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2月27日、月曜日。 錦川の河原のテントの中で、早朝、大音量で鳴り響くサイレンの音で目が覚めた。 外はまだ暗い。それにしてもなんで、島や山の中の集落では、朝の5時や6時から大きなサイレンを鳴らすのだろう? いつも不思議に思う。***テントから這い出すと、まずは火入れ。 予報ほどではないが、さすがに朝は少し冷え込む。焚き火にあたりながら、コーヒーをすすり、少しずつ目を醒ませていく。朝食はうどん。 酒で疲れた胃に、あたたかく適度な塩気のある出汁がしみわたる。食事を済ませ、天気予報を確認したら、キャンプの片付け。クルマに荷物を積み込み、ウエットスーツに着替えて出発した。まずは、今日のスタート地点である南桑までカヤックを運んでおくのだ。道すがらポイントポイントのルートをチェックしつつ、南桑までクルマを走らせる。 天気も良くなってきたし、増水していた水量も幾分減って、下りやすくなっているようだ。***南桑でフネを下ろしているとき、犬の散歩に来たおじさんに朝の挨拶。するとおじさんは、『おお、今年初めてカヌーを見たなあ』との事。 5月連休位から増えるらしいが、まだ川下りをしている人は少ないようだ。久し振りに錦川に来て、行波まで下る事。 一旦クルマを下流まで運び、錦川清流線で戻って来る事。 九州からは、カヌーだけでなく、釣りに来る人も多い事。 また、昨年の台風の事などなどについて話す。『じゃあ、クルマを置きに行ってきます』というと、『じゃあ、頑張って。 いやいや、そうじゃないなあ、楽しんで!』とのうれしい一言が返ってきた。そう、頑張るのではなく楽しむのだ。 私も人に声を掛ける時に気に留めている事だったので、同じ考えの人が居て、とてもうれしかった。***再び行波の河原にクルマを停め、錦川清流線の駅へ。 ワンマンカーの川沿いを走る列車で南桑まで戻る。この列車での移動は、大切な下見も兼ねている。 クルマからでは見えない角度、高さから、流れが確認できるので、あそこの瀬はこのルート、ここはあの岩に注意、そこは、右側にストレーナーとなる沈木がある、などなど、手に取るように分かるのだ。そうこうしているうちに、南桑に到着。 河原に戻り、PFDとスプレースカート、ヘルメットを着けて準備体操。久し振りのダンサーでの川下り。 列車から確認した瀬を思い出して、少しドキドキする。 なんだか川下りを始めた頃のワクワクドキドキ、そしてちょっと不安な、あの新鮮な気分を思い出した。***フネに乗り込み、流れへと漕ぎ出す。パドル製作ワークショップの後に、少しダンサーで漕いだので、リバーカヤックの感覚が少しは戻ってきているようだ。 春の日差しの中を、順調に下って行く。一級程度の瀬と瀞場の連続で、まだまだ余裕たっぷり。 ああ、爽快爽快。 今日は休みを取って良かったなー。チェックしていた最初のポイントでは、流れが岩に向かって集まっている。 クラスも、高く見積もって2級ほどなのだが、岩にぶつかるのだけは避けたい。本流から少し外した『チキンルート』を選び、岩の手前でエディに逃げる。 と、そこには思いもかけない強い縦渦があった!スローモーションのように目の前で渦が巻き、ドキドキしながらフネを回されないように、パドルでしっかりと水をキャッチする。 一漕ぎ、二漕ぎ、なんとか安全地帯まで抜け出せた。ホッ。 瀞場で一息つく。次のポイントは、椋野の橋の下。 ここは、河川改修で流れが狭められており、ストレートの瀬が続く状況になっている。 本流だけを見ると、波が少し高いだけで素直な瀬なのだが、最後が崖にぶつかっているのがイヤラシい。ここは、崖の手前で左側のエディーに逃げよう。爽快な瀬を下り、バウを左に振ってエディーに突入した瞬間、思ったより強い反流にフネがグラッと傾く。 ヒエー!!!でもなんとかバランスを取り戻し、なんとか一息ついた。 あー、こんな瀬でもう2度もヒヤッとしている。 こりゃあほんとに、体が感覚を忘れているし、体の切れも悪くなっているんだ、と自覚。***途中の河原で小休憩。 自販機であたたかい缶コーヒーを買い、積んでいたパンを齧る。 春の日差し。 静かな河原。 おだやかな流れ。再び出発。快調、爽快、そして時々ヒヤリ。***重機で作業している河原の横を下っていると、後ろから何か声が聞こえてきた。おやっと思い、振り返ると、さっきまでパワーショベルを操作していた人が降りてきて何か言っているようだ。 よく聞いてみると、『どっから下ってきた?』 『南桑からです。ナーグーワから』このやりとりから始まり、他のおじさんも出てきて、『それは免許が要るのか』、『どっから来た』、『寒くないのか』、『今はあゆ釣りがいないから川下りにはいいだろう』などなど、しばしの会話。 カヤックでの川下りに興味があるようだ。『どうもお邪魔しました。 じゃあ行きまーす』***出発から約2時間ほどで、クルマを停めた行波に無事到着。 あー、楽しかった。やっぱり川のテクニックは必要だ。 今年は、少し川でも遊ぼう。 と、心に決めた春の一日だった。今年も忙しくなるなー!
February 27, 2006
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2月26日、日曜日。 朝目が覚めると、外は雨。 天気予報通りだ。もう一度布団に潜り込み、久し振りに二度寝を楽しむ。***いつもより遅い朝食を食べながら、天気予報を確認。 すると、昼頃から雨は上がり、月曜日は少し風は強いものの晴れの予報。明日は有休だし、久し振りにリバーツーリングでも行くか!家族に、今日明日で錦川に行く事を伝え、準備を始めた。リバーカヤックを引っ張り出し、ウエットスーツ、キャンプ道具などなどをクルマに積み込む。途中の街まで買い物に行くと言う妻を乗せ、昼前に家を出た。***錦川を下るのは、久し振りだ。 またその時も次男と二人で下っていたため、ダンサーではなく、キウイ2というタンデムのファンカヤックを使っていたので、リバー艇でツーリングするのは、本当に何年振りだろうか?シーカヤックばかり乗っていると体の切れが悪くなる、たまにはリバーカヤックに乗った方が良いよ、という、エルコヨーテ_洲澤さんの言葉を思い出す。高速を走り、錦川の中流に到着。 ここからは、川の様子をチェックしながら上流へと向かって走る。 今朝まで降った雨で水が増えているためか、かなり流れが変わっている場所がある。 また、途中では吊り橋が壊され、流されているのを見かけた。 そうか、去年の洪水だ。***途中の食堂で、夜のための薪を買い出しする。 店に入り、薪を頼むと、ご主人が不在のようで分からない様子。 すると、カウンターで食事をしていた常連さんの一人が、俺が出してやるよ、ということになり、外について行った。薪を受け取り、お金を払うために店に戻る途中、『下から上がって来る時に川を見ましたが、かなり変わっていますね』と言うと、『去年の洪水が酷かったから』との答え。店の窓を指差しながら、『ここまで水が来た。 自動販売機も全部流されたそうだ』再び店に入り、お金を払うと、ビールを飲んでいたお客さんに話しかけられた。『バーベキューか?』 『いいえ。 明日はカヌーで川下りするんで、今日の夜、一人で河原でキャンプするんです。 その時の焚き火用に』『モノ好きじゃなー、ワシは川遊びや山遊びなんかをいろいろと世話しよるんじゃ。 九州の人たちとは、よう一緒に遊びよる。 カヤックなら、南桑からもっと上の方が、スリルがあって面白いぞ。 そうじゃ、名刺を渡しといてやろう』 『ありがとうございます。 今度、よろしくお願いします』***その後は、明日の下見を兼ねて南桑まで走る。 雨による増水もあり、何カ所か注意が必要な場所が確認できた。南桑でクルマをUターンさせ、今度は下流に向かって走りながらポイントポイントで流れをチェック。 久し振りのリバー艇でのツーリング。 比較的穏やかな錦川とはいえ、シーカヤックに慣れてしまった鈍った体での川下りは、不安が無いと言えばウソになる。岩国で買い出しを済ませ、キャンプする行波の河原に戻った。***誰もいない静かな河原に、一人用の小さなテントを張る。 テントを張ってしまうと、なんだか自分の基地ができたようで、落ち着くものだ。3時過ぎ、ビールと弁当で遅い昼食。食事を終えると、本を引っ張り出す。 今日は、『放浪の俳人 山頭火(村上護)』。 静かな河原で、ワインをチビリチビリとやりながら、独り静かに本を読む。この時間がとても好きだ。夕暮れになると、薪を組んで火を入れる。 あたたかい。 これぞキャンプの楽しみ。特に今日は、焚き火を楽しむための秘密兵器を準備している。それは、ホットサンドメーカー! 先日、リサイクルショップできれいな中古品をみつけ、数百円で購入したものだ。***という訳で、今日の夕食はホットサンド。パンにバターを塗り、チーズとハムを乗せたあとは、粒マスタード、そして再びパン。 これを挿んで焚き火にかざす。 しばらくすると、溶けたチーズが隙間からのぞき、香ばしい匂いが漂って来る。 思わずビールをグビリ。焚き火からおろし、開いてみると、凹凸のあるホットサンドが完成。ハフハフ、グビリ。 あー、旨い! パクパク、グビリ。 あー、たまらん!ハムの代わりにレトルトカレーを挟んだり、チーズだけを挟んだりして楽しんだ。 ごちそうさまでした。 数百円で、良いものを手に入れた。食事を終えると、あたりは真っ暗。あたたかく揺らめく火をただただ眺めながら、静かにワインを飲む。***明日は晴れの予報。 久し振りの川下りは、何が待ち受けているのだろう。では、おやすみなさい。
February 26, 2006
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グリーンランドパドルでの2回目のツーリングは、阿波島。この週末は、キャンプツーリングを予定していたのだが、残念ながら日曜日は、雨で波が高いとの予報。 1mのち1.5mだそうだ。 瀬戸内で、1.5mの予報は珍しい。というわけで、日帰りツーリングに変更した。***今年に入ってから海は、倉橋、音戸と漕いだので、今回は竹原方面。 キャンプなら生野島なのだが、今日は残念ながら日帰りなので、グリーンランドパドルに慣れるのも兼ねて、のんびりと阿波島一周でもしてこよう。海水浴場で準備していると、地元のおじいさんが近寄ってきた。『釣りにいくんか?』 『いやー、漕ぐだけですよ』 『天気が良かったら、生野島や岡村島でキャンプするんですが、どうも明日は波が高いらしいので日帰りです』『今日は東風(コチ)が吹きよるけー、あっち側は島との間から風が抜けて来るでー』 『じゃあ、今日は大久野島へは行かんようにします』 『今日は風が強くなりますかね?』『西なら、白波が立つが、東風なら大丈夫じゃろう』85歳だという、元漁師のおじいさん。 80歳位までは、釣りのお客さんを乗せて船を出していたそうだ。 カヤックにも興味があるようだ。 やっぱり海が好きなんじゃのー。***いつもの浜から出艇。 少し強い東風が吹き、海面がざわついている。前回の音戸では、ほとんど凪の状態だったので、少し風と波がある中でのグリーンランドパドルの試し漕ぎにはちょうど良い。バウを東南に向け、すぐ目の前にある阿波島へと進んで行く。2回目なので、このパドルにもかなり慣れてきたようだ。 波の中でも、違和感無く漕ぐ事が出来る。うん、そこそこの波や向かい風の中でも大丈夫だ!アークティックウインドは、どんな状況でも使えることが分かってきたが、このパドルはまだまだ知らない事だらけ。使い慣れないパドルなので、少しずつ、そろりそろりとステップアップして行こうと思っている。***岸沿いを南下し、南端の岬を回り込む。 岬付近では、風と潮流で少しザワザワしていたが、ここもグリーンランドパドルで難なく漕ぐ抜ける事が出来た。その後は岸沿いに北上。 昼も近いので休憩場所を探す。 浜は至る所にあるのだが、東向きなので風を受ける。 そのまま阿波島の北端を回り、再び島の西側に向かった。***風裏で穏やかだったので、ここでスピードを試してみる事にした。カヤックのデッキに取り付けたGPSをちらちらと見つつピッチを上げて行く。 このパドルでの今日の最高速度は9.6km/hだった。生野島や大崎上島が目の前に見える静かな浜に上がり、ラーメンとおにぎりの昼食。少し休憩して、出発した浜に戻った。 約10kmと短かったが、春の海でのお散歩ツーリングは楽しかった。***家に帰ってからは、またまたカヤックのメンテナンス。10年を越え、ラダーペダルのベースがかなり痛んできた。 スライダー部はアルミだが、ベース部分はプラスティックのため、摩耗やストッパー部の損傷が発生している。 今までは、スライダー部の固定位置を変えたり、接着剤で補修したりしながら、だましだまし使っていたのだが、もう限界。命に関わる部品だけに、本格的なシーズン前になんとかしておきたい。***HORIZONさんに頼んでいた部品が昨夜届いた。 せっかくなので、ラダーケーブルも交換をする事に。ベースの取り外しは簡単なのだが、新しい部品の固定が大変な作業。 これまでも何度が外してみた事はあるのだが、その度に苦労していた。だが今回は、秘策が有る!次男を助っ人として頼む事にした。 彼は背こそ高くなったが、細身である。 彼にカヤックの中に潜り込んでもらい、中からベースを支えておいてもらうのだ。とはいえ、幅の狭いソルスティスSSで、腰回りと膝部分にフィッティングのためのパッドも貼付けてあるので、本当に狭い。 細い彼でも、ギリギリだった。それでもなんとか入る事ができたので、作業は順調に進んだ。 ありがとう。ケーブルも、4年振りの交換だったが、それほど傷んではいなかった。ラダーペダルとベースが新品になり、ケーブルも張り替え、ラダー操作用の紐も交換した。今日もアーマオールでコーティングしてあげると、さすがに新品のようにとは行かないが、なかなか良い感じである。***機能部品が新品になったので、今年もこれで安心して漕ぐ事ができる。 ただ、一番肝心な漕ぐ人だけは、歳をとるばかりで新品に交換できないので、これが一番心配かも。シーズンに向けて、少しずつ肩慣らしをしていこう!!!
February 25, 2006
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先週末にシーカヤック日帰りツーリングで漕いだ情島で見つけた、『伏龍攻撃隊基地の碑』。その時には何気なく、こんなところにも戦争の跡が残っているのだな、と軽く考えていたのだが。今日仕事から帰ってPCを使っている時に、ふと気になり、インターネットで検索してみた。『伏龍攻撃隊』って、いったいどんなものだったのだろうか? と...***戦争中には、様々な特攻兵器が有った事は知識としては知っていた。 桜花、振洋、などなど。伏龍攻撃隊のキーワード検索で見つけたHP。今までに無い衝撃だった。 信じられなかった。 ほんの数十年前の事に、実際にこのような事があったのだ。 人間というのは、なんと恐ろしい事を考えるのだろうか。***簡易的な潜水服を着用して海中に潜み、近づいて来る敵の船に向けて、2~5mの長さの竹の棒の先に着けた機雷を突きつけ、自爆する...これ以上悲惨な攻撃/武器(武器と言えるのか?)があるだろうか。実戦まえに終戦を迎えたのだそうだが、その前の過酷な訓練で、装備の完成度の低さも有って、多くの十代の命が失われたのだそうだ。***HPから写真を引用して掲載する事は著作権上出来ないが、ほんの数十年前の日本にあった事実として、伏龍攻撃隊の事を深く受け止めたい。
February 21, 2006
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先々週末にパドル製作ワークショップでお世話になった、EL COYOTEの洲澤さんから、メッセージが届いた。スキンカヤックやグリーンランドパドルへの静かで熱い想いの一端が伝わって来る。 ブログへの掲載を前提に私に送られてきたものなので、そのまま掲載します。初めて参加したパドル製作ワークショップは楽しく、得るものも多かったけれど、さらに今度はスキンカヤックのワークショップも再開するそうです。 関心の有る方はぜひ!*** (以下、メールからの転載)桂枝雀のように 数年前に急逝した名人落語家・桂枝雀。僕と枝雀との出会いは、かれこれ30年前にさかのぼる。30年前、僕は17才だった。ジーパンはリーバイス、枕元には「MADE IN USA」の本。自由はアメリカにあり、アメリカに生まれたかったと心底思いこんでいた時だ。 そんなおり、とある先輩が「洲澤君、古典落語きかへんのか?おもろいで!いっぺん枝雀きいてみい。」と、「親子酒」や「青菜」のレコードを貸してくれた。 枝雀の話芸は僕をわしづかみにしてしまった。古典は退屈なものであるという思い込みを払拭してくれた。古典自体は何も退屈なものではなく、古典を伝えようとする人物が?現代を見あやまり、退屈なだけだと教えられた気がした。 以来、枝雀とはつかずはなれず、30年近くおつき合いしている。 僕は93年から伝統的なカヤックやパドルなどの製作をはじめた。1台目を作り終えた時、僕には明確なビジョンが生まれた。 桂枝雀のようなカヤックビルダ-になろうと思ったのだ。カヤック職人を目指すには遅い年齢であったが、10年間は、作り方、道具、できればその心情までも忠実に復元し、時の奥深さを自分の内に宿そうと心掛けてきた。10年間は古典を学ぶ時間と考え取組んできた。 まだまだ不十分とは思うが、僕の人生にも限りがある。今は、僕の内に宿った、カヤックやパドルの長い時の風雪に耐えた叡智を、現代に受け入れられるかたちで伝えたいと思っている。 そんな思いから、パドルワークショップを再開したわけだ。今後、スキンカヤックのワークショップも再開する。そう、桂枝雀のように・・・。
February 20, 2006
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MAGELLAN_GPS315。 かなり昔に海外通販で購入したものの、瀬戸内では、海図とコンパスで充分であり、GPSの必要性を感じなかったので使っていなかった。***去年から日本海の旅を始め、海が荒れたときのリスクは瀬戸内とは全然違う事を体で感じている。 という訳で、今年は、安全装備の一つとして、久し振りにGPSの使い方を練習してみようと思っている。最近のモデルでは、地図がインストールされているようなので楽なのだろうなー、と思うのだが、それなりに値段も高いようだ。 古い機種とは言えせっかく持っているので、なんとかこれを使えるようにしよう。***昨日の日帰りツーリングにも持って行ったのだが、デッキのバンジーコードで押さえているだけなので見ずらいのが難点。 これは、デッキマウントが必要だ。ネットで調べてみると、もうGPS315は古すぎて販売中止になっているらしい。 トホホ。 残念ながら、シーカヤックのデッキに取り付けるためのオプションも見つける事ができなかった。***そうなると、自作だ。 朝からホームセンターや100円ショップに向かい、いろいろと探してみたのだが、どうも良い考えが浮かばない。家に帰り、昼食後は道具箱をひっくり返す。 取っておいたガラクタを眺め、GPS315を手に取っていじくり回しているうちに、イメージが湧いてきた。ようし、これをあーして、あれをこーして。 おー、これはなかなかええんじゃないの。L字金具とプラ板、デッキコードを交換したときに余ったショックコード、大昔にシート回りをフィッティングしたときのウレタンの残り。プラ板をノコギリで切り、電動ドリルで穴をあけ、金槌で叩いて角度を調整したL字金具の底にウレタンを貼付ける。 簡単簡単。余り物を利用した手作りなので、まあお世辞にもカッコいいとは言えないが、GPS315をしっかりと固定できるものが、タダでできた! 工作も楽しめて、一石二鳥。早速、シーカヤックのデッキコードを利用して取り付けてみる。 シートに座って眺めると、角度も良い感じだ。 これはなかなかいいんじゃないのかな?今日はついでにカヤックをメンテナンス。 紫外線で色褪せが徐々に進行しているデッキを、アーマオールで幾重にもコーティングし、可動部にCRCをスプレー。***グリーンランドパドルの製作と試し漕ぎ、GPSデッキマウントの自作、カヤックのメンテナンス。 なんだか忙しくなってきた。 徐々に本格的なシーズンが近づいてきている。
February 19, 2006
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晴れて小春日和の今日は、情島周辺に日帰りツーリング。目的は、先週末に製作したグリーンランドパドルの試し漕ぎ!漕ぎ方は、本を読んだり人に教えてもらうよりも、実際に漕いでそのパドルに教えてもらうのが一番なのだ。***ゆっくりと道具を準備して家を出発。 30分程走ると、出艇できる浜に到着。 シーカヤックをする私にとっては、田舎に住んでいるのも悪くない。 恵まれた環境に感謝感謝。フネと道具を浜に運んでいると、散歩している地元のおじさんに話しかけられた。 『こりゃーええノー』、『沈まんようになっとるんぢゃろうが』、『こりゃーなんぼするんか?』。。。おじさんが立ち去った後、独りでグリーンランドパドルに日本酒をチョッピリ掛けて、進水式ならぬ、使い始めの儀式。今日は、気温こそ低いものの、風も弱く漕ぐには良い日和だ。海に漕ぎ出し、最初の数回のパドリングは、エッという感じ。 なんだかあまりキャッチしないぞ。 が、その後は少しずつだが感触がつかめてきた。普段使っているアークティックウインド(ナローブレードの見た目とは裏腹に、とてもキャッチが強いパドルである)に比べると、キャッチしている感じは弱い。 だが、それなりのスピードで進んで行く。 今日は、今年の宿題の一つであるGPSを久し振りに引っ張り出してきたので、速度が分かるのだ。 時速6.5~7km/h。 ほー、こんなにキャッチ感が無いのに、なかなかのスピードじゃないか。***ストロークを変えてみたり、角度を調整したり、ピッチを変えたり。。。不思議なパドルである。キャッチ感はないのに、スピードはそこそこ早い。 それではと、ピッチを上げて行くと、スピードはそこそこ上がるものの、キャッチは相変わらずそれほど強くなく、アークティックウインドのようにグイグイと力強いパドリングができる訳ではない。まるで、スピードは俺が決めるよ!、とパドルが主張している感じである。 海とパドルが話し合い、折り合いをつけた適度なスピードを、パドルが体に教えてくれる。小情島を越え、鈴鹿島を過ぎて、いつものお気に入りの浜に向かう。 冬らしく水が透き通っているが、海面まで伸びた海藻が、春が近い事を感じさせる。***小さな島を回り、お気に入りの小さく静かな浜に上陸。 パイトーチのアルコールバーナーで湯を沸かし、おむすびとカップうどんの昼食。 あー、体が温まる。うどんを啜りながらも、アルコールバーナーは消さずに焚き火代わりの暖房にした。昼食の後は、紅茶を啜り、再び海に漕ぎ出した。***鈴鹿島、小情島、情島。 情島では、集落沿いを漕ぎ登る。それにしても面白いパドルだ。パドルの言うままに漕ぐと、時速7km/h前後で安定している。 必死に漕いでも、手応えがなく、余り急ぐなと言われている様な感じ。 でも向かい風になると途端にキャッチが良くなり、グイグイと前に進んで行く。また漕ぐ時には、握る必要が無い。 アークティックウイドでも、ある程度握らないと漕ぎにくいのだが、このパドルは力を抜けば抜く程、微妙な木の浮力を感じることができ、自然な動きで無理な力を入れる事無く漕ぎ進んで行く事が出来るのだ!!!木の浮力なんて、たかが知れたもの。 グッと握ってしまえば、腕の自重/腕の力の方が浮力より勝ってしまうので、その微妙な浮力を感じ取り、自然に漕ぐには、やさしくソッと支えてやることが必要になる。***情島の岸沿いを漕ぎ進んでいると、初めて旧海軍の伏竜攻撃隊の碑に気付いた。 呉の周辺には、歴史の遺産がいくつも残っている。 これまでなんども近くは漕いでいたのに。 不思議なものだ。***今日は、2時間一寸、約13kmのパドリング。正直ホッとした。 自分で削ったこのパドルは、単なる飾りにはしたくなかったのだ。 最初の数漕ぎは、エッという感じだったが、その後は漕ぐ程にパドル自身が漕ぎ方や、どんなシチュエーションに合うのかを教えてくれた。漕ぐ程に手に馴染んで行く。 どうやら長いつきあいになりそうだ。 今年の楽しみが一つ増えた。***家に帰ってからは、片付け、山へジョギング、銭湯と、いつものパターン。今日は、グリーンランドパドルの良さを体で分かることができた。 せっかく自分で仕上げたパドル。 単なる飾りにならなくて、良かった。
February 18, 2006
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今日は早めに帰る事が出来たので、先週末に作ったグリーンランドパドル専用の収納袋を製作する事にした。***国産ヒノキ製のこのパドルは、長さが225cmの一本モノ! 2分割できないので、クルマで運ぶ時にあちこちぶつけてしまい、表面に傷をつけてしまいそうだ。自分で磨き込んだ愛着のあるパドル。 漕ぐ時に付いてしまうキズや摩耗は仕方が無いが、せめて運搬時には大切に扱ってやりたい。***夕食を終えるとそそくさとミシンを引っ張り出す。前回パドル保管袋を作ったのと同じキルティングの布だが、今回は、長さをこのグリーンランドパドルに合わせて買ってきた。この前作ったのは、ただの袋だったので、今回は少し工夫をしてみよう。***入り口は紐で縛れるタイプ。 持ち運ぶときのための把っ手も付けよう。 ロゴを入れるのも良いね! 広げた布を眺めながら、構想を立てる。 この時間が楽しい。幅を決めて布を裁ち、まずは端面のホツレ止め縫い。 一方の端に紐を通す部分を細工。表になる部分の2カ所に、『WAVE WALKER』の字を縫い込む。 コンピューター制御なので簡単だ。把っ手部分は、短く切った共布を筒のように縫って準備しておく。 本体の長手方向を、中央部に把っ手を位置決めして、適当なピッチで待針を使った仮止め。 その後は、一気に2mを越える直線縫い。↑ 『WAVE WALKER』のロゴ。 一方の端部は紐で縛れるようにした。ドキドキしながら縫い終わった筒を裏返して行くと、無事に把っ手が縫い込まれた状態で出てきて一安心。まあ、慣れない仕事なので細かい部分では突っ込みどころが一杯なのだが、自分としては充分満足の出来である。↑ 初めて挑戦した把っ手の取り付け。今夜は充実した気分で、ゆっくりと酒が楽しめそうだ。
February 15, 2006
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工房の中に敷いたシュラフの中で、グリーンランドパドル製作ワークショップ、二日目の朝を迎えた。昨夜の宴の跡を片付けると、飲み疲れた胃にやさしいお粥を中心とした朝食。 この心遣いがうれしい。 酒飲みの気持ちがわかっている。***コーヒーを飲んで二日目のワークショップを開始した。 まずは、電気コテを使ったネーム入れ。 参加者は、パドルにどんな言葉を刻み込むかを思案する。私は迷わず、愛艇にも書き込んでいる『Wave Walker』に決めた。まずは、練習用の木の板の上で書いてみる。 力の掛け具合、文字のR部分がなかなか難しい。 ロゴはどうかな、字の大きさは、大文字それとも小文字。。。いよいよ本番。 意を決してパドルの上に鉛筆で下書きし、電気コテで字を刻み込んで行く。集中、集中。 まあ、こんなものかなー。エルコヨーテ曰く、『まあ、すぐに見慣れますから』。 確かに!***その後は、グリーンランドパドルを使った漕ぎ方、パドルのメンテナンス方法のレクチャー。 そして昼食を摂り、二日間のワークショップは無事終了した。***午後は、せっかく仲間が集まったのだからという事で、近くの川で肩ならしをすることに。この日のために、久し振りにリバーカヤックを引っ張り出して、クルマに積んできた。『ダンサープロライン』。昔はポピュラーなカヤックの一つだったのだが、数年前にカタログ落ちしたモデル。 最近の極端に短いリバーカヤックに比べると、異常に長く見える。***ダンサープロライン、コルシカ、名前を忘れたマイナーなカヤック。 こんな3艇が並んでいる光景は、まるで10年前の川の様だ!冷たく強い風が吹いているので、3人とも防寒対策をばっちりと決めて、静かな川面に漕ぎ出した。7,8年振りのリバーカヤック。 最初はフラフラとした感じで、へっぴり腰状態だった。 上流に、下流に。 そして流れを横切り、艇を傾け、サーフィンの真似事などなどしているうちに、少しずつ昔の感触を思い出した。やっぱ、たまにはリバーカヤックに乗らなあかんなー。 今回、こんな機会をつくってもらえて良かった。エルコヨーテ曰く、シーカヤックだけだと、どうしても体の動きが単調になり、体の切れが悪くなるのだそうだ。2時間ほど、フェリーグライドやローブレースターン、バウラダーターンなどの練習をして、久し振りのリバーカヤックに体を慣らし、川から上がった。***パドル製作、温泉、旨い料理、リバーカヤックの肩ならし、将来の企画とその実現に向けた今年の宿題。 たっぷりと楽しんだ週末であった。今週末は、ぜひパドルの試し漕ぎがしたいなー。
February 12, 2006
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この週末は、グリーンランドパドルの製作に挑戦した。日本海を一緒に漕いだカヤック仲間であるエクストリームNさんと共に、山口にあるエルコヨーテのパドル製作ワークショップに参加する事にした。アークティックウインドを使うようになってから、ナローブレードパドルの良さを知り、いつかは自分の手でグリーンランドパドルを作ってみたいと思っていた。そんな時に、エルコヨーテからのメールでパドル製作のワークショップを知り、すぐに参加を申し込んだ。今年は特に寒く、海に漕ぎ出す機会も少ないので、週末にじっくりと手仕事をするのにもちょうど良い。***土曜日の朝10時に、エルコヨーテに集合。 広い工房で、ゆっくりまったりコーヒーを楽しんでから、二日間のワークショップを開始。まずは、グリーンランドカヤックとパドルについて。細くて低い、ローボリュームのグリーンランドカヤックを漕ぐためには、必然的に、短めで細いグリーンランドパドルになったのだそうな。ボリュームの大きな、現代のシーカヤックに合わせるためには、オリジナルよりも長めのサイズが必要となる。 肩幅や身長にもよるが、私の場合で225cmとの見立て。昔は3日間かけて一から作っていたそうだが、今回のワークショップでは、基本的な工程を教えてもらい、大まかに削り出されたパドルを参加者が仕上げることになる。材の種類や選び方、必要な工具とその調整の仕方などなど、一つ一つが、ためになる話しばかり。 そう言えば、昔は家に木製の道具箱が有り、鑿、鉋、玄翁、小刀、ノコ切りなどなど、必要な道具が揃っていたよなー。***おいしいカレーの昼食をいただいた後、各自のパドルを仕上げる作業に取り掛かる。参加者それぞれが、グリップ/シャフト部を、カッターナイフで自分の手に合うように少しずつ削っていく。 ハラハラ、ドキドキ!順目、逆目を手で感じながら、少しずつ少しずつ切り出しナイフで削り取って行く。 が、本当にきれいになっているのか、逆に悪くなっているのか不安にもなる。大体のところで止め、つぎはいよいよサンドペーパーでの仕上げ作業だ。120番、240番で凸凹を修正し、400番、600番で表面を滑らかに仕上げて行くのだが、この作業が楽しい!!!***軍手を嵌めた手でシャフトの感触を確かめ、目で表面の状態を確認しながら、自分の好みになるようにジワリじわりと磨き上げて行く。シャカシャカ。 ザッザッザッ。 シャーッ、シャーッ、シャーッ。職人になった様な気持ちでシャフトの上で手を滑らせて感触を確かめ、シャフトを上から横から斜めから光を当てて凹凸を確認する。 舞い散る木屑も気にならず、サンドペーパーの砥粒一粒一粒が木の表面の出っ張りを滑らかにして行く感触を楽しむ至福の一時。シャカシャカ。 ザッザッザッ。 シャーッ、シャーッ、シャーッ。***600番での仕上げを終えると、防水塗料を薄く塗ってもらって今日の所は終わりとなった。自分のパドルを自分の手でつくっていくことの楽しさ。 このパドルには、特別の愛着を感じる。参加者で近くの温泉に行って汗を流し、工房に戻ると夕食の支度ができていた。うまい料理と気の置けない仲間、そして旨い酒。 しずかに流れる音楽、明るく照らし出す満月、ほんわか暖かい火鉢の温もり。もう、何も言う事は無い。 最高の週末である。
February 11, 2006
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ジョギングやサイクリング用に使っていた靴の底がボロボロになっていたので、買い替えようと思っていた。先週末、靴を買いに行こうとしたとき、思い立って妻に聞いてみた。 『子供の靴で履けなくなったのは無いかなー?』↑ 左から、長男の靴、次男の靴、私の靴。。。***高校生の長男にはとっくに身長で追い抜かれており、先日は、とうとう中学1年生の次男にも越されてしまった。 ということは、靴のサイズもあまり変わらないはず。聞いてみると、やはり次男も私の靴のサイズを越えており、まだきれいな履けなくなった靴があった。試しに足を通してみると、ピッタリ!あー、これで靴を買わなくて済んだ、という『もったいないを大切にする』気持ちは満足したが、とうとう末っ子にも越されたんだなーという、一抹の寂しさを感じた事も事実である。***その夜は次男に、久し振りに腕相撲をしようと持ちかけ、こたつの上で勝負した。手を組んだ瞬間に、アレッ、これはやばいかもと感じるものがある。 実際の勝負では勝ったが、もう少しで負けてもおかしくないくらい、彼にも力がついている事を実感した。軽くヤバい!!!平日は酒を飲んで早くから寝ている私と違い、その枕元で彼は毎夜、ダンベル、腹筋、ゴムのベルトで鍛えている。40を越えても、日焼けの色の黒さと遊びに対する情熱、そして体力では子供達に負けていない事を自負していた。 ところが、体も大きくなり、年初に自ら立てた目標を実行し、日々精進している子供たちを見て体で感じて、私ももっと頑張らねば、と考えさせられる出来事であった。***話しをするときに子供を見上げ、子供から靴のお下がりが来る歳になった。子供の成長はもちろんうれしい。 だが、体力面で抜かれるのは、まだまだ先にさせてもらうよ。 それぞれが好きな分野で頑張り、切磋琢磨しながら、お互いに成長しよう!
February 7, 2006
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朝起きて外の気温を確認すると、-3℃。 あー寒ッ。今年はあまりの寒さに、なかなか海や川に出る気にならない。 まあ、下半身を鍛える良いチャンスだと思って、せっせと自転車を漕ぎ、ジョギングで汗を流しながら春を待とう。***軽くダンベルで体を温めた後、自転車の整備に取り掛かった。 昨日乗った時に、フロントのギアがトップに入りにくい状態になっていたので、調整がてら久し振りに整備することに。まずは、自転車をスタンドに載せ、チェーンのディグリース。 ディグリーサーをスプレーし、ウエスで汚れをおとしていく。 その後は潤滑剤をスプレーし、余分な潤滑剤をウエスで拭う。次は、フロントディレーラーの調整。 自転車メンテナンスの本を参照しながら、Hi/Low各々の調整ネジを微妙に締めたり緩めたり。。。クランクを回しながらシフトレバーを動かすと、気持ちよくシフトアップ/ダウンできるようになった。自転車やのオヤジさんには、ディレイラーの調整はアジャスターボルトでやること。 素人はHi/Low調整ネジはいじらないように。 と言われていたのでヒヤヒヤものだったが、なんとか無事終了してホッとした。***最近自転車で出掛けるときは、化繊のアンダーウエアとフリースのジャケットで漕いでいたのだが、昨日はそれでも寒かった。そこで今日は、カヤックの時専用にしている『スカノラック』を着てみる事にした。半袖の化繊Tシャツ、薄手のフリース、その上にスカノラック。このスカノラックは、大きなポケットがついているので、ケータイや財布が収納できる。 普段ならウエストバッグを着けて漕ぐのだが、それが不要となった。iPod_nanoもスカノラックのポケットに入れ、イヤホンを着け、帽子をかぶって出発。シフトは快調、ウエストバッグが無いだけなのだが、身軽な感じでいっそうペダリングも軽い。 スカノラックも、風を通さないので暖かい。 正解だった!峠を越え、市内を抜けると吉浦の町。 普段なら、海沿いを走ってポートピアに向かうのだが、今日は今まで走った事の無い道を通ってみようと思い立ち、山の方に向かう事にした。すぐに登りになる。 シフトダウンを繰り返す。平地の少ない呉では、山の斜面の上の方までぎっしりと家が建っている。 狭く急な坂道を、えっちらおっちら漕ぎ登っていく。私の脚力では、24段の最下段付近しか使えない急坂を15分ほどヒルクライム状態。 良い運動だ。 スカノラックの下では汗が噴き出してくるが、ゴアなので少しは蒸れが少ないようだ。峠に差し掛かり、最後のトンネルを抜けると下り坂。 目の前に広がる広島湾の景色を眺めつつ、急坂を気持ちよく下っていく。 この時の気持ちよさがあるから、登りも我慢できるんだよねー。***海沿いの道を、ポートピアまで走ると、大勢の人が居た。 どうやら、鳥取県境港の観光キャンペーンに関するイベントの様だ。 人が多い所は苦手なので、どんなものを売っているのかを一回り見た後すぐに引き返す事にした。今度は海沿いの平坦な道を淡々とペダリング。 気持ち良い。昼食は、呉の『子豚』でカツカレー。 カレーで有名なこの店は、おいしい上に値段もリーズナブルなので、いつも大勢の人で賑わっている。 今日はカレーにしたけれど、子豚ランチもオススメ。 食事をしていると、タクシーの運転手さんが、ここのランチ弁当を買いに来る姿を良く見かける。***お腹がいっぱいになった後は、呉の名物の一つ、『びっくり饅頭』を土産に買う事にした。 呉の人なら知らない人は居ないと思うけど、初めて聞く人だと『びっくり饅頭』って何? と思うだろう。↑左が『びっくり饅頭』。右は『フライケーキ』それは二重焼。 『びっくり饅頭』、『フライケーキ』と言えば、呉のおやつ用お土産の双璧。今日は、お土産用に、クリーム、白あん、赤あんの3種類(全種類)を購入。***往復30kmちょっとのショートツーリングだったが、なかなか良い運動になった。 スカノラックが、冬のサイクリングにも使える事が分かったし。シーカヤック用だけじゃもったいない。 今度から、もっと普段着として使ってみる事にしよう。
February 5, 2006
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雪のちらつく寒い土曜日。 今日は、自転車を小一時間ほど漕いだ後、近くの山にジョギングに行き、その後は本を開く。***宮本常一の写真に読む_失われた昭和(佐野眞一)***宮本常一が写した、昭和30年代から40年代の、ごくごく普通の日本人の生活がそこにある。15歳の時に故郷の島を離れる事になった宮本常一に対して、父親が贈った餞の言葉の一つ。『人の見残したものを見るようにせよ。 その中にはいつも大事なものがあるはずだ。 あせることはない。 自分の選んだ道をしっかり歩いていくことだ。』この言葉を忠実に守った常一が記録に残した貴重な写真の数々が、テーマごとに分類されて、佐野眞一の解説とともに掲載されている。***洗濯物: つぎだらけの布団や、手作り/手縫いの衣類、ぼろぼろになるまで使い込まれた現役のぞうきん。背負う/担ぐ: 沢山の木の枝を束ねて頭の上に載せて運ぶおばさん、天秤棒を担いだ物売り、天秤棒で野菜を運ぶ人々。村の子供達: 坊主頭にフンドシ一丁で将棋を指す少年達、赤ちゃんをおぶい子守りをしながら遊ぶ女の子、イナゴを捕ってきてきて売る子供達。家並み/看板/ポスター: 海に張り出す家が建ち並ぶ尾道、かつての色町の名残をとどめる家並みは御手洗、カメラ屋では貸しカメラの使用料が一日100円、広島市紙屋町の空には沢山のアドバルーン。***まるでタイムカプセルを開けたような数々の白黒写真を眺めていると、子供の頃を過ごした昭和40年代を思い出した。そういえば、小学校の6年間で大きく生活が変わったなあ。私が小学校の頃は、まだ全ての家に電話が有った訳ではない。 家に電話が付くまでは、小学校の連絡網でも、呼び出してもらう家の電話番号を書いていた。 そして家に電話が付くと、当然のようにカバーが付けられた。子供の頃は白黒テレビで、脚が付いていた。 もちろんチャンネルは、ガチャガチャと回すものだった。毎日リヤカーを引いて魚を売りにくるおばさんが居た。 同じルートを回り、決まった時間に同じ場所にリヤカーを止めて魚を売っていた。 そのリヤカーにはまな板も水もあり、その場で捌いていた。冷蔵庫も、最初は1ドアだった。 高学年になるころには、冷凍室が付いた2ドア冷蔵庫が普及し始めた。 ちょうどその頃、冷凍室で凍らせて蓋を開けるとムクムクと出てくるというお菓子(?)が出てきたが、家にはまだ冷凍室が無かったので寂しい思いをしたことを思い出す。クーラー(エアコンではない!)が付いたのも、小学校の高学年の時だったなあ。スーパーヨーヨーやスパイ手帳、宇宙ゴマが流行ったのもあの頃だ。当時、毎日家に帰るとランドセルを玄関に投げ、バットとグローブを持って小学校に集まり、暗くなるまで校庭でソフトボールをして遊んでいた。家のベランダを作りにきてくれた大工さんの弁当は、梅干しがおかずの『日の丸弁当』だった。ケータイ電話もコンビニもなく、パソコンもインターネットも無かった。 ***この本に納められた写真を見ると、ほんの40年50年で、日本の生活が大きく変わった事が実感できる。 40を越えている私は、まさにその変わって行く時代を子供の時に経験していた。ついつい、今の生活が当たり前のように、昔からそうであったように錯覚してしまっているのだが、そうではないことを思い出させてくれた。もう40年経った時、日本人はどんな生活になっているのだろうか?
February 4, 2006
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