全25件 (25件中 1-25件目)
1

明日から6日間東京旅をしてきます。外国は安く済ませようとしたならば、行きかえりだけでかなり時間が取られるのが嫌で、20年ぶりに東京ぶらぶら旅を選んだのですが、やはり日本の宿は高い。結局去年の台湾旅と同じかそれ以上の旅費になりそうです。以下、今読んでいる参考にした本。「東京下町こんな歩き方も面白い」緒原宏平、康ひ奉 収穫社新書タイプの下町散策エッセイ。ガイドブックじゃないけど、簡略な地図もあって、ちょっと使いやすい。歩くとすれば、やはり下町なのだと思う。浅草とその周辺。木馬亭や浅草演芸ホール、永井荷風が通ったと言う蕎麦屋「尾張屋」、モンブランの生ビールセット。玉の井周辺。永井荷風の墨東の雰囲気を果たして感じることはできるのか。出来たら、大根をお供えする待乳山聖天にも行きたい。立石の仲見世商店街の「宇ち多」や「多じ満」などのミニ酒場も行きたいが、立石様も拝みたい。しかもつげ義春の育った町だという。両国の辺りも、いろいろ行きたいところに目処がついた。さて、この旅どうなるか?
2017年12月29日
コメント(0)

「あじフライを有楽町で」平松洋子 画・安西水丸 文春文庫年末年始を東京で、過ごすことにした。それで食べ物系の文庫本を物色した。グルメガイド本には、食指は伸びなかった。グルメ旅に行くわけじゃない。でもせっかく行くからには、幾つかの店には「物語」が欲しかった。最初、手にとっていたのは池波正太郎の本。しかし、彼の人の行きつけは70年代、80年代の店である。今もその味で残ってあるかは疑問だと思い直した。次に手に取ったのが本書。最近小川洋子さんとの対談本を読んで、平松さんが同年代でしかも我が家から自転車で行く事が可能な距離に住んでいたと分かり、一挙に親近感が高まったと言うのもあるけど、グルメ本や料理本や料理薀蓄本ではなさそうだ、では何なのだろう、という興味が1番の選んだ理由である。もちろん、東京散歩の参考にもさせてもらう。行きたいのは、題名になっている有楽町東京交通会館「大正軒」のミックスA定食(メンチ・あじ・エビ)950円、新有楽町ビル一階「はまの屋」の玉子サンド、JR中野駅前の中野商店街入口右手「田舎そば うどん かさい」田舎そばかき揚げ370円、昭和通り沿い東銀座「ナイルレストラン」のムルギーランチ、志ん生行きつけだった湯島の天ぷら屋「天庄」。その他、作ってみたい料理も、幾つか。塩豆腐、イチジクの赤ワイン煮、ごぼう茶、柚子ポン酢、柚子ジャム、湯豆腐、白菜と豚肉の重ね煮、肉豆腐、白和え。全て、「自由な」生活の中に溶け込んでいるから、真似したくなるのである。2017年12月27日読了
2017年12月27日
コメント(0)

「悲嘆の門(中)」宮部みゆき 新潮文庫「復讐から導き出されるものは絶望だけだ。この二つの精霊(すだま)は一対のものであり、憤怒の子であり、嘆きの親なのだから」闇のように黒い瞳が孝太郎の瞳を覘き込む。孝太郎がこれまでの人生で見たことのない深淵の闇。光をも包み込む闇。それでいて冷たくはない。恐怖を与えない。傷ついて泣く子供を抱き、外の世界から隠して慰める闇。もう一度ガラは問うた。「それでも、おまえはその女の仇を討ちたいのか」孝太郎も身を起こし、その場に正座した。「そうだよ。だって、これはただの復讐じゃない。正義の裁きだ。これ以上犠牲者を出さないように、この領域を守るための正しい行いなんだ」ガラは孝太郎から目を離さずにかぶりを振る。「復讐と裁きは違う。似て非なるものだ。人と、人の形に似せて造られたものが異なるように」(185p)ダメだよ、孝太郎くん。ガラの言う通りだ。復讐と裁きは違う。でも孝太郎は肯んじ得ない。仇討ちに一段落ついても、もう止まらない。孝太郎よ、それが「業」だ。自ら「物語」を作っているのだ、と私は思う。嫌な予感がする。「おまえは後悔する」と何度も何度も予言されている。それが何か。幾つかフラグは立っているが、私にはわからない。下巻を読むのは正月明けになる。2017年12月26日読了
2017年12月26日
コメント(0)

文学日記(6)「海上の道」柳田国男柳田の最後の著書であり、様々な論議を呼んだこの論文を私は初めて読んだ。「日本人の祖先が、南方海上より流れ着いた人々であった」という論旨そのものは、現在では明確に批判・訂正されているので、改めて読むモチベーションがなかなか持てなかったのである。この全集では、まず「文学」として読もうとしている。「科学」と対立する文学という意味で、私も確かに文学であると思う。構造はほとんど随筆だからである。柳田は、青年の頃拾ったヤシの実からこの論を立てている。私は勘違いしていたが、ヤシの実を沖縄の浜辺で拾ったのかと思いきや、伊勢の浜辺で拾ったのである。そこから、様々な思いと民俗事象を述べた後に、中盤で初めて「宝貝」がキーワードであったと学術的な根拠を述べる構造は、もはや文学であろう。文章は美しい。だから、最後まで読めてしまう。思うに、柳田国男を文学者として読み直す作業は、まだ始まっていないのかもしれない。(17.12.23)
2017年12月25日
コメント(0)

文学日記(5)「神社合祀に関する意見」南方熊楠文学日記は池澤夏樹個人編集日本文学全集第14巻に移りき。この巻、我元々愉しみ待つ。民俗学は、日本文学か否か、元より日本文学なり。その謂、四人読後に記す。我大学在住の折、常民文化研究会に所属し、フォークロワフィールドワークの真似事をす。民俗学は科学か、文学か?講師と論議し、不明に終わる。突如その会話思い出すぬ。それより35年。民俗学は常に脳中不可忘。数年前、和歌山南方熊楠記念館を訪ねる。小字で埋め尽くされたノート、紙、凡ゆる標本、博覧強記、南方曼荼羅我を圧倒す。この小文、日本エコロジー論嚆矢也と世に云う。無論、我同意。唯、八割かた神社合祀政策反対論拠を(1)敬神思想を薄くし(2)民の融和を妨げ(3)地方の凋落を来たし(4)人情風俗を害し(5)愛郷心と愛国心を減じ(6)治安・民利を損じ、と論じ、輿論に訴え、政治家を説得す。文中、和歌山県並びに全国の合祀神社事案のみならず、水戸光圀、定家、西行、白石、他多くの日本古典を挙げ、モンステキュー、孔子、その他欧米の様々な地方を引合いにす。正に、博物学そのもの也。(7)史蹟・古伝を滅ぼし(8)学術上貴重の天然記念物を滅却す、と論じるに及んで、例えば次のように記す。わが国の神林には、その地固有の天然林を千年数百年来残存せるもの多し。これに加うるに、その地に珍しき諸植物は毎度毎度神に献ずるとて植え加えられたれば、珍草木を存すること多く、偉大の老樹や土地に特有の珍生物は必ず多く神林神池に存するなり。(45p)この後、怒涛が如く珍草木珍生物の名前出ず。全ては我は知らず。果たして絶滅せしか。守護の要は、金でも政策でも無し。敬神思想であり、民の融和であり、地方であり、人情風俗であり、愛郷心と愛国心であり、治安・民利である。蓋し、民俗学の核心也。2017年12月21日読了
2017年12月24日
コメント(0)

「ウソつきの国」勢古浩爾 ミシマ社私の書評は概して長いものが多いけれども、今回だけは短くまとめましょう。これは長い長い居酒屋のおっさんの「社会への悪口」である。決してウソを書いているとは思わないけれども、その場で聞き流すべき話だ。このおっさんは、一章の中で、いく十もの例を出しているけれども、ひとつもそれを掘り下げて語らない。誰がどういう背景で、何を語り、どういう反響があり、どういう問題点があるのか?特に、じゃどうすればいいのか、殆ど語らない。そして最後に言うのだ。「だから、日本はダメなのだ」もちろん私もそう思う。でも、こういうおっさんの愚痴話を聞いている暇は、私にはない。
2017年12月23日
コメント(0)

「温羅伝説 史料を読み解く」中山薫 岡山文庫岡山県民としての実感でいうと、温羅伝説がクローズアップされてきたのは、平成になってからだと思う。それまでは、ただ吉備津彦命が鬼退治をした、それが桃太郎伝説の基である、というのが県民の常識だった。やがて、鬼は実は温羅(ウラ)という名前で、実在したのだ。むしろ、在住の温羅の方が吉備地方の主人公だったのだ。という説が広まってきた。それは、古代の山城である鬼の城の発掘が進み、「うらじゃ踊り」で岡山市内をパレードする(全国的に流行した)地域発企画が大成功を納めて、はじめて本格的になった。しかしながら、古代山城の構造と歴史はかなりハッキリしたが、温羅伝説そのものの研究は、ほとんどされていなくて、異なる伝説(文献)が6つもあった事などはほとんど知られていない。だから、一応の文献批判と研究がなされているこの小さな文庫本は、後々の温羅研究の基本文献となるはずである。温羅伝説が注目されて30年、ここまで研究が遅れているのは、単に記紀などの中央史に研究が偏りすぎて、郷土史がなおざりにされている弊害だろうと思われる。「鬼城縁起」(室町時代)、「吉備津宮勧進帳」(安土桃山時代)、「備中吉備津宮縁起」謡曲「吉備津宮磐山トモ」(江戸時代初め)、「備中国大吉備津宮縁起」(江戸時代後期)、「備中宮縁起」(幕末期)の夫々を翻訳して、分析している。筆者は、温羅伝説成立を次のように推測する。14世紀の新山寺の僧侶が、記紀に見える吉備津彦命の吉備地方遠征と、この新山の鬼(鬼神)とを結びつけ、史実には存在しない吉備津彦命と鬼の戦闘を描き、鬼の死後の霊魂は、その恐ろしさの共通性から、吉備津神社に祭祀されている良御前に結びつけた。また、矢喰神社、鯉喰神社の伝説が、温羅伝説創作に都合が良かったので、伝説に取り込んだ。矢喰神社の矢の衝突の件は、壬申の乱或いは源平合戦における木曽義仲と妹尾兼康の戦闘伝説の可能性もある。そして、これ以降吉備津神社の神官の手により、各時代に追加、修正、補足されていった。私に資料批判の批判は出来ない。しかし、一定の説得性はあるように思えた。個人的に一つだけ、私に興味深かったのは、鬼城縁起において吉備の中山を昇龍山と呼び、300もある龍の昇天した山の最初と位置づけていること。昇龍を大王の継承秘儀だと推測すれば、やはり特殊器台秘儀は、昇龍秘儀だったかもしれない。しかし、その秘儀が発明されてから1千年以上経ってからの文章なので、単に興味深いだけのエピソードなのではある。2017年12月20日読了
2017年12月22日
コメント(0)

文学日記(4)「雲のゆき来」中村真一郎江戸時代の漢詩人元政上人の生涯と作品を辿りながら、若い国際女優の楊(ヤン)とその父を巡る旅をすることになった「私」の小説である。この本の中では、1番長い。私はさらっと読んだ。元政上人を巡る文章は、ほとんど学術論文の如しであり、キチンと読めば面白いのに違いないと思うのだが、途中からほぼほぼスルーした。楊女史とのやり取りも、冒頭と比べるとかなり読みやすいが、かなり飛ばし読みした。それでも読み終えるのに、5時間ほどかかった。面白かった。「私」は、なぜ藤原惺窩や林羅山や伊藤仁斎や石川丈山ではなく、ほぼ無名に近い元政上人に心惹かれたのか。当代の「世界」である中国を日本人でありながら、自らのものにし、「異なる伝統の調和を実現」し「美しい精神の舞踏」を舞った知識人として、自分を見たということが一つ。もう一つは「私的体験」として、元政上人の生涯が中村真一郎と女性との関係との合わせ鏡になったのではないか?という推測(池澤夏樹)がなされている。池澤夏樹は「若かったぼくがこの作品に知識人として生きる覚悟を教えられ勇気づけられた」(476p)と告白している。父の福永武彦からその教示を受けないのは分かる。また、池澤夏樹は加藤周一も選ばなかった。中村真一郎を選んだ処に彼の「矜恃」を見る。私はこの作品に、もう一つの「合わせ鏡」を見た。「うまく作られた小説家」である中村真一郎と、「うまく作られた評論家」である加藤周一という合わせ鏡。不幸を描く小説家、展望を語る評論家。しかし、世界を観るレンズは、この小説を読んで思うが、同じ精度を持っていた。加藤周一が当初目指した小説は、このような内容だったのではないか?しかし、加藤は遂にこんなに「うまく」は小説を書けなかった。1966年作品。「死の影の下に」五部作、「頼山陽とその時代」、「神聖家族」、「四十奏」四部作等々旺盛な創作活動の知の方向は、加藤とは違っていたが、方法論はかなり似通っていた予感がある。しかし、それを検証するのは、まだ20年ほど先にしたい。2017年12月20日読了
2017年12月20日
コメント(0)

「スターウオーズ ep7 フォースの覚醒」お正月映画です。新作公開のこの時期に、あえて前作を紹介するのは、これを機会にスターウォーズの世界を知ってもらいたいからです。去年6月に指摘しましたが、エピソード(以下ep)1、2、3におけるストーリーが、ナチスの独裁政権獲得の過程をなぞっています。その他、多くのマニア的な見方があるんです。毎回誰かが「嫌な予感がする」「フォースと共にあらんことを」と言います。その他、ep4とep7の類似点は、レジスタンスの存在やならず者の居酒屋等々たくさんあります。そして、必ず冒頭「遠い昔、はるかかなたの銀河系で」という言葉から始まります。つまり、これはSFスペースオペラであるのと同時に、壮大な神話物語であり英雄叙事詩なのです。繰り返しの展開が、却って大きな魅力になっています。特に、「父親殺し」がシリーズの大きなテーマとして立ち現れていると、私は思っています。父親か、父と慕うほどの師匠を殺してしまう。そのあとに、英雄として再生するか、アナキン・スカイウオーカーがダース・ベイダーとなったように暗黒面に堕ちるか、が物語の最大のクライマックスになるはずです。ep6から一挙に30年の月日が飛んで、このep7に移っています。この間、独裁者シス卿を倒し、フォースという不思議な力をコントロールするたった1人のジェダイになっていたルーク・スカイウオーカーは突然姿を消し、新たにファースト・オーダーという帝国が現れました。共和国側のルークの妹のレイア姫は劣勢を強いられています。両陣営にとり、ルークの場所を突き止めるのが事態を突破するカギとなり、ep7は突き止めるまでの話となりました。一般に古今東西の英雄譚は、次のような構造を持っていると言われています。「英雄は日常から召喚され、旅立ちをし、死地に向かい、様々な試練に逢い、そして勝利或いは大きな恵みを与えられ、帰還して物語を終える」ルーク・スカイウオーカーは正にその過程を経ました。さて、新たな女性の主人公レイは、ルークやアナキンと同じく砂漠の星から召喚され、様々な試練にあいます。いったいどのように着地するのか。ep7から他のシリーズを確かめてもいいし、とりあえず新作ep8を観てもいい。TVでは、映像のこだわりは解りにくいかもしれませんが、大画面で見ると隅々まで作り込んでいることがわかります。ぜひ、このシリーズにはまってみてください。(2015年米 J・J・エイブラムス監督作品、レンタル可能シリーズは全て旧作料金)
2017年12月19日
コメント(0)

「エキタス 生活苦しいヤツ声あげろ」エキタス+今野春貴・雨宮処凛 かもがわ出版新しい反貧困運動が始まっている。エキタス代表の原田仁希さんの話を聞いていると、かなり戦略的だ。SEALDsなどの反安保法制運動が盛り上がっていた2015年に、次に来るのは経済問題でなければならないと思って、あえて「最賃を1500円に引き上げろ」というイシューを前面に押し出して法制が強行採決された9月にエキタスを立ち上げている。対談の「最後に一言」で彼は言う。「市民運動と労働運動を結節していくという方向でエキタスを広げられたらと思います。エキタスは最賃1500円、加えて職種別・産別最賃の確立をはじめ、それに絡んで中小企業支援とか社会保障の充実をかかげていますが、これらは流れとして広がる可能性があると思っています。自画自賛ですがが、この運動はセンスがいいし、考えれば考えるほど大事だなと思います」(144p)デモも、わざと明るいものにしたり、ゴールドを意識的に使っている。同じく代表の栗原耕平さんも言う。「最賃1500円というのは、若者だけの問題じゃない。高齢者、主婦パート、シングルの女性たちも生活は楽じゃないし、最賃問題を大きく打ち出しながら、青年ユニオンやPOSSEなどと協力して、反貧困の大運動をつくっていこうと思っています。連合や全労連もこのままじゃいけないと思いはじめているのて、ここ数年のうちには、スケールの大きい国民運動をつくんないといけないだろうなと思いますね」(145p)今野さんは、豊富なデータを基に、そもそもはじめから社会福祉政策が貧困だった日本で、それをなんとか支えていた大企業がこの十数年で急速にブラック企業化してきたのが、現代の貧困を、深刻なものにしていると喝破する。全体が貧困だから、スマホを持っているような貧困女子高生を「ニセ貧困」と批判するような社会にもなった。POSSEと、この対談に参加した青年ユニオン、そして幾つかの労組などとの共闘が既にこの本の中で語られている。非常に頼もしい。SEALDs以外に、数多くのクレバーな若者たちが立ち上がりつつある。そのことの発見が、この本を読んだ最大の成果だった。2017年12月17日読了
2017年12月18日
コメント(0)

「悲嘆の門(上)」宮部みゆき 新潮文庫今年のお正月文庫は、この上中下三巻になりそうだ。「英雄の書」の続編らしいが、今のところ、あの書の登場人物どころか、異世界への入り口も現れてはいない。むしろ、アルバイト仲間の失踪の謎を解き明かそうとする大学一年生の三島孝太郎くんや、お茶筒ビル屋上にあるガーゴイル像が動くという謎を解き明かそうと動き出した元刑事の都築茂典氏の描写を含めて、連続する猟奇事件の怪異といい、極めて「模倣犯」などの現代小説のスタイルを保っている。しかしながら、起きている出来事は、直ぐにでも異世界に入って行きそうなことばかり。果たしてどう決着つくのか。子供の貧困、裏サイトでのイジメ、等々、現代社会の闇を背景に映しながら、それとは違う景色が出てくる予感がある。第一章の山科社長と孝太郎くんとの会話の中に、おそらくこの作品のテーマが隠れている。あのシリーズの続編だとしたならば、だ。「溜まり、積もった言葉の重みは、いつかその発信者自身を変えてゆく。言葉はそういうものなの。どんな形で発信しようと、本人と切り離すことなんか絶対にできない。本人に影響を与えずにはおかない。どれほどハンドルネームを使い分けようと、巧妙に正体を隠そうと、ほかの誰でもない発信者自身は、それが自分だって知っている。誰も自分自身から逃げることはできないのよ」うちのおふくろだったら〈やったことは身に返る〉という言い回しをするだろうと、孝太郎はふと思った。(176p)今年は、ネットで言葉巧みに自殺願望者を誘いこんでいた、連続猟奇殺人鬼も登場した。小説の世界が現実化するスピードが速くなっている。2017年12月14日読了
2017年12月17日
コメント(0)

「ビッグイシュー324号」ゲット!最終ページのビッグイシュー販売場所一覧を見て驚いた。ビッグイシューの販売者が減って、2年続けての赤字になっていたのは知っていたが、中国・四国・九州地方で販売者が岡山市と熊本市にしかいないのである。大都市の福岡市も、今や休止中になっている。広島にはずっと前からいない。兵庫県以東も主に大都市にしかいない。そういうわけで、今や岡山市天満屋前のアリスの広場周辺で、赤いジャケットを被ってビッグイシューを売っている彼は、貴重なのだ。そこでしか買えないのだ。あとは、「年間購読」でしか手に入れることができない。「一冊ください」だけでいいと思う。あとはそそくさと逃げるように帰っていい。販売者さんは感謝こそすれ、なんとも思わないですよ。世の労働者は、正月明けの4日から勤務が普通だけど、彼は毎年正月2日から販売するそうだ。この勤勉さ。「路上生活者は怠け者だからそうなるのだ」と偏見を持っている者は考えを改めて欲しい。今回の表紙は、イギリスの元ビッグイシュー販売者ジェームズさんの飼い猫ボブの第二弾。前回はソールドアウトだったらしいが、岡山市の販売者さんによると「今回も調子はいいですよ」とのこと。私は好きな俳優の表紙には心踊るけど、それよりも遥かに多人口のネコ好きの人々がいるということなのだろう。ジェームズさんの日本訪問時の手記が載っている。映画を私も観たが、現実のボブが、俳優のネコよりも遥かに役者魂を発揮していた。「2012年当時に望んでいたのは、知られていない世界に光をあたえること。多くの場合は本人たちに落ち度はないのに、社会から見放されホームレス状態となっている人々の窮状に気づいてもらうことだった。はじまりの地、英国トッテムから東京まで、まさにそれが現実となっていると知った私は、うまく言葉にできないが、誇らしさでいっぱいだ」(6p)その他、ながくHIV/エイズ陽性者の支援にかかわってきた生島嗣さんのインタビューは、知らないことが多かった。こういうことがわかるから、この雑誌は貴重な情報源なのである。
2017年12月16日
コメント(0)

文学日記(3)「廃市」福永武彦。「いずれ地震があるか火事が起るか、そうすればこんな町は完全に廃市になってしまいますよ。この町は今でももう死んでいるんです」(230p)直之の予言通り、町は火事になって町並みはあらかた焼けたという新聞記事を読んで、10年前にそこで卒業論文を書いていた主人公はその町で起きたことを回想する。そういう形で成り立つ短編である。(写真集だけを見て作ったらしい)柳川を想起させる掘割の町に、庶民の芸術が京都並みに発達したベネチアを思わせるような風土、古めかしい兄夫婦と、その若干明るい妹。しかし、彼らは10年前に滅びているはずだという前提で作られたお話。「世界の終わり」は趣味ではないので読めなかったが、この作品は面白かった。火事や地震によって、廃市になった町を、平成の我々は、なんと20年間に3ー4度も見てきた。神戸、三陸、鳥取。しかしながら、我々はそのあとに不死鳥のように動き出した人々を知っている。火事や地震の前に、既に死んだような気になる直之や郁子さんや、そして安子さんの最後は、福永武彦の心象風景として、培われてきたものなのだろう。どちらが悪いということもなく、滅びの風景を見ておくのもやはり必要なのだと思う。直之の自殺は、どうしても納得いかないが、あり得る話と思わなくてはならない。(1960年刊行)(2017年12月13日記入)
2017年12月15日
コメント(2)

後半の三作品です。「クボ 二本の弦の秘密」「またばきすら、してはならぬ」町の情景や、折り紙、楓の美しさ、三味線や刀の小道具などを精巧に作っているので、日本文化をリスペクトしているのは伝わってくる。しかし、キチンと学習してその上で物語を作ったのわけではなく、あくまでも日本風の物語である。町の住民は、武士、町民、百姓が混在して平等に登場し、平等に精霊流しを行っていることからもわかるし、平安時代か、江戸時代か、戦国か、混在している主要人物たちに、むしろ「無国籍ストップモーションアニメ」として、見た方が早く物語世界に入れるだろう。ラスボスを殺さないラストは日本型アニメとも言えなくはない。英雄は、召喚されて旅に出て、異形のものを共とし、そして、最大の敵を倒して「帰還」する。英雄譚の王道をキチンと描いて、クオリティ高いアニメを実現し、更には間違った価値観と対決する共同体の論理を、日本のコミュニティに置いていて、アメリカのアニメーターの新しい風を感じさせる作品となった。チラシに次世代ジブリという文字も踊っているが、方向性が違う。言わないでほしい。(解説) 主人公は、三味線の音色で折り紙に命を与え、意のままに操るという不思議な力を持つ少年・クボ。彼の眼帯の理由は、幼い頃に闇の魔力を持つ祖父に狙われ、父を失い、そのときに片目も奪われてしまったため。最果ての地まで逃れてようやく母と安寧の時を過ごせるかと思いきや、クボはさらなる闇の刺客によって母さえも失くしてしまう。 道中に出会った面倒見の良いサルと、ノリは軽いが弓の名手のクワガタという仲間を得て、父母の仇を討つ旅を続ける少年・クボ。だが彼は自身が執拗に狙われる理由が、最愛の母がかつて犯した悲しい罪にあることを知る……。日本の寓話をベースに描かれた壮大な物語を作り上げた本作の監督は、黒澤明や宮崎駿を敬愛する大の日本マニアで、次回作に『トランスフォーマー』シリーズ初のスピンオフ『バンブルビー(原題) / Bumblebee』も控えているトラヴィス・ナイト。2017年19日シネマ・クレール★★★★「ジャスティス・リーグ」冒頭の「スーパーマンがいなくなったことを悲しむ歌⁉︎」に、テロによる憎しみの連鎖、そして貧困という、アメリカの抱える悲しみがわかりやすく描かれていて、話はかなり壮大なのだけど、結局は身近な「悲しみ」を解決するのが「ヒーロー」なんだという、このシリーズのコンセプトも見える気がした。ラストソングの「カム・トゥゲザー」も良かった。話の展開は、有る程度予想していたけど、まさかあそこまで今まで出ていたキャラが出てくるとは思わなかった。敵は、弱かった。アマゾン族やアトランティス族は簡単にやられたけど、これはおそらく話の都合上なのだろう。それよりも、話の中心は「あの方」のお話だったということだ。幾つか、瑕疵がある。スーパーマンは、民衆から総スカンを食らっていたはずだ。どうしてあっという間に喪失感に変わったのか。マザーボックスのエネルギーは、途轍もないはずだ。それなのに、あの結果になったのはよくわからなかい。STORYブルース・ウェイン(ベン・アフレック)は、スーパーマンの捨て身の行動に影響を受け、再び人類を信じるようになる。彼は新たな相棒ダイアナ・プリンス(ガル・ガドット)の手を借り、強敵との戦いに備えて準備を進める。バットマンとワンダーウーマンとしてお互い協力を約束した彼らは、共に戦ってくれるヒーローたちを集めるが……。キャストベン・アフレック、ガル・ガドット、ジェイソン・モモア、エズラ・ミラー、レイ・フィッシャースタッフ監督:ザック・スナイダー2017年11月23日Movix倉敷★★★☆「ジュリーと恋と靴工場」ダメだった。歌が口パクだとわかってから、或いはジュリーが全くイケメンという理由だけで自らプレイボーイだと歌っている男とすぐに一夜を共にした時から、かなり寝入ってしまった。いや、もともと私はミュージカルが苦手なのだ。「シェルブールの雨傘」も熟睡していたぐらいなのだから。もうこれ以上、言うことなし。(解説)靴工場を舞台に“赤い靴=戦う女”を履いた女性たちが人生を切り開く、心躍るフレンチ・コメディ・ミュージカル!〔脚本・監督〕ポール・カロリ、コスティア・テスチュ〔出演〕ポーリーヌ・エチエンヌ『EDEN/エデン』オリヴィエ・シャントロー『メルニモンタン 2つの秋と3つの冬』フランソワ・モレル『ゼロ時間の謎』2017年11月30日シネマ・クレール★★
2017年12月13日
コメント(0)

11月に観た映画は6作品だった。一作は10月に観たのを感想書き忘れたもの。だから、実質5作品しか見ていない。秋になって大きく鑑賞作品数が減少している。これはひとえに〆切地獄に引っかかったためである。今年はこれで推移するので、はたして年間100作を超えるかどうか不安だ。前半3作品を紹介する。「ローサは密告された」第三黄金期フィリピン映画界の鬼才らしい。カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲ったローサ役のジャクリン・ホセが特別凄い演技をしているわけではなく、まるでドキュメンタリーと見間違うような映像と脚本、限られた登場人物たち全員に俳優賞をあげたい気分である。登場人物全員に共感はしないが、全員根っからの悪人とも思えない。その背景には、貧しく歪な開発が行われている東南アジアの現実があるのだろう。警官たちの巧妙にしかしあまりにもセコい上前はねの仕組みを見事に映像化しているだけでなく、カネを作るためにローサの息子娘たちが行く街の映像が、見事にフィリピンの現実を表していた。なかなかの力作。(解説)東南アジア最大のスラム街を擁するマニラ。この無法地帯でただ毎日を生きる、ある女の物語。ロドリゴ・ドゥテルテ大統領による過激な麻薬撲滅への道程をここに見る。ローサはマニラのスラム街の片隅でサリサリストアを夫ネストールと共に経営している。かつての日本の下町のように、密接して暮らす人々のつながりは深い。ネストールはいつもだらだらしてばかりだが気は悪くない。店を切り盛りするのはローサ。ローサには4人の子供がおり、彼らは家計のため、本業に加えて少量の麻薬を扱っていた。ある日、密告からローサ夫婦は逮捕される。さらなる売人の密告、高額な保釈金……警察の要求はまるで恐喝まがいだ。この国で法は誰のことも守ってくれない。ローサたち家族は、したたかに自分たちのやり方で腐敗した警察に立ち向かう。2015年現在のフィリピンの貧困率は約22%、その多くがひしめき合ってスラムに暮らしている。スラムでは犯罪は絶えず、薬物常習者、密売人も多い。しかし、警察は押収した麻薬の横流しや密売人への恐喝など“捜査”の名のもとに私腹を肥やし、悪事がバレそうになれば暴力も殺人もいとわない。ロドリゴ・ドゥテルテ大統領就任後、麻薬に関わる者は警察・自警団により超法規的に殺され、恐れをなして自首する者が後を絶たず、刑務所の収監人数を大幅に超えているという。一般市民が貧困から麻薬密売に手を染めた結果、警察から命を狙われるという麻薬撲滅戦争の恐怖の連鎖が、『ローサは密告された』に垣間見える。第69回カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞!本年度アカデミー賞外国語映画賞フィリピン代表!世界三大映画祭でも高く評価されているブリランテ・メンドーサ監督最新作。45歳のデビュー作「マニラ・デイドリーム」で第58回ロカルノ国際映画祭ヴィデオ・コンペ部門金豹賞を受賞し、「第3黄金期」と呼ばれる現在のフィリピン映画シーンを牽引しているブリランテ・メンドーサ。世界三大映画祭であるカンヌ、ヴェネチア、ベルリンすべてのコンペティション部門でその作品が上映され、世界中で50を超える賞を獲得、第62回カンヌ国際映画祭では「キナタイ-マニラ・アンダーグラウンド-」で監督賞を受賞、クエンティン・タランティーノやショーン・ペンがその才能を絶賛するなど、世界中で高い評価を得ている。本作は第69回カンヌ国際映画祭で、クリステン・スチュワート、シャーリーズ・セロン、レア・セドゥ、イザベル・ユペールらを抑えて、ローサを演じるジャクリン・ホセにフィリピン初の主演女優賞をもたらした。審査員のひとりだったドナルド・サザーランドはホセを「超一流の演技」と絶賛し、キルステン・ダンストはラストシーンで感極まって落涙したと告白している。第54回ヒホン国際映画祭監督賞受賞、本年度のアカデミー賞外国語映画賞フィリピン代表にも選出。世界から熱くし支持された『ローサは密告された』がまもなく日本に上陸する!2017年10月22日シネマ・クレール★★★★「ブレードランナー2049」2019において、なぜレイチェルのみが生きることが許されたのか?その謎がここで解き明かされる。しかし、それが本当なのだとしたら、レプリカントとは何なのか?異常な筋肉と、新世代は従順な性質を持つという以外、もうひとつ決定的な性質以外は人間と同じ。感情もあれば、涙も流す。2021年6月10日は、後に地球の歴史において、大きな画期となるかもしれない。今回、新世代レプリカントのKには、バーチャルな彼女が登場する。そういう意味では彼女も、学習を重ねて涙も流すし、相手に合わせて実に可愛らしい「心」を持つ。しかも、自分で判断したのか、他の女性レプリカントと同期して身体の関係さえ持つのである。そういう意味では、今回は彼女と人間の違いは何か、ということさえ問題になるだろう。Kにせよ、その「彼女」にせよ、そして人間にせよ、どこがどう違うというのか、答えの出ていない問が、約3時間のゆっくりとして濃密な映像の中で、何度も問われる。そのために、こういう長大な上映時間が必要だったのだろう。Kが最後まで「特別な存在」なのではないかと思っていたが、ラストカットで、明らかになった。それはそれで疑問の余地は無いだろう。レプリカントとは何なのか?今のところ、「エイリアンシリーズ」のアンドロイドとは、違う系統のようだ。でもまだ数十年間あるので、どうなるかはわからない。STORY2022年にアメリカ西海岸で大規模な停電が起きたのをきっかけに世界は食物供給が混乱するなど危機的状況を迎える。2025年、科学者ウォレス(ジャレッド・レトー)が遺伝子組み換え食品を開発し、人類の危機を救う。そして、元捜査官デッカード(ハリソン・フォード)が突然行方をくらませて以来30年の月日が流れた2049年には、レプリカント(人造人間)の寿命に制限がなくなっていた。キャストライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード、アナ・デ・アルマス、シルヴィア・フークス、ロビン・ライト、マッケンジー・デイヴィス、カーラ・ジュリ、レニー・ジェームズ、デイヴ・バウティスタ、ジャレッド・レトースタッフ監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ脚本・原案:ハンプトン・ファンチャー脚本:マイケル・グリーン製作:アンドリュー・A・コソーヴ、ブロデリック・ジョンソン、バッド・ヨーキン、シンシア・サイクス・ヨーキン製作総指揮:リドリー・スコット、ビル・カラッロ、ティム・ギャンブル、フランク・ギストラ、イェール・バディック、ヴァル・ヒル共同製作総指揮:イアン・マッグローイン、オーサ・グリーンバーグ共同プロデューサー:カール・O・ロジャース、ダナ・ベルカストロ、スティーヴン・P・ウェグナー撮影:ロジャー・ディーキンスプロダクションデザイン:デニス・ガスナー視覚効果監修:ジョン・ネルソン衣装デザイン:レネー・エイプリル音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ、ハンス・ジマー上映時間163分2017年11月9日Movix倉敷★★★★「マイティ・ソー バトルロイヤル」最初はそうだったのかもしれないが、だんだんそうではなくなったと思っていたのだが、今回究極の「女神」が出てきたことで、やっぱりこれは壮大な姉兄弟の兄弟喧嘩なのだと思えてきた。人類の昔から、神様の兄弟喧嘩は、下界を巻き込むのである。結局毎回毎回彼らは死なない。ロキはもちろんのこと、ヘラの最期も描かれてはいないので、今度も出す気満々だろう。それにしても、ナタリーポートマンとは別れてしまったんだ。「振られた」のか「お互い振った」のかは藪の中。残念だ。アンソニー・ホプキンスも退場させた代わりに、今度はケイト・ブランシェットをソー組に入れた。イドリス・エルバという神様の仲間入りにふさわしい女性も入った。もうしばらくは、何作かは作られるだろう。テーマ音楽の壮大さが、とっても仰々しくて、マンガちっくな映像にあっていた。いいチョイスだったと思う。STORYアベンジャーズのメンバーであるソー(クリス・ヘムズワース)の前に、邪悪な敵ヘラ(ケイト・ブランシェット)が出現する。ヘラはソーの武器ムジョルニアを破壊し、ソーを宇宙の果てへと飛ばしてしまう。とらわれの身となったソーは、脱出を懸けてチャンピオンと対決することになり、彼の前に現れたのは……。(キャスト)クリス・ヘムズワース、トム・ヒドルストン、ケイト・ブランシェット、イドリス・エルバ、ジェフ・ゴールドブラム、テッサ・トンプソン、カール・アーバン、マーク・ラファロ、アンソニー・ホプキンス、(スタッフ)監督:タイカ・ワイティティ脚本:エリック・ピアソンストーリー:クレイグ・カイル、クリストファー・ヨスト、エリック・ピアソン2017年11月12日Movix倉敷★★★☆
2017年12月12日
コメント(0)
![]()
「刑事ゆがみ1~3巻」井浦秀夫 小学館ビックコミックス長いこと続いた「弁護士のくず」が終わって、井浦氏はいつの間にか、こんな秀作をモノにしていた。しかも直ぐに映像化。シリーズ化される可能性もある。才能もあるのだろうけど、周りのプロデュースも確かなのだろう。自由度の高い弁護士とは違って、警察組織はひとつのミスが(公になれば)首か飛ぶ世界らしい。普段は、あまりにもいい加減な生活・捜査をしている弓神(ゆがみ)刑事は、時々お手柄を立てるので辞めさせることも出来ないという設定である。弁護士の世界を20年近く描いてきて、そろそろ本格的な犯罪も描きたくなったのかもしれない。歪んだ視点から警察組織を見る、その狙いはOK。ただし、ちょっと強引な展開(弓神のカンという逃げは用意しているが)も目立つ。一巻目のように、9回かけて一つの事件を描くようなじっくりしたものを描いて欲しい。2017年12月10日読了
2017年12月11日
コメント(0)
![]()
「アオイホノオ1-2巻」島本和彦 小学館ヤングサンデーコミックスネットカフェで、ふと新刊の18巻目をとって眺め始めるとビックリした。バタ臭い忍者モノ漫画が描いてあるので、止めようと思い、パサパサとめくると、実は漫画家伝だった。しかも、最初のページに「実在の人物・団体等の名称が1部登場するが、あくまでこの物語はフィクションである。」という「ことわり」があった。これは日本独特の文化的慣習では、「8割歴史的事実である」と説明しているわけである。いや、藤子不二雄Aの「漫画道」を除けば、こんなに長編で漫画家物語が成立しているのは、もしかして無いのではないか?そういうわけで、あと一時間しかないけど、一巻から読み始めた。残りはまた機会がある時にレポートしたい。時は1980年代始め。大阪の大作家芸術大学(大芸大)映像計画学科一回生焔燃(ほのおもゆる)くんは、漫画の画のレベルがどんどん下がっているのを喜んでいた。つまり、自分も上手くはまり込む余地がある。というわけである(←ベースはギャグなので、そんな明け透けなホンネも描いている)。サンデーで人気はないけど、「ナイン」のあだち充を「俺だけは認めてやろう」と呟いたり、高橋留美子の「うる星やつら」が他の連載から浮き上がっているのを「でも俺だけは認めてやろう」と呟いたり、後から考えると「新しい時代」の到来を焔くろんは、そのように感じていたわけだ。私なんかは、この最初の数ページでとっても面白いのであるが、この作品、今まで漫画賞をとっていないところを見ると、大きく注目されてはいないと思える。しかし「俺だけは認めてやろう(笑)」。大学生は、流行に過敏である。「俺の目指す漫画はギャグやコメディ。今、漫画界はそういうジャンルが甘いからな」なんという鋭い分析で甘い計画なのか。それで「かっこいい絵柄でギャグをやろう」と決めた途端に細野不二彦が出てくる。そして漫研で矢野健太郎に出会う。他にも庵野はいるは、山賀博之はいるは、南雅彦等々のアニメーターまで実名で出てくるのである(あ、でもフィクションなんですよね)。2巻目には、なんと高橋留美子「めぞん一刻」連載開始の電車中吊り広告を見せてくれる。「高橋留美子が大人とつき会うと言う」ビッグコミックスピリッツの創刊号の広告である。いやあ、こんなのがあるからこの作品は素晴らしい。
2017年12月10日
コメント(0)

文学日記(2)福永武彦の「深淵」。信仰篤い処女の35歳女性と、放火殺人犯との出逢いと2人が堕ちてゆく様を描く。1956年刊行。この同じ年に「古事記」の現代語訳も出している。そのせいか、端正でおとなしい文章というイメージとは違う、荒々しい描写が続く。2人の交互の独白というスタイルは、今では珍しくはないが、この当時はどうだったのか。太宰かいたから、そんなには珍しくはなかったかも。ずっと、聖女のように周りから見られ本人もそう努力してきた女性の「隠れた欲望」が露わになるのは堀辰雄「ほととぎす」と同じ。現代小説なので、非常に精微に描かれる。そして1人の女が欲しいというただそれだけのために放火さえもする男は、もしその情熱を正しく向ければ、わたしの代わりに、天主さまを愛するようにならないでしょうか。もし、わたしがこの男に、肉体のほかに魂があり、わたしたちは永遠の魂のために生きているのだと教えることができたならば、そこに奇蹟の起きることはあり得ないでしょうか。(138p)男の本当の正体は、もっと奥深いものだったので、読者は女性の考えが浅はかであると直ぐにわかる。しかし、そもそも恋愛とはそういう勘違いで出来上がるのかもしれない。また、女はそう考えることで自分の欲望を正当化するのである。(17.12.07)
2017年12月09日
コメント(0)

文学日記(1)池澤夏樹編集日本文学全集を読み始めて3年が経った。この間に読んだ本は4冊。既刊順番に読んでいったが、第7巻「枕草子・方丈記・徒然草」だけは、去年の中頃の発行である。しかしやはり思い直した。この全集は発行順に読む方が面白い。この2年は忙しかった。この読み応えのある一冊をまるまる読んだ後に1000字から2000字の書評を書くのは、私には愉しみであるのと同時に手に余った。そもそも、ほとんどが文学史上の古典或いは名作なのだ。一回の書評にまとめる方が無理がある。しかし人生は短く、読んで書くべき書物はあまりにも多い。そこで私は、読み終わって書評を書くのではなく、この文学全集にだけ限っては、読みながら書くことにした。あまり斜に構えて書くと、いつまでも読み終わらない。興に乗った時にだけ読んで、その印象を書きなぐった方が、ホントの全体像は、文学全集30巻を読み終えた頃は出てくるのではないか?とも思った。まとまりをつけるために、題名冒頭に<文学日記>とだけ入れて数字を課す。今日はその第一弾。日記とあるから毎日載せるというわけではない。また、あまり興に乗らない作品は、書き飛ばすこともあり得る。それで今日は、2015年3月刊行、「堀辰雄・福永武彦・中村真一郎」の巻から始める。ここにどうして加藤周一が加わらないのか、という疑問は持ちつつも、この3人のチョイスは、やはり(福永武彦の息子である)池澤夏樹だなぁ、と思わざるにはいられない。堀辰雄は、平安日記文学の名作「蜻蛉日記(道綱母作)」から翻訳に似た小説「かげろうの日記」と「ほととぎす」が全集に選ばれた。なぜこれなのか。古典尊重の編集方針もあるが、昔読み飛ばした「風立ちぬ」では気がつかなかった、ヨーロッパ仕込みの見事な「平安文学の心理小説化」が此処にある。前回、森鴎外からもう一歩進んでみたのではないか?どこまで原典に即しているのかは、調べてみないとわからないが、平安貴族の生活が生き生きと描写されて、物忌みや、待っていることしか出来ない貴族女性の立場、子供のような道綱(藤原道綱)の振る舞い、揺れ動きながらたまに男を手玉にとる道綱母の行動など、なかなか興味深い。道綱も成人したころに、夫は他の女に産ませた「撫子」という少女を連れてくる。次第に情が移ってきちんと育て始めたころに、頭の君が撫子を求めてひつこいぐらいに道綱に連絡する。「まだほんの子供ですから」と「いや一目だけでも」何度も何度も同じやりとりをする中で、道綱母の中に女が目覚める。ー原典にこんな場面があるんだろうか?そんな気持ちを知ってか知らずか、あれほど通いつめていた頭の君が来なくなり、ついには他の妻を盗んでどこぞへこっそりと姿をくらましたという噂を聞く。「これは自分のせいだ」道綱母は確信する。ーーこの辺りは原典を確かめるまでもない、完全に堀辰雄の創作だ。1939年(昭和14年)の発表。既に「聖家族」も「風立ちぬ」も刊行して矢野綾子とも死別し、自らの病も篤くなっていたが、創作活動は活発で、加藤多恵と結婚したばかりだった。中村真一郎、福永武彦、そして加藤周一ら東大の若き知性が、堀辰雄を慕って軽井沢を尋ねるのはこの平安文学小説刊行後のことである。いつか、その後の堀辰雄が訪れたという大原美術館のエル・グレコに影響されたエッセイ「大和路・信濃路」や自伝「幼年時代」も辿り、その後「聖家族」「美しい村」「風立ちぬ」を紐解いてみたいと思う。17.12.06記入
2017年12月08日
コメント(0)

「無言宣伝 京都・北野白梅町駅頭 月曜日のアサ」「無言宣伝」編 ウィンかもがわ京都市長選を3回闘った井上吉郎さんが、2006年に脳梗塞を患い半身不随車椅子生活になりながらも、2013年から1人から始めた駅頭無言宣伝をしていることは、去年何処かの情報で聞いていた。月曜日のアサ、首から「異議あり!秘密保護法」「殺すな!殺されるな!」「採決するな!戦争法!」などの看板をぶら下げ、だいたい7時40分から9時まで駅頭に座り続ける。やがては、1人2人、7人、時には10数人が一緒に参加するようになる。この5年間は、秘密保護法、集団的自衛権行使容認の閣議決定、安保法制立法化、沖縄への強権発動、共謀罪法など、不幸ながらも訴えることに不足したことはなかったかもしれない。井上さんは、器用にもその全ての活動をFacebookを通じて発信し(「右腕不随意運動」を抱えているが、どのように打ち込んでいるんだろ)、またFB仲間の輪を広げている。また、駅頭を通過する人たちも、Facebookを見る限りは多くは暖かい視線があるのが特徴だ。市民も井上さんを観察して信頼し、井上さんも市民を定点観測している。「微力かもしれないが、無力ではない。」それを証明する動きが、この本の中にある。井上吉郎さんとは、京都生協専務時代に1度だけお会いしたことがある。その時にご助言頂いた加藤周一研究へのヒントは、未だ取り組むことができていない。そのことを加藤周一死去の時にブログで書いた。あとで、実名を載せたことが気になったが、未だお断りのご連絡ができていない。加藤周一関連記事の中で、これが最もアクセス数を稼いでいて、今さら編集し直しても意味ない状態になっている。そのことのお話ができるかどうかはわからないが、ぜひ1度無言宣伝に参加したいと、今、しきりに思っている。『居酒屋の加藤周一』白沙会世話人だった井上さんは、Facebookの中で、加藤周一の言葉を入れることが、他の作家よりも突出して多い。このような言葉も抜き出していた。『いかにすれば、戦争を廃止できるか。個人のなし得ることは限られている、とフォン・ヴァイツゼッカーはいい、「あなたは悲観論者か楽観論者か」という問いには、3匹の蛙の比喩でもって答えた。』詳しくは1992年8月の「夕陽妄語」を見て欲しい。「できることはもがくことだけだと考えた」(悲観論者でもない楽観論者でもない)現実主義蛙だけが「容器の外に逃げた」という比喩である。もがくだけもがく、それは井上さんの実感だろうし、私の実感でもある。2017年12月読了
2017年12月06日
コメント(0)

「洋子さんの本棚」小川洋子 平松洋子 集英社文庫小川洋子さんは岡山市朝日高校出身、内田百閒の居た古京町の隣の森下町で生まれたらしい。夕方5時、県庁のドボルザークの「家路」放送で家に帰るのは、あの街だけの特権だった。さらには、やがてしばらくは倉敷市に住んでいる(「玉島に10年住んでいた」というのは異議がある。倉敷市鶴の浦は玉島ではない)。平松洋子さんは、なんと倉敷市中島の出身、私より2歳上だから、何処かですれ違っていたかもしれない。渡辺和子学長がいた頃のノートルダム精心高校の出身。この本は、2人の洋子さんが、少女、大人の女性、その他人生の中で読んできた愛読書を持ち寄り、お互い読んで、お互い感想を出し合うというもの。本の世界は、ワールドワイドなので、倉敷市なんて関係ないのではあるが、時々ふと「共通の話題」として出てくるのが、とっても嬉しい。2人と私の興味関心は違うので、2人の提出した24冊のうちに、私の既読は(映画「道」を含む)3つだけだった。それでも、本が好き、という共通項があるので、ひとつひとつがとても面白かった。また、年代が似通っていることもあって、高度成長期に大人になって、歴史の激動に揺さぶられることなく、穏やかに読書を通してアイデンティティを確立してきた我々の世代を説明されていたような気もした。反対に言えば、穏やかな環境に居ても、人生にきちんと向き合えば、世の中の大切なことは理解するということなのだろう。以下私的メモ。⚫︎(平松)英語詩集の翻訳ノートを作っていた。一人遊びとして楽しかった。⚫︎忘れられない味(平松)宇高連絡船の立ち食い讃岐うどん「いまだに死ぬ前はあれを食べたい」(小川)年一回の天満屋屋上のカレーとか、お子様ランチ(←支持!)⚫︎「道」のジエルソミーナは、ほとんど「ザンパノ」しか言っていなくても、彼女の瞳を見ていると心の動きは全部わかる。類人猿の中でヒトが1番白目がハッキリしている。心の内を読まれないように、ヒトは言葉を編み出したのか?(ウソは言うな、と子供の頃から教えられるけど)ヒトは先天的にウソをいうようになっているらしい。(平松)誰かと理解し合いたいのにどうしても出来ない絶望感とか諦めは、誰もが経験する。⚫︎『美食放浪記(檀一雄)』「岡山はまた、ちょっとした食堂や酒の店に、必ずといってよいほど『雑煮』を売っている」「雑煮の具はブリであり、サワラであり、エビであり、穴子であり、カマボコであり、春菊であるが」あゝこういう雑煮だったな(平松)。(←コレ岡山市の雑煮だな。今では売っていないんでないかな)⚫︎旅について(小川)日常生活の中でとりこぼしている偶然が、必然として育っていく(平松)ある意味、自分のあり方の訓練。「これだ」と思った瞬間に感知する力。⚫︎豚コマワンパック何を作るか?(平松)細かく刻んで肉味噌。(小川)豚汁⚫︎日々の習慣(平松)1時間20分、一万歩のウオーキング8年間(小川)50分ほどのスロージョギング3年間。⚫︎自分に許している贅沢(小川)本の値段を見ない。和菓子「空也」のもなか。(平松)週一二回ステーキ(ランプ肉)
2017年12月05日
コメント(2)

デイズジャパン12月号表紙は、農薬・遺伝子組み換え企業モンサント社の野菜種子部門の施設で、容器に分けられたスクワッシュ(カボチャの一種)のタネ。エンクホイゼン、オランダ。2016年7月モンサント社が不気味だ。今秋奇しくも公開された「ブレード・ランナー2049」では、2025年の人類絶滅の危機を遺伝子組み換え作物によって救い、その膨大な富で新しいレプリカントが登場したことになっている。人類の存在を揺るがす動きが始まっている気がする。この映画に「モンサント社」という言葉が入ってもなんの違和感もない。残念ながら、遺伝子組み換え作物の害悪は明らかになっていない。安全性も明らかになっていない。おそらく明らかにはならないだろう。多量多品種の食物を食べる雑食性の動物が人類だ。よって、人類の最近流行のアレルギーや不妊、糖尿病などの病気の原因が、遺伝子組み換え作物だと実証することが極めて困難なためである。日本はそして、飼料や加工品の中に、いつの間にか多量の遺伝子組み換え作物を使っている。沖縄・高江の米軍ヘリCH-53墜落。森住卓氏のその写真とレポートが冒頭に載った。10月11日墜落。18日飛行開始。政府は形だけの抗議を言ってみただけなのは明らか。放射性物質のストロンチウム90が残っているかどうかは、米軍が大型トラック6台分の土を持って行ったために、調べることができなかった。事故前まで日本の領土だったその土地が、事故後、突然報道陣も閉め出し、警察の捜査権も及ばない「米軍占領地」になる。屈辱である。「高度に発達した資本主義国でありながら、米国の半占領地状態にある」という日本共産党綱領の規定は、まだ生きていると言わざるを得ない。2017年12月4日読了
2017年12月04日
コメント(0)

9条改憲NO!のパンフ先の11月19日の講演会の時に、憲法会議が作ったばかりの『憲法9条を変えて「戦争する自衛隊」にしていいのですか』というパンフを100円で配布して居た。総選挙の結果を踏まえた、いま最新の最も分かりやすい、来年春ぐらいまでの情勢を見据えた「使えるパンフ」になっている。是非とも早急に取り寄せて、学習会、個人学習、宣伝に使って欲しい。来年春までに、自民党に「改憲発議」をさせないこと。これがいま直近の課題である。それはなぜか?ということが書かれていて、「展望はある」ということも書かれている。そのために必要なツールは、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が提案する「3000万人統一署名」である。いま9条改憲は、戦後初めて、ホントにギリギリのところまで押し込まれている。しかし、一方で歴史の力学は、戦後初めて広範な政党と、広範な市民との「統一戦線」が、70年代の統一戦線構想の時には夢見て果たせなかった広範な戦線が、初めて実現しそうになっている、と私は思う。古在由重が生きていたら、どんな言葉を発するだろうか、とさえ思う。これは憲法会議のパンフであるが、憲法会議は発足(1965)以来戦後一貫して「自衛隊は憲法違反」という立場である。しかしそれを乗り越えて統一戦線に入ってゆく。現在の安保を支持し自衛隊を支持する立憲民主党もおそらく入って行くだろう。「革新」と「リベラル」の共闘、そして安倍改憲に反対する「穏健保守」をも取り込んで、新たな反撃を新年早々に始めなければならない。そのための、寄って立つ基盤が3000万人統一署名なのである。ブログ読者のみなさん!是非、ご協力を!
2017年12月03日
コメント(0)

29日水曜日、写真家の森住卓講演会「私の中の憲法」にいって来た。最後の30分は仕事があって帰ったが、それまでのお話は、豊富な写真と共にとてもわかりやすかった。私のメモを置いておきます。森住さんは、沖縄や福島をずっと取材してきた。辺野古の新基地建設は、1995年の少女暴行事件の時に、島ぐるみの怒りが燃え広がった。政府は危機感を感じて、96年に政府は米国とSACO合意をした。11施設の返還、その代表格・普天間基地代わりの新基地建設であり、北部訓練場のヘリパッド建設だった。辺野古の周りには、美しいサンゴ礁が広がっている。その隣の深い海、大浦湾に大型船を入れるようにする、とのことだった。(本土には)基地の騒音や危険性を知って、住んでいるのだからグダグダ言うなという意見がある。しかし、それは歴史的経過を知らない。1919年の普天間の地図を見て欲しい。2004の基地の地図を見て欲しい。米軍は、まるまる普天間村を強制摂取したのである。辺野古基地が完成すれば、オスプレイは現在の24機から100機になる。弾薬庫エリアがある。辺野古弾薬庫は、船から積み込める。今迄は、陸上から大型艦船に運ぶので、たいへんだった。辺野古基地は、代替施設ではなく、全く新しい施設になる。辺野古の海は本当に自然豊か。ジュゴンが確認されているのは、三頭だったが、いまはいなくなった。トキの時は、何億円も政府は拠出したが、ジュゴンは一銭も出ていない。ホントに絶滅寸前のジュゴンの方が最優先だ。写真は、ジュゴンが食べた足跡。いまはその上に水陸両用車がいる。ジュゴンはいまは、二頭しか確認出来ていない。辺野古の海の埋め立て、東京ドーム34個分、土砂は西日本から6箇所から来る。辺野古の基地の年表。97年には住民投票で過半数が反対。2004年建設強行。2010年反対派稲嶺市長誕生。2013年オール沖縄で反対建白書を出す。年末に、仲井真知事が埋め立て承認2014年翁長知事誕生2015年翁長知事が承認取り消し2016年最高裁不当判決。この年、ついに堕ちたオスプレイ。「着水」ではなく、大破である。現場は、機動隊が米軍が活動し易い様に守った。稲嶺市長が現場に入れろ、と要求したが入ることは出来ない。米軍幹部のニコルソン「住宅地に堕ちなかったパイロットは表彰もの」2017年4月に埋め立て工事再開⁉︎本格工事ではなく、県民意識を挫くため。そして、いまも粘り強い闘いが続いている。本来、こんな闘いが続いて、(度重なる選挙で)民意が明確になっているのにもかかわらず、アベはここまで民意を無視している。アメリカでは、絶対あり得ないこと。沖縄問題は、平和自治と民主主義の問題である。私たちの問題である。高江の問題。(訓練場を除いたところを)世界自然遺産にしようとしているぐらい。一年中湿潤な場所。ヘリパッドができると、そこが乾燥して、周辺の森に広がり、貴重な動植物が絶滅する。ヤンバルの森は最も大切な自然が残っているところだった。特別天然記念物がたくさんあるし、まだ見つかっていないものも多い。人口が150人以下。提供水域ができることで、陸海空の訓練ができるようになった。世界で唯一、ジャングル戦闘訓練センターがある。海兵隊の新兵が訓練を受ける。北部訓練場には、フェンスがない。黄色いポールがあるだけ。ヘリパッドができて、夜中含めて低重音の振動気持ち悪い。500人の機動隊員が来て、160人の高江に、県警含めて1000人近い機動隊が来る。福島。2012年の第一原発三号機の写真。後世に残さないといけない。「原発爆発」の看板の写真。すぐになくなった(爆発という言葉を嫌った⁉︎)。2011年3月15日夕方、50キロ先の伊達市、50マイクロシーベルト。すごい汚染、住民には全く知らされていなかった。行政は何もしなかった。県からの指示待ちだった。内部被曝。これが軽視・無視されている。雨樋の下。1.1ミリシーベルトの写真。一時間座っていると、日本人の一年間の被曝容量超える。そういう処に、に子供たちが居た。長崎大学山下教授の弟子、高村「子供が外で遊んでいたら手を洗ってうがいすれば大丈夫」と言った。いまも「スクリーニングしすぎたから甲状腺ガン多発した」と言っている。一ヶ月で住民たちは、大きな被曝。2011年4月末に牛の処分の写真。仮設住宅。10数万人。それ以外も、自主避難がある。本当の実態わかっていない。国際原子力村がチェルノブイリから学んだことは、「必ず次の事故は起こる」ということ。そこから導き出した(1)住民を避難させない(2)情報を統制する。という教訓。実際その通りのことが起きた。甲状腺ガン発生、1194人/38万人(当時18歳以下の子ども)。この多大な「発生」に、検討委、被曝によるためか言えなくなって来ている。他の検討委に委ねるようになった。第三検討委のメンバー、国際原子力村の息のかかった者ばかり。日本医大・清水一雄医師「被曝との因果関係解明には、10年以上かかる」と評価すべき。医師「ガンが増えていることが委員会の結論になるとたいへんなことになる」WHOの報告書採用せず。岡山大学の津田先生は、これを使うべき、ということを言っている。日本語訳は何故かない。
2017年12月02日
コメント(0)

日系英国人がノーベル文学賞を獲って、なぜか日本のマスコミを賑わせていた頃、正真正銘日本人が参加する国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に、ノーベル平和賞が授与されると決まった。マスコミは、見事なほどに無視した。まるで誰かさんに「忖度」するかのように。そのICAN国際運営委員川崎哲氏のインタビューが、平和新聞11月25日号に載った。とても重要なことを言っていた。すなわち、︎禁止条約には、実効性がないのではないか?︎核抑止力は有効か?二つのよくある反論について、明確に答えているのです。少し妙録する。米国などの核保有国が核兵器禁止条約への参加を拒否しているため、禁止条約では核廃絶を実現出来ないという見方もあります。(略)現代社会では、圧倒的多数の国々の参加を得た国際条約は、非加盟国について、法的拘束力は持たなくとも、あからさまにこれに反する行為はとれません。条約の著名国が今後100ヶ国に迫る状況になれば、公然とは否定出来ない規範として、政治的力を持つようになります。核抑止力という考え方は間違っています。核兵器を持つことでより安全で平和になるのであれば、全ての国が核兵器を持った状況が最も安全で平和な世界だということになってしまいます。そんな世界には、誰も住みたくはないでしょう。それに、核兵器に本当に抑止力があるのであれば、北朝鮮が米国や日本に核ミサイルを発射することはないはずですし、私たちが不安を感じることもないはずです。現実に私たちが不安を感じている時点で、すでに抑止力がないことが証明されています。かなり説得力のある言葉だと思う。私も使っていきたい。今号は、見開きを使って、全面的に「北朝鮮 核・ミサイル開発問題」批判をしていた。併せて読みたい。平和新聞、是非是非お近くの平和委員会会員に言ってご購読を!
2017年12月01日
コメント(0)
全25件 (25件中 1-25件目)
1