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対馬では2012年10月上旬、文化財を狙った窃盗事件が連続しておきました。仏像から貴重な「大蔵経」など、数多くの重要、指定文化財が盗難に遭い、対馬の方々の深い悲しみを誘いました。その一部が、3ヶ月後の今月下旬になって韓国で発見されました。「朝日新聞」2013年1月29日の記事を引用します。韓国の警察当局は29日、長崎県対馬市の神社仏閣から、日本国指定の重要文化財を含む仏像2体などを盗んで密輸入した疑いで、韓国人の窃盗グループら男5人を検挙したと発表した。仏像2体は押収され、韓国文化財庁が保管している。 大田(テジョン)地方警察庁によると、犯行グループは計8人前後とみられ、うち窃盗役の3人が昨年10月、対馬市の海神神社で国の重要文化財の銅造如来立像を、観音寺で県指定有形文化財の観世音菩薩坐像(ぼさつざぞう)を盗んだ疑い。仏像2体は船で福岡から釜山に持ち込まれ、闇のルートで高価で売買されようとしていたという。 仏像2体を保管している韓国文化財庁は近く、日本から関係者を呼んで鑑定を実施。本物だと確認されれば、日本側の要請を踏まえて返すことになるという。 ともに、大変貴重な仏像で、対馬の大きな財産の一つです。「やれやれ、これで一安心」かと思ったら、対馬への「返還」をめぐって、韓国では問題が起こっているようです。海神神社の「銅造如来立像」は、とても保存状態が良く、韓国の専門家が「国宝級」と賞賛するほどだそうです。問題はもう一体の仏像の由来です。観音寺の「観世音菩薩坐像」について、「長崎県webページ」に、以下の記述があります。像内から発見された結縁文(けちえんぶん)に「高麗国瑞州浮石寺」「天暦三年」などの記述があることである。浮石寺は朝鮮半島忠清道瑞山郡にあった寺で、天暦3年は中国・元の明宗の年号で、高麗の忠粛王17年に相当し、西暦1330年にあたる。朝鮮半島の高麗銅造仏で、制作時と安置寺院のわかるものは稀であり、誠に貴重な尊像といえる。観音寺の「観世音菩薩坐像」(長崎県HPより)つまり、もともと韓国で14世紀に製造された仏像で、由縁のはっきりしたきわめて珍しいのものであったのです。1月31日付「J-CASTニュース」に、驚くべき事態が報じられていました(以下、抜粋)。対馬の仏像盗難事件 韓国で「日本に返す必要ない」の声「観世音菩薩坐像」の扱いについて議論が噴出している。この像は、像内に残された文書から、1330年に韓国西部の瑞山市にある浮石寺で造られたことが分かっている。 聯合ニュースによると、この浮石寺の信徒会が、像は日本に略奪されたものだとして返還に反対する運動を展開することになった。地域住民も「日本大使館への抗議活動など、多角的な返還運動を繰り広げるだろう」などと話しているという。朝鮮日報は、「日本への返還めぐり意見分かれる」と両論併記。中央日報も、「布教目的で仏像を渡した可能性がある」「略奪の可能性を排除できない」と、同様だ。だが、前出のSBSは、「日本側は、具体的な流入経路をごまかしたまま、可能性が薄い話を並べている」と日本に渡った経緯を疑問視している。ソウル新聞は逆に、論説記事で「倭寇や、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)当時の倭軍の略奪を思い出させることができるが、やはり証拠はない」と、仏像を日本側に戻すべきだと主張している。なんと、対馬への「返還」を拒否するだけでなく、日本大使館への抗議行動などと、物騒な話題まで発展しています。さらに、韓国報道では「倭寇」や「文禄・慶長の役」まで持ち出してきています。確かに、かつての日本人による略奪や秀吉の朝鮮出兵など、反省すべき過去は忘れてならないこととしてあります。しかし、盗んだ仏像を返さずに「日本へ抗議活動」を行うとは、どうも大人げない気がします。「竹島領有」と絡む複雑な感情問題に発展しないことを望みます。「国境」や「領土」をめぐる問題だけでなく、国と国との問題はとかく肥大化していく傾向があります。今後の成り行きに目が離せませんが、対馬ファンの一人としては、大事に守ってきた対馬の方々のご苦労と、対馬の方々の仏像への思い入れをよく考えて、なんとか穏便に「返還」への道筋をつけるべく、韓国大使や日本政府に力を尽くして頂きたいと願っています。
2013年01月31日
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今年のセンター試験「国語」の大問1に小林秀雄『鐔』が出典として使われました。センター試験の問題は、各新聞社や予備校のwebに公開されています。また、間もなく大学入試センターからも公開されます。(参考)YOMIURI ONLINE→2013年センター試験問題国語の平均点が話題となっています。(1月24日大学入試センター発表)国語の平均点が(200点中)100点を割り込んでいます(例年115点前後)。その国語平均点が低下した原因として、小林秀雄の文章が「難解」で現代の高校生には読みにくかったためか、との指摘があります。そこで、次の記事に注目してみました。【朝日新聞受験NEWS】(1月24日)より抜粋●いきなり難解、受験生苦しむ 同センターによると、過去の国語の平均点が最も低かったのは、2003年の101・08点(200点満点)。中間集計は1~2点の誤差があるが、現段階の数値が変わらなければ、過去最低となる。 今年の国語の問題は例年通り、評論、小説、古文、漢文から1問ずつ。大手予備校の自主集計によると、1問目の正答率が軒並み、例年に比べて低かった。出題されたのは小林秀雄の「鐔(つば)」。刀の鐔の歴史に始まり、その美しさについて思いを巡らせた随想で、脚注だけで21個、鐔を示すイラストまで添えられた。 小林秀雄(1902~83)は戦前から活躍した批評家で、「近代批評の神様」とも言われた。代表作「無常といふ事」のなかの一文「美しい『花』がある 『花』の美しさという様なものはない」のように、意表をつく言い回しが多いために文意をとりにくく、昔から受験生を苦しめてきた。 ●以前から批判、成功かは微妙 代々木ゼミナールによると、小林作品は今世紀に入ってからも年に10大学前後の入試に出ていたが、この3年は激減。土生昌彦・教材研究センター本部長は「小林を入試に出すことについては以前から批判があり、成功したかどうかは微妙なところだ」と話す。 駿台予備校によると、受験生からは「じっくり読まねばならず、配分がうまくいかなかった」「過去問の傾向と違い、読み慣れていない文章で戸惑った」などの声があったという。 センター試験問題を分析したベネッセの内山公宏さんは「小林の文章は評論でありながら、随筆風に展開されている。高校生にとっては難解だった」と話す。 基礎的な学習の達成度を判定するセンター試験の国語の問題に小林秀雄の文章が出たのは、79年に始まった前身の共通1次試験を含めても初めてだ。 問題は平均点が6割になるのを目指して作っており「問題が難しかったということは、点数的には言えるだろう」と同センターは話す。ただ「それが小林秀雄だからか、というのはわからない。四つの大問の一つに過ぎず、難度は設問との関係もある」としている。(引用以上) 小林秀雄は、かつて高校教科書の定番でしたが、今やほとんどの教科書から姿を消してしまった「惜しむべき名筆家」の一人です。これも、かの「ゆとり教育」の副産物でしょうか。何でも「わかりやすく」「内容削減」を目指した結果でもあるのでしょう。確かに、「センター試験」は全国共通試験であり、公平性や標準を目指すことが求められるのは性格上しかたのない宿命です。しかし、一方で「この程度の文章を読解する力をつけてほしい」「小林秀雄レベルを復活したい」という出題者のメッセージも感じます。『鐔』は昭和37(1962)年に書かれた随筆です。小林60歳の作品、さほど古い文章ではありません。実際にどんな文章なのか味わってみましょう。「名文」たる部分を三箇所だけ個人的な好みで引用してみます。「人間はどう在ろうとも、どんな処にでも、どんな形ででも、平常心を、秩序を、文化を捜さなければ生きて行けぬ。」応仁の大乱という乱世にあっても、乱心を以て処することのできない刀工の「止むに止まれぬ人心の動き」を「平常心」「秩序」そして人間の「文化」にまで広げて語る表現のおおらかさが実感できます。「魅力に共感する私達の沈黙とは、発言の期を待っている伝説に外なるまい。」本物の魅力は自然と伝説を生み出すもので、それが事実かどうかはあまり面白くない問題だという主張を「私達の沈黙」と伝説の「発言」という表現で簡潔に言い表しています。「鐔の面白さは、鐔という生地の顔が化粧し始め、やがて、見事に生地を生かして見せるごく僅かの期間にある。その間の経過はいかにも自然だが、化粧から鐔へ行く道はない。」「下克上」の産物たる鉄鐔が、平和の世となり刀の飾りとなる。そうなってしまったら、もう面白くないという感想を小林流に表現しています。表現の広がりがあると思えば、妹陽を凝縮した簡潔さがある。うっかりすると比喩的でない誇張表現に惑わされてしまう、そんな危うさ、作家と読者との緊張感が小林秀雄の文章には随所にちりばめられています。小林秀雄の「鐔」に対する強い思い入れと教養の深さが表現の下敷きにあるため、さらに力の入った文章となっています。小林秀雄成熟期の、小林らしい味のある文章で、高校生にも読んでほしい作品であったと評価して良いと思っています。「名文」とは、個人の主観に拠るところもあるので、判断が難しい面があることは確かです。賛否両論あるようですが、今年の「センター試験問題」をもとに「国語で読む文章」が話題となるかも知れません。
2013年01月26日
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またしても「上の人」が現場を顧みない暴言を弄して物議を醸す騒動が起きています。大阪市の橋下市長が、突然「来月の高校入試を中止する」と公言した問題です。昨年、田中真紀子前文科相が起こした大学不認可問題の際も、本人は発言をエスカレートさせていました。今回の騒動はどんなかたちで収束するのか、世間の関心が高まっています。本日の読売新聞記事から引用します。【桜宮高問題巡る橋下市長の発言が過熱】大阪市立桜宮高校で体罰を受けた男子生徒(17)が自殺した問題を巡り、今春の入試で同高体育系2科の募集中止を求める橋下徹大阪市長が発言をエスカレートさせている。同高教員の総入れ替えや廃校の可能性まで言及。在校生や受験生の思いをなおざりにした対応に批判が上がる。高校時代に自らも厳しいラグビー部生活を送った橋下市長は、問題発覚後も「試合中にビンタすることはあり得る」などと体罰を容認する発言を続けた。だが、12日に遺族宅を弔問した後、「スポーツ指導での体罰は一切認めない」と一転。3日後には同高の体育科とスポーツ健康科学科の募集中止を打ち出し、「場合によっては廃校もある」とまで踏み込んだ。入試が2月下旬に差し迫った時期だけに、市議会からは「市長の発言が事態を混乱させている」と批判が相次ぎ、「教員を入れ替えろと言うなら、まずは体罰を容認してきた自分が責任を取るべきではないのか」との声も上がる。募集継続を求める市立中学校長会の動きには、橋下市長は「教育者失格。そういう校長はいらない」と一蹴した。ある中学校長は「桜宮高校を目指してきた受験生たちの夢を一方的に摘み取るのは、暴力そのものだ」と憤る。 市教委が募集を中止しない場合、市長権限で関連予算を執行しない可能性を示したことにも反発が大きい。ただ、当の橋下市長はどこ吹く風だ。19日、記者団に「新しい教育方針が固まっていない段階で、新しい生徒をお迎えする方が無責任だ」と語るなど、一歩も引く構えは見せていない。 (2013年1月20日 読売新聞より抜粋)1ヶ月前に「入試中止」を宣言された生徒たちのやりきれない思い(怒り)はどこへ向かうのでしょうか?ゴールを目指して何年間も勉強を続けてきた受験生にとって、突然、文字通り「門前払い」されたわけです。この高校を受験したいと勉強に励み、高校でのクラブ活動を夢見てきた生徒だけでなく、ほかの受験生にとっても不安を引き起こすことになるでしょう。一市長の発言で、将来が変わってしまう不安定な学校制度では、安心して高校を目指す事ができなくなります。高校自体に大きな問題があったのは確かです。しかし、教育、学校は一般企業とは違います。不祥事を起こしたから営業停止処分をして、すぐに改善されるものではありません。相手は成長過程にある子どもたちです。そこを忘れることは教育を放棄することと同じです。原点に戻って、まずは冷静に考えてほしいと思います。不幸にも命を絶つことを選んでしまった生徒は何を訴えたかったのでしょうか?彼の気持ちをよく考えて、問題点を徹底的に改めることは絶対に必要なことです。しかし、その方法として、学校を廃止する、しばらく生徒を受け入れないことがどうしても必要なのでしょうか。バスケットボールを愛していた、スポーツを楽しんでいた、そして、将来を夢見ていた生徒は自分の母校をそこまで憎んでいたのでしょうか?バスケット、スポーツ、学校でなく、「人間」に問題があったことは明らかです。抜本的な教員の移動、生徒たちへの十分な心のケアを大前提として、絶対に体罰のない指導体制を作ること。学校を存続して、自殺した生徒の思いをきちんと形にして今後につなげていくことを考えていくべきだと思います。学校は常に動き変わる「生き物」という側面があります。すぐに「停止」や「廃止」をすることで解決するのではなく、「変わっていく」姿を世に示して、生徒の思いを形のしていくことをみんなで考えていくべきでは内でしょうか。受験生への配慮は一生に関わることなのでとても大切なことですが、今いる生徒たち(自殺した生徒を含めて)の思いをくみ取って上げることも必要だと思います。今回の発言は、実は重大な問題を含んでいると思い、ながながと書いてしましました。教育の問題は慎重さが大切です。相手は子どもたちです。決して、子どもたちを犠牲にする「拙速」とはならないよう、今後この問題を見つめていきましょう。
2013年01月20日
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いよいよ明日から大学入試センター試験が行われます。昨年11月30日付大学入試センターの発表によると志願者数は、57万3,344人で、前年度比1万7,807人増。既卒者は前年度に比べて約2,000人の減、対して現役生が約20,000人増えたそうです。受験者が増加したのは、参加大学・短大が840大学に増え、過去最高の参加校数となったことと関係しています。特に今年は、現役志願率が、42.1%で「過去最高」を記録しています。こう書くと、センター試験が全国共通テストに近づいて、その有効性が実証されているかに見えます。しかし、実態はどうでしょうか。早稲田大学は「センター利用入試」導入を継続していますが、慶応大学や上智大学はセンター利用での入試を見送っています。理由はいろいろあるでしょうが、やはり「センター試験」では大学が望む学力や動機を捉えきれない、いわば「共通」過ぎて、私立大学のほしい個性にはそぐわないという事情があると思います。「基礎学力」をまずは知りたいならば「センター試験」だけで十分でしょうが、その上に改めて学部ごとの個性を求める試験を行うならば、二度手間ということになります。その労力を別の試験や採点に費やした方が大学にとって有効であるという判断があるのかも知れません。今や、難関大学では「センター試験」をあまり信用していない向きがあるように思えます。最も、明治大学(早稲田大学も)などのように、センター試験だけで合否を判定し、多額の受験料と入学一時金を確保している大学は多く、こうしたメリットは捨てきれないという事情もあるのでしょう。受験生にとっても、一度試験を受ければ何校何学部でも受験でき、「数打てば当たる」的なメリットを感じている人がたくさんいることも確かです。お互いの「目先の利益」を考えれば「センター利用入試」は得るところがそれなりにあるのでしょう。(それにしても、一部の大学はセンター試験で受験生から多くのお金を吸い上げている観は免れませんが…)。本来の「大学入試」とは何か、をきちんと考えるならば「センター試験」の利用方法はもっと慎重でしかるべきといえるでしょう。東大や一橋、京都大学など、国立でも確固たる入試への姿勢がある大学は「センター試験」の配点を低くして、第一次選抜の資料程度に「利用する」ことを考えている大学もあります(しかし、現状それなりにセンター試験の配点を置いてはいるようですが)。国立大学である以上、センター利用入試を行わざるを得ず、あまり利用しないと風当たりが強いという雰囲気があるのかも知れません。世間も「国立大学のためのセンター試験」という見方が一般的です。さて、そんなセンター試験ですが、昨年ずいぶんと叩かれました。問題冊子の配布にあたって、会場ごとに地歴の配布と解答方法が異なっていたり、ひどいものはリスニング機材を運び忘れるという、考えられない初歩的なミスもありました。昨年は、地歴科の受験方法が変わり、もともとの配布方法や設定に問題があったためミスが多発しました。さすがに、今年は「改善策」を十分考えているようで、対策も大げさに報道されています。【センター試験 大学も緊張】◇昨年ミス続出を反省 「慣れていると思い込み、試験監督のマニュアルをしっかり読んでいない教員もいた」 昨年、ミスにより再試験の実施を余儀なくされた愛知教育大(愛知県刈谷市)の入試課は、原因をそう分析した。同大は「地理歴史」「公民」で、試験冒頭に2冊同時に配布すべき問題冊子を1冊しか配布しなかったほか、「数学」では板書しなければならない問題文の訂正を書き忘れた。 こうした事態を防ぐため、昨年12月から今月にかけ、センター試験に携わる教員らへの事前説明会を計4回実施。前年は2回で、出席率は88%にとどまったが、今年は260人全員が出席した。林光春入試課長は「マニュアルを丁寧に読んでミスのないようにお願いした」と強調する。 同様に問題冊子の配布ミスがあった三重大(津市)。従来は配布方法を定めていなかったが、今年はまず解答用紙を配り、漏れがないかチェックしながら問題冊子を配布するよう徹底させ、受験生の手元にあるかどうかを口頭で2度確認する。説明会の欠席者に対しては個別に説明するという。名古屋大でも、教員ら約500人に対する説明会を11回にわたって開いた。 朝日大(岐阜県瑞穂市)は、昨年のミスの経緯を説明し、なぜ起きたのかを理解してもらうとともに、機器トラブルが起きやすい英語リスリングの進め方を重点的に確認。修文大(愛知県一宮市)では、問題を配布し、英語リスニングの機器を作動させる「実践リハーサル」を行った。 大学入試センターでは昨年のミスを検証した上で、「地理歴史」「公民」の2冊を透明のビニール袋でくるむ方式に変え、配布漏れを防ぐ。科目の多い「地理歴史」「公民」と、「理科」については、試験前の説明時間を5分延ばして25分にしたほか、受験生50人ごとに試験監督の補助者を1人つけるよう各大学に要請した。 (2013年1月15日 読売新聞より抜粋)【大学入試:センター試験 「ミスできない」主催者ピリピリ】 ◇受験生へ説明長く/問題冊子束ねて配布/監督者説明会2回に昨年は問題冊子の配布ミスなどが全国で相次ぎ、265人が再試験を受けた。大学入試センター(東京都目黒区)や試験会場を運営する各大学は、あの手この手でミスをなくそうとしている。東北大(仙台市)では昨年、同大から気仙沼高校会場(宮城県気仙沼市)に英語リスニング試験用のICプレーヤーを運ぶのを忘れ、リスニング試験開始が2時間も遅れた。今年は、気仙沼高校会場の運営を宮城大学に変更した。東北大広報課は「1大学が離れた試験会場を担当するとミスするリスクがある」と説明。今回は宮城大で受験する約700人分を東北大が受け入れ、宮城大は気仙沼高校会場、東北大は同大会場にそれぞれ専念するという。問題冊子の配布ミスの中でも、全国最多の190人に影響を出した北海道大。昨年は1回だった教職員などセンター試験監督者向けの説明会を増やし、2回とした。さらに昨年は26%が説明会を欠席したため、説明会を録音したCDも作製し欠席者に配布する念の入れようだ。静岡大も説明会をビデオ撮影し欠席者に見せるようにした。============== ■大学入試センター試験の昨年の主なトラブル内容 影響を受けた人数 試験会場数問題冊子配布ミス 3452人 98試験時間の繰り下げ 4053人 48リスニング機器未着 202人 1(毎日新聞 2013年01月12日 東京夕刊より抜粋)大規模な入試のため、実施する側が「慣れによる弊害」を生んでいた実態が読み取れます。入学試験は、問題なく普通に行われることが大前提で成り立っています。「普通に行う」ために、これだけ対策をしなければならないということは、そもそも内容や実施方法に無理がある気がします。しかも、「昨年は26%が説明会を欠席したため、説明会を録音したCDも作製し欠席者に配布する」とはいかがなものか、と思います。受験生にとって一生を左右することもある大事な入試に関する説明会に四分の一が欠席をするとはどういうことでしょう。欠席者にCDを配布するなどお笑いごとのようです。きちんと全員に何度でも説明会を実施すれば済むことでしょう。こうした態勢では「今年はどこでいくつミスがあるやら…」と思いやられてしまいます。自民党政権は大学入学試験においても、もっと大規模な共通テストを検討する方針があるようです。なんでも「一律化」ばかりを目指すのではなく、もっと自由に個性を尊重した大学入試を考えるなど、大学が安易にセンター試験に便乗するだけではないかたちを模索していく必要があると思っています。現状では、このセンター試験を無視すると受験できる大学がかなり限られてしまいます。仕方なくもセンター試験を受ける以上は高得点目指して慎重にマークシートを埋めてほしいものです。何にしても明日から受験シーズン本番。まずは「大学入試センター試験」が「無事に」「普通に」行われることを願っています。
2013年01月18日
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「体罰」によって一つの尊い命が失われた「事件」がニュースで流れています。自殺した高校生がどれだけ追い詰められていたか、それを考えるだけでも胸が締め付けられる思いです。にもかかわらず、体罰事件を起こした顧問は「たたくこと」は「体罰ではない」と認識していたと報道にあります。2011年9月に大阪市の公益通報窓口へ「体罰が横行している」と告発の電話が寄せられた際、顧問は当時の校長の聞き取りに対し、「体罰はしていない」と答えていた。(読売新聞記事より)「体罰」が違法行為であることから、言い逃れをしているとしか考えられません。このような誠意のない態度では「誤った教育」が改められることは難しいと思ってしまいます。「体罰」は、学校教育法で厳に禁止されています。学校教育法第11条校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。文科省は平成19年2月に「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する考え方」という通知を出しています。その中で、体罰について「身体に対する侵害を内容とする懲戒(殴る、蹴る等)、被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒(正座・直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当たると判断された場合は、体罰に該当する。」としています。教師が生徒を「たたく」行為は、明らかに「身体に対する侵害」に該当します。 学校側の「言い訳」は、あまりにも無知で、いい加減です。ただし、文科省は、先の通知の中で以下の行為は「通常体罰に当たらない」としています。○放課後等に教室に残留させる(用便のためにも室外に出ることを許さない、又は食事時間を過ぎても長く留め置く等肉体的苦痛を与えるものは体罰に当たる)。○授業中、教室内に起立させる。○学習課題や清掃活動を課す。○学校当番を多く割り当てる。○立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる。具体的すぎて、少しあきれる気がします。そんなことよりも、「体罰の本質」や「教育の原点」について、もっと真剣に議論をしてほしいものです。 そんななか、元プロ野球選手である桑田真澄さんの「体罰論」が注目されています。「体罰は自立妨げ成長の芽摘む」-桑田真澄さん経験踏まえ私は中学まで毎日のように練習で殴られていました。小学3年で6年のチームに入り、中学では1年でエースだったので、上級生のやっかみもあったと思います。殴られるのが嫌で仕方なかったし、グラウンドに行きたくありませんでした。今でも思い出したくない記憶です。私は、体罰は必要ないと考えています。「絶対に仕返しをされない」という上下関係の構図で起きるのが体罰です。監督が采配ミスをして選手に殴られますか? スポーツで最も恥ずべきひきょうな行為です。殴られるのが嫌で、あるいは指導者や先輩が嫌いになり、野球を辞めた仲間を何人も見ました。スポーツ界にとって大きな損失です。指導者が怠けている証拠でもあります。暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。昔はそれが正しいと思われていました。でも、例えば、野球で三振した子を殴って叱ると、次の打席はどうすると思いますか? 何とかしてバットにボールを当てようと、スイングが縮こまります。それでは、正しい打撃を覚えられません。「タイミングが合ってないよ。どうすればいいか、次の打席まで他の選手のプレーを見て勉強してごらん」。そんなきっかけを与えてやるのが、本当の指導です。今はコミュニケーションを大事にした新たな指導法が研究され、多くの本で紹介もされています。子どもが10人いれば、10通りの指導法があっていい。「この子にはどういう声かけをしたら、伸びるか」。時間はかかるかもしれないけど、そう考えた教え方が技術を伸ばせるんです。体罰を受けた子は、「何をしたら殴られないで済むだろう」という後ろ向きな思考に陥ります。それでは子どもの自立心が育たず、指示されたことしかやらない。自分でプレーの判断ができず、よい選手にはなれません。そして、日常生活でも、スポーツで養うべき判断力や精神力を生かせないでしょう。(朝日新聞デジタル 1月11日の記事より抜粋)「体罰は必要ないと考えています。『絶対に仕返しをされない』という上下関係の構図で起きるのが体罰です。」「スポーツで最も恥ずべきひきょうな行為です。」この考え方は、体罰を受けてきた経験者だからこその実感を含むものでしょう。また、スポーツの指導者だけでなく学校における教師と生徒の関係にも当てはまる問題です。「指導者が怠けている証拠でもあります。暴力で脅して子どもを思い通りに動かそうとするのは、最も安易な方法。」まさに、その通りです。暴力でしか相手を思い通りにすることができない人間は「努力」をしない、「弱い」者と言えるでしょう。「体罰」は卑怯であり、安易であり、教育から逃げることに他ならないのです。「体罰」を全否定すると、よく現場の先生が「仕方なくやっている」「愛情があれば効果がある」という言い方をします。「現場を知らない者が何を言うか」と逆ギレをする場合もあります。しかし、法律云々の前に「暴力」で押さえつけるしかない自分の「指導力」の限界、「教育力」のなさを自覚すべきです。まず、「教育はいかにあるべきか」から考え直していくことが大切でしょう。まだまだ、「暴力は愛のムチ」などという「誤った教育」が横行している現場があります。今回の悲劇を繰り返さないためにも、まず「体罰は違法行為であり、犯罪である」という正しい認識を世間一般が共有することが必要だと思います。今回の事件をきっかけに、「教育の原点」について、生産的な議論がなされる必要があると思います。桑田真澄氏の勇気ある言動に今後も期待しつつ、スポーツ界が学校が変わっていくことを願っています。
2013年01月13日
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近頃、気になる話題を一つ。あの、楽しくて美味しい「ワカサギ釣り」が厳しい状況に陥っています。(群馬県赤城山大沼での氷上ワカサギ釣り)以下、最近の記事から引用します。冬の風物詩である赤城大沼(前橋市)のワカサギの穴釣りが4日、解禁された。国の基準値(1キロあたり100ベクレル)を超える放射性セシウムの検出が続いていることから、釣ったワカサギは持ち帰ることができないが、早朝から集まった約150人の常連客らが釣りを楽しんだ。 今年の解禁は例年より1週間ほど早く、氷の厚さは平均18センチほど。生育状況は良く、11~12センチ程度のワカサギが釣れるという。 県によると、11月18日に採取したワカサギからは1キロあたり170ベクレルの放射性セシウムを検出し、国の基準値を上回った。赤城大沼漁業協同組合の青木泰孝組合長(63)は「一昨年に比べれば客は半数以下で、家族連れや初心者が少ない。数値は徐々に下がっているので、来年は普通に解禁できるように待ちたい」と話した。 穴釣りは、3月まで楽しめる見込み。入漁料は1日700円。魚は4か所の沼の入り口か各店に設置してある箱で回収される。 (2013年1月5日 読売新聞より抜粋)「氷上ワカサギ釣り解禁も…セシウム基準値超」 持ち帰り「不可」客激減10日午前、赤城大沼の氷上。寒さよけのテントや小屋を張った釣り客は糸を垂らし、ワカサギ釣りを楽しんでいた。その数約10人。今年の解禁は例年並みだが、昨年の解禁は3月だった。一昨年3月の東京電力福島第1原発事故の影響で、同年8月時点でのワカサギの放射性セシウム濃度は1キログラム当たり680ベクレル。当時の暫定基準値(同500ベクレル)以下になるまで時間がかかったのだ。最近はセシウム濃度が同100ベクレル台まで下がってきたが、昨年4月に新基準値(同100ベクレル)が設けられたことから、依然として基準値超の状態が続く。このため、釣りは解禁されてもワカサギは持ち帰れず、回収が条件となっている。釣り客は出入り口に置かれた回収箱に入れるか、遊漁券を買った店に持参しなければならない。一方、赤城大沼と同様、氷上ワカサギ釣りができる榛名湖(高崎市)の状況はより深刻だ。放射性物質検査をする検体のワカサギが不漁で採取できず、解禁の見通しすら立っていないのだ。高崎市榛名支所は「ブラックバスの繁殖やプランクトンの影響が考えられるが、はっきりした原因はわからない」とし、「魚がいないと解禁すら難しい」と頭を抱えている。(産経新聞 1月11日(金)より抜粋)群馬県前橋市にある赤城山大沼(おの)は、関東でワカサギ釣りの解禁が最も早いため、毎年近県から多く人が訪れ、とても賑わっていました。赤城山は観光地としての歴史も古く、夏は登山と避暑地として、冬はスキーとワカサギ釣りで知られています。一昨年の東日本大震災による東京電力福島第1原発事故の影響で、ワカサギから基準値を超えるセシウムが検出されて、釣り愛好家だけでなく周辺の旅館やホテルも大きな打撃を受けています。原発事故は、ここにも大きな被害をもたらしているのです。特に赤城大沼漁業協同組合の組合長でもある青木泰孝氏が経営する「青木旅館」では、影響が大きく現在でも厳しい状況であるそうです。私も、何度かお世話になったことがあるので、なんとか頑張ってほしいと願っています。「青木旅館」は赤城では最も歴史のある旅館で、風格のある落ち着いた建物と暖かいおもてなしで人気があります。そんな「名旅館」が厳しい状態にあることは悲しいことです。→「青木旅館」のHPはこちらです。ワカサギ釣りだけでなく、赤城山へは観光、登山など旅行でも楽しめます。近場で良いところなので、なんとかして利用者が増えてほしいものです。そんな中、榛名湖ではワカサギが不漁であり、山中湖では、ワカサギ釣りのドーム型乗合船で、小学生らが一酸化炭素(CO)中毒で病院に運ばれるという事態も発生しました。3日午前8時頃、山梨県山中湖村の山中湖で、ワカサギ釣りのドーム型乗合船を運航する貸しボート業「なぎさ」から、「乗客が頭痛を訴えている」と119番があった。小中学生ら4人が一酸化炭素(CO)中毒と診断され、いずれも軽症という。山中湖では昨年12月24日にも別業者の同型船で、石油ファンヒーターの不完全燃焼が原因とみられる一酸化炭素中毒が発生し、小学生3人が病院に運ばれた。これを受け、「なぎさ」は船に電動エアコンを新設。3日は午前7時の出航直前までの約3時間、石油ファンヒーターで船内を暖め、運航時にはヒーターを船から降ろしていたという。ただ、出航の際は窓の開放などによる換気はしなかったといい、「運航前に使ったヒーターからの一酸化炭素が滞留したのではないか」とみる捜査関係者もいる。(2013年1月4日 読売新聞より抜粋)昔は、釣ったワカサギをその場で鍋に入れて食べてみたり、その日のうちに唐揚げで楽しんでいました。1日で束釣りのできるダイナミックさもある釣りです。見た目にもかわいい魚ですが、食べても絶品のワカサギ。何とかこれからもずっと付き合っていけるよう願っています。
2013年01月11日
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今年は、季節の話題から入りたいと思います。昨年暮れ、「読売新聞」朝刊に「七十二候」に関する特集記事が載っていました。「二十四節気」をはじめ、「七十二候」という細かい暦の入ったカレンダーが人気だそうで、一つの「暦ブーム」が起こっているそうです。日本人として、改めて季節感を楽しみたい、そんな心の余裕が出てきているとすれば、素晴らしいことです。「七十二候」とは旧暦で、1年を72に分けた5日または6日間を1候とし、その時候の変化を示したもの。旧暦のもっている太陽暦の要素である。(「広辞苑」第六版)七十二候は中国で生まれたものですが、日本との気候の違いや日本では名前がない動植物名があったため、時代や編者によって何種類もの版があるようです。つまり、日本の気候や生き物に合わせた暦であるわけです。現代では、明治時代発行の伊勢神宮略本暦に記載されたものに準拠して当てはめるものが多いようです。本日、平成25年の1月5日は、二十四節気「小寒」で「初候」、さらに「七十二候」では「芹乃ち栄う」に入ります。「小寒」は寒の入り。どおりで寒いはずです。一方、「芹乃ち栄う」というと、「芹」→「春の七草」→「七草がゆ」を連想します。そういえば、明後日7日は「七草がゆ」の日です。(「春の七草」のわかりやすいイラストがありました)ちょうどこの頃に成長するの芹をはじめ、なずな、はこべら、すずな、すずしろ、ごぎょう、仏の座が春の七草です。人日(じんじつ)の節句(1月7日)に、この七草を粥にして食べて、無病息災を祈ります。もともとは、中国伝来の風習であったようで、日本でも平安中期頃にはお粥を食べる行事があったそうです。「人日」は「人を占う日」で、この日に「七種の菜」を汁物にして食べ、邪気を払う行事が行われていたようです。「七草粥」を食べながら、「今年一年の人」を占う、そんな伝統があったのですね。もっとも、現代では、お正月に疲れた胃袋を整える意味が大きいようです。今日の「七十二候」から「芹」そして「七草粥」さらには「一年の計」まで話が飛びました。「暦」からは、季節感だけでなく、日本人の生活が見えてきます。たまに、今日の「暦」をチェックしてみるのも面白いものです。暦は、生活に密着した便利なものでもあります。特に農業に携わる方には必要不可欠なものでした。現代、そうした農業の恩恵にあずかる私たちも、改めて「暦」の意味深さを考えてみてもいいかもしれません。さらに「大寒」に入るのは1月20日、まだまだこれから本格的な寒さが続きます。「暦」とともに寒さを乗り切りましょう。今年も、健康で平穏な年となりますように、お祈りしています。
2013年01月05日
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