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もうすでにとっくの昔に終わるはずだったのに、 束の間のカーニバルに巻き込まれたのだと思えば良い。 それがおわったときに、 またもとどおりに戻るだけだと思えば、 別に怖いことなどない。 でも、 もしかしたら、 それがおわったときに、 別な何かがはじまるのかもしれない。 それはそれでいいのかな。 時間が流れるよ、 誰にも止められない。 人も、景色も、みんな変わっていくよ。 どうすることもできない。
2018年03月31日
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今日のニュースウォッチ9を見ていて、 ハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。 それから何もできない。 明日は、南浜町で鹿児島からの高校生を迎えてお話をしなければいけないのに、 いけるだろうか? 何も考えられない。 「溺死」のことを報道していた。 震災で検死に関わった法医学の医師の証言だった。 はじめは数をこなすのに、とにかく「溺死による窒息死」と書いていくしかなかったが、 途中で「(推定)」という文字を書き加えた、とある。 本当に溺死だったのかあやふやだったからとある。 車や家にぶつかったりはさまったり、そんな傷跡を抱えているご遺体があったからというのと、 凍死や低体温で亡くなった人たちもいたからというような内容だったと思う。 一人の医師が、 「子供の遺体を確認して溺死と書いたけれども、本当は凍死ではなかったのか? あのときに温めていたならば助かっていたのではないか?」 と泣いていたから。 なぜ、こんなことを今頃になって無責任に流すのだろう? もしそれが本当のことならば、 私の母も、私が発見した時に、 そこに置き去りにせずにもっとさすり続けたら、 もっと温め続けたら、 抱えて連れて帰ってきていたならば、 助かったのではないのだろうか? とすると、 母を見殺しにしたのは、私なのか? せっかく生きるのぞみをかすかに繋いでいたのに、 それを断ち切ったのは、私なのか? 母はうつ伏せになって倒れていた。 あおむけにして、 顔の泥を洗い流したら、 まるで眠っているかのような顔だった。 そう、眠っているかのような顔だった。 眠っていたのだろうか? 「仕方なかった」では、すまされない。
2018年03月06日
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