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兄の眼鏡が壊れたのだと・・・元々、眼鏡はそんなに必要としていない。増して、今年に入ってからは新聞すら読んでいられない状態になっている。文字どころか、TVすら見ていられないのだから。昨日の朝、兄から突然電話がかかって来たそうだ。いつもは連絡するのは姉からばかり。本人は自力で起きて移動する事すらままならないというのに。去年の緊急入院の時も、同じような事が有った。突然の電話で「今すぐに来てくれ、間に合わなくなる」と。その時は、薬のせいで幻覚が現れている時だった。だが、今はそういう状態でもないし、話の内容も筋が通っている。もしかしたら、姉と喧嘩をしたのかも知れない。一人になって寂しくなり、家族を呼ぶ為に口実に眼鏡の事を言ったのかも知れない。実家には、父と母と息子達が2人。長男は仕事に出掛けていたらしく、3人だけ。母は免許を持たないし、父はくも膜下出血の後遺症で運転は危険。運転どころか、自制心が無くなっている為、母が付き添っていなければならない。とすれば、次男に行って貰うことになるのだが・・兄の入院には、色々な謎が多い。この謎は、病院側の対応がどうのとかいった問題が有る訳ではない。単に、こちらが素人なだけに、病院側からの説明が受け取りきれていないだけの話。先ず最初に2ヶ月間の入院という事で、余命2ヶ月と受け取ってしまった。その後、加療計画が1ヶ月分しか提示されなかった為、余命1ヶ月と勝手に解釈を変えてしまっている。入眠剤(薬の名前すら知らない)の医師からの説明も、途中までしか聞いておらず、その途中までの説明の中に「体力の無い老人ならば、そのまま亡くなる事も」と有った為に、勝手に意識レベルを下げる為の施術と解釈している。先週、以前の主治医が来て、2ヶ月の入院期間が過ぎた際、上手くすれば元の病院に呼び戻せるという事を言われ、保険適用の為の2ヶ月と理解した。治療計画は、そもそも1ヶ月毎に見直すものだという事も、この時点でやっと理解。薬は?薬についても、話を良く聞くと、夜間の熟睡を確保する為のもののようだった。そもそも、この1ヶ月の間にも、抗がん剤の24時間常注が行われていたようだ。未だ、緩和だけでなく、治療も継続しているのだ。確かに、体力はギリギリまで失っているのだろう。自分の口からの食事が出来なくなっている程に、厳しい状態が続いているのだと思う。しかし、兄は戦いをやめていない。気力が勝っている間は、急激な変化は起きそうもないようにも思えて来た。体液の悪質化だけは、どうしても心配が拭い切れないが・・・
Jul 30, 2006
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どうも良く分からない状況になって来ている。確かに兄は元気ではない。再入院した時から食事は出来ておらず、栄養摂取は首の付け根のポートから入るだけだ。身体の中は、かなり悪液化して来てもいるだろう。だけど、未だ意識はちゃんとしてるゾ!ビシッとしない息子達を呼んで、嘆きながらの説教だってしている。親戚が来ると、無茶して病院の出口まで送ろうとする。(当然、家族に車椅子を押させてだが・・・)ここで入眠剤の登場は、何を意味してる?医療に詳しくない、母の言葉を介している為に、状況が分からない。本人は、眠くて仕方のない事を、不思議に思っているという。という事は、本人にとって眠るべき時に薬が入ってるという事ではないのだろう。苦しんでいるから、それを緩和させる為に眠っている時間を延ばしている?家族は、そう感じているようだ。医者の説明も、その辺を掠ったようだ。(兄が長男に車椅子を押させて通ったので話は中断した)とにかく楽な時間を増やして欲しい。身体の負担を軽くして、1日でも先まで命を繋いで欲しい。1日延びれば、その分治療が間に合う可能性が増すと感じられるまで。いや、出来れば治療出来るような社会になる、その日まで。兄は、まだまだ生きる事を選択し続ける筈だ。
Jul 23, 2006
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兄の入院している病院。そこは以前、筋ジスを中心とした神経筋疾患を対象とした国立の療養所だった。今、国立病院機構として、小児診療を中心にした総合病院として生まれ変わっている。その中で、政策医療として取り組む、がん。病院は広く、古さと新しさが共存している。その立地には、子供達を扱いながらも療養所としての閑静を保っている。広いから、そのどちらも手に入れる事が出来ている。看護に携わる人達にも、その両極が現れているようだ。毎年新たに配属される、とても若い、沢山の看護士の方達。その殆どは、小児病棟に配属されるようで、兄の病棟には頼れる年配の方達が居てくれる。とても心地良い空間。しかし、兄は戦いの中に居る。人との交流を楽しめる程までに回復してくれない。自宅で頑張り過ぎたのだろうか・・・今週、休みを利用して親戚が見舞いに訪れてくれたそうだ。兄は、礼を失しないよう、車椅子で出口まで見送ったという。しかし、それは今の兄にとっては残る体力のギリギリまで使うような行動。見送った後、気を失うように眠りに落ちて行く。そんなに無理をしなくても良いのに。そうなのか?彼の精神は何と言ってる?彼のプライドは、生きる事を選択している。今までも一度も「死にたい」という言葉を口にした事はない。逆だ。彼は辛い時間に「死んでしまう」という言葉を口にする。本当に死んでしまいそうに辛い時間を、何度も、何百回も過ごして来ている。だけど、彼はその時間を越せない事を恐れている。彼の時間は、今までずっと未来に向かって伸びている。彼は治る事を信じているのか?このままずっと、生きていたいのか?いや、そんなんじゃない。彼は、死にたくないんだ。どんなに辛くても、死にたくないんだ。その想いが、彼の命を未来へ未来へと進めている。どこまでも強い男だと思う。
Jul 16, 2006
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兄の容態は、決して良いものではなかったらしい。再入院してから暫くは、吐き続けていたという。自宅での療養を続ける為に、無理に口から摂取しようとしていたが限界だったらしい。そもそもが抗がん剤で潰瘍だらけの胃に、薬をあれだけ詰め込んだのだから、当然の結果だったのだろう。入院してからはポートを再設置し、食事無しの生活を続けている。入院時には、吐き気と痛みで転げまわっていたようだが、緩和治療のおかげでようやく眠れるようになって来たようだ。モルヒネを強制的に入れ続ける装置(あれって何て言うんだろう?)を付けて、疼痛をコントロール出来るようになったと。未だ、量はそれほどでもないのだから、悲観的に受け取る必要もないだろう。本人が楽になれば、それだけ時間を先延ばしに出来るのだろうから・・・
Jul 8, 2006
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兄は転院していた。いや、一度退院しているから、別な病院に再入院したというべき?新しい環境は、以前は療養所だった国立病院。郊外に立つ、静かな環境の病院だった。昨年末より、主治医から勧められていた養生の場。治療の為の喧騒から離れて、自分の体力と相談しながら時を待つには丁度良いだろう。本人の希望は、ずっと自宅での療養だった。確かに自宅に帰れば、自分の知ってる空間の中で自分の工夫の中で過ごす事が出来る。 しかし、その自宅にだって、元より距離を置いた父親との関係や、家に寄り付かない次男の事が気にならない訳ではない。自分に訪れる変調に対して、その場で診て貰えない不安。葛藤は、慌しい病院にも、自宅にも有ったのだ。今、やっと手に入れた静かに暮らせる環境。2ヶ月だけの、仮の居場所ではあるが、ここで体力の温存だね。
Jul 1, 2006
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