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8月に足を骨折して 入院していた浜松の友人から11月2日に退院が決まった‥と連絡があった。入院している間も、時々電話があり、他愛もない話をしていたが、やっと退院できる‥と喜んでいた。足の骨が真っ二つに折れ、ボルトが6本入っている‥と話す。3か月余りの入院生活、リハビリやら何やらで大変だったようだが電話の声は明るかった。コロナで、面会が出来なくて、結局、お見舞いには一度も行けなかった。意識不明になった、山の同僚は、その後も状態は変わらず、植物人間状態‥最近、病院を変わった‥と聞いている。今年は、民宿のお手伝いもないので、紅葉が存分に楽しめそうだ‥とは言っても、県外へ出かけることは、躊躇してしまうので、身近なところで楽しもうかな‥と考えている。早いもので、今年もあと二か月余り‥月日の過ぎるのが、早く感じる今日この頃です。
2020.10.27
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前回の続きです。金剛寺の奥の院は‥あの大きな子安大師像のある所になります。大師像に向かう途中に‥生目大明神。説明奥の院札所札所の横に鐘楼。1970年(昭和45年)に三谷漁業組合による奉納「水族供養の鐘」と「鐘楼」子安大師像‥通称‥三谷の弘法さん。1937年(昭和12年)に名古屋の繊維会社タキヒョーの5代目、滝信四郎氏によって建てられた、東洋一の大きさ。全高約30m、台座約7m、身長18,78m、錫杖22m。滝信四郎氏は、この像以外にも 竹島の橋などを寄付されており、 地元では、蒲郡の観光開発の祖として竹島にある「海辺の文学館」に銅像を設置しています。私が子供の頃、この像はコンクリート造りでした。時代の移り変わりを感じながら 見上げた大師像。右下はラバーズヒルズで、昔はロープウエイがあったところ。今では恋人たちの聖地なる場所に‥カップルで鐘を鳴らし、赤いハートの絵馬を付けるようです。右下の赤いのが全部ハート型の絵馬(プラスチック製でした)眼下には、長閑な海の風景。竹島を眺める‥海に 白い鳥のようなものが写っていますが、すべてヨットです。高校生のヨットの大会でもあったのかな‥と想像しました。帰りは、南山を下る遊歩道を歩きました。上を見るとモミジと弘法さんの頭。柿の葉っぱが綺麗に色づき始めました。実は、一つもなかったです。秋を感じながら‥バスがないので三谷の駅まで徒歩です。休憩しながら約30分かかりました。( ;∀;)
2020.10.25
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秋風に誘われ‥山の上からの風景と、参拝を兼ねて金剛寺へ‥バスが一日3本しか運行しておらず、三谷駅からタクシーです。('Д')金剛寺は、弘法大師を祖師とし、高野山金剛寺峯寺を総本山とする高野山真言宗のお寺。山号‥三谷弘法山 別称‥弘法山、三谷高野山。創建‥伝、大同年間(806~810)山門参道参道の左側に石に彫られた七福神。南山楽土三尊佛像本堂‥上がりましたが、数人の方が和尚と話されていたので、本堂内のパチリは遠慮しました。本堂横にマニ塔があります。マニ車の説明マニ車を回しながら‥マニ塔入り口の彫刻巨大マニ車白寿観音像スワヤンブナートの仏塔説明マニ塔から市街方面を眺めるこちらはラグーナテンボス方面。お参りを終えて‥画像の真ん中に写っている子安大師に向かいます。この続きは次回の更新にて‥<(_ _)>
2020.10.24
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西尾歴史公園から 少し離れた所にある尚古莊に寄りました。尚古莊昭和初期に、米穀商の大黒屋岩崎明三郎氏によって建てられた邸宅です。1000坪を超える敷地には、大広間(様々な習い事やイベントなどで利用されています)歌人、佐々木広綱氏も利用した茶室「不言庵」待合、東屋、露地門などが配されている。入り口のんびり散策‥休憩所モミジの木もあり紅葉の頃には、このような風景‥※この画像は、共有画像を拝借したものです。露地門茶室‥お茶会などの利用者がいない場合は茶室内に入って見学ができます。誰もいなかったので障子を開けてパチリ。茶室の天井大広間‥縁側に腰掛けて、まったり‥(^-^)ガラス戸と縁側縁先手水鉢小高い場所には東屋もありましたが、パチリ、忘れました(*_*;緑に囲まれた京風の庭を散策し、心が豊かになった気分‥帰り‥車窓から眺めた幡豆海岸辺りの風景。
2020.10.22
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赤い電車に乗って、西尾市の歴史公園に行ってきました。バックミラーに写った電車。※この画像は加工してあります。このローカル電車(蒲郡ー吉良吉田)は赤字続きで2020年に廃線になるところだったが、地元民の強い要望により、2027年までは引き続き運行が決まったが、その後は どうなることやら‥(*_*; 吉良吉田から同じ名鉄線で弥富行の急行に乗り換え、西尾駅に着きました。所要時間 約45分位でした。歴史公園までは、徒歩で15分位のようですから、今回は歩きます。西尾城と西尾歴史公園ついて‥承久の乱(122)の戦功により、三河国の守護に任じられた足利義氏(のちの吉良氏)が築城した西条城が始まりと伝えられます。戦国時代末には、酒井正親、田中吉政と城主が代わり、城域も次第に拡大しました。関ケ原の戦い後の慶長6年(1601)には本田康俊が西尾二万石の藩主として入り、その後も諸大名らが藩主を務めた。寛永15年(1638)本田資宗が西尾城の大改修を計画し西尾城の特色の一つである 堀と土塁が城下町を囲む「総構え」と呼ばれる体裁を企、井伊直之が工事を受け継いで、明暦3年(1657)に完成、明和元年(1764)に大給松平氏が6万石の藩主として入城以来、廃藩まで5代続きました。西尾城跡一帯は、平成8年3月に本丸丑寅櫓や 二の丸の表門である鍮石門などを再建し、西尾市歴史公園として整備され、平成26年3月には天守台などを復元した。令和2年には、二之丸丑寅櫓及び屛風折れの土塀が完成しました。以上、参考パンフレットより。案内図顔はめパネル二之丸丑寅櫓鍮石門(ちゅうじゃくもん)下のボタンを押すと西尾の歌が流れる時計‥民謡などでした。本丸丑寅櫓に向かう途中にある八幡宮。説明本丸表門跡説明本丸丑寅櫓櫓の中から眺めた風景。旧近衛邸から眺めた本丸丑寅櫓。公園の中には、数寄屋風邸宅の旧近衛邸があり、抹茶をいただくことができます。書院で抹茶を一服‥のんびり。茶室庭から見た茶室の入り口公園の一角に西尾城時代の資料館がありますが、今回、私は資料館に入らなかったです。公園から少し歩いたところに 昭和初期に米穀商の大黒屋、岩崎明三郎氏によって建てられた邸宅「尚古莊」があるのでそちらにお邪魔しました。ただ、庭を散策しただけでしたが、その様子は次回UPします。
2020.10.21
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先日、久し振りに岡崎に出かけたら、去年は工事中だったJR岡崎駅、や東岡崎駅周辺が工事も終わり、すっかり綺麗になっていた。JR岡崎駅近くに、松平元康(徳川家康)の像がありました。こちらは東岡崎駅を出て、コンコース?を少し歩くと‥ベンチのある広場に徳川家康像凛々しい像です。説明後ろに回ってみました。「厭離穢土欣求浄土」の文字が彫ってありました。説明岡崎市は、東岡崎(名鉄線)の方が 繁栄しているのかな‥と。JR岡崎駅にあった像とは、かなりの差が‥(個人的な感想です)
2020.10.18
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岡崎の奥殿陣屋で、コスモスが満開‥という事で久し振りに行ってきました。同じような画像ばかりですが数枚UPします。満開のコスモスと空空が高く見えるようになりました。真剣に写真を撮られていました。秋を謳歌する?赤とんぼ。近づいても逃げなかったので、もう一枚パチリです。バラ、いろいろ‥フヨウ(木芙蓉)‥アオイ科、フヨウ属の落葉低木ピンクフヨウ、白花フォックス フェイス‥和名、ツノナス果実がキツネの顔に似ていることから、キツネナスと呼ばれる。原産‥熱帯アメリカ 実は食べられません。書院で庭を眺めながら 抹茶をいただきました。庭に生えていたキノコ。書院入り口帰りのバスを待つ間に眺めた空。秋の一日‥のんびり、ゆったり‥と。暫しコロナを忘れる‥(*^-^*)
2020.10.15
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朝、何気にテレビを点けたら、ラジオの放送のはじまりが、名古屋だと言っていたのが耳に入り、暫く観ていると当時の放送局は有名人を呼ぶ予算が無い、という事で株式状況の放送ばかり‥当然、リスナーも少ない。そこで考えたのが、東山動物園での動物の鳴き声や鳳来寺山まで行って、ブッポウソウの鳴き声を放送したそうです。ブッポウソウの鳴き声を聴いていたリスナーから家で飼っている鳥が、同じ鳴き声をする‥との連絡がありその家の鳥を見に行ったところ、コノハズクが「ブッポーソー」と鳴いていた。それまでは、下の画像の鳥が「ブッポーソー」と鳴くと思われていた。ブッポウソウと言う名の鳥。コノハズク‥季節によって生息地を変えるそうです。そして、この鳥が「ブッ、ポーソウ」と鳴くことが解明されたとか。実際に「ブッポーソー」と鳴く声を聞いたことのない私は、聞いてみたいなぁ‥という事で動画を探し、見つけました。昔、しんどい思いをして 鳳来寺山に参拝したことを 思い出しながら コノハズクの鳴き声を聴きました。よろしかったら、耳を傾けてみてください。(*^-^*)
2020.10.10
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三光稲荷神社は 犬山城の登城入り口付近にある。創建は不詳。江戸時代以降は 犬山城主の守護神とされ、三光寺とも称されていましたが、神仏分離により三光寺稲荷神社となる。現在の地には、昭和39年10月に移築された。祭神‥宇迦御魂大神。猿田彦大神。大宮女大神。三光寺稲荷神社鳥居。拝殿銭洗い池の説明おもかる石縁結びのハート形のピンクの絵馬。女性に人気のスポットとなっています。千本鳥居とまではいきませんが、インスタ映えで人気があるようです。わん丸君の自販機猿田彦神社‥犬山猿田彦神社ともいい、三光寺稲荷神社の境内社でもあるが 独立した存在でもある。鳥居と拝殿手水舎針綱神社‥創建不詳。太鼓より犬山の峰(現 犬山城の天守閣付近)に鎮座され濃尾の総鎮守であったといわれる。犬山城の守護神でもある 三光寺稲荷と同じく犬山城の南登城口近くにある。拝殿国宝、犬山城ともお別れです。帰りの車窓から 金山付近をパチリしました。天守閣への階段で 普段使わない筋肉を使った?ので今朝、起きたら ふくらはぎが 軽い筋肉痛‥( ̄∇ ̄;)ハッハッハ‥
2020.10.08
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豊橋駅から 乗り換えなしの名鉄特急で犬山まで‥乗車時間、約1時間20分ほど。久し振りの電車移動‥目的は犬山城です。名鉄犬山駅西口‥犬山城までは徒歩20分くらい。タクシーでは5分かからなかったです。入り口でマスク着用と検温です。ワクワク感が止まりません。(*^-^*)野面積みの石垣御神木の杉の木‥数百年の風雪に耐えてきたが、現在は死んでいる。しかし、枝を切り、囲いをして現在も保存につとめている。急な階段を登り、天守に向かいます。途中で見上げた天井の梁。急な階段、まだまだ続きます‥運動不足の膝に堪えます。(*_*;途中の窓から眺めた風景。2分ほどここで休憩しました。階段の手すりにしがみつき、汗だくで登った。天守から眺めた風景。伊木山とライン大橋天守閣最後部の木製の欄干(てすり)は高さも低くて当時のままだそうです。右下に少し写っています。ツインブリッジ犬山橋日本モンキーセンターの観覧車外から眺めた犬山城城主の入れ替わりが激しかったと伝えられる犬山城。城主でなければ、眺めることの出来ない風景をこうして眺められる‥平和って素晴らしい!!しかし‥天守閣までの階段は幅も狭く、急で怖かった。城内には三光稲荷神社、猿田彦神社など‥次回、UPしたいと思います。
2020.10.07
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昨日は中秋の名月‥という事で、yahoo!ニュースなどでは、名所と月の写真が多数、紹介されていました。月と岐阜城、熊本城など‥お城と名月、素晴らしいですね。これぞ、日本という感じがしました。今回、名月と城ではありませんが、動画をUPしました。一日遅れですが、ほんの数分の間ですが、名月を楽しんでいただけたら 幸せに思います(*^-^*)お疲れさまでした<(_ _)>
2020.10.02
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