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以前UPした事がある絵だけど何だか懐かしいのでもう一度UP。水族館以外で、しかもそんな所でエイを見るなんて思っていなかったから画像もブレブレだけど勘弁。 古い絵で申し訳ない。2020年4月の絵。動画もあるけど何度やっても画像がUP出来ないので断念。 爺ィのブログなんてそんなもんさ。
2025.09.19
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なのにいつも地元の昔話し。で、少しパリの話を‥‥つったって約50年ほど昔の話だけどね。 初めてパリに行ったのは1976年。そら見ろ!。ほぼ50年前だ。神戸から東京へ。まだ成田空港なんて姿もない頃、羽田空港からパキスタン航空に乗ってパリを目指す。なぜパキスタン航空なのかつて言うと一番値段が安かったから。確か1年オープン(有効期間が1年あって出発日だけ決めて帰りは期間内にってチケット)の帰路はストップオーバーできるチケットが17万3千円だったと思う。 パキスタン航空だから当然南回りで行きは東京→カラチ(パキスタン)、カラチでヨーロッパ便に乗り換えてドバイ→フランクフルト→パリ、終点はロンドン。オープンチケットの良いところはカラチまでは途中寄港した都市で降りる(滞在)出来ないけど、カラチから先はすべてストップオーバー付き。だからドバイを除いてフランクフルト、パリ、ロンドンまで全て寄り道。帰路はパキスタンから羽田までもマニラ、バンコック、香港と寄り道して帰って来られるという豪華絢爛の空の旅。まっ、お金が続けばの話しだけどね。航路は2種類あって中途寄稿できる国に違いはあるけど料金は同じ。一度、違う経由地の便を選んだけどダマスカスとかバングラディシュに興味がなかったから出来るだけ同じ航路を選んでいた。他にも北回りやシベリア鉄道なんて選択肢もあって、北回りは大韓航空とアエロフロートが最安値だったけど南回りに比べると割高だった。北極圏を飛ぶルートなら直行便で15時間程度、ヨーロッパ圏の国の航空会社、例えばルフトハンザならドイツを飛び越してフランスに直接行けないのでフランクフルトで乗り換えてパリに。大韓航空ならソウルで乗り換えてパリに向かうことになる。どうせお金掛けて行くんだから色んな国に寄ってみたい時間とお金がたっぷりある人には南回りは良いと思うよ。しんどいけど。パリまで約30時間だもんね。 初めてパリに出掛けたのは1972年。8日間のツアーで羽田発ルフトハンザ航空でドイツ経由パリへ。モンパルナス・タワーのホテル・シェラトン・パリがエッフェル塔を除いて初めての高層建造物だと言われた時代。それまでは『パリで一番眺めがいいのはエッフェル塔。何故ならエッフェル塔が見えないから』って言われていたのが『パリで一番眺めがいいのはモンパルナス・タワー。何故なら‥‥』。フランス人て皮肉好きだもんね。『リド』へ行って『ムーラン・ルージぇ』へ行ってミシュランの三つ星から二つに星を落とされ「それなら掲載するな!」と言ったとか言われてた某有名レストランに行って、ルーブル行って、セーヌ川でバトー・ムッシュに乗って、オ・プランタンで買い物して‥‥無駄な金使ったと思う。で、数年後。次からは1年オープンの格安航空券を買って出来るだけ長く滞在するパリ旅行に出掛ける。なんて書くと『このドアホ!何処の何もんじゃ!!』って事になるよね。略歴を書くと元々は家業の時計商を継いだもののカメラマンになりたくて気が付けば20代。『カメラマンになるには写真学校を出てなくちゃ』って言われた時代にただのアマチュア。『写真が好きな人』って求人の広告につい乗ってしまい印刷会社に就職するも写真なんて撮らして貰えず印刷の版作り。まぁ、写真と言えば製版カメラで撮るんだから写真っちゃぁ写真なんだけど。 50年前の大学出初任給が8万円強の時代に、残業したおして毎月手取り13〜14万円。しっかり金貯めて将来はカメラマン目指してポートフォリオ作りにパリを目指した。甘いね。ドラ焼きのアンコより甘々。まぁ、夢見る夢夫君だったんだね。写真業界の事なんか何も知らんから仕方ないけどね。 で、ホテルの予約もなしに飛んでいってオルリー空港について、空港でカタコトの英語でホテルの予約取ってタクシーでパリ市内へ。着いたところがパリ5区、セーヌ河岸の安ホテル。セーヌ挟んで川向こうはクルーゾー警部のパリ警視庁。右向けば川向こうにノートルダム寺院。左向けばカルチェラタンのサン・ミッシェル橋。そんなロケーションでパリ住まいが始まった。ついでだから安ホテルの屋根裏部屋からの眺めとホテルの写真をUPしとくね。 話しは長いよ〜。 無駄に長いよ〜。サン・ミッシェル河岸15番地 ホテル・デ・スエデ屋根裏部屋からノートル・ダム寺院がこのホテルは二つ星NN。NNは改築したよって意味らしく、建てられてから三百年以上経ってるらしくエレベーターもない。屋根裏部屋は四部屋あってノートル・ダム自身が見えるのは17号室だけで18・19・20号室は屋根と煙突しか見えない。あと、パリの空は見られるけどね。部屋代はベッドと小さな机、洗面台、トイレはついてないけどビデはついてる。男には関係ないけどね。それで一泊26フラン50サンチーム(約1,325円位)。食事に比べたら宿泊代は安いと思った。それでも毎日部屋を掃除してくれるメイドさんに1〜2フランのチップを枕の上に置いておくのがルールらしく、積もり積もると痛いよね。今のフランスはフランではなくユーロ。1ユーロは2025/09/10現在172.5円だそうな。物価も高そうだね。昔、メトロは一律2FR(100円)で何処まで行ってもクルクル回っても同じだった。ただし確か時間制限があったと思う。2025年に値上げしたパリのメトロは2.5ユーロになったらしいけどメトロ、R・E・R、トラム、バスとパリと近郊の交通機関は決められた時間内なら乗り換えても均一料金だとか。それでも約431円は高いかも。今はパソコンやスマホでいくらでも情報が手に入るけど、当時は『地球の歩き方』とか『地球は狭いわよ』なんて個人著か、パリでは『OVNI』なんてフリーペーパーが限られた情報源。それらの本が空港のゴミ箱に大量に捨てられていたなんて話が実しやかに語られていたような‥‥わしゃ知らんけど。最後に写真を一枚あげておくね。『サモトラケのニケ』ルーブル美術館で一番最初に目に飛び込んでくる石像。アメリカ人がニケ(NIKE)をナイキと呼んだのがブランド名になった。 またいつか講釈垂れてみよっと。
2025.09.10
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