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今日は少し「健康法」から離れて、、お客さまの葬儀に参列したときのお話長年連れ添って、本当に仲の良かったご夫妻・・・ようやくご主人が多くの要職を終えて、夫婦水入らずで人生を歩むはずだった矢先病魔が奥様を奪ってゆきました私も知る方でしたので本当に悲しかったご主人(78歳)の顔を見るのがつらかった葬儀に際して霊前にテレビモニターが置いてあり、そこで生前の故人を偲ぶ写真やメッセージが流れていました故人を知る人も知らない人もよく分かる素敵な映像録でしたその最後に流れたテロップ、、詩だと思います見上げれば、いつも父の雲があり振り返れば、いつも母の影法師あり「まっすぐに歩め」と父は励まし、「時には寄り道を」と母が微笑む、父ありて我が強さあり母ありて我が優しさありとても心に響きましたそんな両親を持てたことに感謝し、そんな親になりたいと思いましたね
2007.08.26
「体に合った食事と食べ方をすること」私の母は胃腸が弱いですそして私も弱い・・・学生時代、すぐにおなかが痛くなる私は、通学途中の各駅のトイレの位置を覚えていて、途中下車してはトイレに駆け込んでいました祖母に聞いたら、、母もそうだったそうです(苦笑)さて、「病気にならない生き方」の中で腸相(腸の壁面の様子)について述べられていますが、著者の新谷医師は「牛乳」「お茶(カフェイン)」が胃腸に悪い影響を与えていると言っています詳しくは本を読んで頂ければと思いますが、私の実家では、そして母の実家でもお茶すごい飲むんですお茶は体に良いとも言われていますが、「過ぎるもの」はやはり毒私はコーヒーが飲めないのでまだよかったのですが、母はコーヒーもよく飲みます牛乳は学校給食に問題があるとのこと・・・確かに毎日飲みますよねそしてその牛乳は「生乳」ではなく攪拌された「調整牛乳」カルシウム摂取のためと毎日飲んでいた牛乳が胃腸を弱くしていたとは・・・特に私のようにそもそも弱い人間には、、ですまた、「よく噛むこと」が重要なんだそうですこれも納得します噛むことて唾液が出ます唾液には消化液が含まれていて、食べ物の消化を促進するばかりでなく食べ物に含まれる栄養分を吸収しやすくします私の実家のご飯はやわらかった・・・これも実家に遊びに来た友人に指摘されました柔らかいと噛みません・・・食習慣でまず変えたことは「よく噛むこと(20-30回は噛みます)」「お茶より水、カフェインは少量」加えて「水を摂ることの重要性」を知りました私は営業の時にあまり出されたお茶やコーヒーを飲みませんでしたそれ以外でも水分をあまり取りませんでした・・・おなかが痛くなりそうだったから、いうのもありますが飲みませんでしたね水を取らないのも問題があります血液中の水分が少ないと流れが悪くなり、脳梗塞の原因にもなるとのことそして水を摂ることは「尿酸値」を下げる効果もあることはご存知の通りです私は8年ほど前に腎臓結石になりまして生まれて初めて入院しましたその際に「水を一日2リットル飲むように」と言われましたが、やってみるとなかなか一日2リットルはたいへんだでしたね~つまりそれほど人間は水分を摂ってないことになります最近ではできる限りペットボトルで傍らに置いて、飲むようにしています
2007.08.26
私の健康法についてお話しますそう、「私の」ですどんな健康法でも、どんなダイエット法でも、自分の体に合わないと効果はまったく出ません・・・よく深夜の通販番組で「効果は個人差があります」なんて出ていますが、あれは非常に無責任ですね健康は自己責任ですこのことを私はあまり考えていませんでした人の話や本に書かれた内容を鵜呑みにして実践してるだけでした・・・ポイントは以下の3点です1) 自分の体は自分が面倒をみる2) 続けられること(少なくとも4ヶ月は)3) ストレスにしない基本は「ムリをしない」こと健康は一生です一生続けられることが重要で、一時的にやせられたところでまたリバンドしていたら意味がありません過度な運動や、ダイエット食品を使ったり、流行の器材を使ったりは絶対に長続きしないし、お金ばかりかかるような気がします昨日、スポーツジムで一生懸命プロテインを飲んでトレーニングをする若い男性を見ました、、私はあれを一生続けるのはムリです(笑)そして4ヶ月・・・これは本で読んだのですが、体の細胞がすべて入れ替わる周期は120日だそうです「7つの習慣」のスティーブン・R・コビィは「習慣化するまでには少なくとも3週間かかる」と言っています脳の細胞が入れ替わるのが約20日かかるからだというのですつまり、習慣化すればムリなく健康を維持できる、ということなのです
2007.08.25
今年に入って大きく考えを改めたことのひとつに 「健康」 があります これまで大病を患ったことがないせいか(腎結石くらい) 体を鍛えようと運動することはあっても、食事を制限したり、お酒を止めたりすることはありませんでした たまに酔うと暴食してしまう癖も「たまには仕方ないか」くらいに思っていました 昨年末にある方から「病気にならない生き方」という本を勧められて読みました なぜ胃腸が弱いのか? なぜ体脂肪が高いのか? 長い間考えていた謎がまさに「スッキリ!」しました 同時期に読んでいた「成功の9つのステップ」(ジェームススキナー著)にも健康について、ほぼ同じことが書かれていました 私はビジネスパーソンとして「パワフル」で「明るく」「エネルギッシュ」でありたい…そして多彩な表現力を持ち、人に影響を与えられる人材になりたい いつもそう思っています 健康はそのすべてを叶えてくれます 多くの知識やスキル、経験に匹敵するビジネススキルではないかと思います 昨年こんなことがありました 休暇だった私は友人たちと食事に出掛け、つい羽目を外してお酒を飲み過ぎてしまいました 翌日は当然激しい二日酔い…結局遅刻した上に…非常に重要かつ厳しい話し合いにもかかわらず、吐き気を抑えるのがやっとでした こんなことでは、ビジネスになりません また人前で話す機会が多いので、自然の笑顔や顔や髪のつや、姿勢や体型などは常に人目に晒されます やはり顔色の悪い人の話は暗く感じますし、ポジティブな印象は受けません そうした「内側からにじみ出る」ものは食生活や生活習慣でかなり改善できます 4ヶ月で誰からも「変わったね」と言われ、数値が劇的に改善された食&生活習慣を次回ご紹介しましょう!(大したことではないですが…)
2007.08.22
夏休みシリーズで書き込んできました「転機」シリーズ・・・そろそろ本番のお話にいきましょう春のドライラン(本番さながらにやりました)を経て、いよいよ初夏、本番ですチームスタッフは業者を入れて200名以上に膨れ上がっていました私達オペレーションルームも助っ人舞台を入れて総勢12名になっていました豪華シティーホテルの従業員控え室(タコ部屋、でも地上52階)に詰めて、日々のスケジュールと進行を管理する「管制センター」となっていました当時の部屋の写真でもあればよかったのですが、差し詰め「踊る大捜査線」の対策本部みたいな感じでした・・・ホテル内の無線が飛び交い、各ゲストの部屋からのダイレクトライン、スケジュールや個々人のデータベースあらゆる事態を想定した準備がなされていましたそして続々とゲストが成田から向かってきますいきなり「車のウィンカーが故障した」と、スペアカーに乗り換えるといったアクシデントはありましたが、順調にスケジュールは流れていきますしかし、その初日大変な事件が起こりました私達は前日からそのホテルではなく(笑)隣のシャビーなホテルに泊まりこみ、24時間不眠不休体制でした朝、6時半には集合が、、リーダーがいません・・・寝坊か?とホテルの部屋に電話をするも出ません・・・実は、このリーダー、、この半年間激務とプレッシャーでみるみるやせ細り、頭も真っ白(白髪)になっていましたびっくりするくらい・・・最近では精神的にも弱っていました「まさか・・・」不安がよぎります8時・・・プロジェクトのブリーフィング(打ち合わせ)の時間ですどうする?どうする?迷っている時間はありませんでしたコーディネーターに「とりあえず私がやります」と了解を取りブリーフィングをスタートしました10時、順調に進んでいる、そのオペレーションルームに「すまーん」と、リーダーが・・・かなりぼんやりしていましたが、元気であることにメンバーも一安心その後、1週間は本当に激動でした決して英語が堪能でない私でしたが、外国人スタッフやゲストと何とかやりとりをして、最後のゲストを送り出した時、コーディネーターが「ありがとう、Good Jobだったよ」と、握手してくれたときは、高校時代のサッカーの試合で勝ったときのような感激がありました本国のチーフである、女性(結構大柄)に抱きつかれたときは困りましたが(苦笑)寝てないのですが、本当に寝なくても平気なくらい緊張していましたし、チームの息もバッチリでした!このメンバーで良かった!そう思えました人間は多くの共有体験をすると、強い信頼関係が築けるプロジェクト終了後、2年以上経ちますが、未だに飲み会やゴルフをしたりしています妙な連帯感が今でもありますこのプロジェクトの最中にとても嬉しい言葉を頂きました今でもこれが私の組織開発の軸になっています「あなたいるとみんなが安心して仕事ができる」「あなたがいるときとそうでないときはまったく別のルームだった」私が「パフォーマー」から「ファシリテーター」になったと実感した瞬間でもありましたねこの半年後です「マネージャーをやらないか?」と、言われたのは・・・その私の上司は、、、そのプロジェクト・コーディネーターでしたセレンディピティーそんなものかもしれませんこうして2006年春、最年少支店長は生まれました私の転機・・・夏が来ればきっと、またあの熱い日々が思い出されるんだろうなぁ追記)あの後、メンバーはそれぞれの部署で活躍しています本当に会社のリーダーになっていっています、、、あの経験はきっと皆さんにも影響を与えているんでしょうね(「もうやりたくない」とは言ってますが・・・笑)
2007.08.18
さて、私の転機となったこの「おもてなしプロジェクト」について少し触れたいと思いますコンベンションツアーは約1週間、しかしながらVIP達は日本観光等々で前後に来日しますので実際は10日ちょっと・・・その間、何をするかというと☆ 2度の取締役会☆ 工場の視察☆ 5度のディナーパーティー☆ 1週間におよぶオプショナルツアー(オリジナル)ざっとこんなものなのですが、彼はVIPですどのくらいすごいかというと・・・「プライベートジェット」で来ます成田の着陸枠って一日3つくらいしかないそうなんですそこへ4機も5機も来られたんじゃあ、たまったモンじゃない(苦笑)夕食もすごい「上野の国立美術館を貸しきって、芸術品の中でのフルコース」とか、、、「江戸東京博物館を貸しきって、江戸の街を再現した中でのお祭り」とか、、、ディナーだけでチームがあるくらいですから(笑)一番大変なのは個々人のスケジュールは、日々選べるようになっていること・・・ツアーは選んでもらいますが、「六本木イキタイデース」と言われれば、即座に手配ですこのプロジェクトのために、3台の社用車と10台のバス20台のリムジンが確保されていました何かが遭った時のためのスペアカーも付いて行きます一番の問題は会長の奥様でした世界一の財閥の令嬢です・・・・・これまで開催されてきた国から、そして今回のツアーの本国担当者(度々来日してチェックや視察してゆきました)から「これをしたらNG」「これは必須」「以前はこれでキレた」等々武勇伝を聞かされていましたので・・・「骨董品の皿を100枚買うとか」その対策にも万全を期す必要がありましたね今考えると面白いプロジェクトでした東京の一等地に100坪の家が建てられるくらいの予算を約1週間で使うこのプロジェクト、、コーディネーター曰く、「一生できないだろうな、こんなこと」はい、、良い経験でした
2007.08.17
私の転機となったプロジェクトのお話、少し続けたいと思います先日は、プロジェクトが始まるところまでお話しました実際に始まってみると考えるほど簡単ではなかったです・・・私のチームは当初リーダーを含めて7人ほとんどが私より年上、なおかつ社内的な地位も上・・・部課長クラスをヒラ社員が指揮するみたいなものでした私はサブリーダーですから、基本的にはリーダーに従ってメンバーをリードすればよいと思っていましたが、そうもいかないようでしたうちのリーダーの前職は支店長で、私の本社での仕事のカウンターパートでした当時上司だったのがこのプロジェクトのコーディネーターで、「引き抜いた」格好にはなっていましたが、彼がうちのリーダーの能力を高くかっていたとは信じがたかった、、、というのもいつも仕事の面でどやされている姿を傍で見ていたからですでも彼は私達にとっては素晴らしいリーダーでした確かに少し楽観的で、仕事は完璧ではありませんが(苦笑)、先頭に立ってリードしてくれましたし、上司からのプレッシャーも自分がすべて受け止めていました私達は少し、それに甘えてしまったのかもしれません・・ある日、コーディネーターから私だけ呼び出しを食らいました「君達のチームが最も中心になってプロジェクトを進めて欲しいのに、最も緊張感がないし、進行していない・・・何とかしろ!」正直困りました・・・私はその時まで部下を持ったことがありませんでしたしかも彼らの直属の上司は私ではありません・・・リーダーを焚き付けようにも「大丈夫だよ~」と、マイペース・・・(これが良いんですけどね)私が最初にとった行動はこれでした想いを伝える・・・まずは文章で危機感を感じて欲しいこと、このプロジェクトは私達の動きにかかっていること、コーディネーターは私達の動きに不満をもっていること・・・後で分かったのですが、私がしたことはファシリテーションで言うところの「危機感の醸成」でしたチーム内に危機感をつくり、皆がそれについて反応を始めれば、自然と収束・解決へ向かう夜、自分の本業が終わってから書いた、その10行ほどのメール翌日、メンバーからの返事はこうでした「心配ないよ、私達はみんな協力します」「まだそれほど飛ばす時期でないと思っていたから」「必要なことがあれば何でも言って」これも後々分かったのですが、彼らは本当に私達の会社の中でトップクラスの社員でした普段は部署も職場も違って会うこともない彼ら・・・でも、徐々にその能力の高さに驚くことになります私の教訓(1)「意識と能力の高い集団は、危機感と目標を与えるだけで数倍のパフォーマンスを発揮できる」特にこうしたクロスファンクションチームの場合はメリハリが必要ですから、適度な目標と刺激があると良いですね
2007.08.16
夏ですね・・暑いですね・・・夏が来ると思い出すことがあります自分のキャリアの転機となったある「事件」、、イベントかな?2004年まで遡りますその頃私は長年の支店勤務から本社へ転勤となって2年目ようやく仕事にも慣れ、自分のスタイルを築き上げ、自己啓発にも力を入れ始めていましたそんな初夏のある日、夕方だったと思いますが「スペシャルプロジェクトチーム」という謎の部署のマネージャーから「ちょっといいか?」と声をかけられましたその方はよく知っていましたし、時々雑談もするので何気なく彼の部屋へ入ってゆきましたすると、、、「来年大きなプロジェクトがあるので、そのチームに入って欲しい。ついては、年初のイベントのチームから降りて欲しい」実は年初に全国のお客さまを集めたコンベンションを行っていまして私の部署はそのイベントを取り仕切っていましただいたい秋口くらいから準備に入るのですが、それに参加しない・・・ワクワクしてきたのでどんなプロジェクトか聞くと、「それは言えない、極秘事項がかなり含まれるから・・」(ますます知りたくなるんですけど、、そう言われると)そして8月のある日、そのプロジェクトチームのキックオフが開催されたのです冒頭マネージャーは英語で挨拶を始めましたそうです・・・このプロジェクトは社長(アメリカ人)を含めたマネジメントを巻き込んだ全社的なものだったのですスタート時は総勢70名程度、これが来年には200人以上に膨れ上がる・・そのプロジェクトとは(バーン)「海外からのお客さまへおもてなしをする」「へ?」(少し目が点になりました・・・)こういうことです1)世界中でビジネスを展開する弊社では2年に1回、社内外の取締役を集めてコンベンションを行う2)今回初めて日本で開催することになった3)会議、観光等含めて2週間、滞在中のお世話をする4)世界中のセレブなので様々な要求に応えられるようにする5)この仕事は成功して当たり前、失敗するとその国の評価が激落ち世界中の要人(財団の代表や他企業のトップも含まれる)が集まるということで、情報は一切シークレット、私達は家族にさえもそのことを話せないテロの標的になりますからね・・・秘密厳守の署名しました・・・(こんなこと人生初めて)こうして1年に渡るプロジェクトが始まったのです表立っては部署の異動はなく、私は文字通りこれまでの仕事と「二束のわらじ状態」となりました(これがまたキツかった)私の役どころはこのイベントの中枢となる通称「オペレーションルーム」のサブリーダーこのプロジェクトが後の「最年少マネージャー」誕生のきっかけになろうとはまったく知る由もありませんでした(つづく)
2007.08.12
こういうことは不謹慎かもしれませんが、自分(管理職)にとって最高の瞬間のひとつだと思いました自分のスタッフ(2名)の異動が先日発表されたのですが、本人にとって「希望通り」の部署への異動になったのです昨年来多くのカウンセリングを通して本人のキャリアパスを確認しそして次のステップをどうするか?について話し合ってきていたのでこの異動のチャンスで希望通りの部署へいけたことは本人にも私にもガッツポーズだったわけです7月の日記でも書いていますが、上司とキャリアパスを共有するということは「チャンス」を広げることにつながります今回の2名は7年と10年、同じ部署にいましたつまり2名とも「優秀で」「ユーティリティーな」スタッフなんですねしかし、本人としては長らく同じ部署にいてモチベーションも保てなくなってきます私も同じ部署に長らくいて苦労した経験がありますから・・・とにかく異動を内示した時の彼らの笑顔をみた瞬間管理職としての喜びを感じましたね
2007.08.07

少し早めの夏休みを取っていました今日からお仕事再開ですさて、休みに入る前・・7月24日になりますがある勉強会を開催しました「人財について考える」と題して、私達の業界で人材派遣業を立ち上げて成功しているK氏に人の雇い方、そして育て方、ひいては組織のあり方を話して頂きました形式は私をファシリテーターとして、参加者を巻き込むトークライブスタイルこのスタイルは社外での経験もあり、私的には慣れているやり方でしたが、正直、私達お客様たちにはどう受け取られるか・・・と思っていましたただK氏が今回が初めてこのネタで話すということ、そして少人数の勉強会であることから双方向に意見が交換できるスタイルが最適だろうということになりましたK氏はこの講演のために数ヶ月も前から、原稿を作りこんで、練習もかなりしてきているようでした・・・その成果もあって、勉強は大成功このスタイルもかなりいけることが分かりましたその中でK氏も言っていましたが、「そこで働く人が成長できる環境、将来の夢を描ける環境があれば、人はそこで長く働くし、自然に人も集まってくる・・・」まさしくその通りです「雇う」のではなく「共成する」のです会社と個人が共に成長する環境こそ、今最も求められているのではないでしょうか?
2007.08.01
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