全25件 (25件中 1-25件目)
1

「岳飛伝13」北方謙三 集英社文庫「一度だけ、申し上げておきます、総帥。大きな戦いの前ですし」戦死するかもしれないので、言っておくということだった。秦容は、黙って次の言葉を待った。「俺はここへ来て、よかったよかったと思っています。できるだけ、心を動かすまいとしてきましたが、人が生産をして生きていくことが、これほど素晴らしいと、ここへ来なければわからなかったでしょう」恒翔が、ちょっと笑顔を見せ、腰を上げた。秦容も、立ちあがった。「礼を言う、恒翔。この地で、森を拓き、土を耕しながら、自分はここでなにをしているのだ、と何度も考えた。これでよかったのかと。いま、おまえはこれでよかった、と言ってくれたような気がする」(227p)戦いが少なくなって、面白く無くなった。と感じている読者は多いと思う。けれども、町つくり、国つくりを戦いだとするならば、岳飛伝は、大きな戦いの連続であり、間違いなく岳飛ではなく、秦容がこの作品の主人公だった。楊令が始めた国つくりを、長いことかけて、梁山泊の若者や岳飛たちが、反芻して作り上げていった。岳飛伝とは、そういう物語である。替天行道も盡忠報国も、「民のための国をつくる」その一点で、結局は同じだった、と秦容と岳飛が話し合う場面がある。大きな戦いの前に、この大河物語のテーマがさりげなく示される。2017年11月読了
2017年11月29日
コメント(0)

「ビッグイシュー323号」ゲット!表紙はリンゴ・スター。2017年7月7日に77歳の誕生日を迎えたらしい。すこぶる元気に活躍しているらしい。特集は「うつを抜く」。「うつヌケ」が今年の流行語大賞にノミネートされるとは、思っていなかった特集だろう。しかし、私が興味持った記事はこれではない。「読者のみなさまにお願いがあります」というページがあった。販売者から買えない遠方に住んでいる方(販売者のいる市町村以外に住んでいる方)は、ビッグイシューの年間購読を始めたらしい。しかし、この10年で路上生活者が7割減り(路上では見えない若いホームレスは増えている)、同時に販売者の数も3割減ったらしい。この2年間、赤字を出しているらしい。ビッグイシューの存続に、赤信号が灯っている。しかしこれはもちろん、ホームレス問題に取り組んだ活動の成果ではある。これを「ビッグイシューのジレンマ」という。よって、定期購読制度で経営基盤を強めるのは、私は正しいと思う。定期購読は、年に24冊発行。直接送付する。購読料(年間)は、1万1千円(送料・税込)。わかりにくい、あるいは実際の紙面を見てという方は、下記に問い合わせを。TEL 06-6344-2260 FAX 06-6457-1358メール info@bigissue.jp現在、全国で220人が定期購読らしい。来年3月までに1000人、やがては3000人を目指す。会社に体力できた時点で販売者への還元も検討するらしい。私はずっと前に「週刊金曜日」の年間購読を1年間のみしたことがあった。創刊直後である。企業や政府の意向に左右されないジャーナルを作るのは意義があると思ったからである。ただ、年間3万円近くしただろうか。カネが続かなかった。ビッグイシューは、ジャーナルではない。しかし、記事は明らかに企業から広告をもらっている週刊誌とは違う視点と内容を持つ。私は貴重なジャーナルだと思っている。私のブログ読者のみなさん、是非連絡してみてください。連絡したら、先ずは見本誌を送ってもらって、それから判断してもらっていいそうです。ちなみに、クチコミテーマ「ビッグイシューという雑誌をご存知ですか?」をクリックすると、私の最近のビッグイシューの書評が出てきます。私からもお勧めします。
2017年11月28日
コメント(0)

この4日間、〆切地獄に沈んでいました。のたうち廻っていたわけではなく、何もすることが出来なくて、無為に時が過ぎるのを眺めて、地獄に落ちていたわけです。それでも、いつかは「始める」時がやってくる。韓国のことわざに시작이 판이다 と云うのがある。「始まりは、半分だ」始めることさえ、できたならば、もうそれで半分は達成している、という意味です。韓国語の先生が、「初心忘れるべからず」と似ているということで教えてくれた。私の場合は「遅筆病」として、「始まりは、九割だ」という意味を持つ。実際、50時間以上無為に過ごして、5時間で仕上げた。情けないが、なんとかヤマを超えた。あとは来月5日までにもう一本原稿を書かなくてはいけない。あっ、この間にUPした記事は全て、ずっと前に仕上げていた記事です。もうストックが無くなったので、こんな駄文を書いています。序でに云うと、その「無為の時間」の時に、ネットビデオで「深夜食堂」を観た。良かった。(解説)安倍夜郎の人気コミックを原作に、深夜しか営業しない小さな食堂で織りなされる人間模様を描いて好評を博したテレビドラマ「深夜食堂」シリーズの劇場版。繁華街の路地裏にある深夜営業の食堂「めしや」には、マスターの料理と居心地の良さを求めて毎晩たくさんの人々が集まって来る。誰かが店に忘れていった骨壷をめぐって常連たちが話に花を咲かせる一方、愛人を亡くし新しいパトロンを探すたまこは、店で出会った青年と意気投合する。また、無銭飲食をきっかけに住みこみで働くことになったみちるは徐々に店になじんでいくが、ある事情を抱えていた。テレビドラマ版に続いて主人公の寡黙なマスターを演じる小林薫をはじめ、多部未華子、オダギリジョー、高岡早紀ら実力派キャストがそろう。監督はテレビドラマ版も手がけた「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の松岡錠司。スタッフ監督松岡錠司原作安倍夜郎撮影大塚亮照明木村明生美術原田満生キャスト小林薫(マスター)高岡早紀(川島たまこ)柄本時生(西田はじめ)多部未華子(栗山ちはる)余貴美子(塙千恵子)筒井道隆(大石謙三)菊池亜希子(杉田あけみ)田中裕子(塚口街子)オダギリジョー(小暮)不破万作(忠さん)綾田俊樹(小寿々)松重豊(竜)光石研(野口)安藤玉恵(マリリン)須藤理彩(ミキ)小林麻子(ルミ)吉本菜穂子(カナ)テレビのシリーズと同じセットを使っているので、映画館で観るのはどうかと思うが、台湾の街で、この映画が人気あるのが分かる気がする。世の中からほんの少し外れた人たちが、深夜の食堂に集まり、あまりベタベタせずに、しかし思いやって生きている。台湾の街にもありそうな食堂である。人は優しさだけでは生きていけないが、優しくされなければ、優しくしなければ、生きてはいけない。
2017年11月27日
コメント(0)

少し前、11月19日に、岡山市で市民連合呼びかけ人で「野党共闘」の理論家の山口二郎氏の講演会があった。題して「総選挙の結果と市民の課題」。忙しくて、まとめる時間がなかったが、印象に残った言葉をピックアップしたい。⚫︎民進党は、呉越同舟、小選挙区制度で生き残るための「選挙互助会」の限界を示した。政権交代を起こした2009年以降は、その歴史的使命は終わった。もはや、小選挙区制度をテコにした政権交代は崩れた。これからは、政策による、正攻法の選挙が大切。⚫︎現在のアベ化の危機。法の支配から人の支配に。黒を白という。⚫︎日本の民意は信頼できるか?新潟県知事選挙の教訓。(1)争点が明確(2)投票率が上がる(3)市民を代弁する候補者が得票する。これは、今回の衆議院選挙でも有効。新潟県、北海道、菅直人や海江田さんの地元。⚫︎リベラル軸への期待の大きさがある。立憲が一千万を超えたのはなぜか?・民進党の雑居性に対する不満。・新保守勢力の脱落によるスッキリ感。・共産・社民からの移動。⚫︎アンチ安倍から政権交代へ。幅広い結集が必要。路線の整理が必要。「安倍政治に対抗する穏健保守」「リベラル」「革新勢力」の大結集を。究極の理想よりも、5年先の日本を立て直すという政策の共有を。2020年代前半は、オリンピックバブルもはじけるし、日銀のムチャも明らかになる頃。⚫︎アメリカのサンダース候補の政策が参考。一握りの金持ちの特権ではない自由と平等。95年の村山政権がいい。⚫︎野党再編で超えるべきハードルは二つ、・民主党の失敗を繰り返さない。希望を再編に追い込むぐらいの立憲側のイニシアチブが必要。キチンとまとめられなくて、申し訳ないが、要は、野党共闘はまだ有効であるし、希望はある、ということなのだろう。村山政権の評価等、全て同意するものではない。が、改憲阻止と、突然の選挙に対して、少しづつやるべきことをやろうと思う。
2017年11月26日
コメント(0)
![]()
「3月のライオン 1巻〜13巻」羽海野チカ 白泉社映画もアニメも見ていないけど、今とっても評価の高い羽海野さんの作品を初めて、まとめて読んだ。映画の予告編で散々見てきたので、物語は、事故で家族を失った零の少年期から始まり、幸田家での葛藤が前半になるとばかり思っていたら、最初から川本家でのお話になっていたのでびっくり。途中で零の小学校・中学校の孤独な闘いを挿入する。作者は、実に綿密に作品世界を構築してから始めたことが分かった。しかし13巻までなると、もう開始の頃の想定物語は無くなって、自由に登場人物たちを動かしているように思える。もともと将棋ファンだったのかは知らない。羽海野チカは、かなり専門的に将棋を知っているように思えた。宗谷は当然羽生だろうし、二階堂は村山聖がモデルと思える。加藤一二三のモデルもいそうだし、柳原は大山名人だと監修者が証言している。そして、現実がマンガに追いついた。藤井少年という中学生棋士が現実に踊り出てきて、零と見紛うかのような活躍を今年はした。藤井棋士が体験した将棋の世界を、このマンガで余すことなく見ることができた。零は、雨のイメージがある6月町から川本姉妹のいる3月町を訪れ、やがて住み着くようになる。3月のライオンとは、そういう意味なのだろう。川本ひなたのイジメ克服の話を通じて、このマンガ世界が、人生を肯定的に見ることの大切さを語っていることに了解する。いっき見に充分耐えうる作品だった。2017年11月22日読了
2017年11月25日
コメント(0)

「対話する社会へ」暉峻淑子 岩波新書「改憲」が日程に上りつつある現在、氏は平和新聞10月25日号において、憲法カフェなどの市民の中での対話の実践こそが、急がば回れ、それを阻止する力になると述べている。その号を読んで、私はもっと具体的なことを知りたくて本書を紐解いた。久しぶりの暉峻淑子氏の本、実践的で、分かりやすく、示唆に富む内容だった。西欧諸国と比べて、日本は対話の力が育ってはいない。その理由を、私は「会社にはホウレンソウなどの言葉しかない。YKでは対話は生まれない」と感じていた。氏も、様々な言葉で同じことを書いていた。曰く。「戦後の自由な言論の中で、なぜ対話がほとんど何の役割も果たしていないのだろうか。自主的な議論を許さなかった独裁権力の代わりに、効率性と利潤追求が対話を奪ってしまったのか。あるいは、あいかわらず上意下達の一方的な命令の仕方しか知らない日本の社会が、空気を読んで決めてしまう事なかれ主義をいまだによしとしているのだろうか」(31p)もう7年も続いているという氏の近所の「対話的研究会」の詳細な紹介は、たいへん参考になった。何かを立ち上げたい。と切実に思った。「空気を読んでいては空気は変わらない」とは、SEALDsの大学生の言葉らしい。氏は今年1月発行の本書であるにもかかわらず、今年の流行語大賞にノミネートされている「忖度」という言葉を、何回も何回も使って、忖度が重視される社会を批判している。徹底的な教育委員会の学校管理「学校経営の適正化」に愕然とする一方で、市民と行政が徹底的に話し合った「調布保谷線道路拡張工事」の経験が、私を熱くする。読んで良かった一冊だった。2017年11月読了
2017年11月24日
コメント(0)

「弥生時代人物造形品の研究」設楽博己、石川岳彦 同成社序文に書いているように、弥生人物造形品の全国の資料の統一的な総合的な研究が、まだない中での労作である。後半に全国の図の資料が載っているのが、とっても分かり易くて貴重。それでも、私は不満だ。一章を設けて研究すべき論点が幾つかないからである。一つは、なぜ弥生土器の人物造形はほとんどが縄文時代よりもさらに抽象化しているのか。技術がなかったとは言わせない。それが一点。一つは、龍の非常にリアルな顔の造形品が岡山県から出土しているし、龍の紋章はおそらく全国に分布しているはずなのに、一切言及がない。避けたとしか思えない。注目したのは、やはり分銅型土製品の論考だ。私の知らなかったことが幾つかあった。(1)顔の表情のあるものから、抽象化に変遷して行く傾向がある。ただ、岡山の中心地域では、抽象化しているが、周辺地域では具象化している。周辺に広がるに従い、より理解しやすい具象性を備えるようになったという説が有力。(3)用木山などでは、抽象化と具象化が共存していた。(4)前期に土偶や土版の類例はないことから、分銅型土製品は縄文時代の土偶土版の系譜を引くものではない、という説が有力。しかも大陸にも類例がない。発生はやはり中国・四国の弥生時代中期・後期の特質の中で発生したのかもしれない。ただし、前期に一つ総社真壁遺跡で、初期抽象型くびれのない土偶が見つかっており、注目されている。(5)1遺跡から16や33個体も出土する雄町や用木山以外は、一遺跡から一例がほとんど。出土は遺物包含土、土器溜まり、住居跡覆土から。用木山は2/3が住居跡埋め土からの出土で、住居跡床面から一例だけというのもあり、所有形態は個人的なものではなく、集団的所有ではないか。祭具であり、弥生中期に東部瀬戸内地方を中心として打製石包丁が普遍化したのと即応することから、農耕の発展に結びついたものではなかったかと考えられる。墓域からの出土はない。(6)用木山、さくら山、愛宕山では、同一人物から作られた証拠はない。専門製作集団はいない。(7)銅鐸祭祀と同時期に発生消滅。(8)著者は座産の祭祀との関係を指摘している。入墨がないことからも女性だと推測。私の「子供の顔」説は、一切触れられていない。そもそもあの邪気のない笑顔の意味を、「辟邪」という説に対して、筆者は、入れ墨土偶がそれをになっているので退けているという。論理がよくわからなかった。私は赤ちゃんの顔だとするのが1番説得力あると思う。2017年11月19日読了
2017年11月22日
コメント(0)

ずいぶん前の番組ですが、やっと録画で見たので。NHK朝イチ イッセー尾形インタビュー(11.8)(ホントには現代人を演じたいのに、漱石の一人芝居で明治から演じたのは)現代人というのは、どうしても僕に迫ってこない。典型的なのは、スマホに目を落としているから、直感的な、目の窓が見えないんですね。(そういう姿は)パロディにはなるかもしれないけれど、なんかつまんない。もっと本質的な肯定的なものを掴みたいですね。それは「生きる力」「生きている力」です。(明治時代の人たちには)欲望を隠していない。そういうものにもう一度出会いたい。舞台人として、演じることのできる「現代人」とは、どんなものなのか?私もわからない。イッセー尾形を改めて見直している。1番最初に彼に気がついたのは「トニー滝谷」の主演だった。村上春樹原作、市川準監督のそれは、しかしサッパリわからなくて、世間の評価が高いのが理解できなかった。次に見たのは、外国監督がつくったとしても、初めて敗戦前後の昭和天皇を描いて主演を勤めた「太陽」である。ただ淡々と演じたその姿、勇気に感動した。そういうわけで、イッセー尾形とは、シリアス俳優だとばかり思っていた。トラさんシリーズの柴又の警官をずっと演っていたなんて、この文書を書くためにフィルムグラフィティーを調べるまで気がついていなかった。イッセー尾形をジャンルに分けるとしたら、喜劇役者らしい。朝イチでは、様々なドラマの映像と共に、自ら主演・プロデュースしている一人芝居の映像も流していた。漱石の「坑夫」「草枕」「行人」などを一人芝居で演じているのだが、爆笑を誘っているのである。その題材だけでも、かなり理論派の喜劇役者だと推察できる。実際、今年の前半の力作「沈黙」における長崎奉行の姿は、飄々とした佇まいとは180度違う知的な内面を見せて、我々を圧倒した。笑いを演じるとは、現実を充分咀嚼した上で、相対化し、本質をえぐり、すかし、そして面白みを見せなくてはならない。かなり知的な行為なのだと思う。彼の演じる「本質的で肯定的な人間の姿」を見てみたい。いまは、土曜日夕方NHK「アシガール」における、戦国時代の爺の喜劇的な役がお気に入り。あと数回、愉しみにしている。
2017年11月21日
コメント(0)

「不透明な未来についての30章」雨宮処凛 創出版この本の半分以上は、2014年から2017年5月号までの『創』に綴られた、激動の3年間を、彼女らしく、底辺からルポルタージュした文章群である。川崎の簡易宿泊所火災で焼け死んだ多くの生活保護受給者たち、キャバクラ嬢と貧困、利根川一家心中事件、自殺する若者たち、ギャンブル依存症の問題、等々。貧困と労働、そして、それらに対して、ついに立ち上がり始めた若者たちの「生の声」声声。私は、雨宮処凛は極めて優秀なジャーナリストだと思っている。それは、そもそも彼女自身が運動家であり、運動の真っ只中にいるから拾えることのできる多くの「声」を聞いているからである。エキタスなどが街宣やデモで「最低賃金1500円」と掲げていると、それを見た通行人がため息まじりに「わー、時給1500円なんてすごく嬉しい‥‥」とつぶやく場面に何度か出くわしたことがある。その度に、一見「貧困」などと縁遠く見えるオシャレな若者も、低い時給で厳しい生活を強いられているのだ、と改めて思う。(224p)デモにも参加しないで、一見客観的に見える記事を書いている新聞記者たちや自称ジャーナリストたちには到底書けない記事である。この辺りが、雨宮処凛の真骨頂なのではないか。この本の半分近く占めている文章群で、もうひとつびっくりしたのは、第一部「会いたかった人」で綴られた、(「黒子のバスケ事件の渡邊博史さんへ」という手紙のような文章に代表される)メンヘルを患っていた過去を持つ彼女しか書けない、彼女の出発点を想起させる文章の数々である。リストカットを繰り返し、あらゆる「危険な場所」に自ら飛び込み、ほとんど奇跡的に2007年の「生きさせろ」から、見事に「運動家」として自立するに至った彼女のことを改めて思い返した。彼女だからこそ、発することの出来る言葉がある。彼女だからこそ、発する言葉の限界も意味もわかる。彼女に、現代の市民運動の総括と展望を語らせるのは無理だ。彼女は「理論家」ではない。そのことは、彼女も重々と知っていて、役割を考えて文章を綴っていると思う。しかし、彼女は、底辺の運動の中で勝ち得た「確信」を、運動中枢の多くの庶民にもわかる言葉で、伝えることの出来る能力がある。よって、このような本は、今を生きづらいと感じている全ての人々が、読んで欲しいとつくづく思うのである。2017年11月20日読了
2017年11月20日
コメント(2)

「ビッグイシュー322号」ゲット!表紙は映画「光」に出演している井浦新さんと瑛太さん。雨宮処凛の「活動日誌 拡大版」は、10月4日の衆院選公示前に開かれた「安倍政権NO 銀座大行進」、10月9日「Bottom Up Democracy Party」のレポートだった。選挙前の、戦争法強行採決以来2年間で盛り上がってきた市民の運動の到達点がよくわかるレポートだった。彼女の本分は「運動家」だけど、集会には個人の資格で参加することが多く、その分普通の市民の感覚も共有している。一方、ジャーナリストと肩書きを変えてもいいほど、きちんと記事を書くので、とっても分かりやすい。他の新聞記者の書く記事よりも、よっぽど分かりやすい記事だった。特徴的な演説を、おそらく録音はしているとは思うが、余すことなく紹介する。また、シュプレヒコールのスローガンも紹介する。こういうスタイル、新聞は字数が限られ、週刊誌は記者の批評が前面に出て、いつもおざなりになるけど、雨宮処凛さんのはとてもよくわかる。事実の選択の「視点」がしっかりしてるからである。「2年前、SEALDsが現れた頃、彼らに話を聞くと、政治に関心を持ったきっかけについて誰もが『3.11』と口をそろえた。が、今回の選挙がらみのデモで出会う若者たちが口にするのは、「声を上げる同世代を見たこと」」と書く。この2年間の運動は、確かに何かを生んでいる。そんなことを実感させる記事だった。今号の「世界一あたたかい人生レシピ」で、枝元なほみさんは、「カメを飼いたいのに両親が反対する」という悩みを受けて、ナント亀の形のパンのレシピを紹介していた。おやおやなんか私も作れそうな。2017年11月17日読了
2017年11月19日
コメント(0)

「ビッグイシュー321号」ゲット!表紙は、ニューヨークの痴話喧嘩が、ソウルでの怪獣の破壊とシンクロしているという、トンデモ映画(⁉︎)に出演しているアン・ハサウェイ。観たい!特集は「食SOS!フードバンクのいま」。リード文は以下の通り。「貧困はまず食事に現れる」という。一方で、手つかずで捨てられる食品(食品ロス)が年間600万トンを超える日本。米国発の「フードバンク」は、賞味期限の迫る食品を企業から引き取り、福祉施設や生活困窮者支援の団体などに提供する市民活動だ。2002年、日本初の「フードバンク」が東京で誕生、今、全国で80ヵ所以上に広がる。03年発足の「フードバンク関西」はホームレス支援団体を手始めに、年間約200トンの食品をさまざまな団体に提供。「フードバンクかわさき」は、生活に困窮する個別世帯にも食料や日用品を配送。「フードバンク多摩」は、活動PRのため9月に1日「無料スーパー」を開いた。さらに、廃棄食材を使う英国の「リアル・ジャンクフード・カフェ」は、都市リーズだけで1週間に3万5千食を提供。フードバンクの挑戦を通して、広がり深まる〝食の貧困の現場〟を知り、市民がどのようにかかわればよいのか、その解決への糸口を探りたい。全国のフードバンクは(まだ)80カ所ほど。全国のフードバンクの名前を以下に載せる。残念ながら、まだ岡山県にはない。米国や韓国では、きちんと法整備されているという。韓国では、管製の中央フードバンクを核に、各県に一つずつ広域フードバンクを設立。さらに、社会福祉協議会が担う基礎フードバンクを設け、生活保護を補完する現物支給として食料を配付しているらしい。事故時の国家賠償法もある。そういえば、数年前に韓国釜山のキリスト教系の資料館に、クリスマス用のお米を蓄えていたのを見たことがあった。フードバンクは「恵んでいる」というのとは全く違う。お互いウィンウィンの関係である。現在日本で起きている食品ロスは、600万トン。フードバンクで扱うのはそのうちたった1%の6万トンが目標らしいが、実際は4千トンらしい。日本の法整備がゼロだからだ。注視して行きたい。今号も「世界一あたたかい人生レシピ」快調でした。「自分から謝ることが苦手です」という悩みに対して、枝元なほみさんは「ごめん(五麺)のエビあんかけ」を提案しています。私も苦手なので、一回作ってみたい。2017年11月16日読了
2017年11月18日
コメント(0)

今月の映画評です。「オケ老人」ずっと重たい映画が続いたので、昨年一番笑った作品を紹介します。「オケ老人」。ボケ老人じゃないよ。老人たちのオーケストラです。梅が岡高校に赴任してきた数学教師の千鶴(杏)は、本格的なオーケストラのヴァイオリン奏者になる夢が諦め切れません。そこで、その町のプロ並みのアマオケ≪梅が岡フィルハーモニー≫に入団・・・したつもりが、入った先は年寄りばかり、素人丸出しの≪梅が岡交響楽団≫でした。千鶴の入団を大喜びする老人たちに「楽団名を間違えた」と言い出せず参加することになり、しまいには指揮棒を振るはめに…。笹野高史、左とん平、小松政夫、藤田弓子、石倉三郎、茅島なるみ、喜多道枝等々、名前を聞いただけでは顔は思い浮かべない人もいるかもしれませんが、みんな1度は見たことのあるベテラン俳優ばっかり。ほとんど地なんじゃないかと勘違いするくらいの流石の老け役を演じます。耳が遠い人、認知症が始まっている女性、心臓疾患、あるいは点滴機器と共に歩いてくる老人‥‥。最初はいくらなんでも年寄りの暇つぶしに付き合わされる千鶴も可哀想だと思うのですが、次第と一生懸命音楽をやりたいと思っている「オケ老人たち」を応援している私がいます。千鶴はずっと老人たちから逃げたいと思っていましたが、フランスの世界最高と言われる指揮者ロンバールとひょんなことから知り合いになり、自信を取り戻し、遂にはコンサートを計画するまでになるのです。「せっかくもろうた命じゃ、楽しまにゃ損じゃ」人生いつまでも進歩し続けるものだ、というメッセージをかろやかに奏でます。少し都合良すぎる展開はありますが、明るい展開なのであまり気になりません。朝ドラ主演のあと、お母さんになって復帰第一作の杏が、思いもかけず見事なコメディアンヌぶりを発揮していてびっくりしました。栃木県の足利市、福生市、秩父地域をロケ地に選んでいます。特別、観光場面は出て来ませんが、あゝ地方の文化活動ってこんなのだな、と思えます。地方の公民館活動を応援する作品にもなっています。(2016年細川徹監督作品、レンタル可能)
2017年11月17日
コメント(0)

10月に観た映画の後半三作品である。「エル ELLE」疲れていたこともあって、途中何度か意識が飛んだので、正確に評価できるか不安。兎も角、オンナの不思議を徹底的に描き出した。こんなオンナの前では、サイコ犯人も形無しだ。ヒロインは当然として、その母親、息子の恋人、友人も「病的」である。反対に言えば、欲望に忠実。サイコ犯人のように、屈折していない。素直に病的だ。と思う。こんなオンナたちを描く意味がわからない。(解説)『ピアニスト』などのフランスの名女優イザベル・ユペールと『氷の微笑』などのポール・ヴァーホーヴェン監督が組んだ官能的なサイコスリラー。『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』の原作者フィリップ・ディジャンの小説を原作に、レイプ被害者の女性が犯人を捜しだそうとする姿を描く。『ミモザの島に消えた母』などのロラン・ラフィットや『愛されるために、ここにいる』などのアンヌ・コンシニらが共演。欲望や衝動によって周囲を巻き込んでいく主人公を熱演するイザベルに注目。(あらすじ)ゲーム会社の社長を務めるミシェル(イザベル・ユペール)はある日、自宅で覆面の男性に暴行されてしまう。ところがミシェルは警察に通報もせず、訪ねてきた息子ヴァンサン(ジョナ・ブロケ)に平然と応対する。翌日、いつも通りに出社したミシェルは、共同経営者で親友のアンナ(アンヌ・コンシニ)と新しいゲームのプレビューに出席する。2017年10月12日シネマクレール★★★「エルネスト」完全に裏をかかれた。「チェ・ゲバラの意思を継いだ男」とチラシにあったので、てっきりボリビアのゲリラ戦と、その後紆余曲折を経て軍事政権が倒されるまでが描かれるのだと思っていた。そうではなく、ほとんどが学園青春物語だった。確かにフレディ前村は、ゲバラと同じように医学生の安全な身分を投げ打って危険な祖国解放の戦いに身を投じた。そこには、70年以上の平和に恵めれている日本人には理解が出来にくいことなのだろう。私もよくわからない。そもそもゲバラのボリビア潜入が、戦術的にも戦略的にも正しかったとは、私は思えない。しかし、南米のアメリカからの独立がない限りキューバを含む南米人民の幸せは成り立たないというチェの思想には共感を覚えるし、50年間でそれを実現しつつあるからこそ、こういう映画も作られるようになったのだろう。革命直後のキューバの生活が描かれる。ボリビアや各国から奨学金を支給して医学生を受け入れているキューバの懐の深さと強かさ、母子家庭がきちんと生きていけるのを保障する理想主義、貧しいながらも50年間歌が絶えなかったのもよくわかる。(見どころ)キューバ革命の英雄チェ・ゲバラと行動を共にした日系人のフレディ前村を題材にしたドラマ。留学先のキューバでゲバラに出会って心酔し、共にボリビア軍事政権に挑んだ彼の姿を描く。メガホンを取るのは『顔』などの阪本順治。『血と骨』『ゆれる』などのオダギリジョー、『海辺の生と死』などの永山絢斗、写真家、ダンサーでもあるホワン・ミゲル・バレロ・アコスタらが出演。(あらすじ)日系二世として生まれ、医者になることを夢見るフレディ前村(オダギリジョー)。キューバのハバナ大学に留学した彼だったが、キューバ危機に直面する。混乱の中でチェ・ゲバラ(ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ)と出会ったフレディは、その理念やカリスマ性に感銘を受ける。やがてゲバラの部隊に加入した彼は、ゲバラのファーストネームであるエルネストを戦士名として本人から授けられる。そして、ボリビアの軍事政権を倒す戦いに身を投じるが……。2017年10月12日シネマクレール★★★★「猿の惑星 聖戦記」最初の猿の惑星は、黒人公民権運動を戯画化していたが、今回は最後の決着の付け方を見ると、9.11に始まる民族と宗教国同士の争いを批判しているように思える。結局、人間同士の自滅で終わった結末が、そのことを象徴的に表している。結局人類が滅びたのは、サル族の滅ぼされたのではなく、お互いに争いあって自滅したという結果になった。私としては、最後は変わり果てた自由の女神像を映して欲しかったのだが、過去の作品とは決別しているというメッセージだったのかもしれない。シーザーの息子のコーネリアスが出てきたので、すわ、元作のコーネリアス博士かと思いきや、よく考えれば人類時代はあの作品では数千年前の世界なので、違うのである。■ あらすじ猿と人類の全面戦争が始まってから2年が経ち、シーザー(アンディ・サーキス)が率いる猿の群れは、森の奥深くのとりでに姿を隠していた。ある日、奇襲によってシーザーの妻と息子の命が奪われる。シーザーは人類の軍隊のリーダーである大佐(ウディ・ハレルソン)に復讐するため、オランウータンのモーリス(カリン・コノヴァル)らと共に旅立つ。■ 解説『猿の惑星』の前日譚(たん)を描いた『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』『猿の惑星:新世紀(ライジング)』の続編となるSF大作。猿と人類が地球の支配者を決する戦いの一方で、自らの種族を守るべく行動する猿のリーダー・シーザーの心の葛藤も映す。シーザーは、前2作に続きアンディ・サーキスが演じる。共演は、ジュディ・グリアとウディ・ハレルソンら。監督は前作と同じくマット・リーヴスが務める。■ キャストアンディ・サーキス、ウディ・ハレルソン、スティーヴ・ザーン、カリン・コノヴァル、アミア・ミラー、テリー・ノタリー、タイ・オルソン、マイケル・アダムスウェイト、トビー・ケベル、ガブリエル・チャバリア、ジュディ・グリア■ スタッフ監督・脚本: マット・リーヴス脚本: マーク・ボンバック2017年10月15日Movix倉敷★★★☆
2017年11月15日
コメント(0)

10月に観た作品は"たったの"5作品でした。これはひとえに〆切地獄でのたうち回っていたからです。2週間、1作も観ることができませんでした。それはそれとして、8月に観た作品一つを紹介し忘れていることに気が付きました。あわせて6作品、2回に分けて紹介します。「海辺の生と死」全体155分。何事も起こらない。ずっと、波の音と森の声と沖縄民謡を聞いているという感じ。途中何度も意識が遠のく。ある時は、朔中尉が悪夢を見たのか叫んで飛び起きた時に、私も目覚めた。彼がどんな悪夢を見たのかわからないが、ついうとうとしそうな雰囲気だけは身を持って体験した。奄美諸島の身体を体現して、満島ひかりが、ゆっくりとした方言をしゃべる。戦闘場面はなく、軍隊場面もほとんどない。一回だけ、米軍機の攻撃があった。155分で、ひたすら南の島を描く。「死んではいけない。戦争は嫌!」反戦メッセージは、それくらいのもので、あとはゆっくり寝ていられる作品でした。(解説)傑作「死の棘」を世に放った島尾敏雄と、その妻、島尾ミホ。時は太平洋戦争末期、ふたりが出会ったのは、圧倒的な生命力をたたえる奄美群島・加計呂麻島。男はじりじりと特攻艇の出撃命令を待ち、女はただどこまでも一緒にいたいと願った。後年、互いに小説家であるふたりがそれぞれ描いた鮮烈な出会いと恋の物語を原作に、奄美大島・加計呂麻島でのロケーションを敢行し、映画化を果たした。また、奄美群島で古くから歌い継がれてきた奄美島唄の歌唱指導にあたったのは、“クジラの唄声”で人々の心を魅了する唄者(ウタシャ)朝崎郁恵。自身もルーツを奄美大島に持つ満島ひかりが歌う島唄の調べが、観る者の心を揺さぶる。『愛のむきだし』でブレイク後、『川の底からこんにちは』『悪人』『駆込み女と駆出し男』『愚行録』など一作ごとに評価を高め、テレビドラマ「トットてれび」「カルテット」で、唯一無二の女優として活躍の場を広げる満島ひかり。そんな彼女が『夏の終り』以来4年ぶりの単独主演作に選んだのが『海辺の生と死』である。日本文学の傑作「死の棘」のヒロイン島尾ミホが加計呂麻島で過ごした青春期と人生を決定づけることになった恋をその真っ直ぐな存在感で体現した。(物語)昭和19年(1944年)12月、奄美 カゲロウ島(加計呂麻島がモデル)。国民学校教員として働く大平トエは、新しく駐屯してきた海軍特攻艇の隊長 朔中尉と出会う。朔が兵隊の教育用に本を借りたいと言ってきたことから知り合い、互いに好意を抱き合う。島の子供たちに慕われ、軍歌よりも島唄を歌いたがる軍人らしくない朔にトエは惹かれていく。やがて、トエは朔と逢瀬を重ねるようになる。しかし、時の経過と共に敵襲は激しくなり、沖縄は陥落、広島に新型爆弾が落とされる。そして、ついに朔が出撃する日がやってきた。母の遺品の喪服を着て、短刀を胸に抱いたトエは家を飛び出し、いつもの浜辺へと無我夢中で駆けるのだった・・・。2017年8月20日シネマ・クレール★★★「母 小林多喜二の母の物語」最初に山田火砂子監督の挨拶があった。85歳とは思えない、矍鑠とした女性、正に火の女という感じがした。「戦争で1番可哀想な想いをするのはお母さん。わたしは靖国の母と看板を掛けられて泣いていたお母さんをたくさん見た。狂ったお母さんも見た。わたしはこの作品を戦争反対のためにつくりました」勿論映画は、1933年2月の多喜二の死を最大のクライマックスにはしているが、そこに至るまで、またはそこから1961年にセキがなくなるまでを淡々と描いている。資金不足で作っているために、台詞に説明的な冗長さがあるのは責めるべきではないのだろう。秘密保護法、戦争法、共謀罪が成立した現代に向かって、それと似通っている社会を告発的に、声高に描くのではなく、あくまでも息子のことをひたすら信じ、心優しいセキの視点で描いているので、「やさしい作品」になっている。こういう作り方は、役者がしっかりしていないと急にリアリティをなくす。寺島しのぶはもちろんのこと、塩谷瞬も案外良かった。総社出身の山口馬木也も誠実な神父を演じて、三浦綾子の世界を作っていた。制作 現代ぷろだくしょん監督 山田火砂子出演 寺島しのぶ、塩谷瞬、趣里、渡辺いっけい、佐野史郎、赤塚真人、真行寺君枝2017年10月5日倉敷芸文館★★★☆「ドリーム」最近になってやっと映画が次々と作られて来たが、1960年代の黒人差別は、ホントに深刻であり、白人と黒人との分かり合いに、反対に言えばここまで、50年以上もかかったということなのだろうと思う。「勘違いしないで。私は偏見を持っているわけじゃないのよ」「知っている。貴女がそう思い込んでいるということを」嫌韓の人々の偏見を、解消するのは、いったいいつになることやら。彼らは言葉が通じて、一緒に住んでいてもあれだけかかった。黒人差別を描く、また新たな佳作が生まれた。【ストーリー】1960年代の初め、ソ連との宇宙開発競争で遅れを取っていたアメリカは、国家の威信をかけて有人宇宙飛行計画に乗り出す。NASAのキャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)、ドロシー・ヴォーン(オクタヴィア・スペンサー)、メアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ)は、差別や偏見と闘いながら、宇宙飛行士ジョン・グレンの地球周回軌道飛行を成功させるため奔走する。「解説」人種差別が横行していた1960年代初頭のアメリカで、初の有人宇宙飛行計画を陰で支えたNASAの黒人女性スタッフの知られざる功績を描く伝記ドラマ。NASAの頭脳として尽力した女性たちを、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』などのタラジ・P・ヘンソン、『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』などのオクタヴィア・スペンサー、『ムーンライト』などのジャネール・モネイが演じる。監督は『ヴィンセントが教えてくれたこと』などのセオドア・メルフィ。ミュージシャンのファレル・ウィリアムスが製作と音楽を担当した。【英題】HIDDEN FIGURES【監督・製作・脚本】セオドア・メルフィ【脚本】アリソン・シュローダー【製作・音楽】ファレル・ウィリアムス【出演】 タラジ・P・ヘンソンオクタヴィア・スペンサージャネール・モネイケヴィン・コスナーキルステン・ダンストジム・パーソンズマハーシャラ・アリ2017年10月8日イオンシネマ★★★★
2017年11月14日
コメント(0)

「縄文ZINE 2017年7号」やっと手に入れた。やっぱり発行から2ヶ月近くなって、岡山市LOFT4階無印良品のフリーペーパー置場に並んだ。どうして此処に届くまでにこんなに遅くなるのか、不思議だ。この前テレビで紹介されたこともあって、広告が増えたらしい。気前をよくして、遂に本格始動して来年初めに本を2冊も出すらしい。その関係で、次の発行は来年5月になる。つまり来年7月まで見納めということか。本が出たら、読むんだろうな。1番大きな広告は、ナント大阪府立弥生文化博物館が裏表紙一面を使っている。秋の特別展「海に生きた人びと」の告知ではあるのだが、説明文が、学芸員らしからぬ、こんなマイナー(だけど考古学ファンの認知度は高いじゃないかと思うんだけど)雑誌だからこそ書けるユニークなものだった。「縄文ZINEではいろいろとdisられたりもする“弥生”ですが、皆で協力して作るお米、お米の美味しさ、縄文人にはコレを味わってから言ってほしいですね。おにぎりサイコー!」冒頭のこれだけを取り出したら、縄文ファンがこの記事を見たら、この博物館に反感しか持たないかもしれないので、フォローしておくと、まあ弥生も面白いよ、と言っているだけなんです。生粋の弥生ファンである私からも。この博物館はその熱量で全国の凡ゆる博物館の中でもトップクラスに入るかもしれません。オススメします。あっ、肝心の中味もたいへん楽しいです。「こちら青森県津軽市亀ヶ岡遺跡前派出所」のマンガも、縄文落語・土偶愛称決定会議も落語じゅげむを換骨奪胎して、思わず笑いました。さて、やっと真面目な処。特集は黒曜石である。弥生ファンの私も興味深いのが、黒曜石の移動距離だ。確かに貴重な石ではあるのだが、いったい何故、どうやって運ばれてのか?直接各地から取りに来ていたのか?分配ルートがあったのか?フリーの交易人がいたのか?黒曜石鉱山を管理する権利や集団はあったのか?等価交換経済はあったのか?専門家は、口の中でごにょごにょ言うだけ。しかし、黒曜石の分配は、資源の多い地域や特定のムラのみに集中して見つかる「偏り」はなかったらしい。黒曜石は、貨幣の代わりになりうる素材ではあるが、縄文時代の経済システムはどうなっていたのか?わかっていることを本格的に論じた本はないのだろうか?などということも考えたりした。表紙は、ナント漫画家エッセイストの「しまおまお」さん。島尾敏雄・島尾ミホさんの孫娘らしい。
2017年11月13日
コメント(0)

「世界を変えた10冊の本」池上彰 文春文庫「世界を変えた」のは間違いないとしても、10冊が同等の価値を持つことを意味してはいない。また、「変えた」からと言って、著者(がいない場合もあるが)が偉い、と限ったわけでもない。また、9.11を起こした「道しるべ」を扱うのならば、レーニンの「国家と革命」や毛沢東の著作も扱うべきだろうし、最終章の新自由主義を述べたフリードマンの本の(影響を与えた期間の)寿命は、このままではおそらく40年ほどのモノだろうから、果たして取り扱う意義があったのかは疑問だ。しかし、著者は「ジャーナリスト」であり、扱われるエピソードの多くが雑誌掲載時以前の10年以内(2001年〜2011年)という偏りもある。それらを含めても、今回の読書案内は、学者の書く解説本よりも、遥かにわかりやすく目配りの行き届いたものであったことを認めないではいられない。私は思いもかけず愉しんだ。以下重要事項や教養としてキチンと知ることで、クイズ番組などで使えそうな事をメモする。⚫︎「アンネの日記」から1961年、当時27歳の坂井泰子氏がアンネナプキンを発売した。アンネ株式会社は1993年ライオンに吸収合併された。⚫︎「聖書」の「産めよ、増えよ」(創世記)より、カトリックやプロテスタントでも原理主義な人々は、避妊は「神の意志に反する」と考える。⚫︎創世記の安息日より、ヨーロッパでは日曜日が閉店が多く、アメリカ含め、日曜日に選挙の投票日は設定されない。⚫︎「旧約聖書」の「10戒」により、反芻しない豚は禁止(牛・羊・山羊はOK)、鰭と鱗がないので、エビ・カニ・タコは食べられない。⚫︎ユダヤ教は「旧約聖書」の10戒などの「律法」には厳格。一方「新約聖書」は紀元90年ごろに定められた「70人訳聖書」が採用、旧約と微妙に内容が違う。⚫︎「新約聖書」の福音書は、成立時期は聖書の順番ではなく、最初が「マルコ(70年前後)」(イエス死亡は30年ごろ)、「マタイ」「ルカ」は80年ごろ、マルコを参考にして更に「Q資料」を見て書かれた。「ヨハネ」は90年代ないしその後。⚫︎「ユダの福音書」がナイル川流域で発見、2006年に出版。ユダはイエスに頼まれ(自ら犠牲になることで人々を救済できる)売った。⚫︎イエスは復活して40日後に昇天。やがて「最後の審判」を行い「神の国(天国)」が実現。その後、サタンが復活して神に挑戦、その場所をハルマゲドンと呼ぶ。やがてイエス再来、「千年王国」を築く。またサタン復活。サタンは天から火が下りて焼き滅ぼされる。⚫︎ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三つの神は同じ。それぞれ、ヤハウェ(ヘブライ語)・ゴッド(英語)・アッラー(アラビア語)。⚫︎預言者は予言する人ではなく「神の言葉を預かる者」。よって、モーセもノアもイエスもムハンマド(マホメット、モハメド)も預言者。⚫︎ムハンマドは570年ごろ、アラビア半島のメッカに生まれた。天使ガブリエル(マリアに受胎告知した天使・アラビア語でジブリール)から、神の言葉を通訳して伝えられ、ムハンマドは暗唱した。死後、暗唱出来る人が次々に戦死、「コーラン(声に出して読むべきもの)」成立。よって、本来はアラビア語以外では出版出来ないが、解説書という位置づけで、井筒俊彦訳岩波文庫がある。⚫︎イスラム教の世界の終わり。地中の死者は起こされて神の前で裁かれる。天国と地獄に分かれる。地獄では永遠の苦しみ。天国では、腐らない水、乳の河、美酒の河、蜜の河、凡ゆる果物、涼しい木陰、罪の赦し。例外的に、ジハード(聖戦)でアッラーのために戦って亡くなった人は直ぐに天国に行ける。⚫︎イスラム教の五行とは、信仰告白、礼拝(1日5回、夜明け前・昼過ぎ・午後3時・日の入り・就寝前)偶像崇拝はなし、喜捨(収入の2ー2.5%、来世への貯金)、断食(一ヶ月日の出から日の入まで、太陰暦なので毎年違う、辛い経験は貧困層の事を考えさせる、宗教意識が高まる)、メッカ巡礼(一生1度、白い布、全員が神の前で平等)⚫︎妻は四人まで持てる。「(戦争で父親がいない子供のために)孤児に公正にしてやれそうにない時は、誰か気に入った女をめとるといい」と言っているだけ。結婚時に「妻は1人だけ」という契約を結ばせる女性が増えている。⚫︎女性のベールは、男の好奇の目から守るため⚫︎シーア(党派)派はムハンマドの血筋。スンニ派(慣習スンナ)血筋関係なく教えにもとずく慣習に従うという意味、ムハンマドの言行録「ハディース」をまとめる。(あとは省略)2017年11月9日読了
2017年11月12日
コメント(0)

「マスカレード・ホテル」東野圭吾 集英社文庫「お客様は神様ばかりではありません。悪魔も混じっています。それを見極めるのも、私たちの仕事なんです」そう言って、彼女は口元を緩めた。(51p)こういう視点が、このシリーズの全てなのかもしれない。私も、まさかスキッパー(無銭宿泊者)を、ホテル跨いでブラックリスト化しているとは知らなかった。もちろん、名前は次々と変えて行くだろうが、それでもキチンと目を付けることの出来る推理力が必要なのである。もちろん、ホテル特有のサービスは落とさずに、である。帯には「映画化決定」とある。山岸尚美役に長澤まさみは、アラサー女優の代表格だからうなづけるとしても、刑事の新田に棒読み男優を持ってくるのは、勘弁して欲しい。ま、決定したことだから今更言っても仕方ないのではあるが。映画化に当たっては、犯人云々よりも、ホテルの知られざる「裏側」という処に、焦点が行くのだろうな。あまりにもスラスラ読めるので、シリーズ化されるとついつい読んでしまいそうになるけど、例えば「偽名を使うこと自体は罪とは言えないからな」(154p)と、現職刑事が言うのはどうかと思う。あれって、軽犯罪法違反だったのではないかしら。その他いろいろ設定が甘いじゃないかと云うのもあって、時間潰し用の候補作にあげて置く。2017年11月読了
2017年11月11日
コメント(4)

今年の「ユーキャン新語・流行語大賞」のノミネート語が決まった。最後にその候補の全てを載せておくが、10日ほど前にこのうちの「インタ映え」について、文章を書いていたので、ここに載せたい。今日(11月初め)のNHK「朝イチ」の録画見て驚いた。「SNSオトナの付き合い方」インスタグラムをしている人は、何百枚から一枚を選んだり、1人8000円の人件費出して数万円で女子会やっているらしい。インスタグラムとは「見栄を貼る場所」「ファンタジー」「ウソをついてもいい」という状況になっているらしい。「インスタ映えする」が今年の流行語になりそうだ(←11.9に実際に流行語大賞にノミネートされた)。それほどまでに「いいね」が欲しいらしい。更には「フォロワーを買う(1万人は4980円)」という状況さえ出て来ているらしい。これはビジネスだけでなく、自己承認、仲間外れを防ぐとか、が目的である。でも、こういうのは買った人は「買ったのがばれてしまう」から信用なくしている。はっきり言って、私はインスタグラムは絶対にやらない。Facebookの写真機能で充分。そもそも「いいね」が欲しいとも思わない。中には内容を読まずに「いいね」する人がいる。そんなの嬉しくないので、時々の記事によって判断したいからである。ただ、SNSは不特定多数に投稿するブログやツイッターと違い、「意見や情報を聞く」というのには有効だ。この「記事」も9日前にFacebookで投稿して、特別な「異論」も出なかったので、載せてもいいかなと思うことができた。とりあえず、インスタグラムやSNSに関しては、世の中は「私」を置き去りにしている。もちろん、それでいいのだけど。予言したい。「インスタ映えする」は1年で終わるだろう。 No.01 アウフヘーベンNo.02 インスタ映えNo.03 うつヌケNo.04 うんこ漢字ドリルNo.05 炎上○○No.06 AIスピーカーNo.07 9.98(10秒の壁)No.08 共謀罪No.09 GINZA SIXNo.10 空前絶後のNo.11 けものフレンズNo.12 35億No.13 JアラートNo.14 人生100年時代No.15 睡眠負債No.16線状降水帯No.17 忖度(そんたく)No.18 ちーがーうーだーろー!No.19 刀剣乱舞No.20 働き方改革No.21 ハンドスピナーNo.22 ひふみんNo.23 フェイクニュースNo.24 藤井フィーバーNo.25 プレミアムフライデーNo.26 ポスト真実No.27 魔の2回生No.28 〇〇ファーストNo.29 ユーチューバーNo.30 ワンオペ育児
2017年11月10日
コメント(0)

「DAYSJAPAN2017年11月号」表紙写真。ダイタリアのゴミ捨て場で見つかったビニールが体にまきついてしまったコウノトリ。プラスチック汚染は浜辺など陸上でも深刻だ。Photo by John CANCALOSI/ Getty images編集後記で丸井編集長が、特集について、このように書いている。さて、今月号は、私たちにとって身近なプラスチック製品が海の中で大暴れしているという話題です。ペットボトルやレジ袋が浜辺に散乱し、動物たちを危機にさらしているのは、なんとなく知っていました。けれど、それがやがて海にたどり着き、消えることなくどんどん小さな破片になり、今度は海洋中の生き物の胃の中に入り込んで食物連鎖を循環すること。さらに、化粧品や洗顔料にまで目に見えないほどの小さなプラスチックが入っていて、それらが毎日毎秒海に流れて行っていること。なんといっても、そんな微細なプラスチックが、海中の有害な合成化学物質を吸着してしまう性質を持っていることを知りぞっとしました。いよいよ私たちは「使い捨て中毒」から卒業する時なのだな、と。そうでないと、いよいよ海はプラスチックに「支配」されてしまいます。(64p)私も編集長と同じ感想を持った。有名な「ミッドウェー環礁で死んだアホウドリの体内から大量のプラスチックが発見された」写真だけじゃない。生物たちに多大な危害を加えているというだけではなく、我々が危険なのだ。プラスチックの小ささが、食物連鎖にのる過程を想像してしまった。ある専門家は、今後20年間で海に入るプラスチックは10倍化すると云う。マイクロプラスチックにPCBなど毒性の強い有害な化学物質くっついたり、ホルモンバランスを崩す可能性のあるノニルフェノールがくっついたり、本当の影響が出るのは、これからだと容易に想像できる
2017年11月08日
コメント(0)

「岳飛伝12」北方謙三 集英社文庫浪子燕青が亡くなった。おそらく、大水滸伝シリーズを通じて(楊令は試してないので除く)素手では最強の使い手だったのだと思う。それでも、70歳という歳には勝てなかった。最後は自分の心の赴くままに李師師の元に赴き、劉正を道連れにして笛を吹いて終わった。最愛の出来すぎた妻も居るのに、男は最後は、悪女だけど片想いの女の処に行くのだろうか。女にはわからないだろう。男としても、彼ほどの男になってみないとわからない。梁山泊側も他に孟康、喬じょうなどを失ったが、南宋も韓世忠や南征軍の有力武将を亡くした。死者が多くなって来て居る。彼らを斬る李俊、秦容の強さは圧倒的だ。燕青ではないが「ほんとうになさなければならないものを、持っているか持っていないか」の違いだったのかもしれない。17.11読了
2017年11月07日
コメント(0)

「流」東山彰良(ひがしやまあきら)講談社文庫「二十年に一度の傑作」という私の敬愛する北方謙三氏の帯コメントを見た。しかし、それを鵜呑みにするほどに、既に私はピュアではない。それはたいていは次の言葉ほどの意味であろう。「久々の傑作。例えば、30年前に私が日本推理作家協会賞を獲った時ぐらいの」。もちろん面白かった。宮部みゆきや桐野夏生や東野圭吾などの選考委員の全員一致という評価に見合う、ドキドキして、ニヤニヤして、ウンウンと唸る作品ではあった。台湾専門用語が多いので、読み始めて興に乗るまで暫く掛かるというレビューを幾つか見た。私の場合は違う。ちょうどこの数年間に2回台湾旅行を敢行して、ここに出てくる萬華も、西門町も、迪化街も、廣州街も、植物園も、私が歩き通した処だ。今はかなり綺麗になってはいるが、未だ至る所に個人経営の廟が営まれ、子供しか走れないような路地が闇の奥まで続いているのを知っている。小説舞台の雰囲気は、捜せばまだ充分存在している。しかし、今だに此処に描かれたような家族の血の絆と生活の汚物や涙が残っているのかは、知らない。冒頭が中国大陸から始まったので、話の半分は戦争の話かと思いきや、9割型なんと葉秋生のハードボイルド青春物語だった。そういう意味で今年25年ぶりに公開された楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の「クーリン街少年殺人事件」と、造り方の構造さえ似ている気がする。1945年以降急速に平和泰平の世になった日本と違い、台湾は80年代に突入するこの時代、未だ戒厳令下にあり、監視社会で、しかも暴力は生きるために必要だったのである。それでも、この時代はイーグルスを流し、ディスコソングを流すだろう。確かにハードボイルドだが、そこに青春時代特有なのか、東南アジア特有なのか、湿っぽさが加わる。私には、悪い感じはしなかった。私が食べたのは、綺麗な小店のドンブリ一杯のスイーツらしからぬ豆花だったけど、今でもあの廣州街辺りでは、以下のような豆花売りが歩いているのに違いないと思う。その口ぶりで、彼は祖父が他界したことを知っているのだとわかった。それどころか、おそらく死因も知っているだろう。廣州街には早起きで口さがない年寄りがわんさかいる。わたしが豆花を買っている間にも、植物園の方からは年寄りたちの社交ダンスの音楽が聴こえ、日課の早朝太極拳のためにきびきび歩いてゆく郭爺爺を見かけた。「でも腐っちゃいけないよ」と、豆花売りはつづけた。「人間本来叫苦境(人の世はもとより苦しいもの)、快醒快悟免傷心(早く悟れば傷つかずに済む)。おれだって子供を亡くしているんだから。残ったのはちょっとおむつの弱い末っ子だけさ。それでもどうにか生きていかにゃならない。こうやって豆花を一杯一杯売ってね。たいした稼ぎもないが、まあ、食ってはいける。それが大事なんだ、そうでしょ?今生の苦しみから逃げてちゃ、あの世で清らかな幽霊になれないからね」(171p)2017年10月読了
2017年11月06日
コメント(0)

「荒神絵巻」こうの史代絵と文 宮部みゆき原作私は新聞小説を毎日読んで一作を読み通したことはない。もしも毎日新聞をきちんと読む習慣を持てば、新聞小説もその張りになって普通の小説を読むだけではなく毎日挿絵と共に味わう新聞小説読み手だけに与えられた愉しみを堪能出来たのかもしれない。私はまだその域に達していない。ただ、小説が本になった時に、あの膨大な挿絵がそのまま本に付随することはなく、ほほ全てが闇に葬られることは残念に思っていた。この「荒神」は、なんと「この世界の片隅に」を描いたこうの史代が挿絵を描いていたという。それが闇に葬られるのは、こうのファンにとってはあまりにも残念なことだったことだろう。その意を受けて、異例の一冊になった。よくある絵のみを並べたものではなく、原作をこうの史代自身が換骨奪胎して絶妙に縮めて文と絵を同時に鑑賞出来るようになっている。原作のあらすじとしては長過ぎ、原作そのものからは、微妙な味わいは無くなっているが、原作を読んだものにとっては、いったい何処を削ったらここまで短く出来るのか不思議なほどの、セリフ含めてほぼ全てが網羅された要約をしている。これを読んで、原作を読んだ気になるのも困るが、原作を読んだ者があの複雑な政治的・怪奇物語を丁寧に反芻理解するには、格好の一冊になっていると思う。何より、こうのファンにとっては、挿絵ほとんどと、描き下ろし挿絵が載っている。しかも、新聞連載時にはわかるはずもない、全てがカラーで載っているのである。原作を読んだだけでは、ハッキリわからなかった「怪物(荒神)」の具体的な姿、まるでその後に登場したゴジラの如く次々と変化していくその様が、初めて納得するように我々の目の前に現れたのも嬉しかった。全編カラーなのに、定価1200円でお求め易いのも嬉しいところ。2017年10月21日読了
2017年11月05日
コメント(2)

「枕草子・方丈記・徒然草」酒井順子・高橋源一郎・内田樹 訳、池澤夏樹個人編集 河出書房新社「枕草子」の冒頭を知らぬ者はおそらく居ないほどなのに、その本当の内容を知っている者は、果たして日本人の何%なのでしょうか。春はあけぼの、から自然を語って数ページで終わり、ではなく、正に延々と(宮中から見える)世の中の森羅万象を、清少納言の価値観で評価付けする所謂百科全書みたいなものだったのである。いわゆる自然と生活描写だけでなく、日記あり、掌小説あり、なのだ。私の思ったのは、これは日本最初の大衆雑誌ではないか?或いはヒルナンデス、或いはバイキング。時に知的で、時に下品、時に独断専行。1番の読者は中宮定子だったかもしれないが、いつからか宮中女房全員に読者は移ったのかもしれない。清少納言の知性は、隠しようがない。しかし、その知性は世界を作ろうとしない。その代わり、世界を語り尽くす。思うに、日本の女性の本性を描いて、日本は突然その高みの頂点近くまで行ったかもしれない。嘘だというのならば、現代の放送作家で、彼女よりも幅広く、深く、エンタメに、ホンを書ける人がいたら教えてほしい。「方丈記」は、三大随筆の中で、全文を読んでいる唯一の作品である(短いからね)。訳者は、大震災を経た現代、この人しかいないでしょ、と思える高橋源一郎。流石、ポップな現代文に蘇った。そうやって読んでみると、大震災の描き方が、ルポ的なだけじゃなくて、前半の「現代の首都・京都」という大都会の有様そのもの(大厄災・飢餓・貧困)が、そのままストレートに現代の日本に繋がっているのである。大都会の人間どもが1000年経っても同じことをしている証しだと思われる。高橋源一郎の料理の仕方面白かった。「徒然草」は、もしかしたら他の訳書で全文読んでいたかもしれない。至る所に聞いたような事が、書かれている。しかし、読後の感慨は新たなものだった。兼好坊主は「どれも『源氏物語』や『枕草子』などに繰り返し言われていることであるが筆に任せて書き散らすよ」と宣言している。これも、当時の週刊誌的な傾向を持っているが、枕草子のような繊細さはない。かなり説教くさい。もちろんエンタメ志向なので、ユーモアもある説教である。俗言も多いが、例えば第92段のような卓見もある。三大随筆。こうやって訳書でスラスラと読んでわかるのは、1000年前に日本語は突然随筆の頂点近くまで登ったのだということである。2017年10月読了
2017年11月04日
コメント(2)

「キトラ・ボックス」池澤夏樹 角川書店一気呵成に読んだ。最後は不覚にも涙した。これは見事なエンタメである。「こんな結果になって驚いていることと思う。また私と君の仲だから悲しんでくれていると思う。これは定まったことではなく、私が選んだ道だ。この国で長寿の果てに身罷るはずもなかったのだが、他ならぬ今というのは私が決めた。人には死ぬのにふさわしい時というものがあって、私の場合はそれが今だった」(147p)この世界には、これが見つかれば考古学的大発見、歴史が一瞬にして変わるというものが幾つかある。例えば雄略天皇の実在が確定された稲荷山古墳の鉄剣もそれに類似したものだった。しかし何よりも欲しいのは邪馬台国時代の封泥。それによって、8割ぐらいの割合で邪馬台国の場所を確定できる。もちろんそんなありきたりな物語を池澤夏樹は作らない。ここで出て来たのは、キトラ古墳の被葬者を特定し、なおかつ当時の最大事件である壬申の乱の新解釈を呼び起こし、なおかつ当時の人々の想いさえも再現する超一級の遺物であった。因みにここで出てくる遺物や遺跡が、あまりにも真に迫っていたので、日月神社の存在、そこから見つかった鏡と銅剣、トルファン出土の禽獣葡萄鏡と大三島の大山祇神社の禽獣葡萄鏡が同じ鋳型だったこと、岡山県美作市の鍛冶屋逧古墳の存在、それらは検索してみたら見事な「ウソ=創作」だった。前回の「アトミック・ボックス」の登場人物が出てくるとは知っていたが、まさかこんなにもゾロゾロ出てくるとは予想していなかった。嬉しい誤算であり、それだけでもワクワクしながら読んだ。ストーリーはきっちりエンタメ・考古学サスペンスの部類に入るのだが、前回と同様に幾つかの瑕疵があるのを指摘せざるを得ない。中国政府やウィグル独立運動当事者は、ここに描かれているほど甘くはない、と私は思う。しかし、そんなものは私には決定的な瑕疵ではない。ここにあるのは、あり得たかもしれない歴史の中の「友愛」である。それは信じることができる。それだけでも嬉しい。2017年10月、日本の歴史の曲り角になる選挙が終わった翌日に読了。
2017年11月03日
コメント(0)

日本平和大会in岩国2日目。私は「憲法9条守れ、戦争法廃止、自衛隊を戦場に送るな」分科会に参加した。記念講演は元山口大学教授・歴史学者・元野党共闘の候補者の纐纈厚(こうけつあつし)氏。講演内容よりも、分科会発言を受けてのまとめのコメントが分かり易かったので、それをそのまま紹介する(文責はもちろん私にある)。そのまま分科会発言全体のまとめにもなっているとも思う。皆さんの報告を受けて、自衛隊の防衛戦略は、西日本にシフトしていることが改めて浮き彫りになった。自衛隊幹部は、今増強されている自衛隊の事を「国家価値低下を防ぐ最後の砦」と言っている。私はこれを「自衛隊ナショナリズム」と言っている。そもそも戦後日本は右翼国家として始まった。だから、皆さんが「日本が右翼化した」というのは正確ではない。それを運動で防いできたのが戦後だった。自民党は21世紀戦略で、小選挙区制度など既に対策を打っている。我々は既に立ち遅れている。私は「(今までの平和運動が)憲法にぶら下がっている」とかキツイことを言ったが、実際我々は悠長なことは言っておられない。新しい平和戦略に脱皮しなくてはいけない。岩国基地の軍民一体利用などは、憲法があるための露骨な軍事化を回避する政権の知恵だった。改憲後にはこれが「露骨な軍事化」になるだろう。政権の進めるのは、「管理・統制・動員」である。それが露骨になる。こんなこと、今の若者もイヤに決まっている。それに対し、我々は「三反三自(さんぱんさんじ)」で戦略をつくらないとならない。即ち、「反戦・反帝・反ファシズム」そして「自由・自治・自律」である。今は危機(クライシス)。この語句はギリシャ語のクリシス(分かれ道)から来ている。だから、危機はチャンスなのだ。分かれ道を乗り越えて共闘する。その後に平和が来る。分科会は、基地問題の報告が八割型だった(120名が参加した大きな分科会だった。改憲反対運動をもっと聞きたかったのに残念だった)。戦争法可決後に、本物の戦争が迫っている情勢が見えて来たとも言える。印象に残ったのをメモする。小牧市。戦争法で、自衛隊も空中給油ができるようになった。また、名古屋の三菱重工てアメリカ軍隊経由で、F35ステルス戦闘機38機を組み立てることになった。この戦闘機は今年の試運転で早くも緊急着陸をした欠陥機。これが我々の頭上を飛ぶ。長崎・佐世保。米軍との共同訓練で、今年が水陸両用部隊訓練の仕上げの年だった。これで、米軍と同じ水陸両用部隊を持つことになった。神戸市。「憲法」という言葉がある企画には一切「後援」を出さなくなった。市長は「平和市長会に入っている」ことさえ知らなかった。非核神戸方式の3.18集会に後援メッセージを出させることはなんとか出来たが、今はこれが「闘い」になっている。埼玉。オスプレイの飛行ルートを明らかにして、いま自治体と懇談している。無通告の飛行である。自治体は、みんな大きな関心を持って聞いてくれる。我々は「これは移動ではなく、訓練である」ことをルートを示して明らかにした。岩国。岩国から出撃した戦闘機が、山陰で「フレア」という火の玉を落として敵の戦闘機のレーダーを誤魔化す訓練をした。当局は「危険な行為をしていない」と言っているが。この前、約束違反の岩国市街地上空を戦闘機が飛び回った。ターゲティングポットというビデオカメラを搭載していたのがわかった。これは市街戦を想定した、データ収集の訓練だと思われる。防衛局は「わからない」という。米軍に問い合わせることさえしない。欠陥機F35の夜間空中給油訓練をしていることもわかった。岩国基地は、たいへん様変わりした。激変が起きている。名護。総選挙、小選挙区で3/4が勝った。毎金スタンディングしている。毎月19日は、名護市長選挙勝利の日であり、大西照雄さんの月命日、この日に行動している。東村のオスプレイ墜落の時は修学旅行の高校生が最初の映像をネットに流した。こういうのが起きると、直ぐに観光に影響する。米軍が観光を阻害していることを、保守も分かって来ている。名護市長選挙、必ず勝利する。人も金もお願いしたい。私も『参加』するという意味で発言をした。倉敷駅前で、戦争法成立前から54回続けている集会とパレードが「何故続けることができたか、結果何がわかったか」述べた。結論から言うと、「止める理由がなかった。皆さんもっと気軽に初めて続けたらいい。そして、世論は変わらなかったが、定着はしたし、怒りを持続できた」と述べた。名護の発言者が言った大西照雄さんには思い出がある。2006年の日本平和大会in岩国の時、既にガンに侵されていることを公表していたが、辺野古反対運動のリーダーだった大西照雄さんは、元気に平和大会に来ていた。懇談会の時「秘策があるんだ」と特有の人懐こい笑顔で語っていた。一つは、基地内に遺跡があることがわかった、発掘許可なしに開発出来ない。許可は、我が方の教育委員会の仕事だ。これだけでも何年も遅らせることができる。あれから10年以上、なんやかんやで、辺野古はまだ本格的に変貌していない。午後から、野外で閉会集会があった。岩国市役所前広場。岩国の現状について熱い訴え。「岩国市長も議会も米軍再編の岩国基地への米軍移駐を決定した。1万人の米軍が移って来る。これは問題解決しないままの見切り発車だ。岩国市民は、いまだ過半数は『基地強化』に反対している。粘り強く運動して行く」「岩国基地は沖合が拡大されただけではなく、米軍住宅や米軍施設が、街を侵食して行くように思う」と教師の発言もあった。そのあと、米軍再編を訴えて、2日間で1100人が参加した平和大会参加者は、岩国駅までパレードした。
2017年11月01日
コメント(0)
全25件 (25件中 1-25件目)
1
![]()

