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庭で食事↑(2010年2月26日、ビエンチャン、ラオス)工事中の家で食事↑(2009年5月30日、ビエンチャン郊外、ラオス) ラオス人は、毎日のように、家族や友人と食事をし、語らいあっています。 ヴィエンチャンでも大通りから一本入った道を歩いていると、生活臭のある風景となります。庭にテーブルを並べてビールを飲んだり、ダンスをしたりしています。道に、縁台を出して、その上に座って団扇を使って涼んでいたり、将棋のようなゲームをやっています。ギターを弾いて歌っている人もいます。私が子供の頃の日本の路地の風景にそっくり。 私はラオスでは車を所有せず、運転手付きのレンタカーを借りていました。交通事故が多いラオスで運転するのは危険なので、運転手を付けていました。ラオスに赴任してからそれほど経っていない頃、裏道に入った時、道の先の方が何やらふさがれているように見えました。近づくと、果たして、車道が占拠されています。車道上に椅子とテーブルが出され、みんなでわいわい飲食しています。テントまで出ています。当然車が通ることはできません。車の運転手がどう対応するか興味がある処です。彼の対応に私は驚きました。彼は、Uターンして、その場から、もと来た道を静かに引き返しました。 その後、何度かこのような場面に出くわしましたが、公共の道路を占拠したからと言って「じゃまだ、道路を占拠するとは何事だ、テーブルを片づけろ!」と言うような場面になることは全くありません。(続く)【Bon appétit !】 Massive aerial bombardment against the Pathet Lao and invading People's Army of Vietnam forces were carried out by the United States to prevent the collapse of the Royal Kingdom of Laos central government, and to deny the use of the Ho Chi Minh Trail to attack US forces in the Republic of Vietnam. Between 1964 and 1973, the U.S. dropped two million tons of bombs on Laos, nearly equal to the 2.1 million tons of bombs the U.S. dropped on Europe and Asia during all of World War II, making Laos the most heavily bombed country in history relative to the size of its population; The New York Times noted this was "nearly a ton for every person in Laos".(https://en.wikipedia.org/wiki/Laos)
2020.07.31
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村の子供たち↑(2006年11月24日、サバナケット、ラオス)お寺の本堂での昼食↑(2007年3月16日、ビエンチャン郊外、ラオス) ある時私は、ラオス人が「大切なこと」の優先順位を最も高くしていることに気が付きました。 大切なことの優先順位が高いのは当たり前と思われるかもしれませんが、日本では仕事の優先順位が高いように思います。例えば、日本でも家族や友人との生活が一番大切なはずですが、家族と過ごす時間より仕事を優先します。友人と会う約束をしていても、急な仕事が入ると友人との約束をキャンセルします。 ラオス人は、家族や友人と過ごす時間を何よりも大切にしています。仕事のために家族や友人との関係を犠牲にすることはまずありません。私は、ラオスの農林省で働かせてもらいましたが、農林省の幹部であっても、家族の行事を優先しますので、家族との用事が突然入ってくると、職場の大切な会議を土壇場でキャンセルすることがあります。一般の職員はなおさらのこと、このようなことは日常茶飯事です。(続く)【Bon appétit !】 Laos is an one-party socialist republic, espousing Marxism–Leninism governed by the Lao People's Revolutionary Party. In Laos, the politically and culturally dominant Lao people make up 53.2% of the population, mostly in the lowlands. Mon-Khmer groups, the Hmong, and other indigenous hill tribes live in the foothills and mountains.(https://en.wikipedia.org/wiki/Laos)
2020.07.29
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読書する僧↑(2006年11月21日、ビエンチャン、ラオス)水遊びする子供たち↑(2006年11月24日、サバナケット、ラオス) 2006年に初めてラオスの地を踏んだ私は、翌年の3月、ラオス国の首都ビエンチャンで生活を始めました。 ラオスはどんな国なんでしょう。 後発開発途上国と聞いています。 アジア開発銀行は、ラオス国民の60%を超える412万人が、1日2ドル未満で暮らす「貧困層」と推定しています。 そうは言っても、ラオスで見かけるラオス人は、皆幸せそうな暮らしをしています。驚きです。どこにも貧困が見当たりません。飢餓に苦しんでいる光景など、どこにも見当たりません。「貧困=不幸」あるいは「貧困=飢餓」と言う短絡的な思考は成り立たないようです。 人々は、皆幸せそうです。ストレスもなさそうです。幸せの源泉は何でしょうか。 ある時私は、ラオス人が「大切なこと」の優先順位を最も高くしていることに気が付きました。(続く)【Bon appétit !】 In 1975 the Pathet Lao, along with the Vietnam People's Army, and backed by the Soviet Union, overthrew the royalist Lao government, forcing King Savang Vatthana to abdicate(退位する)on 2 December 1975. After taking control of the country, the Pathet Lao government under Kaysone Phomvihane renamed the country as the Lao People's Democratic Republic and signed agreements giving Vietnam the right to station armed forces and to appoint advisers to assist in overseeing the country.(https://en.wikipedia.org/wiki/Laos)
2020.07.27
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メコン川沿いの道↑(2006年11月20日、ビエンチャン、ラオス)メコン川対岸のタイを臨む↑(2006年11月20日、ビエンチャン、ラオス) 私は、2007年から2010年にかけての3年間、ラオスのビエンチャンで生活をしました。その間の生活に関しては、リアルタイムでこのブログで発信してきました。 帰国後10年経ちましたが、当時のラオスへの想いは今も変わりません。10年後の視点から当時のことを回想して、このブログに時々書いてみたいと思います。 今日はその第1回めです。 私は、ヴィエンチャンの空港に降り立つと、何とも言えない懐かしい気持ちになります。まるで、故郷に戻ってきたような感じです。自分を包み込むラオスの空気が、心地よい。 これは私だけの感覚でしょうか。 ラオスに来られた日本人にラオスの感想を聞く機会が幾度となくありました。感想は共通しています。 「癒されました。」 「懐かしい感じを受けました。」 「日本が失った大切なものをみつけました。」 理由は、ラオス人がなんとなく日本人に似ているということが一つ。確かに、行動様式が似ています。はにかみ屋で争いを嫌います。もう一つは、田園風景や人と人とのつながりに、一昔前の日本社会を感じたからでしょう。 ラオスを終の棲家としている日本人も多くいます。 初めてラオス訪問した2006年、気付いたことが2つあります。 一つは、車のクラクションの少なさです。東南アジアというと、車のクラクションと多くの人が織りなす喧騒が思い浮かびます。でも、ここラオスは、全く静かです。 二つ目は、物乞いの数。ほとんど見かけません。見かけたとしても執拗な物乞いがいません。 どうしてこのようなことになっているのか、ラオスで生活していくうちにわかってきました。(続く)【Bon appétit !】 Laos, officially the Lao People's Democratic Republic, is a socialist state and the only landlocked country in Southeast Asia. At the heart of the Indochinese peninsula, Laos is bordered by Myanmar and China to the northwest, Vietnam to the east, Cambodia to the southeast and Thailand to the west and southwest.(https://en.wikipedia.org/wiki/Laos)
2020.07.26
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阿弥陀堂 Amidado↑(2020年6月20日、世田谷、東京)六角堂 Rokkakudo↑(2020年6月20日、世田谷、東京) 初めて世田谷観音を訪問しました。 参道を進み、仁王門をくぐると右手に、三層の建物、阿弥陀堂がありました。 屋根に鳳凰の飾りがあります。 京都の二条城から移築した建物だそうです。 参道の左手には、六角堂があります。 堂内には、康円(運慶の孫)作の不動明王ならびに八大童子(国重要文化財)が奉安されています。 I came upon Setagaya Kannon the other day when I was walking around its neighborhood. It was my first visit and I found buildings there such as Amidao and Rkkakudo were interesting.【Bon appétit !】 In May 1955, the two Special Attack Peace Kannon (Buddhist Goddess of Mercy) were moved to Setagaya Kannon Temple in Setagaya Ward of Tokyo City. The two kannon statues were just in remembrance of men who died in aerial special (suicide) attacks during the Pacific War, but later this was expanded to include special attacks by watercraft. There is a plaque in front of the Special Attack Kannon Hall that is engraved in both Japanese and English.(http://www.kamikazeimages.net/monuments/setagaya/index.htm)
2020.07.23
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不忍池の蓮↑(2020年7月13日、上野音調恩賜公園、東京)蓮の花↑(2020年7月13日、上野恩賜公園、東京) 池の中から空に向かってすーと伸びた茎の先に、明るいピンク色の蓮の花がここかしこに咲いています。 開いている花は、今朝開いたもので、お昼には閉じてしまうそうです。 愈々庵気まぐれ日記のrakuten0811さんから蓮の花が開く時には音がすると聞きました。 「蓮開く音聞く人か朝まだき」(正岡子規) いくつかその音を聞いてみたいものです。 They say that a lotus flower makes a "pop" sound at the moment when it opens up. I wish I could hear the sound. It is said that the flowers open up in the morning and close up in the afternoon, and open up again the next day.【Bon appétit !】 In Buddhist symbolism, the lotus represents purity of the body, speech and mind, as if floating above the murky waters of material attachment and physical desire. In Asian art a lotus throne, sometimes lotus platform, is a stylized lotus flower used as the seat or base for a figure.(https://en.wikipedia.org/wiki/Sacred_lotus_in_religious_art)
2020.07.13
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鮎ほうずい↑花火ほうずい、金魚ほうずい、鮎ほうずい↑ 初めて「ほうずい」というお菓子を食べました。 食べた感じは、なんとなく、和風にしたマシュマロという感じです。 漢字で書くと、鳳瑞と書き、随分と縁起のいい名前のお菓子です。 それもそのはず、鮎ほうずいは、大正天皇ご成婚の時に献上されたお菓子だそうです。 京都のお菓子と聞き、貴船の川床で鮎を食した気分となりました。 I ate sweets called hozui for the first time. They are from Kyoto and have marshmallow-like texture. They say that “Ayu or Sweetfish Hozui” were presented to Emperor and Empress Taisho at the time of their marriage. 【Bon appétit !】 Gion Marun is in the famous sightseeing area of Gion, and it is a souvenir shop especially popular among young women. Their specialty is the “Chick Hozui,” Japanese marshmallows that are on the sweeter side of things. Many people come here just to see these cute chick-shaped marshmallows.(https://sharing-kyoto.com/Shopping/magazine/sp006609)
2020.07.12
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大手門近くの白鳥↑(2020年6月24日、皇居)二重橋前の白鳥↑(2020年6月26日、皇居) 桔梗濠の大手門寄りにいる白鳥は、なんとなく人懐こい感じがします。歩道から白鳥を見ていると、こちらに向かってくることが多く、親しみを感じます。 二重橋濠にいる白鳥も、しばらく見ていると寄ってくることがあります。 皇居の白鳥の中には、監視用ロボット白鳥が紛れ込んでいる噂がありましたが、どうみても、ロボットには見えません。 皇居にいる白鳥は、渡り鳥なのに春になっても飛去しません。どうも飛ぶことができないように羽根の一部が切り取られているようです。 I like the swan on the Kikyo moat near the Ootemon Gate of the Imperial Palace, as she/he is friendly to swim towards me almost every time when I see her/him from a road side.【Bon appétit !】 Formerly the site of Edo Castle, built by the Tokugawa shogunate, the Imperial Palace is where the royal family has resided, worked and conducted rituals ever since Emperor Meiji moved from the Kyoto Imperial Palace in 1868. A path around the perimeter of the Imperial Palace grounds attracts more than 4,000 runners daily, while inside the season’s flora is out in force with ducks and swans swimming about.(https://www.japantimes.co.jp/news/2015/10/06/national/tokyos-imperial-palace-grounds-peaceful-oasis-amid-concrete-jungle/#.XwcFg0X7Q2w)
2020.07.09
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