち始めている。と、思っていると、急に風が強くなり、雨も横殴りになった。これはミニ嵐だ。 カヤックとカヌーの間にタープを張って避難するが、タープはバタバタと風に煽られ、カヌーは強風で飛ばされそうになるので、人間が座って重しになる。もう30分上陸が遅かったら、ゴールにたどり着けなかっただろうし、それよりも命からがらになっていたかも。運が良かった。 また、午後になると風がでるからと(こんな嵐のような風ではなく、毎日昼から吹く河口からの風の事なのだが)、ガイドの人の良い判断があったことも、この幸運を招いた一因であろう。小一時間もすると、雨も風も落ち着いた。 こんなハプニングも、後々忘れられない、良い思い出と経験になるものだ。 海でも、こんな天候の急変があるものだ、気をつけよう。千原温泉から始まった、先週末の3連休。 またもや最高の週末であった。
November 1, 2005
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