ココニイルコト

ココニイルコト

2005年08月20日
XML
カテゴリ: 過去のこと
境界性人格障害のことを本で読んでいると

等書いてあることが多い。

正直、今まで意味が分からなかった。

でも下記のような文章を見つけた。

~私たちは、精神が健常な状態にある時は、「自分」というものの内側と外側を比較的明確に区別することができています。ある考えが自分の中で浮かんできたら、それは自分の内的・主観的な考えであることがわかるわけですし、誰かに何かを言われたのを聞けば、それが自分の外で起こっている外的現実である事がわかるわけです。こうして、概念的に「自分」というものを、その外側にある外的現実から区別する境界線のようなものを「自我境界」と呼んでいます。
そして、「精神病」とは、概念的には、この「自我境界」が不鮮明かした、あるいは失われた状態だと考える事ができます。つまり、ある考えが生じた時に、それが自分の内側から生じた内的・主観的な考えであり思いつきであるのか、あるいは外的現実として自分の中に入ってきたことなのかの区別がつかなくなる状態です。別の言い方をすると、自分の中で生じた考えと、外的現実との区別をする能力を「現実検討reality testing」の能力と言い、「精神病状態」とは、現実検討が障害されている状態である、となります。
 例えば、「自分はダメだなあ」と自分で思ったのか、あるいはそうした考えが外から入ってきた(「あいつはダメなやつだと思われている」)のか、分からなくなることです。私たちは、いわゆる健常者であっても、精神的に良くない状態になると、自分の考えを外界に投影しがちになります。気分が沈んで自信がなくなっている時は、「自分はダメな人間だ」と思ってしまうと同時に、その気持ちを周囲に投影し、「皆も私をダメな人間だと思っているんだろうな」と感じてしまいがちになります。これが行き過ぎると、「皆も私をダメな人間だと思っているに違いない」となり、「妄想delusion」と呼ばれる性質に近くなってきます。このように、「相手が自分のことをどう思っているか?」ということの評価には、いわゆる健常者であっても、少なからず投影による主観的な色付けが入り込んできてしまうために、客観的な外的現実と主観的な内的な考えを、完全に白黒はっきりと区別していくことはできません。しかし、だいたいのところで、外的現実をそう大きく歪めてしまわない状態であれば、「自我境界が保たれている」、あるいは「現実検討が保たれている」と言うことができます。

長いけれど引用してみた。



でも、確かに私は上記の「自我境界」が保たれていない。

何かでミスをする → 自分がこの世界で一番無駄な存在に思える → 自分を駄目だと思う → 私のミスを見ていた他の人も私を駄目な奴だと思ったに違いない → 誰も私を話をしたいはずがない 

というふうに考えてしまう。だから人と話すことができなくなる。だって私は嫌われているから。

嫌いな人から話しかけられたい人間なんているはずがない。

そんなふうになってしまう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年08月21日 10時28分14秒
コメント(2) | コメントを書く
[過去のこと] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

カレンダー

コメント新着

山科2008 @ Re:その後。(06/25) 届くと嬉しいので、書き留めます。 彼…
Lucyまろん @ Re:疲れた。(07/15) ずっと更新されてないので、どうされてる…
ゆみちゅう @ Re:疲れた。(07/15) あー。残念でしたね…。 ご苦労様でした。…
☆☆瑞樹☆☆ @ Lucyまろんさんへ >私も独身の頃はせっせと試写会のハガキ…
Lucyまろん @ いいなあ・・・ 私も独身の頃はせっせと試写会のハガキ送…
☆☆瑞樹☆☆ @ Lucyまろんさんへ >家の近くのビジネスホテルに泊まるとい…
Lucyまろん @ まあ・・ 家の近くのビジネスホテルに泊まるという…
☆☆瑞樹☆☆ @ hemimauさんへ >そりゃ大変でしたね・・(>_<) ←…
☆☆瑞樹☆☆ @ hemimauさんへ >うん、大丈夫、「現れて欲しいな♪」って…
hemimau @ Re:大変でした。(07/13) そりゃ大変でしたね・・(>_<)

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: