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今日も朝から、なんとなくどんよりとしたお天気。蒸すとまではいかないが、以前のような朝方の涼しさがなくなってきている。通年は1月末からはじめるコショウの収穫も、今年度はもうすでに始めている。これも温暖化の影響なのだろうか。今日は大晦日。とはいえ、ここカンボジアでは、ごくごく普通にみな仕事をしている。暑さのせいもあるのだろうが、全く年末という気持ちがわいてこない。2008年を振り返ってみると、プライベートでは、3月に家族(第2子・長女誕生)が増え、毎日が更に賑やかになった。仕事では、2月の「カンボジア農業勉強会」発足に伴い、カンボジアの農業全般に関しての知識を増やした年になった。本業のほうでも、新商品「コショウ石鹸」が大好評を頂き、第1回目の生産分100個が、完売しました。今後ともこの「コショウ石鹸」は、月産50個限定ですが生産を続けていこうと思います。引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。2008年も多くの方々にご来店いただき、またブログ「クラッチの日記」にお立ち寄りくださいまして、誠にありがとうございました。来年2009年が皆様方にとっても、ご多幸ある一年でありますよう心よりお祈り申し上げます。今後とも、「クラタペッパー」と「クラッチの日記」をよろしくお願い申し上げます。
Dec 30, 2008
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クリスマスイブの夜から雨となったプノンペン。ここの所どんよりした曇り空で、夜になると、ぱらぱらと雨が降ってくる。カンボジア語では「コッ・カエ」というらしい。直訳すると「月間違い」となるが、「季節外れ」という意味なのだろう。クリスマスイブからガソリン代が、また値下げになり、ついにレギュラーは3000リエル(70円弱)を切った。値下げが始まったのは、ガソリン代と地方や郊外の不動産価格だけ。電気代やその他の消費者物価にこの下落が反映されるのはもう少し時間がかかるのだろうか。
Dec 25, 2008
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近年、ここ仏教国カンボジアでも、12月になると街のあちこちでクリスマスの賑わいが見られるようになってきている。川沿いで子供相手に風船を売っている行商のおじさんがいるのだが、その中にも、写真のようなサンタクロースの風船が売られていた。おじさんに、「サンタクロースの風船下さいな。」と尋ねるが最初に差し出されたのが、キティちゃんの風船。聞こえなかったのかな?ともう一度「そのサンタさんを下さい。」というが「これかい?」とディズニーのプリンセスのキャラクター風船が...。ついに自分で「これだよ、このサンタさんのやつ」と引っ張ると「あーー、ター・ノエルね」と合点がいった様子。「ター」はクメール語でおじいさん、「ノエル」はクリスマスという意味のフランス語からの派生。日本で言うところの「サンタクロース」は、ここカンボジアでは「クリスマスのおじいさん」と呼ばれているということをはじめて知ったのでした。なにはともあれ、仏教徒でも「メリー・クリスマス」!!でした。
Dec 19, 2008
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今日から12月18日まで、商業省主催「第3回インポートエクスポート&一県一品展」が、プノンペンのモンディアルセンターにて開催されています。正面向かって右側のゲートから入ると「一県一品(One province One Product;OPOP)運動」の商品が展示されており、その奥にカンボジア全土から集まった22の各県のブースが立ち並ぶ。カンポットコッコンその奥と左側には、輸出入品店の展示ブースがあり、弊社も名古屋大学・王立農業大学共同の米焼酎開発チームと共に出展。今年は、オールジャパンチームとして「JETRO」と「カンボジア日本人商工会(JBAC)」も出展ブースを確保。最近我が家で流行のデリバリーもしてくれるピザ屋さん「ピザ・カンパニー」もアイスクリーム屋さんの「スエンゼンズ」と共に出展。ぐるっと一回りすると、結構面白い。特に「OPOP」のブースなどは、各県の特産品が持ち寄られていて、普段プノンペンではなかなか手に入りにくい商品も届いていたりした。17日から18日までが一般客向けに開放されるようで、販売も活発になるようです。プノンペンにいらっしゃる方は、この機会に是非一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
Dec 15, 2008
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タラートのバス停で21:32発クルンテープ(バンコクの事だと思う)行きのチケットを257バーツ(約¥670)にて購入。バンコクのエカマイバスステーションに到着は、5時間後の深夜2時30分。取引先にその旨を連絡すると明日12月5日は国王の誕生日で休みだから、夜はどれだけ遅くても大丈夫だということだった。そこまでサービスが良いというのは今の日本でもあまり聞かない。ありがたくて涙が出てきそうになった。さて、バスの出発まで2時間ほどあるので、近くに夕飯に出かけた。ちょうどバスターミナルの真裏側に当たる方向に、数件レストランが並んでいたので適当に入って席に着く。店の人が、注文をとりに来るが言葉がわからない。隣のテーブルを覗き込むと(怪訝な顔で見返されてしまったが...)美味しそうな揚げ物が目に付いたので同じものを下さいと身振り手振りで伝えたが、伝わらず、ようやく思い出したタイ語「カオパットガイ」と言うと、ウエイトレスもニシャッと笑って厨房の奥へ去っていった。鳥肉のチャーハンが出てきた。シンハービール1本とで合計90バーツ(230円)。バスターミナルに戻るもまだ時間があったので、何もなさそうなターミナル内を散策。一番奥の発着所にカンボジア国境行きのミニバスが止まっていた。戻ってきたときの参考にと金額などシステム(一人120バーツで乗客が10人になり次第出発)を確認。待合室にかかっていたタラートの地図国境付近こうみると、国境までの海岸線の細さは尋常ではない。後から取ってつけたように細い(狭い)。おかげでカンボジアの領海がぐっと狭くなっている。さて、バスが到着したので、乗り込む。外観車内乗り込むとすぐに毛布とお菓子とコーラの支給があった。夜行バスだからかさすがに乗客も少なく、隣が空席だったので5時間のほとんどをゆったりと休んでいくことができた。かっきり5時間後、バンコク・エカマイ・バスターミナルに到着。次の始発を確認すると朝の6時発。3時間強の時間があったが取引先の人が24時間営業のマックやおかゆ屋、日本食材の売っているスーパーで買い物など、時間潰しの付き合いをしてくれたのであっという間に時が過ぎた。バンコクはやはり大都会だと痛感させられた。朝日を見ながら折り返しのルートに乗り込んだ。満席のバスは、3号線をひたすら進んでいく。途中、チャンタブリに停車。この町は、アンリ・ムオ氏(仏;1826-1861)が始めてカンボジアを訪れた際に立ち寄り、コショウで納税をしている町だと「インドシナ王国遍歴記」(19世紀末著)に記している。そして今現在も、郊外でコショウ農園が営まれているのを車窓から具間見ることができ、そのころの状況を勝手に思い浮かべながら、ノスタルジーに浸った。タラートには、帰りもジャスト5時間で到着し、そこから乗り換えて国境を越えたのが午後1時、自分の車に乗り換え、プノンペン到着は、午後6時過ぎ。あっという間の30時間だったが、こんなにもいろいろな人の人情に助けられた旅は久しぶりで、とても感動した旅だった。でも、やはり年のせいか身体的には限界で、こんなきつい旅は二度とごめんだとも正直思った。
Dec 6, 2008
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先月からはじまったバンコク国際空港の占拠。国際郵便が届かないなどの直接的な被害も多少は受けてはいたが、それでも対岸の火事という気持ちだった。12月3日の正午から占拠していた人たちの撤収がはじまり、ようやく飛行場の機能も週末ごろから正常化してくるらしい。そんな最中の12月4日の朝、会社に出社すると従業員から「○○の在庫が無くなりました。」との報告を受けた。今月末ぐらいまでは在庫があると以前は報告を受けていたのに、そんな馬鹿な。その商品は、バンコクから仕入れているのだ。その商品を扱っているバンコクの業者さんに電話すると商品はすでに用意してもらってあった。「急な話なのですが、送ってもらえますか?」と問うと「今日はまだ飛行機が動いてないので配送は12月5日の国王誕生日を含むこの連休明けですね。」とのこと。それは、困る。どうしよう・・・。「取りに来てもらえるなら、夜中でもお渡しできるようにしますよ。」と業者さん。「それは、ありがたい。では、早速そちらへ向かいます。」と答えていた。今日はまだプノンペン・バンコク間の飛行機が飛んでいないのにどうやって?かねてから一度行ってみたいと思っていた陸路を試してみよう。ということで、準備をして午後1時にプノンペンを出発。4号線をシアヌークビル方面へ走り、150キロほどのところで、48号線へ右折。弊社の畑のすぐ前を通り抜けてコッコン市へと向かう。プノンペンから、国境までの道のり約290キロを車で4時間で走破。国境近くのゲストハウスに車を停めて歩いて国境へ向かう。国境を越えたとき(17:30)にはすでに夕日が海へ沈もうとしていた。この国境は朝7時から夜8時まで開いていて出入国手続きができるらしい。タイ側へ入るが、国境の町という感じも無く、車の客引きも無く閑散としている。数件立ち並ぶ建物を横目にしばらく歩いみた。しばらく歩くと本当に何もなくなってしまい、その町の出入口で警備をしていた軍人さんにバスかタクシーが無いかとたずねてみると「次の町まで行かないと無い。」という。「困った・・・。」と思案にあぐねていると一台のピックアップが止まった。軍人さんが簡単な質問を運転手に尋ねて荷台を確認。荷台には、何かよく見えなかったがびっしりと荷物が積まれていたが、軍人さんは、ちょこっとターフをつまんで中を見ただけで、すぐにOKが出たようで、運転手はそのまま走り去った。意外と簡単に、物が流れていくさまを見て、ベトナム国境との差を思い比べていた。と、その時また一台ガスボンベを積んだピックアップが止まった。同じように軍人さんが運転手に何かを尋ねたその後、その軍人さんが私を手招きして呼んだ。そして、そのピックアップの荷台を指差して乗れといってくれているようだ。どうやら軍人さんは運転手に、困り果ててる外国人を次の街まで乗せていってもらえるかと聞いていてくれていたのだった。ありがたい。私を荷台に積んだピックアップトラックは夕闇迫りつつある海岸線の道を颯爽と走り出した。10分ほど走ったとき、急に広い通りから脇道の細い路地に車がまがった。「やばい、この辺鄙な村で身包みはがれるのかも。」と少々身構えたが、助手席からおばちゃんが降りてきて、ニシャッと私に微笑みかけ、手を振って路地の傍らの高床式の家に入っていった。ほっとして私も微笑みながら頭を下げると、突然また車が走り出した。さらに5分ほど走っると少々街らしい雰囲気のところにたどり着いた。その町の市場の傍らに乗り合いタクシーらしい青塗りのピックアップが数台とまっているところがあり、そこで私の乗っている車は止まった。「ここで降りて乗り換えるということかな」と察して、荷台から降りる。黒いフィルムが張ってあったために後ろからは、前の座席にどんな人が座っているのか見えなかったが、運転席には恰幅のいい人のよさそうなおばちゃんが座っていて、私にニッシャッと笑いかけてきた。タイ風に両手を合わせて、感謝の意を表すとおばちゃんは、また颯爽と走っていった。タクシーの運転手風のあんちゃんに、「バンコクまで行きたい」と伝えると、6時に出発し、一人120バーツ(約300円)だという。そこへ、ちょっと胡散臭いガイドだと名乗る少年が英語で話しかけてきた。「どこまで行くのか」とたずねるので、「バンコクまで行きたい」とこたえると、「ここから1時間半でタラートという町につき、そこでバンコク行きのバスに乗り換える。今からだと21時半のバスに間に合うだろう」と、丁寧に教えてくれた。礼を言うと、にやっと笑って彼は荷台にひょいと飛び乗ったので、私も続いて後ろに乗ろうとすると、タクシーの運転手が、ガンガンと音楽が鳴っている助手席のドアを開けて、こちらに乗れと指示してくれた。少々長い時間乗るのだから、助手席のシートはありがたかった。午後7時半、タラートバスステーションに到着。続く。
Dec 5, 2008
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