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やらなければならない課題がある。自分で自分に課した事柄だ。しかし、疲れて帰ってくると、つい、近所のコンビニエンス・ストアによって、ビールを買って、飲んでしまう。気分は高揚してくるが、課題は一向に進展しない。というか、どうでもいいような気分になってきてしまう。その上、心療内科の先生からは、アルコールは控えるように言われているのに。ああ。こうやって、楽天のブログに書いているのも、ひとつの“逃避”だと思う。たぶん、意識を反転させなければならん。ストイシズムに戻るのではなく、ヘロヘロのボケボケ、エントロピーが最大値になって、それで「やっつけなければ」いけないんだと思う。パワー・イン・ザ・ダークネス、である。もう一度そこから。
2009.03.31
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ミクシィより、日記、転載します。WBCで、日本勝っちゃいましたね。 でもですよ、韓国も十分にがんばったし、粘り強いチームだったじゃないですか。 たとえば、日本と韓国は、永遠のライバルだとかいう(そして、日本の恒常的な優位を唱える)人達がいるんでしょうが、韓国に勝たせてあげて、彼らが気持ちよくなるのなら、少しでも日本コンプレックスが解消できるなら、そうさせてやっていいじゃん。そうは思いませんか。 韓国、偉い、立派、上昇志向丸出し、世界に名だたる国、そういう評価してあげればいいじゃん。 そして、日本の方は、疲弊、へたれ、上昇志向まるでなし、黄昏を迎えた老成の域に入った国、でいいじゃん。 韓国はこれからどんどん重い荷物を背負い、日本は重い荷物をどんどん手放してゆく。その方が、楽ちんで、いいことだと思うんだけどなあ。 私は、男気を出して、女の子の荷物をもってあげるとかするのも、あんまりしたくない。ながらく、男女同権が叫ばれているのだし、飲食もワリカン、荷物もそれぞれが持つ、ドアもそれぞれが開ける、それが正しき道ってもんでしょう。 こちらは荷物を降ろし、それを担ぐ人が、どんどん出てくる。いや、とてもいいこと。 せっかくだから、相手のルサンチマンを解消させてあげればよかったんだよね。なにごともいうでしょ。「損して徳とれ」って。
2009.03.24
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ヒーローものに出てくる主人公は、いつも「正義の味方」であって、「正義」そのものではない。いや、第一、「おれが正義だ」なんて公言して憚らない奴がいたら、それは、絶対に、「悪」であると相場が決まっている。どこかにかぼそくひ弱な「正義」があり、だからこそ、それを味方するヒーローが必要になり、登場してくることになっているのである。たいていの場合は。服用している抗うつ剤のトフラニールという薬は、副作用として、便秘を引き起こすことが多い。うまれてこのかた、便秘になったことがない身としては、3日もそんな状態が続くと、とても不安な気分になってくる。どうしちゃったんだろう、おれの身体は。と思う。あまりにひどいので、今回、診療してもらった時に、医者に事情を話したら、大腸の運動を活発にするプルゼニドという薬を処方してくれた。ところが、今度は、効きすぎてしまって、年がら年中、トイレに入ったり出たりを繰り返すハメになってしまった。健康な身体を「正義」だとすれば、プニゼニドは、ウルトラマンなのか、バルタン星人なのか、やっかいな問題である。まあ、いい。ことは、私個人のちょっとした内臓の話である。たとえば、これが、バレスチナとイスラエルのような関係になったら、どうするのか。子供番組のヒーローものは、どういうストーリー展開で、制作したらいいのか。バレスチナにはパレスチナの「義」があり、イスラエルには、ユダヤ人の「義」がある。その場に立たされた時、ウルトラマンはどうするのか。答えは、たぶん、バルタン星人が握っている。バレスチナにもイスラエルにも等しく、征服を試みるバルタン星人が。
2009.03.20
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去年の7月に書いて投稿した原稿。この前のものは掲載されたが、こっちは没になった。なんか久しぶりに読み返していたら、どこにも出さない(出ない)のは、作品にも自分にもよくないかなと思うところがあって、ここに掲げさせてもらいます。ちょっと長いですが、気が向いたら読んでみてください。いやさ、「花しぼみて露なほ消えず」。 上田現に捧ぐ──仲井戸麗市『poetry』 上田現が死んだ。袖触れ合うも他生の縁という言葉に倣えば、告別式に列席するまではいかなくとも、弔電の一本ぐらいは打つべき間柄だった気がする。 調べてみたら、90年から95年にかけて、彼には計6回インタビューをしていた。そして正直にいわせてもらえば、私は、上田現の良き聞き手でも、良き理解者でもなかった。取材で会って言葉を交わせば、いつもそれなりに話は盛り上がった。しかしそれは評価するものとそれに値する表現者の会話というより、疑念を抱き糾弾する者とそれに反駁する者との関係に近かったように思う。 そんなわけで、彼との「交流」は長続きはしなかった。インタビューでの二人のやりとりを見ていた編集部が、これではまずいと思ったのだろう。そして、それは正しい判断であった。幸せはできるだけ多い方がいい。表現者も幸せ、取材する側も幸せ、レコード会社も幸せ、記事を見る読者も幸せ。もしそういうインタビューがとれるなら、それに越したことはない。その意味で、上田現とのインタビューは、私にとってはOKであったとしても、上田現にもマネージメントオフィスにもレコード会社にも読者にもあまり幸せを供給できない種類のものだった気がする。 毎日、同じ時間に起きて、顔を洗い、同じ時刻の電車に乗って、会社にいく。そして、先週や先々週と同じような調子で仕事をこなす。決まりきった手順、何も感じず、何の情動もなく、それこそロボットのような繰り返しで工作機械の部品にでもなったかのような行動が続く。仕事がもし本当にそういうものであったなら、かつてチャールズ・チャップリンが『モダン・タイムス』で描いた、大量生産の流れ作業の中、ネジを締めていく工員のように、非人間的・自己疎外といったイメージしか生まれないだろう。文字通りのルーティン・ワーク。 しかし、ミュージシャンは、ライヴの度にリスナーが待ち望んでいるおなじみの曲、同じ曲を、常に演奏する。にもかかわらず、その「繰り返し」の営為を、自分が工場の部品の一つになったかのような自己疎外や憂鬱さの脈絡で語った例を見た憶えがない。 以前、RCサクセションの仲井戸麗市に「“雨上がりの夜空に”は、もう何千回も演奏してきたと思うんですけど、これだけ長い間、同じ曲を演奏する時の気分というのはどんな感じなんですか」という質問をしたことがある。チャボさんは、その時、半ば照れ笑いを浮かべながら、こう答えた。「そうだよね。本当に呆れるくらいやってるよね。でもね、不思議なもんで、イントロのギターを弾き始める時の気持は、いつも同じなんだ。最初の音がちゃんと出てくれるか、タイミングは狂ってないか、それは毎回変わらない。本当に最初の頃に演奏した時と一緒の気持ち。変なんだけどね」。人間にとって「反復」が決してマイナスの事項ではないこと。いや、むしろ生の原点になることもあるのを、それは教えてくれる。 無論、音楽だけが特別だということはない。チャップリンが描いた、自己疎外の権化というべき、ベルトコンベアーに乗っかってくる部品を組み上げる作業は、野麦峠の「女工哀史」の時代と現代では同一であるはずもない。工場の現場は、ただボルトとナットを組み合わせ回し続ければ済むほど、単純作業の繰り返しでは済まなくなっている。どんな繰り返しの局面においても、生産的、創造的、革新的な技術の更新は必要だし、それがなければ“流れ”の効率は徐々に下がり、遅延してゆく。「精神は反復を嫌う」という。しかしまた反復がなければ、人は安心できない。過去から現在、未来へとつながる線を引き続けることができなくなる。それは自分を見つめなおすことができないという意味もあるし、現在という命題を解くカギをなくすという意味をも含んでいる。 キルケゴールは言っている。《反復と追憶は同一の運動である。ただ方向が反対だというだけの違いである。つまり、追憶されるものはかつてあったものであり、それが後方に向かって反復されるのだが、それとは反対に、本当の反復は前方に向かって追憶されるのである。だから反復は、それができるなら、ひとを幸福にするが、追憶はひとを不幸にする》。 その原理に従えば、例えば『三丁目の夕日』など、不幸の塊みたいな作品、という捉え方が可能である。しかし、なんらかの理由で歩みが止まった時に、過去に惹かれない者がいるだろうか。ノスタルジアのヴェールを被せれば、鋭くとがった荒々しい線も丸みを帯び、なにやらたおやかな匂いが立ち上る。過ぎ去った自分は、いつだって今の自分より、どこか穏やかで幸せだったように思える。進退窮まった現在の自分であっても、何年かの後、追憶のフィルターを通せば、やはり幸福の表情を見せてくれるのではあるまいか。しかし、追憶の点滴は慰めにはなっても、自分を起動させるほどの力は持ち得ない。 一方、反復には、大抵「負」の印象が付きまとう。同じことの繰り返し。ただ同じ場所でぐるぐる回ってるだけ。どこにも辿りつくことができない……。しかし、パン屋は毎日パンを焼くこと、バスの運転者は毎日バスを時間どおり走らせること、が仕事である。それは、暑かろうが寒かろうが、身体のバイオリズムが上昇してようが下降してようが、毎日、同じように始まり、何事にも惑わされず、実施される。その「反復」の徹底の中に、生のなりわいのメルクマールがある。いやむしろ、そうでない人などいやしない、と言ってもいいのかもしれない。 今回出た仲井戸麗市のミニ・アルバム『poetry』には、7曲の歌(詞)が収録されている。このところ、彼の独壇場になってきた、歌ではない、詞の朗読=ポエチュリー・リーディングの曲がそのうち半分以上を占める。そして、聴き手は、他では決して受け取れないものを、もう一つ掴むことになる。 一曲目の“久遠”には「俺の呼ぶ声に 気付きもせず」という言葉が4回。2曲目の“HOME”には「いったりきたり」が7回。“太陽に歌って(戸山ハイツ)”では、文字通り「太陽に歌って」というフレーズが15回、この言葉の英語版であるフレーズ、「SINGING IN THE SUNSHINE」が12回。最終曲の「風樹」に至っては「風が吹いてる」という呟きが28回登場する。ラップのアルバムも含めて、これほど言葉の反復が出てくる作品はあまりないと思う。少なくとも私の記憶にはない。にもかかわらず、そのリフレインのどれもが退屈さとは無縁である。というか、それらのリフレインが続いていくが故に、作品の一つ一つに生命が吹き込まれている印象を受ける。 15分を超える大作、“太陽に歌って(戸山ハイツ)”は、ここが自分にとっての「記憶の現住所」ということわりの言葉から始まる。そして、終盤には、「過去への未練 過去への未練は元より まさか未来への未練」という一節が登場する。普通、「未練」という言葉が向かう先は「過去」である。しかし、キルケゴールが「未来への追憶」と述べた場に漸近線を描くように、仲井戸麗市は「未来への未練」と言い放つ。辞書を引くと「未練」には「あきらめきれないこと」の他にもう一つ、「まだ熟練してないこと。未熟」という意味もある。過去への「未練」なら、それは、何かをしてしまった「後悔」か、あるいは、何かをしなかった「後悔」に還元できる。しかし「未来への未練」には、《期待の不安がない。探検に伴う不安な冒険もない。しかしまた追憶の持つ哀愁もない。そこには瞬間の祝福された確実さがある》。 仲井戸麗市は1950年生まれ、だ。今年で58歳。生き物としてのホモ・サピエンスの生命曲線で区切れば、壮年から老年になろうとする時期に当たる。しかし、その彼が抱える思いは、文字通り「未来への未練」である。 親戚から電話が入る。20年前だったら、その内容は、だれそれの結婚が決まったとか、だれそれに赤ちゃんが生まれたとか、喜ばしい連絡が大部分だった。礼服を着る機会は結婚の披露宴が一番多かった。つまり、何らかの「出会いの季節」の中にいた。しかし、最近、親戚から連絡がくると、悪いニュースが殆どである。だれそれが倒れて病院に入った、誰それが急に亡くなった、そんなのばかり。季節はあっという間に「別れの季節」に移ってしまった。しかし、仲井戸麗市の音楽には、現在も四半世紀前もあまり変わらない表情がある。「出会いの季節」の中に「別れの時」が挟み込まれ、「別れの季節」の中に「出会いの時」が混ざり合っている。「未来への追憶」、「未来への未練」。 私は人と酒を飲んで酔っぱらう度に、言い続けていることがある。 一つ、「何言ってんだ、これからだって、背は伸びるかもしれないだろう」 一つ、「そのうち、オチンチンはもっとでかくなると思うな」 一つ、「これからでも、クロールで50mを30秒を切るのは可能だろう」 まだまだひよっこ。これからもずっと「青い」まま。 上田現は、死ぬ間際、「俺はシリウスになる。そして、皆のことを見守る」と言ったそうだ。知っての通り、シリウスは全天で一番明るい恒星である。上田さん、やっぱりあなたは傲岸不遜のとびっきりのうぬぼれやだ。そして、それが厭味にならないところがまた格別だ。地球とシリウスの距離は8.7光年。光の速度で太陽から地球まで到るには約8分。それが9年近くかかるというのは、やはりとてつもなく遠い。いまこの瞬間シリウスが発した閃光を我々が見れるのは、9年先だ。だが逆に考えれば、シリウスの光は「いま」より9年先んじているとも言える。観念的、私的な想像ではない、まさに物理的な「未来への追憶」の有り様。 さて、私はこれからプールにいくことにする。今日は2キロを休みなしで泳ぐ。それとこの仲井戸麗市のアルバムが、遅ればせながら、上田現さん、あなたへの手向けだ。 アデュー。
2009.03.15
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「ゲット・リズム」またの名、ルカさんが、ロバート・クイン(ここは、あえて、クワインじゃなくて、クインと書かせてもらいます、その方がなれ親しんでいるので)について、書いていたので、久しぶりに、ルー・リードのライヴ映像みたら、ぐっときたので、you tubeのアドレス載っけておきます。曲は、『ブルー・マスク』より、「ウエイブス・オブ・フィア」。ラストのかの人のひきつりギター・ソロを、ご堪能あれ。http://www.youtube.com/watch?v=HPC3nG8LCx8
2009.03.12
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例えば、飲み屋さんに行く。居酒屋でも、ショット・バーでも、どこかいい雰囲気を持ったママさんが独りで切り盛りしているスナックでもいい。店には、自分だけでなく、何組かのグループがいるとする。すると、決まって、こんな台詞が聞こえてくる。「課長のあの言い方はないでしょ。あれじゃ、やりたいものでもやりたくなくなるじゃん……」「人格的に何もいいと思える所がないのに、どうしてああいう人間が部長になるのかね。わかんねえよなあ……」何処でも、どの時間帯でも、どういう職種であっても、お酒を飲んで、ちょっと心のタガが緩んだ時に、こういう会話が滲み出てくるというのは、たぶん「日本株式会社」の中身がいかに下卑たものであるかを、物語っているんだと思う。愚痴をこぼしているサラリーマンが悪いのではない。上に立つものの、下劣さがまずもって問題なのだ。というところで、ひとつの清涼剤。明日、いつも嫌だなと思っている上司に、なにか仕事の上で、問いかけをしてみるのだ。そしてその際、「部長」とか「課長」とか「主任」とか役職で呼ばずに、名前で呼んでやれ。田中さんとか、井上さんとか、橋本さんとか。ちゃんと個人名で。自分と同列だという具合に。会社の慣習で、それが難しいというなら、また、規則で役職で呼ぶことが決められているというなら、名前の上に、役職つけて、それで個人名で呼んでやればよい。たとえば。「あ、部長の田中さん。この前提出した報告書ですけど、どうなりましたか。人事部からせっつかれてるんで、よろしくお願いしますね」これ、社長にまで、使ってやると、効果てきめんだと思う。なんなら、朝、エレベーターに一緒になったら、挨拶してやるがよろしい。「あ、社長の西沢さん、おはようございます」。相手は、なんだこいつは、と思うだろう。しかし、礼儀は全然逸してない。まずは、ここからだ。そんなことして何になると、貴方は思うかもしれない。しかし、万事は「形」から始まるのだ。そして、神が宿るのも、やはり「形」である。かたちが、変わっていけば、中身は当然変化する。変化せざるを得ない。貴方の明日がいい日でありますように。アデュー。
2009.03.04
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「死ぬ気になってやれば、そんなことなんでもない」。「別に大変だからといって、死ぬわけじゃないんだから」。というような、物言いは、結構いまだにまかり通っている。しかし、にもかかわらず、毎年、自殺者が3万人以上いるというのは、どういうことなのか。少し考えるべきではないだろうか。その3万人が、全員、「うつ病」にかかっているわけではあるまい。すべての人が、やる気をまったく失ってしまっているわけでもないと思う。しかしながら、結果は、こうなっている。そこから導き出される推論とはなんだろうか。私の、頭に浮かぶのは、ひとつのことである。生きていることのレベルが、もし「1」である時──死ぬ、あるいは、死ななければならなくなってしまったレベルが「100」ぐらい、遠ざかっているのなら、死ぬまでにやれることはものすごくたくさんあるし、死に至らぬ道筋も選択肢も数えきれぬくらいあるような気はする。しかし、生きていることが「1」である時、死ぬことは「100」も離れてはおらず、例えば「3」とか「5」とかぐらい近くにあるということは考えられないだろうか。だとしたら、死ぬ気でやったところで、できることはそんなに多くはないし、また、逃げ道もそんなに残ってはいなくなる。そう、いまの私には、生きていることが「1」であるなら、死ぬことは「2」ぐらいの位置にある身近な存在に思える。なんかのきっかけがあれば、そこに吸い込まれていくことは、十分にありえるとしかいえない。生きていれば、いいことはある。しかし、生きていたら、苦しいことだって、ありあまるほど存在する。そうおもえる時、死は、とてもとても目鼻に触れるほど、自分の傍らにある。
2009.03.02
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