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久方振りにミシンを使って、パドルを保管&運搬するためのケースを作ってみた。ツーリングにパドルを持って行く時用の、専用パドルバッグは持っているのだが、メインのパドルと予備のパドルとの2セットしか入れていないため、残りのパドルはそのままクルマに積み込んでいた。でも、パドルをそのまま荷室に放り込んでいるため、普段のドライブでは後ろの方からカタカタと音が聞こえて来るのが気になる。 音がするという事は、ぶつかって少しずつ損傷しているという事でもある。また、紫外線による劣化もあるだろう。とはいえ、パドルケースを買うとなると、結構な値が張る。という訳で、あまりお金をかけずに、クルマの荷室での保管&運搬用のパドルケースを作ってみる事にした。***先週末に外出した時に、服地屋さんに行き、キルティングの布を購入しておいた。パドルの長さを測り、1.5mの幅で、無地のキルティングを購入。 約1500円也。ミシンを引っ張り出し、まずは端のホツレ止め。 妻に教えてもらいながら、久し振りのミシンの操作。10年くらい前は、お金が無かった事もあり、プチプチをキルティングに挟み込んだテントマットや、ガソリンストーブのケース、カラトリー収納袋などなど、ミシンを使って自作していたことを思い出す。実際、お金がなかったこともあるのだが、ミシンを使って自分自身で必要なモノを作るという事に楽しさを感じていた。 形を考えたり、使いやすいように自分なりの工夫を入れたり。。。カタカタカタカタ、ザザザザザザザ....... プチッ。電動だし、電子制御だし、最近のミシンは操作が簡単。 糸を切るのもスイッチ一つだ。今回も、端面のホツレ止めと、長いとはいえ単純な直線縫いの繰り返しで、一枚の布からマイパドルにぴったりの袋/ケースが出来た! ワイドブレードのパドル2セットがピッタリ収納できる。安い、楽しい、うれしい。 正に、一石三鳥だ。***今回の単純なケース製作で思いついた工夫を織り込んで、今度は、大事な大事なナローブレードのアークティックウインド用の専用ケースでも作ろうかな。
January 31, 2006
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今日は、久し振りにシーカヤックでの日帰りツーリング。 目的地は、倉橋島の南側にある黒島付近。金曜日に有休を取っての3連休。 金土は、自転車での岡村島までのアイランドホッピングツーリングだったので、今日はシーカヤックで出掛ける事にした。黒島までは、片道3キロほどと目と鼻ほどの距離だが、航路も通っており、風向きによっては荒れることもある。 一応、コースタルツーリングではなく、短いとは言え海峡横断となるので、天候は慎重に見極める必要があるのだ。海沿いの、狭いが気持ちよいワインディングロードを走ると、家から1時間弱で出艇場所となる海水浴場に到着した。春のような暖かい日差しのなか、必要最小限の装備を積み込み、出艇準備が完了。今年初めてのパドリング。 でも、体は覚えている。ほとんど空荷なので漕ぎ出しは軽いが、巡航速度に乗ってからのパドリングの感じがいつもと違う。穏やかな冬の海を、独り静かに漕ぎ進んで行く。昨日までの自転車では、セミスリックタイヤのロードノイズが常に聞こえていたが、今日のパドリングでは、波の音とパドルの音だけだ。 自転車とはまた違う世界。1時間弱で黒島に到着。 せっかくなので、黒島を一周する事にした。南側に回り込むと、いっそう波は静かになる。 冬とは思えない凪だ。南岸を東に漕ぎ進むと、私のお気に入りの小さな島、砂州が見えてきた。 黒島からは、ほんの数分の距離。 大潮だが、ちょうど干潮の時間が近いので、浜が出ている。今日の昼食場所は、ここに決定!ここは、干潮時に顔を出す狭い砂州。 砂州とはいっても、小さな石が多いのだが、ここの景色は私のお気に入り。 満潮時にはほとんどなくなってしまうという、儚さも良い。浜に上陸。 幸い風も弱く、休憩にはちょうど良い状況だ。今日の昼食は、正月に鉄輪温泉に湯治に行った時に、近くのスーパーで買い込んだ『だんご汁うどん』。 こんな、ローカル色豊なチープな食材が大好きだ。コッフェルで湯を沸かし、餅を入れただんご汁うどんを作る。静かな浜で、一人静かにうどんをすする。 味噌味のスープが、体を温め、胃に滲みる。日帰りツーリングなので、ビールをプシュッ、グビッとできないのは、『非情に』残念だ!!!こんな最高のロケーションで飲むビールは 堪らない のだが、仕方が無い。食後は、おとなしく紅茶を飲み、浜を散策。ここはビーチグラスの宝庫で、数年前に、柱島からの帰りに次男と寄った時には、ここで拾ったビーチグラスで、夏休みの工作の宿題の材料にした。今日は、久々にビーチグラスを拾ってみたのだが、ほんの数分でシェラカップ一杯ほど集まった。360°見渡せる小さな島の砂州。 冬とは思えない暖かい日差し。 風も弱く、静かな無人島。 最高の休日だ。この島のすぐ北側には、小さな岩が点在し、そこは海鵜の糞で白くなっている。 日本海では、こんな場所が時々あり、名所にもなっているのだが、瀬戸内では珍しいと思う。カヤックで近寄ると、海鵜が一斉に飛び立つ。 壮観。至福の一時を過ごした後は、再びカヤックに乗り込み、黒島の北側に沿ってパドリング。 久し振りだが、特に変わった様子は見られない。それではと進路を北北東にとり、出発地点へと向かった。***体も、パドルで水を掴む感覚を完全に取り戻した!3連休の前半二日は、自転車での旅。 最終日は、日帰りとはいえお気に入りの島までのパドリング。 ほんとうに良い休みだったなー。
January 29, 2006
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瀬戸内アイランドホッピングの自転車旅。 買い出しから戻ると、まずは浜を歩いて流木を集める。 この浜は、潮流の関係からか流木が多く、薪には困らないのも気に入っている。目の前に沈んで行く太陽を眺めながら、薪に火を点ける。暖かい、ありがたい。 冬は、焚き火のありがたさが特に身にしみる。焚き火の前に座り、シチューとご飯、漬け物というシンプルな夕食を食べ、ビールをグビリ。 食事が終わると、次は日本酒をチビリちびり。 あー、やっぱ来て良かったー!適度に酔いがまわった所で、テントに入り、すぐに寝入った。***28日土曜日。 今日は、午前中に済まさなければならない用事があるので、始発のフェリーで戻る。朝、4時半起床。 朝食代わりの愛媛ミカンジュースと、無人市で買ったミカンを食べていると、次第に目が覚めてきた。外はまだ暗く、星がきれいに瞬いている。テントの中で、シュラフ、マット、ヴィビィサックを片付け、テントも畳んで、再びバッグにパッキング。5時過ぎには、浜を出発した。まだ暗い島の道を、自転車に取り付けたミニマグライトと、ヘッドランプの明かりを頼りに走り抜ける。 大崎下島へ渡る橋の上では、タヌキと遭遇。 昨日の時点で、橋の上に『溜めグソ』があったので、タヌキが居るのだなー、とは思っていたのだが。 ちょうど逃げ道がなかったのか、橋の上から次の島までは、タヌキとの競争となった。 早い早い。大崎下島の立花港へ到着。 始発まではまだ余裕があるので、待合室で休憩することとした。暖かい缶コーヒーを買い、カロリーメイトを齧る。 この待ち合い室には電灯も無く暗いので、ヘッドランプを点けての朝食だ。部屋の中を見渡してみると、壁に落書きを発見。昔懐かしい『相合い傘』がある! まだ、絶滅していなかったのだ。 他の落書きも読んで行く。 ○○高校に合格できますように、 △△さんが好き。 他に気になるものとしては、プリクラが1枚貼ってあった。 この航路は生活感があってなかなか良いじゃないか。数年後、橋が完成すると、この味のある航路も無くなってしまうのだろうか? そうだとしたら残念だ。***出航の15分位前になると、バイクに乗ったおばさんがやってきた。 どうもこの人から切符を買うらしい。 フェリーに乗り込み、蒲刈に向かっている間に、日が昇ってきた。大浦港に到着。 ここからは、来たときとは反対の、島の北側の道を戻る。蒲刈大橋を越え、安芸灘大橋を渡り、無事、家に辿り着いた。***数年ぶりの自転車でのキャンプツーリング。 幸い天候にも恵まれ、いくつもの橋を渡り、フェリーも使う、瀬戸内らしいアイランドホッピングの旅をたっぷりと堪能した。それにしても、自転車の旅で感じた事の一つは、シーカヤックの運搬能力だ。普段から、ミニマムパッキングを心がけているつもりなのだが、自転車となると、本当に積める荷物が限られる。2つのバッグに入るだけの荷物。 テント、シュラフ、マット、シュラフカバーで、一つのバッグはほぼ一杯だ。 もう一つのバッグに、ガスバーナーとコッフェル、携行食、着替え。カヤックなら持って行く、焚き火台や、水5L、調味料セット、座椅子、サンダル、救急セットなどなどは置いて行くしか無かった。 が、何を持って行くか、何を持って行かないかを考え、工夫するのもこれまた楽しみの一つではある。また久し振りの長距離で、足とお尻が少し痛い。 去年企画して、まだ実行していない自転車旅がある。 行こう行こうと思っているうちに雪の季節になってしまい、延期となった。実行するとなると、最低3日は掛かるだろうなー。 時々自転車に乗って、鍛えておかなければ。今年はなんとか実現したいと思っている。
January 28, 2006
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今年初めてのキャンプツーリングは、愛媛県の岡村島。 それも、いつものシーカヤックではなく、自転車で行ってみる事にした。***岡村島は、お気に入りの島の一つ。一泊二日の、のんびりキャンプツーリングにピッタリの距離。 町から適当に離れた静かな場所にある、西向きの夕日がきれいな浜。 小さな町には、郵便局もスーパーもあり、その浜からは歩いて買い出しに行ける便利さ。 対岸には、昔ながらの町並みが残る観光地、御手洗もある。などなどの理由で、年に数回は泊まりにいくお気に入りの島だ。上蒲刈と豊島との間の橋が完成すれば、家から岡村島まで自転車で行けるのに、と思っていたのだが、ふと地図を眺めていると、上蒲刈と豊島とを結ぶフェリーがあることに気付いた。ようし、岡村島に自転車で行ってみよう! と思い立ち、早速インターネットで、フェリーの時刻や発着場所を調べ始めた。***27日金曜日。 今日は有休で、朝からキャンプの準備。久し振りに『ORTLIEB』の防水バッグを引っ張り出し、自転車に取り付けた。テント、シュラフ、シュラフカバー代わりのヴィビィサック、マット、着替え、ガスストーブ、レトルトの食料。 左右二つのバッグに、詰め込んでいく。 普段のカヤックの旅と違って、本当に必要最小限の荷物に絞った、これぞミニマムパッキング!***朝、10時に家を出発。何度も渡った安芸灘大橋を越えて下蒲刈。 次の蒲刈大橋を渡ると上蒲刈だ。上蒲刈の南側の道路は、多少のアップダウンがある、海沿いの快適なコース。普段のサイクリングに比べると、荷物が重い分、登りになると低めのギア段を使って、えっちらおっちらと登っていく事になるが、これもシーカヤックと同じ感覚だ。ペダルを踏む足の感覚が、空荷での日帰りツーリングではなく、荷物満載でパドルの重さを感じながら漕ぎ進む旅の気分を感じさせる。途中で休憩がてら、無人市でミカンを購入。 この辺りの島は、ミカンの産地だ。 一袋で100円。 安い!海を眺めながら、ミカンを頬張ると、これがウマい!しばらく漕ぐと、フェリーが出る大浦港に到着。 小さいながらもきれいな待合室だ。ちょうど昼時だったので、外でお湯を沸かし、カップラーメンの昼食。 少し気温が低いので、ラーメンの温かさがありがたい。***フェリーは、豊島や大崎下島の人たちが、呉や広島に行くための大切な足となっているようで、この日も、病院から帰るおばあさんたちが利用していた。大浦から豊島までの所要時間はほんの17分ほどで、料金も大人190円と格安だ。 自転車を積み込んでも、400円でおつりがくる。大崎下島まででも料金は変わらないのだが(時間も5分程度)、せっかくなので豊島で降りて、島の道を走る事にした。港には漁船が係留してあり、漁師らしいおじいさんたちが大勢居る。 年齢こそ高いが、なかなか活気のある通りだ。豊浜大橋を越えると、大崎下島。 ここでは、島の北側の道を東へと走る。豊島でも、大崎下島でも、いつもは海沿いの道を海から眺めていたが、今回はその道から海を眺めながらの旅となった。 スピードも、シーカヤックの3~4倍だ。爽快爽快。大崎下島から岡村島に行くには、途中の島を介した2つの橋を渡る事になる。この風景がなかなかきれいで、海を漕ぐ時には、いつも下から眺めているのだ。 はじめてこの橋を渡ったが、適度なアップダウンとコーナーのある道で、なかなか快適な道であった。左右の景色を楽しみながら、二つ目の橋を渡るとそこは愛媛県。ようやく岡村島だ!寄り道したり、休憩したりしながら、午後3時頃に、いつもの浜に辿り着いた。 ホッと一安心。早速テントを張り、荷物を整理して、いつものスーパーに買い出しに行く事とした。普段は、サンダルでぺたぺたと歩いて行くのだが、今回は自転車。 アッと言う間に到着した。スーパーでは、ビールと酒、水、愛媛ミカンジュースを買い込み、浜へと戻った。さあ、夕食の準備でもするか。
January 27, 2006
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今日は、家族4人で映画を見に行く事にした。 その映画は『有頂天ホテル』。22日は、夫婦の日として映画料金の割引がある事を知り、妻と二人で行こうかと思っていたのだが、古畑任三朗などのTVドラマで三谷幸喜ファンとなった息子達も同行する事となり、家族で出掛ける事に。映画は、出演者も豪華で、思わず吹き出す場面も多く、タップリ笑わせてもらった。元旦に観た『男達の大和』とは違い、余韻が残るような映画ではないが、やっぱり楽しめる映画は良いね。 (でも次男には、今一つ笑いのツボにはハマらなかったようだ。 映画館をでてからも、なんだか良く分からなかった、と言っていた。)出演者の中で特に印象に残ったのは、篠原涼子と松たか子。普段、私自身はニュースくらいしかテレビを観ないので、彼女がどんな女優さん(それとも歌手?)なのかは知らないのだが、魅力的であった。松たか子も、こんなキャラだったのかと思わせる演技で、今まで私が持っていた彼女のイメージを良い意味で裏切られた。***まあ、有頂天ホテルは、期待以上ではないが、夫婦の日で一人1000円なら充分満足。それよりも気になるのは、映画館に置いてあったパンフレットの、『嫌われ松子の一生』。以下、パンフレットから引用。『不幸って何?』壮絶な不幸に揉みくちゃにされながらも、誰かを愛し、その人だけを信じて突き進む。。。傷ついても、傷ついても愛する人への思いを胸に夢を見続ける松子。誰がどう考えたって不幸な人生なのに、彼女にとってはすっごくハッピー!主演は、中谷美紀。 監督は中島哲也(残念ながら私は知りませんが)。この映画が気になる。 公開されたら、ぜひ見に行ってみよう。
January 22, 2006
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鉄輪温泉、神奈川/東京と週末の旅が続いたので、今週末は家でゆっくりと過ごす事とした。***朝は、ダンベルとジョギングで軽く汗を流し、夕方からは、近くの銭湯へと向かう。素足に雪駄をつっかけ、iPod_nanoを身に付けて、プラプラと坂を下って行く。この銭湯は、長男が幼稚園の頃から通っているので、もう10年以上お世話になっていることになる。家から近く、歩いて行ける事。 水が良く、お湯や水風呂の肌触りが良い事が気に入っているのだ。この銭湯の水を汲むために、わざわざ容器を持参してお風呂に来る人。 ここの水を飲まないとなんだか調子がでないと言っている人。 他の風呂にも行ったが、サウナの後の水風呂はここの水でないと体が引き締まらない。 などなど、それはもう評判が高い。ここは、今流行の設備の整ったスーパー銭湯でもなく、昔からある地元密着の銭湯なのだが、お客さんは多い。とはいえ、今日などは私が一番若いくらいで、お年寄りが多いのは事実。顔役のような人。 背中を流し合っている常連さん。 土地柄か、背中に美しい模様のある人も少なくない。***長男は昔から温泉や銭湯が好きで、幼稚園のときから誘えば必ず付いてきたものだ。 が、さすがに中学生になった頃から行かなくなった。次男は、昔からあまり温泉や銭湯が好きではなく、機嫌が良い時にだけ付いてきたなー。というわけで、この銭湯にはいろいろな思い出がある。子供達を介して知り合った人。 人が居ない時には、子供達が水風呂で泳いだり潜ったりしていたこと。 水風呂で溺れかけた次男を助けたときの事。 ダイエットでお世話になったサウナ。 などなど。というわけで、子供が高校生と中学生になった今では、私一人で銭湯に行く事になる。 寂しいが、仕方ない。歳を重ねる、子供が成長するということは、こういう事の積み重ねなのだろう。***少々子供が騒いでも。大層お年寄りがゆっくりでも。子供叱るな来た道じゃ。年寄り笑うな行く道じゃ。これは、銭湯の洗い場に掲げてあるパネルの言葉。 10年前から、風呂に入りながらこの言葉を噛みしめている。 良い言葉じゃないか!***風呂、ジェット風呂、薬湯、サウナ、水風呂。1時間半程度かけてゆっくりと風呂を楽しむ。 風呂から上がると、台に腰掛けて夕刊を読み、iPod_nonoを聞きながら汗が引くのを待つ。ゆっくりと過ごす週末の夕方は、この銭湯で決まりだ。家に帰ってからのビールも格別!!
January 21, 2006
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14日に鎌倉で行われた洋之介君のお別れ会に参加した翌日、久し振りに東京を散策。普段は、海や山など、何も無い自然の中(本当は、何も無いどころか様々なものや事がいっぱいあるのだが)で遊んでいるので、都会に出た時は都会らしい場所を歩いてみる事にした。(1)六本木ヒルズ横浜単身赴任から帰った後にできた話題のスポット。 出張の時には忙しくてなかなか行けなかったので、この機会に行ってみる事に。立派な高層建築。 立体的で迷路のような構造。 池や木もある庭園や大通り。 雰囲気は悪くない。 こんな所に住んだり、オフィスを持てば、勝ち組気分をたっぷりと味わえそうだ。沢山あるショップを回っても、特に買うものもないので、52階にある展望台へと向かう。お台場から富士山まで一望できる好立地。 夜景はさぞかしきれいな事だろう。 この展望台は1500円と少し高いが、一度は行く価値がある。が、正直言って、田舎者の私には、展望台以外はあまり魅力を感じなかった。 お金があり、買いたいものがそれなりにあれば、感じ方もまた違うのだろう。(2)日産次は銀座にある日産へ。 運良く、新旧フェアレディZの展示がされていた。中学生の頃から自動車が好きで、毎月自動車雑誌(モーターファン)を買って読んでいた。 そのころ一番好きだったのが日産で、好きだったクルマはフェアレディZ。今回の展示車は残念ながら432だったが、240Z/ZGなどに憧れたことを思い出した。ボンネットの中は当然ながらキャブ仕様。 エンジンルームはスカスカで、地面が直接見える。 サイドブレーキの近くにはチョークのレバーもあり、今のクルマとは別世界だった。(3)アップルストア最後は、銀座にできたアップルショップ。iBookG4とiPod_nanoユーザである、一マックファンとしては、楽しい場所。様々なハードウエアを体験できるだけでなく、iLifeなどのソフトウエアの特徴を説明する様々なセミナーが、常時開催されているのもうれしい。仕事では仕方なくwindowsを使っているが、やっぱり普段、音楽や写真を扱うのには、ユーザーフレンドリーでワクワクさせてくれるインターフェイスのMacが好きだ!久し振りの都会。 地方都市ののんびりした雰囲気も悪くないし、浜でまったりと飲むビールも大好きだが、たまには刺激を受けに、都会に行くのも悪くないね。
January 15, 2006
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大分県別府市にある鉄輪温泉。それぞれに忙しい家族を残し、独りで旅に出た。昨年から異常に寒く、気ぜわしい日帰りツーリングもあまり好きではないので、なかなか海に出る気がしない。こんな時は、道具と体の手入れが良い。 何も考えず、心と体を休め、のんびりとしたかった。***というわけで、ゆっくり出来そうな湯治場として、鉄輪温泉を選んだ。ザックを背負い、12月から運行を開始したという広島と別府を結ぶ高速バスに乗り込んだ(このバスは、途中で周防灘フェリーを使うという、おもしろいルートを走る)。この温泉場の特徴の一つは、貸間旅館。 今回初めて体験したのだが、まさに『貸間』。一人だと四畳半の部屋で、隣の部屋とは襖で仕切られているだけの、日本的な空間。 襖は金具で固定されており、部屋の入り口には南京錠がかけられるようになっている。部屋には食器一式とご飯を炊く釜、鍋。 共同の炊事場には、冷蔵庫もある。そして調理の熱源は、地獄釜。100℃近いという蒸気を利用した、調理用のかまど。湯はいつでも沸かしてある。3泊ほどだったが、これほど動かなかった旅は初めてだ。朝起きると、まずは洗面代わりに風呂へ。風呂から上がって体を休めたら、米を研ぎ、地獄釜へと向かう。ご飯を炊いている間に野菜を切り、玉子とともにざるに載せる。頃合いを見計らって、ご飯を炊いている釜の上に、そのざるを追加で乗せる。そして部屋で一息ついていると、ご飯が炊きあがり、同時におかずもできているという寸法。ごはん、納豆、漬け物、蒸した野菜、茹で(蒸し?)玉子、みそ汁。 これがうまい。***温泉に入り、ご飯をつくり、皿を洗い、散歩して、本を読み、iPod-nanoで音楽を聴き、夜は独り酒を飲み、寝る。4日間これの繰り返し。 何も考えず、観光もせず、テレビも見ず、ただひたすらのんびりした。四畳半で充分だった。 温泉をたっぷりと堪能した。自炊も楽しかった。 蒸し玉子も、蒸した鯛のアラも、豚バラ肉も、ほうれん草も、そして蒸した大根も、ポン酢と塩だけの味付けだが、驚くほど旨かった。隣の部屋のおばあさんに、みかんをもらった。 そのおばあさんに、ほうれん草の切り方がもったいないと、やさしくおこられた。 スミマセン、手でちぎったものですから。 以後、気をつけます。やさしく、かつ毅然とした所のある良い人だった。***心も体もリセットできた。 2006年。 将来を見据えながら、ここにある今を精一杯楽しみながら生きて行こうと思う。
January 9, 2006
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今日は、家族で映画を見に行った。 タイトルは、『男達の大和』。1月1日は映画の日でもあり、特にこれといって何もする事の無い暇な正月休暇では、映画を見に行く事も楽しみの一つ。大和が建造されたのが、地元の呉ということもあり、原作の本も読んでいた事から、この映画には関心を持っていたのだ。少し早めに到着したのだが、呉の映画館としては人が多めだった。***15歳の頃の、罪なまでに純粋で無垢な心限りなく子の事を思い、胸を痛める親の心母の事を愛し、思いやる子の気持ち矛盾を感じながらも、理屈ではなく残された人々のため、愛する人のために、時代の価値観に沿って生きた人々***昔は、自分がそのような立場だったらどうだろうか? と思ってこのような戦争映画を観ていたのだが、15歳位の少年兵達の視点でみた映画ということで、正に自分の息子と同じ年代の子を持つ親としての視点からも考えさせられた...自分が行くかどうかというよりも、自分の息子を行かせる立場に立ったらどうであろうか、という方が、より胸に迫る。自分なら、国のため、守る人のためと理由を付ければ済むが、自分の息子であれば、どんな理由があろうとも、行かせたくない、死んでもらいたくない。息子に行かせるくらいなら、自分が行く事を選ぶ。 理不尽きわまりない。 選択などできる問題ではない。***でも、そのような時代が、ほんの数十年前にはあたりまえのように存在していたのだ。人ごとではない。 先日も、親と飲む機会があったのだが、子供の頃は、防空壕に逃げ込んでいたのだそうだ。たった20年か30年ほど早く生まれていたら、自分もそのような時代を生きていた事になる。 天と地ほどの違いだ!***今、こんな平和な時代に生まれ、育った事に感謝している。 そんな時代を迎えるために、理不尽とは知りながら、先駆けとなって散って行った人たち。そのような多くの犠牲となった人々の想いの上に、今の我々の生活があることを、改めて実感した。
January 1, 2006
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