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移動の疲れからか10時前には寝たのに起きたのは6時半といつもと変わらずでした。ふとゲストハウスの近くにバナナの畑があったので写真を一枚。これ、バナナの花です。全体的に見るとこんな感じで、上から順番に“パカッ”と開いていきます。「なんかミサイル発射管みたいで、ちょっとカッコイイなあ」と子供じみた発想をしてしまいました。さて、オウ・サアウムの村からコッコンへ向けて伸びているどおろの分岐点に、オウ・サアウム電力中継基地がありました。まだ稼働はしていないとのことでしたが、水力発電所が出来次第、ポーサット方面へ電力が送られるとのことでした。そして、まず最初のダム。まだ工事中の様で、水が溜まっていません。地元の人の話によると、崩落があってまだダムが完成していないとのことでした。ぐるっと回って反対側を見るとその崩落現場がありました。水の出口が確かに崩れています。この崩落している部分がどういう機能なのかはわかりませんが、このおかげで水が貯められないんだそうです。川下に下っていくともう一つダムが作られていました。こちらのダムは完成しているようで、ダム湖に水が溜まっていました。ダムこの周辺には幾つか作業用に持ち込まれたのかゴミが遺棄されたままになっていました。どちらも、コッコン州とポーサット州の州境近くにあり、革のかなり上流に位置しています。そこより下ること十数キロ川下に発電所がありました。ダムから発電所まで山の中を抜けてトンネルが掘られているようで、発電所の左側には大きな洞口がありました。さらに川下では、そのトンネル用の枠が作られていて、川岸にゴロゴロと置きっぱなしになっていました。中国の援助で作られている発電所とダム。それに伴っての多くの中国人の技術者がこの近辺で居を構えています。立派なホテルのような宿泊施設がダムのそばと発電所のそばに建設されていました。仮の施設とは思えないしっかりとした建物でした。お昼過ぎにようやくコッコンの街に到着。海の上のレストランでお昼にしました。レストランの水槽を見ると海なのに何故か淡水魚ばかり。プノンペンから来た人達はやはり淡水魚が好きだそうで、当たり前ですが海の魚より高価なんだそうです。海の魚は、海の中に網を貼ってその中で放されていました。確かに海辺だから電気代をかけて水槽で飼う必要ないんですよね。帰りに少し畑によってきました。本収穫は旧正月明けからになりそうです。
Feb 11, 2013
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一昨日、プノンペンから国道5号線でポーサット経由し、カルダモン山脈を縦断、コッコンに抜けて4号線でプノンペンに戻る道のりを2日間かけてたどってきました。朝、10時半にプノンペンのチュロイチョンバー橋(通称:日本橋)をスタートし、5号線をポーサット市に向け出発しました。途中、陶器で有名なコンポンチュナン州を抜けたとき、チュナンダイ(素焼きの陶器)をくくりつけた軽車両と出くわしました。昔(10年ほど前)は、牛舎で行商されていたのに、時の流れで牛からオートバイに変わっていましたが、それでもまだまだ牧歌的で私のお気に入りのカンボジアンです。結果的に今回の旅の自分への問いかけテーマとなった「開発・発展と自然環境を考える」もこの「牛」から「バイク」への変化がスタートなのかもしれません。昼1時頃、ポーサット市に到着し、昼食をとりました。余談ですが、レストランの前にあったガソリンスタンドの値段を見てみるとガソリン代は少しも下がることなく、高値の5500リエル(124円)台で推移しています。燃料費がこんなに高くても、人々は利便性を重視し「牛」から「バイク」にと乗り換えていきます。さて、話を戻して、次に国道5号線から146号線を西南西方向に折れます。少し走ると、両サイドにあった家屋もなくなり両サイドに広大な田んぼが広がります。道路の右側には、電信柱と電線がつなり、地方の電化が進んできていることが伺えました。146号線が終わってクランク上に曲がり、148号線に入ると舗装はなくなり、赤土の踏み固められ整備された道になります。道の両側はほとんどすべて焼き払われて開墾が進んでいました。多分農地になるのでしょう。焼け残ったシダかヤシの葉のような大きな木だけが不気味に目立っていました。さらに進んでいくと、送電線の鉄塔が見え始めました。ここから先、ずーっと送電線とともに進んでいくことになるとはこの時思いもしませんでした。ポーサットから百数十キロ走り午後4時頃にヴェル・ヴェン・プラ・ムウイという分岐の村に到着しました。まっすぐ行くと、タイのタラート市との国境のトゥマダ村に行くらしいのですが、今回は左折して、コッコン方面へ向かいました。1700mの標高がある山を右手にかすかに望みながら進んでいきます。その高い山が見えなくなった頃から、まるでジャングルを抜けていくような道ばかりです。橋もとりあえずあります程度の橋で、雨季になったら道路コンディョンが大変だろうと容易に想像のつく場所でした。こんなジャングルでも、視界に必ず送電線が入ります。ジャングルを抜けると急に開けた土地が見えます。この前方に広がる盆地をオウ・ソォウム村と呼ぶそうです。谷の向こう側に行きたかったのですが、道が悪いということで最近できたという迂回路を進みます。作られたばかりのようで、迂回路のコンディションはとてもいい。でも、なんでこうも大回りをしなければならない道を作ったのだろうと、不思議に思いました。この迂回路は最後にこの鉄橋を渡って、ようやくさっきの入口の村から見えた反対側の居住区にたどり着きました。この橋の下には、乾季でも水が枯れていない川がありました。じつは、この迂回路の内側はダム湖として将来、浸水させられるとのことでした。かなり大規模な湖になります。それまでのこの湿地帯での生態系はどうなるのでしょうか。無論全く無視されて沈められるのでしょう。村から最終目的地に行くための最後の難関、橋のない川を横切ります。乾季なのでほとんど水もなく、せせらぎのような岩場でした。横を見ると、村人が洗濯兼水浴びをしているのどかな光景がみえました。振り返ると、ダム湖が出来た際に寸断されないようにと、橋の建設が予定されているようで、橋桁だけが立っていました。川を渡って登りきったところで目にしたのが、ちょっとゾッとする光景でした。送電線敷設の為とその地域開発の為に焼き尽くされたばかりのジャングルに亡霊のように立ち尽くす巨木の屍でした。ここカンボジアのような熱帯雨林の地域でも、樹木がこれほどまでに大きく成長するためには100年単位の時間が必要だろうということは、容易に察しが付きます。アンコールワット遺跡群にある、タ・プロム寺院のそれとほぼ同じ高さと大きさでした。木々のすすり泣く声が聞こえてきそうでついつい目を背けてしまいます。今日は、この村で泊まります。
Feb 8, 2013
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前カンボジア国王シハヌーク殿下の葬儀が2月1日から行われている。2月1日は街の中を葬式行列されたそうです。昨日からは今日まで世界からの弔問を受け付けられているようです。あす火葬されます。プノンペンの街がしんみりとしていて前国王への服喪が続いています。夜の王宮近辺は、完全に封鎖されていて王宮には近づけませんでしたが、遠くからご冥福をお祈りいたしました。偉大なる父として今後もカンボジアを見守っていただきたいと思います。
Feb 3, 2013
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