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7月20日は、奈良県生駒市にある某スーパーで、飲料品のデモ。暑い盛りだし、自販機にもよく入っているほど知名度も高い商品なので、「(販売は)楽勝だろう」と、ルンルン気分で入店したところが、そうは問屋がおろさないのが、世の中。デモ実施場所が、何と「島」と業界用語では呼ばれる場所(店内の一般的な買い物ルートからは外れたところに商品を積んで作る売場)で、しかもレジ横だったのだ。このような場所は、既に買い物を終えて会計を済ませた人が通るケースが非常に高い。つまり、お客様にとっては帰り道で、宣伝だけならともかく販売も兼ねるとなると、こちらにすればまことにデモンストレーションしにくい場所。ここで、「フン。こんな場所で売れるかいな。(デモを)やってもしゃーないワ」と、クサッてしまってはいけない(そうしたい気持ちはわかるけれどね)。こちらが販売を諦めてしまった瞬間、商品は本当に売れなくなるからだ。これは場所の問題に限ったことではなく、例えば、デモ実施店舗のメイン客層にすれば「高価過ぎる」商品を担当したケースにもあてはまる。いずれのケースにせよ、いちばん大切なのは、「ここでこれをやるしかないのだ」という、この心がまえと姿勢。開き直るのではなく、腹をくくるわけね。不利な条件の中、自分なりにベストを尽くしていると、共感して応援してくれる人が、必ず現れる。それは、お客さんだったり、店の従業員さんだったり、そこに働きに来ている外部の人(警備や清掃、テナントとして入っているショップや事務所で働く人)だったり。そうこうしているうち、相応に結果がついてくる。「共感と応援」の積み重ねで。まあ、でも、このことは、販売や営業以外の、人生全般のことにも言えるのではないかな。とにかく、クサッてはダメ!コツコツと、ネバー・ギブ・アップ!写真は、仕事を終えた後、当日の現場であった店舗の裏庭で撮ったもの。やるべきことを一生懸命にやった者の眼に入る緑は、かくも優しい輝きをたたえている。
2025.07.30
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3日連続勤務が終わった。昨日にゆっくり休憩し(朝風呂に入り、出たあとは酎ハイといっしょに好きなものを食べてゴロゴロ。至上のときだ)、今日もアトピー対策のための塩浴を兼ねて朝風呂。やっと連勤の疲れが取れた。それにしても、最終日の焼き芋のデモは特にキツかったね。1時間にバスが2本しか通らない交通不便な地にある店が現場だったことに加え、試食メニューが作るには手間も時間もかかる内容。昼休憩を取るために従業員食堂に向かっている途中、動悸と同時に眩暈を感じ、危うく登っていた階段を落ちそうになった。まあ、どこのどなたがあんなメニューを考えついたんですかね。生クリームを泡立て、マッシャーで潰して半ペースト状にした焼き芋と一緒にパンにはさんでサンドイッチにする。それを冷蔵庫で30分以上は寝かせて冷やし、9等分して試食に出す。味は決して悪くなく、むしろ、子どもの他に甘党の方に大人気だったけれど、作るのに時間がかかり過ぎるわ。宣伝販売の性質上、なるべく多くのお客さんと直に接することは必須だから、こんな試食メニューはいただけない。店側だって、デモンストレーターには肝心のデモ場所にこそ1分でも長く立って欲しいはずだ。プラス、笑えるじゃないの。泡立て器まで100円ショップで買え、なんて。100円ショップで売っている泡立て器はやはり100円のもの。あんなに羽(鉄線)が少なくては、なかなか泡立たない。ともあれ、終わった。帰りのバスを待っている間におしゃべりした他社の同業者に今回の仕事のことをかいつまんで話し、愚痴ったら、「ややこしいもん作らんかて、焼き芋はそのままを切って出したんが1番エエんや。(お客さんに)ストレートに味をわかってもらえる」と、私が心で感じたことをそのまま言ってくれた。そうなんである。焼き芋に限らず、シンプル・イズ・ベスト。
2025.07.23
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今日から3日連勤。八幡(京都府)〜生駒(奈良)〜木津(京都府と奈良県の境目の位置)をまわる。8月も同じような感じ。ぶっちゃけ、この3月以降、私の医療費関連代がかさんだのだが、お宝の老後資金(案件一件のギャラごとに一定率をコツコツと積み立てたもの。やがて仕事が出来なくなり身体が動かなくなった時に備えた「最後の砦」である)に手をつけないためにも、ここしばらくは仕事日数を増やして稼ぐ必要がある。もっとも、昨年の統計によれば、70歳から74歳までの年齢層で働いている人は、33%にのぼるんだそうな。実に3人に1人!働く理由は人さまざまながら、本音の部分では、ほとんどは「生活費」ではないかな。つまり、年金だけでは足りないのでその足りない分の補充というわけ。今や、「孫へのプレゼント」や「たまの旅行」などの「余暇」のためではなく、オマンマをはじめとする「生存」のために古希を過ぎても働く時代となってしまったのだ!何なんだろうね、この現象?ただ、われわれ働くシニアが増えたことで、諸般の理由により働くことが出来ない高齢貧困者が生活保護の申請に役所に行った時、担当者に「まだ70歳なんだし、何か仕事をしたらどうですか? 今の世、高齢の方も頑張って働いている方、多いですよ」と言われると聞くと、胸が痛む。
2025.07.20
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我が旦那が、「酒が入るとお前はその話をする」と、笑っている逸話。高校時代。私は、自宅から30分ほどペダルを踏んでやっと着くバス停留所から、バスで学校に通っていた(何せ、当時はスーパー1つなかった岡山の農村なんで)。その途中に、父親のいとこだと言う、小うるさいバ◯アが住む家があった。正直、彼女には私、高校に行き出す前にほんの1、2度会った程度。うるさいと言うことは母から聞いていて、いろいろな指示も受けていたので、会うごとにその通りにしていたが、ある時、挨拶をしなかった。その日は、苦手な数学のテストがあり、そのことで頭が一杯だったのだ。そしたらですね、その日のうちに、そのバ◯ア、村中に「まっちゃんが、私に挨拶せんかった」と広め、母の勤務先にまで、これこれしかじかと電話をしてきていたのですよ。私は、母から厳しく叱責される中、かねがね抱いていた思いを新たにした。「こんなところからは出て行こう」と。父親のいとこという薄い関係であり、かつ私はほとんど会ったことのないバ◯さんに、ただ一度挨拶しなかったことでこんなにまで責められる社会なんて!これ、我が夫も含めて都会育ちの人は笑うんだけれど、真実なんですよ! 繰り返すが、父親のいとこなんて極めてこちらにしたら他人同然の親戚関係の人まで、田舎では関わり合ってくるんですよ!我が故郷。自然環境は大好きなのに、、、出て行きたかったのは、人間関係。特に、女性には厳しいものがあり、それは未だ変わっていないみたい。なぜ地方から女性が都会に流出するか、地方自治体も、この選挙の際、考えたらよいと思う。
2025.07.17
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昨日に書いた記事に連動して。メーカー側が提案するレシピは、メーカー所属の栄養士、あるいは顧問という形での外部の栄養士や料理研究家に作成してもらうことが多いのだが、あの数々のレシピ、楽曲のダウンロード数をカウントする要領で、一度人気投票をしたらどうかしら? で、いつもいつも下位になるレシピしか考案できない先生には、メーカーの経費節減の意味合いからも(引退を)ご協力いただいて。確かに「先生」と呼ばれるからには素人では考えつかないレシピを提供する「重積」があるだろうけれど、そのレシピを発信する先は、はて、どんな層ですかねえ?ここいらのこと、現在の政治社会と一脈通じるものがあるよね。もう少し追求しよう。
2025.07.17
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皆さんにお尋ねしたい。「スーパーなどにパンフレットやリーフレットの形で置いてある、メーカー作成の料理集。あの中に掲載されているメニューを実際に作ったこと、ありますか? あるとしたら、どれくらいの頻度で?」と言うのは、時おり、「味は良いし、栄養的にも問題ないのだけれど、少なくとも家庭料理には不向き」と感じられるメニューがあるからだ。つまり、手間も時間も費用もかかるタイプのもの。もう15年以上も前の話だから打ち明けてもかまわないだろう。ある時、某オイルメーカーのごま油を試食販売することになった。試食メニューは中華風そうめん。豚肉と茄子その他の夏野菜数種をごま油でいためて中華だしと醤油で味付けして冷やす。それをそうめんの上に具材として載せ、普通にめんつゆで食べてもらう。ぶっちゃけ。味はなかなか。ただ、多くの材料を使い、また出来上がった具材をキュッと冷やさないと美味しくないこともあり、食べられる状態になるまでかなりの時間と労力を費やす。まして、試食が売上に結びつくデモンストレーションメニューには、ぜんぜんふさわしくない。その前にですね、豚肉だの茄子だの、かくもあれやこれやの味が混ぜ合わったら、かすんでしまうんですよ、せっかくのメーカーご自慢のごま油の風味が。デモの様子を見るため、店舗にやってきたメーカー営業に、私は尋ねた。「こんなゴッチャラゴッチャラしたややこしいの作らんかて、そうめんなら普通のやつをごま油を一滴垂らしたつゆにつけて食べてもろうた方が、よほど(ごま油の)美味しさがわかるんとちゃいますの?」営業は答えた。「はあ。僕もそう思いますが、これは企画部と販売促進部と顧問の栄養士が共同で決めたことですので、、、。うちが店頭に置いている料理パンフレットにもレシピが紹介されていますし」。「そうなんですか。じゃ、仕方がないですね。もっとも、この中華風そうめん。果たして一般の主婦が作ってみたいと思うかなあ?」ズレているんだよね。どこかズレている。同時に、消費者が作ってみたいメニューを提案できない栄養士なんて、顧問料を払ってまで雇う価値があるのかしら?写真は、1番下の孫。
2025.07.16
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大腸検査及びポリープ除去。5日経って、ようやく身体具合は元に戻った。45年前に同じ検査を受けた時からもちろん医学は進歩しているので、診察法も処置の仕方も当時とは違い、特に苦痛があったわけではないのだが、やはり体内に器具を入れられてゴソゴソされた挙句にパキパキと切られるのは、正直、決して気持ちのいいものではない。加えて、術後の2日間は食事のたびにトイレに行きたくなり、それがまた通常の便ではなかったことにより、「もしかして検査用の下剤がまだ腸内に残っているのではないか?」と、あらぬ疑惑を持ったほどだった。あくまで素人判断ではあるけれど、きっと腸がビックリして、ある種の拒絶反応をおこしたんだろうね、、、空っぽの状態になったところへ突如ノミモノやタベモノなる「異物」が入ってきて、思わず「え? 何やねん、これ? けったくそ悪いから、はよ出ていってや」と外に追い出し、それが何度か続いたのだろう。幸い、処置後3日目にして、いつも通りの排便状態に戻った。実に快適。あらためて感じたね、人間にとっての「快食・快眠・快便」の大切さ。極めて動物的な感覚ながら、いや、それだからこそ、ニンゲンをも含めたイキモノの幸福度を左右する。残念ながら、この感覚を味わうことが難しくなりつつある現実が、21世紀も4分の1過ぎた現在、ある。写真は、3人の孫たち。
2025.07.15
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(注)7月12日に書いた記事。(注)トカゲの写真を載せています。苦手な方は写真をスルーして下さい。今日から連勤。まずは草津(滋賀県南部)に行く。木曜日の大腸検査&ポリープ除去手術後のダメージ(終了後は香り高いコーヒーを飲むことを楽しみにしていたんだが、実際にその時になってみると、コーヒーどころじゃなかった。身体に器具を入れられて患部を切っていく感触はそれなりの違和感。いや、痛みは大したことはないんだけれど)もまあ回復したし、ベストを尽くしてこよう。写真は、京都市内は今出川通りで見かけたトカゲ君(嬢)。喧騒の都会の中でも、こうして頑張って生きている小動物がいるんだなあと思うと、それだけで元気が出てくる。
2025.07.15
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この3月上旬に、恐らくは代替肉(肉の代わりとして大豆や野菜エキスなどの植物性原材料を使って作った食品)を食したことが原因で胃けいれんをおこして以来、我が身体にはケチがつきまくり。今日もある内臓検査を受ける。おまけに、両手指の第一関節に痛みを伴うしこり(結節)まで出来てしまって。進行性のものだけれど、その進行はいずれ止まるらしいので、もしかしたらこれは私が思春期に患った脊髄側湾症のお指版?脊髄側湾症は、大学病院まで行って診察を受けたが、「今すぐ手術の必要はない。このまましばらく様子を見よう」との診断結果。そうこうしているうちに、背骨が曲がったままで湾曲が止まって固定し、現在にいたる。指もそうなる可能性が高い。まあ、日常の生活や仕事には差し障りがないし(肩凝りにも似ただるさとか、肩のズレからくる特有のエプロン姿を指摘されたりはするものの)、ぶっちゃけ見た目を気にする年齢でもないので、今のところ必要以上に深刻にとらえないようにしている。それでも、ものがつかめなくなるほど指が曲がってしまうことがないとも限らないからなー。ただ、嬉しい出来事もあった。4ヶ月ぶりに、またブラックコーヒーが飲めるようになったのだ。つい数日前に仕事で訪れた京都府内の百貨店に出店しているパン屋で、昼食にサンドイッチを注文した時、なぜかコーヒーをブラックで飲みたくなり、つけてもらった。いいねえ、、、。やっぱりコーヒーはブラックだ。香りからして違う。気持ちがリッチになる。上を向く。明日の内臓検査が終わったら、コーヒー専門店で好みのテイストのコーヒーを買って帰り、クーラーが効いた部屋でゆっくりと飲むとしよう。写真は、コーヒー(Wikipedia).
2025.07.10
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滋賀県の近江鉄道沿線沿いにあるまち、豊郷を、19年前に仕事で訪れたことは述べた。私の記憶が正しければ、その時の店舗はユ◯ストア(現在のド△キホーテ)。今回同様、駅と店の間にはかなりの距離があり、17分か18分歩いたと記憶しているが、これまた今回同様、「行き」には全く人に会わなかった。初めて来た地なのに1度も迷わず店に着けたのは、当時の豊郷駅が有人駅だったことによる。すなわち、駅員が現在のスマホのナビゲーターアプリの役割を果たしてくれたのだ。歩いていて人に会わないということは、単純にそこの人口が少ないことを示している。さらに高齢化をも。こんなところで暮らすには、当たり前ながら自家用車必須。ところが悲しいかな、運転が出来ない人もいるし、出来ても年をとると難しくなってくる。公共機関たるバスがあっても、人口密度ぶんだけの本数しか走らず、運行経路から外れる地域も出てくる。となると、あとはタクシーしかなく、事実、地方のタクシー会社の中には、時刻やルートを固定化した、バスの小型版ともとれるタクシーを走らせているところもある。豊郷を含む地帯もその1つだ。ははーん。わかったよ、4日に豊郷駅からの予約を打診したタクシー会社の「午前8時から10時まではすごく混むので、予約時間通りに行けるとは限らない」との、事実上の断り文句の真意が。このおおもとに、観光者優先やら運転手不足やらの諸々の事情が加わった結果が、「過疎地ほどタクシーを呼んでも来てくれない」理由だろう。過疎地問題は一段と深刻になっており、その一端が、タクシー状況に反映されている。写真は、実は過疎地の我が故郷を走る、バス代行タクシー。採算の問題から民間バスはとうに撤退し、その後まちが循環バスを走らせたものの数年後に同じ理由でやっていけなくなり、結局は地元のタクシー会社の大いなるボランティア精神に甘え、このタクシーが走ってくれている。豊郷方面も、きっとそうなのだろう。
2025.07.09
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仮に、2日働いたら2日休み、3日働いたら3日休む。労働日と同じぶんだけ休憩しないと身体がもたなくなったのは、いつ頃からだろう。この土日は、土曜日はドレッシング、日曜日はレトルトカレーのデモ。どちらも現場も京都府内にあり、したがって比較的に近場だったのは幸い。ただ、ある点で、両日の疲労度は明確にわかれた。共に、来店数の割に試食人数は少ない部類に入る店(試食をすすめて飛びついてくるのは子どもくらい。大人はほとんど断る)。特に日曜日の店は百貨店で、百貨店での一般的なデモ傾向同様、ここも試食が本当に出なかったんだよなあ、、、。こんな場合、泣きたくなる。売上云々の前に、せっかく作った試食の大半を捨てないといけないからだ(冷めたカレーライスなんぞ美味しくない)。いや、試食が出ないのは、繰り返しになるが、前日の土曜日に仕事をした店でも同じ(メイン客層が店近辺に住む高齢者か家族=顔なじみということもあって、試食に気恥ずかしさがあるのだろう)。それでも、試食メニューがサラダだったもんね。つまり、試食が思うように出なくて、そのうち冷めてしまっても、一向に困らないメニューだからよかった。ところで、日曜日にデモを実施した百貨店の少し離れたところ(車で10分ほど。一直線に走る)に、全国的に名前が知られる大型スーパーがある。このスーパー。食品のデモをすると、試食や試飲を求めて、時に行列が出来る。何せ、デモ商品が塩辛であろうとキムチであろうと、老若男女を問わず、バンバン食べるお客さんが多いのだ。もっとも、商品購入数と試食人数は必ずしも一致しない、、、この店の場合。まあ、これはこれで大変ではある。同じ地域内ではあっても、店によって、デモンストレーションの状況は大きく変わってくる。写真はレトルトカレー(Wikipedia)。ボンカレーのデモも、電子レンジ対応タイプを、1度だけだが、メーカー営業と一緒にやらせてもらったかな。
2025.07.08
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これは、昨年、娘が我が還暦祝いにプレゼントしてくれた、琵琶湖クルーズでの写真。「お父さん、お母さん、ささやかながら楽しんで来てねー」のメッセージが込められている。まあ、共に自己主張が強い者通しが、よくぞこの年まで添い遂げることが出来たもんである。割れ鍋に綴じ蓋。つまりは、こういうことなのだろう。
2025.07.08
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明日から連勤。今回は比較的に近場をまわる。デモ担当商品は、ドレッシングとレトルトカレーで、これまた比較的に楽な業務だ。ドレッシングの宣伝販売の試食メニューは、もちろん(?)サラダ(昨日の記事に生でも食べられる野菜のことを書いたが、この生野菜を使ったものでは1番知られている料理でもある)。具材は、今回はキャベツサラダチキンのみ。このドレッシング。あくまで個人的な印象だけれど、一般に市販品は味が濃いと感じない?そのためか。ドレッシングの種類によっては、少したくさんかけただけなのに肝心の野菜の味がわからなくなっていることも少なくない。本来なら、ドレッシングは、サラダの主役たる野菜の引き立て役であるはずなのに。ドレッシングとボトルを手に取り、裏返して、成分表示を見てみる。けっこう塩分と油分が多いことに驚かれる方もいるはずだ。「なるほど。こりゃサラダが濃くなるのも仕方ないわ。それに、こんなにアブラが入っていたんじゃ、カロリーも心配だな。せっかく健康のためにせっせと野菜を摂っているのに、、、」と、ついため息をつきたくなる方も。夫のがん発症を機会に、我が家は可能な限り食品は農薬や化学肥料や人工調味料とは無縁のオーガニックものになった。特に野菜は、無農薬野菜の宅配を利用していることもあり、ほぼ100%がオーガニック。生産者も生産される作物も両者を取り囲む環境をも大切にして育てられた食物を口にするうちに、あることに気がついた。それは、例えば、きゅうりはきゅうりのままで、ほうれん草はほうれん草のままで、トマトはトマトのままで、じゅうぶんに美味しいこと。つまり、調味料はいらないか、使っても最小限の量ですむということだ。これは、サラダにも言える。我が家では、サラダドレッシングは、基本、食べるごとに作っているが、胡麻ドレッシングやクリーミー系のコールスロードレッシングなどは、風味の理由で市販品を使っている。「野菜が持つ本来の旨味を味わうこと」をモットーに、かけ過ぎないよう、極力注意しながら。せっかく、天の恵みのもと、美味しく実ってくれたり、育ってくれた食物。そのことに感謝する意味合いからも、それらが持つ個性を最大限にいかしてあげたいね。写真はサラダ(Wikipedia)。
2025.07.04
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(注)4年前の今日、書いた記事。昨日、個人事業者向け月次支援金の4月分をネット申請した。疲れた!ネット、やっぱり苦手だわ。申請中、何度サポートセンターにヘルプ電話をかけたことか!いや! 苦手なのは、ネットそのものではない。例えば大文字と小文字を1字取り違えていても、あるいはドットやハイフンを1つ抜かしていても、「通常であること」を拒否する、ネット特有の融通の利かなさである。ネットはイレギュラーを徹底的に嫌うのだ。こういうのって、ストレスがたまるよね?ただ、関東に比べると、関西は「時と場合によれば」という条件付きながら、まだまだ様々な点でイレギュラーが認められていると思う。よく言えば、おおらか。悪く言えば、なあなあ。もっとも、すべてがシステム化され、偶然や予測が許されない世界は息苦しい。関西流の「おおらかにして、なあなあ」は、うまく活用すれば、今後ますます進むであろうネット社会のデメリット面を補う潤滑油的存在にあるかも知れない。写真は、我が家のミニガーデン。
2025.07.04
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(注)6年前の今日、書いた記事。時々会う、同世代の仕事仲間。男の子ばかり3人育て、おのおのお嫁さんがいるが、そのお嫁さんたちの子育てには、「見ざる、聞かざる、言わざる」をモットーとしているとか。 なぜなら、一昨年の冬のこと、赤ちゃんを持つ某お嫁さんがネイルをしているのを見、それを注意したら、ものすごい勢いで、「私はちゃんと考えて(ネイルを)しているんです。爪は短く切っているし、ジェルも赤ちゃんが舐めても大丈夫なタイプのものを使っている。そういうことはネットで調べてあります」と返され、以後、そのお嫁さんとの間に距離が出来てしまったから。 ううむ、、、???。 これがお嫁さんではなく娘なら自然と言えるんだけれどね、、、私もネイルのことでは娘にそれとなく指摘したものだ。そしたら、確かに仕事仲間のお嫁さんと同じ答が返ってきたものの、ケンカごしではない。「今はこんな商品も販売されているし、ネイルは子育てのストレスを発散させる意味でも良いのだ」と、こちらに情報提供してくれる感じ。 同じことを口にしても、姑と実母では、まあ、受け取る方も意識の上で微妙に違うのかも知れない。 その前に、仕事仲間が、お嫁さんがどんな状況の時に、そしてどんな調子でネイルのことを話題にしたか、それも関係してくるだろうね。 育児中のおしゃれに対する考え方ひとつでも、我々ばあば世代とは違うこと、たくさんあるなあと感じるこの頃。まして、義理の間柄なら、なおさら歯車が噛み合わないことがあるかも知れない。 尚! ばあばの1人として! 息子にしろ娘にしろ、家庭を持ったなら、もう半分は割り切った方がお互いにもめないで済むと思う。と言うか、ばあばじいじは、「これからは私たちの第2の青春時代」と、子や孫のこと以外に楽しみを見つけることも大事だ。 写真は、京都御苑内にある池。
2025.07.03
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6月最後の日曜日だった29日は、住んでいる京都府の隣にある奈良県に限りなく近い地域のスーパーで、レタスのデモ。試食メニューはシンプル。レタスをゆがき、ソースとごま油で和えるだけ。火の始末さえ出来れば小学校中学年の子どもでも作れるこのカンタン料理が、実は思いのほかイケる。少なくとも、ご飯にとても合う。ソースを濃いめにしたら、ほかほかご飯に乗せて「レタスどんぶり」にしてもよいのではないか。お客さんの反応は上々。何より「レタスって生で食べるものとばかり思っていたのに、こうして火を通しても美味しく食べられるんやね」の声が多かった。そう!今年の2月に実施したきゅうりのデモで、「きゅうりとウインナーのソテー」を試食に作った時にも感じたけれど、まだまだ多いのよね、「きゅうりやレタス、トマトは生で食べるもの」と思い込んでいる人は。先入観というやつだ。逆もある。加熱しないと食べられないと、一般に信じ込まれている食品(今回は野菜)が、実際には生でも食べられるし、味も悪くないケース。例えば、ピーマンがそうだ。ピーマンは油と相性バツグンなので炒めて食べられることがほとんどだが、生のまま細く切ってごま油と中華だしで和え(好みでニンニクすりおろしを加える)、ごまを一振りすると、暑い盛りには酒のつまみにも最高な一品となる。かつてこのメニューで試食した時には大評判となったものだ。ゴーヤも生でオッケイ。スライスして塩揉みをしたあとで鰹節をかけるか、またはシーチキンと混ぜ合わせる。ゴーヤだからこそのほろ苦さが、特に暑さに疲れた身体にやさしくアピールする。あと、小松菜やズッキーニ、とうもろこしも生で食べられる。意外だった?生で野菜を食べる利点の1つは、加熱によるビタミンCの破壊を防げること。反対に、加熱で野菜を食べる利点の1つは、量(かさ)が取れること(今回のレタスなど、生のままサラダにすると1個を消費するには何皿もお代わりしないといけないのに、ゆがいてあえ物にすれば普通のカレーライス皿半分ほどになってしまう。つまり、丸々1個を楽に取ることが出来るのだ。ダイエットをしている人には嬉しいではないか)。どちらがよいか、判断が難しいのが本当のところ。ただ、これだけは言える。思い込みも含めた先入観は、その人の世界を、ひいては人生を、確実に狭めること。これは、野菜に限ったことではない。そもそも、生食が当たり前の野菜に火を通したり、反対に加熱が常識とされている野菜を何もせずそのままかじったりしたら、そこに別の美味しさがあった。「食」は人間の根源的な欲望であり、人生の大いなる楽しみでもある事実を考えれば、こんな小さなことでも、じゅうぶんにワクワクすることだと思いませんか?写真はピーマン(Wikipedia. Public Domain)。
2025.07.03
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(注)3年前の昨日に書いた記事。夏はまさしく始まったばかりなのに、本州では異様な暑さが続いている。何、これ? 異常気象?こうまで気温が上がると、いくら電気代が上がっていても、節電もへったくれもあったもんじゃない。命、イノチにかかわってきますよ。実際、知人の1人は、数年前の真夏、エアコンなしで寝ていて、そのまま逝った。死因は熱中症。あれは睡眠中にも起こるのだと、その時に初めて知った。もっとも、知人がエアコンをつけずに寝ていたのは金の問題ではなく、体質的にエアコンなどの人工の冷気が合わなかったから。職人の彼は自宅の一部を作業場とし、そこで真夏でも冷房なしで仕事をし、夜も家族と離れた部屋で窓を開けた状態でそのまま寝ていたと言う。、、、なんて、私もこの7月10日、屋外で実施されるデモンストレーション案件を受けている。これは、6月上旬に打診され、その時はまさか7月上旬にこんな気象になるとは思わなかったので受けたのだ、、、実際、昨年の7月10前後は梅雨時の不快な湿度は残っているものの、暑さ自体はまだ大したことはなかった(7月12日に仕事をしたから覚えている)。この日、夫のラインと娘のラインに1時間ごとにメールを送ることになっている。生存確認である。7月10日。私は生きて帰宅することが出来るだろうか?写真は、6月29日、北大阪の某百貨店で仕事をした帰りに写したもの。この広場で、携帯のPRスタッフはイベント広場での仕事をこなしていた。心より「お疲れさま」と労いたい。
2025.07.03
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