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フーナーテストの結果を受けて、夫が病院に行ってくれました。とりあえず検査をしてみましょう、と言うことになったらしく、×日の午後イチで持っていって、別な日に結果を含めて今後の方針を、と、次の通院の予約まで入れてきました。「これに採ってきてくれって・・」ごそごそと夫が鞄から採取用の容器を取り出しました。えぇぇ。それって・・・『シャーレ』じゃん。ほら、学校の理科室にあった、平くて丸い、あの容器ですよ。しかも蓋付いてるけど・・・密閉しないじゃん。「『縦にしないでくださいね』って言われたよ」いや、縦に置けないし。置いたらこぼれるし。前に私の通院先でくれた容器は、試験管っぽいやつで、しかも蓋もねじ式だったのに、・・病院によって違うんですね。「このまま顕微鏡でのぞけるからか?」いや、夫よ。顕微鏡で見るためには、薄く伸ばさないとムリでしょう。。実体顕微鏡じゃないんだから(^^;というか、シャーレ状の容器にって、採取しにくくないですか?それはあまり問題ではないのか??-------------------------------------------------------「一時期でも、数が増える方法があるのなら、試したいよね。」確かに、私も夫と同じ気分なのですが。。『女は子供を産む道具』みたいな言われ方をされることって、結構多くてイヤだなぁ、と思っていたので、夫のそんな言葉を聞くと、我が家では夫が子作りマシーンのようで、かなり微妙な気分です。。すまない、夫よ。夫婦に子供は本当に必要なのか。このブログでもたびたび話題にしてきましたが、子供を持つことに対して、こんなに真剣に考える機会を持てて良かった、とつくづく思います。夫婦の間で、子供を持つことに対する心構え、みたいなものも、培われるような気がして。。今年一年は夫婦でアレコレ悩みながら、『家族』について考えていこうと思います。
January 30, 2005
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今年のバレンタインは、どこのチョコレートを買おうか、アレコレ逡巡していると、いつも買っているショップからDMが届きました。「チョコレートケーキ バレンタイン限定200台!」うおぉっ!早速サイトにアクセス!・・・・大好きなザッハトルテだぁ♪(^¬^)一番好きなザッッハトルテは、DEMELのもの。関西にいた頃は、唯一ショップのあった高島屋難波店に会社帰りに寄って、一人至福のひとときを味わったものです。先日もたまたま寄ったデパ地下で、DEMELのザッハトルテが売られていて(1日限定100個)、迷わず購入してしまいました。今年もバレンタイン用にDEMELのチョコレートは売っているけど、ザッハトルテは出そうにない。どうしよう。。。今年はコレにしようかしら。。夫に相談してからにしようか。でも・・・このショップ、すぐに売り切れちゃうんだよね。。夫の帰りを待っていたら、またなくなってしまうかも。。ってことで、えい。ぽちっとな。買っちゃいました♪夫にナイショにしようかとも思ったけど、やっぱり言っておこう。サイトでザッハトルテを見た夫も「美味そう~♪(^¬^)」バレンタインに届くのが楽しみです♪
January 29, 2005
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夕飯を食べかけていたら、携帯が鳴りました。発信元は姉。いつも帰りが遅いので、こんな時間に珍しいなぁ、と思いながら、電話に出ました。「あのね、来月の○日に出張が入ってさ、東京に行くんだけど、くまこは予定空いてる?」「あぁ、うん、予定はないよ。こっちに寄る?」「あ、その手もあったか。。いや、一緒に遊ばないかと思ってさ。。」正直なところ、あまり、東京に出るの、スキではなかったりします。なんだかちょっとニガテ。。「どこに行くって、アテもないんだけどね。 ・・・この前元気なかったから、気晴らしにどうかと思ってさ。。」「『二人で行くのなら、伯母さんのところに泊めてもらったら?』ってお母さんが言ってるの。」母の姉が結構便利な場所に住んでいるので、母は何度か利用しているのですが・・、私たち姪は一度も行ったことないのよね。「でも、伯母さんのところなんて、ワタシ行ったことないよ。。」「うん。お姉ちゃんもないよ。でも、それもいいかなと思ったから。 もし行くなら早めにお願いしないといけないし、お姉ちゃんと東京で遊ぶかどうか、考えておいて。」--------------------------------------------------------姉妹で良かったな、と思います。子供の時はホントに良く喧嘩もしたけど、一人暮らしをしたりして、離れて生活をしてからは、お互いに助け合い、励まし合うようになりました。口であれこれ言っても、心の奥の気持ちを感じ取れる、感じてもらえている、という安心感のようなものがあります。『くまこはあれこれ悩みすぎなの』姉はそう言います。仕事のことやら何やらで、結局病院通いになって『もう会社辞めるから』と言ったときにも、そう言われました。表向きはなるようになる、とお気楽なように見せておいて、実はうじうじと悩むのが私。昔からネガティブ思考は変わっていません。『理解できない相手ってのは、どこに行ったっているんだから。』仕事上の人間関係など割り切って考えることの出来る姉は、やっぱり大人なんだとしみじみ思います。大学までの人生は順調だった代わりに、大学卒業以降の道のりで苦労を重ねて来た姉と、大学入学までは山あり谷ありで、就職は難なくクリアし、転職、結婚と来た私。勉強も運動も、そつなくこなす姉に、運動の苦手な私はいつもコンプレックスを感じていましたが、姉は姉で、要領がよく、自由な妹がうらやましかったと言います。自分は姉ほど両親に手をかけられていなくて寂しい、と思っていた自分と、妹は私みたいに世話を焼かれなくてうらやましいと思っていた姉。就職で悩んでいた頃の姉が『くまこはいいね。自分のやりたい仕事が出来て。 私は自分が本当にこの仕事がしたいのかが、わからないんだ。』と語ったことがありました。長女が故に、小さい頃から祖母から『お姉ちゃんは将来○○になって、ウチの跡を継ぐんですよ』と言われ続けてきた姉。はっきりと自分の意志を主張して行動する妹は、姉にとって本当にうらやましい存在なのだろうと思います。姉と妹、どちらが幸せな人生か、なんて言えないけれど、私たち姉妹は、お互いの知らない苦労を重ねた分、お互いを思いやれる姉妹になれたように思うのです。--------------------------------------------------------夕飯をとりながら、夫に相談。夫も「女二人でたまには行っておいで」と言ってくれました。行って来ようかな。初めての東京ぶらり。夫とショッピングに行くための下調べしてもいいし。ちょっと懐具合は寂しいけど。
January 26, 2005
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「家を買おうと思うんだ~。だからがんばって、お金貯めるの♪」実姉との電話で、ぽろりと漏らしたのが、発端でした。「ちょっと・・家を買うだなんて。そんな急がなくてもいいじゃない。 (夫の実家に)帰るんじゃないの?何も、あんな事があったからって、そんなにすぐに決めなくても。」義母との私たちが揉めていることを、ちょっとだけ知っている姉が、慌てました。「あのね、お姉ちゃん。断っておくけど、私たちが『一緒に住まない』と言ったわけではないよ。 先に『一緒に住みたくない』って言ったのは、向こうなんだからね。」「それはそうかも知れないけど。でも、向こうのお母さんだって、今はイライラしているかも知れないけど、 何年かしたら、気持ちも落ち着いて来るかもしれないじゃない。やっぱりほら、顔を見せて、ちゃんと話をしないと。 とにかくよ。家を買うのは待ちなさいよ。賃貸だっていいじゃない。 ずっとそこにいるわけでもないでしょ。今のアパートだって、住んでからまだそんなに経ってないじゃない。」「ま、今の会社にいるウチは、ここにいるわけだし。どうもそう簡単には帰れそうにはないし。」「そうは言っても、待ちなさいって。ちゃんと向こうに帰ってさ、話し合って。」「ワタシだってね、ちゃんとするべき事はしているよ。でも、そうやってすることが『気に入らない』って言われたら、さぁ。 ウチにさ、お義母さんからもいろいろ送ってくださるじゃない。そのたびに、ワタシもお礼はしてる訳よ。 前は『別にいいのよ~』とかって返事が来てたのに、今は無視されるんだから。」「もしね、ウチでいろいろ送ってるのが気に入らなくて、アンタにいろいろ言われるんだったら、 それはお父さんたちにも止めてもらったほうがいいと思うし。」「お父さんたちには言ったわよ。止めて欲しい、って事は。イヤミももう3回は言われてるし。」「まぁ、ね、ウチもさ、アンタを嫁にもらって頂いたし、って気持ちでいろいろしたいのよ。」「お父さんたちの気持ちは判っているよ。。判ってるから、あんまり言いたくないのよ。 お義母さんだって、娘を嫁に出した親として、ウチの親の気持ちは理解してくれてると思ってたわよ。 でも、お義兄さんの実家とはやりとりしてないからね。」「地域の違いもあるから、こっちでいいと思ってても、向こうには迷惑ってのもあるものね。」「いや、違う。お義姉さんが、お義兄さんのご両親と仲悪いから。」「・・・ま、まぁ。でも、ウチからはさ、これとこれだけにしてくれ、ってハッキリ言えばいいから。お父さんたちと話もしなさい。」「あんまりね、言いたくないのよ。余計な心配はかけたくないの。」「前は帰省したらすごく喜んで、みたいな雰囲気だったじゃないの。」「それがそうじゃなかったのよ。後から、お義姉さんに『こんな話されて、気分悪い』とか言ってたって、聞かされたよ。 顔で笑ってても、何考えてるかサッパリ判らないのよ。裏表があって。」姉も少々絶句。。「でもね、アンタがあれこれ悩んでも、結局は○○(夫)くんがする事よ。」それはそうです。でも、ワタシよりも夫のほうが怒っています・・。「ちゃんと顔を合わせて、話し合って。」「それが出来れば、こんなに悩まないよ。一方的に自分の意見ばかり言って、こっちの話なんか一言も聞いてもらえないんだから。」「ちゃんとさ、『どうしたらいいんですか?』って聞いてさ。・・・お姉ちゃんは、嫁に行ってないからその辺のことはよく分からないけど。 △△(従姉:夫のご両親と同居中)ちゃんとこもいろいろ大変みたいだよ。」「聞いてるわよ。でも、言ってることがころころ変わるから困るのよ。」「その辺は、ほら、○○(夫)くんが親子なんだから、判ってるでしょ。」「○○(夫)だって、振り回されて判らないってのに・・・」「こっちが歩み寄っても、向こうが寄ってくれないなら、もうそれはそれで割りきるしかないんじゃないの?」実姉と話をしながら、ワタシも涙声。結局のところ、ワタシがなんだかんだ言われたり、ワタシの実家の批判をされるのは仕方のないことだと思っているのです。所詮は「嫁は他人」ですから。ワタシが嫌なのは、夫の実家では、最終的に頼らなければならないはずの長男を大切に思っていない気持ちが見えるところなんです。何かと実家の事に口を出しながら、肝心なところになると「ワタシは嫁に出たから」「ワタシは××家の人間だから」と責任を押しつける義姉の態度にもウンザリなんです。「お義姉さんが、いろいろ言ったってさ、結局、一番頼りになるのは、娘より息子だよ。 弟さんが帰ってきてくれるかも知れないけど、それでも、次男より長男でしょ。」私たちだって、そう思っているから、長男とその嫁として、しっかりしなくちゃと思っていたわけで。でも、最終的に頼らなければならない長男は、大切に思われていない状況で。次男がまっとうに働いているのであれば、私たちも安心して任せられますが、30にして一人暮らしをしていながらも、アルバイト生活なので生活費が足りず、家賃や携帯代は義母が支払っているらしい。。義姉まで、義弟にお小遣いを与えていたことを知って、夫が激怒したこともありました。もし義弟が実家に戻ってきても、頼りに出来るとは、私たち夫婦には思えないのです。でも、さすがにそんな事情まで、実姉には話せない。涙声で言葉を返すワタシに何度も「大丈夫?」と声をかける実姉。「アンタもさ、考えすぎると病院通いになるよ。少し気晴らししなさい。 外に出たりしてる?どうせスーパーに買い物、くらいしか行ってないんでしょ。」その通りです。あぁ、また病院通いは嫌だよぉ。「仕事に行ってたら、気分転換できるんだろうけどね。 家にばっかりこもってないで、たまには一人でショッピングとか行ってさ。 あんまり頼りにならない親かも知れないけど、お父さんたちにも話をしなさい。 アンタは心配させたくないっていうけど、黙っているほうが心配するよ。」実姉の言葉が身に染みます。電話を切ってからも、しばらく泣きじゃくってしまいました。でも、やっぱり、帰る気にはなれないのです。直接顔を見て、話をする気分にはなれません。GWも、帰らなくてもいいかな。。。そしたら、また実父たちから怒られるかな。。。
January 23, 2005
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買い物行って、レジでお会計したら、「合計 777円 です~。」おっ♪今日はいいことあるかも~。
January 20, 2005
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震災から10年、ということで、先週からテレビでも特番などが放送され、自分の中でも、いろんな事が思い出されます。といっても、自分は実際に被災した訳ではないのですが。当時大学生だった自分は、神戸出身の後輩が、大学寮の公衆電話から泣きながら自宅へ何度も何度も電話をかけていたことを思い出します。大阪の企業へ就職先を決めたときは、震災から3年ほどたった年でした。それから5年近くを関西で過ごしましたが、自分が歩く街なみが、震災当時の悲惨さを物語ることはほとんどなかったように感じます。それほど復興が進んでいた、ということかも知れません。震災があったことを気付かせたのは、会社の友人が「震災後の区画整理で、自宅を建て直したのよ」という言葉くらいだったと思います。表の街並みはすっかりキレイになっていましたが、一歩路地裏に入ると、まだまだ震災の爪あとを見ることがありました。ビルの間にぽつぽつと残る空き地も、夫が「ここに○○があったんだよ」と教えてくれたことで、震災があったことを思い出しました。去年の中越地震で、私の住む地域もかなりな揺れが来ました。初めて体感する「震度5」クラスの揺れに、夫と二人、どうしようもなく、ただただ座り込むばかりでした。不安な気持ちを助けてくれたのは、関西にいる、阪神大震災を経験した友人たちでした。「水はちゃんと用意した?」「逃げるときに割れたガラスで足を切ることもあるから、寝るときに枕元に靴を置いてね」みんなが次々にメールでアドバイスをくれました。あれほど嬉しかったことはありません。新聞、メディアで「防災の意識を」と呼びかけていますが、地域の人たちの対応を見ると、やはり「自分たちのところは大丈夫」というような人ごと的な意識のように感じます。「あり得ないこと」が突然起こるのではなく、災害はいつでも「あり得る」ことなのでしょう。中越地震のみならず、去年は台風の影響で、水害におそわれた地域もありました。それぞれの被災地で、復興に向けて力を合わせて、一歩一歩進んでいって欲しいと思います。
January 17, 2005
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「世界一受けたい授業」、結構スキでほとんど欠かさず見ています。一番のお気に入りは、米村でんじろう先生の授業だったりします。「笑っていいとも」金曜日の実験コーナーは見逃せないものの一つです。初めて、先生を見たのは大学院時代。確か、「やってみよう何でも実験」という番組だったと記憶しています。あのころはそんなにメディアでも見かけなかったのに。。え~、少々話が横道にそれましたが。今回の放送でとっても気になったのは、3時間目の樋口裕一先生の「頭がいいひと、悪い人の話し方」でした。同タイトルの著書も結構売れているようで、『自分の話し方って、どうなんだろう』と気になっていただけに、自分のしゃべりを見直すいいきっかけとなりました。確かに、話し方一つで知性が見えてしまう、ってこと、ありますよね。職場とかでも相手の話し方を人物判断の材料にしたりもしますし。かといって、知的に見せようと、難しいことばかり並べても、結果的にぼろが出るし。要は、自分の知性に合った話し方をする、って事が大事なのかな、と。それでも、チョットでも知的に見られたいので、日常会話での話題、電話での応対、敬語の使い方etc.、私なりに結構気を遣っているつもりです。番組で実例を挙げられる度に、夫が隣で「う~ん」と唸り続けていました。「そんな話し方をしているかも知れない。 俺、最近、会社で説教くさくなってるし、『慇懃無礼』っぽいとかもあるし。。」「大丈夫よ。あなたはそんなことないから。 ほら、私たちよりももっと当てはまる人がいるじゃないの。」「あ。あぁ、そうだな・・。とっても身近な人物にね。」『過ぎたことを蒸し返す』『他人の権威を笠に着る』『感情的になる』『矛盾に気付かない』『人の話を聞かない』etc.今回放送された30コの実例のウチ、私が思うだけで、2/3は当てはまりましたね。お義姉さん。。私たちも『正論ばかり振りかざす』、『丁寧すぎる』、『優柔不断ではっきり言わない』とか、いろいろ気になるかも。一番いいのは自分の話し方を第3者にもチェックしてもらう事ですよね。そうすれば、自分で気付かないでいるようなところも、相手にはそう思えるのだ、と意識をすることが出来るし、自分で思っているほど相手は思っていない、なんてこともあるかも知れません。正しい日本語を心がけるとか、知性が疑われるような話し方をしないとか、これからもっともっと意識して行きたいものです。やっぱりあの本、買っておくほうがいいかしら。
January 15, 2005
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『A.I.』を観ました。夫と知り合って、2回目のデートで観た、思い出の映画です。これからの家族計画を話し合った後での、映画鑑賞。いろいろ考えてしまいました。 私たちのように、子供の欲しい夫婦が、子供型ロボットを買ったとする。 はじめのウチは、本当の子供のようにかわいがるだろう。 でも、年をとるにつれて、自分たちが老いていくのに、子供は 成長することなく、いつまでたっても同じ姿。 自分たちがおばあちゃんになっても、子供はそのまま。子供型ロボットは、一時の慰めにはなるけれども、子供が成長する姿を見る喜びはもてない。そう思ったら、やっぱり悲しくなりました。育てる喜び、成長を見つめる楽しみがあってこその、子供なのですよね。---------------------------------------------------------------夫との家族会議。一人でいろいろ考えたことを、全部吐き出しました。「二人でも楽しいから、と思うから、ステップアップするのを迷うの。」「楽しいって言ってくれて、ありがとう。俺はおまえが居てくれればいいから。」「でも『自然』に出来るのをを待っていたら、生まれてくる子供が心配だしね。 だから決めるなら今しかないのかな、とも思うの。」「もしそうなったら、子供もだけど、おまえにも負担がかかるだろ。 俺はそっちのほうが心配だよ。」「とりあえず、病院に行ってみるか。 今年一年は、治療をしてみるっていう選択でもいいよ。」夫が協力的なのは、とても嬉しいことです。でも、私にはもう一つ気がかりなことが。「治療すること、お義母さんにね、知られたら、なんて言われるかと思って。」夏にちょっと話をしたのです。自分が検査を受けに行っていること。そのときは何でもなく会話をしていたのですが、後から義姉に「『イヤな話を聞かされた』と言っている」と聞きました。夫も薬を飲んでいることも、気に入らなかったのかも知れません。「『「自然に出来ればいいから」って言ったのに、余計なことをして』とか言われないかしら。 『「孫はまだか」なんて言ってないのに』とか言われないかしら。」「気にしたらきりがないぞ。そんなこと言わせないから。」「だって、あなたも薬飲んでる話もしたでしょ。それが気に入らなかったかと思って。 ほら、息子をけなされた、って言うか・・」「あのときは俺たちが帰省したときから、なんかいらいらしてるな、と思ってたよ。 大丈夫だから。ぐだぐだ言うなら『おまえの息子が原因なんだ』ってはっきり言ってやるよ。」「イロイロね、気を遣うのよ。あなたは気にしなくていい、って言うけど、嫁はそうは行かない訳よ。 自分の実家に帰るのだってさ、あなたは気軽に言ってくれるけど、 私的には「夫を置いて実家に帰っていたら、お義母さんがどう思うか」とか考えるのよ。 旅行の時も「いいわよ~。楽しんでいらっしゃい、」っておっしゃってたけど、 内心どう思ってたか判らないわ。 で、そんなこと、お義姉さんは思って実家に帰ってきてるわけ?」「思うわけないだろ。絶対な、向こうのお父さんお母さんには、まだ嫌われてると思うよ。 帰ってくるからイロイロ準備して待っているのに、 『風呂には入ってきました』『○○は使いません』。 ウチに帰ってくれば、やれ、家が汚いだの、気持ち悪くて風呂になんか入れない、だの言って。 黙っていてもそう言う気持ちは態度に出るものだ。 それを向こうのおうちも判っているんだろ。 だから『泊まっていけ』とか言わないんだよ。」なんだか、我が家の家族会議から、また話は違う方向へ。実の兄弟ながら、まったく姉の事を理解できない、という夫。私も、実姉とそう変わりない年代の義姉に対して、仲良くやっていけるだろうと思っていましたが、実姉とこうも違うと、どう対処していいものやら。「無視していいから」と言う夫に、「そうは行かないのよ。確かに相談にならないのは判っているわよ。 『○○ですか?』って聞いても、『あぁ、この△△なんだけど』って、 話が全然違う方向から返ってくるのも判っているけど、 あの人のプライドを傷つけないために、相談をしているのよ。 『お姉さんが居てくれて助かります』って言わないと、 向こうのプライドが保てないじゃないのよ。」こんなこと言ってしまうと、私もずいぶん失礼な人間ですが。子づくりの相談から、一転、鬱憤晴らし大会に早変わり(^^;先日、義母が夫宛の年賀状をまとめて送ってくれました。年賀状だけで手紙は無し。こちらで何も言わないのも、と思い、すぐに「送ってくださって、ありがとうございます」のお礼メールをしました。「そんなことしなくていい」と言う夫に「しないと、イロイロ言われるのよ!」なんで私ばかりこんなに気を遣って暮らさなきゃいけないんだ~!---------------------------------------------------------------実家に帰っていたとき、姉が某番組の嫁姑問題を見ながら言いました。「いや~。こんなこと、ホントにあるわけ?」ええ、あるのですよ。姉よ、妹は今それに近い状態なんです。・・・黙ってますけど。
January 13, 2005
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受けてきました。昨日の検査で、タマゴちゃんは排卵直前だったので、タイミングを取ってみましょう、という先生の判断です。前回のテストはあまり芳しくなくて、夫の検査をしてもらうきっかけになったのでした。今回は、どうだろう。。しかし、病院がめちゃくちゃ混んでいて、なかなか自分の診察が回ってこない。待っているウチに、~●がいなくなっちゃうんじゃないのぉ。待つこと3時間半。ようやく名前を呼ばれました。急いで内診。タマゴちゃんは無事排卵した模様。で、粘液は・・・。「ちょっと見てみますか?」先生が顕微鏡を覗くように言ってくださいました。「こっちは頸管粘液です。まぁまぁ、いいかな?」透明なヒダヒダ状のものが見えました。で、『まぁまぁ』って何ですか?悪いの?いいの?「で、こっちなんですけど、前回は見つからなかったんですよね。 今回も残念ですが・・」あぁ、やっぱりいなかったんだ。~●ちゃん。「時間が経っていますから、死滅したことも考えられますが、 その場合は死骸が見えますから、数が少なかったと考えるほうが良いでしょう。 今後、不妊治療を続けて行くには、~●の数が肝心です。 人工授精をするにも、数が勝負になるから。」そう、先生に言われました。「ご主人の静脈瘤という原因が分かっているのなら、 まずはそこから進んでみてはいかがですか?」一人では妊娠できないのだから、私側の治療も、夫側の治療もやらなくてはいけない。静脈瘤も手術を受けることで解消するのでしょう。でも、それで~●の数が増えることの保証もないのです。私の頸管粘液が悪い、ってことも考えられるのでは?そう思って、先生に聞いてみたけれど、先生の答えは「透明だし、~●は問題なく進める状態のものだと思いますよ」でした。今後の治療について、夫と相談することを伝えて、病院を後にしました。------------------------------------------------------病院からの帰り道、一人でいろいろ考えます。 子供が欲しい。 子供が好きな夫に、自分の子供を抱かせてあげたい。 でも、子供が出来るためには、夫に治療を受けてもらわなければいけない。 前に進むためには、原因を一つ一つつぶして行かなくてはいけない。 でも、夫に手術を受けてもらったとして、その後子供が出来る保証もない。 夫に負担をかけるだけになるかも知れない。 経済的にも、肉体的にも、夫に負担がのしかかってしまう。 そこまでして、果たして、私たちの『家族像』に『子供』は不可欠なものなのだろうか。 二人でも十分楽しい。子供がいればもっと楽しくなるだろう。 でも、夫に負担をかけさせてまで、子供がほしいか、と思うと、決してそうではない。 結婚する。二人で楽しく過ごす。いずれそのうちに子供が出来る。 『いずれ』を待ってもいい、とも思う。。 しかし、初産の年齢が上がればあがるほど、子供にも自分にも、リスクが大きくなってしまう。健康体ならばなんの問題もないことが、こんなにも苦しいものだとは。夫とまた二人、家族会議をしなくちゃいけません。
January 12, 2005
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夫が私の実家に来る時は、なぜかいつも雪が降る。今年も、まるで歓迎するかのように、夫が来ている間中降り続きました。夫は『すごいパウダースノーだね』と、うきうきわくわくしっぱなし。1階が埋まらんばかりに積もる雪に、すごいすごい、と大はしゃぎです。表の道路には定期的に除雪車がやってきます。来る度に、各家庭では除雪車のはき残した雪を片づける作業に入ります。母と宅配便を出して戻ってくると、ウチでは雪はき作業の真っ最中。夫も防寒具を着、長靴を履いて、スノーダンプを持って、雪はきの手伝いをしてくれました。ほんの20分程度だったけど、『楽しいねぇ』とご機嫌。夫よ。楽しいのは、たまに来るからだよ。住んでいると楽しくなくなっちゃうよ。きっと。「来年からは、帰っている間は雪かきしないとなぁ。毎日これは大変だよ。」夫よ、ありがとう。親が年を重ねるにつれ、雪下ろしなどの冬の作業が心配になってきました。ウチは姉妹ですので、『自分が息子で、父親の手伝いを出来たなら、男仕事が出来たなら、親はどんなに助かるだろう』と思うことがありました。実家が近ければ、冬の間の手伝いをしてあげたい、と思うのですが、なかなか思うようには行かないもの。夫にそんな話をすると、夫も同じように思ってくれているよう。「じゃぁ、もう少し(雪に)慣れたら雪下ろしもしてみる?」なんて言ってみたりして。来年は長靴持参で帰省かしら。。
January 10, 2005
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ここ3年通っている地元の治療院に行くので、夫より一足先に実家へ帰省。帰ってきたけど、クルマが無いので、父に送り迎えをしてもらいました。車の中、父と二人。フツーに最近の話、などをしていたけれど、父が切り出してきました。「正月、電話はしたのか?」気になって、仕方なかったんだろうなぁ。「したよ。○○(夫)はしゃべらなかったけど。」「○○くんは電話も出なかったのか?」「『話したら?』っては言ったけど、ムリだった。」「・・・いったい、何でそんなことになったんだ?」ついに来たよ~。黙ってようと思ってたケド、ちょっとは話しておかないといけないか。「お盆に帰った時にね、『あなた達が帰ってくると疲れる』って言われたの。 まぁ、私もいろいろ気の付かないことが多くて、手伝いもちゃんと出来なかったせいもあるけど。 でも、お義姉さんたちも帰ってきてるでしょ。 みんないるし、疲れるのも仕方がないとは思うんだけど、 お義姉さんにも『私たちが悪い』、って言われたの。 お義姉さんたちはさ、いつも朝の2時、3時頃にさっと帰っちゃうのね。 で、残された私たちだけが、『全部悪い』って言われるの。」無言で私の話を聞く父。「極めつけは、○○(夫)はお義父さんが無くなってから、 自分が長男だから、しっかりしていかないと、と思って、いろいろとがんばってきた訳よ。 でも、それが裏目に出たみたいで『エラそうに』とか言われちゃって、お義姉さんにもそう言われて。 転職するときも、家を出ないといけない条件だったから、長男だし家を出るのはまずいだろう、と思って、 ちゃんと相談もして『出ても大丈夫』って言われたから、転職を決めたのに、 『勝手に家を出た』っても言われてさ。」「そんなことまで言われたのか・・」父、絶句状態です。「だから、私たちが帰って疲れるのなら、 疲れない人たちだけが帰ればいいんじゃない、ってことになったの。」かなり簡略化しましたが、でも、大筋は話しました。何となく、自分も父に言えたことで、すっきり。親はずっと、私たちと義母との事を心配しているようでしたから。そんなことを言うんじゃない、とか、なんとしてでも仲直りしなさい、とかいうことは、一切言われませんでした。私の父も長男です。でも、私は子供のころ、祖母にこう言われました。「ウチではお父さんが家長です。みんなお父さんの判断に従うんですよ。」当時は祖父も健在でした(というか、今でも健在です ^^;)義母、義姉の論で考えれば、「年上のほうがエライ」ということですから、本来ならば我が家でも祖父が家長、になるのでしょう。でもそうではなくて、父が一家の主として、家族をまとめていました。父は、夫が親を亡くしてから、長男として責任を背負ってがんばっていることを理解してくれています。自分と同じように、長男として家族を支えていく人間として、夫を認めてくれているように感じます。だからきっと、私の話での義母、義姉の発言は、父にはかなり理解しがたいことだったと思うのです。最後の父の発言に、父の思いが凝縮されているように思えました。でもやっぱり、私も嫁として、妻として、しっかり努めを果たさないと。。
January 7, 2005
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北国育ちなので、冬の空は灰色だと思っていました。冬に青空を見るなんて、滅多にないことだと思っています。夫にその話をすると、『冬の青空はとてもきれいだよ』と言います。日本海側での生活をしなくなって、8年が経ちました。冬に見る青空は未だに慣れないものの一つです。正月のご年始をしないと、と実家に帰りました。新幹線で北へ向かいます。窓の外は、どんどん白の分量が増えていきます。実家に近づくに連れ、窓の向こうには水墨画の世界が広がって来ました。辺りはすっかり、色のほとんどない、モノトーンの風景。やっぱり、コレが一番落ち着くんだよね。実家はかなりの積雪でした。遅れて帰省してくる夫の反応が、今から楽しみです。
January 6, 2005
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今年もぞくぞく届いています。結婚した先輩からの年賀状。『去年は○○、結婚、妊娠とイロイロあったよ。』(@o@)に、妊娠~。聞いてないよ~。。来年4月ってことは・・う~ん、先輩も「出来ちゃった」だったか。。大学の同期からも、『9月に2人目が生まれました』。みんな、どんどん家族が増えていくのね~。でも、ウチと同じで二人だけの名前のほうが、実は多いかも(^^;年賀状で毎年思うこと。結婚して、家族が増えて、子供の写真入りをくださる方って結構多いんですけど、正直なところ、子供の写真よりも、本人の顔が見たい~。子供だけの写真は見たくない、というわけでは無いんですが、家族みんなで写ってるほうが見たいな、と思います。『あぁ、彼女(彼)も昔と変わってないな』とか、『子供は彼女似(旦那さん似)だな』とか、そんなことを考えながら、年賀状を見たいなぁ、なんて考えます。しかし、今年の我が家の年賀状は、風景写真またはイラストで、私たち夫婦の写真は無し。ちょっと愛想なし、だったかしら。だって、二人一緒に写っている写真、あんまり無かったんですもの。。今年はお出かけしたら、二人で一緒の写真も撮ろうね♪
January 3, 2005
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初売、行ってきました。この地域で正月を迎えるのは初めてのこと。なので、初売りがどんなにぎわいなのか、ちょっと見当も付かず。福袋もお目当てのショップではやらないと言われたし(TT)、実家で頼まれたスタバの福袋だけを買いに行ったつもり、でした。でも、せっかく行くのだから、駅前の他のショップも・・と回ることに。スタバの入っている駅ビルにはすでに長蛇の列。幸いにも列はスタバとは無縁のものだったので、時間までお茶飲んで待とう、と夫とスタバでコーヒーを。あ~、寒いところに並ぶことが無くて、楽チン♪時間になって、福袋もめでたくGETしたので、駐車券をもらおうとサービスカウンターへ移動中、気に入っているショップの福袋が目に留まりました。値段は・・\5000と\10000。「\5000くらいなら、買ったら?」優しい夫の言葉に甘えて、つい一袋購入。これが始まりでした・・・百貨店に移動。夫もメンズのショップを見るというので、ここでは別行動。私のほうは、もうすでに福袋無し。でもクリアランスはやっている。気になるところを物色すれども、今ひとつ。夫も戻ってきて、「いいかな、と思ったけど、ちょっと違った」。お互い、思うようなのがないねぇ、と戻りつつ、足はアクセサリコーナーへ。\3000で\12000相当の言葉に惹かれていると、夫が「買ってあげるよ」と、これまた嬉しい一言。化粧品コーナーでも、いつもの買い物をしたら、お得意さま用福袋を頂きました。もう2カ所の百貨店を巡った後、ちょっと離れた雑貨屋さんへ。まさかやってないだろうと思っていたら、福袋がありました。しかも\2100。だいたいの中身が判るものだったので、良さそうなものを購入。もう一つの雑貨屋さんでも、福袋を購入してしまいました。あっというまに、クルマの後部座席は福袋でいっぱいです。。帰宅して、二人で中身チェック。最初に買った婦人用アウターも、着回せそうな中身。アクセサリはお揃いの、ネックレス、ブレス、イヤリングの3点が入っていました。雑貨もポップな感じのはまぁまぁ。最後に買ったほうは、シンプルなものがそろっていてなかなかグッド。新年早々買い物三昧。今年の福袋も、満足満足でした。後は、実家の姉に頼んでいる服の福袋と、紅茶&お茶の福袋が楽しみです♪(まだ買ってるのか!)姉に戦利品の報告TELをしました。「・・・で、○○(夫の名前)さんのは?」えっと・・・その・・・彼は、気に入ったのが無かったらしくって・・・「また自分だけ買ってもらったの?」はい、その通りでございます(^^;夫のものはまた日を改めて、買いに行こうかな・・。
January 2, 2005
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新年明けましておめでとうございます。今年もいい年でありますように。明け方五時過ぎ頃に、ぐらぐら~と緩い揺れがありました。元日早々、地震で始まってしまうなんて。。今年も災害続きになりませんように、と祈るばかりです。夫よりもちょっと早く起きて、おせちの最後の準備。だいたい仕上がったところで、夫を起こしました。昨日の雪で、銀世界の正月となりました。今回初めて挑戦したおせち料理。料理本と首っ引きで作ったのですが、夫にも好評で一安心です。朝食を終えて、一息ついて、実家に電話でも・・と思っていたら、向こうから先に電話が来てしまいました。姉から「年賀状の追加印刷をしようと思ったら、パソコンが立ち上がらないの・・」、とヘルプの電話。元旦から、サポートになってしまいました。「やっぱり、お義母さんとこに電話しないといけないよね・・・」「・・・別にいいだろ・・・」「しにくいなぁ・・。あなたがしてくれたら嬉しいんだけど・・」「・・・俺がすると思うか?」いいえ、思いません。しぶしぶ重い腰を上げました。「気が乗らないことは、先に済ませよう!」ぷるぷるぷる。。義弟が電話に出ました。あ、ちょっと、気持ち楽かも。いつ帰ってきたの?なんて軽く話をした後で、義母に代わってもらいました。「帰省できなかったので、お電話だけでもと思って・・」「わざわざありがとう。二人でゆっくりやってちょうだいね。」ほんの数分で電話終了。ま、今日はこれでよし、としましょ。。暖かい日差しで雪が解けていくように、少しずつ気持ちがほどけていくことを願います。-----------------------------------------------------------------31日の新聞に載っていた、黒田さんのお母様のコメントを読みました。いいお母様だねぇ、と、夫にもコメントを教えました。「『当家のことは慶樹に任せており・・』だって」「『重要な事柄は親に頼ることなく慶樹自身で決断してまいりました』だって」「『親としてある面で寂しい部分もございますが、慶樹を信じ、その選択に任せてまいりました』だって」「そのコメント、切り抜いて誰かさんたちに読ませてやりたい気分だね。」結婚式のとき、両親がゲストの皆様にこう言いました。「娘は実家を離れて長いこともありまして、ほとんどのことは『本人にお任せ』でして、 親として頼りなかったことを感じております。」「私が定年までずっと働いておりましたし、娘も一人暮らしをしておりましたので、 料理を教えるなど母親らしい事を何一つしてあげられませんでした。」ウチの両親も、黙って子供の成長を見守ってくれていたのだなぁ。私が親に相談せずに事を勧めることを、二人とも寂しく思っていたのだなぁ。と、そのときに感じたものでした。私も夫もいつか子供を持つ一人の親となったときに、あれこれと自分の思いばかりを押しつけることなく、我が子の成長を静かに見守り、後押ししてあげられる親となりたいものです。
January 1, 2005
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